●リプレイ本文
●避暑地へ
「レニーさん、お久しぶりです」
「その節はお世話になりました」
イリア・アドミナル(ea2564)はペコリと頭を下げてきたレニーに微笑んだ。
「えへへ、ファニィちゃん久しぶりだね、元気だった?」
「エルウィンさん! そっちこそ元気だったの?」
エルウィン・カスケード(ea3952)も満面の笑みで再会を喜び合っている。
「二人とも少し顔色が悪い気がするが、疲れてないか?」
双子を案じる、楊朱鳳(eb2411)。
「大丈夫!」
「そうだね。休暇中は羽を伸ばして、皆で目一杯楽しもう」
けれど、返された言葉は元気で嬉しそうで、朱鳳も自然と笑みを浮かべていた。
「それに、今回はメルフィナさんも一緒だしね。歌姫の歌声がまた聞けるとは、嬉しいな」
「私も楽しみですよ」
「私こそまた御一緒出来るなんて、嬉しいです」
友人とメルフィナが吟遊詩人である自分に期待してくれている事を察して、アリアドル・レイ(ea4943)は照れたように笑んだ。
「皆さん、近況報告や話は馬車の中でも出来ますよ。先に積み込み作業を済ませてしまいましょう」
そんな若者達に目を細めつつも、ボルト・レイヴン(ea7906)は諭すように声を掛けた。少々気が引けたが、お喋りする時間はたっぷりある‥‥馬車を待たせている事だし。
「荷運びはこっちでやっておくから、お話してても良いよ」
と、小柄な少女‥‥ジャンヌ・バルザック(eb3346)が胸を叩いた。パラであるジャンヌは童顔で身体も小さい。しかし、その身体には意外としっかり筋肉がついている。それも当然、ジャンヌは外見とは裏腹に立派な騎士なのだから。
「まっ、その為に手伝いに来てんだからな」
手伝いに来ているレオパルドも言って双子の妙に大きな荷物を持とうとして。
「‥‥重っ!?」
「私も手伝おう」
横から伸びた手、ジャンヌと対照的にデカいナリをした巨漢‥‥ジャイアントである青年はキシュト・カノン(eb1061)だ。
申し訳なさそうな双子を、
「力仕事は得意だ」
何でもない事のように無表情に制し、積み込み作業を進めるキシュト。少女達も習うように動き出し。
「お二人にのんびりして貰う場を用意するのはいかがでしょう?」
そんな双子を見ながら、アリアドルはメルフィナに提案していた。あの様子では、休暇先でもゆっくりするかどうか‥‥ハッキリ言って心配だ。
「お茶会なんてどうだ? 折角だし、ちょっと考えてる事があるんだが」
朱鳳からも言葉を添えられ、メルフィナは「はい」と頷いた。
「ブランシェット家はちょい落ち目って噂聞いたけど、こんな大勢を滞在費込で雇えるなら違う‥‥のかな?」
寄越された二台の馬車(御者つき)を観察していたガレット・ヴィルルノワ(ea5804)。
馬車は一見、華美な装飾もなくありきたりの‥‥寧ろ随分と年季が入った代物に見える。だが、よくよく観察すればシンプルな中にも上品さが感じられた。
「っと、お姉! そろそろ出発だよ!」
そこで本来の目的に気づいたガレットは義姉のマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)を大きな声で呼んだ。
「他ならぬマグダレンさんの頼みですもの。こちらは任せて、ゆっくりしてきて下さいね」
マグダレンはアニエスに頷いてから、羽を羽ばたかせた。
「いってらっしゃい」
「まぁ精々楽しんで来いよ」
見送る人々に手を振りながら、馬車は連れ立って出発する。
「嬉しいけど、ちょっと寂しいって顔だな」
ゆっくりと遠ざかっていく『ロワゾー・バリエ』。ホンの少し不安そうな寂しげな顔を浮かべた双子に、ジノ・ダヴィドフ(eb0639)はからかうように言った。
「そんな事はないんだけど‥‥」
「それより私達、ジノさん達の好意に甘えちゃって‥‥」
留守にする間、ジノとキシュトとガレットは身銭を切り店の警護に人を雇ってくれた。
「なに、ダンディの好意は素直に受け取るもんだ」
軽い口調で言ってから、ジノはふと真面目な顔で双子と同じモノを見やった。
「あの店は俺にとっても大事な場所だからな」
「ええ。そして、あの店は大丈夫ですわ」
頷くマグダレンの目は優しく笑んでいて。
「さぁて、楽しい休暇にレッツゴーだ!」
そうして、双子は取り戻した笑顔で「はい」と返したのだった。
馬車はゆっくりと進む。目的地に向かい、なだらかな道を進んでいく。
「ここで一度お弁当にしましょうか」
途中の休憩では、イリアがいそいそとお弁当の準備を始めた。
「私達も手伝いま‥‥」
「キミ達はもてなされる方だろう?」
「ここはあたし達に任せておいて」
朱鳳とエルウィンは双子を留めると、代わりに手早く手伝い始め。
「初めて見るわ、これ」
「美味しそう〜」
そして、イリアが用意してきた食材や果物の数々にファニィやガレットが目を見張った。望めばそれらも用意してもらえただろうが、イリアは敢えてポケットマネーを使った。
「うふふ。折角の観光ですし、具や食材を選ぶのも楽しかったですよ‥‥さ、食べてみて下さい」
ファニィにすすめたのは、特に疲労回復効果のあるモノで。
「‥‥んぐ、美味しい!」
「どこで手に入れた物ですか?」
「多分、メニューに加えるのは無理ですわよ」
顔を輝かせた双子をマグダレンは冷静に諭し、イリアはメッチャ笑顔で肯定した。
「確かに。美味しいけどバカ高そうだものね」
見た事もないそれらが所謂高級食材だと気づいたエルウィンも、舌鼓を打ちながら同意する。
「しかし、やはり仕事を忘れるのは無理なようですね」
その横でボルトがボソリと呟いた。憂う、というより、微笑ましげに。
やがて、和やかな休憩タイムが終わり、馬車は再び走り出す。
丁度同じ頃。青い鳥の看板を掲げる店をじっ、と見つめる瞳があった。
踏み出しかけた足は、しかし、反対に引かれる事になる。アニエスや楼焔、ジノ達が雇った冒険者‥‥店を警護する者達に、気づき。
逡巡は、一瞬。
そうして、その影は『ロワゾー・バリエ』から離れた。誰にも気づかれぬよう、そっと。
●ブランシェット家の人々
「ようこそ。君達の来訪を歓迎する」
「はじめまして。バルザック家のジャンヌと申します。こう見えてもナイトなんですよっ」
ブランシェット領の空気は澄み、やはりドレスタットよりは涼しいようだった。
ジャンヌは出迎えてくれた『ご令嬢』に、手の中から取り出した花を差し出した。
「巧いものだな。ありがたく貰おう」
『ご令嬢』はジャンヌの手品に感心したように笑むと、花をそっと受け取った。それが嬉しくて、ペコリと礼儀正しく頭を下げるジャンヌ。
「よろしくお願いします。お二人のお名前もお伺いしていいですか?」
「私はロゼンナ、これが弟のヨシュアだ」
「はっ初めまして、皆さん。あの、よろしくお願いします」
「ロゼンナ様とヨシュア様ですわね? こちらこそよろしくお願い致しますわ」
姉弟に丁寧に挨拶するマグダレン。ヨシュアは線が細い礼儀正しい少年で、ロゼンナの方は貴族令嬢とは思えない出で立ちの‥‥男装?、姿をした闊達そうな女性だった。
「別荘に向かう前に、父に会ってくれないか?」
「ご負担にならなければ、お願いしますわ」
(「落ち目とか聞いてたけど、やっぱり調度品とか結構良い物使ってるわね‥‥あの辺の壷も高そうだし」)
姉に続きながら、ガレットはさり気なくチェックした。やはり華美な印象はないが、馬車と同じく時代がかった質素な作りと抑えたトーンの調度品の数々は全体的に品良く、高そうだった。
気づいたマグダレンからの視線に軽く首をすくめるガレット。
そして、一向はブランシェット卿と対面した。
「ようこそ。メルフィナから話は聞いています‥‥こんな格好で申し訳ない」
「いえ。お会いできて光栄です」
卿はジノとそう年は変わらないだろう、息子と良く似た面立ちの線の細い男性だった。ベッドに半分身体を起こしたその顔からは穏やかそうな‥‥というよりも気の弱そうな印象を受ける。そして、その顔色は予想していた通り、あまりよろしくないようで。
(「調子が良かったら色々と話してみたかったんだが、な」)
ジノが残念に思う前、卿は咳き込んだ。別に血を吐いたりはしなかったが、乾いた音を立てる空咳は暫くの間続いた。
「旦那様」
「失礼します」
侍女らしき女性が背中を擦る横、ボルトもまたそっとその身体に触れた。何が原因というわけでもなく、生来身体が弱いのだろう。ならば回復魔法も効かないかもしれないが、それでも、例え気休めでも神に祈らずにはいられなかった。卿の身体の回復を‥‥そして、幸運をと。
「ありがとうございます」
ようやく落ち着いた卿が小さく笑む。
「あの、御領主様。御領地内でハーブ摘みをさせていただいても良いですか?」
そんな卿にエルウィンがおずおずと問うた。素早く視線を交わしあった双子の様子に気づき、また、道中の御者達の様子もあり、許可を取っておいた方が良いだろうと。
「出来れば養蜂の見学とかお手伝いもさせていただきたいです。養蜂ってどんな風にやってるのか興味ありますので」
「ええ、勿論です。知ってもらえるのは、私達としても嬉しいですからね」
卿は穏やかに頷いた。青ざめた顔に、どこか子供のように澄んだ、嬉しそうな笑みを浮かべて。
「お客様たちの事、くれぐれも頼んだよロゼ」
「分かってる。父上こそ義母上にあまり心配をかけぬようにな」
(「ははうえっ!?」)
ロゼンナの言葉に、どっからどう見ても侍女にしか見えない女性を思わず凝視してしまったのは、エルウィンや双子の落ち度ではないだろう。
「お嬢様、また義母上などと‥‥お客様方が驚いていらっしゃいますよ」
「義母上こそ、お嬢様は止めてくれと言ってるだろう」
やり取りは何時もの事なのか、卿はニコニコとヨシュアはおろおろとしている。
「やっぱり貴族のお宅となると色々あるようですね」
品の良い顔に苦笑を浮かべたアリアドルの囁きに朱鳳は小さく小さく頷き、メルフィナは困ったように口を噤んだ。
「私は母を幼い頃に亡くしてな。その後、父上を支えてくれて、ヨシュアを生んでくれたのが義母上だ」
馬に弟と共に乗ったロゼンナは、馬車と並びながら苦笑交じりに話した。
「正式に妻の座について欲しいところなのだが、義母上はそれを頑なに拒んでな」
イリアはそれも道理だ、と内心思った。
以前依頼で知り合った、マチルドという女性。次期領主と恋仲になった彼女は、だからこそ今、並々ならぬ努力を重ねざるを得ない状況に置かれている。それ程、貴族に‥‥風習やしきたりの違う世界に飛び込むのは覚悟がいるし、苦労もあるのだ。
「義母上はヨシュアを産んでくれた方だからな。敬いたいのだが」
愛しげに見下ろす、弟の背中。ヨシュアは恥ずかしそうな、どこか困ったような顔をしていた‥‥それはロゼンナからは見えないものだったが。
「しかし、卿があの状態では、普段の執務はもしやロゼンナ様が?」
ボルトがつい問うたのは、卿の病状を間近で見てしまったが故。直ぐにどうこうというわけではなかろうが、裏返せば大きな発作が起こればいつどうなるか分からない。
「執務という程の事はしていないがな。精々、海千山千の狸達をやり過ごすくらいだな」
言いながら、すれ違う領民達と至って気軽に挨拶を交わすロゼンナ。「お嬢様」と呼ぶ領民の表情を見る限り、慕われているらしい。
「さすがに、彼らの相手はヨシュアにはまだ無理だろう」
けれど、そう笑った時、弟の顔によぎった影‥‥ロゼンナはやはり気づかないようだった。
「えっと、卿のお加減はやっぱり悪いの?」
「小康状態を保ってはいるが‥‥」
僅かに曇った表情、ガレットは慌てて元気よく声を出した。
「うん、そうだよね。卿のような良い方、セーラ様がお見捨てになる筈ないし。それに、ファニィ達ならきっといいお薬作っ‥‥ぁ」
セリフが尻切れトンボになってしまったのは、姉の視線に気づいたからだ。ファニィとレニーの働きすぎを心配しているマグダレンの事、休暇先で二人を働かせるような話題はNGだった。
「あぁえっと、そだそだ。ここからマチルド農園って近いんでしょ?」
なので、ガレットは話題替えを図った。
「あぁ、近いな。交流はあまり無いが‥‥」
「何で?」
「うむ。あそこは色々とゴタついてるだろう。ウチとしては危うきには近づきたくない」
「火事騒ぎとかですか?」
「そうだ。火はウチには天敵だ。蜂や花に影響を与えるし‥‥海賊と事を構えている、という話も聞くしな」
「無用な敵は作りたくないって事かな」
ずっと昔から変わらないのだろう、風景。それが良い事なのか悪い事なのかエルウィンには分からないけれど。この美しい自然を故郷を守りたいという気持ちは何となく分かるような気がした。
「でも、ちょっと寂しいな。折角、近くにいるのに‥‥仲良くなれるかもしれないのに」
ガレットはポツリと呟き。そうして、祈った。『ロワゾー・バリエ』やこれから行く別荘、双子やロゼンナやヨシュアやマチルド‥‥大切なものたち全ての、無事を。
「とりあえず、別荘とロゼンナさん達はこの手で守るけど、ね」
●別荘到着
「ここだ」
着いた別荘は意外と大きかった。貴族達を避暑で招く際の宿泊用なのか、随分としっかりした造りだ。
「荷物置いたら散歩に行こうよ!」
早速、疲れを知らないようにエルウィンが提案する。
「そうですね。警備の為にも周囲を見て回りましょう。ついでに薬草も探しますか?」
同意してから、イリアは双子に問うた。
「勿論、行くわ!」「是非、ご一緒させて下さい」
双子の反応は打てば響くようなもので。
「いけません。何の為にここに来たか、分かっていますの?」
だが、そんな双子を、手早く部屋分担を済ませてきたマグダレンが頑として止めた。
「店が順調なのは良いですが、仕事依存なのはダメですわ」
双子の気持ちは分かるが、マグダレンとしては心配で仕方が無かった。何せ、十五の夏は一度きりだ。今後の為にもリフレッシュさせないと、と旅行前から心に決めていた。
「この間揉んだ肩ときたら‥‥少女のモノとは思えませんでしたわ」
溜め息混じりのセリフに、双子も押し黙り。
「なら、二人はゆっくりしていると良い。様子は私達がちゃんと見てこよう」
そうして、朱鳳の一言でその場は収まった。
「よろしければ、ロゼンナ様もマッサージをいかがですか?」
「なら、ヨシュアは俺達と馬に乗ってみるか」
ジノはガレット・キシュトとヨシュアに乗馬を教えながらの見回りに行く事にした。
「薬草の生えている場所を探してみましょう」
イリアとエルウィンと朱鳳は、別の方向に見回りがてら薬草を探し。
「私達は一応、内部を見て回っておきましょう」
ボルトとジャンヌ、アリアドルはメルフィナの案内で、中を見回り。
「これは『ロワゾー・バリエ』のハーブローションをアレンジした物ですわ」
持参した壷を指し示し、早速準備に取り掛かるマグダレン。
「全身マッサージ用はヒバマタやアオサ等の褐藻を煮込みトロミを取り出し加えたもの。フェイシャル用は薔薇エキスとアーモンド油を少々、保湿とアロマ効果を高めて。‥‥興味が沸いたでしょ?」
双子は正に『医者の不養生』だ、と思っているマグダレンは容赦が無い。
「さ、そこの牛革の上に横になって。服は脱いで頂戴ね?」
テキパキとした指示に、双子が抗える筈はなかった。
「はぁ〜癒されるぅ」
それでも、アロマ効果たっぷりのマッサージはとても気持ちの良いもので。
「花や薬草からこんなモノが作れるのだな」
ロゼンナは感心した風に呟いた。
「ウチはどちらかというと閉鎖的でな。だが、この領地の未来を色々と考えた時、それで良いのか、と思うようになったのだ」
新しい技術、新しい試み‥‥それを見てみたくもあって招待したのだと。そして、ガレットの言葉と。
「補い合う事は、共に手を携えて発展していく事は素敵な事ですわ」
マグダレンにロゼンナは「そうだな」と笑った。
「一朝一夕にはいかぬだろうが、ヨシュアにはより良き未来を渡したいからな」
普通の女の子の、弟を思う姉の顔で。
「よし、中々上手くなってきたじゃないか」
「はぃ、ありがとうございます」
息を弾ませたヨシュアに、ガレットも「うんうん」と頷く。見た目とは裏腹に、少年はそれほど鈍くはなかった。
「‥‥何か悩みがあるのか」
と、キシュトがポツリと呟いた。真っ直ぐ少年を見つめて。
「別にここには咎める人は誰もいないよ? 誰かに話して楽になるなら言っちゃえば?」
やはり気になっていたガレットが、殊更軽く言い。ヨシュアは暫くの沈黙の後、年不相応の重い表情で口を開いた。
「僕なんかじゃなく、姉上が父上の跡を継いだ方が良いと思うんです‥‥母上もそれを望んでいますし」
馬上で俯いたヨシュア、父親とよく似た瞳が揺れていた。父を案じ、責任に押しつぶされそうになり‥‥それは八歳の子供には重すぎるのだろう。
けれど、周囲を思うから弱音は吐けなくて。
(「難しい問題だよね」)
ガレットは、思う。ロゼンナのあの様子だと、他家に嫁ぐ気はないだろう。おそらく、ヨシュアが成人するまでは後見を‥‥領主代理を務める気なのだ。けれど、疑っていない。弟が家を継ぐ事を。
そして、ヨシュアの母は、妾腹の幼い息子が後を継ぐよりも、ロゼンナが婿を取り後を継ぐ事を望んでいるのだろう。
それぞれが悪意でなく愛情で、よかれと思って。だが、それが分かるからこそ、幼い少年は心を痛める。
「‥‥」
キシュトは掛けるべき言葉の代わりに、ただ小さな頭にそっと手を置いた。馬に乗ってさえ目線が自分より低い少年、ハッと見上げられた瞳に、静かに頷く。励ますように、力づけるように。
「お前は、姉さんも母さんも父さんも好きなんだろ?」
そして、ジノが口を開いた。
「で、それと同じくらい皆もお前が好きなんだ。だから、あれこれ悩む前に、自分の気持ちをちゃんと言った方が良いんじゃないか?」
どうなるかは分からない。希望は通らないかもしれないし、もしかしたら大事な人たちを傷つけてしまうかもしれない。
それでも、気持ちは口にしないと伝わらない。本当の気持ちを隠して、大好きな人達と距離が開いていってしまったら、悲しいから。
「何事もやってみなくちゃ分からない、当たって砕けろ!、ってね」
「‥‥砕けたら、ダメだ」
生真面目に突っ込むキシュトにヨシュアは顔をほころばせた。
状況が良くなったわけではない。それでも、一人心に秘めていた悩みを吐き出した事で、心は少しは軽くなったようだった。
●それぞれの休日
「のんびりして下さいと言っても、お二人は頑張ってしまうのでしょうね」
一晩明けて。喜々として飛び出していく双子を見送るマグダレンに、アリアドルは声を掛けた。
「でも、好きな事を仕事に出来て、思い切り集中して輝いていられる事程、素晴らしい事はないと思いますよ」
願わくば自分もそうありたい、浮ぶ微笑。
「勿論、それは分かっていますわ」
ロゼンナの話や卿の病状、仕方がないとも思う。
「ただ、無理をしすぎそうで‥‥」
「仕事の虫ってどこも同じだねぇ‥‥マグ姉、自覚ないでしょ」
突っ込んだガレットの手には、カゴ。中身はマグダレンが早起きして作った、ハニーケーキだ。
ガレットはイリアと共に、これからマチルド農園に馬を走らせる‥‥火事見舞いに行くのだ。
「さっ、料理の支度ですわ」
聞こえなかった素振りで厨房に向かう姉に、妹は溜め息をついた。
「では、行ってまいりますわ」
「気をつけて行ってらして下さい」
ボルトらに見送られ、イリア達は出発し。
「外にテーブルを広げて‥‥」
残された朱鳳やアリアドル達は野外でする事にしたお茶会の準備を進めていた。
「力仕事なら任せてくれ」
「私達はこっちでお話でもしてようか」
キシュト達の邪魔にならないよう、ジャンヌはヨシュアに冒険譚を話して聞かせた。
「謎の手紙が漂着した事から始まったの‥‥」
助けに行った先で凶暴な魚に襲われた話。
「私はこう見えても結構強いんだよ。あのね、武道大会に出てね」
自分の倍くらいの背のジャイアントの戦士や、ジャパンの剣術使い‥‥様々な相手に一歩も引かずに戦い、見事優勝した話。
ヨシュアは自分の知らない『世界』の話に感心したり驚いたり、目を輝かせて耳を傾けた。
「昨日より、良い顔色をしている」
そんなヨシュアの様子に、キシュトはフッと微かに口元を緩めた。少年にどんな未来が待っていようと、今はただ笑っていて欲しいと。
「随分と楽しそうじゃないか」
「ロゼンナ様。今、お酒好きな領主から、シェリーキャンというモンスターから美味しいお酒を貰ってきて欲しいって依頼を受けた時の話をしてたの」
それは、シフールのような妖精と出会い、一晩中色々な話をして見事に酒を貰った話。
「嘘みたいでしょ? でも本当なんだよ。ほら、これがそのお酒っ」
「それは凄いな。‥‥私は今まで冒険者という者たちとあまり縁が無かったが、随分と勿体ない事をしていた気がするぞ」
それが自分達への賛辞だと気づき、ジャンヌは照れたように頬を染めた。
「ファニィちゃん、この薬草で良いの?」
「バッチリ」
その頃。エルウィンと双子とジノは薬草を摘んでいた。ジノは護衛兼荷物持ちだが。
「でも、こんないっぱいの花初めてみたよ」
ドレスタットより過ごしやすいとはいえ、薬草摘みをしていると額にうっすらと汗が浮ぶ。エルウィンはそれを心地よい風にさらしながら、嬉しそうに口元を緩めた。
「ほぉ、ワシらにはただの草や花にしか見えんが、それが薬やら化粧用品になるのかね」
「そうですよぉ」
えっへん、胸を張るファニィ。
「俺らはやっぱ、このままの花が‥‥蜂が集めてくれる自然のままのモンがいいがねぇ」
「はい。それも勿論ですけど、この香りや薬草が人を癒してくれるんですよ。それも素敵じゃないですか?」
「まぁ、そう言われてみれば‥‥それも良いのかなぁ」
「人の手が入っちゃうと、ダメなんですか?」
エルウィンが聞くと、ここは自然のままで‥‥蜂が咲き誇る花々を飛び周り集めた蜜を回収しているのだという。
勿論、花により蜜の味は変わるし、咲き具合によっても量は変わるから、花の手入れはちゃんとしているというが。
「後な、蜂が花から集めた蜜はまだ蜂蜜じゃないんだ」
「そうなの?」
やはり、可愛い女の子に感心されると嬉しいのだろう。花の世話をしていた者たちはエルウィンに色々と聞かせてくれた。
「これも新しい一歩だよね」
「ん?、何か言ったか?」
双子はジノに「内緒」と声を揃えて笑った。
●花々に囲まれて
「どうぞ、お嬢さん方」
どこか芝居がかった仕草で朱鳳が招く先。花に囲まれたそこに、テーブルがあった。並べられたティーポットやグラス、お菓子。
朱鳳は手際よくグラスにお茶を注ぐ。
予め茶葉にミントの葉を入れてお茶と蜂蜜を煎れ、冷やしておく。フルーツを小さくカットして氷‥‥ミントを刻んで入れたもので、イリアがちょっと手間を掛けて作ってくれた、砕き易い氷だ‥‥と一緒にグラスにいれてお茶を注ぐ。朱鳳特製のフルーツミントティーだ。
「気に入って貰えたら嬉しいな」
「ふっ、俺は味にゃうるさいぜ?」
ジノはニヤリとしてから、口を付け。
「‥‥ん、美味い!」
くわっ、と目を見開いた。
「これは夏にサイコーだな」
「私はこちらをいただきましょうか」
ボルトが手に取ったのは、ベリーティーだ。
数種類のベリーにワインを少しふって汁気を出し、紅茶を注いだもの。
「好みで蜂蜜を入れて欲しい」
「‥‥うん、とても美味しいです」
賛辞を受けながら、朱鳳は次々とグラスにティーを注いでいく。
「美味しいお茶に合うと良いのですけど」
キシュトが運んできたのは、マグダレン作の、鴨肉の蜂蜜がけグリルとハニーケーキ。火事見舞いに贈ったのと同じ、牛乳やバターや蜂蜜をたっぷり使った自慢の一品だ。
そして、グリルの香ばしい匂い。
「肉の切り分け役は是非とも若様に‥‥お願いできますか?」
「うっ、うん」
ぎこちなく、しかし、丁寧に進めていくヨシュアを、皆が優しく見守って。
「これ、マチルド農園でいただいてきたんです。よろしければ召し上がって下さい」
和やかなお茶会の中、イリアがロゼンナに勧めたのは、マシュマロだった。
「マチルド農園でいただいて来たんですよ。折角ですから、その話でもお話しましょうか」
少しの希望も込めて話し始めるイリア。
「俺も何か話すか? 秘密結社やモンスターとの戦い‥‥レパートリーは豊富にあるぞ」
「ジノさん、ラヴな話は?」
「恋愛譚は‥‥すまん、無い事も無いが苦手なんでな、勘弁してくれっ!」
ファニィに突っ込まれたジノは慌てた。
「無い事も無いんだ」
「後学の為にも聞きたいです」
だが、お年頃な双子達は興味津々で。
「きっと素敵な恋物語だったんでしょうね」
「‥‥いや‥‥あれは恋愛でも無かったかもしれないな‥‥」
思わず呟いてしまったジノだが、
「‥‥って、そういうのは俺のキャラじゃねーって!」
大慌てで否定したのだった。
「ではここでお楽しみのマジックショー」
チャラララ〜ン、と現れたのはジャンヌだ。
頭には帽子、羽織るはマント、観客にヒラヒラと振る手には何も無い。
だが、何時の間にかその手にはジャグラー小道具が握られていく。
「「「おぉ〜っ!」」」
皆の視線を一身に受けそのままジャグリングを開始したジャンヌは。
「‥‥はぐぅっ?!」
ぽてっと転んだ。その上に落ちてくるのは、小道具。袖や背中に仕込んであった、手品のタネ達。
「‥‥し、失敗‥‥てへへっ」
誤魔化し笑いを浮かべたジャンヌは、直ぐに立ち上がると。
「名誉挽回! ナイフ投げします」
「じゃあジャンヌさん、これを頭に乗せて」
果実をジャンヌの頭にポンと乗せ、ガレットはトトトっと下がるとナイフを放った。
「よっ」
狙い違わず、ナイフは果実に刺さる。続けてもう一本。
「しまった?!」
「ひぃっ」
「‥‥なんちゃって」
手元が狂ったフリでドッキリさせる演出つきだ。勿論、ジャンヌも承知の上で焦って見せていたり。
「でも、こうして皆で過ごす休暇‥‥楽しいですね」
盛り上がる芸に軽やかな笑い声を立て、イリアは傍らの朱鳳に囁いた。
「あぁ。こうしてのんびりお茶出来るって幸せだよね」
冷たく爽やかなフルーツミントティーでノドを潤しながら、しみじみと頷く朱鳳。
ここに着いてから準備に追われ中々ゆっくり出来なかった。けれど、今こうして皆が喜んでくれているから心が満たされる。
のんびりお茶を飲めるだけで、皆の笑顔を見られただけで、ここに来た甲斐はあったと、朱鳳は笑みを深めた。
「‥‥そちらの歌姫程の美しい歌声も、さりとて、一流の楽士程の腕前も持ち合わせてはいませんが」
一段落ついた頃合を見計らい、アリアドルは優雅に立ち上がり、一礼した。その腕にリュートを抱えて。
「私の拙い喉と指に、時の彼方に忘れられた物語を紡ぐ機会を戴けるなら、これほど嬉しい事はありません」
奏でられるは、眼前の花畑にも負けぬほどの絢爛な旋律。時に華やかに時に艶やかに、歌われる物語。
咲き誇る花々が寄せてくれるかぐわしき香り。沢山の美味しい料理と麗しい音楽と。
「‥‥こう言う雰囲気は‥‥悪くない‥‥」
キシュトは小さく呟いた。その視線の先、ヨシュアも双子も仲間達も、皆笑っていた。
それが何より嬉しくて、キシュトは目を細めた。
やがて、余韻を残し歌い上げた物語。惜しみない拍手を全身に浴びながら、アリアドルはメルフィナに向けて微笑んだ。
「今度の伴奏はリュートですけれど‥‥」
その意をメルフィナが汲み取れない筈なく。返された可憐な笑みにアリアドルは一つ頷くと、リュートを爪弾いた。
耳に快い旋律、そして、先ほどよりも尚、伸びやかな歌声が空気を振るわせる。
それは、メルフィナとアリアドルが繰り返し練習した歌。ブランシェット卿を思い、元気になって下さいと願い、研鑽された歌。
よく知られた歌は、しかし、全く別の歌のようにボルト達には感じられた。
「アリアドルさん、もう一度お願いして良いですか?」
「えっ‥‥? どこか不満な点がありましたか?」
「いえ、そうではなくて。今度は皆さんで一緒で歌いませんか?」
皆を見回しながらの提案に、否やはなかった。
そして、再び奏でられるリュート。歌われる歌は、或いは完成度だけなら先ほどの方が上かもしれなくて。
それでも、皆の精一杯の想いが、楽しい気持ちがあふれた歌はとてもとても美しいと、アリアドルは思った。
花も蜂たちも空も山も緑も、喜んでいるように感じられた。周り中が優しく、輝きを増したかのように。
そして。
(「この歌声が、皆の想いがブランシェット卿にも届きますように‥‥」)
そう祈らずにはいられなかったのだった。