【恋人たちの歌】 銀の吟遊詩人  

■ショートシナリオ


担当:マレーア4

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月12日〜02月17日

リプレイ公開日:2006年02月18日

●オープニング

 銀の髪の若者。彼の名はジョーイ。
 今、売り出し中の、心優しい吟遊詩人。
 彼女の名はカレン。
 その心優しさに惹かれて彼の側に立つ金髪の娘。
「僕は、君を愛している」
「私もよ。ジョーイ」
 彼ら二人は、ごく普通の恋をして、ごく普通に結ばれる寸前のカップル。
 けれども、ただ一つ。普通ではないことがあった。
 彼の心をいつも苛んでいる不安。
 それは‥‥。

「ようよう! 仲がいいねえ。お二人さん。見せ付けてくれるじゃネエか!」
「ああ、あんまり熱くて火傷しちまったぜ! この火傷の治療費払ってもらおうか!」
「せっかくいい気分だったのに‥‥。ジョーイ。下がっていて」
「お嬢ちゃん、そんな剣を振り回すとあぶねえ‥‥ぜ‥‥。ぐはっ‥‥」
「女の癖に、なんだよ。この強さは‥‥お前は、まさか‥‥」
「鎧騎士にケンカを売る以上、覚悟はできているのでしょうね!」
 そう。‥‥彼女は鎧騎士だった。


 寒さがぶり返し、日中だというのに夕方のように厚い雲に覆われた暗い冬のある日。
「あの‥‥お願いがあるんです‥‥」
 夕暮れ間近に少女が冒険者ギルドにやってきた。
「兄を助けて欲しいんです。兄の名はジョーイ。吟遊詩人をしています。捜しものをする兄を手伝い、守って欲しいんです」
 ラウラと名乗った少女が静かに話し始める。
「恋人たちの日、というのをご存知ですか? 天界から伝わった風習らしいのですが、なんでも愛する人に愛の告白をして、贈り物をしあう日なのだとか。盗まれたのは兄が恋人に贈るはずだったプレゼントなのですわ」
 ことの起こりは二月になって間もなくのある日のこと‥‥

「恋人たちの日? 始めて聞いたわ」
 ジョーイと恋人のカレンは二人で甘い一時を過ごしていた。
 美しい声と優しい心、そして詩人としての才を持つジョーイはこう見えて話し上手で酒場で聞いた話、噂や古い伝説なとをよくカレンに語って聞かせていた。
「天界人たちの風習の一つだそうだよ。苦しい愛を貫く恋人たちを保護した聖人にちなんで、恋人に愛を告白し、贈り物をするんだって。‥‥カレン」
「なあに?」
 急に真剣さを帯びた恋人の瞳をカレンは見つめる。
「この日、僕は君にどうしても贈りたいものがある。だから、待っていてくれるかい?」
「今ではダメなの?」
「完成まで少し、かかるらしいし、時間も欲しいんだ。いろいろな意味で‥‥だから‥‥」
 頬を赤らめながらも、目線は真っ直ぐに自分を見つめている。
 カレンはなんとなく、意図を察したのだろうかニッコリと微笑んだ。
「いいわわ。私もそれまでに、用意をしておこうと思うから‥‥」
「? 何を?」
 心配げなジョーイにカレンは片目を閉じた。そして笑う。
「秘密♪ その日を楽しみにしてるから、貴方も楽しみにしていて」
 そんな小さな約束を二人でかわした。


 そんな会話の一週間後。
「うわ〜っ!」
 ジョーイは一人でいるところを無頼の男たちに取り囲まれて暴力を振るわれた。
 殴る蹴るの暴行の後、金品を奪われるというありがちな事件だ。
 悲しいかなそういうことは珍しくも無い。命があっただけでも運がいい戸さえ言える。
 だが、普段なら諦めていただろう彼は、今回に限り諦めようとはしなかった。
「何としても、取り戻すんだ‥‥。あれは‥‥大事な‥‥」
 傷も治りきっていない身体で日ごと、夜毎自分達を襲った相手を捜すジョーイを家族は何度と無く止めようとした。
 しかし、彼は頑として言う事を聞かない。
「顔は、覚えているんだ。右頬と、左腕に傷がある。以前、カレンが傷つけたあの男‥‥」
 大事な品物が古売屋に流されたり、壊されたり売られたりしないうちになんとか探し出さないと。と毎夜、夜の街を彷徨う。
 戻ってくるたびに増える青痣、傷。正直家族は見るに耐えなかった。
 だが、ジョーイの恋人への思いを知っているからこそ、止める事もできない。

「だから、お願いです。兄を助けて下さい。お願いします」

 夜の街に手を伸ばす仕事。簡単でも易しくも無い。命の危険さえあるかもしれない。
「それでも、受けていいという奴は受けてみてやってくれ。正直、このままだとその詩人もヤバイだろうからな」

 あれは特注品だ。そう簡単に捌けるものではないはず。
 夜の街を行くジョーイのそれが唯一の希望だった。
「兄ちゃん! これ!」
「ありがとう。調べてきてくれたんだね」
 聞き込みの中、いくつか情報も掴んでいる。
「北の酒場裏と、南の橋の側‥‥。このどちらかか‥‥」
 あのゴロツキ達を見つければ、そいつらがまだあれを売り払っていなければ、取り戻せるかもしれない。
 だが、相手はあの時で五人。もっと増えている可能性もある。
「愛の聖人か‥‥。もし、そんなものがいるのなら。力を貸して欲しい。愛する人の為に戦う‥‥僕に勇気を‥‥」
 彼女は自分より美しく若い。自分より地位がある。力もあり‥‥そして強い。
 それでも、自分の愛する者の為に‥‥

 決意に揺れる銀色の髪が月の光と彼の思いを弾いていた。

●今回の参加者

 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2262 アイネイス・フルーレ(22歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2920 イルリヒト・ブライヒ(29歳・♂・鎧騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3839 イシュカ・エアシールド(45歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4147 イアン・フィルポッツ(34歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

セシル・クライト(eb0763)/ ゲオルグ・マジマ(eb2330)/ ソード・エアシールド(eb3838

●リプレイ本文

●プライドよりも大切なもの
 街の中央。王城を仰ぐ門の前で、ルーシェ・アトレリア(ea0749)は仲間達に声をかけた。
「闇雲に動いても結果は出せません。とりあえずは、二手に別れましょうか? ‥‥どのように人数分けをしたら良いと思われます?」 
 自らが生まれた街。構造を考えながらイアン・フィルポッツ(eb4147)は思考を廻らせる。
「北と南にそれらしい人物たちの居場所があったと、いうことでしたね? ジョーイさん?」
 声をかけられて、躊躇いがちにジョーイと呼びかけられた人物は頷く。
「‥‥僕が聞いた限りは。まだ、どちらもはっきりと調べたわけではないのですが‥‥」
 恥じ入るような表情で下を向く彼を気遣うようにイシュカ・エアシールド(eb3839)は覗き込む。
「どうか、なさったのですか?」
「いえ。ただ、皆さんの手を煩わせる自分が‥‥恥ずかしくて‥‥」
 心配した妹からの依頼を受けたと言う冒険者は、それを隠すことなく誠実に告げ、協力を申し出てくれた。自分ひとりでは捜索には限界があると身に染みて知っていたが、天界人ばかりではなく鎧騎士まで加わっていて、思いのほか大事になってしまったことがジョーイには辛かったのだ。
「私は聖なる母に使える者、困った人に力を貸すのは当然の事です」
 涙が出るほどありがたくはあったのだが‥‥。落ち込む彼の
「‥‥えっ?」
 俯いた顔が上がって振り向く。彼の肩をランディ・マクファーレン(ea1702)は無言で叩く。何も言ってくれないが、その瞳は決して彼を蔑んではいない。真剣で優しい眼差し。同じ瞳の音無響(eb4482)も彼を真っ直ぐに見つめていた。
「誰かを一途に想う気持ちを踏みにじるような行為、俺、絶対に許せないから。俺にも協力させてくれませんか? 一人では叶わない事だって、みんなでやれば絶対叶うはずだから! それに、これ以上一人で無理をしたら、家族だって心配だろうし、何より恋人さんが凄く悲しむよ」
 恋人。その言葉に、彼は反応した。揺れる肩と眼差し。それを見つめ、響は本当に嬉しそうに笑う。
「本当にもの凄く大切な人なんですね‥‥。きっとジョーイさんのそういう所も好きなんでしょうね。人の強さや勇気、男らしさって、形は一つじゃないって俺はそう思うから」
「ご家族は貴方を止めようとして依頼を出されたわけではありませんの。無論、私達も。これはジョーイさん自身の戦い。今回はそれを万全な体制で行えるようにお手伝いすることだと思ってますから‥‥」
 アイネイス・フルーレ(ea2262)は柔らかく微笑んだ。
「皆さん」
 離れた所から見つめるイルリヒト・ブライヒ(eb2920)やフォーリィ・クライト(eb0754)の瞳も頷いている。彼が胸に抱くのは愛する者。ちっぽけなプライドなど、今は‥‥。
「盗みとは、それを作ったものの冒涜と言った方がいました。あの品には作ってくれた方と、私の誓いと思いが込められているのです。大切な人に贈るためのもの。どうか、協力して下さい。お願いします」
 冒険者達の答えは決まっていた。

●暗闇の向こう
「あ〜、裏町はやっぱり、どこも似たようなもんか‥‥」
 足元の石を蹴り飛ばしながらフォーリィは苦々しげに呟いた。ここは、見ようとしない限り見えない街のダークサイド。どんな街にも必ずある、光が強ければ強いほど暗くなる人の心の影の集う場所。
「恥ずかしながら‥‥。いつかこのような場所にも光をと思うのですが‥‥」
 我が事を言われたように俯くイアンに手を振り謝罪しながらも、フォーリィは視線をそらさない。
「さて、彼が掴んだ情報からすれば‥‥この辺でしょうか? 冬場に夜の街、しかも河の近くを出歩くようなのは少ない、と思いたいですねえ‥‥」
 見つかればいいのだが‥‥、周囲に視線を廻らせるイルリヒトは
「ん!」
 耳を欹て、腰の剣に手を当てた。彼の行動を見るより早く、ルーシェとフォーリィは動いている。聞こえてくる足音、荒い息。子供の悲鳴にも似た声が聞こえる。
「待て〜、返せ〜!」
「このくそチビ! ‥‥うわああっ!」
 鈍い音と共に細い路地を疾走していた二人のうち、一人だけが地面に激突する。
「な、なんだ! 一体‥‥ぐっ!」
 顔面衝突の衝撃から頭を振った男は立ち上がろうとする前に、革靴の足を舐めることとなる。細い足は顔の真ん前で、頭上から見つめる瞳よりも厳しい睨みを利かせる。
「この子が何をしたかはわかんないけど、いい大人が子供から逃げ回るなんてどんな了見?」
 フォーリィの言葉に男は必死に反論するが‥‥
「ふん、そいつが勝手に追いかけてきただけだ!」
「お前がそれを盗んだからだ! そいつは俺たちの、大事なものなんだ。とっとと返せ!」
 子供は一歩も引かない顔で睨みつける。外見と、状況を正確に分析して、フォーリィは足に力を強めた。
「‥‥ふ〜ん、そうなんだ。知ってる? 」
 とっさにイアンは子供を背中に庇い、ルーシェとイルリヒトもフォーリィの横に立つ。四対一。数も満足に数えられない頭で男は計算する。しかも、
「あ〜、女性の方のほうが強かったりしますから手を出さない方が‥‥」
 と騎士はニッコリ笑っていて、女は肩を竦めている。相手の実力が解らないって嫌ねー、などと余裕しゃくしゃくで。
「く、くそ〜、こんなもの、返してやる! 覚えてろ〜!」
 悪党の礼儀作法に乗っ取った正しい捨て台詞を残して彼は逃げていく。
「やれやれ、芸が無いったら‥」
 イアンの後ろからそっと顔を覗かせた少年は、無言で頭を下げた。拾い上げたのは鉄笛。ありふれたものだが、少年はそれを大事そうに胸に抱く。
「大丈夫?」
 フォーリィは膝を折り目線を合わせようとした。‥‥だが、立ち上がる。仲間達と顔を合わせ、逃げた男の後を追いかけることにした。ひょっとしたら、彼は例のごろつきの仲間かもしれないから。
「大丈夫。怪我は無い?」
 背後から心配そうに追いかけてくる声がする。あの子はきっと、大丈夫だろう。

●愛する者へ捧げる勇気
 酒場の裏手の暗い路地は街の暗部を具現化したように暗く広がっていた。
「それは僕の大事なものなんです。どうか、返して下さい」
 やっと探し当てた男達は酒の入った顔で悲痛な願いをあざ笑うかのように笑う。
 闇を背中に立つ男は五人。光の前に立つ人物も五人。五人と五人という状況に自分達の方が有利と思うのか。男たちの態度は大きかった。
「こんな見事な細工物を手放す馬鹿がいるわけねえだろ? どーしても欲しいって言うのなら、それなりの値段で買い戻せって言ってんだろ」
 彼らの手の中で弄ばれるのは美しい青玉が散りばめられた首飾り。遠目で見てもその細工が精巧で高価なものであるのが冒険者にも解った。
「それを手に入れる為にお金を使ったので、大した額は出せませんが、足りないなら‥‥必ず払いますから」
「んなもん、信じられっかって!」
 頬の傷が下卑な笑いを一層醜いものにしている。その足元に
「‥‥なら、これでどうだ?」
 音がして何かが放り投げられた。転がって近づいてくる「金目のもの」。男達は反応する。
「ほお〜」
 拾い上げ男達は小さく口笛を吹いた。それは金の腕輪だった。
「ランディさん!」
 ジョーイの顔色が変わるが、ランディは反論を手で制して男達のほうを向く。
「‥‥大した物じゃ無いが、売り払えば幾許かの金にはなる。これと、この気の毒な吟遊詩人の虎の子を引き換えにする気は‥‥無いようだな」
 ランディの言葉どおり、男達の顔は下卑なまま。いや、より一層醜いものとなって歯を剥く。
「これは貰っといてやってもいいが、まだ足りねえな。ほら、そこのおっさん、豪華な指輪してんじゃねえか。その指輪全部付けてくれたら考えてやってもいいぜ」
「そうそう、考えてやるってかあ」
 ガハハハハ。冒険者達の視線が交差する。無言の確認。その時、男達はまだ気が付いていなかった。自分達が最後の執行猶予のチャンスを自ら投げ捨てた事に。
「解りました。どうぞ‥‥!」
 指から抜きとられた指輪が空に舞う。男達の視線と手が空に伸びたその時。
「ぐああっ」「ぐふっ!」
 二方向からの攻撃が走り、二人の男が、指輪から地面へと手と、視線を落とした。
「なんだと!」
 コン。指輪が地面に落ちるその時、もう、ランディの二刀目は三人目の男の逃げ足を奪う。
「ーーてっ!」
 あっと言う間におきた形勢の逆転を流石の男達も理解する。立っているのはこちらは二人。向こうはまだ五人。
「もう一度お願いを致しましょうか。ジョーイさん?」
 指輪を拾い上げ、イシュカは依頼主に顔を向ける。瞬く間の状況変換に考えがついていかなかったのはジョーイも同様であったがそれでも彼は、唾を飲み込んで前を見た。
 飾りを握り締めたままの、捜し続けていた男に向けて、願いをぶつける。
「返して下さい!」
「この野朗。つけあがってんじゃねええ!」
 高く上げられた手。その手に握られた首飾り。
「ダメだ!」
 地面に叩きつけられようとするそれに向かってジョーイは誰よりも早く疾走する。
 ジョーイに向かうナイフ。時間が止まったかのような一瞬の後。
「‥‥えっ?」
 全ては驚くほど緩やかに終った。
 倒れ崩れるナイフを持った男は、ジョーイの真横で静かな寝息を立てている。
「しばらくの間、静かにしていて下さいね。あまり手荒なことをしたくはないのです」
「神のご加護があらんことを‥‥」
 凍りついた男の前で、イシュカは手を祈りに組む。男は、心底悔しそうな表情のまま、石像の如くそこに立ち尽くしていた。
「こいつは返してもらおう。ああ、また同じ様な事が起これば、今度は『街の悪漢の掃討』なんて名目でギルドから派遣されて来るかも知れないが‥‥その時は宜しく、な。‥‥ほら。もう手放すんじゃないぞ」
 返事の無い動い男の手から首飾りを抜き取り、ジョーイに向かってランディは差し出した。ついでに金の腕輪も回収する。
「‥‥大丈夫ですか?」
 響に手を借りて立ち上がったジョーイは、はいと頷いてランディが差し出した首飾りを受取った。幸いどこも壊れておらず、石も抜け落ちてはいない。
「‥‥良かった‥‥。本当に‥‥」
 戻ってきた宝物を慈しみの眼差しで見つけ、抱きしめた。まるで恋人を抱きしめるように優しく‥‥。
 その光景を、何も言わず冒険者達は優しい眼差しで見つめていた。

「これを、私に?」
 夜遅く、街の広場で二人は待ち合わせていた。精霊達の光は、今宵一際美しく、眩しく輝き、二人を照らす。
 恋人の日。愛する人に最も相応しい贈り物ができたと満足げだった彼女は、驚いたように自分に差し出された贈り物を見つめる。それは、精緻な首飾り。白いドレスにきっと似合う、だが自分には相応しいと思えない宝玉。
「前、言っていたろう。騎士として生きると決めた以上、貴婦人のように着飾らない。国の幸せの為に戦うと」
「覚えていたの?‥‥」
 でも。彼女の手とその首飾りに自らの手を重ねて握らせて、彼は微笑む。
「でも僕の前では、一人の女性であってほしい。僕はまだ弱いけれども君を守る騎士でありたいとここに誓う。捧げる剣は無いけれど、今日、この夜を守ってくれた聖人達に誓って‥‥」
「‥‥」
 彼は首飾りを恋人の首にかけると、膝を折り、銀の髪を揺らし恭しく愛する貴婦人の手を取った。剣を握り、ゴーレムを操る硬い手に口付けて‥‥。
「この首飾りを渡せたら、君に告げようと決めていた。僕の光の女神。愛している。結婚して欲しい‥‥」
「ジョーイ!」
 やがて月明かりの精霊達が照らす影が、二つから一つになる。音一つ無い静寂の中、風が静かに歌っていた。

●恋を守る聖人達
 そっと広場を離れ帰路に着く。
「人の恋路を邪魔したら、馬に蹴られても死ねないからね」
 響はそう言って肩を竦めた。首飾りが無事に彼の手に戻った時点で依頼は終了。ゴロツキどもはしっかり熨しておいたので、当分悪さはできまい。報酬もちゃんと受取った。
 だが‥‥
「もう一つ、報酬もらっちゃった気分だねえ」
 フォーリィはさっきの光景と言葉を、胸の中で反復する。
『この夜を守ってくれた聖人達に誓って‥‥』
「光栄なことです。恋人達の守護者の加護とは比べるまでもないほど微力な我らに‥‥」
 何かの役に立ち、誰かの為になれたことが何よりの報酬でもあるのだ。
「あら、もう一つ。報酬が増えましたわ」
「ホントですわね。彼女も彼の為にプレゼント用意していたと言うこと。この音色が二人の愛を語ってくれていますわ」
 ルーシェの言葉に頷き微笑んだアイネイスの言葉と眼差しの先、柔らかく、暖かい調べ。恋と愛を歌う澄んだ歌声が‥‥聞こえる。彼女はさっき、ジョーイに告げた言葉を思い出していた。
『私達、詩人には戦士の方々のように逞しい腕も鋭い剣もありません。でも悲しみに満ちた心を癒したり、未来への希望を湧きあがらせるための詩がありますわ。その力の源は、人を想う心、そう思うのです』
(「騎士とお見受けしました。彼が、自らに不安を持つのも無理は無いですわね。でも‥‥」)
 この音色を聞けば、大丈夫だと確信できる。少なくとも音に、歌声に迷いは無い。愛する者を守り、共に生きたいと願う心が込められている。
 冒険者達は確信する。きっと彼は、彼らは大丈夫だと。

「このリュートは‥‥そうだったんですね‥‥」
「どうかしたの?」
 贈られたリュートをまじまじと見つめるジョーイに、カレンは首を傾げた。いえ、と首を横に振ると、彼は弦を軽い指先で爪弾いた。どうやら、自分は冒険者達に、二重に救われたのかもしれない。
(「ならば‥‥せめて‥‥」)
 リュートを手に彼は歌を紡ぐ。心からの思いを込めて‥‥。
「風よ、月よ。願わくば‥‥この調べが、彼らに感謝を伝えてくれるように‥‥」

 恋人達の夜、静かな空に、愛の歌声と幸せの調べがいつまでも響いていた。