ザ・チャンピオン 〜罪と罰〜

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月04日〜09月09日

リプレイ公開日:2005年09月12日

●オープニング

 夕日に空が赤く染まる頃。近隣の村々に、澄んだ晩鐘の音が響く。
 古くからこの辺り一帯の村々を統べる、小さな教会。最後の鐘を鳴らし終わり、老司祭ダニエルはゆっくりと鐘楼から降りる。そして降りた先の礼拝堂には、一人の男がいた。
 穏やかな瞳を向ける老司祭を、その男は燃えるような瞳で見つめ返してくる。
「ダニエル・キィルセンだな?」
 久方に呼ばれた自分の真の名に、老司祭が眉をひそめる。そう、それは確かに自分の名であった。しかしそれは遠い昔に捨てた名でもあった。かつて持っていた騎士の位と共に。
「俺の名はロラン。ロラン・グランベルジュだ。‥‥この名、忘れたとは言わせないぞ」
「グランベルジュ‥‥!」
「とうとう見つけたぞ――父の仇め!」
 驚愕と怖れの入り混じった、複雑な表情を浮かべる老司祭。そんな彼を冷ややかに睨みつける男の瞳には、明らかな憎しみの炎が昏く燃え盛っていた。

 教会に『騎士ロラン・グランベルジュ』と名乗る若い男が現れ、老司祭を自身の『父の仇』と呼び決闘を申し込んできた。この話は瞬く間に近隣の村々に伝わり、その夜、教会の礼拝堂には村を代表する者達が慌てて集まった。「信じられない」と口々に囁く村人達を前に、しかし老司祭は沈痛な面持ちで事の次第を語った。
 ――それは、今から25年以上も前に起こったこと。
 当時この地域は戦禍に荒れ、人心は荒みきっていた。掲げるべき主君は失われて久しく、得た騎士位は何の意味も持たない形だけの権威と成り果て、主君と人民を守るためにあった筈の剣はいつしか自身の命を守り、永らえさせるためだけのモノと成り果てた。悲劇は――そして今回の事件の発端は、そんな時代に起こった。
「当時わしは、騎士位と剣の腕のみを振りかざし、荒くれ者達の首領の様な地位にあった。あの青年‥‥ロランといったか。あの男の父は、わしにとっては友人に等しい立場にいたが、わしをいさめようとしたことから争いとなり‥‥結果としてわしは、彼の父親をこの手にかけてしまった」
 しかもそれは、騎士としてはまったくもってあるまじき手段であった。仲間と共謀し、よってたかって嬲り殺しにしたのだ。
 だがその数年後。今度は自身が同じような目に遭わされるに至り、そのとき初めて老司祭は己の罪を知り、そして激しく悔いたのだった。自身を恥じ、そのときは自殺まで考えたが。そんな自分を留めてくれたのが、傷つきうち捨てられた自分を助け、諭し、そして神へ仕える今の道を示してくれた師たる司祭だった。以後、騎士位を捨てた彼は司祭として厳しい修行を重ね、身を粉にして地域の住民達を助けることに腐心し続けた。そのためには、時に自身が傷つくことも厭わなかった。それが、自分の罪に対する罰であると思って。
 老司祭の話を聞き、村人達は次々と口を開く。
「そんなことってねえです! 司祭様はこれまで、わしらのために十分尽くしてくださったじゃねぇですか! 司祭様のお陰で、一体何人が命を救われたと思うてるんですか!」
「そうですよ! 司祭様に救われた人達は‥‥命に限らず、人生そのものを救われた村人は、それこそいっぱいいるんじゃ。過去の罪がなんですか! それ以上の人達を司祭様はお救い下さった。神様だってそうお認めになってますよ!」
 その人生の大半を、近隣の村のために尽くしてきた老司祭はしかし、村人達の真摯な言葉にゆっくりと首を横に振る。
「皆の言葉はありがたいが、罪は罪。犯したと言う事実が消えることはない。それが今わしにこの命をもって償いをと言うならば、それもまた神の御意志。拒む理由はないのじゃ」
 今回決闘を申し込んできた騎士・ロラン。父が死んだとき、まだ年端もいかない幼子だった彼は、父の後を追うように母も死んだ後、血の滲むような道を辿って腕を磨いた。『父の名誉を回復し、グランベルジュ家を再興する』――その執念だけで生き延び、復興戦争でかの『傭兵貴族』アレクス・バルディエの率いる傭兵隊で武勲を挙げ、騎士位を与えられたのだ。
 だが若い頃騎士であったとはいえ、今の老司祭はかなりの高齢である。決闘を申し込んできた青年と渡り合って、まともに戦えるとは思えない。もちろん青年の方もそれをわかっているから、老司祭が代理人を立てることに異論はない。堂々たる態度で、我こそはと思うものは挑んでくるがいい、と言い切った。自分は理解者も協力者にも恵まれているから。そちらが挑んできた数と同じ数の同志を揃え、決闘に臨むという。
 そして決闘に勝利した暁には、父の仇として老司祭を断罪する――

 数日後。村々の代表者であるという男が、『決闘代理人』を求めて冒険者ギルドを訪れた。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1628 三笠 明信(28歳・♂・パラディン・ジャイアント・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2538 ヴァラス・ロフキシモ(31歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 ea3587 ファットマン・グレート(35歳・♂・ファイター・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea5229 グラン・バク(37歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5298 ルミリア・ザナックス(27歳・♀・パラディン・ジャイアント・フランク王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea8247 ショウゴ・クレナイ(33歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb0953 竜胆 零(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

重井 幸春(ea0900)/ アンジェット・デリカ(ea1763)/ シャクティ・シッダールタ(ea5989)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128

●リプレイ本文

●贖罪者
 正午を過ぎた頃、依頼人である村人に案内されて、冒険者達は司祭ダニエルを訪ねた。
 礼拝堂で祈りを捧げていた彼は冒険者達に軽く会釈をし、座ってくつろぐように勧める。ダニエルは彼らと向き合う位置に腰を下ろした。
 何呼吸分かの時が流れた後に、竜胆零(eb0953)が静かに問いかけた。
「決闘のことを決める前に、聞かせてほしい。いったい何が原因でロランの父から諌めを受けたのだ?」
 ダニエルは苦々しげに顔を歪めながら、ぽつぽつと過去を話し始めた。
「当時、わしは騎士の位を持っていた。が、実際は騎士にふさわしくない、腕だけを傘にきた高慢な男だった‥‥」

 戦争で主君を失ったことで生活の基盤をなくした騎士ダニエルは、すっかり自棄になってしまい、荒くれ者達の集団に加わり野盗紛いの活動をするほどにまで落ちぶれていた。
 そしてロランの父は、同じ主君に仕える騎士で『強きを挫き弱きを助ける』、ある意味理想の騎士であった。
 騎士ダニエルは、そんな彼を『現実を見ない理想主義者』と嘲る反面、苦境にあっても騎士としての誇りを失わない彼を羨ましく思っていた。
 やさぐれた日々を送っていたある日、ロランの父が訪ねてきた。
 騎士ダニエルに『騎士としての在り方』を説きに来たのだ。立派な騎士として、もう一度やり直すべきだと。きっとできるはずだと、彼はダニエルの仲間達に嘲笑されながらも熱心に話し続けた。
 しかし、すっかり心が荒みきっていたダニエルはその言葉に無性に腹が立ち、怒鳴りつけてしまった。
「そんな理想が、いったい何をしてくれるんだ!」
 騎士としての理想や誇りが、戦争で骨と皮にまで飢えた人々の腹を満たしてくれるのか。家族を失った者達の心を癒してくれるのか。主君を蘇らせてくれるのか。
「そんなもの、今の世には何の価値もないんだよ!」
 拒絶の言葉を叩きつけると、ロランの父は悲しそうに嘆息し、また来ると言って出て行った。
 ところが怒りの冷めやらぬダニエルは、仲間達と謀り、思い知らせてやろうとロランの父を追いかけ、襲った。
 ロランの父がいかに愚かなことを言っているのか、気づかせてやるだけのはずだった。自分を説得しようなんて気が二度と起こらないように。
 しかしエスカレートしていく仲間の暴力を止める時を見失ったダニエル。
 結果、ロランの父は殺された。

「今となっては後悔ばかりじゃ‥‥」
 司祭ダニエルは背を丸くし、顔を覆った。
「わしは、自分の弱さを認めたくないばかりに、わしを救おうと心を砕いてくれた友を殺めてしもうた。この罪、許されるとは思えぬ。しかし、わしが死んだところでそれは最も卑怯な逃げでしかない‥‥」
 ゆっくりと顔を覆っていた両手を下ろすと、司祭は後ろの祭壇に掲げられている十字架を振り返った。
「罪を犯したと思うならば、その罪を見つめて生き、救いを与えることにこそ努めよ、と師に諭された。そして今日まで生き延びてきたのじゃ。けれど‥‥」
 ダニエルは、シワだらけになった自分の両手を辛そうに見つめる。
「やはり、わしは卑怯な臆病者じゃ。『救う』という言葉を免罪符に、肝心の相手にそれを伝えず、ただの自己満足で生きながらえてきただけじゃ。彼には、わしを殺す権利がある。わしはそれを受けねばならぬ。20数年前、友を手にかけた時にそうするべきだったのじゃ‥‥!」
 爪が食い込むほどに握り締められる拳。悲痛な面持ちの司祭に、冒険者達はしばらく言葉も出なかった。
 しかしただ一人、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)はしかめっ面でダニエルに詰め寄った。
「おい、言っておくが、おめーに死なれたら俺に金が入らなくなる。だから、間違ってもあの野郎をかばったり、罪を償うとか言って自決をやらかそうなんてするんじゃあねえぞ。決闘のルールに従うんだぜ、いいな?」
「そういう言い方はないだろう」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)がヴァラスの襟首を掴んでダニエルから引き離す。
「まあまあ、ヴァラスさんの言うことにも一理ありますから」
 と、なだめに入る淋麗(ea7509)。
「あなたはこれまで、絶望した人々に生きるということを教示してきたのでしょう。ロランさんも同じように救ってあげないのですか?」
「お辛いでしょうが無下に命を捨てることをお考えにならないで下さい。ならば、貴方の友人は犬死にです」
 グラン・バク(ea5229)も続く。
「過去の想いと現在の意思、それは必ず未来に繋がる。その人にしかできない役割がある。友人からの受け売りの言葉ですが、今がその時なのでしょう」
 瞑目していた老司祭はゆっくりとまぶたを開けると、深く頷いた。決闘にすべてを委ねる決意をしたのだ。
 ひとまず教会を辞した後、逗留場所を提供してくれた村長の家へ向かう道すがら、ショウゴ・クレナイ(ea8247)がぽつりと呟いた。
「彼は、自分のしたことが自己満足であるとわかっていたんですね」
 そして、そんな彼を救うのが今回の仕事であることをショウゴはわきまえていた。
「憎しみの連鎖を止めるのが、私達の仕事です! 何があっても止めましょう、皆さん!」
 美芳野ひなた(ea1856)の気合のこもった宣言で、冒険者達は本格的に活動を開始した。

●断罪者
 村の宿に投宿しているロランのもとへ、立会人を代表して決闘の詳細を伝えに向かったアレクシアス達。食堂になっている一階の片隅のテーブルで彼らは対面した。
 提案した決闘の規約はこうだ。
・一対一の勝ち抜き戦である。
・魔法や魔法の武器アイテム関連は使用禁止。
・武器防具に制限はなし。
・試合前に装備を公開。
・回復道具は決闘終了後使用可。
 個人の勝利条件として、
・ギブアップ制+ノックアウト制。
 最後に総合勝利条件として、
・先に勝ち抜いたチームの勝利。
 以上のことが記されたものを渡されたロランは、黙って頷き受け入れた。紙面の最後に代理人と立会人の名前が並んでいた。こちらの詳細はこうだ。
 まず代理人。
 ヴァラス、グラン、ひなた、ルミリア・ザナックス(ea5298)ファットマン・グレート(ea3587)。
 立会人として、アレクシアス、本多風露(ea8650)、三笠 明信(ea1628)とロラン側からの立会人一人以上。
 ロランの側からも立会人には、たまたまその場に居合わせた旅の吟遊詩人が引き受けることになった。
「わたくしでよろしければお引き受けしましょう」
 吟遊詩人は、マレーアと名乗った。
 その後、彼らは少し話しをした。ルミリアなどは酒を手土産に親しみを見せ、自分も代理人として参加することと自身の流派や技等を話した。
 話してみればロランは決して復讐鬼などではなく、父を尊敬するふつうの青年であった。むしろ明朗な性格の好青年である。だからこそ、父を嬲り殺しにしたダニエルを許せなかったのだろう。しかしダニエルはかつては騎士。そのことには敬意を表して、決着をつけるなら決闘だと思ったのだった。
 ほどよく酒で気分もほぐれてきた頃、ヴァラスがさっそくロランに絡んだ。
「復讐なんてのはよォー、何の利益も生み出さねぇクソッタレな行為だと思ってるね、俺は」
「おぬし、酔っているのか?」
「まさかぁ」
 ルミリアの声にヴァラスはしれっと答える。
 また、竜胆とイルニアス・エルトファーム(ea1625)が教会でダニエルが語ったことをロランに伝えたりもした。
 黙って聞いていたロランだが、
「それでも、もうあとに引くつもりはないし、勝利したら彼を断罪することにも迷いはない」
 という決意は変わらなかった。
 帰り際、ショウゴは静かに望むように言った。
「彼の生涯をかけた『償い』を見届けるのはいかがでしょう。彼は後悔の人生を歩んでいます。死によりそれを断ち切ることだけが裁くことではないと思います‥‥」
 しかしロランはそれには答えず、わずかに目を伏せるのみだった。

●汝に罪ありや?
 決闘裁判の会場に、騎士の正装で現れたロラン。そして彼と共に決闘に臨む4人の決闘代理人。その中に見知った顔を見つけて、アレクシアスとイルニアスは唸ってしまった。
「あれは、桃山鳳太郎殿ではないか」
 剣客として名高いかつての依頼主と、こんな所で再会するとは。そればかりではない。
「その隣にいるのはジャン・タウラス。傭兵から身を立て、曲がりなりにも領主の身分となった男だ」
 イルニアスは僅かながら、猛牛のジャンと呼ばれるその男と面識があった。
「腕は立つのか?」
「領地経営の腕はともかく、復興戦争での戦いぶりの凄さは聞いている」
 ジャンの隣には小柄な戦士風の男。後に冒険者たちは、それがジャンの戦友のスレナスであることを知る。そして4人目はジャパンの剣士。
「本郷六朗か。また会ったな」
 パリ・貴族街のサランドン邸を舞台にした『日本刀品評会』で、貴族サランドンの代理となって剣を振るったこの男もまた、アレクシアスたちにとっては見知った顔だ。
「あれほどの者たちを味方につけるとは。これもやはりロランの人望故か」
 ふと、アレクシアスはその顔に笑みを浮かべる。
「結果はどうであれ、これはいい勝負になりそうだ」
 その言葉を受けて、アレクシアスと共に立会人を引き受けた明信が朗らかに答えた。
「その通りです。この決闘裁判で大切なのは、騎士達が大切にしている名誉。それはジャパン人の剣士たちも変わりありません。もちろんジャパン人のわたくしにとってもです」
 その名誉をかけた試合が、地面の窪みや小石のせいで台無しになってはならない。既に会場には明信たちの手で、入念な整備が施されていた。
「もっとも味方にも一人、心配なのがいるけどね」
 ひなたの独走を警戒し、零がうそぶいた。
 この決闘裁判で立会人を買って出た冒険者はアレクシアス、風露、明信の3名。さらにロランの側からもう一人が加わる。
「吟遊詩人のマレーアと申します。どうぞ、お見知り置きを」
 仮面の吟遊詩人は優雅に一礼。彼の者がこの場に居合わせること自体、その名を知る者にとっては少なからぬ驚きであろう。
 決闘場所には事態を心配する周囲の村人達が集う。病を得て床に伏す者、どうしても離せぬ用事のある者以外、全ての者が集まったかのよう。老司祭ダニエルの人徳の篤さを如実に物語っていた。村人以外の関係者は、その人集りの合間合間に顔を見え隠れさせている。
 刻限が来た。決闘に先立ち、まずアレクシアスが今回の決闘裁判の主旨を説明し、立会人として公正な判断を下すことを誓う。続いて風露が、決闘のルールを伝える。

 一つ。決闘方法は一対一の勝ち抜き戦。
 一つ。個人の勝利条件は、対戦相手が降参するか、対戦の継続が不可能になるまでとする。
 一つ。魔法や魔法の武器アイテム関連は使用禁止。
 一つ。武器防具に制限は無し。
 一つ。試合前に装備を公開。
 一つ。回復道具は決闘終了後に使用可。
 そして最終的な勝利は、先に勝ち抜いたチームの勝利とする。

 そして対戦が始まる。

●第1戦 本郷対ヴァラス
 第1戦はヴァラス、対戦相手は剣豪・本郷六朗。
「あれが噂の兜割り野郎か?」
「戦いとは言えぬが、一回だけ剣を交えたことがある。腕は立つはずだ」
 耳打ちするアレクシアスに、ヴァラスは歯を見せて笑う。
「兜は割れても、この俺の頭を叩き割れるものか」
 不敵に笑いつつヴァラスは決闘場に進み出、六朗と相対する。六朗はジャパンの武道に則り、戦いの前に一礼。
「いざ、参るぞ‥‥」
 だがその礼が終わらぬうちに、ヴァラスのナイフが六朗の喉元に迫ってきた。
「無礼者め!」
 咄嗟に日本刀を盾にし、ナイフの攻撃をかわして怒鳴る。
「勝負は礼に始まり礼に終わるという、我らジャパン人の流儀を知らぬのか!?」
「それがジャパンの流儀なら、俺は俺の流儀でやらせてもらうぜ! 勝負は最初の1秒から始まってんだ!」
 言い返したヴァラス、六朗の脛をしたたかに蹴り飛ばす。
「ホレェー、どうしたァ〜?」
 六朗、バランスを失うも何とか立て直し、六朗の隙を突いて日本刀を何度も振りかぶるも、その度にするりとかわされる。
「ホレホレホレホレホレホレホレホレェーッ!」
 挑発的にけしかけるヴァラスのペースに、六朗は完全に飲まれていた。一瞬、ヴァラスが大きく背中を見せる。その隙を逃してなるものかと、刀を突き入れる。だがヴァラスの動きは、まるで背中に目があるよう。ひらりと体を回転させ、強烈な回し蹴りの一撃を繰り出し、その足が六朗の腹に食い込んだ。無様に地に倒れる六朗。立ち上がろうとした時には、その喉元にヴァラスのダガーが突きつけられていた。
「む‥‥無念なり」
「ムヒヒヒ、とろいぜ」

●第2戦 ジャン対ヴァラス
 勝ち残ったヴァラスの次なる相手はジャン・タウラス。
「貴様の戦い方は今ので良く分かった。勝たせてもらうぞ」
「ほほォ、言いやがるねえ、オッサン」
 そして勝負が始まった。片手に剣、片手に盾という典型的な戦士の装備のジャンは、徹底的な守りの姿勢で、ヴァラスの攻撃をやり過ごす。低く身を屈め、ヴァラスの蹴りを何度ものその盾で受け流す。隙を狙うのが主戦法のヴァラスにとってはやり難い。しかし、その姿はヴァラスの目には、牛のごとく鈍重に映った。
「ホレホレ、オッサン。守りを固めてりゃいいってもんじゃないぜ」
 ヴァラスは素早くジャンの背後に回る。相手の背中はガラ空きだ。ヴァラスはためらわずナイフを突き出す。これで終わったな‥‥と思った刹那、ジャンは鈍牛から猛牛へ豹変。その巨体からは信じられない速さで体を回転させ、盾でヴァラスをぶちのめした。
 強烈な一撃に視界が真っ白になる。ヴァラスは仰向けに倒れ、視界が戻って最初に目に映ったのは、自分の喉元に剣を突きつけるジャンの姿だった。
「言ったろう? 勝たせてもらうとな」

●第3戦 ジャン対ファットマン
「ここで負けては皆の士気に関わる‥‥」
 ファットマンは緊張の面持ちで、武器をメタルロッドに持ち直したジャンと対峙する。
 勝負開始の合図があっても、身長差、得物を含めたリーチ差でファットマンは押しに押される。
 突撃槍の如く、突き出されるメタルロッドの乱打。
 力量はこちらが危ういと見て、ファットマンは受け流しに入る。
 自らを押し出されない様に、ロッドを直接受けるのではなく、限界寸前まで見切って腕で腕を受け止める。筋肉と骨肉の鬩ぎ合い。
(ジャンの体力も中々の事がある。伊達にヴァラスを倒した訳ではない)
 小柄なジャイアントと錯覚させるようなジャンの膂力に、反撃の機を伺うファットマン。
 そして、ジャンが突きの為、メタルロッドを引いた次の瞬間!
「破っ」
 掌底からの一撃が衝撃波となって、3メートルの円錐状に炸裂する。
 かわし切れずに、服の生地が千切れ飛ぶジャン。
「‥‥やるな、だが‥‥これはどうだ」
 ジャンは雄叫びを上げて、頭上から、メタルロッドを振り下ろす。
「次も見切る!」
 そう、その動きは負傷の為か、やや動きに切れがない、
 これなら受け止めて、楽々切り返しが出来るか‥‥と踏んだ瞬間。
 ジャンの手の中からメタルロッドが消えていた。振り下ろされるのは組まれた両手の平。
 すっぽ抜けたメタルロッドは重い音を立てて、ジャンの後背に落ちる。
「しまった、だまし討ちか!?」
 腕で、がっしりと両拳を受け止めるファットマン。いざとなれば、脚を払えばすむ事だ。
 ただ、それだけで勝負が決まる。
 しかし、次の瞬間受け止めた両手から過重がかかる。ジャンの全体力を振り絞っての押し倒しだ。
「負ける訳には‥‥いかぬ」
 闘志でファットマンの心理が空白になった刻、彼の背中は大地についていた。
 勝敗は決した。

●第4戦 ジャン対ひなた
 猛牛ジャンの手強さに、冒険者達は焦りを禁じ得ない。それは決闘裁判の成り行きを見守る村人たちとて同じこと。そして冒険者側の3人目の対戦者・ひなた。なぜか二人の赤子を抱いて現れた彼女は、登場早々とんでもない事を言ってのけた。
「私は私のやり方で戦います。決闘の方法は、この子たちをあやして笑わせることです」
「待て! そんな話は誰も聞いてないぞ!」
 唖然とする仲間を後目に、零がひなたを制止しようと駆け寄る。だが、ひなたは零の手を振りきって、言い張り続ける。
「決闘のルールは守ります。でもそのルールにも、『武器を持ち、殺し傷つけ合う以外の決闘方法は認めない』とはありませんよね? 決闘方法の決定も冒険者に一任なら、各人の戦う方法も一任です。この子たちを笑わすことが出来れば勝ち、泣かせたり傷つけたりすれば負けです」
「これは一体、どういうことだ!?」
 ついに、騎士ロランが観客席から決闘場内に乗り込んできた。
「待ってくれ、ロラン!」
「彼女の非礼はお詫びします!」
「この不始末には、私どもの手で決着を着けます故!」
 立会人のアレクシアス、風露、明信が口々に取りなす。ところがひなたは、ロランを前にして一段と声を強めた。
「見てください。この子たちはダニエルさんの村の子どもです。気付いてください、ロランさん。貴方の行為は、確かに正しいかもしれません。でも、ダニエルさんの守った命なんです。今、貴方の目の前の子どもたちは!」
 ロランの目が、ひなたをじっと見ている。ロランのみならず、その場に居合わせた全ての者の視線が、ひなたとその手の中の二人の赤子に注がれてる。
 ややあって、ロランはジャンに問いかける。
「ジャン殿。娘の言うやり方で勝つ自信はおありか?」
「俺は子守りをするためにここへ来たのではないぞ!」
 興奮気味に答えるジャン。するとスレナスが言う。
「僕に任せてくれ。こういう世間知らずな子どもの扱いには慣れている」
 スレナスはジャンの耳に何事かを囁き、ジャンは頷く。そして勝負は再開された。ひなたとジャン、それぞれ腕に赤ん坊を抱いて決闘場に立つ。
「私は小町流花嫁修業の免許目録を持ち、家事なら誰にも負けません。家事は生きる力、誰も傷つけない技能です」
 ひなたは赤ん坊をあやし始めるが、対するジャンは赤ん坊をじっと見つめたまま。突然、ジャンは豪快に笑い出した。
「わっはっはっは! 戦場では向かうところ敵なしのこの俺だが、赤子の扱いで女に勝てる訳もない。娘よ、勝ちはくれてやるぞ!」
 ジャンはあっさり勝負を降りた。

●第5戦 スレナス対ひなた
 勝ち残ったひなたの前に、次なる対戦相手のスレナスが現れる。
「泣かせたり傷つけたりしたら負けか。ならば、これはどうだ?」
 スレナスは赤子を空高く放り投げた。
「あっ‥‥!」
 無意識のうちにひなたは駆け出していた。放り投げられた赤ん坊を受け止めようと、無我夢中で。するとスレナスが情け容赦なくも足払いをくらわせ、ひなたは転倒。そのショックに腕の中の赤子は仰天! わあっと泣き出した。次いでスレナスは見事な早業で、落ちてきた赤子をその腕の中に受け止める。最初、何が起きたのか分からぬ様子できょとんとしていたこちらの赤子も、やがて盛大に泣き出した。
「どちらも赤子を泣かせたということで、勝負は引き分けですね」
 立会人マレーアのその言葉に、残る立会人も即座に同意。正直言ってこの結末に救われた思いだ。
「でも、今のはスレナスが‥‥」
 只一人、納得いかない顔のひなた。しかしスレナスは彼女に言う。
「君は赤子を守りきれなかった。そもそも、自分で自分を守ることさえ出来ぬ非力な者たちを、決闘場に連れて来たのが間違いだったのだ。もう二度とこんな真似はするな」
 そしてスレナスは観衆に問いかける。この赤子達の母親は誰かと。ややあって、赤子の母親二人がおずおずと名乗り出ると、スレナスは二人に詫びを入れる。
「貴方達の大切な子どもに酷いことをして、済まなかった」
 赤子二人がその母親の手に戻ったのを見届けると、スレナスは潔く決闘場を去った。

●第6戦 ルミナス対桃山
「スレナス殿戯れが過ぎよう」
 桃山鳳太郎がスレナスの子供だましに苦言を呈する。
 笑っていなすスレナス。
「スレナス様助太刀ありがとう。後の事はお気になさらないよう」
 緊張した面持ちでロランは顔を朱に染め、次手の鳳太郎を促す。鳳太郎は刀を片手に、決闘場へと踏み出した。
 既に決闘場で待ちかまえていたルミリアは仕切り直しの大任を任され、意気も高ぶる。
「全力を以て挑もうぞ! 例え、御前試合剣技と呼ばれようが」
「コナン流は実戦の太刀。一対一の戦いにて雌雄を決する事が得意ともな。そして、ルミリア殿に勝って、次のグラン卿をも引き摺りだしてみせよう」
「その言葉、我が太刀を受けてからも言えるかな? いや、受けさせん‥‥正面から叩き潰す、小細工はなしだ!」
 乾いた風がふたりの間を駆け抜けていった。
「勝負!」
 アレクシアスの声が上がる。
 それを切っ掛けに剣士達は、互いの間合いを計り始めようとした。
 だが、ルミリアも鳳太郎も動かない。
 いや、動けなかった。
 一気に攻め寄せる大海原‥‥を走る大波の如く、間合いを取ろうとルミリアが焦っても、体が言う事を利かない。
 緊張の中、鳳太郎が口を開く。
「戦場往来の剣同士‥‥なめてもらっては困る」
 まさしく、鳳太郎は一本の齢何百年に成ろうかという大樹と、ルミリアの目には映っていた。
 刃は幹から自然に伸びた枝の如く。腰を引き、重心を後ろ足に落とす。ただ、それだけの構えがルミリアを圧倒する。
(「あれは正しく『体中剣』!」)
 出来る。と風露は感嘆する。
 ルミリアが大波ならば、鳳太郎は大樹。どちらも依らず動かない。
 だが、波はうねりを上げて、古木へと雪崩れかかる。
 蟹足を使い靜から動へと移ろう、ほんの僅かな鳳太郎の隙。
「トォォォース!」
 気合いと共に繰り出す鳳太郎の起こりを、ルミリアは見逃さなかった。
 ルミリアのクレイモアの渾身の一撃が鳳太郎の刀を打ち砕く。
「天晴れ。負けを認めよう」
 天秤は再び冒険者側に傾いた。

●第7戦 ロラン対ルミリア
 ルミリアはクレイモアを肩に担ぐようにして、ついにこの決闘場まで引っ張り出したロランを視ていた。
「我が輩の戦い方は昨晩教えたとおりだ‥‥手加減しない」
「悪いが俺は、負けるわけにはいかないのだ‥‥! 父の尊厳の為にもな」
 アレクシアスが両者に問い質す。準備はいいか? と。
 ふたりが頷くと同時に激しい視殺戦が始まる。そして、十分な間合いを取り、一撃必殺の一刃を繰り出す機会を伺う。いや、そのチャンスを作るべく、間合いを計る。しかし、ロランは執拗に間合いを詰めさせない。
 互いに重量級の武器を持てども、一撃必殺のコナン流と、実戦で鍛え上げたどんな攻撃が繰り出されるか不明の我流では、どちらが有利とも不利とも言えない。
 決闘時は間合いをしっかり測った後、全身全霊の技と意地をただ一太刀に込め『まっすぐ最短距離で踏み込み、真一文字に斬る』。
 戦いは長期化し、さすがにクレイモアを持っての戦いは両者にとって忍耐の一字となっていた。
 ここでルミリアは大博打に出る。
 小細工は一切なし。
 両手でしっかと剣を握り、受けられたりかわされたりいなされたり反撃を受けようが、かまわず一歩を踏み込む覚悟を決める。
 鎧も剣も何もかもを全て断ち切って相手に我の剣を届かせよう。 ただ、それだけ、まさしくルミリアは一本の折れざる剣であった
「この一太刀、凌げたならばあなたの勝ちだ‥‥! 参る!」
「こい、俺の覚悟を見せてやる。父の魂の為にも! ダニエルを断罪する為にも!!」
 ふたつの全身全霊がぶつかりあった。ルミリアの鋼の一撃が、ロランを襲うが、見事な脚捌きでいなされ、返す刀でクレイモアを決闘場外に弾き飛ばされてしまった。
「勝負あり」
 アレクシアスは宣した。

●決戦 ロラン対グラン
 始まった最後の一戦。
 激しい剣戟かかわされ始める。
 その鋼鉄同志での会話の合間を縫って、グランがロランに言葉を投げかける。
「知っているか? 騎士足る者、民を第一に考え」
「この期に及んでまだ何を言うか」
 ロランは苛ただしげに体重を全てクレイモアにかけて押し倒そうとする。耐えるグラン。
「いかなる時も私情に流されず」
「親をなぶり殺しにされた者への言葉がそれか‥‥」
 クレイモアの鋼の嵐を両手の盾で堪え忍び、逆に突きかかるロラン。しかし、グランは諦めない。
「そして、見渡し自らを自制する者」
「うるさーい! 俺の‥‥俺の‥‥」
 嵐が止んだ。それが台風の目のほんの一時にしろ。剣は引かれたのだ。
「本当に誇り高き血を引くなら思い出せ‥‥この決闘、貴殿の父の教えに沿うか? ダニエル殿は、貴殿の父を殺めた後、まさしくその通りの人生を歩んできた‥‥。貴殿の断罪は正義か?!」
「そうでなければ何だというのだ」
「罪ではなく、人を断ずるのは是か!? 応えてみろ」
「それは神々の決める事だ! 剣に問え」
「埒もない」
 言いながら突っ込みをかけたグランのシールドソードで放った一撃で、ロランのクレイモアを破壊しようとしたが、その打撃は、脱力したロランの手では支え切れず、剣を天へと昇らせていった。
「もう、判っているのだな‥‥」
「俺は‥‥俺は‥‥」
 言って膝を突くロラン。
「判ってはいるが、判る訳に行かん‥‥」
「ここに神意が下された。ダニエルに罪無し」
 アレクシアスはロランの言葉を降伏宣言と解釈し、一同に示した。
 決闘は終わった。

●罪と罰
 歓喜を上げる村人の声、対照的に沈むロランの面。彼の人となりを識る、ジャンやスレナスと言った面々は無表情で見つめる中。麗はダニエルの傍に立ち、
「罪を犯したものに与えるのは罰ではなく、使命だと私は思います。この世に赦されない者など一人も居ないはずです」
 グランはロランに向かい。丁重に
「キミの義が退けられた訳では無い。ただ、神の愛がこの老人の重荷を労られただけだ。卿の剣は一点の曇りもない見事な剣だ。だからこそ、俺は最後の瞬間に卿の振るう剣に躊躇いを見た。さもなくば、俺達のような未熟者がうち勝てる筈もなかろう。キミは本当は‥‥」
「黙れ! 何が判る!」
 言いつつも力無くうなだれる。
 そんな彼にダニエルが近付き、
「貴公がわしを許せぬだろうことはわかっている。わしは騎士位を捨て、そしてかつて騎士らしからぬ振る舞いで、貴公の父を死に至らしめた。‥‥そんなわしに、騎士としての礼節など不要じゃ。貴公にはわしを断罪する権利がある」
 気がすまないならば自分を断罪せよ、と告げるダニエル。一瞬の間。いや一瞬の魔か?
 やにわにロランが剣を抜き放ち、気合い一閃振り下ろした。

 身構えていたヴァラスがロランにダガーを投げつける。立会人のアレクシアスがそれを叩き落とす。咄嗟に魔法の輝きを放つ麗。ロランの剣をデストロイで砕かんとする。
 しかし、それよりも速くその切っ先は見事に司祭の‥‥。
「きゃあ!」
 悲鳴を上げるひなたの声に、村人達の身体に戦慄が走った。

 ロランの剣は司祭の影を貫き、その身に一筋の傷も負わせては居なかった。
「‥‥これが俺の復讐だ」
 静まり返る一同に、吐き捨てるように言うロラン。
「残念ながら、この男の今の主君は俺の主君などよりはるかに上におわす方だ。赦せない。だが、俺が出来るのはここまでだ」
 影への復讐‥‥。そう言えばそんな物もあったなと、ショウゴは思った。
「お前がが本当に『贖罪』を果たしたのか‥‥それを判断するのは俺じゃない。‥‥何よりも尊い方がそれを判断する。そして成されていないとなれば、そのときこそ真の断罪の剣がお前の上に振り下ろされる。覚悟しておけよ」
 言い捨てて、ロランはその場を振り返りもせず踵を返す。それに続く彼の同志。見送るように紡ぎ出される竪琴の調べ。

♪王の王は背負われた カルバリの丘に十字架を
 領主の領主は赦された 自分に仇為す者達を
 ああ汝 主の働きを見し者よ 汝の祈り遂げられた
 仮令汝が見えずとも 汝の主君は果たされた

 獅子の子よ この苦き杯を干せ 主は御心を為し給われた
 獅子の子よ 主の愛を現すはこれ 汝御心に適う騎士よ
 ああ汝 主の御心を為す者よ 汝の恥も拭われた
 仮令汝が恥じるとも 汝が主君は誇られる

 主の御手は傷ついている 主の手に成りし者は誰(たれ)
 主の足は痛んでいる 主の足に成りし者は誰(た)ぞ
 ああ汝 主の御手よ主の足よ 汝が罪は赦された
 仮令汝が責めるとも 汝が主君は赦された♪

 楽の音を背景に、声もなくその場で泣き崩れるダニエル。それを涙ながらに宥める麗達。グランとアレクシアス、互いに目を合わせて頷きあい、互いの剣を一合、軽く打ち合わせる。
 高く響く剣戟の音。それは過去の罪の清算の証。そして弔いの鐘の音でもあった‥‥。