●リプレイ本文
●新しい店
ドレスタットの片隅、調合屋と書かれた真新しい店に冒険者達が集まったのは、陽射しがぽかぽかと暖かい日だった。
「「皆さん、依頼を受けて下さって、本当にありがとうございます!」」
「あたしはエルウィン・カスケード。エルって気軽に呼んでね」
エルウィン・カスケード(ea3952)は、出迎えた依頼人ファニィとレニーの手を取って、ニッコリと挨拶した。
「先ず、確認しておきたい事があります」
だが、次に口を開いたシフールの仕立て屋、マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)は表情を引き締めて問うた。
「随分若い術士さんですのね。この店の経営方針を聞いても良いでしょうか?」
この店を今後どう経営していくのか、その明確なヴィジョンはあるのか‥‥マグダレンとしては最初に確認しておきたい所だった。
二人は若く、経験不足の感は否めない。
「お店ごっこをしたいだけなら、親元に帰る事を勧めますわ」
厳しいようだが、甘えた気分で店を経営など出来ないから。
「難しい事は分かんないけど‥‥」
それが分かったのだろう。ゴクリとノドを鳴らし、緊張の面持ちでファニィは口を開いた。
「基本は薬草を調合ね。薬を作ったり、ハーブを使った料理やお菓子なんかを作ったり」
「後、ハーブを詰めて香り袋を作ったり、ちょっとした細工物なんかも作っていく予定です」
「本当にお店として、経営として成り立つものなのかしら?」
返ってきた意外と堅実な答え。それでも、マグダレンが念を押したのは、二人の真剣さを確認する為。
「成り立たせます」
「まっ、もう家には帰れないしね‥‥やるっきゃないでしょ」
「家訓なんです。15歳になったら家を出て一人立ちするって‥‥私達は二人立ちですけど」
果たして、レニーとファニィは真剣な眼差しで答え。
「言うほど簡単ですありませんよ、お店経営は‥‥ですが、やる気があるなら、助力は惜しみませんわ」
マグダレンはようやくふっ、と頬を緩めた。
「えへへ〜、じゃあそういう事で、よろしく」
そんな義姉の様子にニコニコと笑みを浮かべながら、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)はファニィとレニーをまじまじと見つめ、尋ねた。
「ところでさ、二人って双子?」
「うん」「はい」
返ってきたのは、肯定。
「うちは義理だけど姉妹。姉ちゃんとあたしの両親は共に冒険者で、怪物に殺られてエルフの養父母の許にいったんだよね」
乗り越えた過去なのだろう、語る口調は暗さを感じさせない。
「でも多忙でさー。赤ん坊のあたしを育てたのは結局姉ちゃん。だから未だに頭上がんない」
ガレットはチラリと視線をマグダレンに向けてから、
「えへっ」
と小さく舌を出した。
「でもさ、姉ちゃんみたくキツくは言わないけど、収益上げて自活目的なら覚悟示してね?」
脅しに聞こえないよう、努めて明るく告げたガレットに、双子は改めて大きく頷いた。
「勿論大変だろうが、それだけの覚悟があるなら大丈夫だ‥‥きっと」
二人を励ますように、その華奢な肩をポンと軽く叩いてやったのは、ジノ・ダヴィドフ(eb0639)だった。
「前向きな奴ってのは嫌いじゃないぜ。『たくさんの人を幸せにしたいんです』なんて中々思うものじゃぁない」
頭にホコリがついてたり顔が煤けてたり、言葉以外にも、何とも一生懸命な様子が見てとれて。
(「何とか無事に開店‥‥ついでにその後も順調になるように手助けしてやりたいな」)
ジノは口には出さないながら、少しでも力になってやりたいと、そう思った。
「俺の主な仕事は力仕事だな。‥‥とはいうものの、三日後が開店だってのに荷物も片付いてない上、雑草も生え放題と来たか。どっちから手を出したものやら」
とはいうものの、辺りを見回せば思わず溜め息が出てしまうわけで。勿論、とにかく動き出さねばどうしようもない事は承知しているが。
「大丈夫だ。だからこそ、俺たちが集まったんだからな」
ジノの内心を察した声の主は、異国の風体をしていた。
「俺は、ジャパンから見知らぬ異国の地へ飛ばされてきたばかりの、かすていら馬鹿‥‥じゃなかった、普通の浪人、湯田鎖雷(ea0109)だ。愛馬めひひひひん共々宜しく頼む!」
ヒヒンと嘶く愛馬と共にやって来た。
「わぁ、ジャパンの人なんだぁ」
「それがキモノという服なんですね」
ファニィとレニーは興味津々、瞳を輝かせ鎖雷の周りをクルクルし。
「これどうなってるんだろ」
「お二人とも、それを引っ張ってはダメですよ」
鎖雷は、帯に触れたファニィをやんわり止めたフェネック・ローキドール(ea1605)に、思わず息を止めた。フェネックが想い人によく似ていたからだ。
(「落ち着け、俺。別人じゃないか‥‥ていうか、性別が違うだろ」)
心の中で突っ込み、一つ深呼吸。実はフェネックはれっきとした女性なのだが、全く気付かない鎖雷だったりして。
「どうかなさいましたか?」
「いっ、いや‥‥っ!?」
けれど、想い人そっくりの顔で心配そうに覗き込まれ、収まったハズの心臓が再び、跳ねた。
「とにかく、庭の草むしりからだ。ほら、やるぞ」
「すみません。僕は植物知識にも少々明るいですし、調合のお手伝いをしようと思います」
「そうか。まぁそんな柔な腕じゃ、力仕事は無理だろうな」
「代わりと言っては何ですが、私がお手伝いします」
誤魔化す為で他意はないだろうが‥‥聞き様によっては嫌味とも取れる鎖雷の言葉。
少しでもトラブルの種は防いでおきたい、思ったボルト・レイヴン(ea7906)はやんわりと割って入った。勿論、ケンカを売るつもりはなかったが、ボルトの心遣いを感じた鎖雷はボルトとジノに声を掛けた。
「あぁ、じゃあやるか」
草むしりをする旨をファニィ達に告げ。
「‥‥一応、作業前に薬草や毒草の有無を確認してくれるか?」
「分かりました」
冷静さを取り戻した鎖雷は今度は落ち着いて、フェネックに頼む事が出来た。
「じゃあ、あたし達は店内だね」
そうして、その他の女性陣が店内に足を踏み入れようとした時。
「ところで、店名はないのですよね?」
『調合屋』とだけ記された看板の横を飛んだマグダレンが問うた。
「もしコンセプトが無いなら‥‥これは如何? L’oiseau Bleu(ロワゾー・バリエ)というのは」
ロワゾー・バリエ‥‥青い鳥。
「青い鳥と花は幸福の象徴ですもの」
白木に淡い青系ファブリック、花は矢車草やリンドウに白い花を‥‥そんなイメージがこの店に、双子に合うのでは、と。
「ロワゾー・バリエ‥‥うん、それすっごく良いかも!」
「はい、とっても素敵です」
単語を口にしてから、ファニィとレニーは嬉しそうに声を弾ませた。
「確かに良い響きだ。よし、なら俺が看板を作ってやろう」
「俺も手伝おう」
鎖雷とジノも言い、店の名前は決定した。
「では、改めまして。ロワゾー・バリエ開店の為に皆さん、頑張りましょう」
生き生きと楽しそうな若者達を見回し、ボルトは目を細めた。
●準備準備準備
「家畜は本能的に毒草を避けて食事するから、めひ達に草を食ませよう」
とにかく効率よく‥‥とのコンセプトで鎖雷は考えた。愛馬めひひひひんやガレットやマグダレンの馬ボナパルト&ヴィオレッタを間隔を空けて庭に繋ぎ、草を食ませる事で効率アップを狙ったのだ。
「クラシック、お前も協力してくれ」
ジノもまた愛馬の背を優しく叩いてやった。
「‥‥くれぐれも腹は壊さないでくれよ」
ちょっとだけ、心配しながら。
「大丈夫です、毒草はありません」
その心配を払拭したのは、フェネック。
「なら、安心だ。そうだ、見栄えの良いモノはとっておこう。後で植え直せるように」
「それは良いアイデアですね」
微笑まれ、やっぱり動揺してしまう鎖雷であった。
「だが、皆、腰を痛めないよう気をつけよう」
とにかく男手は三人‥‥草むしりしながら店内の積み重なった荷物を思い出したジノは、鎖雷とボルトに注意を促した。
「‥‥うん、とにかく掃除が先みたいね」
さて、あたしは何をしようか‥‥店内をグルリと見回したエルウィンは壁を目にし、直ぐに自分の仕事を悟った。
何で煤けてるんだろう?
「すみません、えと、色々ありまして」
爆発したりとか転んでモノを引っくり返したりとか爆発させたりとか‥‥シュンとうな垂れるレニー。
「ううん、これでこそやり甲斐があるわ」
「この辺りを片付けたら、お菓子作りの特訓ですわね」
慰めるエルウィンに、マグダレンも微笑みながら続けた‥‥こっちは微笑が何気なく怖い。
「開店当日コゲコゲを出したくないでしょ?」
「「‥‥はぁい」」
頑張りまぁすと声を揃える二人。
「重い物はサライさん達に頼むとして‥‥」
片付けを手伝いながら、ガレットが
「そういえば」
と小首を傾げた。
「沢山の人を幸せに‥‥って事は特定層を決めず老若男女をお客にって事?」
脳裏に浮かぶのは、パリにある店。
「ジタニーさんって人のお店を知ってるけど、男の人が入り辛い印象あったんだよね」
アトロポス婆ちゃん元気かな、ちょっぴり懐かしい。
「そうですね。出来れば客層は決めたくないんです。でも、つい自分達の好みに偏っちゃうんですけど」
「では、店内を装飾する際、あまり少女趣味にならないよう気をつけなくては、ですわね」
「姉ちゃんが指示してくれたら、あたしがやるよ。あ、青い鳥のマスコット作って、何気なく置くのも良いね」
「うん! そうだ、記念品に青い鳥を模すのもステキかも」
と、力いっぱい同意したファニィが積み重なった荷物から、ゴソゴソと何やら引っ張り出した。
それは、パッチワークで作られた小さな袋。ほのかに漂ってくる清々しい香り。中には、ハーブが入っているのだろう。
「でも、ファニィ。今から刺繍するの、大変よ?」
「青い布を鳥の形に切って縫い付けるならどうです?‥‥勿論、時間が許すなら、ですが」
「レアって感じでいくつか混ぜても楽しいと思うわ」
会話に加わりながら手は動かすエルウィン。調理場がみるみるピカピカさを取り戻していく。
「よっし、ここはこれでOKね」
「じゃ、あたしは内装にかかっちゃうよ」
次の場所に取り掛かるエルウィンと、掃除された場所から装飾を始めるガレットと。
「では、早速お菓子作りですわね」
そして、ファニィの頭の上にパタと乗ったマグダレンが、ニッコリと告げた。
「っつ、指切ったか」
元々狭い庭である、馬達の頑張りもあって着々と減っていく雑草。その中で、使えそうな植物を物色していたジノは指先に走った痛みに顔をしかめた。
「! まぁ大変です。ちょっと待ってて下さいね」
丁度通りがかったレニーは言ってパタパタと店内に取って返し‥‥戻って来た時には、ツボを二つ抱えていた。
「推定、良く効くけど臭いのある薬と、普通にしか効かないけど臭いの少ない薬と、どちらがいいですか?」
ドロリとした塗り薬を示し、真剣に問うレニー‥‥というか、推定? 人体実験?
「‥‥」
傍で見ていたボルトは治療を申し出ようかと迷った。しかし、レニーは一生懸命だし、口出ししたら可哀想な気がして口を噤む。とりあえず、暴走しそうになったら止めようと、それだけは決めて見守る。
そんなボルトの視線の先。
「‥‥普通で」
非常に個性的な異臭のする『良く効く』薬の蓋をパタリと閉じ、ジノ。瞬間、レニーが「ちぇっ」って残念そうな顔をした気がしたが‥‥多分気のせいだろう。
ちなみに、普通に効くという方も、何やら珍妙な臭いがするような気はする。
「でも、ケガしたら何時でも声を掛けて下さい‥‥色々試してもみたいですし」
「あぁ、その時はよろしく頼む」
後半の小さな小さな囁きが聞こえてしまったジノは、ただ曖昧に頷いた。
パフン。
「わっ‥‥っ!?」
調理場の空いたスペースで調合の手伝いをしていたフェネックは、すぐ近くで聞こえた異音にビクッとした。
「だから、火の側を離れない!、と言ったでしょう!」
直後、マグダレンの叱責が響いた。声の方を見ると、幸い焼き菓子が破裂しただけのようだった‥‥何で破裂?
「遅くなってごめんなさい」
外に小麦粉を取りに行ったままだったレニーが戻って来たのは、その時だった。
「いいですか、二人共。もう一度最初からですわよ」
双子を見下ろし、マグダレン先生のお料理講座が開始される。
「オーブンの癖を知るのも重要ですが‥‥手早く作るのが大原則ですわ」
「それは承知しているのですが‥‥」
「時間が経ち過ぎたら涼しい所に置き生地を落ち着かせる。バターは小さく切り粉と完全に混ぜる。加減をしつつミルクを加える。後は火の傍を離れない!」
「はぅ〜、ダメダメだよぉ」
「ががが頑張りましょう!」
おかしいよなんで、こんなはずじゃなかった‥‥双子に飛ぶ、指導。
「頑張って下さいね、お二人とも」
調合の手は休ませぬまま、フェネックは心から応援した。やはり黒こげのお菓子はマズいし不味そうだ。
「上手く出来たら私の得意レシピも伝授して差し上げますから、頑張りましょう」
「「はぁ〜い、頑張りますぅ」」
その夜、ロワゾー・バリエの灯りは遅くまで消える事がなかったという。
●大詰め
「まるで別の場所に来たようだな」
翌日。数日前までの荒れようが嘘であったように、庭はキレイに整地されていた。
雑草に埋もれていた、小奇麗な花や葉っぱが整然と植えられた庭先。空いたスペースに作られた花壇には、薬草栽培なども出来るようになっている。
更に、鎖雷のアイデアで、竈の灰と混ぜて庭の隅に埋められた雑草たちは、そのうち堆肥として使えるだろう。
「次は看板作りだな」
「青い鳥と白い花を組み合わせる感じで‥‥」
鎖雷はジノと共に、マグダレンの指示した絵柄を念頭に、看板作りを始めた。
「お二人がどんな調合が可能か、明確に示すモノが必要ですわね。フェレックさん、効能と薬の名前を示した表作成をお願いします」
「はい。その薬効表ですが、ゲルマン語以外にも、アラビア語、スペイン語、ジャパン語等でも表記した方が良いと思うのですが」
店内ではマグダレンとフェネックが、相談しながら薬効表を創りあげていく。
「イスとテーブルは外ですね?」
「うん、そうです」
ボルトは本日は店内で荷物整理を担当している。
「売り物以外は奥に下げておきましょう」
「お願いしますね」
小さいが、奥にある居住スペース。売り物と私物とを注意深く分けていくボルト。
「薬は駆風薬とか健胃剤とか。日常使うのを少量ずつ、呑み薬は丸薬で希望かな」
「なるほど‥‥」
ガレットはレニーと打ち合せ中。
「化粧品は‥‥ほら、こっちの女の子って割と実用重視じゃない? 美容法やお化粧って一子相伝か口コミが大抵だけど。お手頃な口紅や極少量のお白粉の他、ちゃんとした美容法や使い方を教えてくれる人、欲しいかも」
それは今後の課題かなぁ、一朝一夕では出来ない事はガレットも承知している。
「出来れば薬だけでなく、手荒れに効くクリームも置いて欲しいですわね」
希望といえば、と薬効表を作り終えたマグダレンも話に加わった。
「仕立て師としてはエニシダやマロウ等の染料も希望ですわね」
「庭で栽培出来るか、材料を安定して確保出来れば‥‥」
新しい染料を試してもみられるのですが、とレニー。分厚い羊毛で包まれた大きな壷の蓋を開けて、
「これだけはお師匠様よりも上手く出来るんですよ。温度管理が難しいですが」
ちょっと得意げ。壷の中に液体があり、その中にまた壷。小さな壷の中で大きく成長した水晶のような物体を見せる。
「これは?」
「染物に使うミョウバンです。壷に張ったウサギの毛で育って行くんですよ。一旦こういう結晶を作らないと、不純物が多くて‥‥直ぐ直ぐでなくても何れそちら方面も手を出したいですね」
未来を夢見る瞳は壷の中の結晶よりもなお、キラキラと輝いている。
「その為にも、先ずはお店を軌道に乗せなくちゃね」
その輝きを失わせない為にも‥‥頑張ってほしいと、頑張ろうと、ガレットは改めて思うのだった。
「ファニィちゃん、これはこっちの方が良くない?」
そして、商品の陳列をしながらフェネック達が作った薬効表を合わせ置いていくエルウィン。段々と整えられていく、店の形。皆でワイワイと創りあげていく、その形。
「何だか良いですよね、こういうの」
フェネックは自然と浮かんできた微笑みに気付き、しみじみと思った。
ファニィやレニー、ガレット達は一生懸命で。彼女達から元気を分けてもらっているようだ、と思う‥‥見ているだけで楽しいから。
「たまにはこういう依頼も楽しいですね」
ささやかだが自分が手伝えるのが、一緒に創り出しているのが、嬉しかった。
●開店直前
「よし皆、行こう!」
前日。それぞれの仕事が一段落着いた頃合を見計らい、ジノ達は皆で宣伝活動に行く事を提案した。
愛馬クラシック号と鎖雷のめひひひひんに引かせた荷台で作った、簡易馬車。
「ちょっと恥ずかしいですね」
乗せられたフェネックは言いながらも、緩やかな旋律を紡ぎだし。
「明日開店です、よろしくお願いしまぁす!」
ファニィとレニー共々、声を出しながらドレスタットの街を練り歩いた。
とにかく場所が場所だ、少しでも認知度を上げておきたかったのだ。
「わたくし達は最後の仕上げをいたしましょう」
「了解、姉ちゃん」
「力仕事は私にお任せ下さい」
留守番役のマグダレン・ガレット、ボルトもまた最後の追い込みに入っていた。マグダレン達は針仕事、ボルトは店内を整える。それぞれ、悔いが残らないように。開店前日もまた慌しく過ぎていった。
一通りの支度が整ったのは、夕暮れ時だった。皆で一緒にとった夕食はここ数日のマグダレンの特訓の成果か、爆発もしなかったし味も上々だった。
けれど、食事が終わった後。
「明日‥‥ううん、もう数時間後には開店するんですね」
ポツリともれたレニーの声は、ひどく心細そうだった。さすがに、ファニィの顔にも不安が色濃い。
(「まぁ、今日が一番気が張るからな」)
明日‥‥実際に動き出してしまえば、のんびり不安になっている余裕はなくなるとジノは分かっている。疲れて、でも、気が張ってる今が一番、不安なのだろうと。
「じゃあ、明日が‥‥ううん、このお店がこれからどうなるか、占ってあげるわ」
と、エルウィンがウィンクした。
緊張した面持ちの双子を前に、カードを繰る。
「うん。この先、良い事悪い事、いろいろあるみたいね」
厳かに告げた後、顔を上げたエルウィンは二人を見てニコッと笑んだ。
「でも、あなた達二人が力を合わせれば、何事もきっと大丈夫だよ」
それは励ましを込めた言葉。これから頑張っていく二人を勇気付ける、強くて優しい言葉だった。
「そうだな。それに、二人には俺たちもついてる」
ジノはそうして、双子と仲間達を見回し、
「俺達は最高の準備をしたんだ。それなら最高の結果が待ってるってのが相場ってもんだろ?」
自分達の成果を、誇らしげに指し示した。薄いブルーを基調とした、落ち着いた色合いの店内。所々に飾れた青い鳥が、可愛らしくも上品な感じだ。整然と並べられた商品‥‥主に薬類は、見易く分かりやすく、客への配慮が感じられる。
そして、看板。新しい看板では白い花に囲まれた青い鳥が、その翼を広げている。新しい店の門出を祝うように、これから飛翔しようとするように、それでいて、羽を休めているかのように‥‥文字通り、鎖雷とジノの力作だ。
「これだけ頑張ったんだ、自信持てよ」
「そうですよ」
鎖雷がボルトが、皆が頷く。そんな『仲間』達を見つめ、ほとんど涙ぐみながら、二人は頷き返したのだった。
「もし寝付かれないようなら、これを召し上がって下さい」
夜。本日は泊り込みで明日に備える事になった一同。フェネックは双子と皆を気遣い、ハーブティーを淹れた。心をリラックスさせる効果のある、お茶だ。
「ちゃんと眠れるかなぁ‥‥」
そんな風に言っていたファニィ達だったが、さすがに疲れていたらしい。飲み終わって暫くすると、スヤスヤと寝息が聞こえてきた。フェネックは微笑みをにじませ、眠りに落ちた少女達に毛布を掛け直してやった。
「お休みなさい、どうか良い夢を」
●いよいよ当日
「絶好の開店日和だね」
青い空を見上げエルウィンがニコニコと双子を振り返った。
「きっと普段の行いがいいんだよ」
「「はい」」
フリル付きの白いエプロンとネコミミ帽を身につけたファニィとレニーが頷くと、頭に被った帽子がちょこんと揺れた。二人だけではない。ふんわりしたエプロンとネコミミ帽が、エルウィンやガレットを可愛く彩っている。
「マグダレンさんの分も間に合って良かったね」
更にシフールの仕立て屋さんが頷くように、全員がお揃いである‥‥そう、全員が。
「うぅっ、渋い中年の魅力が‥‥」
地面に『の』の字を書きながら、ジノ。うな垂れたその頭にもやっぱり、ネコミミ帽があったりして。
「でも、似合ってるよ」
キョトン、とファニィは言うが‥‥あまり嬉しくはない。
「まぁ確かに、同じ衣装ならアピールもしやすいでしょう」
にこやかに言うボルトの顔も少々引きつり気味だ。けれど、これも頑張る少女達の為‥‥と、自らに言い聞かせているっぽい。
「僕もこういうのはちょっと‥‥恥ずかしいですね」
「‥‥うっ!?」
鎖雷はというと、自分の格好よりもフェネックの白エプロンが気になって仕方ない。
(「似合ってる‥‥いやいや、血迷うな俺!」)
「さぁ、では皆さん頑張りましょう‥‥幸運を」
一人葛藤する鎖雷を尻目に、ボルトは幸運を祈った。そうして、それぞれ自分の役割を果たす為に仲間達は散っていく。
「この辺りで良いでしょう」
大通り。宣伝組であるフェネックは人通りの多い周囲を確かめ、竪琴を爪弾いた。
昨日と違う、そのテンポは軽快で明るい。
♪新しい歌を うたおう
新しいお店の産声に
耳すませば ほら‥‥♪
そのフェネックの歌声に合わせ、エルウィンがステップを踏む。
腕に籠を抱え、クルクルと舞う。その度にエプロンの裾がふわりふわりと楽しそうに軽やかに踊る。
警護を兼ねた鎖雷とボルトが、何事かと集まる人達を手早く整理していく。一人でも多くの人に踊りと歌をアピールする。
♪新しい息吹
微笑みの耐えぬ場所
いつでも 両手を広げて♪
エルウィンの脳裏を過ぎる、ここ数日の出来事。忙しかったし大変だった‥‥でも、楽しかった。その気持ちが指先から零れるよう‥‥エルウィンは楽しさを全身で表し、自慢の踊りを踊りきった。
♪待っている
あなたを 待ってるから
どうぞ皆さん よろしくね♪
やがて、余韻を残しつつ途絶える竪琴の音。合わせてフェネックとエルウィンが深々と一礼すると、大分集まった人々から大きな拍手が起こった。
「皆さぁ〜ん、調合屋『ロワゾー・バリエ』本日開店で〜す!」
エルウィンは絶妙のタイミングで声を上げると、籠の中から記念品‥‥香り袋を取り出し集まった人々に配った。
「わ、可愛い」
「すっきりした香りだな」
「でしょでしょ? それにね、青い鳥マークがついてたら、今日の運勢は花丸だよ」
エルウィンは人波を器用に泳ぎながら、記念品を配っていった。
「はい、この先に出来た店です。薬草を中心に、薬やちょっとしたモノを扱っています」
同じく記念品を配りながら、ボルトは店の位置や品揃えを説明し、方向を指し示した。
「興味があるようなら、一度見て行ってくれ」
「はい、ご案内します」
鎖雷とフェネックはその後を受け、巧みに人々を誘導していった。
「バノック(スコーンの原型のパン)お待たせ!」
その人の波がたどり着く場所。
ウェイターとして働くジノ、フリルのエプロンにもネコミミ帽にも慣れました‥‥というか、最早気にしていられる状況ではなくなっていた。
「ハーブティーまぁだ?」
「ウェイターさん、パン・ド・ミエルとケーゼ・シュタンゲンと‥‥」
地道な努力とエルウィンやフェネックの宣伝の甲斐があり、店は中々の繁盛ぶりだった。マグダレン直伝の蜂蜜入りパンやチーズを練りこんだ小さな塩味ビスケット(クッキー)も、盛況ぶりに拍車を掛けていた。
「はぁ〜い、お待たせしまし‥‥きゃうっ!」
「危なっ!?」
ただ、ジノが恐れた通り、ファニィもレニーも緊張の為か忙しさの為か足元もちょっと危なっかしくて。それが心配といえば心配だ。
「こういう時ほど落ち着くべきですわ」
冷静に、と運ぶ順などを的確に指示するのはマグダレン。
「あたし達も頑張るから、もう一頑張りだよ!」
ウェイトレスにかりだされたガレットも、忙しさの中でそれでもガッツポーズをして。
「うん、そうだね。ガレットちゃん達に任せっぱなしじゃ情けないよ。あたし達が一番頑張らなくちゃだよね!」
「それに‥‥お客さんみんな、楽しそう。うん、私もまだまだ頑張れます」
「ええ。皆、最後まで頑張りましょうね」
やがて、宣伝組も帰ってきて、皆で来てくれた人々をもてなした。
疲れた顔に、とびっきりの笑顔を浮かべて。
●戦い終わって
「さて、どうしたものでしょう」
開店に伴う騒ぎも何とか無事に終わり、やっとホッと息がつけたのは、日がとっぷりと沈んでからだった。フェネックは慌しさから解放されてようやく、何時の間にか紛れ込んでいた贈り物を空ける余裕を得たのだった。
「何てキレイな‥‥」
かざす勾玉は見つめる瞳と同じ、青色。だが、その瞳はふと、惑うように憂うように揺れた。
「どなたが下さったか、それが分かれば良いのですが」
そう、贈り物には贈り主の名が無かったのだ。実はそれは鎖雷からの贈り物だったのだが、相変わらずフェネックを男性と信じている鎖雷は「男から感謝される」のを良しとせず、敢えて匿名にしたのだった。
勿論、そんな事がフェネックに分かるはずはないが。
「名も知らぬ 彼方へ届け 月よみの礼」
だから、フェネックは勾玉を握り締め、せめてもの返礼として、夜空の月に歌を託した。
「‥‥今宵も感謝と祝福と平安を」
この気持ちが贈り主に届く事を信じて。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました」
「今何か作るね‥‥あらららら」
「ほら、無理するな」
ご飯〜と立ち上がろうとしたファニィはフラつき、ジノに支えられてイスにヘナヘナと座り込んだ。
「緊張の糸が切れたのでしょう。簡単なもので良ければ、私が作りましょう」
「あたしも手伝うわ」
代わりに立ち上がったのは、ボルトとエルウィン。二人だって疲れていないわけはないのだが、それでも、笑みさえ浮かべていた。
「でも、大成功だね」
「先ずは、お祝い申し上げますわ」
「そんな! 皆のおかげだよ!」
「皆さんが居てくれたから、何とか乗り切れたんです!」
ガレットとマグダレンの義姉妹にフルフルと首を振る双子。
やがてファニィとレニーは、ボルト達が作ってくれた遅い夕食をとった後で、改めてジノ達に頭を下げた。
「「本当にお世話になりました」」
そして。
「もしこれからまた何かありましたら‥‥」
「その時はまた、よろしくね」
嬉しそうな笑い声がもれ聞こえる、調合屋ロワゾー・バリエ。
その軒下では新しい看板が誇らしげに揺れていた。青い鳥を囲む白い花‥‥それは、全ての人の上に幸福が訪れますように、という祈りにも似て。