乙女の贈り物

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月11日〜06月14日

リプレイ公開日:2005年06月17日

●オープニング

 いつも依頼人で賑わうこの場所を、この日、1人の少女が訪れた。
「いらっしゃいませ‥‥あら?」
「こんにちは。その節はお世話になりました」
 現れた受付嬢に、少女は美しい亜麻色の髪を揺らしてにっこりと微笑む。
 彼女の名はマリー・カルディナス。1年ほど前、決闘に敗れた父の汚名を晴らそうと、その身を商人に売り渡して決闘代理人を雇おうとした少女である。彼女をめぐる決闘騒ぎはその背景から吟遊詩人の歌の題材にも取り上げられ、一時期はこのパリの話題になっていた程だ。その甲斐あってか現在は後見人にも恵まれ、穏やかな日々を過ごしているはずであった。
「今日はどのようなご用件ですの? また何か困りごとかしら?」
 受付嬢がにこやかに尋ねた。長年この仕事をやっていると、目の前の依頼人がどんな状態なのかは一目でわかるようになる。かつてギルドに現れたとき、この少女はひどく思いつめた顔をしていた。しかし今日はそんな雰囲気はない。依頼があってきたのは間違いないだろうが、それは決して以前のような深刻なものではないのだろう。
 少女・マリーは受付嬢にはにかむように微笑むと、薦められた椅子に腰を下ろし、ゆっくりと話し始める。
「困りごと‥‥とは違うんです。ちょっとご相談がありまして」
「どのような?」
「ええ。わたし、こちらの皆様のお陰で苦界に身を落とすこともなく、穏やかに生きることができるようになりました。ようやく周りも落ち着いてきましたし、是非その時の方たちに改めて御礼を、と思ったのですけど。その‥‥何分わたし、世間知らずなものですから、何をどうすればいいのかわからなくて」
「まあ、それは。‥‥でも、あなたは今幸せに生活していらっしゃるのでしょ? それをお知らせするだけでも、当時の冒険者の皆様には何よりの贈り物になりますよ?」
「でもそれだけでは、わたしの気が済まないんです」
 受付嬢の心遣いに感謝しつつ、きっぱり、とマリーが言う。
「ご相談というのは、このことなんです。ささやかですが、当時お世話になった方に、感謝を込めて贈り物をしたいんです。でも冒険者の方々には何がふさわしいのか、わたし、よくわからなくて‥‥。武器の知識も、薬草の知識もありませんし。それで、あつかましいとは思ったのですけど、同じ冒険者の方々から、この場合どういったものがいいのかご助言いただけたら、と思いまして。あの、こういう依頼は、可能でしょうか?」
「もちろんですとも」
 受付嬢の返答に、ホッとしたようにマリーが微笑む。
「では依頼内容は、『贈り物の相談』ということにいたしますわね。御世話になった冒険者の方に御礼としての贈り物に、ふさわしいものは何か、助言を求む、と。贈り物をする対象は当時、依頼を受けた冒険者の方々、ということでよろしいのかしら?」
「はい。決闘代理人を引き受けてくださった騎士様と、わたしの身を案じてくださって、説得してくださった熟練の戦士の方と、エルフの女性魔術師の方。商人との交渉に当たってくださった魔術師の方と、決闘が公正に行なわれるよう尽くしてくださったお二人の魔術師に、レンジャーの方‥‥そういえば魔術師の方は皆、エルフの方で。レンジャーの方は、どこか異国の血が入っていたように思います。それと、決闘相手のアレクス・バルディエ卿のことを配慮してくださった、ジャパン人のお侍様。この件が何の禍根も残さず落着したのは、この方のお陰だと伺っています」
「わかりました。――確かに、色々な方がいらっしゃいますわね」
 これでは、どうすればいいのか判断がつかなくなるのも無理はない。また彼らの中には、いまや名だたる冒険者としてノルマンの各地で活躍している者も居るだろう。貴族の深窓の令嬢に生まれた彼女が、どうすればいいのか途方にくれるのもわかろうというものだ。受付嬢の言葉に、マリーが心なしか頬を赤くして頷く。
「ええ。ですからわたし1人で考えたのでは、何か失礼なものを贈ってしまうのではないかとも心配で‥‥。ですから、『何を贈るのか』ではなく、『この方にこれは贈らない方がいい』という助言でも助かります。どうか、よろしくお願いします」

●今回の参加者

 ea0127 ルカ・レッドロウ(36歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3073 アルアルア・マイセン(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea4004 薊 鬼十郎(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4284 フェリシア・ティール(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea9091 スポーク・ヴァルカーヌ(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9617 シモーヌ・ペドロ(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●贈られる者
「依頼人‥‥マリーさんですか、そろそろいらっしゃるでしょう」
 冒険者ギルド内サロン。集まった者達を見回し、アルアルア・マイセン(ea3073)がふと問い掛けた。
「皆さんは今回の依頼、どう思われますか?」
「ハッハ、何ていうか、ほのぼのとしててい〜い依頼だねェ」
 如何にも楽しそうに言ったのは、ルカ・レッドロウ(ea0127)。
「たまにはこういう依頼も楽しい思うデスヨ」
「はい。マリーさんの一生懸命さも微笑ましいですし、ぜひ力になって差し上げたいですね」
「右に同じ、ね」
 シモーヌ・ペドロ(ea9617)に、薊鬼十郎(ea4004)とフェリシア・ティール(ea4284)も頷く。
「英雄譚ではありませんが、友の笑顔のために‥‥いや無論、生活費を稼ぐ事も大事ですが」
 スポーク・ヴァルカーヌ(ea9091)は言葉を途中で切ってから、慌てたように付け足した‥‥照れ隠しなのはバレバレだが。
 何はともあれ戦いや退治とは無縁なこの依頼、皆リラックスした穏やかな顔をしている。
「‥‥」
 そんな中、アレクシアス・フェザント(ea1565)は一人無言‥‥どこかむっつりと黙り込んでいた。気付いた鬼十郎は、小首を傾げて不思議そうに尋ねた。
「マリーさんが贈り物をしたいという依頼人の一人はあなたでしょう? 何か悩んでるんですか?」
 水を向けられたアレクシアスは、口ごもった後、答えた‥‥困ったように。
「確かにそうなんだが‥‥実は何をどうアドバイスしたらいいか決めかねているんだ」
 かつてマリーと接し、今も力になりたいと願い依頼を受けた。だが、実際に再会の段になって、躊躇いと困惑とが膨らんでしまっているらしい。
「ハン、そんな事か。いっそ自分の欲しいものをねだっちまえば?」
 ルカのそれはアドバイスというより、混ぜっ返しだ。勿論、冗談なのだが。
「そういうわけにはいかないだろう」
 だが、アレクシアスはムッとして反論‥‥からかわれているのに気付いてないのだ。
「いやいや、ほっぺにチュー、とかなら結構いけそうじゃないか?」
「ほっ、ほっぺにちゅ〜」
 思わず口に出してしまったアレクシアスの顔が、らしくなく赤くなる。
「それがあなたの欲しい物なのですか」
「っ!? いや、決してそんな‥‥」
 冷ややかさを装うスポークに、動揺しまくりのアレクシアスは、やっぱり気付いていない。向けられた瞳に楽しそうな色が浮かんでいる事に。
「皆さん、それくらいになさって下さい」
 見かねた鬼十郎が割って入る。アレクシアスの反応は微笑ましいし見ている皆も楽しそうなのだが、さすがに可哀想で。それに、依頼前に和を乱すのも不味かろう。
「それより皆さんは、マリーさんにどういうアドバイスをするつもりなのですか?」
「そうね。私はカードなんてどうかと思ってるわ」
 友達の努力を無にしないよう、話題替えに協力するフェリシア。
「予算が少ない、という事だけど、貴族としての教養や知識に優れているのなら‥‥と思うの」
「わたくしは実用品をおすすめするつもりです」
「冒険者職業に活かせるものが良いとオモウデス」
 更に、スポークとシモーヌがそれぞれ、アレクシアスの反応を見るように告げた。
「私はやはり小物類が良いと思うのですが‥‥そういえば、そういった物を取り扱っているお店がありましたね」
「『まじない屋』か‥‥そういうのもあるな」
 そして、アルアルアからアドバイスを受けたアレクシアスはポン!、と手を打った。
「何だったら、これをマリーさんに教えて差し上げたらどうでしょうか?」
「ああ、確かにそれはいい考えだ。礼を言う、アルアルア」
「ちなみにコレは別料金だからな!」
 感謝を込めて心から礼を言うアレクシアスに、ルカはニヤニヤしながら、すかせず声を滑り込ませた。
(「これは‥‥後で皆に酒の一杯も奢ってやらねば、だろうな」)
 皆がマリーの、引いては自分の為に色々と尽力しようとしてくれている事を悟ったアレクシアスは、内心そんな覚悟をしたのだった。
 やがて、約束の刻限が訪れ、待ち人‥‥依頼人のマリーがサロンに現れた。

●贈り手
「皆様、この度は私の依頼を受けていただき、本当にありがとうございます」
 サロンに現れたマリーはルカやフェリシア達、一人一人に丁寧に感謝を述べた。ふわりと揺れる亜麻色の髪が、美しい。そして、髪に彩られた微笑みもまた、負けず劣らず美しかった。
 だが、その微笑みはアレクシアスに気付くと、驚きに取って代わられた。次の瞬間、マリーの顔に浮かんだのは複雑な表情‥‥そこには嬉しさと恥ずかしさ、照れくささが入り混じっていた。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
 アレクシアスは先ほどまでの動揺が嘘のように、穏やかな笑みでそれを受け止めた。
 あれから1年近くになる。懐かしさと、何より、マリーが平穏に暮らしている事が分かった事が嬉しかった。
「当時の皆も元気にやっている。残念ながら今回は、こちらに来ることが出来なかったようだが」
「はい。ノアさん‥‥ノア・キャラットさんからマリーさんに『決して無理はしない様に』と言伝を頂いてますよ」
 アレクシアスに続き、鬼十郎も友達からの言伝を伝えた。
「そうですか、ありがとうございます」
 受け取ったマリーは、贈りたい相手達を思い、華のような笑顔で頷き。
「皆様‥‥改めてよろしくお願い致します」
 もう一度深々と頭を下げたのだった。

「依頼は贈り物の相談、だね? しがないレンジャーでよければ相談に乗るよ、お嬢さん」
 ルカは「何としても良い贈り物を!」と肩に力の入りすぎている感のあるマリーに、軽くウィンクして見せると人差し指を立てた。
「まず、贈り物ってのは気持ちが一番大事なんだ。このコトを踏まえて、アドバイスさせてもらうぜ?」
「はっ、はいっ!」
「とにかく、デス。皆でアイデアをそれぞれ出し合って、その後不味いものや少し変えると良い物に修正という流れでしょうカ?」
「それが良いだろうな」
「ならば安心デスネ〜自分が知らないだけで、実は高価だとか不心得なものもあるでしょうし」
 シモーヌはルカに首肯され、ホッと息を吐き、
「オオウ、申し送れましたシモーヌめでアリマス。今回は、誠心誠意御仕えいたしマスヨ?」
 マリーに優雅に一礼した。
「贈り物ですが、それぞれの冒険者職業に活かせるものが良いとオモイマス」
 そして、アドバイス。
「ペン軸やペン本体に使う羽、裁縫で創ったペンケース、味の良い保存食とかその袋でしたら誰でも有難いと思いますし、やりかた次第では安価な物でありながら、贈り主の心掛けがカンジラレマス」
 贈る相手は冒険者。ならば、やはり冒険の必需品が良いのではとシモーヌは思うから。
 同じく実用品を、と考えるスポークも頷きかけ。
「ペンケース‥‥羽根ペン」
 ついつい、その切っ先を想像しかけてブルリと身を震わせてしまう‥‥先端狂化症なのだ。幸い、皆には気付かれなかったらしい。スポークは青ざめた顔色を隠すように、フードをより深く被った。
「ところで、マリー様は貴族の嗜み‥‥嫁入り修行で刺繍とかされておられマスカ?」
 そんなスポークにやはり気付かぬシモーヌは、マリーに問うていた。
「はい」
「ならば、それを流用すれば良いので殆ど資金・手間はいらないかと思イマス」
 要はアイデア次第、なのである。
「逆に、これは不味いと言うものは、手に入るからといって、変に高価なものや味は良くても薫り高い保存食は困ると思いマス」
「そうですね。後、職業も考慮した方が良いかと」
 呼吸を整えスポークも意見を述べた。
「魔術師は重い物を持てませんし、レンジャーや忍者などの隠密系は目立つ物を嫌います」
「そうなのですか?」
「はい。想像してみて下さい。偵察に向かった先で、キラキラした物を身につけていたり、美味しそうな保存食を所持していたりしたら‥‥見つかってしまうでしょう?」
 暫しその場面を想像し、マリーは『成る程』とコクコク頭を上下させた。確かに、相手の迷惑になってしまう物はマズい。
「そうだなァ。それに、その人の好みとかの問題もあるから、服飾品を贈るってのはちと難しいかもしれないねェ」
 個人の好み・こだわりが強いものは避けた方が無難だと、ルカもアドバイスを送る。
「まァ、ちょっとしたアクセサリとかならいいと思うけどね」
「そうですね、丈夫な革や帆布で作った雨除けの外套など、万人向けの物は使いでが有ると思いますが」
 後、万人向けの物は‥‥とスポークは考え、告げた。
「飾り気の無い刃の分厚い頑丈なナイフは、武器ではなく道具として万人に役に立つものですよ」
 無論、その切っ先は自分には決して向けないで欲しいが。
「ただ、先ほどのシモーヌさんのアイデアですが‥‥」
 そして、スポークは一つの懸念を口にする。
「もちろん心をこめた手作りの品物でも良いのですが、根無し草の冒険者稼業ではその品がバックパックの肥やしになって、忘れ去られる事が無いとは断言できません」
 それでは勿体無い気がするのだ‥‥何より。
「また、送り手であるあなたのことを特定できるものは、時として政治的な陰謀によってあなたと冒険者に不利に働きます‥‥残念な事ですが」
「そんな‥‥」
 絶句するマリー。だが、それは可能性として決して無いとは言えない、とスポークは案じている。とは言うものの、その可能性に思い至っていなかったマリーの姿に、スポークはフードに隠れたままの瞳を優しく細めた。
「もっとも、一番の贈り物はあなたが依頼人と冒険者と言う立場ではなく、一人の友人として彼らに接してあげる事でしょう」
 可能性は可能性として頭の片隅にでも置いておいてくれるだけでいい。スポークとて、マリーの気持ちを、感謝の心を曇らせるのは本意ではない。だから、声を和らげた。
「冒険に疲れて訪れる彼らをやさしく迎え入れ、温かいお茶を振舞う。その程度の事と思うかも知れませんが、常日頃冒険に明け暮れる身には、戦友ではない普通の友人は何にも増して得難いものなのです」
「確かにな。待っててくれる存在があるってのも、心強いモンだ」
 ルカはそして、
「そうだ」
 と思いついた。
「日々命懸けで依頼を受ける冒険者にしてみればお守りとか結構いい感じかも?」
「お守り‥‥ですか?」
「そうそう。レディから手作りのお守りなんて貰えちゃったら、俺なら絶対嬉しいけどねェ♪」
 チロ〜リ、意味ありげな視線に内心ドキっとするアレクシアス。確かに自分も考えていたし、何より手作りのお守りはご利益がありそうな気がするし‥‥嬉しい、とても嬉しい。
 けれども、ルカの視線を追ってきたマリーと目が合って、二人共慌てて視線を落としてしまう。その頬がちょっと赤い。
「それがあるってだけで、戦場でも気が休まるだろうしね。心強いと思うよ。何なら俺の持ってる裁縫セットも貸してあげるから、お守り作ってみたらどうかな?」
 そんな二人の様子にルカは笑みを深め。
「俺ァ裁縫はちとニガテだけど、協力できるコトなら何でも協力するぜェ」
 そう、申し出た。
「あとは、自分の想いを手紙に書いて贈り物と一緒に贈るとか。‥‥何はともあれ、『気持ち』を大事にな、マリーの嬢ちゃんよ」
「はい」
 マリーはその言葉を噛み締めるように、神妙な面持ちで頷いた。
「そういえば、値の程は詳しく知らないが『ターコイズ』という石は旅人のお守りとなるそうだ。各地を飛びまわる冒険者には最適な贈り物だと思う」
 話とアイデアとが一段落するのを見計らって、アレクシアスが言った。
「‥‥そういった物を取り扱っている店があってな。『まじない屋』というのだが」
 アルアルアの入れ知恵なのは、マリーにはナイショだ。
「そうですね。皆さんの意見を念頭に置いて、実際に色々と見て回るのはいかがでしょう?」
 すかさず提案するアルアルア。
「良いものが見つかるかもしれないですし、何よりその方が楽しいですから」
 勿論、誰も異存は無かった。そうして、一行はショッピングに向かったのだった。

「この店です」
 アレクシアスの提案を受けた、という形でアルアルアが案内したのは最寄の「まじない屋」。
「いらっしゃいませ!」
 店番の黒髪の少女がニコヤカに迎える中、店内に足を踏み入れる。おまじないを好む世代‥‥年若い女の子向けらしい店内には、お菓子を始めとして色々な物が置かれている。
「馬用ブラシはどうですか?」
 興味深げに店内をキョロキョロするマリーに、アルアルアは
「とりあえず」
 と手近な品を薦めてみた。
「冒険者の多くは馬を連れてますし、持ち歩きに不便でもありません。柄の部分に名前やメッセージを彫ってもらえば、記念にもなりますし」
「馬用のブラシですか」
 それは考え付かなかったらしいマリーは感心した表情で目を瞬かせた。
「或いは、髪留め‥‥女性向けですが、幾つあっても困るものでもないですし」
「変わったデザインですね?」
「これはジャパン風の物、こちらは華国風の物ですね」
「キレイですね‥‥こちらの品も美しい作りですが」
「マリーさん、それは贈り物には向きませんわ」
 繊細な細工が施された櫛を手に取ったマリーを、鬼十郎がやんわりと止めた。
「こんなに素敵なのに、ですか?」
「はい。ジャパンのしきたり‥‥四と九は凶数なのです。ジャパン語の『櫛』は『苦』と『死』を連想させますから。そんな風に、名や使用法が凶事を連想させる物は贈り物として歓迎されないのです」
「成る程、贈り物も奥が深いのですね」
「ふふ、なんだか語呂合わせみたいでしょ?」
 感心するマリーは、軽やかに笑む鬼十郎に顔をほころばせた。贈り物のしきたりと言っても、堅苦しく考える事はない、楽しく学んで選べば良いのだ、と教えられて。
 ふと見ると、店番の少女も
「ふむふむ」
 とメモっている。随分慣れたとはいえ、遠い異国に故郷ジャパンのしきたり等が広まるのは純粋に嬉しいと、鬼十郎は思う。
「でも、やはり鬼十郎様達に教えいただいて‥‥お願いしてよかったです」
「では期待に応える為にも、頑張って贈り物を探しましょうね」
 信頼の瞳にアルアルアは優しく笑むと、その横を指し示した。
「後、財布とか。小銭入れとして使えるようなシンプルなものはいかがです? やっぱりメッセージなどを刺繍してもらえば、記念になりますよ」
「そうですね。大切なのは気持ちですから、その贈り物を選んだ理由など書いた手紙を、一緒にそえるのは如何ですか?」
「鬼十郎の言う通りね。送り主にもよるけど、心のこもった手作りの物や手紙は貰ったら嬉しいと思うわ」
 鬼十郎にフェリシアも同意する。
「私は手紙からちょっと一手間、手作りのメッセージカードをオススメするわ」
 そして、指し示すのは羊皮紙と布・ビーズ等、飾りつけられる材料。
「飾りや模様、そして素材は送り先の相手のイメージに合わせた色や物をチョイス、メッセージも感謝の言葉の他に相手に合わせた詩をつけると素敵だと思うのだけど」
 ちょっとメルヘン過ぎるかな? と思わないでもなかったが、マリーのイメージに合っているとも思うフェリシア。
「あまり良い物が思いつかなくてごめんなさい」
 黙って考え込んでしまったマリーは、その言葉に慌てて首を振った。
「いいえ! とても素敵なアイデアです。ルカ様達にもアドバイスを受けましたが、元々手紙は書くつもりでしたし」
 それよりこちらこそすみません、と続けた声は申し訳なさそうだった。
「中々決まらなくて、お時間を取らせてしまって‥‥」
「いいえ、良いんです。それに、こうして色々見て回るだけでも、なんだか楽しいですよね」
 謝るマリーの肩、アルアルアは軽く手を置いた。
「私、思うんです。マリーさんが一生懸命考えて選んだものであれば、素敵な贈り物になる、と」
 だから、告げた。
「マリーさんが納得できるものを見つけるまで、何時間でも付き合います」
 アルアルアに、フェリシア達も頷いた。
 それから暫し、皆であぁでもないこうでもない、これはどうかしら?、これを使ったらどうでしょう?、などの楽しい議論が行われた後。
 結局マリーは幾つかのターコイズと帆布、リボン、幾つかの刺繍糸と羊皮紙を購入した。
「後、最後は綺麗にラッピングして贈りたいですね、開ける時ってドキドキしますものね」
 それから、鬼十郎の薦めでラッピング用品を手にし、マリーはふと呟いた。
「皆さん、喜んでくれるでしょうか?」
「大丈夫です。きっと皆さん喜んでくれますよ」
「勿論よ。送り先はマリーさんを助けたいと思って尽力した人達なのだから、マリーさんからならどんな物でも嬉しいのではないかしら。少なくとも私は嬉しく感じるわ‥‥自信を持ちなさい」
 アルアルアとフェリシア、それぞれの励ましにマリーは
「はい」
 と微笑み、迷いの無くなった瞳で店主に頼んだ。
「この品に『祝福のおまじない』をかけて下さい」
「これを持つ方の人生に幸いがありますように」
 老婆が紡ぐ声は優しく、不思議とハッキリと響いた。おまじないを受け、マリーの手の中でターコイズがキラッと光ったような気がした。
「何を贈るつもりなのでしょうね」
 その様子を一歩下がって見守る男性陣。
「何が贈られたか、後で教えろよ?」
 ルカに突っ込まれたアレクシアスは苦笑を浮かべながらも、小さく頷いた。何が贈られてきたとしてもそれはきっと、自分を嬉しく幸せにしてくれるだろう。贈り物もそうだが、込められたマリーの想いが。
「でもね、一つだけ忘れないで」
 そんな男性陣の気配を感じながら、フェリシアはマリーの手をそっと握った。白い手は今はスベスベしていて、何だか嬉しかった。
「一番の贈り物はやっぱりマリーさんが元気で幸せに過ごす事。それに勝る物は無いと思うの」
 それがアレクシアス達の、そして、自分達の願いなのだから。
「苦労した分、たくさん幸せになってね。私も祈っているから‥‥」
 優しく微笑んだフェリシアに、マリーは何度も何度も頷いた。その瞳にうっすらと涙を浮かべて、それはそれは嬉しそうに。

●乙女の想い
「あの、アレクシアス様。一年前‥‥あの時は本当にありがとうございました」
 買い物も済み、冒険者ギルドへ戻る道すがらマリーはアレクシアスを見上げ、改めて礼を述べた。
 あの時、アレクシアスが戦ってくれなければ、そして、勝利を掴み取ってくれなかったら今の自分はなかった。こんな風に満ち足りた気持ちでいられるなんて、あの頃は思ってもいなかった‥‥目を細めるマリー。
 傾いた太陽が、その横顔をオレンジ色に染める。一年前よりずっと大人っぽく‥‥美しくなったのは今、幸せだからだろう。
「‥‥」
 思わず見惚れ、皆の視線を慌てて警戒したアレクシアスは気付いた。何時の間にか、皆の姿がなくなっている事‥‥二人きりになってしまっている事に。
「募る話もあるでしょうし、私達がいると話せない事もあると思いますし‥‥ここは気を利かせてあげましょう」
 そんな鬼十郎の計らいがあった事、アレクシアスは知らないから。
「いや、いいんだ。俺はマリーが平穏に暮らしていることが何より嬉しい。当時の仲間もきっと、同じ気持ちのはずだ」
 ただ、夕暮れの街に二人きり‥‥それがアレクシアスを素直にした。
「実は俺は、自分への贈り物は辞退しようと思っていた」
「えっ!? そんな、困ります‥‥私」
「あぁ、いや‥‥初めは思っていたんだ。しかし、マリーの親切を無碍には出来ないと思い直した」
 何より、あんなに一生懸命に選んでいたマリーを目の当たりにしては、辞退など出来よう筈がない。
「だが、依頼のお礼とはいえ只で受け取るわけには行かない。‥‥故にこれは貴女よりの『ミンネの証』として受けとってもいいだろうか」
 真剣な眼差しで問うアレクシアス。マリーは驚いたように目を見開いた後、微かに‥‥だが、確かに頷いた。その頬が僅かに赤くなっていたのは決して、夕陽のせいではないだろう。
 けれど、マリーはそれを隠すように俯き、そのまま二人、冒険者ギルドまでの短い距離を並んで歩いた。そうして、サロンにつき、どこか気恥ずかしさを覚えていたアレクシアスが何とか言葉を紡ぎだそうとした、その時。
 先手を打つようにマリーが口を開いた。アレクシアスに告げたい‥‥告げなければならない事が、あったから。
「今日は、お会いできて良かったです‥‥。わたし今、本当に幸せなんです。実は今回のことを思い立ったのは、アレクシアス様をはじめ、当時お世話になった方にどうしてもお伝えしたいことがあったから、なんです。一度は苦界に赴く覚悟でいた私が、こうしていられるのも皆様のお陰ですから」
 ここで言葉を切り、改めてアレクシアスを見つめるマリー。
「わたし‥‥後見人をして頂いているノアール卿のお奨めで、結婚が決まったんです。そのことを、御礼と一緒にお知らせしたくて」
 その時、サロンに一人の青年貴族がマリーを迎えに現れた。それは、アレクシアスもよく知っている人物。つい先日、日本刀の『品評会』での勝敗を巡り、彼の依頼人の最大のライバルだったガルス・サランドンだった。思わぬ出会いに驚くアレクシアス。ガルスの方も彼に気付き、意味ありげな笑みを浮かべる。
「これは‥‥先日の騎士殿ではないか。どうやら今日は、妻が世話になったらしいね。礼を言わせてもらうよ」
「ガルス様?」
 彼のどこか含みのある物言いに、マリーが怪訝そうな表情になる。
「マリー、表に馬車が待ってる。悪いが先に行っててくれ」
「はい‥‥」
 ガルスにやんわりとそう言われ、どこか奇妙なモノを感じながらも、マリーが頷く。最後にアレクシアスを振り返り、微笑んでもう一度深く一礼した。美しい亜麻色の髪が揺れ、その場を去っていく。
 沈黙したままのアレクシアスに、今度はガルスが向き直る。
「そう硬くならんでもいい。今更、別に君に思うところはないよ」
「マリー嬢の結婚相手とは、貴方か?」
 つい口をついて出た問いに、ガルスは苦笑する。
「ああ、そうだ。ノアール卿からの強い奨めでね。没落したとはいえ、カルディナスは旧い名家、加えて彼女の器量に品位と‥‥悪い話ではないからな」
「‥‥‥‥」
「誤解しないでもらいたいな。確かに政略結婚には違いないが、私は私なりに彼女を大事に想ってるし、娶ると決めた以上、幸せにしてやりたいと思ってる。ノアール卿が後見人に着くまで、彼女がどんな道を歩んできたかは一通り知ってるしね。確かにまだ歳若いだが、尊敬するに値する女性だよ。‥‥君は、そう思わないか?」
「――いえ」
 アレクシアスの返答に、ガルスが満足げに微笑む。
「あの時、君に代理人を依頼したのは、彼女から話を聞いていたからだ。もう済んでしまったことだし、どうでもいいことだけどね。幸いなるか私はかの『帝王』と違って不器用モノだから。『大切な女性』を複数人持って、それら全てに不満を持たせないなんて芸当は到底出来やしないよ。‥‥納得いただけるかな?」
 遠まわしな皮肉に、アレクシアスは思わず苦笑する。
「まぁ気になるなら、この言葉が真実かどうか、今後その眼でじっくりと確かめているといい。そのうえでもし彼女が不幸になっていると思ったら、その時は君が彼女の『白馬の騎士』になって、魔王の館から姫を救出あそばすんだね。もし参じるに相応しい名馬を持っていないというなら、言ってくれれば貸してやろう。――ではな、『騎士殿』」
 そしてふふん、と皮肉げに笑い、ガルスはアレクシアスに背を向け、サロンを後にした。

 その夜、冒険者酒場にて。依頼の完遂を祝い集まった冒険者達による、ささやかな酒宴が催された。ちなみに酒食の代金は、
「適切なアドバイスをしてやったんだ。トーゼン、依頼料は払ってもらえるよなァ? アレクシアス?」
 という、ルカの鶴の一声によってアレクシアス持ちとなっている。まあアドバイスを貰ったときから、何らかの礼を、とは思っていたから異論はない。何より『贈り先』の一人である以上、この依頼で報酬を得る、というのもお門違いな気もするし。
「マリーさん、一体何を贈るんでしょうね」
 供された料理に舌鼓を打ち、ワインで口を潤しながら、フェリシアが言う。
「さあ、なんでしょうか? ‥‥私は多分、『お守り』ではないかと思いますけど」
「あるいはカードかもしれませんね」
 鬼十郎とアルアルアが笑いながら答える。
 結局何が贈られるにせよ。おそらくそれには、彼女の気持ちが間違いなく込められていることだろう。
 一度は苦界に落ちる道を選んだ自分を救ってくれた者達に。今がある幸せを伝えるために、心からの感謝を込めて。
「迷惑でなければ、何が贈られたか、後でちゃんと教えてくださいね?」
「彼女のことデスから、きっと心のこもったモノが贈られてくると思いマス。アレクシアスさん、大事にしなきゃダメデスヨ?」
 スポークとシモーヌが言う。アレクシアスはそれに微かに苦笑し、返答代わりに杯を掲げた。
――願わくはそこから伝えられるものが、いつまでも『幸福』でありますように。

 贈り物をしよう。
 今の自分は、とても幸せだから。
 その幸いを下さった全ての方へ。
 感謝と祈りを込めて贈ろう。

 それは『幸福』という名の、乙女の贈り物。