びぶらちゃんとおひっこし♪

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月03日〜08月10日

リプレイ公開日:2005年08月11日

●オープニング

『引越しの手伝いを願う。転居先はエスト・ルミエール。‥‥』
 ぱっと見る限りには特に何の変哲も無い依頼の羊皮紙である。しかし、一部の者にこの羊皮紙はちょっとした胸騒ぎを提供していた。羊皮紙の最後、依頼主の署名の部分である。  崩れた文字を書くものは少なくない。元来サインすら出来ない一般市民が多い中、自分の名前だけでも書けるのは大したものだ。そして、その羊皮紙にも同じように崩れた‥‥端的に言えば下手くそな文字で書かれていたのだ。
『ビブロ』と。
 あの策士がこれ程汚い文字を書くのか?
 いや、此れすら罠なのかも知れない。
 『ビブロ』の名に覚えのある者たちは、暫く羊皮紙の前で押し黙った。受けるべきか、受けざるべきか。
 そして冒険者たちは赴く。ギルドの受付へ。少しでも依頼主の事を聞き出そうというのだ。ギルド職員はにこやかに、依頼主の情報を教えてくれた。
「んー、三十歳位に見えたかな。長い銀髪が綺麗な人だったよ」
 ‥‥流石に情報は少ない。以前見かけた姿とも食い違う。しかし、偽名を使った誰かとも限らない。頭は混乱していくばかりである。
「どうします? この依頼、お受けになりますか?」
 にこやかにギルド職員のエルフの青年が微笑んだ。
 数日後。依頼を受けた者たちは、待ち合わせ場所に集合していた。指定された場所はとある家の前。一見何の変哲も無い民家に見えるが‥‥と、その民家の扉が開き、中から一人の少女が現れた。
「あ、えーと、冒険者の皆様ですね?」
「‥‥そうだけど‥‥君は?」
「依頼主のビブラちゃんなのです☆」
 ‥‥はい? 数人の冒険者がものすごい速度の瞬きを披露する。
「びぶ‥‥『ろ』?」
「びーぶー『ら』!! ビブラちゃんなのです!」
 あのサインはこの娘の直筆であったらしい。母音部分は書き間違いかただ単に字が汚かった為の読み間違いか。確かに年齢は三十代だろう‥‥暦年齢は。 ギルド職員の長い耳を今更思い出しても、ここに来ての依頼受領取り下げは誰にとっても迷惑だ。そんな事を考えていると、金色の長い髪の少女の後ろから一人の老婆が顔を出した。その老婆の小さな体躯は、確かに力仕事には不向きだろう。少女と老婆、二人だけとはいえ荷物はたんとある。
「あらあら、お疲れ様です。‥‥ええと、馬を使う事が出来る方はいらっしゃいます? 馬車は借りられたのですが、御者はついてきませんで。それと、お引越しについては少なくても寝室の準備までをお願いしたいのです」
 深深と頭を下げる老婆を支えるように立つ少女ビブラは、真っ白な歯を見せびらかすようにニコリと笑った。
「どーぞよろしくおねがいなのです☆」

●今回の参加者

 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0254 源 靖久(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3076 毛 翡翠(18歳・♀・武道家・ドワーフ・華仙教大国)
 eb3095 レイヴン・クロウ(36歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●荷物は少なめ・希望は多め
「‥‥ビブラさんには悪いっすけど、ちと紛らわしいっす。うっかり間違えて呼ばないように気をつけやせんと‥‥名前間違えたら失礼っすもんね」
 びぶ『ら』、びぶ『ら』と小さく反芻しながら、見事なロープワークを見せる以心伝助(ea4744)。その技に馬車から戻る途中の少女ビブラが真ん丸い目で興味を示す。
「こーいう風にするとお馬さんの背中から抜け落ちないのですねっ?! とても勉強になるのですっ」
 何も持たない手で伝助の手業を真似ながら、自分の担当場所に戻っていく。老婆と少女の二人暮し、一般的な家庭の引越しに比べれば少ないとはいえ馬車に積む荷物はまだまだある。台所道具をまとめた荷物の元に駆け寄れば、毛翡翠(eb3076)が慣れぬ手で包みに札をつけていた。
「今はまとめたばかりで分かり易いだろうけど、馬車に積んだらどこに何があるか分からなくなるだろう? こうやって中身を書いておけば、何が入っていたものか包みを解かなくてもすぐに分かる。ついでに積む時に『これは壊れやすい、これは柔らかくて壊れにくい』と分かってれば」
「あちらに到着した時に物が壊れている、という事が少なくなるのですねっ」
 そういう事、と翡翠が頭を撫でる。生きてきた年月だけで言えばビブラの方が年上だが、外見と精神年齢は翡翠の方がちょっとだけ上。エルフとドワーフという組み合わせではあるが、その姿は仲の良い姉妹を想像させられてなかなか微笑ましい。二人の姿を開かれた窓越しに見ながら、出発前の馬の世話をしていた源靖久(eb0254)はふと祖国の従妹の事を思い出していた。
(「‥‥しかし、彼女の名前に何があったのか‥‥」)
 依頼人との対面の際の伝助の慌て振りに、ふと疑問を抱く。が、擦り寄ってきた己の愛馬に頬を緩めると、何事もなかったかのように仕事を再開した。
 無表情に荷を運ぶレイヴン・クロウ(eb3095)、その荷を適切な位置に積もうと頭を捻る深螺藤咲(ea8218)。冒険者達の手によって、引越し荷物はあっという間に馬車に乗り込んだ。後は冒険者達と依頼人二人、そして少女の抱える大きなウサギのぬいぐるみだけ。お引越しなのです、とウサギに話し掛けるビブラの頭に、アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)がぽんと手を置いた。
「引越しは‥‥寂しくないかの?」
「寂しくないですよ? おばあちゃまもローザもいるのです。エストの街にはおばあちゃまのお友達もいらっしゃいます! あちらにはおばあちゃまのお友達がお誘い下さったのですよー」
 ローザとは? どうやら今現在抱き締めているウサギの名前らしい。彼女の世界には『おばあちゃま』と『ローザ』以外はいないというのであろうか。ここで聞くのは何だかはばかられるような気がして、虚無僧姿のアルフォンスは「そうか」と少女の頭を撫でるばかりであった。撫でられて喜ぶ少女には、その天蓋の下の表情は分からなかったことだろう。
 老婆が昼食を用意してくれた。
 皆でよく火の通った豆のスープを食べている間、クレー・ブラト(ea6282)はちょっとした事に気がついていた。皆は気がついているのだろうか、何か深い理由でもあるのだろうか。口にも顔にも出さず、カップに注がれたスープをすする。まあ、自分が何も言わずとも、きっと皆この違和感の正体に気がついているだろう。そう思いながら。
 老婆の耳は、明らかに人間のそれであった。
 昼食が終われば、いざエスト・ルミエール、である。

●丘をこえ行こう
「特に近道を行こうとせん限り、今の所おかしな輩はおらんようやね。街道が整備されとったらもう少し早う行けるんやろうけど」
 馬車を借りに行った際に、クレーは色々と道の情報を仕入れてきたようだ。エストの街には何度か訪れている伝助、整備中の街道の情報を持つアルフォンスらと話し合いをし、ゆったりと移動をする事となる。この際アルフォンスが天蓋の下で遠い目をしていたのは本人の為に秘密にしておこう。
 道案内役の伝助が一台目、クレーが二台目、靖久が三台目の馬車の最初の御者である。他にも馬を操ることが出来る者がいるので、明日は二台目藤咲、三台目アルフォンス、と交代で御者となった。
 で、馬に乗れぬ者はというと。
 レイブンは最後尾の馬車にいた。いくら『安全だ』との情報があってもそれは『これまで』の話。その安全が終わる日はいつ来るか分からないのだ。山賊、魔物の襲来によって二人の依頼人の未来を潰させる訳にはいかない。話すのは苦手でも、人を嫌っているわけではないのだ。それに最後尾は最も荷物を積んだ馬車で、他に乗っているのは御者役の仲間一人だけ。長い間顔をつき合わせれば嫌でも話を求められるだろう。そういう意味ではこの荷物だらけの馬車は彼にとって最良の居場所だったようだ。
 一方一台目の馬車に乗っている翡翠はといえば。
「な?! や、やめぬか! 飾りではないのだぞ!?」
「ヒスイおねーちゃまのおヒゲ、つやつやのぴかぴかなのです☆ おヒゲももっとかわいくするのです☆」
 ‥‥とまあ、ビブラお気に入りのリボンなんかヒゲに結ばれたりしながらも仲良くやっている模様。翡翠の祖国の話になると、藤咲と老婆も仲間に入りわいわいと異国の空に思いを馳せる。
「華国もよい所のようですわね。エスト・ルミエールも綺麗な所と聞きます、楽しみですわね」
「はいなのです♪」
 藤咲の微笑みに、ビブラは大きく頷いた。

 前評判通り、道は穏やかで。
 馬車を襲ってくるような連中にあう事もなく。
 普段受けている依頼と同じところに貼られていたとは思えぬほどのんびりとした空気をまとった三台の馬車。
 エスト・ルミエールの街は、彼らを夕暮れのオレンジ色と共に迎え入れた。

●ここからが戦争だ!
「皆さん、お疲れ様です。ここが新しい私どもの家だそうで」
 一台目の馬車が止まれば、他の二台の馬車も止まる。街に入ってから一台目の馬車に乗った老婆の友人が案内してくれたのだ。流石に新品のピカピカの家、と言う訳ではないが、少女と老婆の二人暮しなら充分な広さであろう。荷物につけられた札を見ながら、藤咲と老婆、クレーが指示を出す。普段は適度にしかやらぬ家事仕事にクレーを除く男性陣はやや苦労気味。それでも道中荒事もなく過ごしてきたレイヴンはその有り余った力でテーブルなどの大物家具のセッティングをしてくれたし、伝助も不慣れながらもクレーに掃除のコツを教わりながら二人の寝室の準備を進めている。
「埃が舞い上がらへんように、濡らした藁を床に一握り撒くとええねん」
 クレーの教えてくれた通りに藁をまくと、あれだけ埃にまみれていた床があっという間に綺麗になる。
「しかしホントに慣れてますなぁ。あっしとは大違いで」
「教会のおば‥‥げふんごふん、おネエ様方の知恵袋ですがな」
 今なら素直に言っても誰も怒らなかったぞ、クレー君。そして君達の後ろで雑巾掛けしている三角巾の男はいったい誰。
 大まかなセッティングが終わったら、ベッドメイクは女性陣の仕事。藤咲が老婆の、翡翠がビブラと共に少女のベッドの準備をしていると。
「‥‥あら? お婆様、これは?」
 老婆のベッドに引こうと思ったシーツの中から転がり出てきた皮の袋。口を開ければ詰まっているのは不思議な模様のリボンばかり。何やら文が書いてあるようだが、リボンばかりでは読み取ることが出来ない。
「ああ、それはねえ。私の宝物なんだよ」
 藤咲の手からリボンを一本手に取ると、小さな背をさらに丸めて老婆はベッドの足元にひざをつく。よく見なければわからないような小さな傷にピンを用いてリボンの端を止める。そしてそのまま、老婆はリボンをくるくるとベッドの脚に巻きつけた。
「昔はあまり物がなくての。二人のベッドも同じ店から買った同じ物だったんだよ。だから、こうやって秘密の手紙をやり取りしたんじゃ」
 リボンの模様は、切ない愛の言葉をつむぎ出していた。手紙の送り主と受け取り側の老婆。きっと二人は結ばれることのないであろう恋に身を焦がしていたのだろう。手紙の内容は、「ともにこの街を出よう」という物であった。
「懐かしいねえ。こんな手紙のやり取りも、もうなくなった。あの頃は私も若くてねえ」
 老婆の昔話は少々長くなってしまったようだ。綺麗にセットされた小さなベッドでは、翡翠とビブラが二人で仲良く夢の中へ。

 先に眠ってしまったお子様二人をそのままに、老婆は冒険者たちにねぎらいの意味も込めてお茶をご馳走してくれた。疲れた身体にハーブの香りが心地よく染みてくる。一息ついたところで、冒険者達の視線が老婆に集まった。依頼を出したのは確かにビブラだが、本来の依頼人はこの老婆であることには間違いはない。出発の時にビブラが話していた理由では納得の出来なかった者が、老婆に尋ねた。
「今回の引越し‥‥何か理由が? 例えば誰かに追われているとか」
 老婆は少女のようにころころと笑う。
「理由なんて何もありませんよ。強いていうなら、お友達の誘いと‥‥ビブラに少しでも教育を受けさせてあげたい、と思いまして」
「教育?」
「ええ。皆さん、あの字を見たことでしょう? 私はもうこんな年で、あの子に対してどれだけの事を教えてあげられるかが自分でもわからない。ならば、私が亡くなった後でも学をつけられるこの街に引っ越してくるのが一番じゃないか。ちょうど友人のお誘いもあったことですし、これをいい機会とばかりに引越しを決めたのですよ」
 お茶を一口。
「‥‥あの子は私が死んでからも、ずっと長生きするんです。子供のうちにまともな事を少しでも教えてあげようと思うのは、おかしなことですかねぇ」

●そして、新しい朝
 夜が明けて。依頼主達との別れの朝である。
 少女は昨日運び込まれた荷物から、自分の持っている一番いい服を選んできてきた。
「おにいちゃま、おねえちゃま、お手伝いどうもありがとうございました」
 スカートの裾をつまみ、恭しく冒険者たちに挨拶をする。その様子があまりにも畏まっていたので、皆笑いを堪えるのに必死であった。一番最初に我慢できなくなったのは翡翠である。さっきまであんな寝癖でぐちゃぐちゃな頭してたのに、お洒落しててもなんだかおかしくて仕方がなかった。頬を膨らますビブラに、今度は伝助が頭を撫でる。
「おばあちゃんに心配をかけるんじゃねえっすよ。特に川辺で遊ぶ時は注意して下せえ」
 以前の依頼で起きた出来事が頭をよぎったか。伝助は少女と同じ高さの視線でにっこりと微笑んでそう言った。

 きっとまた、逢う事もあるだろう。
 その時にはまた、こうやって笑顔で逢えればいいね。
 少女と老婆との旅は、こうして終わった。

 冒険者たちが去った、その日の夜。長い銀髪の女が二人の家に入っていった。
 少女はもうとうに眠っている時間。
 外見は人だったなら三十前後だろうか。銀髪のエルフの女が家を出ていったのは、太陽がほんの少し顔を出し始めた頃だった。