ザ・チャンピオン 〜当て馬狂騒曲〜

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2005年09月29日

●オープニング

「アニエス姫、麗しの君よ。此度のサランドン邸での婚儀祝いの夜会の席にて、御側に侍ることお許しいただけませんか」
「まあ、光栄ですわレナード卿。ですがわたくし‥‥同じお誘いを、他の騎士様からお受けしておりまして」
「な‥‥それは誰ですか? 是非お聞かせ願いたい! 姫の御側に侍るにふさわしい男かどうか、確かめさせていただきます!」
「そんな、困りますわ」
「それでは私が納得できないのです!」

「――で」
 有力貴族ヴォグリオール家の『箱入息子』オスカーは、珍しく自身の館を訪れてきた異母姉・アニエスを仏頂面で見据える。
「なんでその、『姉上をお誘いした騎士様』を用立てる話がボクに回ってくるのか、小一時間ほど問い詰めていい?」
「あらぁ、だって。ここでアルシオンお兄様じゃ、ウソだってバレちゃうじゃない♪」
 いたずらっぽく微笑み、アニエスが言う。その言葉に、オスカーはますます眉間の皺を深くする。
 ――ことの起こりは、昨日のヴォグリオール邸での茶会の席。
 二週間後に行なわれるガルス・サランドン卿とマリー・カルディナス嬢の婚儀祝賀の会。その席でのヴォグリオール家の姫君アニエスのエスコート役を、若手貴族の1人レナード・シュスランが申し込んできたことに端を発する。
 ここで彼女が素直に承諾の返事を返していればよいものを、女心の些細な見栄からつい「他にも申し込まれている」などと嘘をついてしまった。そして更にここでレナードが素直に諦めてくれても良かったのだが、あにはからんや。彼の高いプライドがそれを許さなかったらしい。故に、「その男、まことアニエス姫にふさわしいかどうか。この剣にて確かめさせていただく!」と宣言した次第。つまり、自身に先んじてアニエスに申し込んだ男と決闘を行ない、どちらが姫のエスコートを務めるのにふさわしいか決めよう、ということになってしまったのである。
 こうなると、まさか今更「見栄からついた嘘でした」などとは言えなくなるのが世の常。ばらしたら最後、今度はアニエスの面目の方が潰れてしまう。至急、『彼女に申し込んだという騎士』を用立てねばならないのだが‥‥。
「このところ、アナタがらみの決闘騒ぎで代理人やってる赤毛の騎士様がいるじゃない。彼でいいわ。貸してよ」
「何ふざけたこと言ってンの! 彼は僕のお抱え騎士ってわけじゃないんだよ! 大体ねえ、一個人を『貸せ』はないだろ!」
「大声出さないでよ! 何? それじゃアナタは、この姉に女として恥をかかせたいの? 不甲斐ないわね! 一族であろうがなかろうが婦人には礼節と誠意をもって尽くせ、っていうのが当家の家訓よ。お父様に言いつけるわよ?!」
「ぐ‥‥!」
 絶句したオスカーを、アニエスは満足げに見やる。
「ともかく。彼であれば嬉しいけど、ムリなら他の人でもいいから。レナード様の相手になってくれる騎士様を用立てて欲しいの。さっきも言ったけどアル兄様に頼むには何だし、あたしが自分で都合つけるわけにはいかないし。あなたなら冒険者ギルドの常連ですもの。手配もしやすいと思うわ。よろしくね♪」

 かくして、姉姫が機嫌良く去ったあと。オスカーは脱力して机に突っ伏した。ギルドへの口実と冒険者の手配に関しては彼の忠実かつ有能な老侍従に一任し、今回の件について考える。
 何だかんだと押し切られてしまったが。要はこれは、姉の『女の見栄』から降って沸いた空騒ぎだ。2人の男が自分を取り合って決闘に至った、という状況は、彼女の虚栄心をこの上なく満足させることだろう。加えてどちらが決闘に勝っても、彼女にとって都合の悪いことは何もない。哀れなのは今回の決闘を受けることになる騎士と、その騎士を手配せざるを得ない自分自身‥‥。
「‥‥でもそれじゃあ、不条理だと思うんだよねぇボクとしては!」
 にまぁり、と人の悪い笑みを浮かべ、そう独りごちて跳ね起きるオスカー。
 そもそも、この騒ぎの元凶は“アニエス自身”なのだから。彼女にも何か、相応のしっぺ返しがあっても良いはずだ。何よりただ貧乏くじを引くだけの立場に甘んじるなど、冗談ではない。
「彼らに依頼をするのはボクだもんね! 大体“女の浅知恵”でこのボクを利用してやろうなんて100年早いんだよ、姉上」
 去っていった姉姫の館の方角を見やり、『箱入息子』は不敵に笑う。
 さて如何にして事態を丸く収め、かつ、思うとおりの顛末を導いてやろうか。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1911 カイ・ミスト(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4944 ラックス・キール(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

ケイ・メイト(ea4206)/ サラ・フォーク(ea5391)/ フェノセリア・ローアリノス(eb3338

●リプレイ本文

●貴公子の思惑
 ヴォグリオール邸内、貴公子オスカーの館。
 依頼を受けた冒険者達と対面するや否や、主である貴公子は今回の依頼で本当に頼みたいこと――姉に夜会の席でのエスコートを申し込んだ騎士として、若手貴族の一人、レナード・シュスラン卿と決闘して欲しいということ――の詳細を説明した後、集まった彼らに平謝りに謝った。「姉の『女の見栄』に付き合わせて申し訳ない」と。
 後日、氷雨絃也(ea4481)のいわく、『土下座せんばかりの勢い』で彼らに謝り倒した後、箱入息子が言うには。
「ともかく。『レナード卿以外の騎士に申し込まれた』という点で姉に恥をかかせるようなことがなければいいわけだから。厳密に言えば今回の依頼は、これまでみたいに必ずしも決闘に勝つ必要はないんだ。ついでに言っちゃうと、『それさえ守ってくれれば』こっちはもうどうだっていい。『キミ達が思うままに』好きにやっていいから。どっちかというと、ボクはこっちの方に大いに期待している。そのためには協力は惜しまないから、よろしく頼むね!」
「それは、平たく言えば。『意趣返しをしたければどうぞ』ということだと解釈してよろしいのでしょうか?」
 サーラ・カトレア(ea4078)が問うが、オスカーはそれに意味ありげににやり、と笑っただけだった。彼と面識があるアレクシアス・フェザント(ea1565)と淋麗(ea7509)が、そっと視線を交わして苦笑しあう。おそらく彼の思惑は、サーラの指摘と寸分違わない。
「お気持ちはよくわかりました。最善を尽くさせていただきます」
 カイ・ミスト(ea1911)が礼儀正しく言い、依頼人たる少年に一礼する。
「――今回の決闘は、レナード卿の関係者以外に知れないよう出来うる限り内密に済ませたほうがよいですね。同様に『オスカー殿も無関係』ということにしておいた方がよいかと。話がこじれる原因となりますので。まあ、オスカー殿は離れた所から高みの見物、としゃれ込んでください」
「内密、ねえ‥‥。それはちょっと難しいのではないですか?」
 カイの提案に、冷静にそう言い返したのはアハメス・パミ(ea3641)。
「その発端が何であれ、決闘は決闘。既に貴族の方々は、この噂を聞きつけ、他愛ない余興として楽しみにしている可能性が高いと思いますよ。それにオスカー殿が冒険者ギルドと接触したことは、知ろうと思えばすぐに知れることです。ここは素直に、状況を否定せず、かつ大っぴらに行なうのが一番ではないかと思いますが」
 その背後に何らかの思惑が絡んでいない、とまでは思わないが。しかしアハメスには今回の件は、『余興』としての側面が強いような気がしていた。ならばいっそのことその期待に応え、イベント的に仕立て上げてしまうのも一興かと考える。しかしその案にカイは眉をひそめた。
「それも一理あるとは思いますが‥‥しかし今回の件は、なるべく穏便にかつ隠密にやるべきです。貴族社会というのは、そんな開けたものではないんですよ?」
「そいつぁ同感だなあ。お祭り騒ぎにしちまうかどうかはともかく、この件、結構面倒だぞ。決闘裁判みたいに、丁半つけて終り、みたいに単純なもんじゃねえし。しかも今回の立場は『代理人』じゃなくて『当事者』だ。慎重にやるに越したことはない、と思うがね」
「ふん‥‥つくづく思うがまどろっこしいものだな」
 ラックス・キール(ea4944)の言葉に、絃也がポツリと呟く。
「しかし今回、姉姫様が指定してきた騎士はアレクシアスさんなんでしょう? 彼がよくオスカー様の名代として決闘に臨んでいることは、知ってる人は知っていますよ。かつ、オスカー様が冒険者ギルドに接触を持った事実は、アハメスさんが言う通り隠しきれるものではないと思います。さすがにオスカー様も気を遣って別件の依頼を装ってますけど、状況的に推測することは難しくないと思いますね」
 これは、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)。
 しばしの討議の後、アハメスの意見を採用し、今回オスカーが冒険者ギルドに接触を持ったことは逆に公にし、『姉想いのオスカー殿が、決闘の舞台設定等を冒険者ギルドへ依頼した』という体裁をとることにした。決闘そのものは、その発端となった理由が何であれ、もともとイベント的な要素が強い。なのでこちらから進んで『イベント仕立て』にする必要はない、ということで、意見がまとまる。
「ただし、『依頼人の意向』はそれに限らないようですから。姫君には『軽率な発言』が思わぬ事態を招いたと思っていただく趣向を凝らすのもあり、だと思いますけどね。それで姫君が少しでも反省なされば上々。逆に喜ばれるかもしれませんけど。――このような感じで如何でしょうか? まぁ、『女の浅知恵』ですが」
 笑みと共に向けられたアハメスの視線に、オスカーがとぼけたように片眉を跳ね上げて舌を出した。
「では私は、アニエスさんのフォローに回ります。今回の件は個人的なモノが発端になっているだけに、当事者への働きかけも重要だと思いますから。‥‥人間、素直なのが一番、なんですけどね」
 麗が言う。それにグリュンヒルダも頷いた。
「そうですね。『人の恋路を邪魔する奴は‥‥』という例えもあります。案外厄介な問題が隠れてるかもしれませんよ」
「厄介な問題? 浅知恵じゃないの?」
 きょん、とした表情でオスカーが訊いてくる。グリュンヒルダはそれに真顔で。
「それはどうでしょう? 『女』というものは意外と奥が深いものなんですよ?」

 かくして方針は定まった。
 依頼人オスカーが望む、姉姫アニエスに対する『意趣返し』に関しては、アレクシアスが一案を出しそれで行こう、ということで意見が一致する。が、これを成功させるにはやはり、活動は内密で行なった方がいいだろうということになり、この点においてはカイの提案を活かすことになった。最低限のことを決めたら、後はこのメンバー全員で接触を持つのは、可能な限り避けるというやり方だ。
 各人の動きが纏まり、ひとまず場は解散、の運びとなるが。足取り軽く、会合の場であるサロンを後にしたオスカーを、一人の女騎士がこっそりと追いかけていた。「何?」と振り返ろうとする箱入息子に、にゅっ、と白い手が背後から伸ばされる。
「ふん、何が『女の浅知恵』だって?」
「――?! なに? プティング‥‥って、違うなあ‥‥。彼女ならもっと胸のサイズがそこはかとなくスリム‥‥ひてててててて!」
 後ろから張り付いてきた人物に向かって、無遠慮に首を後ろに倒して感触を確かめるオスカー。この『不届き者』に、伸ばされた手がこれまた遠慮なく少年特有の丸い頬を左右に引っ張った。おお、想像以上によく伸びる。
「はがー! ひゃひふぅんらー!?」
「まったく。赤毛の騎士様を指定してきた段階で『偶々』以上の意図を疑わなくてどうする? 自分らの悪戯好きの家系自覚しろよ。ん?」
「‥‥なんれ?」
「言っただろ。『女』ってのは意外と奥が深いものなんだよ、箱入少年」

●男達の思惑
 『姉を想って』準備を買って出たオスカーの名代として、相手であるレナード・シュスランに決闘の詳細を伝えるべく、アハメスと絃也はパリ・貴族街の一角にある彼の屋敷を訪れた。
「ようこそシュスラン邸へ。私がレナードだ」
 現れたレナード・シュスランは、二十歳になろうかという年頃の青年だった。騎士服を粋に着こなし、なかなかの洒落者であるといってもよい。それとなく集めた情報によると、見てくればかりではなく腕の方も『剣をもって確かめる』と宣言するだけのことはあった。まだ年若いため実戦における戦績こそ目立つものはないが、騎士団同士の模擬戦ではかなりの成績を残しているそうだ。
 ひとまず形式にのっとった挨拶を交わし、レナードに今回の決闘の日時や場所、方式などについて述べるアハメス。レナードは彼女の言葉を黙って聞き、頷いた。
「ふむ、承知した。して、立会人は誰が務めるのかい?」
「僭越ながら私と、この氷雨絃也が務めさせていただきます」
「――ぱっと見、両名とも騎士ではないようだが?」
「ご心配なく。作法についての知識はございます。それに、私どものような立場の者の方がより公平に判断できるだろうというのが、オスカー様の考えです」
「なるほど。では当日は、よろしくお願いする」
 極めて何の問題もなく会見は終了する。予想していたよりも冷静で頭も切れそうだ。ただし今回の件を見るに、時に思い込みの激しさを見せることがある、というところか。

 今回の決闘において。『当事者』としての役割を担い決闘に臨む役は、アニエスの希望であるということも考慮してアレクシアスが務めることになった。
 ただし『挑戦者』に今回は仕掛けをしておく。レナードは勿論、アニエスにも。彼女を巡って決闘を行なうことになるのはアレクシアス、ということにしておいて、決闘当日、その場で二人の騎士――カイとラックス――が、アニエスのエスコート権を巡って決闘を申し込むのだ。そして、場を収める判断を、『渦中の人』であるアニエスに一任する。彼女にとっては予想外の事態だろうが、意地の悪い見方をすればある意味望んでいた状況であるといえよう。彼女の面目を潰すことなく、しかし依頼人の望みも叶える、という依頼の主旨にも一致する。
「しっかし、身に覚えのないところで恋敵たあ、災難だな?」
 呆れたように言うラックスに、アレクシアスは苦笑のみで答える。そんな彼の反応を真顔で受け止め、ラックスは声を潜めた。
「なあ、最初の場でも言ったが、今回の『決闘』はこれまでとはちょいと勝手が違う。これまではその場限りでケリがつくものが多かったし、何より立場は『代理人』で当事者じゃなかった。でも今回は違う。下手に勝ったら恨まれるのはこっちの方になる。それもかなり尾を引いてな」
「そうだな」
 これはラックスの見解だが、レナードは決して此度の夜会でのエスコート権のみを得るために決闘するわけではない。恋のライバルを見定めるため――戦えばその時点で『恋敵』として認定されてしまうわけだ。結局勝とうが負けようが関係なく、彼とは望まざる人間関係が出来てしまう。にも関わらず、現場ではオスカーらのフォローは期待できない。
「悪いことは言わねぇ。この決闘、上手く『負けちまった』方が今後のためにはいいと思うぜ。姫様にしてみれば、勝つのはどっちだって構わないだろうし、負けたところで依頼人に別に不利益が生じるわけじゃない。問題はこっちのプライドだが、それにしたって『負けても当然』の状況を演出すればいいだけだ。何だったらあんたは単に転ぶだけでもいいんだ。後は俺がやる」
「申し出はありがたいんだが」
 ラックスの説得の言葉を、やんわりと制するアレクシアス。
「そっちの言っていることはわかる。おそらくそれが、一番問題がないだろうってこともな。だが、勝手ながら今回は事情があってな。‥‥この決闘、勝ちに行こうと思ってる」
「――何か、理由があるな?」
「ああ。極めて個人的なことで申し訳ないが」
 きっぱりとアレクシアスが言う。なるほど、今自分が言った危惧を理解したうえで。それでも『勝つ』と彼は言っているわけだ。ラックスはため息をつく。
「了解。なら、もうこれ以上は言わねぇよ。勝負といこうぜ。言っとくが遠慮はしないからな」
「勿論だ」
 『事件』の陰には思惑がつきもの。依頼人は今回それを『女の見栄と浅知恵』で片付けていたが。そうとは限らない、と言っていたのはグリュンヒルダだったか。
――こうなると、その可能性も捨てきれねえなあ。
 『当事者』の役を演じて欲しいと言い出し、彼を引き込むきっかけを作ったのは姉姫だ。もしかしたら彼女は、これを見越して弟に役を振ったのだろうか。

●女達の思惑
 さて、その問題の姉姫アニエスであるが。現状にかなりご満悦なようだった。それもそうだろう。結果として、自分が望んだ騎士が、頼みを引き受けてくれたわけなのだから。この一件に関して、グリュンヒルダと共に彼女のフォローに回った淋麗は、そんな姉姫の様子に少々心苦しいものを感じていた。依頼人の希望とはいえ、これから自分達がやろうとしているのは、彼女をハメることには違いないわけだから。
「アニエスさんはどんな方にエスコートしてもらいたいのですか? 私は私を思いやりをもって守ってくれる方にエスコートしてもらいたいです。戦いに勝つこと、イコールすばらしい、じゃないと思うのですが‥‥」
「そうね。それは私もそう思うわよ」
 あっさり、とアニエスが言う。今回の件で、少し反省をしてもらおうかとさりげなく彼女に対し説法を試みている麗だったが、対するアニエスは、麗のそんな様子に怒るでもなく、「それもひとつの考え方だわね」と鷹揚に話を聞いている。しかし反省の色を見せているわけではないので、成果はいまいち、というところか。
「さて、一応確認しておきたいのですが」
 麗とアニエスの会話をしばらく黙って聞いていたグリュンヒルダが、さりげなく二人の間に割り込む。
「何かしら?」
「アニエス様は、今回あなたがオスカー様に連れてきて欲しいとねだった騎士――アレクシアスと、問題の夜会の主賓の一人であるマリー嬢が、知り合いであることをご存知なのですか?」
「ああ、それ? 知ってるわよ、もちろん。詩人の歌の題材になってるぐらいですもの。年頃のコは皆知ってるんじゃないかしら」
「失礼かとは思いますが、今回の夜会はそのマリー嬢とガルス卿の結婚祝賀の会です。くれぐれも昔の知人を利用して何か騒ぎを、などとは」
「やるわけないでしょ。マリーとは知らない仲じゃないんだし。友達の結婚のお祝いを、何故ぶち壊さなきゃならないのよ? 大体、そんなことするならわざわざ人を使ったりなんかしないわ。あたし、喧嘩は自分で売る主義なの」
「――そうですか」
 今回、彼女がレナードの誘いを断った理由。その理由としてグリュンヒルダは、『アニエスの想い人=ガルス卿』という状況を想定していたのだが。彼女の反応を見るに、どうやらそういうことはないようだ。とすると‥‥
「じゃあアニエスさんが今回レナード卿のお誘いをすぐお受けにならなかったのは、どうしてなんですか?」
 麗の問いかけに、アニエスはいたずらっぽく肩をすくめる。
「あら、だって。誘われて悪い気がしなかったのは確かだけど、そこで素直に『はい』って言っちゃったら、何だか待ち構えてたみたいじゃない。ちょっとじらしてみようかな、って、ただそれだけだったのよねぇ」
 それがまさか決闘騒ぎになるなんて。それが彼女の正直な心境らしい。
 ならばそのとき、正直にそのことを告げたうえで返事を返していれば、と思わないでもないが。それは生憎彼女のプライド、弟オスカーの言葉を借りて言うなら『見栄』が許さなかった、ということだろう。
「では、『赤毛の騎士様』を今回指名した理由は?」
「うーん。率直に言えば、興味があったからよ。マリーって見かけの通りすごい真面目なコで、結婚が決まってからはそれこそ、夫になる男性以外の話なんてほとんどしなくなっちゃったんだけど。その彼女が、旦那様の次によく話していたのが、両親の無念を晴らしてくれたっていう『赤毛の騎士様』を始めとする冒険者のことだったのよね。で、聞いてみたらその騎士様、ウチのバカ弟とよくつるんでるって話で。ならどんな人か、一度会ってみようかしらって思ったのよ」
「‥‥それだけですか?」
「他に何か理由いる?」
 しれっ、としたアニエスの返答に、麗は絶句。一方のグリュンヒルダは鳩尾の前で腕を組み、うつむいた状態で肩を震わせている。おそらく、爆笑したいのを必死で堪えているのだろう。二人の反応を満足げに見やりながら、アニエスは続ける。
「それに上手くすれば、会えるわけじゃない? 騎士様と彼女。それこそ物語みたいで素敵じゃないの♪」
「――確かに」
 ククク、と笑い声を漏らしながらグリュンヒルダ。
 事の発端と真相がこれだということは‥‥事態を深刻に見ていたカイあたりが耳にしたら卒倒するかもしれない。確かに『女の浅知恵』には違いないが、結局男達はそれに振り回されざるを得ないのだ。
 何につけても、哀れなるは男達――ということだろうか。

●挑戦者達の思惑
 いよいよ決闘当日。やはりこの件はアハメスの予想通りそれなりに噂になっていたようで、興味本位の見物人がそこそこ周囲を取り囲んでいた。そのほとんどが貴族とその関係者。ある意味暇と金を持て余している面々にとっては、今回の件はまたとない娯楽、ということかもしれない。その中に‥‥
「ちょっと! なんでアルシオン兄様がいらっしゃるのよ?!」
「そいつは心外な。愛する妹を巡っての争いの結果、見届けてやりたいという兄心じゃないか。加えて美女からのお誘いとあれば、受けないわけにも行かないだろう?」
「え? ええぇ?!」
 なぁ? とアルシオンに水を向けられて飛び上がる淋麗。しかし、彼に確かにこの決闘の場に来てもらえるよう打診したのは自分なので、否定するわけにもいかない。勿論理由あってのことだが、それを口にする前にアニエスにキツい目で睨まれ、とりあえず恐縮して謝るしかできなかった。一方で、決闘準備人として事態を傍観していたオスカーは人目も憚らず大笑いし、同行しているサーラにたしなめられている。
 加えて騒動はこれだけに留まらない。愛馬を駆り颯爽とその場に現れたカイ、そしてラックスが、折りしも始まろうとしていた決闘の場に乱入。あっけに取られているアニエスに恭しく挨拶した後、共にレナードとアレクシアスに姉姫とのエスコート権を賭けて参戦を宣言したのである。思わぬ事態に観客は沸き、立会人を務めていた絃也は淡々と『中心人物である』ということで、アニエスに事態の収拾を求めた。
「姫君様を巡っての争いだからな。貴女に決めていただければ一番納得できるだろう。ひとまず場はここと定まっている。あとは方式と勝敗のルールを定めていただきたい」
「ちょっとぉ‥‥」
 案の定、途方に暮れた表情になるアニエス。救いを求めるように集まった男達を見回すが、かえって来る反応は全員が全員、「姫君の仰せのままに」というものばかり。居合わせた兄と弟はといえば、面白そうに笑いながら事態を眺めているだけだ。頃合を計り、絃也が口を開く。
「どうやら、姫君様には荷が重そうだな。とりあえず、方式にはトーナメント、総当り、勝ち抜けなどがあり、ルールについては戦闘不能かダウン、一本先取制、タップあり、などがある。どれがお好みか選んでいただけるか?」
「好みって言われても‥‥あぁ、もう! 覚えてなさいよっ!!」
 かくて、周囲の興味と期待の視線に晒されつつ、絃也の助言を受けながら四苦八苦してアニエスが定めたのは、本来の挑戦者であるレナードをシード扱いにした、一本先取制の勝ち抜き戦であった。組み合わせは飛び入りであるカイとラックスが一回戦を戦い、この勝者がアレクシアスと二回戦を、そして二回戦目の勝者がレナードと最終戦を行ない、ここで勝利した者が彼女のエスコート権を得る、ということになる。
「では、少々時間をとったが始めよう。初戦は、ラックスとカイ」
 絃也の号令に、呼ばれた2人が進み出る。
「まあ‥‥こうなったからにゃ手加減はしねえから、そのつもりで」
「望むところです」

 一回戦。ラックス対カイ。
 さすがに冒険者同士というべきか。この二人の戦いは『決闘』としては珍しいものになった。『縄ひょう』と呼ばれる、荒縄の先端に刺突用の刃を取り付けた独特の武器を使うラックスと、二対の短剣を操るカイ。巧みな投擲術と、武器の特性を活かした絡み付きの戦法で最初はラックスが優勢かに見えたが。『短剣が対である』ということを隠し玉にしていたカイが、一方の短剣を囮に『縄ひょう』が持つ投げつけてから次の動作までに発生する多少の『間』を、もう一方の短剣で突く、という戦法で見事勝利した。

 続いて二回戦。カイ対アレクシアス。
 日本刀を使い間合いに優れるアレクシアスと、少ない隙が最大の利点であるカイ。まずカイが低い姿勢から右の剣を構えた。フェイントを利かせ、投げつけられた短剣を盾で防ぐアレクシアス。そこにできた隙を狙い、盾とは逆の方から左の剣で突きかかるカイ。が、鋭い金属音と共に、アレクシアスの刀がそれを受け止める。
「――やるな」
「武器からいって、一方は間違いなく囮だろうと思ったからな」
「なるほど!」
 アレクシアスの言葉に頷き、先ほど投げた短剣に予め着けていた紐を素早く手繰り寄せる。主の手に戻る短剣。それを視界の端で捕らえたアレクシアスが咄嗟に盾を放した。その動きによって競り合っていた力のバランスが一瞬崩れ、そのまま一気に両手で自身の刀に力を込める。
 押し切られ体勢を崩したカイの首筋に、アレクシアスの日本刀が突きつけられた。勝負あり。

 そして三回戦。
「いやいや。先んじていい戦いを見せてもらった」
 『挑戦者』レナードが満足げに笑いながら進み出る。
「これで勝利できれば私の誉れとなろうし、負けたとしても恥ではない。感謝するよ」
「――はじめ!」
 立会人、アハメスの号令と共に、最終戦が始まった。両者とも気迫で一歩も譲らず、白熱の打ち合いが展開される。最初は面白半分で眺めていた見物人たちも、決闘が進行するにつれ増してゆく緊迫感に飲まれ、じっと場の状況を見つめてしまっている。
「これは‥‥なかなかの勝負だな」
 戦いは『死合い』が全て。そう考えている絃也をしてそう言わしめるほどの勝負だった。おそらく、両者とも力量そのものに差はない。となるとあとは精神力の勝負になる。果たして。気迫のこの勝負に勝利したのは、アレクシアスだった。澄んだ音と共に、レナードの手から剣が弾け飛ぶ。
「勝負あり!」
 立会人の勝負を決める号令が飛び、周囲が歓声と拍手に包まれる。
「口惜しいが仕方がない。今回は貴様に華を譲るとしよう。だがこの借り、いずれ返させてもらうからな?」
「そのときは、謹んでお受けする」
 決着後、どこか満足げに言うレナードに、アレクシアスが神妙に答える。
「ふん、潔い答えで結構だ。なるほど、いいライバルができたものだ。武勇、学問、そして恋愛‥‥あらゆることは好敵手あってこそ楽しくなる。次こそは負けないからな! はっはっは!」
 レナードが心底嬉しそうに笑い、アレクシアスの肩を親しげに叩く。正直それは立派な誤解なのだが――しかしこの場でそれを明かすことの愚に気付かないほど、彼も馬鹿ではない。
 この時ばかりは、ラックスの『だから言ったろうが』という視線が、とっても痛かったアレクシアスだった。

●亜麻色の髪の君
 結婚祝賀の宴の日。約束通りアニエスのエスコート役として、アレクシアスはサランドン邸を訪れた。この騒動で手間をかけたお詫びとして、他にも行きたいという者がいたら兄に口をきいてあげる、というオスカーの好意に乗り、グリュンヒルダと淋麗も同行した。グリュンヒルダは今回の決闘で敗北を喫したレナードのフォローに回り、麗は何故かアルシオンに引っ張られていってしまう。
「こんにちは、マリー。今日はおめでとう」
「いらっしゃい、アニエス‥‥あら?」
「お久しぶりです」
 宴席の中心。主役の1人である亜麻色の髪の美少女――マリー・カルディナスが、挨拶に現れたアニエスを笑顔で迎え、そして、彼女の傍らに立つ騎士を見て顔を輝かせた。貴族の淑女として盛装した彼女をアレクシアスは初めて見た。予想に違わず気品に溢れ、美しい。
「おや、これはようこそ、騎士殿。この度は随分なご活躍だったようだね。ここに至るまでの冒険譚は聞いているよ。いやぁ、大したものだ」
 褒めているのか、はたまた遠まわしに厭味を言っているのか。よくわからない挨拶が彼女の傍らに立つ夫、ガルス・サランドンから飛んでくる。おそらく真意は絶対に後者だなと確信しつつ、アレクシアスは努めて丁寧に、祝福の言葉を告げた。
「この度は、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 にっこりと微笑み、マリーが言う。曇りのない幸福な笑顔に、少しほっとする。楽しげにアニエスと会話しているマリーに気付かれないよう、ガルスにそっと耳打ちした。
「‥‥姫の笑顔が曇る事があらば、騎士は何時でも魔王の御前に馳せ参じるぞ」
「心しておく」
 肩をすくめてガルスが頷く。このプライドの高い男が以前、あそこまで言い切ったのだ。だからこそ、そんなことにはならないと信じている――。
 ただ、この笑顔が曇ることが二度となければいい。願うのはそれだけだ。

 何となく華やかな中心から離れていたアレクシアスの背を、たおやかな指先がつついてきた。振り返るとそこにはアニエスが立っていて、どこか悪戯っぽい微笑を浮かべて彼を見上げている。――なんとなく、馴染みの箱入息子を連想する表情だ。まあ、半分とはいえ血の繋がった実の姉なのだから当然だろうが。
「ひょっとして、『当て馬』はあたしの方だったのかしら?」
「申し訳ありません。利用したみたいな形になってしまって」
 恐縮するアレクシアスに、アニエスは肩を震わせて笑う。
「確かにマリーが言ってた通りの人よね。ちょっといい気分も味わえたし‥‥いいわよ。決闘の件に関してはあのバカ弟の仕業でしょ。これについては後できっちりシメ返すことにするわ」
 少しばかり、オスカーに同情したアレクシアスであった。が、彼も間もなくそんなことは言っていられなくなる。この後口にした、自分自身の言葉によって。
「非礼、心からお詫びします。この埋め合わせで、自分に出来ることがあるなら何なりと‥‥」
「あらぁ、そうぉ?」
 キラリ、と姉姫の青い目に意味ありげな輝きが宿った。それを見て、即「しまった!」という言葉が、警鐘と共に彼の脳裏に重々しく響き渡る。
 ――が、時既に遅し。

 そののち。アレクシアスが自分の言葉を心底後悔するような羽目になったかどうかは、ここでは敢えて述べないでおこう。ただ、後日この話を聞いた箱入息子が、
「ナニ、彼ってば姉上にそんなこと言ったの? ‥‥バカだねぇ」
 と、呆れたように言ったとか言わなかったとか。