●リプレイ本文
●ロワゾー・バリエにて
「マグダレンさん!」
「ジノさんも! その節はお世話になりました!」
「二人共、元気でやっているようですわね」
調合屋『ロワゾー・バリエ』の双子ファニィとレニーに迎えられ、マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)は軽く頷き。
「店の営業は順調みたいだな、ホッとしたぜ」
ジノ・ダヴィドフ(eb0639)は店内を見回してから嬉しそうに言った。
開店前、雑然としていた店内。そして、不安でいっぱいだった双子を見ているだけに、感慨深い‥‥安心も本心からだった。
「また力を借りる事になっちゃって‥‥」
「まぁ気にするな。仕事だし‥‥好きでやってる事だ」
あの時の、店が順調になるよう手助けしてやりたい‥‥その願いは今もジノの胸にある。
果たして、パァッと顔を輝かせた双子に、ジノは照れたように咳払いを一つし。
「さぁて、今回は歌姫の『歌声』を取り戻す仕事か」
店の片隅、悄然と腰を下ろしている歌姫メルフィナに視線を移した。そう、双子だけではない。今はこの少女の力にもなってあげたかった。
「恩返しですか‥‥。大切な方の為の舞台だからこそ、余計に無理をしてしまったのでしょうね」
双子が表情を改める中、イーサ・アルギース(eb0704)は打ちひしがれた風情のメルフィナにそっと、声を掛けた。
「あまり思い詰めないよう‥‥」
言ってもムダかもしれない、今の自分を責め続ける彼女には。それでも、イーサは言わずにはいられなかったのだ。淡々とした中に滲む、案じる響き。
「喉にくる風邪にはまいりますよねぇ」
対照的に、溜め息交じりのアリアドル・レイ(ea4943)の声には実感がこもっていた。何せアリアドルも吟遊詩人である、体調には人一倍気を付けているものの、決して他人事ではないのだ。
「だが、安心してくれ。キミの声は必ず私達が取り戻す」
そんな友人の真剣さに勝るとも劣らぬ様子で、楊朱鳳(eb2411)。青い瞳でヒタと真摯に見つめられたメルフィナはポッと頬を赤らめ‥‥今の自分の様子に気づいたのか、恥じ入るように俯いた。
(「‥‥あ、もしかしてまた」)
その反応は、珍しくない‥‥哀しい事に。中性的な顔と外見の為、男性に間違われる事が暫し、な朱鳳である。
自身が無意識に誤解(というか期待)させるような言動をとってしまっている事に、本人は気づいてない。
(「一応『私は女だ』と言っておいた方が良いだろうか、いや、しかし‥‥」)
困る朱鳳に助け舟を出したのは、深螺藤咲(ea8218)だった。
「大切な場を迎えた際に苦難、心中お察し申し上げます」
藤咲は俯くメルフィナの手をそっと取ると、優しく‥‥だが、キッパリと言い切った。
「メルフィナ様の苦難を取り除く為、全力で薬草を見つけて参ります。如何か、お気を強くお持ち、心を和らげて下さい」
「そうだな。良き歌い手は国の宝故、メルフィナ殿の声は、必ず回復させてみせる。しばし辛抱致して欲しい」
そして、マグナ・アドミラル(ea4868)も。
顔を上げたメルフィナの潤んだ瞳が映したのは、向けられた藤咲達の顔。案じてくれている想いを宿した、そして、必ず助けると決意を込めた。
自分の事は信じられない、こんなミスを犯した自分の後悔は消えない。それでも、助けようとしてくれている人達がいる‥‥それが嬉しくて、心強かった。
『皆さん‥‥ありがとうございます』
書かれた思い。文字は少し元気を取り戻したように、僅かながら力が込められていた。
気付いた朱鳳らは、しっかりと頷き。マグナはその大きな手の平でメルフィナの頭を優しく撫でてやった。
「集める薬草はエルダー、ドッグローズ、カモマイル、リンデン、セントジョンズワート辺りですか」
「ドッグローズは他にも色々使えるし、上手く見つかると嬉しいんだけど」
そうして、慌しく打ち合せに入るマグダレンとファニィ。マグダレンが薬草採取組に指示したのは、精神安定や不安解消の効果がある物が主だ。
「‥‥しかし、本当にこの格好で行くのですか?」
打ち合わせの合い間に、少し恥ずかしそうに問うのは、藤咲だ。背中に背負った大きなカゴが、何だかほのぼの‥‥いやいや、本当ですよ?
「うん。両手は使えるようにしておきたいし、出来るだけ沢山色々取って来たいし」
「そうですか。‥‥いえ、メルフィナさんの為ですもの、頑張りますわ」
申し訳なさそうなファニィに、藤咲はキッと顔を上げた。可愛らしい顔に改めて決意を込めて。
「後、種類分けできるよう仕切れるようにしておくとか」
必要な薬草の形等をメモしながら、朱鳳。手早く順調に準備をしつつ、朱鳳はメルフィナへと歩を進めた。
「メルフィナ様。病は気からと申しますし、本番に間に合うと信じて今はお体を休めて下さいませ」
そのメルフィナに、イーサは差し入れを手渡していた。レモンの蜂蜜漬け‥‥イーサ手製のそれは、ノドに良いようにとの心遣いだ。
「心ってのは折れちまう事もあるが、またくっつく物だ。しかも、くっ付いた後は前よりも強くなる」
続いてジノが、天使の羽飾りをメルフィナに差し出した。それはジノが大切にしている、一種のお守り。
「ここの騒々しい連中の他に天使まで見守ってくれりゃ快復間違い無しってもんさ」
「騒々しい、は余計ですけれど」
ニッコリと穏やかながら、どこか凄みを滲ませるマグダレンに軽く肩を竦めてみせるジノ。
「心の中で歌う自分を想像するだけでも訓練になるよね‥‥だから、焦らないで」
そして、朱鳳の励まし。
「自分に気持ちよく響く唄を思い出せば大丈夫だよ‥‥きっと」
メルフィナはふっと顔をほころばせ、
『ありがとうございます』
預けられた天使の羽飾りをそっと握り締めた。
「俺も話題の歌姫さんの歌を是非聞いてみたいしな、張り切っていくぜ!」
その一瞬の微笑み‥‥ジノは照れた顔を隠すように、天井に腕を突き上げた。
「私はメルフィナさんの看病に付きます。皆さん、お気をつけて」
そうして、アリアドルとマグダレン・レニーに見送られ、藤咲達とマグナとはそれぞれ、別れていった。
●ただ今看病中
「朝を告げる小鳥も、日が落ちれば休むもの。メルフィナ様にとっては現在が『夜』であるだけ‥‥ゆっくり養生し、来たるべき『朝』に備えて欲しいものです」
とにかく今出来る事を、看病に残ったマグダレンとアリアドルは市場を訪れた。
「ありましたわ。コレとコレと‥‥」
「乾燥ハーブですか」
「料理用ですが、風邪にも効果はありますもの」
二人は目当ての乾燥ハーブを手早く見繕い、市場を後にした。
「とにかく、何か身体に入れないとですわよ」
そうして、帰ってきたマグダレンは早速、特製スープの支度に取り掛かった。
「具は摩り下ろして下さい。その方が摂取し易いですから」
「分かりました」
見るとも無しに見るレニーの手つき。料理の腕は大分上がったようで、マグダレンはこっそり目を細めた。
基本的に、調合と料理は似ている。決められた分量を用意し決められた手順で目的の物を作り出していく。新しい物を作り出そうとする際、アイデアや素材で試行錯誤していく所も。
「‥‥でも、本当にありがとうございます」
そんなマグダレンに気付いたわけでもなかろうが、レニーがふと小さく吐息を漏らした。
「メルフィナさんだけじゃありません。薬草を切らしてしまうなんて、私達も失格です」
開店からこっち、やるべき事は沢山あった。けれど、日々の雑務や応対に追われて一番の基本‥‥薬を切らしてしまったのは痛恨の極みだった。
「薬草を色々と使っているようですしね」
自分が教えた料理、青い鳥のワンポイント刺繍がラブリーな匂い袋やお守り、薬や化粧水や香水‥‥商品以外にも色々試しているだろうし、栽培しているのだけでは到底足りないだろう。
「今回のように、毎回自力で採りに行く‥‥というのも難しいでしょうし」
というか、時間が勿体無い気がしてしまう。
コトコトと特製スープを煮込む音が厨房に響く中。
マグダレンはレニーの頭からパタパタ降りると、その瞳を真っ直ぐ見つめた。
「人は一人では全てを為す事は出来ませんわ」
澄んだ声は不思議と、よく通った。
「だから、人は互いに補いながら、手を取り合いながら生きているのですわ」
それはベッドに横になっているメルフィナの耳にも届いた。付き添いのアリアドルは優しく頷いてみせ、歌姫は胸に落ちた言葉を抱きしめるようにそっと目を閉じた。天使の羽飾りを握る手に微かに力が込められる。
「大丈夫、風邪なんてすぐに良くなりますよ」
そして、アリアドルは囁くようにメロディを口ずさむ。優しく包み込む歌声に誘われるように、メルフィナは静かに眠りに落ちた。
(「ずっと、気が張っていたのでしょうね」)
アリアドルはふっと微笑むと、手から離れそうになった天使の羽飾りを胸元に乗せた。
願わくば、訪れた眠りが安らかなものであるように、と。
「‥‥件の薬草園、そこと手を取り合う事は考えてないかしら?」
厨房ではマグダレンがレニーに問うていた。メルフィナの様子を察し、声は落として。
「レニー達は高品質な素材や新商品のアイデアなどを提供する。代わりに、大量生産や薬草などの補充を頼む‥‥双方にとって悪い話では無いと思いますわ」
相乗効果‥‥提携すれば互いに利になる、とマグダレンは見ている。
「確かに、良いお話ですが‥‥」
「人との絆は力、そして、宝‥‥それはレニーも身に沁みているのではなくて?」
「はい、それは勿論です」
マグダレンやアリアドル、今も沢山の人に支えられて自分達は、この店は成り立っている。そう考えると人を頼る事‥‥手を携えるのは確かに、そう悪い事ではない気がした。
「とにかく、噂の薬草園の主と一度会ってみたらいかが?」
だから、レニーは頷いた。マグナが向かった先に思いを馳せて。
●マチルド薬草園
「着いたな、無事に」
『ロワゾー・バリエ』を出発してからずっと、韋駄天の草履を使い道中を急いで来たマグナは、たどり着いた目的地にようやく息を付いた。
ただひたすら先を急いできたマグナの脳裏に浮かんでいたのは、別れ際のメルフィナの顔。不安と期待に揺れる、瞳。
早く安心させてあげたかった。早く歌を歌えるようにしてあげたかった‥‥だから。
「さて、と。ここからまた一頑張りせぬと、な」
マグナは表情を引き締めると、息を整え薬草園へと足を踏み入れた。
先ず、交渉の席に就けるのか‥‥密かな懸念は幸い、杞憂に終わった。来訪と用件を告げ薬草園の管理人への目通りを願ったマグナは、そう待たされる事もなく奥に案内された。予め、マグダレンから連絡を受けていた友人の神父が口添えをしたからなのだが、それはマグナには分からない。
ただ、勝負はここから、という事だけは分かった。
「さぁて、どういうご用件なのかしらん?」
待ち受けていたのは、黒猫を思わせる女性。印象が、というより猫耳な被り物と猫しっぽつきなタンゴという女性だった。
ニコニコとした、一見人当たりの良さそうな笑顔。けれど、この女性が見かけより手強い‥‥やり手だという事をマグナは聞いている。
「初めてお目にかかる、わしはマグナ・アドミナルと申す者だ。ファニィ・レニー殿の店『ロワゾー・バリエ』の使いとして参った」
だから、マグダレンより預かってきた書状を差し出しつつ、油断無く話を切り出す。勿論、礼は尽くしつつ。
「こちらが良質のモーブを栽培している噂は聞き及んでおる。是非、お譲りいただきたい」
「成る程、事情は分かりましたけど」
書状から目を上げ、意味ありげに言葉を切る管理人タンゴ。マグダレンからの心づけ‥‥マシュマロの新しい味レシピはちゃっかり確保してある。
「メルフィナ嬢は近く、夜会に出席するそうだ」
「夜会‥‥ブランシェット家のパーティーでの歌披露ですか」
何気なさを装ったマグナに、タンゴの眼がキラン、っと光った‥‥ような気がした。
「うむ。メルフィナ嬢が元気になり、素晴らしい歌を披露する‥‥これはそちらにとっても悪い話ではあるまい?」
モーブの、引いてはマチルド薬草園の宣伝を匂わせるマグナ。評判を広める件については、予めメルフィナの承諾を得ている。
「勿論、メルフィナ嬢の歌声が戻るのが大前提であるが」
薬草の品質次第、という揶揄は正確に通じたようだ。タンゴはニヤリとすると頷いて見せた。
「よろしいですわ。ならば快くお譲り致しましょう‥‥勿論、タダでとは言えませんけど」
「うむ。それは元より承知だ。いや、ありがたい」
心底ホッと安堵するマグナに、タンゴは気付かれぬよう計算する。
(「丁度良かったわ。腕の良い錬金術工房との提携は必要不可欠だしね」)
それに、その店の名ならマチルドに協力してくれている冒険者から上がっていた。勿論、こちらから親切にバラす筋合いは無い。恩は高く売っておいた方が、後々の交渉は有利になるのだから。
「では、直ぐにご用意させていただきますわ‥‥本当に、宜しゅうございました」
タンゴは、そして、それはそれは魅惑的に微笑んだのだった。
●歌を愛する心
「落ち込んだ気持ちを吹き飛ばすには、前向きに努力するのが一番ですよね」
一眠りしたメルフィナは大分スッキリした顔をしているように、アリアドルには感じられた。
「食欲が出てきただけでも大進歩ですわね」
「はい。とりあえず、一安心です」
じっくりコトコト煮込んだ特製スープを、ゆっくりながら口に運ぶ様子に、マグダレンとレニーも笑みを交し合う。
「後、皆が薬草を摘んできてくれればバッチリですが‥‥ただ待っているだけというのも芸がありませんよね」
アリアドルは小首を傾げたメルフィナに微笑んで、告げた。
「あなたの音楽を捕まえる、お手伝いをいたしましょう」
商売道具である竪琴を取り出したアリアドルに、その意味を悟ったのだろう。メルフィナはノドを押さえ表情を曇らせかけた。
当然だが、声はまだ出ないし、体力も落ちている。
「ああ‥‥声が出なくても大丈夫。ベッドに横になったままで結構ですよ」
実際に歌を歌わずとも練習は‥‥イメージトレーニングは出来るのだと、アリアドル。
体調を崩すほど練習をしてきたメルフィナ。ならば、基本は十分出来ているはず、と確信していたから。
「後はあなたの中で響いている音を、どうふくらませどう表現していくか‥‥音程をなぞるだけでは音楽とはいいませんからね」
微笑を深めたアリアドルに、メルフィナは数回目を瞬かせてから、小さく首肯した。
『心の中で歌う自分を想像するだけでも訓練になるよね』
そういえば、朱鳳もそう励ましていってくれた。その優しさを皆の励ましを思うと、胸がじんわりと温かくなった。
ならば自分も、藤咲達の頑張りに、期待に応えたい‥‥応えねばならないと、思った。
ようやく、涙を拭いて前を向いたメルフィナに、アリアドルは確りと頷いた。
「成る程、この曲ですか」
筆談で知った曲は、幸いアリアドルも知るものだった。どちらかと言うとそう難しくはない‥‥一般的に広く知られたものだ。
聞く人を和ませる‥‥優しく勇気付けるような旋律。竪琴を爪弾くアリアドルは、自然と頬を緩めた。聞かせたい相手‥‥そう長くはないだろう当主へのメルフィナの想いを感じ取って。
「素敵な曲ですね」
「静かに。邪魔してもいけません、わたくし達はあちらで出来る事をしておきましょう」
レニーとマグダレンがお皿を持ちコソコソと楽士の側を離れる。
目を閉じ音を拾う歌姫の顔は真剣で、だが、どこか幸せそうだった。
『もう一度、良いですか?』
「勿論です。あなたの中で納得がいくまで、お付き合いしますよ」
アリアドルは頷き、アドバイスした。
「喉が治ったら、捕まえた音に歌声を添わせる練習をすると良いですよ」
けれど、請われるまま演奏する前に笑顔で釘を刺す事は忘れなかった。
「勿論、無茶は禁物ですよ」
傍らに、特製スープとレモンの蜂蜜漬けを置いて、イメージトレーニングは途切れる事無く続いた。
「‥‥」
やがて、朱鳳達より一足先に帰ってきたマグナは、「しぃっ」と口元に人差し指を当てたレニーに頷き‥‥背負ってきたモーブを降ろしたのだった。
●薬草摘み
「薬草探しの前に、一息つくべきかと思いますが」
時間は少し遡って、薬草採取組。目的地を前に、道中すっかり給仕係と化しているイーサはバスケットを開けた。
パン・ド・ミエルとケーゼ・シュタンゲン、そして、汗ばんだ身体にひんやりノドごし涼やかなハーブティー。
それらを手際よく給仕していくイーサ。元々、好きなのだ‥‥というか癖というべきか。
今も、喜んでくれる皆の顔が心地よい。常はあまり感情を表情に出さないイーサだが、皆の食事風景を見守るその顔は少し僅かにほころんで。
「えっと、この形がエルダーで‥‥」
朱鳳は羊皮紙にメモした薬草のスケッチと特徴とを確認しながら、パンを口に運んだ。ほのかな蜂蜜が、口の中に広がる。
「他に必要なのは?」
ジノもまた、確認に余念がない。
「間違って毒草を摘んじまったら、目も当てられないしな」
「うん。もし不安だったり自信が無かったら、大きな声で呼んで」
ファニィも真剣に頷き‥‥そんな風に一同は確認しつつでありながらも、食事を楽しみ。
「うん、じゃあお腹もいっぱいになった事だし、頑張って薬草を探そう!」
そうして、後片付けをするイーサの横、朱鳳はグッと拳を握り締めた。周囲は草原‥‥朱鳳にはただ草の原にしか見えない場所。
それでも、ここにメルフィナの声を取り戻す、メルフィナの願いを叶える為の薬草があるのなら。力を尽くそうと、そう心に決めて。
「この周辺は色々な薬草が生息しているようです。ですが、見えにくい場所等にも生えているかと思いますから、その辺りにも配慮すると良いかと思います」
それは皆、同じ‥‥イーサのアドバイスにそれぞれ同意すると、辺りを調べ始めた。
「これがカモマイル‥‥ですね」
薬草を探し始めて暫し。藤咲は教わった形と、足元の花を照らし合わせ頷いた。
地に広がる可憐な白き花たち‥‥これが美容や健康に効果があるのは何となく不思議な気がした。藤咲の故郷ジャパンではあまり一般的ではなかったし。
「でも、こんなに沢山見つかって良かったです」
よいしょ、とカゴを下ろしてから、ふと小首を傾げる。
「とは言っても、折角の薬草‥‥花を傷めては勿体無いです」
藤咲は採取した花弁を傷めないように、手早く袋に包んでいった。
「これはどうなんだ?」
「花をつけてたら良かったんだけど‥‥あぁぁぁ、勿体無い」
ツインテールの髪をピョコピョコ揺らしながら忙しく飛び回るファニィに成る程、とジノ。薬草にも種類によって効能が色々あり、使える部位も様々なというのは興味深かった。
「それにしてもファニィ、足元にはくれぐれも気を付けろよ」
目移りしているせいか、足元の草を出来るだけ踏まないように気をつけているせいか、些か足元がおぼつかない少女に注意を促すと、ジノはメモを手に再び薬草探しに戻った。
大分重くなったカゴを愛馬クラシックに預け、足元にも注意しながら。
「これはセージ‥‥ですか。一応採取しておきますか」
この面子の中では、自分はファニィに次いで薬草知識がある‥‥イーサは着々と薬草を摘み集めていた。
「あれは‥‥成る程、下だけでなく上も見るべきでしたか」
ふと視線を上げた先に見つけたリンデンの木‥‥イーサは葉に手を伸ばした。
「こういった草も薬や料理に使えるのか」
朱鳳もまた、意外な発見に驚いたり楽しんだりしながら一生懸命、薬草を採取していた。
「キレイな花だな」
その目がふと、可憐な花に止まる。十中八九、薬草ではない花。だが、淡い香りを持つ優しい色合いのその花は‥‥メルフィナに似合う気がして。朱鳳はそっと、摘んだ。
と、そこにファニィの声。
「あぁぁぁぁぁっ、それっ、そこドッグローズ!」
「えっ?、あ‥‥コレか」
ビシィッ、自分が寄りかかっていた野バラから慌てて離れる朱鳳。
「コレ、色々使えるのよぉ。でも、育てるのが難しくって中々‥‥」
頬擦りせんばかりに顔を輝かせるファニィに、何事かと集まってきたジノ達も笑顔をかわし。
「うわぁ、何か大漁だよ! 皆、すごいすごいよ本当!」
更に、それぞれのカゴを覗き込んだファニィは大興奮で瞳をキラキラさせた。
「あっ、あそこにもエルダーがっ!? あっちのはまだちっちゃいけど、アレはアレでオッケー!」
「こらこら、この辺の薬草を全部採りつくすつもりかよ」
「ファニィさん、お気持ちは分かりますが、今はコレくらいにしておきましょう。メルフィナさんが待っていますもの」
「えっ? あっ、そう、そうだった‥‥ゴメン! 皆!」
ジノに呆れ気味に、藤咲からはやんわりと注意され、ようやく我に返ったらしい。ファニィはぴょこんと大きく頭を下げた。
「よし、じゃあ大急ぎで帰るか。クラシック、頑張ってくれよ」
薬草を詰め込んだカゴを付けられたジノの愛馬は、主人に応えるように嘶いた。
●調合の具合
「ありがとうございました、皆さん。後は私達の仕事です」
沢山の薬草を背負って戻って来たジノ達を迎えたのは、見送ってくれた面々+マグナだった。
けれど、あの時とは違う事がもう一つ。メルフィナの顔が随分と明るくなっていた事。
それは藤咲達にとって、意外な喜びだった。
「大丈夫か、ファニィ」
「平気平気。レニーも言ったでしょ? 今度はあたし達が頑張る番だって」
休む間もなく調合に入ろうとするファニィを案じる朱鳳に、返ってきたのはガッツポーズ。
「何はともあれ、皆様お疲れ様ですわ」
調合に入る双子と入れ違いで現れたマグダレンとアリアドルは、蜂蜜入りハーブティーを皆に振舞った。
「後はわたくしの弟子達が何とかするでしょうし、先ずはゆっくり休んで下さいませ」
誇らしげに、笑んで。弟子と言っても料理の弟子だが、双子の調合の腕はマグダレンも知っている。これだけの材料を揃えてくれた皆の為にも、二人は失敗なんかしないだろう、絶対に。
「はい、メルフィナさんも」
アリアドルからカップを受け取ろうとしたメルフィナはふと、手元に視線を落とし。
『これ、ありがとうございました』
「あぁいや、少しでも役に立ったなら良かった」
返された天使の羽飾り。まだメルフィナの温もりが残っているような、それ。
「がんばれよ、メルフィナ!最後はお前の心次第だぜ!」
ジノは歌姫を真っ直ぐ見つめて、力強く励ました。
「自分に気持ちよく響く唄を思い出せば大丈夫だよ‥‥きっと」
そして、お土産‥‥お見舞いの花を贈りながら、朱鳳が。
メルフィナは自分を見つめるジノや朱鳳、マグナ達皆を見上げ、何度も何度も頷いた。
「「出来た!」」
待つ間は苦痛ではなかった。それぞれの成果や道中での事を語り合うのは寧ろ楽しかったし、メルフィナも嬉しそうに耳を傾けてくれたし。
それでも、双子の声が響くと、皆の顔は喜びに輝いた。
「折角なので薬湯風にしてみました」
「「「‥‥」」」
けれど、差し出されたのは何だか濃厚な緑のドロリとした物体で。思わず落ちてしまう沈黙がイヤンな感じだ。
「見た目はちょっとアレなんだけど、効果はてき面だからね」
「良薬は口に苦し、と言いますしね」
藤咲のフォローもあり、頷くメルフィナ。
『はい。お二人を信じます』
意外と飲みやすい‥‥見た目より口当たりのよい薬を口にする。
勿論、直ぐにノドが治るわけではない、けれど。
「‥‥ぁ」
小さく小さく、けれど、確かにこぼれ出た掠れながらの声。
それは多分、身体だけでなく心が元気になろうとしている証拠で。ジノもマグナも思わず「わっ」と歓声を上げ。
「でも、くれぐれも焦らないで下さいね」
「そうだな。ゆっくり養生してしっかり身体を治さないと、だぞ」
アリアドルと朱鳳とに釘を刺されたメルフィナは、今にも開こうとしていた口を恥ずかしそうに閉じて。
代わりに羊皮紙に何事かを記した。
「ありがとうございました、皆さん」
数日後。別れ際のメルフィナの願いに応える為に『ロワゾー・バリエ』を訪れた冒険者達を迎えたのは、ファニィとレニーの双子と‥‥そして、澄んだ声だった。
「皆さんのおかげで明日、無事に歌を披露する事が出来ます」
それこそ、萎れていた花が鮮やかに開いたような、輝くばかりの笑顔をメルフィナは浮かべていた。
「お礼と言ってはおこがましいですが‥‥是非、聞いて下さい」
心得た顔で竪琴を奏でるアリアドル。合わせ、絶妙のタイミングで歌い始めるメルフィナ。
耳に優しい澄んだ歌声が、響き渡る。
(「これなら心配ないだろう。明日の夜会も、マチルド薬草園やこの店の評判も」)
マグナはそう確信した。
(「良かったです、本当に」)
(「素晴らしい歌ですわ。さながら、朝を告げる歌ですわね」)
藤咲も安堵と喜びとで、マグダレンと笑みを交し合った。自分達が取り戻した歌声と願いを、誇らしく思いながら。