冒険者からの依頼〜魔狼『頬黒』包囲網
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■ショートシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:7〜13lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 4 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月17日〜08月22日
リプレイ公開日:2005年08月25日
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●オープニング
ドレスタットとアレクス・バルディエ卿の領地は、深く広大な森で隔てられている。現在人々は森を大きく迂回する街道を使って行き来をしているが、かつては森を貫く道が存在していた事が、最近の調査で明らかとなった。公式にはアルミランテ間道、近隣の人々からは『駆け出し冒険者の道』などと呼ばれているこの道を、かつての様に馬車も往来できる街道として再生しようという試みが、アレクス卿の命令により進められている。
その中心人物のひとりである志士が冒険者ギルドに持ち込んだ依頼は、この事業に関わるものだった。
「この森には30匹程の野犬の群れが生息している。性質は凶暴で工事の障害となる事が確実な為、駆除する事となった」
たかが野犬に大仰な、と失笑が漏れる。だが、彼女の厳しい表情は変わらない。
「群れを率いる狼犬は、『頬黒』の異名で呼ばれている。悪魔の様に狡猾な奴で、油断をすれば取り逃がすどころか、容易く罠に嵌められてしまうだろう。惨めな思いをしたくなければ、たかが野良犬と侮らない事だ」
その真剣な様子に、笑っていた者達はバツ悪げに視線を逸らした。張り出された依頼を覗き込む冒険者達に、彼女は地図を指し示しながら説明をする。
「私達は便宜上、森の中の道を5分割している。敵のねぐらは4区。今は3区辺りを徘徊している様だ。2区にあるシフール達の隠れ里近くに奴らの斥候が現れた事から、この里を狙っている可能性が高い。里に被害が出ないよう配慮しながら、確実に頬黒を追い詰め、仕留めなくてはならない」
そこで、と彼女は続ける。
「この作戦には我々と、隠れ里のシフール達も加わる事になる。シフール達にとって頬黒は不倶戴天の敵。また、神出鬼没の敵に対応するには、森を熟知しているシフール達の協力が必要不可欠だ。ただし、彼らは外部の者に対して不信感を持っている。彼らを蔑ろにせず、信頼関係を築ける者を希望する」
森にはジャイアントベアの様な凶暴な獣もおり、頬黒はそれらをも巧みに利用する。この依頼を受ける者は、駆け出し冒険者達やシフール達がそういった対処困難な敵に遭遇する事が無い様に、状況をコントロールする事も求められる。
「頬黒達のねぐらには子犬もいるが、これには手をかけずにおいて欲しい。後の事はこちらで考えるので‥‥ 以上、他に質問は?」
一通り説明を終えると、彼女はこほんと咳払いをした。
「報酬は2G50Cだ。が、私達に与えられた予算は限られている。安く請け負っても良いという方がいれば助かる」
要するに、フトコロに余裕のある人は格安か、出来ればタダ働きしてくれたら嬉しいな、という事だ。みっともない話だが、先立つものが無いのだから致し方なし。掲示板に手をついて、はあ、と溜息ひとつ。掻いた恥を吐き出してしまってから、彼女は向き直り、表情を改めて言った。
「この道が整備されれば、この先長く、人々の生活を助ける事になる筈だ。協力をお願いする、この通りだ」
深々と頭を下げる彼女。彼ら駆け出し冒険者達一同は、先輩諸氏の力と経験を必要としている。
●リプレイ本文
●出陣
シフール達の隠れ里。そこに冒険者達が集まり来る様を、里の者達は好奇心と恐れの入り混じった目で、物陰から眺めていた。
「こ、こんにちわ‥‥ えと、あの、が、頑張ります‥‥」
ぺこりと頭を下げたアルフレッド・アーツ(ea2100)に、シフール達は暫し沈黙。ひそひそと話し出す。
「しふしふって言わないぞ?」
「この人も田舎の出なのかも」
えーっと、どうしよう。しかしその沈黙は、悲鳴によって破られた。
「フォーゥ☆ 我輩こそイギリスからやって来た頼もしい肉体(バディ)!! その名も猛き、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)!」
突如闖入した怪人に、シフール達が怯え慌てて逃げ惑う。更に一層弾けようとする彼の肩を、ぽんと叩いたのはイリア・アドミナル(ea2564)。
「ふふ、マスクさん、いけませんよ。これ以上やるなら、アイスコフィンで固めちゃいますよ?」
にっこり微笑み、最終警告。彼はいそいそと村の物陰に行き、服を着る羽目となった。同じシフールのアルフレッドと劉蒼龍(ea6647)が、皆を宥めてまわって、何とかこの場は収まった。もっとも、蒼龍の方は可愛い女の子と話す口実が出来て、随分と楽しそうだったが。
「それじゃ、あの、打ち合わせを‥‥」
もじもじしながら話し始めた利賀桐まくる(ea5297)。皆が集まってきて一層緊張。
「共に頬黒に立ち向かう仲間として」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)が手を差し出すと、皆が一斉に手を出して。それではと、手を重ね合い、気合を入れて勝利を誓ったのだった。
身を清め、清浄な心の内に神託を得た八代樹。おいしいご飯をたらふく食べて、幸せ気分でお日様の声を聞いたミーファ・リリム。2人の協力で、冒険者達により鉄城と呼ばれ始めた巨大なジャイアントベアと、頬黒の居場所が突き止められた。
「どちらも3区‥‥ 気をつけなければいけませんね」
樹が呟く。これとシフール達の知識をもとに、迎え撃つ場所は決められた。鉄城とは遭遇せずとも済むように配慮はしたが、戦いは水物、どうなるかは神のみぞ知る、だ。シフール戦士のポロが、間道工事に使われている地図の上で、大まかな地勢を説明する。
「この辺りは湿地帯の端だけど、大きな沼の合間になるから、獣達の通り道も限定されてて狙いやすい。うん、足元はしっかりしてて‥‥ でも、だから大型の獣も来るね」
アルフレッドは地図を書き写し、ポロの説明も書き入れる。蒼龍はその図と説明で、頭の中に風景を作り出そうとしていた。
「底なし沼の周りなんかは、一見まともな地面に見えても枯葉や枝が積み重なってるだけでぐずぐずの場所も結構ある。獣の通り道をなぞると安全に渡れるんだけどな。‥‥あんた達、大丈夫か?」
「いざとなったらストーンもあるから、道行に不安は無いよ。翅のあるあなた達の様には行かないけどね」
イリアの答えに、そうか、と破顔するポロ。どうやら心配して言ってくれていた様だ。少しだけ、このぶっきらぼうなシフールが分かって来た彼女である。一通りの打ち合わせを終え、それぞれの準備に余念が無い彼ら。御影紗江香(ea6137)は出発までの合間に、罠に使う毒を、毒シダから抽出できないか試みていた。彼女の技はまだ未熟だったが、シフール達に話すと快く協力をしてくれた。
「本当は胞子の季節が一番いいんだけどね。胞子の毒が一番キツいから」
これが要なのです、助かりました、と礼を言う彼女に、照れ臭そうに喜ぶ彼ら。最初こそおっかなびっくりだった彼らも、すぐに冒険者達に馴染んでくれた。何と言っても彼らは、里の仇と戦ってくれる恩人なのだから。約一名、未だに避けられている者もいたけれど。
「頼んだぜリーダー!」
巴渓(ea0167)に唐突に担がれて、困惑顔のまくる。
「自信ねェか、利賀桐? ならいい事を教えてやる。強くなりたきゃ、『弱い考え方』をしろ。その弱さ、ヘドの出そうな軟弱な気持ちに逆ら‥‥ 何だおまえら、今いい話をしてんだちょっと待てコラ〜ッ!」
無言のまま、渓の脇を抱えて引きずって行くバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)と本多風露(ea8650)。あれも固めちゃおうか、と冗談めかして囁いたイリアに、まくるは伏目がちに笑顔を浮かべた。
ところで。ジェイラン・マルフィーは間道整備に寄付しようと大金を持ってやって来たが、残念ながら受け付けてもらえず、しょんぼりと帰る羽目になった。
「うん。まくるちゃん、がんばってじゃん‥‥」
役に立てなかった男の哀愁を漂わせながら去っていく彼。後で誰か、慰めてあげて欲しい。
●3区越え
慎重に進路を選び、討伐隊一行は3区を突っ切って進んで行った。いつも何処かで獣の声が響く、未開の森の圧迫感。馬をゆっくりと進めながら、ちらりと横目で見やるイリア。音無き2匹の追跡者はしかし、幾多の目によってその存在を暴かれていた。
「どうする?」
さりげなく寄って来たバルバロッサが問う。
「暫くはこのままで、キャンプ直前に襲撃ね」
了解、と蒼龍がシフール達にも伝える。この敵が放った斥候は、少し目を離すと再度見つけるのに苦労する。その行動、選ぶ場所、全てが理に適っていた。
「森を熟知した相手との戦い、厳しい物になりそうだね」
互いの読み合いは、既に始まっていた。
3区から4区に入ろうという辺りで、2匹の内の1匹が消えた。
「‥‥頬黒にこちらの動きを伝えに行ったと見て良かろうな」
ヴェガの言葉に、皆が頷く。予め取り決めていた彼らの動きは迅速だった。追跡の1匹を追い詰めて仕留め、その場に罠を張り巡らせる。ヴェガは何かにつけてシフール達の助言を求め、彼らの顔を立てつつ、その能力を最大限に活用した。
「準備は整いました。後は、待つだけ‥‥」
罠を仕掛け終え、戦いの時を待つ紗江香。意気上がるシフール達を見やりながら、出来ましたら無傷で済ませたいものです、と呟いた。
この間も、暗闘は続いていた。頬黒は人間達の動きを知って取って返す一方で、更に数匹の斥候を放っていた。ねぐらに向かう彼らは、その途中で思いもかけず人間達の罠を発見する。そして、同時にまくるにその存在を悟られるのだ。彼女と風露は、容赦なく敵を追い詰めた。
「刃向かうのなら容赦はしません。ここで皆殺しです。少しでもわたしの実力が解るなら、仲間共々、この地から退き二度と姿を現してはなりません‥‥ 解るはずもないでしょうけど‥‥」
逃げられぬと悟って挑みかかってきた野犬は、風露によって一刀の下に斬り伏せられた。頬黒は己の耳と目が失われている事に、気づいていない。
●罠
頬黒達にとって、こんなところで敵が待ち受けているなど‥‥そして、それが伝わって来ないなどという事は、全くの予想外だったに違いない。攻撃は、完全に彼らの虚を突く形となった。駆け抜けようとした犬達が、ライトニングトラップにかかって悲鳴をあげる。イリアのブレスセンサーが、森に隠した頬黒の陣容を暴き出す。
(「キミはキミの仲間の為に‥‥ ボクはボクの仲間の為に‥‥いざ!」)
新人達をフォローしていたまくるは、彼らを狙ったのだろう頬黒と対峙する事になった。交錯する瞬間、身をかわして倒れこみ、かねて用意の塗料玉を放つ。派手な鉱石顔料をべったりつけられた頬黒は、恐ろしい目でまくるをにらむ。
「彼が、頬黒」
イリアがムーンアローの準備に入る。回り込もうとした敵の何匹かが罠に嵌った事を確認しつつ、紗江香は春花の術に彼らを捉えた。ばたばたと倒れる犬達。だが、頬黒は一瞬よろめいたものの、僅かも速度を緩める事無く駆け抜けた。
(「抵抗された!?」)
その行方を目で追う紗江香。だが、すぐに手下どもが掻きまわしてしまう。
「ふん、その程度の機動戦で怯むと思うか駄犬ども!」
おらっしゃぁ! とポージングを決めつつオーラエリベイションで気合を入れたフンドーシは、犬達をオーラショットで吹き飛ばし続けた。イリアとヴェガのフォローに入った渓は、頬黒のしたたかさを鼻で笑う。術者を狙って撹乱するのは、聞いていた通り。そして頬黒達は、自分達を襲った敵に強者と弱者が混在している事を早くも嗅ぎつけた様だった。となれば、弱いところから切り崩そうとするのはある意味自然。ただその事が、彼らの動きを単調にもしていた。
「所詮は獣の知恵って事じゃん。悲しいねぇ!」
たとえ彼らを突破しても、ヴェガのコアギュレイトが待っている。戦いは始まって僅かの時間で、完全に人間側のペースになっていた。が。イリアは解き放ったムーンアローが、とんでもなく遠くに飛んで行くのを見てはっとなった。新人達も、気づいたらしい。
「頬黒が逃げるぞ!」
叫んだ声に、皆が反応する。混戦に紛れて、頬黒はいつの間にか彼らと距離を取っていた。追い縋る犬達を叩き伏せながら、逃すまいと追う彼ら。これは不味いのではないかと、誰しもが考えた。頬黒はまた、自分達を罠に填めようとしているのではないか、と。だが、逃せばまた、もとの木阿弥となる。今この時に、討ってしまわねばならなかった。
そして。やはりこれが頬黒の罠であった事を、彼らは察した。
「頬黒を追え。こちらは引き受ける。傷は負わせてある。必ず仕留められる筈だ」
バルバロッサが足を止め、愛剣に手をかけた。漂う血の臭いに興奮したか、その巨大な獣‥‥鉄城は、無茶苦茶な勢いで冒険者達に襲い掛かって来た。アルフレッドと蒼龍が辛うじてその爪を避け、新人達から引き離そうと翻弄する。薙ぎ倒された木が、ミシミシと軋む音。まるで悪夢の様な光景。だが、形容し難い獣の臭いが、それが夢では無い事を主張していた。最悪な事に、頬黒との追跡劇で陣形は崩れ、今の彼らは戦う形になっていない。
「駄目だ、ここは‥‥」
「踏み込むな、引きずり出すから!」
ぬかるんでこそいないが悪い足下。ここで戦うべきではなかったが、突破を許せば新人達の方に向かう恐れもあった。何としても、壁となって食い止めねばならない。恐るべき爪の一撃を、むしろその身に受けようとするかの如く、バルバロッサは踏み込んだ。彼のジャイアントソードは過たず鉄城の体を抉り、その血潮を啜ったのだ。そして鉄城は、バルバロッサの体に己の爪痕を刻み込んだ。駆けつけた仲間の声。鉄城の姿が、森の中に溶けて行く。
「仕留め損ねたか」
ぐらりと揺らぎ、膝をつく。致命傷こそかわしているが、深手だった。そして、手負いの凶暴な獣を一匹、この森に放ってしまった。倒れ付す彼にヴェガが駆け寄り、治療を施す。
「鉄城は何処へ!? 頬黒を追った皆さんは‥‥」
最悪の事態を思い、風露が呟いた時、遠くで勝鬨の声が聞こえた。
●ねぐらにて
マチルド農園の者達は交わした契約に従い、頬黒達のねぐらへと赴いて、子犬達を保護した。中から気に入った数匹を、報酬として受け取る事になっている。彼らが訪れた時、守り手を失った身重の母犬、幼い子犬達の何匹かは、既に何者かによって傷つけられ、あるいは殺されていた。苦しむ子犬を見つけ、駆け寄るまくる。彼女は手持ちの治療薬を薄め、飲ませてみた。
「偽善‥‥かな、やっぱり‥‥」
シルクのスカーフを巻いて、傷を塞ぐ。紗江香とヴェガは、何も言わず彼女を抱きしめ、頭を撫でて慰めた。
まくるは迷いまくった末、これと見極めた子犬達を選んで行った。残りの子犬達はヴェガの計らいにより、一先ずエスト・ルミエールの教会学校で育てられる事になっている。他の者達はといえば、ほとんどの者が報酬を辞退し、渓とフンドーシだけが金銭で受け取った。無論、これは本来、受け取ってしまるべきものである。報酬を受け取らぬ代わりに、約束を求めた者もいる。
「もう一度鉄城に挑むならば、必ずこの俺に声をかけてくれ。俺が次の試練に、その次の試練に挑むには、この試練に打ち勝たねばならんのだ」
バルバロッサは再戦を願いつつ、この地を去った。その日が近いのか、遠いのかは、今はまだ分からない。