●リプレイ本文
●色とりどりの素材
「ファッションショーかぁ‥‥うん、面白そう」
久しぶりに帰ってきたノルマンの地で開催されるファッションショー。
参加を決めたティアイエル・エルトファーム(ea0324)らは、冒険者ギルドを出るなり服の製作に掛かった。裁縫は実は決して得意ではないのだが、一生懸命作業するその顔はどこか楽しそうだ。
「着いて早々の頼まれ事とは‥‥持参した布地が役立てば良いけど」
言いながら忙しく手と羽とを動かしているのは、シフールのマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)。ただ今、エスコート役のシュタール・アイゼナッハ(ea9387)の採寸中なのだ。流石に一人では荷が重いので、手伝いのユノの手を借りながら、である。
「三着は大変ですけど頑張りましょ」
その言葉に小さく頷き、小声でシュタールに何事かを告げてから、
「わたくし達クチュリエール(女性の裁縫師)にとって、針は戦士の剣と同じ。本気で参りましてよ?」
マグダレンは片目をつぶって見せた。
こうして、ドレスタットで準備を済ませた一行は新しき街エスト・ルミエールへと向かった。道中の馬車でも作業が進められ。現地でも調整に余念がない。
「やるからには優勝よ!」
エリー・エル(ea5970)は力説し、けれど、衣装準備と平行して、子供達と何事かを打ち合わせし。
「産業として軌道に乗れば、アレクス卿の資金源ともなるでしょうね」
成功を、或いは誰よりも願いながら、デザインを考えるリセット・マーベリック(ea7400)。
「ふむ、これはどうじゃ?」
そして、この辺りでは見かけない素材‥‥変わった布地を胸に当て、選んでいるヴェガ・キュアノス(ea7463)。
それぞれ、自分のアイデアと思い、趣向を凝らしながら、準備を着々と進めていった。
●開催! ファッションショー
「リセットと申します。以後、よろしく」
いよいよ当日。リセットは慌しく準備の進む舞台裏で、スレナスに声を掛けた。すました表情の中、目にどこか悪戯っぽい光を浮かべ。
リセットはスレナスをバルディエ卿後継者候補の1人と考えていた。だから一度、ちゃんと面識を持っておきたかったのだ。
そんなリセットの内心に気付いているのかいないのか、スレナスはあくまで主催者側の武官として、馴れ合うそぶりも見せなかった。
「服飾文化を売りにするとは面白いアイデアじゃ」
そんなリセット達を見やりながら、ヴェガは主催者であるアレクス・バルディエに率直な意見を述べた。
「羊を育て毛織物を、麻でリンネルを、綿や絹も出来れば良いが、リセットらが試みておる錬金術にて染色の技術も確立出来ると尚良いのぅ」
「確かに。新しい技術が確率でき、安定して供給できたなら、特産物として申し分ない」
「うむ。だが、先ずは今日を成功させる事が先決じゃが‥‥おぉ、そうじゃ」
ヴェガはふと振り、桃山ライアンを手招いた。
「わしの秘蔵っ子じゃ。将来有望な賢い子ゆえ、お見知りおきを」
「桃山ライアンと申します。あの、よろしくお願いします」
緊張しているのが丸分かりの様子で、それでもキチンと挨拶するライアンに、大人達は頬を緩めた。
「では、楽しみにしている」
「わしを始めとして、皆、期待は裏切るまい」
そうして、開始時刻がやってくる。この街の未来を照らすかもしれない、運命の幕が上がる。
職と美・女神達の祭典は、シンプルな宣言で始まった。待ちかねたように沸き起こる、拍手と歓声。特に娘たちは、出展される衣装を間近で見ようと必死な様子で。
その中‥‥審査員席である特別席には、バルディエ卿とルイーザ嬢、少し離れた位置にはノアール・ノエル卿の姿もあった。
「エントリーNo1、ティアイエル嬢」
緊張の為だろう、顔を紅潮させたティアイエルは一つ大きく息を吸ってから、舞台へと進み出た。エスコート役のスレナスが軽く頷き差し出した手。そっと重ねた時には、ティアイエルにはもう、緊張の色は無かった。
肩の一部分だけを露出した袖のある服に、首元を彩る紐飾り。動きやすさを重視した、脹脛までのスカートは歩みを些かも阻害しない。一歩また一歩と進むたびにスカートの裾のレースがふわりと舞う。裾だけではない、薄手の生地を重ねた服全体が、ふわりと仕上がり、見る者に軽やかな印象を与えていた。
「かわいー。ほしいー」
はしゃぐルルお嬢様。
「可愛いね、あれ」
「うん、あたしにも似合いそうかも」
会場のあちこち、主に十代の少女達から熱心な拍手が贈られる。漏れ聞こえて来る感想に、ティアイエルの笑みは自然と深くなる。
決してものすごく高価じゃない、おしゃれをしたい年頃の女の子なら誰で着れそうな着たくなる服。それが、ティアイエルの目指したものだったのだから。
「シンプルに可愛らしく、か。もう少しドレスアップしてもいいと思うけど、彼女には合ってるな」
審査員のおじさん達の評価も、好意的なものが多かった。
舞台より、ヴェガ達を呼び出す声。
「考えてみれば、こういった場に出るのもドレスを着るのも十数年ぶりじゃな。まあ、気負う事なく参ろうぞ」
ヴェガは言って、微笑んだ。
「行くぞ、ライアン」
向けられたその微笑みに、ライアンは緊張に頬を染めながらも頷いた。ジャパンの正装姿のライアンにエスコートされたヴェガを目にした瞬間、会場からは
「ほぅっ」
という溜め息が漏れた。
ヴェガが纏うは、ジャパンの素材を一部に用いて、西洋のドレスに東洋風のテイストを加えたデザインのドレスだった。濃い色で染めた布に薄布を被せた事により、淡く上品な色を創り出す事に成功している。スレンダーラインにパコダスリーブ、襟は和服の合わせで上品に。襟縁と裾にはレースをあしらい、ウェストのサイドはサテンの白リボンで飾り。
浅葱色とアイボリーホワイトの組み合わせを基本とし、袖とスカートは藍染の端切れを利用して淡いブルーのグラデーションに染めあげている。
髪は上で纏めて数房を垂らすようにして、その上から薄いヴェール。和と洋の混在した、水をイメージしたドレス。けれど、それらは反発する事無くしっくりと馴染み、ヴェガを優美に彩っている。
「素敵‥‥っ! きれーい」
その美しさに、アンジュは目をキラキラさせて見入っている。勿論、それはアンジュに限らないが。
「ルルもきてみたーい」
「東洋文化の融合‥‥ふむ、悪くない」
喜ぶ愛娘の声を聞きながら、バルディエも興味深げにそう評価した。それは新しい可能性なのだから。
●舞台を盛り上げろ
「「「わ〜っ!!!」」」
エリーの名を司会者が呼び上げた途端だった。その眼前を駆け抜けたのは、大勢の子供達‥‥と、エリー。白い生地を結んだり巻きつけたりしたドレスに、まるで翼のような白く大きな帯が印象的だ。
ウィッグをつけてブロンドウェーブロングヘアーとした髪、髪留めとイヤリングは銀のロザリオ、白いチョーカーにもロザリオの飾りがついている‥‥レミィが太鼓判を押したその格好は、清らかな天使のようだ。
エスコート役の子供達もまた、同じような衣装‥‥舞台を駆け回る姿は天使というより小悪魔的だが。
バルディエ達大人は呆然としているが、
「おもしろーい」
ルル達若者には随分と受けているようで。それもまた新しい街の新たな文化の発火点として、相応しい趣向なのかもしれなかった。
「そうそう、固い事は言いっこなし! 何せここは新しく作られる街の、新たな文化の発火点になるんだもの!」
可愛く明るい天使達は、その原動力となるかのように、元気一杯舞台を跳ね回った。
「んー‥‥子供らの扱いに手を回しすぎたのかねえ。芸としては悪くないけど、手抜きだねこりゃ」
その元気さを評価しつつ、衣装についてはちょっと酷評する審査員もいたけれど、
「ぶぅっ‥‥でも、面白かったよね」
エリーと子供達はどこまでも楽しそうだった。
ざわつきを残す舞台、次に現れたのはリセットだ。落ち着かない空気に動揺した素振りもなく、冷静に微笑みさえ浮かべステージに上がる。
そのドレスは一見、質素とさえ言えた。レースや花などの装飾はほぼ無い。
身体のラインを見せるデザインは、だが、上品さを失わず‥‥寧ろ、余分なものを削ぎ落とした故の一種清々しい美しさがあった。それに、見る者が見れば分かっただろう。予算のほとんどをつぎ込んだ、生地の素晴らしさに。
そして、唯一の装飾品である、胸元に飾られた勲章が誇らしげにリセットを彩る。
「エスコート無しとは大胆な‥‥」
「あの勲章は‥‥」
「ほほう由緒正しき武門の家柄のようですな。道理で気品がある」
「私の知り合いだぞ」
感心しているノアールに聞こえるよう。独り言を言うバルディエ。
過度な装飾を排したリセットのドレスは、だからこそ反対に印象を残す。どちらかというと観客よりも審査員に。ドレスよりもリセット自身を。
「先ずは私の名前と顔を覚えてもらわねば」
街の名士や有力者達の反応に手ごたえを覚え、リセットは優雅に舞台を後にした。
●華麗なるフィナーレ
「では、最後の登場者になります! マグダレン・ヴィルルノワ嬢、どうぞ!」
名を呼ばれ、マグダレンが舞台に上がる。けれど、シフールであるマグダレンの衣装は客席からは見えにくい。自然、ざわつく観客席。
マグダレンはそんな観客達を見回し、コホンと一息入れてから告げた。
「シフールの私の衣装が皆様にはよく見えないことでしょう」
観客の、特に女性たちがあちこちで大きく頷く。
「それでは頑張って作ったこの衣装も可哀想‥‥そこで皆様にも見やすいように、同じ衣装を用意しました」
小さな手が差し伸べた先、そこに、ドレス姿の女性がいた。
「モデルはエヴァンゼリン・ノワール嬢。エスコートはシュタール・アイゼナッハさんです」
促され、一組の男女が舞台中央に進み出る。エヴァンゼリンは笑顔で、シュタールはぎこちない動作と引きつり気味の笑顔で。
そう、採寸の際、シュタールはマグダレンに囁かれていたのだ。
「エヴァ様と合うお服をご希望ですね? 作成費はこちらで頂きますわよ?」
と。
そして、マグダレンから代役を頼まれたエヴァンゼリンに、勇気を出して申し込んだ。
(「自分を卑下してはいけません。シュタールさん自身が動こうとしないと、一歩も前に進めないのですから」)
出立の日。イコンから受けたアドバイスが彼の背を後押しする。
「わしみたいな年寄りだと、退屈かもしれんが、エスコートさせて頂けんかのぅ‥‥」
エヴァは、申し込みを受けてくれた。
仲間達のアドバイスは今も、シュタールの胸に在る。だから、シュタールは背筋をピンと伸ばした。エスコートするエヴァの隣に立つに相応しくあるように。
そんな二人の姿を認め、会場がシンと静まり返る。
エヴァは、プリンセスラインの二部式のイブニングドレスを身に纏っていた。スカートはボリュームが出る様詰め物をし、内のドレスはオフホワイト。袖はなく、ウェスト部は細め‥‥華奢なシルエットを際立たせている。
更に素晴らしいのは、その色彩だ。
ラウンドネックから裾まで一列に、若葉色のくるみボタン。その上には伽羅色‥‥それは月道渡りの紅茶にミルクを足した感じの色‥‥の、ガウンドレスを羽織っている。ガウンドレスの装飾は前開き部分に若葉色のコードレース縫い付け、袖はパゴダスリーブで、これは極細の若草色のコードで絞り伸び行く蔓を表現している。
薄化粧はあくまで可憐に、結い上げられた髪には白い小花の枝が飾られ。並び立つシュタールのジャケットのデザインも、エヴァと同様のもの。膝丈の長さで、色はセピアブラウン。革靴も茶色。インに着たシャツとぴったりしたズボンはオフホワイトで、鳶色のアスコット風のタイが柔らかなアクセントをつけている。
その一対に、マグダレンは大満足だった。温かみのある大地とそれに芽吹いた若き生命‥‥それは、イメージしたままに。
正に、マグダレン達渾身の逸品と言うしかない出来だった。だが、当の本人であるシュタール達にはそれは分からない。いや勿論、エヴァンゼリンの美しさは溜め息ものなのだが、静まり返った会場というのは何とも心を不安にさせる。
そのエヴァの不安に気付いたシュタールは勇気を出した。ポケットに入れておいた、真っ白いハンカチ‥‥丁寧に洗濯しておいたそれを取り出して見せたのだ。
「今回は、貴方から頂いたハンカチの為に‥‥」
少なくとも自分はその為に此処にいる、此処で頑張っていると伝えたくて。その動作を呼び水としたように、止まっていた時間が動き出す。シンと静まり返っていた会場に、拍手と歓声があふれた。
ビックリ顔のシュタールとエヴァに、マグダレンは笑みを深めた。
「審査中、しばらくお待ちください」
ネコミミヘアバンドの女性がプラカードを掲げる中、会場の人々は期待と興奮の入り混じった顔で結果発表を待った。
これがただの見世物ではない事、人々は知っているから。このショーは、これからの街の繁栄に貢献してくれるはずの、その意味を持つものなのだから。
「最優秀賞‥‥マグダレン・ヴィルルノワ」
だから、告げられた時、人々の歓声は爆発した。一瞬遅れて満面の笑みを浮かべたマグダレンと、駆け寄るシュタールとエヴァと。
三人に降り注ぐ、感嘆と賛辞とを込めた惜しみない拍手。それは輝かしい未来を確信するように。その中でノワール卿がニヤリと笑みを浮かべたのを、バルディエの目は捉えた。
そしてこの時、まだ拍手の鳴り止まぬ会場から、青年が立ち去ろうとしていた。一人、会場の興奮から距離を置くように。
去り際、一度だけ振り返り、青年は呟いた。
「来た甲斐があった。この街でなら‥‥」
その呟きは拍手にかき消され、誰の耳に届く事もなかったけれど。
「‥‥」
そうして、鳴り止む気配の無い拍手に応え、マグダレン達三人はもう一度、挨拶に出た。
はにかんだ笑みを浮かべたエヴァの手、シュタールは先ほどよりも随分と自然に、しっかりとその手を取っていたのだった。
さながら、姫を守るナイトのように。