若かりし君に捧ぐ

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:12人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月17日〜06月24日

リプレイ公開日:2005年06月24日

●オープニング

 パリ貴族街の一角、ヴォグリオール邸。
 その屋敷の一角に位置する館にて。館の主たる少年オスカーのもとに、1人の男性が訪れた。
 邸の主であり、少年の実の父親であるフランシス・ルネ・ヴォグリオールその人である。
「元気でやっておるかね、愛しい息子よ」
「死ぬほど元気ですが何か?」
 久々に顔を合わせた息子から返って来たのは、実に可愛げのない挨拶であった。しかしながら、父は息子のそのふてぶてしいばかりの態度に、いたく満足そうに笑う。
「おお、殺しても死にそうになさそうだな。何よりだ」
「父上の息子ですから当然です。そちらこそご健勝で結構なことです。‥‥で、用件は?」
「相変わらず聡いな、息子よ」
「そりゃ、妙齢の美女の居ない館に、父上が用もなくわざわざ御出でになるということはないでしょうから」
「うむ。解っているなら話は早い。実は折り入って、お前に頼みがあるのだ。パリ下町に通暁するお前ならば、必ず期待に沿ってくれると信じてな」

 そして、用件を告げた父が辞去して数刻後。
「あンの、エロ親父っっ! てめーのケツを愛息子に拭かせる気か――ッッ!!」
 品性の欠片もないオスカーの叫びが、館中に響き渡った。

 その翌日。冒険者ギルドに一件の新たな依頼が追加された。依頼内容は失せもの探しとその入手。ただし依頼人はお馴染みの箱入息子ではなく、彼に忠実に仕える老侍従メシエ。しかし紹介されていた依頼の概要に対し、かなり高めでに設定された報酬。そして『内容の詳細は依頼人から直接』とのことわり書きに、何か引っ掛かるものを覚えながらも、数名の冒険者達が依頼人の下に集まった。
 果たして。彼らの前に“依頼人”として姿を見せたのはやはり老侍従ではなく、彼を従えた箱入息子の方であった。
「紛らわしい集め方をしてごめんね。今回はちょっと、内密に進めなきゃならない一件なんだ」
 思わせぶりな集め方をしたことを率直に詫び、オスカーが詳細を語り始める。
 この依頼で探し、そして入手して欲しい“失せもの”とは。彼の父フランシス卿が、まだ若い時分――本人曰く、花の青春時代――に、とある貴族令嬢に宛てた手紙であった。ただし、この手紙の在り処は既に分かっている。ニール・オーキッドなる1人の古物商だ。彼が取引で入手した品の中から偶然発見されたらしい。若かりし青年時代に、年頃の令嬢に向けて書かれた手紙。それはいわゆる“恋文”であり、それだけならば単に微笑ましい青春の一記録、というところだ。ただし差出人が現在宮廷で一、二を争う権勢を誇るといわれるヴォグリオールの現当主で、受取人が現在、これまた権勢華やかな名家の貞淑な夫人でさえなければ。
 確かに、手紙そのものは互いが独身時代にかわされたものかも知れない。しかし、“それでは済まされない”のが、宮廷が狐狸妖怪の巣窟、とされる由縁だ。下手な者の手に渡れば、それだけで二家を巻き込んだお家騒動、一歩間違えれば新たな貴族間抗争の火種に発展しかねない。
 手紙を手に入れた古物商ニールはそのことを十分承知していた。そして賢しいことに、手紙の買取をフランシス卿に打診してきたのである。勿論、手紙を買い取ることに否やはない。だがこの商人、こちらの足元を見て提示する金額になかなか首を縦に振らないのだ。あまつさえ、「他にももっとよろしいお客様はいらっしゃるのですよ」と、他者にそれを売り渡す素振りさえ匂わせ始めている。
「父上が仰るには、聖なる母とその御夫人に誓って後暗いところはない! とのことだけど。残念ながらお貴族様の世、ってのはままならないモノらしくてね。今回キミ達に頼みたいのは、この手紙の『確実な回収』。手段は問わないから、手紙を確実にあの古物商の手からこちらに入手して欲しい。金銭的なことなら必要経費ってことで、こちらで保証するから、その辺は気にせずにやってくれていい。あ、あと老婆心だけど。キミ達がヴォグリオールの意向を受けて動いてるんだ、ってコトは、向こうにばれないようにした方がいいと思うよ。よろしく頼むね。あのエロ親父の若気の至りというか、尻拭いみたいな仕事で申し訳ないんだけど」
 きっぱりと言い放ち、オスカーがいつもの笑みを浮かべる。父に対する辛辣かつ遠慮のない物言いに、傍らに控える老侍従は諦観の境地、といった表情でこっそりと嘆息した。

●今回の参加者

 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2816 オイフェミア・シルバーブルーメ(42歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7363 荒巻 源内(43歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

夜 黒妖(ea0351)/ オラース・カノーヴァ(ea3486)/ アルル・ベルティーノ(ea4470

●リプレイ本文

●備えあれば‥‥
「この件に当たるに際し、ひとつ確認したいことがあるのですが」
 ヴォグリオール邸内・貴公子オスカーの館。集った一部の冒険者には、すっかり見慣れた感のあるサロン。
 父がかつて書いた“恋文”を、それを偶然入手した商人から取り戻して欲しい。この依頼を受けて集まった彼らと、依頼人オスカーを前に。軽く咳払いをひとつして、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が言う。
「オスカー殿は、我々が『ヴォグリオールの意向を受けて動いている』ことがばれない方が良い。ばれると失敗するリスクがある、と仰いますが。しかし私としては、この件はまず正面から交渉する、という手から始めるべきと思っています。と、すると『誰の代理人なのか』明確にしておく必要がある。が、ヴォグリオールの代理人を名乗れないとなると‥‥」
「あ、そうか。ちょっと言葉が足りなかったね」
 マリウスの言葉に、オスカーがぽん、と両手を打ちつつ答える。
「ボクがキミ達に『ヴォグリオールの意向を受けてるのが分からない方がいい』って言ったのはね、例の商人とウチの間では、もう既に取引が行なわれてるから、そう言ったんだよね。交渉でいく、っていうならさ。商人がウチの正規の代理人にはゴネまくってるから。ならその交渉はそのままに、他方面からアプローチがある‥‥って形でやった方が、確実性が上がるかな、って思ったからそう言ったの。つまり競売だよ。値段交渉が多方面に及べば、自ずと儲かる方に売ろうとするよね。それを狙ってのことだったんだ」
「――なるほど」
 オスカーの言葉に、納得したように頷いたのはトール・ウッド(ea1919)。それに頷き、オスカーは続ける。
「もっともこの件に関しては、“その道のプロ”であるキミ達に全面的に任せるつもりでいるから。キミ達が交渉において、ウチの代理人を名乗るのがベスト、というのであれば、それは構わないよ。そうなるよう、父上には話を通しておくから」
「わかりました、感謝します。ところでお訊きしますが、例の商人が首を縦に振らない、という値段ですが。そちらの提示額は、いったい幾らぐらいなんですか?」
「んとね、コレの二倍」
 マリウスの問いに、オスカーはニッコリ笑って、両の手のひらを開いて突き出す。コレの二倍‥‥ということは。簡単な暗算が導き出した答えに、マリウスの口元がかすかに引き攣る。
「単位は‥‥“金”ですね? “銀”とか言いません‥‥よね?」
「とぉっぜん♪」
 即ち、しめて20G也。しれっ、と言ってのけた箱入息子に、今度こそ眩暈を覚えてこめかみを押さえたマリウスだった。
 オスカーが諸々の手配を行なうために退室した後。集った冒険者達は策をまとめるべく再び話し合いに入る。
「若かりし頃、初々しい‥‥かどうかは知らないが、ともかく他愛ない恋心を綴った手紙が、ン十年後に20Gかい。つくづく、奇々怪々な世界だね」
「おそらくその商人、その金額自体に惑わされているのかもしれないな。欲が過ぎると自分の身を滅ぼしかねないこと、今回の件で知らしめられれば良いが‥‥」
 おどけたように言うのは、『フールなプディング』ことフレイハルト・ウィンダム(ea4668)だ。それに生真面目に答えたのはヴィグ・カノス(ea0294)。
「ヴォグリオールの御当主や御子息を見ていると、此度のような手紙は発掘すればまだまだ出てきそうなものだがな。その度に問題が起こるとなれば‥‥もはや御家の宿命、とでも言うべきか‥‥」
 イルニアス・エルトファーム(ea1625)がしたり顔で呟く。実際、現当主フランシスは若い頃から数多の女性達と浮名を流した存在として名高く、現在もその勢いは衰えることなく、正室の他に数多くの愛妾を持っている他、今だ宮廷内で華やかな恋愛活動に勤しんでいると言われる。事実彼の子息として、アルシオン、オスカー、そしてベルナルドの3人と彼は面識があるが、実にこの3人は3人ともそれぞれ母親が違っていたり。加えて『第一後継者』と目される子息のアルシオンは、またの名を『モンマルトルの帝王』という。こんなネタ、確かに他にも探せば幾らでも出てきそうだ。まあ、まだ発掘されてもいない“問題”を論議していても仕方がないが。
「フランシス卿の力を持ってすれば、その商人から強引にでもその手紙を取り戻すことは可能だろうが‥‥あえてそうしないのは、受取人の御夫人に配慮してのことかも知れないな。我々も、それを念頭において行動しないと」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)の意見に、一同が頷く。
 マリウスを始めとする主だったメンバーの主張した対策は『交渉』メインのものだったが。しかし、今回はそれに難色を示す者も居た。マート・セレスティア(ea3852)と、荒巻源内(ea7363)である。
「そっちのウデが信用ならない、ってワケじゃないんだけどさ。悪いんだけどおいら、『交渉』だけでコトが済むとはちょっと思えないんだなぁ」
 マートの言い分に、源内も小さく頷いて同意を示す。
 相手は海千山千の商人。事実『交渉』は依頼人の方でも既に行ない、それが不発だからこそこちらに依頼が来ただろう。ならば、より確実な手段を用い、依頼人の望む結果をもたらすのが筋というモノ。
 つまり、彼らがやろうとしているのは。件の商人、ニール・オーキッドの元に忍び込み手紙を入手しよう、というものだ。こういえば聞こえはいいが、要は非合法、平たく言えば“盗み”である。確かにそれならば、相手の出方を伺う『交渉』よりも確実性ははるかに上がる。しかし‥‥
「確かに一理あるとは思うけど。でもあまりいいテとは思えないわねぇ」
 端正な眉を顰めて言うのは、ヒスイ・レイヤード(ea1872)。オイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)がそれに控えめに頷く。
「そうね。手段としては有効でしょうけど。でも最近、冒険者の行動に行き過ぎが多いって、ギルドの方に苦情が来てる、っていう話もあるし。あまり、表沙汰にできない行動は取らない方がいいと思うんだけど」
「‥‥強攻策をするのは構わないが、俺は手を貸さないのでそのつもりで。気が乗らないのでな。万一の場合に責任逃れをする気も無いが」
「冒険者など所詮当座の雇われ者。我々の間にチームプレーなどという都合のいい言い訳は存在しない。‥‥必定なのは、スタンドプレーの結果として生じるチームプレーだけだ。違うかな」
 淡々と自身の意見を述べるヴィグに、源内がこれまたぴしりと言い返す。図らずも分かれた意見に場の雰囲気に微かな緊張が満ちた。それに気付いたマートが、慌てたように会話に割り込む。
「はい、落ち着いて落ち着いて。別に『交渉』がダメだ、って言ってるわけじゃないんだよ。ただ、源内さんも言っていたように、『依頼人の望む結果をもたらす』のが、おいら達のオシゴトでしょ。確実にそれを行なうためにも、保険として『そういう手段』も用意しておいた方がいいから、おいら達がそれをやろうって。そういうことなんだ。ダメだってわかってから準備したんじゃ遅すぎる、ってこともあるっしょ」
「ふむ、それももっともだな」
 マートの意見に、割波戸黒兵衛(ea4778)が頷いた。
「最終的にどういう手段を選ぶことになったとしても、だ。少なくとも現在、問題の“手紙”がどこにあるのか。そして、我々の他にこの件について動いている輩がおるのかどうか。調べておくことは必要と思うが、どうかな? 源内殿やヴィグ殿の言う『強攻策』に訴えるかどうかはともかく、そういった視点で例の商人を調べることもまた重要と、わしは思う。“蛇の道はヘビ”とも言うし、通常の情報収集では見えない情報がつかめるやも知れん。マリウス殿、どう思われる?」
「確かに、それもありますね」
 水を向けられ、マリウスが冷静に頷く。
「そうですね――ではこうしましょう。例の商人には正面から『交渉』にあたり、出方を見る。可能な限り、この活動で商人が手紙を手放すよう我々は尽力しましょう。マートさんや源内さんには『裏の方から』例の商人について当たっていただき、万一の時には‥‥お願いします。そうならないよう努力しますが」
「うん。おいらも、おいら達が動く必要のない結果になるよう祈ってるよ」
 力強く言い、マートが笑う。話に決着が着いたのを見て、今度はトールが口を開いた。
「では俺は『ヴォグリオール家』以外の立場から、例の商人との交渉に当たろうと思う。オスカーも言っていたが、こういう話は複数の取引相手がいた方がコントロールしやすいものだし、値段が底なしに上がっていく抑制にもなるしな」
「『さるお方の使い』、というカンジですね。しかし、それだと相手が信用するかどうかの問題がありますが‥‥」
「それは、交渉に当たってまず『現金』をどーん! と見せつけてしまえばなんとでもなると思う。実際、似たような話はごろごろしてるしな」
 ルイス・マリスカル(ea3063)の指摘に、あっさり、とトール。確かに一理ある。問題は、その“見せ金”をどうするかだが‥‥。まあこれは、事前にオスカーが言っていたように、依頼人に協力を願うことになるだろう。とりあえずコトに当たる前に、この件に関してヴォグリオール家はどのぐらいまでの金額を上限と見ているのか、依頼人に確かめておく必要があるな、と、ルイスは思った。そして。
「念のため、当時のフランシス卿の署名や、封蝋の刻印などお借りしておく必要があるかも知れませんね」
 マートや源内が、“裏工作”の活動を行なうというなら。何も手段は“手紙を盗み出す”ことに限らない。他の意味のないものに“掏りかえる”のも、十分に有用だ。
「どうやら、話は大体まとまったようね」
 にこやかに笑い、ヒスイが言う。
「私は、情報収集と皆さんのバックアップに当たることにするわ。交渉やら駆け引きやらは性に合わないし、『強攻策』にしても足手まといにしかならないと思うしね。迅速で正確な情報こそ、正しい判断のもとよ」
「じゃああたしは、その商人の店に入り込んで内側から情報を集めてみるわ。こう見えても、美術関係の鑑定眼と知識はちょっとしたものなのよ。オモテの方は何とかするから、裏はよろしくね!」
 あっけらかん、とオイフェミアに言われ、源内が苦笑する。
 方針は定まった。行動開始だ。
 
●事前準備
 古物商、ニール・オーキッド。
 そろそろ壮年から老年にかかろうか、という年齢の男で、古物関係を扱う商人としては中堅どころである。扱っている品が『美術品』にとどまらないので『古物商』との認知を受けているが、顧客や取引相手は貴族などの富裕階級が多く、また『古美術品』に関する審美眼についても評価が高い。商人としては『古美術商』と言ってもさしつかえない。顧客やギルド内での評判も決して悪くはなく、むしろ示された品を適正な値段で買い取り、また適正な値段で売る――商人としては、至極真っ当な部類に入るようだ。若い頃は各地で仕入れた商品の売買を行ないながら、ノルマンのみならず、近隣諸国を歩き回っていたらしいが。10数年前からパリに拠点の店を構え、そこを活動の中心としていた。現在は地方には自身が雇った商人を赴かせ、自身はパリに居住する上得意を中心に、手広く取引を行なっている。
「つまり、扱うべきもの――『古物』の売買に関しては文句なく一流だが。残念ながら、貴族間問題については些か疎い‥‥というか、世間一般並みの知識しかない。そういうことなんだろうな」
 ヴィグ、ヒスイ、そしてオイフェミア。彼らが集めた情報をもとに、件の商人を評価したヴィグの一言であった。もっとも、それだからこそ今回は助かったのかもしれない。商人ニールが、貴族間問題や政争に関していっぱしの知識の持ち主であったなら。問題の手紙はフランシス卿当人ではなく、彼の政敵や、政敵とは行かぬまでも少しでもかの御家よりも上でありたい、あるいは優位な関係を持ちたい、といった輩に渡っていたかもしれない。世間並みの知識しかなかったからこそ、『手紙』の重要性を理解し、しかし至極真っ当に『書いた本人』に買取を打診したのだろう。
「ところが、話を持っていったら予想外の金額が見込めそうだと思い、欲が出た。こういうところかしらね。シロートは怖いわねぇ」
 ヒスイが、したり顔で頷く。イルニアスがそれに苦笑しながら。
「例の手紙だが。受取人である夫人についても調べてみたよ。パリ社交界ではかなり評価の高い貴婦人でいらっしゃってね。お若い頃には美貌、才能、品位とすこぶる評判で、当時の若手貴族達がこぞって彼女を口説いたという逸話まであるぐらいだ。その貴族達の中から現在の夫を選び、今ではニ男二女の母。貞淑な夫人だ。問題の手紙は、この夫人が娘時代に使っていた宝石箱の底に隠すように仕舞われていたみたいでね。実家の方に置いてあったらしいんだが、先日、その御実家の前代当主――夫人の父上がみまかられてね。その際に、多少財産の整理をしたそうなんだが、その時ニールの手に渡ったらしい」
「‥‥なるほどねえ」
「問題のご夫人にもお会いしてみたが。例の手紙は本当に娘時代にもらったものだそうだ。当時、フランシス卿は今をときめく眉目秀麗な青年で。そんなひとがわざわざ恋文をというので娘心に嬉しくて、当時宝物のように扱っていた、と。しかしまさか婚家に、夫以外からの男からもらった、しかも恋文を持っていくわけにもいかないだろう? かといって捨てる気にはとてもなれず、実家に置いておいて、それきり‥‥と。こういうことらしいね」
 お若い頃、フランシス卿から御手紙を頂いたことがあるそうですが。
 邸を訪問し、応対に現れた夫人を前に、さりげなくそう切り出したときの夫人の恥じらいがちな、しかしどこか嬉しげで誇らしげな笑顔が、イルニアスの脳裏に残っている。今は年相応にふくよかになっていたが、若い頃の美しさの面影を残す上品な夫人だった。一通り話を聞いてみたものの、今回の件、この夫人は本当に何も知らないのだろう。
――恋はかくも女性を美しくする、とはよく言ったものだ。
 そう考えれば。たとえ二つ名が『モンマルトルの帝王』などというシロモノであったとしても。フランシス卿やアルシオンがやっていることは、そう悪いことでもない‥‥のかもしれない。
「――ふっふっふ、あまい。あっまいな〜。あのエロ当主やエロ息子が、そんな高尚な理由で数多ある女性達を口説いてるわけな・い・ね。あの気風は家風かはたまた人生の開き直りか。結局ことの顛末はどうでもよく。今回の件にしたって息子の試金石というよりは、それはまるで『面白くない世を面白く』という彼の生き様そのもの。いやあ、実に性悪だ。危うく惚れちまいそうになるぐらい性悪だ」
「おい。それ誰に向かって言ってるんだ? プディング‥‥」
「ん? 男ならそーゆー細かいことは気にしないっ★」
「――?!?!」
 同行しているフレイハルトに威勢良く背中を叩かれ、思わず絶句するアレクシアス。
 ちなみに現在2人がいるのはヴォグリオール邸・本館。現当主フランシスの居館である。今回アレクシアスは、マリウスと共に『ヴォグリオールの代理人』として交渉に臨むことになり、先だって卿が派遣していた代理人と交渉の引継ぎを行なうために当館を訪れていた。それに「できるなら卿と直接話をしたい」というフレイハルトが便乗して、現在の状況に到るのであるが。正直、彼女の言い分を引き受けて良かったのかどうか。一抹の不安がぬぐえないアレクシアスであった。もちろん、彼女が冒険者としてすこぶる有能なのは知っている。知ってはいるのだ、が‥‥。
「それにしても、だ」
 過ぎるぐらい座り心地のいい長椅子の上で、軽やかに姿勢を変えながら、フレイハルトが呟く。
「今回の件。マザコン気味のオスカーが荒れると判ってて、わざと昔の女の話振ったな、あの御当主。まったく、性悪狡猾で天性の苛めっ子気質‥‥いや、なんて勉強になるんだ♪」
「‥‥オイ」
 楽しげな言い草に、アレクシアスは胸のうちで冷や汗たらり。そして話題の主――性悪にして狡猾で、天性の苛めっ子気質をお持ちの御当主・フランシスが彼らの前に姿を見せたのは、それから間もなくのことであった。
「ふむ、話は息子から聞いている。‥‥おや、君は先だっての『品評会』とやらの代理人だな。名もなき刀工の刀を『名刀』たらしめた手腕、聞き及んでおるぞ。愚息どもの件同様、今回もよろしく頼まれてくれたまえ」
「ありがたき御言葉‥‥」
 卿の過分な言葉に、アレクシアスが丁寧に一礼する。
「先の代理人は、この次の間に控えておる。これまでの交渉についての詳しい経緯は、彼らから聞いてくれ」
「して、フランシス卿? オスカーから既にお話はいっているかと存じますが」
 するり、とフレイハルトが話に割り込む。
「君は、オスカーと懇意にしている女性道化だな。そうか、君も今回の件に絡んでいるわけか。これは楽しみなことだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ、閣下。して、お願いしていたものはご用意いただけまして?」
「うむ、これでどうかな。書庫の隅から引きずり出してきたものゆえ少々傷んでおるが、君らが求める書簡の条件は十分に満たしておると思うが」
 言って卿が手渡したのは、古びた手紙だった。薄汚れてはいるがヴォグリオール家の封蝋の刻印がはっきりと見え、書面には色褪せたインクで『フランシス・ルネ・ヴォグリオール』の署名が鮮やかにしたためられている。
「結構です。ところで念のためお伺いしますが、この書面、表に出しても裏に出しても何の問題もありませんね?」
「うむ。20年以上前の売買契約書だ。既に取引も支払いも済んでおるゆえ、叩こうが焙ろうが、はたまた破ろうが何も出てこぬ。満足かな?」
「もちろんですとも」
 満足げに微笑み、芝居がかった仕草で預かった書簡を懐に収めるフレイハルト。彼女の目的はこの書簡を卿から受け取ることと、もうひとつ。
「あと、本日私めがここを訪れたのはもうひとつ用件がございます。卿、今回の件におきまして。この道化めの演じる一足早い夏の夜の夢、お楽しみいただく気はありませんこと?」
「――というと?」
「ちょっと、『ヴォグリオールの使用人』の名をお借りしたく思います。その結果、件の商人が爆笑リアクションしてきたら、その道化ぶりに免じ笑って許してやって欲しいのですが‥‥」
「ほほぅ?」
「うふふ♪」
 提案に興味深げに笑うフランシスと、意味ありげに微笑むフレイハルト。そしてその様を無表情を装いつつ傍で眺めながら、本物の冷や汗が背筋を伝うのを感じるアレクシアス。
 もしかすると自分は、最強で最凶な人間同士を対面させるのに一役買ってしまったのかもしれない‥‥。

●交渉
「いらっしゃいませ。主がお待ちですわ。どうぞ」
 交渉のために、ニール・オーキッドの店を訪れたトールとルイスを、女性店員のなりをしたオイフェミアがそ知らぬ顔で出迎えた。さて、自分たちは上手く顔に出さずに済んだろうか? と、内心で苦笑する2人。
 通された部屋で待つことしばし。オイフェミアの案内を受けて、件の商人ニールが姿を見せる。その傍らについているのは、彼らがよく知っているエルフの青年だ。
「失礼。今、商人見習いがおってな。取引の場を是非臨みたいというので‥‥差し支えなければ」
「ルーセルムと申します。よろしく」
 しれっ、とした顔でイルニアスが言った。この件が片付いたら、自分達は顔面神経痛になっているかもしれないな、と。果たしてトールとルイスの2人がそう思ったかどうかは定かではない。
 改めてトールが表情を引き締め、無造作に懐から取り出した皮袋を放り投げた。口の緩んだその袋は、中身の金貨をざらり、と目の前のテーブルに吐き出す。ゴクリ、と、ニールの咽喉が鳴った。
「とりあえず、前金で20。これが我らが主のお心だ。納得いったか?」
 わざとぶっきらぼうな口ぶりで言うトール。商人ニールは、計るようにテーブルの上の金と、代理人として訪れた二人の顔とに視線を泳がせる。頃合を見て、今度はルイスが口を開いた。
「名を明かさないこちらが信用ならないとお思いなのはもっともだが‥‥。しかし、購入の意志が確かにあることはこれで明らかになったはず。そろそろ良いお返事をいただけませんかね」
「う‥‥む」
「こちらは何も、『それ』を入手し何らかの悪くどいことをしよう、などと思っているわけではない。おそらく我々の依頼人は、『それ』を手土産にヴォグリオール家とのコネを作りたいのではないかと。あれだけの家なら、追い落すより細く長くお付き合いしたいってことだろうからね。我らに『それ』を渡したところで、即表立ってヴォグリオールに関わる事件が起こらずとも、別に不思議はない」
 ことさらにぞんざいな口調でルイスが言う。遠まわしに『そちらに不利にはしない』と含ませるのも忘れない。なかなかの交渉上手であるとトールは内心で関心しつつ、横槍を入れる。
「そうそう。そういえば、我々が聞き及んだ情報では。何やらヴォグリオール家の家人が、何者かに襲われたとか?」
「そ、そうらしいですな。物騒な世の中になったもので‥‥」
 手にしていたハンカチで、わざとらしくニールが顔を拭う。以前交渉を行なっていたヴォグリオール家の代理人は、謎の襲撃を受けて負傷し交代した――トール達に先んじて、『ヴォグリオール代理人』として交渉に当たったマリウスとアレクシアスは、こんな触れ込みでニールと接触している。これも当然、圧力の1つだ。そのうえで、『貴族社会に生半可な気持ちで関わるとろくなことがない』ということを、マリウス達がじっくりと、正面から説得にかかっている。ニールにしてみれば、『手紙』の件にはヴォグリオール家にしか伝えていない。そのつもりだろうが。自分達が現れたこと、そしてヴォグリオール家の代理人が変わったことで疑心暗鬼になりつつある‥‥そういうところだろう。
 ――まあ調べた限りでは、主だった取引相手が貴族、というだけで。実際の貴族間の陰謀劇やらそういったことには無縁の人のようだし。何ら裏のルートにコネがあるわけでもなし‥‥。欲に駆られて、畑違いの分野に手を出しただけですからね。
 冷や汗を拭き拭き、何とか自分が不利にならないよう言葉を紡ぐニールの姿を眺めつつ、冷静にルイスが分析する。できれば、これに懲りて早々に白旗を揚げてくれるのを祈るばかりだ。
 今はまだ、自分達が仕掛けた出来レースに過ぎない。しかし、今ならただの脅し文句である『情報が漏れている』という状況が、この先も現実にならないという保障はどこにもないのだから。
「‥‥他にも、この件について話を聞きつけて、動いている連中がいないとも限らない。早いところ返事をお願いしますよ。では、今日はこのあたりで」
 ちらつかせた金を懐に戻し、トールとルイスは店を後にする。それを見送り、感嘆したようにイルニアスが呟く。
「いや、御見それいたしました。どんな取引かは存じませんが、あれだけの金を見せられても即座に“諾”としない慎重さ、是非見習いたいものですねぇ」
「は‥‥いや。まあ、な。何ゆえ、貴族などという人種を相手にしているとなぁ」
「それだけでも大したものです。私の師匠など、常々『貴族連中には深入りするな』と口を酸っぱくして言っていますからね〜。あんな狐狸妖怪の集団、深く関われば身の安全に関わる、と‥‥」
 御世辞の皮をかぶせた、婉曲な脅しである。ニールは哀れその言葉に絶句し、そして扉越しにそれを聞いていたオイフェミアは、密やかに今の仮の主人に、心から同情したのであった。

●駆け引き
「どうやら交渉は順調に進んでいるようじゃな。何よりだ」
「おいら達の出番は、今のところ必要ないみたいだね。結構じゃないの」
 オスカーの館にて。
 日々情報を集めながら、『いざというときのため』の準備に奔走していた黒兵衛とマートが、現状を改めて確認し、満足そうに笑い合う。相手が『海千山千』の商人ということもあって、下手をすれば交渉では埒が明かないかもしれないと。敢えて汚れ役を引き受けてみたわけだが。そんな自分達の出番がないというなら。それはそれで結構なことだ。もっとも密書の強奪、という任に密やかに燃えていた源内にしてみれば、物足りないことこのうえないかもしれない。同じ忍びとして、黒兵衛にもその気持ちはわからないでもない。
 その源内は現在も変わらず、商人ニールの館への張り込みを続けている。交渉が順調だとはいえ、いつ状況がひっくり返るかわからない。いざというときに即動けなくて、何のための忍びか、という思いがあるのだろう。
 オイフェミアの協力や彼ら自身の調査によって。どうやら問題の手紙は、店ではなく彼の館、寝室の金庫の中に収められていることが明らかになった。ただ問題は、手紙を収めている『箱』だ。ニールは用心深く、手紙をからくり仕掛けの箱に収め、それを更に鍵のかかる引き出しの中にしまいこんでいた。館の構造を把握するために。そしていざというときのために。黒兵衛、源内、マートと各々、密かに館に忍び込み、その『箱』を確認してみたのだが。なかなかに凝った造りで、ちょっとやそっとでは開けない、というのが一様の結論だった。一応まったく別の手紙を用意してはおいたものの、『すりかえ』という作戦は、今回は断念せざるを得ないだろう。
 また自分達とは別の『勢力』が、同じように手紙を狙って潜伏してはいないかも調べてみたが。今のところそういった手合いは見受けられない。これもまた別の意味で僥倖、と言えるだろう。
 しかし何より哀れなのは、この一連の事態が見えていないニール本人である。いかに源内達が隠密のプロで足がつくようなヘマなどしていないとはいえ、何度も忍び込まれて、その部屋の主が違和感を覚えないはずもない。加えて交渉の席で、マリウスらが『手紙』の危険性を訴えると同時に、得体の知れない別の交渉者――トールとルイス――らも現れてやんわりと脅しつけていく。この調子では、マリウス達かトール達かに手紙を渡すのは時間の問題ではないか‥‥という、オイフェミアの報告である。
 そしてこの日、戻ってきた源内がひとつの報告をした。ニールのもとに、新たな客人が現れたというのである。その客人は女性で、涙に暮れながら、
「ヴォグリオールのエロ息子に迫られて困っている。商人様はあの家に優位なものをお持ちとか。何とか助けてくれ」
 と、『手紙』の存在をダシに泣きついたというのだが‥‥。
「しかし、俺の目が狂っていないならば。あの女性、プディング殿のような気がするのだが」
 この言葉に、集まっていた冒険者達が一斉に爆笑したのは言うまでもない。

●商談成立
 その数日後。件の商人ニールから代理人のマリウスへ。例の手紙を売りたい、という話が持ちかけられてきた。依頼は無事、成功したのである。取引額20Gと引き換えに手元に戻ってきた手紙を前に、慰労と祝勝を兼ねてオスカーの館でささやかな酒宴が催される。
「皆さんご苦労様〜♪ しっかし、こういうの他にもありそうな気がするのは、何故かしら?」
 手紙を前に、シミジミと呟くヒスイ。それは、この場に集まった全員が思ったことであろう。しかしくどいようだが。まだ発覚もしていない問題について語るのも意味はなし、というもので。
 何より愉快だったのは、ニールが本物をヴォグリオール家に渡すと同時に、トール達「さるお方」にも、その手紙の写しを買わないかと持ちかけてきたことだ。その商人根性には正直恐れ入るが、残念ながら“本物ではない”という時点で、その紙切れには何の価値もない。ルイス曰く。
「もちろん丁重にお断りしたうえで、しっかり釘を刺しておきましたよ」
 そして悪戯っぽく微笑む青年を前に、こっそりとニールに同情申し上げた冒険者一同である。
「まあ利と理はある、あとは情が揃えば大抵の人間は傾くということで。しっかし今回はギリギリもいいとこだ。危うく押し倒されるところだった」
 心底やれやれ、という風情で、フレイハルト。さて、此度の夏の夜の夢は、かの狸親父を如何程に楽しませたのやら。そうそう、これだけは伝えておかねばなるまい。
 にまり、と笑い、満足そうなオスカーに近寄るフレイハルト。何だかんだといって、彼もまた『夢』の演出者であり製作者だ。ただしその舞台のお膳立ては全てその父の手によるもの。父による、父のためのささやかな喜劇。本来ならばこれを息子一人でやって欲しい。それがあのエロ親父の、まごう事なき本音であろうから。
 ぽかり、と拳骨で後頭部を殴られ、「何だよ!」と憤るオスカーに向けて、フレイハルトは一言。
「親父さんから伝言だよ。『未熟者め!』――だってさ♪」