名犬ブリッツ〜井戸の中の子ども

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月12日〜06月17日

リプレイ公開日:2005年06月20日

●オープニング

 その日は人の出入りも少なく、ギルドの事務員は暇していた。初夏の昼下がり、ぽかぽかした陽気が眠気を誘い、つい、うつらうつらと船を漕ぎ始め‥‥。
「わう!」
 犬の鳴き声に、事務員ははっと目を覚ました。
「わう! わう!」
 見ると、受付のカウンターにでっかい犬がいた。前足をカウンターに乗っけて吠えている。
「あのな‥‥ここでは犬の依頼は受け付けてないんだけどな。‥‥ん?」
「依頼人は‥‥ここ、よ‥‥」
 わうわう吠える犬の腹の下から声がして、まず小さな右の手の平が、続いて左の手の平が下から伸びてきてカウンターの端をつかむ。そして最後にパラの女の子の顔が、這い上がるようにして現れた。
「うわ! どうしたんだ、その顔!?」
 少女の顔を見るなり叫んでしまった。女の子の髪の毛といわず、額や頬や目元といわず、泥の汚れと混じった血が派手にこびりついているじゃないか。事務員、椅子から立ち上がり、カウンター越しに女の子を見ると、服も泥まみれでぼろぼろだ。
「ふっ‥‥。ちょっとしくじっちゃって、このザマよ」
「こりゃ教会に行ったほうがいいぞ。お布施払って怪我を治してもらわにゃ‥‥」
 ほんの親切心で口にした事務員の言葉に、なぜか少女はムキになる。
「お布施に払う金があるなら、その金で冒険者を雇うわよ!」
 ああ、この子は何やら訳有りの依頼人らしいね。この商売やってれば珍しくはないけれど──事務員は態度を改め、お客様向けの丁寧な物腰になった。
「分りました、話を伺いましょう。まず、お名前を」
「あたしはニーナ・リムリー。弾き語りで暮らしてるバードよ」
「ご依頼の内容についてお聞かせいただけますか?」
「野盗に捕まって、涸れ井戸の中に放り込まれた子どもがいるの。その子を助けて欲しいのよ」
「それは酷い。すぐに助けてあげなければ。場所はどこです?」
「ドレスタットから犬の足で1日半くらいの所にある廃村よ」
「犬の足で?」
「そうよ。あたし、つい一昨日にブリッツと一緒にその廃村に行ってきたばかりなの」
「ブリッツとは、もしやこの犬ですか?」
「そうよ。今のあたしにとって、無二の親友なの」
 それにしても大きな犬だ。全身真っ白で耳のところだけ薄茶色の犬だが、人間の大人が寝そべったくらいの大きさがある。人間の子どもやパラの女の子なら、楽に乗せて歩けるだろう。
「これはピレネー犬とかいう犬ですね? 私の叔父が犬好きなもので、話を聞いたことがありますよ」
 ノルマンとイスパニアの国境、山岳の地で産するという大型犬の話を、事務員は少年の頃にちらりと耳に挟んだことがある。もっとも、その実物を目にするのはこれが始めてだ。
「大変賢い犬だと聞いています」
「そうよ! ブリッツってば、とっても利口な犬なの! 私の代わりに村のお店でお買い物をしたりとか、いろんなお手伝いができるのよ」
「‥‥で、話を戻します。子どもはどのような様子でしたか?」
「そうね、ブリッツの目撃したところによれば‥‥」
「え? この犬が目撃?」
「ああ、そのことをきちんと説明するわ。私はバードでテレパシーの魔法が使えるでしょ? だから、ブリッツがその目と耳で見たり聞いたりしたことを、テレパシーで理解することができるの」
 そう前置きして、ニーナは詳しい状況の説明を始めた。
 3日ほど前のことだ。ニーナに頼まれた買い物を村で済ませた帰り道、ブリッツが廃村の近くを通りかかると、子どもの泣き声が聞こえてきた。泣き声を頼りに近づいていくと、そこには枯れた井戸があり、井戸の縁に前足を乗せて中を覗き込むと、十歳ばかりの男の子がいた。子どもはブリッツの姿を認めると、悲しげな目を向けて助けを求めた。
 その時、武器を構えた野盗の見張りが近づいてきた。危険を察知したブリッツは廃村から逃げだし、飼い主のニーナに助けを求めたのである。
「そういうわけで、あたしとブリッツとで廃村に向かったんだけど、野盗は手強いわ。涸れ井戸に近づく間もなく見つかって、あたしは袋叩きにされてボロボロよ。ブリッツが助けてくれなきゃ、あたしも今頃は井戸に放り込まれてたかもね」
「運が悪けりゃ殺されていましたよ。野盗の数は?」
「10人くらい。うち手練れは3人ね」
「となると、それ相応の経験を積んだ冒険者を雇うのが望ましいですが、ご予算はいかがなさいますか?」
「待って。今、お金を出すわ」
 犬の首にぶら下げた小袋を開けようとしてニーナは身を屈め、その拍子にバランスを失ってすてんと転んだ。
「あ! 大丈夫ですか!?」
「あ〜またやっちゃった! トロルに足を喰われると、ほんっとに後が厄介だわ」
「え!?」
 聞き捨てならない言葉に、事務員はニーナの足に目を走らせる。が、見たところ足は二本ともついている。
「そんなじろじろ見ないでよ」
「あ、失礼しました」
「トロルに足を喰われたのは、もう何年も前のことよ。話せば長くなるけど‥‥あたしはトロルに襲われて全滅した家族の、たった一人の生き残りなの」
「そうでしたか‥‥。大変な目に遭われたんですね」
「で、運よく冒険者の人たちが助けに来てくれて、あたしは足を喰われただけで助かったけど、その後の暮らしが大変だったのよね。やっとお金が貯まって、教会の魔法で新しい足を生やしてもらったのが、つい1週間前。でも、新しい足がまだまだ動きに馴れなくって、元通り歩けるまでにはまだ時間がかかりそうね。ブリッツが助けてくれるから、そんなに不自由はしないけれど‥‥。はい、お金」
 小袋の中から金貨を取り出し、ニーナは1枚1枚カウンターの上に並べていく。
「これが予算よ」
「このご予算ですと、経験の浅い冒険者を10名ほどお雇いになれますね」
「でも、大丈夫かしら?」
「何かご不安でも?」
「だってほら。ここ最近、冒険者ギルドの評判を落とすような悪い話が色々あるじゃない?」
「残念なことですが、私どももそれは認めます」
「あ、そんなに気にしないでね。がんばって依頼を成功させている冒険者たちだって、たくさんいるんだし‥‥。でもね、せっかくお金を払って依頼した冒険者がヘマをやらかして、捕まってる子どもが殺されたりするのは絶対にイヤよ!」
「では、私からも注意を促しておきましょう」
 事務員は依頼書の文面にこう書き記した。
『冒険者諸君は何よりもまず、捕らえられた子どもの救出を最優先すべし。子どもに危害が及ばぬよう、行動には細心の注意を払うこと』
「ありがとう。あとね、もう一つお願いがあるの」
「お伺いします」
「今回の依頼、あたしとブリッツも一緒に参加するわ。あたし、まだうまく歩けないけど、テレパシーの魔法とか色々使えるもの。それにブリッツは賢い犬だし、あたしよりもずっと役に立つわよ」
「承知しました。では、依頼書にサインを」
「それじゃ、あたしとブリッツでサインするわね」
 ニーナは自筆でサインを済ますと、ブリッツの前足にもインクをペタペタ塗って、スタンプのように羊皮紙の上にペタリと押す。こうして依頼人の名前と犬の足形、二つのサインが仲良く並んだ依頼書が出来上がった。

●今回の参加者

 ea0109 湯田 鎖雷(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2446 ニミュエ・ユーノ(24歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea5804 ガレット・ヴィルルノワ(28歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea8252 ドロシー・ジュティーア(26歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

紅 天華(ea0926)/ ギヨーム・ジル・マルシェ(ea7359)/ 柳 麗娟(ea9378

●リプレイ本文

●出発
 依頼の初日。待ち合わせ場所は冒険者ギルドの一室。依頼人のニーナはブリッツと一緒になって、冒険者たちの到着を今か今かと待ちあぐねていた。やがて冒険者が一人、また一人と姿を見せ始める。やって来た冒険者たちは全部で8名。加えて、初日のみの助っ人が若干名。ニーナの顔がにっこりほころんだ。
「やったぁ! こんなに集まってくれたんだ! 誰も依頼に来てくれなかったら、どうしようかと思ってたの」
 目を好奇心いっぱいに見開いて、冒険者の一人一人を見つめるニーナ。
「わぁ、エルフだ。わぁ、ジャパンのサムライだ。わぁ、ナイトのお姉さまだ。わぁ、私と同じパラもいるんだ。わぁ、シフールもいる!」
 集まった冒険者の目から見れば、依頼人のニーナはあまりにも幼くて無邪気。何かと子供っぽく見えるパラの種族であることもあり、なおさらそう見えるのだろう。
 椅子にちょこんと座り、部屋のテーブルに両肘を乗せたニーナの隣には、ニーナの愛犬のブリッツがいる。お行儀良く前足を揃えて座り、やって来た冒険者に興味深げな眼差しを向けている。
「わぁ、もこもこのワンちゃんですわね♪」
 ほっそりしたエルフのバード、ニミュエ・ユーノ(ea2446)がブリッツを見て目を輝かせ、思わず抱きついてすりすりなでなで。ブリッツもまんざら悪い気持ちではないようだが、一緒に連れて来たニミュエのペットのボーダーコリー、ハティが何か言いたげにニミュエの足の裾を引っ張っている。
「え、何? 分かってるわよ、真面目にお仕事するわ」
 などと言っている間に、先にドロシー・ジュティーア(ea8252)が、いかにもナイトに相応しい立ち振る舞いでニーナにご挨拶。
「はじめまして、ドロシーです。子供の命の為に喜んで依頼を受けさせていただきます」
「初めまして。私、ニーナよ。まずはきちんとご挨拶しなきゃ‥‥あっ!」
 椅子から立ち上がりかけて、ニーナは足を滑らせて転んだ。
「あ、大丈夫ですか!? 足が治ったばかりって聞いてましたけど‥‥」
「あ痛たたたた‥‥痛いよぉ‥‥」
 ドロシーはニーナを支えて立ち上がらせようとしたが、ニーナの痛がり方がひどい。よくよく顔を見れば、髪の毛には血のこびりついた跡、髪の毛の下には紫色の痣。そっと腕をまくってみると、体のほうも未だに癒えぬ生傷だらけ。
「おまえ、怪我をしたまま行くつもりか? 足手まといだ」
 ジャドウ・ロスト(ea2030)がぶっきらぼうに言った。ニーナのみならず、仲間の冒険者たちもきつい視線を向けるが、ジャドウはお構いなし。
「キサマの血の匂いで勘ぐられるとも限らん。どうしても付いて来たければ治せ」
 にこりともせずニーナに握らせたのは、数枚の金貨。
「‥‥え!?」
「教会へ行く時間が惜しいなら、これを使え。瀕死状態でも全て回復可能な筈だ」
 さらにバックパックからポーションの壺を取り出す。ヒーリングポーショ2個にリカバーポーション1個。
「でもこれ、高いお薬なんでしょ?」
 ニーナははにかみ、受け取るのに躊躇している。
「だったら、あたしの仲間に魔法をかけてもらえばいいよ。教会の魔法みたいにお金はかからないし、一晩寝さえすれば何度でも使えるからさ」
 結局、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)が連れてきた助っ人の魔法の力を借りることになった。呪文一つでニーナの傷はきれいに消え失せ、お肌は元通りの綺麗なお肌に。
「わぁ、すご〜い! 傷が全部消えちゃった! とってもありがとう!」
 ニーナの傷も目出度く癒えて、一通り挨拶を済ませた後に冒険者たちの質問が始まる。
「お子様達が囚われている? ‥‥最近ノルマンでは不貞な輩が増えてるといいますし‥‥関係ないといいのですけど‥‥」
「お子様達‥‥じゃないみたいだけど‥‥」
 ニミュエの質問に、ニーナは戸惑いを見せた。
「ブリッツの目で見た感じだと‥‥井戸の中に囚われていたのは男の子一人だけ。でも‥‥その男の子がどこの誰なのかは分からないの」
 続いて訊ねたのはドロシー。
「話によれば野盗の数は10人前後、うち手練れは3人と言う事ですが、出来ればもっと詳しいことを教えていただけますか? 装備や人相、そして廃村の様子とか‥‥」
「そうね‥‥絵を描いて説明するわ」
 ニーナは木炭の欠片を握ると、テーブルの上に絵を描き始めた。
「これが、村の地図。で、これが野盗よ。一人目はこんな感じで‥‥」
 はっきり言って下手くそな絵だ。地図も人相書きもごちゃごちゃしてて、よく分からない。
「これでは良く分からんな。魔法が使えるなら、見たそのままの姿を教えてくれないか?」
 そう頼んだのはジャパンの浪人、湯田鎖雷(ea0109)。
「‥‥いいわよ。あんな怖いことは、あまり思い出したくないけど‥‥」
 そしてニーナは呪文を唱える。二度、ニーナは魔法の輝き発した。今ひとつはイリュージョンの魔法であると言う。ややあって、ニーナの声が鎖雷の頭の中に直接響いてきた。テレパシーによる会話だ。
(「あたし、ブリッツと一緒に井戸に近づこうとしたら、いきなり矢が飛んできたの」)
 ゴン! 目の前を矢がかすめ、近くの廃屋の柱に突き刺さる。思わず矢の飛んできた方向を見ると、弓矢を手にした野盗が悪鬼のような形相でにらんでいた──。ニーナが見たそのままのイメージが、鎖雷の脳裏に送られてくる。
(「次に現れたのは斧使いよ」)
 廃屋からトロルのようにでっぷり太った男が現れる。その両手に斧を握りしめて。
『このガキゃ! 切り刻んでやろうかい!』
「いやあああああああああーっ!!」
 悲鳴と共に伝わってくる強烈な恐怖の念。だが、ニーナの悲鳴は鎖雷の心の内だけではなく、鎖雷の耳からも聞こえてきた。はっとして見ると、ニーナが床にひっくり返り、顔面蒼白になってじたばたしている。
『ニーナ! 落ち着いて!』
 思わずニミュエはニーナに駆け寄り、その小さな体を抱きかかえた。咄嗟にニミュエの口をついて出た言葉は、母国イギリスの言葉。
「いやぁ! いやぁ! 怖いよぉ!」
「ニーナ わたくしの 歌を よく 聴いて」
 まだ十分には馴れないゲルマン語で、ニミュエはニーナに言い聞かせた。怯えて泣く子をあやす母親のように、ニミュエは歌を歌い始める。唇からこぼれるメロディーは、懐かしい故郷の子守歌。──ややあって、ニーナは落ち着きを取り戻した。
「‥‥ごめんなさい。怖いことを思い出すと、時々ああなっちゃうの」
「ニーナ、あまり無理をしないでね」
 その後はニミュエとドロシーとがニーナを寄り添うようにして心を支え、ニーナは長い時間かかってようやく、冒険者たちの一人一人に野盗たちの人相を伝え終えた。
「なるほど。手練れの一人は弓矢使い、二人目は斧使い、三人目は鞭使い、あとは雑魚というわけだな。しかし‥‥あんな状況でよく助かったものだ」
 テレパシーの会話では野盗たちの人相だけでなく、ニーナが受けた手ひどい仕打ちの有様まで知る羽目になった。野盗どもに囲まれて殴られるわ蹴られるわ鞭で叩かれるわ。鎖雷にとっても、知って気持ちのいいものではない。が、ニーナは気丈にもくすっと笑って言ってのけた。
「死んだふりして、奴らが油断した隙にブリッツにしがみついて、一目散で逃げて来たの」
 打ち合わせが済むと、出発の準備だ。ガレットが行動しやすいよう、フェネック・ローキドール(ea1605)は自分の駿馬をガレットに貸し出し、代わりにガレットの馬を預かる。さっそく試し乗りしたガレットだが、駿馬の名に恥じぬ快適な乗り心地だ。
「本当にいい馬ね!」
 言いながら馬の首筋を撫でてやると、馬も褒められて嬉しそうだ。
「ねぇ、この馬の名前は何て言うの?」
 聞かれて、フェネックは一瞬口ごもったが、
「サライ‥‥と言います。でも、仲間たちの前ではあまり口に出さないほうが‥‥」
 実はサライという名の冒険者の仲間がいたりする。
「ああ、サライだね。あっちのサライはともかくとして、こっちのサライはとってもいい子ちゃんだよね。ねぇ、サライ。‥‥ん?」
 ガレットは気づいた。話のネタにされている当人、鎖雷が何やら意味ありげな視線をフェネックに送っている。
「あ! 馬じゃないほうのサライがフェネックのことを見つめてるよ。ちょっとサライ! 何じろじろ見てんのよ!? もしかしてぇ〜もしかしてぇ〜?」
 ガレットに言われて鎖雷は一瞬、うっと言葉に詰まり、慌てて取り繕い。
「いや‥‥俺がバードなら、愛馬のめひと魔法で会話できたのにと思ってな。フェネックを見てた理由はそれだけだ」
 そそくさと目線をフェネックからニーナにそらす。
「あ〜! 馬じゃないほうのサライが今度はニーナを見てる〜!」
「‥‥おい、頼むよ」
 苦虫でも噛みつぶしたような苦笑いを見せ、心中でつぶやく鎖雷。
(「国を出てからもパラの女の子にからかわれる運命なのか、俺」)

●偵察
 救出作戦の決行に先立ち、鎖雷とフェネックは廃村の偵察に向かう。廃村の手前の村で馬を預かってもらい、そこから先は徒歩で進む。これまでの調べだと、近隣の村で子供が浚われたという話は聞かない。また、近隣の村を野盗が荒らしているという話も聞かない。これはどういうことだろう?
「ああ、あれがそうですね」
 廃村が見えてきた。今にも潰れてしまいそうな廃屋に加え、既に潰れてしまった廃屋もある。見ているだけで心寒くなる殺風景な光景だが、フェネックの見たところ、ここに大勢の人間が隠れているようには感じられない。
「本当にここに野盗たちが潜んでいるのでしょうか?」
「まあ、ここはじっくりと様子を見てやろう」
 二人は手近な森の中に入り、張り込みを開始する。
「ここからでは井戸が見えませんね」
「ああ。廃屋の陰になっているようだな」
 張り込みは簡単なように見えて、実は根気のいる仕事だ。敵の姿を見逃すことは許されず、また敵に感づかれることも許されない。ひたすら時間が流れていく中で、じっと物陰に身を潜めて、敵が気配を見せるその一瞬を待ち続けるのだ。
 やがて日が沈み、夕焼けが空を染め、そして闇の帳が降りる。気がつけば空には満天の星。明るい月の光が廃村を照らし出す。あまりにも長い時間が何事もなく過ぎ、思わずフェネックがうつらうつらし始めた時、離れた場所から小石が飛んできて頭に当たった。はっと目が覚め、視線をそちらに向けると、鎖雷が廃屋の一つを指さして合図している。フェネックが目を凝らして見ると、その廃屋からは微かだが明かりが漏れ、耳を澄ませば幾人かの男の声が聞こえてくる。
「やはり、あそこに野盗が潜んでいたのですね」
 夜闇の訪れと共に動きを活発化させるのは、闇の世界に住まう野盗たちの習い性なのだろう。やがて廃屋の扉が開き、野盗の一人が用を足しに外へ出る。廃屋の中では酒盛りが行われているようだ。時折、げらげら笑う声や怒鳴り声が聞こえてくる。とはいえ、この真夜中に道行く者はほとんどおらず、多少騒いだくらいでは誰にも気づかれることはない。

(「さて、月の明るい夜じゃな」)
 先行偵察に出たシフールの黒クレリック、カシム・キリング(ea5068)は、夜空高く飛びながら思う。木の高さほどの高みから見下ろす視界には、月光に照らし出された世界が広がる。眼下の廃村のさらに向こうには、延々たる森の広がり。神秘的に美しくもあるけれど、月の光が明るければ敵に見つかりやすくもなる。思わずカシムは祈りの言葉を声に出さずに囁いていた。
(「主ジーザスよ、我が姿を敵の眼より覆い隠し給え。‥‥もっとも、これだけ高く飛んでおれば、盗賊どももそう安々とは気づくまい。さて、あの子はまだ生きておるかの?」)
 子供が枯れ井戸に放り込まれてから、既にかなりの日数が経つはず。たとえ昨日は生きていたとしても、今夜は消え去っているやも知れぬ命。
「子供に対しては、それも1つの試練。ワシらの救出まで生き延びることができるか、また生き延びようとしているかどうかは、当に試練以外の何物でもない。古人曰く、『神は自ら助くる者を助く』とな」
 廃村を眼下に見下ろす場所まで来ると、カシムは慎重に高度を下げる。デティクトライフフォースの魔法が効果を及ぼし、なおかつ野盗の目に見つかりにくい高さまで。そして呪文を唱えた──。井戸の中の子供は生きていた。野盗たちは皆が廃屋の中に群がっている。皆で車座になっていることからして、酒盛りをしているものと思われる。
 カシムは井戸の中に舞い降りた。
 子供は涸れ井戸の底に身を丸めていた。身じろぎ一つせず、傍目には死んでいるようにさえ見える。近づくと膿んだ傷の臭いがした。
「しっかりせい」
 何度も子供の頬を叩きながら耳元に囁くと、閉じていた子供の目がゆっくり開く。だがその視点は、目の前のカシムになかなか定まらない。
「‥‥だれ? おむかえに‥‥きたの? あなたは‥‥天使? それとも‥‥悪魔?」
 うわごとのように呟いた。
「そのどちらでもない。ワシはカシム・キリングというクレリックじゃ。まずは、これを飲め」
 携えてきたリカバーポーションを子供に与えると、子供は少しだけ元気を取り戻した。
「どうじゃ? 楽になったか?」
「お水‥‥お水が欲しい‥‥」
 見たところ子供は怪我よりも、飢えと渇きのせいで衰弱しているようだ。もう何日にも渡って、食べ物も飲み水も口にしていなかったのだろう。
 手持ちの水と食料とを手渡し、カシムは子供に言い聞かせた。
「いいか、あと少しの辛抱じゃ。もうじき、ワシの仲間が助けに来るからな」
 再びカシムは空へ舞い上がる。
「さて、あの二人はどこじゃろうな?」
 偵察の仲間が潜んでいそうな場所に上空から目星をつけ、デティクトライフフォースの魔法を唱える。森の中に潜んでいた仲間の位置は、すぐに分かった。

「おお、二人ともここにおったか」
 カシムが夜空から舞い降り、鎖雷とフェネックの前に姿を見せた。
「そちらの様子はどうじゃ?」
「盗賊たちがあの廃屋に潜んでいることまでは突き止めた。だが、そこまでだ。で、そちらは?」
「わしはデティクトライフフォースの魔法を使い、空から調べてみたが、盗賊たちは総計11名じゃ。皆、あの廃屋の中に潜んでおる。それと井戸の中の子供じゃが、まだ死んではおらぬ。他に捕らえられている子供は見当たらぬ。以上じゃ」
「そうか。かたじけない」
 礼を言いつつ、鎖雷は思う。
(「魔法の力には叶わぬな。しかも、空まで飛べるとあっては」)
 自分たちが長い時間苦労しても手に入らぬ情報でさえ、魔法を使えばいとも簡単に手に入れることが出来る。仮に自分が敵の立場にいたならば、今この瞬間に何者かが魔法で探りを入れていることに、果たして気づき得るだろうか? そう想像した鎖雷は、ふと戦慄を覚えた。

●夜襲
 そして救出作戦決行の日、冒険者たちは廃村の間近に集まった。驢馬の背に揺られて一番最後になって現れたのは、ウィザードのツヴァイン・シュプリメン(ea2601)。
「すまぬな。驢馬は馬ほどに早くは進めぬのだ」
「ツヴァインさん、当てにしてるわよ」
 ウインク一つ送ってガレットが言う。
「今回の作戦、成功するかどうかはツヴァインさんの魔法にかかっているようなものだからね」
 夜闇の訪れると、冒険者たちは動き出す。先頭に立つのは鎖雷とフェネック。先の偵察で、土地勘はそこそこに掴んでいる。一行は森の木々の間を縫うようにして、先に二人が張り込みをした場所までやって来た。
 偵察に出ていたカシムが、空から戻って来た。
「野盗どもは今日も酒盛りの様子じゃな。油断しきっておる」
 耳を澄ましてみれば、廃屋から聞こえてくる騒ぎは昨晩以上に騒々しい。
 まずガレットはニーナに頼み、テレパシーの魔法で井戸の中の子供に呼びかけてもらった。
「うまくいくといいけど‥‥」
 ここから井戸まではかなり距離があるので、高いレベルで魔法を使わねばならない。一度目は失敗、二度目で成功した。
(「ねえ、聞こえる?」)
(「‥‥うわっ!」)
 いきなり頭の中から声がしたので、子供は驚いた。幸いなことに、井戸の外にまで聞こえる叫びとはならなかった。
(「テレパシーの魔法よ。驚かないで」)
(「僕を‥‥助けに来てくれたの?」)
(「そうよ。あなたの名前は? 頭の中で答えて」)
(「ニコラ」)
(「井戸の深さはどのくらい?」)
(「大人の背の高さの‥‥倍ぐらい‥‥かな?」)
(「体の調子はどう?」)
(「お腹すいたよ‥‥何か食べたいよ‥‥」)
(「もう少しの我慢よ。野盗たちだけど、何か話してなかった? 気になることがあったら教えてくれる?」)
(「言うこと聞かなきゃ、僕は死ぬまでここを出られないって‥‥」)
(「ありがとう。野盗に気づかれないよう、声を出さないで待っててね」)
(「うん」)
 テレパシーによる会話が終わると、カシムが井戸に向かって飛ぶ。ガレットは陽動作戦を開始。ニーナのテレパシーの力を借りて作戦内容をブリッツに教え込むと、ブリッツの毛を灰で汚して野犬に偽装。そして盗賊たちのいる廃屋の近くまで忍び足で近づき、派手な喧嘩をおっぱじめた。そう、犬とパラの喧嘩だ。

「わう! わう! わう! わう!」
「きゃん! きゃん! きゃん! きゃん!」
 酒盛りしていた野盗たちは、外から聞こえてくるけたたましい犬の鳴き声に気づいた。
「一体、何ごとだ!? おい、おまえ様子を見てこい」
 野盗の頭、斧使いの男に命じられた手下が外に出て見ると、大きな野良犬が崩れかけた廃屋の一つに向かって吠え立てている。廃屋の陰に何かいるのか? 聞こえてくるのはもう一匹の犬の吠え声だが、そのもう一匹の犬は廃屋の陰から姿を現そうとしない。手下の男は小首を傾げて訝しむ。よくよく聞いてみれば、姿を見せぬ犬の吠え声は、何だか人間が鳴き真似をしているような──。それもそのはず、野良犬の喧嘩相手のもう一匹の犬は、ガレットが声色で演じていたのだ。

 少し離れた場所から成り行きを見守っていたニミュエとフェネックは、事の成り行きに慌てた。
「まずいわ、これではバレてしまうわよ。ハティ、ブリッツの所へ行って、喧嘩してきなさい。あなたも猟犬ならそのくらいできるでしょ?」
 自分の愛犬に言ってきかせるが、ハティは何を言われているか分からない様子。
「ああ、ダメだわ。なにせ馬鹿犬なもので‥‥」
「僕のテレパシーを使いましょう」
 フェネックがテレパシーの魔法を使って命じるが、それでもハティはもじもじしている。
「ぐずぐずしてないで行ってきなさーい!」
 ニミュエが思いっきりハティの尻をつねると、ハティはきゃんきゃん吠えながらブリッツの元へすっ飛んで行った。

 廃屋の陰からもう一匹の犬が姿を現し、きゃんきゃん叫びながら最初の野良犬と取っ組み合いを始めた。それを見て、手下の男は納得。
「なんだ、犬の喧嘩かよ」
 頭の所へ戻って報告を入れる。
「何でもありやせん。ただの野良犬の喧嘩ですぜ」
「野良犬の喧嘩だとぉ!? 五月蠅いったらありゃしねぇ! とっとと追っ払って来やがれ!」
 言われて手下の男、もう一度外に出て野良犬に近づいた。
「このクソ犬どもが! 静かにしねえとぶっ殺す‥‥」
 言いかけたその言葉が途中で途切れる。男の目が焦点を失い、その体が地面に倒れる。
「うまくいったわ。‥‥これで一人目」
 物陰からスリープの魔法を放ったニミュエは、深い眠りについた男の姿を見てほくそ笑んだ。
 場面は変わって、酒宴の真っ最中の野盗たち。
「さあ飲め飲めぇ! 思いっきり飲めるのも今のうちだけよ。明日になれば、また朝から晩まで盗賊稼業の毎日だぜ! おい、さっき出てった野郎はまだ戻って来ねぇのか!? 一体、どこほっつき歩ってんだぁ!?」
 と、鞭使いの男が頭の耳元に囁く。
「犬と言えば、気になりますねぇ。いつぞやも犬を連れたパラの女が、井戸に放り込んだガキにちょっかいかけて来やがった」
 その言葉を聞き、頭は別の手下に命じる。
「おい、井戸のガキの様子を見て来い。それと、周りに怪しいヤツがいねぇか確かめて来い」
 言われて手下は表に出て、井戸に近づいてゆく。その背後から近づく影一つ。
「誰だ‥‥」
 手下が振り向いた瞬間、日本刀の峰打ちがその腹に決まる。手下は呻いて地面に転がった。
「これで、二人目」
 地面に転がる男を見下ろし、鎖雷は日本刀を鞘に収める。これで口は封じたはず──だが、そう思うのは早かった。
「て、敵だぁ! 敵がいるぞぉ!!」
 気絶して倒れたかに見えた男が大声で叫び、その声を廃屋の中の野盗たち全てが聞いた。
「敵はどこのどいつだ!? 血まつりに上げてくれる!!」
 斧使いが怒りの形相も露わに、斧を握りしめる。──その瞬間、周囲から全ての光が消えた。

●乱戦
「一体‥‥これは、何だ!?」
 鎖雷は最初、目の前に現れた物が何だか分からなかった。月光が燦々と降り注ぐ中、野盗どものたむろする廃屋の周囲だけが、夜の闇よりもさらに深い球形の闇にすっぽり覆われている。ややあって、鎖雷はそれがジャドウの放った魔法であることに気づいた。
「シャドウフィールドの魔法だ。最初からこれを使えば、雑作もないものを」
 スクロールを畳みながらジャドウが言う。シャドウフィールドの闇の中では、いかなる手段を使っても物を見ることができない。おかげで野盗どもは大騒ぎだ。悲鳴や怒鳴り声がひっきりなしに聞こえて来る。
「闇はじきに消える。今のうちに準備を済ませ、闇が消えたら野盗どもを存分に料理してやるがいい」
 ジャドウの顔に浮かぶ笑いは悪魔の笑いだ。
「そうだな。では、今のうちに」
 ツヴァインが仲間たちを集め、ゆっくりと呼吸しながら数を数える。
「1、2、3、4‥‥」
 ウィザードとして経験を積んでいるから、魔法の効果時間も大ざっぱに勘定できる。リヴィールタイムの魔法が使えれば、もっと正確に分かるのだが。
「‥‥298、299、300。よし、始めるぞ」
 300まで数えて、ツヴァインは仲間たちにてきぱきと魔法を付与。鎖雷とガレットにインフラビジョン、さらにフレイムエリベイションを付与しようとしたが‥‥。
「いかん、しくじった」
 高いレベルで完璧に魔法を使いこなすだけの技量はない。気を取り直して、ガレットの矢にバーニングソードを付与。
「皆、位置に着け! もうすぐ魔法の闇が消えるぞ!」
 ツヴァインの叫びから5つほど数えた頃合いに、シャドウフィールドの闇は消滅した。
 野盗たちは散々な有様だ。やっとのことで廃屋から這いだした者たちは皆、地面に這い蹲っている。しかも背後では廃屋が燃えている。混乱の最中、誰かがランタンをひっくり返して火が燃え移ったらしい。
「やべえ! 囲まれてやがる!」
 冒険者たちの姿に気づいた野盗たちが一人、また一人と慌てて立ち上がるが、反撃の暇も与えられず、夜空から急降下してきた火の鳥にぶちのめされた。ジャドウの得意技、ファイヤーバードによる攻撃だ。
 続いて鎖雷とドロシーが斬り込む。鎖雷は両手に日本刀を握った二刀流。ドロシーは盾のガードを生かし、相手が態勢を崩した隙を狙って剣で斬り込む。挑んで来る敵も逃げ回る敵も区別なく蹴散らしていくその様は、木の葉を散らす二つのつむじ風のごとし。
 と、燃える廃屋から斧使いが姿を現した。
「てめえら! 皆殺しだぁ!!」
 手負いの獣のごとく猛り狂っている。その目の前に立ちはだかり、剣の切っ先を向けたのはドロシー。
「ビザンチンが騎士、ドロシー・ジュティーア!! 参る!!」
 名乗りの言葉が終わるより早く、斧使いが突っ込んできた。ドロシーは盾で阻むも、強烈な力押しで突き飛ばされて転倒。斧使いがドロシーの体の上に馬乗りになり、左手でドロシーの首を締め上げ、右手の斧を高々と振り上げる。
「てめえの脳天、ぶち割ってくれるわ!!」
 だがその斧が振り下ろされるよりも早く、バーニングソードの矢が斧使いの背中に突き刺さった。斧使いは獣のように吠え、矢の飛来した方向を睨み付ける。そこにガレットがいた。2本目の炎の矢を弓につがえ、再び斧使いに狙いをつける。だが、闇夜の中で燃え上がる魔法炎は、逆に恰好の標的となった。
「うがあっ!!」
 斧使いが斧を投げつける。咄嗟のことで、ガレットは避けきれなかった。不運にも斧の刃はガレットの首筋を切り裂き、真っ赤な血があふれるように噴き出した。
「ガレット!」
 傍らのツヴァインが咄嗟にガレットの傷口を押さえる。その手がみるみるうちに赤く染まる。
「お願い‥‥ポーションを‥‥」
 ガレットの頼みに応え、バックパックの中から取り出したヒーリングポーションをガレットの口の中に流し込む。流れ出す血の量が急激に減じた。続いてリカバーポーション。傷は完全に塞がった。
「うがあああっ!」
 斧使いがもう片方の斧を振り上げてこちらに向かって来る。それを鎖雷とドロシーが阻もうとするが、力押しで押しのけられる。斧使いの血走った目にはガレットの姿しか映っていない。まさに手負いの獣だ。
「ツヴァイン、離れて。あと、矢にバーニングソード、お願いね」
 ツヴァインにささやくガレット。
「分かった。強力なのをかけておく」
 斧使いはすぐ目の前。ツヴァインがその場から離れる。ガレットの体が動いた。斧使いが1歩進めば、ガレットはその3歩先、4歩先を進んでいる。斧使いとの間合いは大きく広がり、まるで追いかけっこのような有様だ。身のこなしがあまりに違う。
「今よ! ツヴァイン!」
 ツヴァインが弓矢をガレットに手渡し、ガレットは斧使いに矢の狙いを定める。矢の先には一段と勢いよく燃える魔法炎。
「今度は、しくじらないわよ」
 ビュン! 矢が放たれた。
「ぎあぁ!」
 奇妙な叫びと共に斧使いの体が地面に転がった。しばし手足をばたつかせていたが、やがてその動きも止まる。矢は斧使いの胸の中央に、深々と埋まっていた。

 手練れの野盗、鞭使いは井戸に向かって走っていた。
(「ガキめ、悪く思うなよ。てめえは余計なことを知りすぎたんだ」)
 井戸端に転がる大石を抱えて、井戸の中に投げ込もうとした。井戸の中のニコラを殺す気だった。と、その視界が闇に飲み込まれた。井戸を守っていたカシムが放ったダークネスの魔法だ。
「うあ!」
 叫んだ途端、背中に強烈な電撃を受けた。思わず逃げだそうとしたが、電撃は何度も襲ってくる。鞭使いは地面を転げ回った。
「やめろ! やめてくれぇ!」
 やがて目の前から闇が消え去った時、鞭使いの目の前にはカシム、ジャドウ、フェネックの姿があった。
「ありがとう。助かりました」
 テレパシーでジャドウに急を知らせたのはフェネックである。しかしジャドウはフェネックの言葉には答えず、さも無関心な風情でぷいと背を向ける。
「待て、あと一人残っておるぞ。あそこじゃ」
 カシムが離れた廃屋を指さす。その屋根の上に弓矢使いがいた。矢で狙いを付けている。
 皆は一斉にその場から飛び退く。一瞬遅れて、その場所を矢が掠める。ジャドウがスクロールを広げ、その姿が火の鳥と化す。火の鳥は屋根を掠めて飛び、屋根の上の弓矢使いを弾き飛ばした。

●ハッピーエンド
 野盗どもが一人残らず倒されると、冒険者たちは井戸の中のニコラの体にロープをくくりつけ、引っ張り上げた。これで救出は無事に成功。
「さて、助け出したは良いですが、貴方は何処の子ですか?」
 ドロシーが訊ねると、ニコラが言う。
「おなか‥‥すいたよぉ‥‥」
 これにはその場にいた一同、皆が吹き出した。
「よく頑張りましたわね」
 ニミュエはニコラを抱きかかえ、ニミュエの好きな歌を聞かせてあげた。心を落ち着かせるため、メロディーの魔法の力を込めて。
 やがてニコラは話し始めた。ニコラは野盗の使い走りで、これまでにも盗みや殺しなどの手伝いを何度もさせられていたという。罪を重ねることに耐えかねて逃げ出そうとしたが失敗し、制裁のために井戸の中へ放り込まれていたのだった。
 野盗たちはこの廃村を隠れ家にして、遠い土地をあちこち荒らし回っていたという。余計な騒ぎで足がつくことのないよう、隠れ家の近辺にはあえて手を出さなかったのだ。
 生き残った野盗どもは役人の手に引き渡され、間もなく裁きが行われる。ニコラの証言は、隠された数多くの悪事を暴くことだろう。ニーナとブリッツ、そして冒険者たちの小さな冒険は、めでたしめでたしの結末を迎えたのであった。