剣、魔の森の奥へと進みて
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■ショートシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:15人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月04日〜07月09日
リプレイ公開日:2004年07月12日
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●オープニング
「ああ、何ヶ月前だ‥‥? そうだな、半年は経ったかな」
ギルドに依頼を持ってきた男――酒場の親父が、重々しく口を開いた。それは普段の親父さんからは想像もつかないほどに真剣な面持ちで。
「ちょっとばかり前の話だ‥‥うちの二階の宿で、一人の冒険者が死んだ。まあ、少なくはない話だろう? 一緒に依頼を受けていた仲間が何とかうちの宿屋まで運んできたものの、教会に運ぶにも時間がなく、神官の到着も間に合わずに‥‥死んだのさ。まあ、神の定めたもうた命が尽きただけなのかもしれんが‥‥」
少しばかり遠いところを見つめる眼差しで。親父はこれまでも何度か見てきたであろう光景を、とつとつと語る。直ぐそばでは依頼を求めてやってきたのであろう新米冒険者達が身を震わせて聞き入っていた。明日は我が身、である。
「一緒に組んでいた連中も、どうやら寄せ集めだったようでな。死んだ男については誰一人身元を知る者はいなかった。こんなやくざな仕事してるんだ、仕方ねえ話なのかもしれないが‥‥で、仕方ねえから、ウチの知り合いの墓守に頼んで葬ってやった。名前は聞いていたからな、粗末なモンだが墓を作って‥‥そいつが大切にしていたって言う剣を一緒に墓標代わりに突き立てて」
ドワーフに勝るとも劣らぬ立派な髭の親父は、ここまで話すとぐいと袖口で浮かんだ涙をぬぐった。冒険者ギルドの職員に出された茶を一口飲むと、大きく溜息をついて再び口を開く。
「で、だ。この間、俺達のギルドでちょっとした集まりがあって、女房と娘に店を任せて出かけたんだ。もちろん墓の事も女房にきちんと頼んで、出かけて、一週間ばかりパリに滞在して帰ってきた。それが三日ほど前の話だ。で、帰ってきて奴の墓を見に行ったところ‥‥」
ずい、と身を乗り出し、職員に顔を近づける。その顔の迫力に押されながらも、ギルド職員はペンを握り締めて親父の言葉を聞く。
「‥‥ねえんだよ。奴の墓標‥‥奴の剣が。何が起きたのか分からなくて女房と墓守に聞いてみたんだが、二人ともまともに話そうとしねえ。仕方なく自分で探してみたら‥‥共同墓地の裏に広がる森、あるだろう? あそこの入り口から少し行ったところに刺さってたんだ。心無い輩のいたずらだろうと思って俺は剣を抜き、元の場所へ戻した。戻した筈なんだ」
‥‥どうも話がおかしな方向へ向いてきた。あまりいい予感ではない。出来ればぜひとも外れて頂きたい予感である。
「昨日、墓を見に行ったんだ。墓守に呼ばれて。‥‥剣が、また無くなっていた。森の道を‥‥奥の方へと、進んでいたんだ」
小さな墓地の裏に、うっそうと生い茂げる木々。その森を二時間も歩けばそこはゴブリンやコボルド、オーガ達の生息する地帯だ。街の者はみな森には近づこうとせず、『魔の森』とまで呼ばれる始末。
「歩いてるんだよ、剣が‥‥。奴の無念を晴らそうとしてるのか、それとも奴自身が魔物退治に行こうとしてるのかは分からんが。流石に気味のいい話じゃないだろう? 頼む。確かに既に屍と化した身とはいえ奴が苦しむ姿は見ていられないんだ。‥‥あの剣を、助けてやってくれ‥‥」
●リプレイ本文
●剣は雨風にさらされて
半年の月日はざらではない。風雨は存分に剣を傷めつけていた。柄糸はぼろりと解れ、錆びた鍔に風化して落ちては風に飛ばされる。だがしかし、嘗て血に塗れ脂を存分に纏っている筈の刃の部分は刃毀れもなく‥‥ジャパンソード特有の、凛とした輝きを放っていた。膝をつき、墓から少しばかり離れた草原に突き立てられた剣を見ると、五所川原 雷光(ea2868)は顎に手を置いたままほうと感嘆の吐息をつく。
乱れの中に沸が凝り、鎬地と地肌と焼き刃とが刀身を正しく3等分している。これ程の業物ともなれば、素人にでも判る。
「来物か‥‥」
僧兵の雷光は武器の善し悪しにあまり拘る事はない。武器を使うのは自分の腕、どんな獲物であろうともまずは己の腕前からだと考えているからだ。そんな彼でもこの剣には眼を瞠らされた。
「流石にどろどろのままは可哀想だったんでな。同行の冒険者にジャパン人がいたのが幸いした‥‥綺麗に手入れしてくれたもんだよ」
酒場の親父――チャールズが花を抱え、墓の前に置く。月に一度はこうやって花を供えているのだそうな。共同墓地の隅、魔の森へ通ずる道の直ぐそばにその墓はあった。この墓地には剣の持ち主と同じく志半ばで倒れていった冒険者達が眠っている。チャールズのように定期的に墓を見に来る者は少なく、存在そのものを忘れ去られていった者も数多い。大地から剣を抜いて元の墓へと戻し、胸の前で十字を切り祈りを捧げるチャールズの姿を‥‥雷光とコトセット・メヌーマ(ea4473)、ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)は少々冷めた眼で見ていた。剣の主が死んだのは半年も前。ギルドで見せたチャールズの涙、『いくらでも起こり得る事』にしては思い入れが過ぎる。視点は違えど、三人は半年前の事についてチャールズと話をするつもりだった。
「‥‥さて。話を聞こうか」
頭を起こしたチャールズは、冒険者達に顔を向けた。先に口を開いたのはコトセット。
「この剣の持ち主は‥‥どんな方だったんですか?」
ジャパン人だよ、とチャールズは言った。
「うちの店にはよく顔を出してたよ。ひと月かふた月に一度くらいで仕事を受けてはうちの店に来てたな。あん時は‥‥そうだ、魔の森近くに現れるモンスターを倒してこいとかいう話だった。敵を全て倒してきたという話だが‥‥まあ、相打ちって事か」
「あなたが剣を見つけたときはどんな状態でした? えーと‥‥例えば足跡だとか、掘り起こしたような跡だとか」
コトセットに続きゼファリアが問う。
「どんなって言われてもなあ。見て貰えば分かる通り、剣が動く以外は綺麗なもんさ。まあ足跡の残りにくい土だってのはあるがな。森の方へ引き寄せられるようにして剣の立ち位置が動いていくのさ。まるで歩いているかのようにな」
髭を軽く撫で付け、ゆっくりと話をするチャールズ。リシーブメモリーなどの魔法があればその台詞が真実か否かを性格に探り出すことも出来ようが、あいにく今は彼の表情などから推測するしかない。雷光の眼が光る。
(「親父と墓守が怪しいかとも思ったが‥‥親父は嘘をついてるようには思えぬな。ギルドの会合にもきちんと出ていたという話であったし‥‥もしや墓守の単独行動か」)
疑えば全てが疑わしく見えてくる。同郷の男の死に、雷光は迷宮に迷い込んだような気がした。
「おい。その剣、借りるぞ」
仲間三人の後ろからかけられた声。言うなりずいと差し出された手は、墓標の剣を捕まえるとそのまま地面から引っこ抜いた。握り手や刃を確認する男に、あっけに取られていたゼフィリアがはたと気づいて声を荒げる。
「何やってるんですか?! いきなりそんな無造作に、呪われでもしたら‥‥」
「ジャパンソードか‥‥初めて握ったが、勝手が違うな」
片手で振り回すがどうも上手くいかない。アレクシアス・フェザント(ea1565)は抗議の声などお構いなしに剣を振るってみるが、癖の強さにやがてこの場での慣らしを諦めた。まあいい、入手出来ればその後いくらでも握ることが出来るのだから。
「親父。こいつはなんて名前だ?」
剣を元の位置に収め、チャールズに問うアレクシアス。呆れ顔のチャールズが答える。
「サイゾーだ。なんでもジャパンの言葉で神の賜物に溢れる者と言う意味だそうだ。嫁の名前はアンヌ‥‥娘はエマ」
「何故この男にそこまで? 失礼な話だが、我々のような冒険者など数多く見てきたことであろう。この男にそこまでの思い入れがある理由が分からないのだ‥‥いったい何故だ?!」
雷光が重い口を開いた。チャールズはしばらく沈黙していたが、依頼を受けた者達にぽつりと、呟くように答えた。
「そいつと俺は同い年でな。女房と娘も‥‥たまたま同じ歳だったんだ。で、なんとなく他人には思えなかったのさ‥‥他人にはわからねえ話かもしれんがな」
その頃。チャールズの酒場では、店の女将のエルレヴァと墓守のトーマが席を並べ、茶を飲んでいた。もちろん二人でという訳ではない。ジュラン・オーディア(ea3002)やリョウ・クリード(ea4248)といった今回の依頼によって集まった者たちが、この二人にも話を聞きたいと席を設けたのだ。看板娘のメアリが淹れた茶を囲み、二人は自分達の見た事を語り始める。
「‥‥つまりお二人とも、実際に剣が動いてるところを見たというわけではないのですね?」
「ええ。私は朝早くに見に行ったときに‥‥剣がなくなっていて」
「誰かが悪戯したんじゃねえかと思ったんだが‥‥流石に3日も同じ事が続くとな。俺が仲間と一晩付きっきりで見てるときには何も起こらなかったし」
流石に夜の夜中に一人であそこにいるのは自殺行為だ、とトーマが笑った。つまり、剣が動いている瞬間を誰も見ていない、ということになる。
「あの森、何か伝承とかないかい? モンスターに関するような」
ジュランの質問にはエルレヴァが回答する。
「伝承なんてたいそうなものはないですわ‥‥ただ、普段は森の奥に住んでるモンスター達がいつこちらまで出てくるか分かりませんから、出来るだけ森そのものに近づかないようにしています。ええ、この辺りの人間は皆そんな感じですわ」
はてさて、これ以上は特に何ら情報はなく。冒険者達は更なる謎に踏み込んでしまったのかもしれない。
●森の入口
魔の森が迫る村外れ。数人の仲間たちが集まり、付近を調べていた。流石に奥まで踏み入るほどの戦力にはまだ遠い。始めにチャールズ達に聞いていた『この辺りまでなら大丈夫だ』というラインには、ご丁寧に『この先危険』とかかれた立て札が‥‥根元からへし折られて転がっていた。
「今のところ鳥やリスといった小動物くらいしか見当たらないな」
一瞬緑色の輝きを放ったファルス・ベネディクティン(ea4433)。普段のおちゃらけた様子は何処へやら、ミリランシェル・ガブリエル(ea1782)やソフィア・ファーリーフ(ea3972)といった綺麗どころを前にしながらも真剣な表情だ。‥‥何か彼女に危険なものを肌で感じ取っていたのではないかとかそういう突っ込みは抜きにして。そのミリランシェルは板切れにこれまでの道筋(といってもほぼ一本道であったが)を記している。
「んー、まあこの先に進もうとしてるのは確かよねぇ‥‥『足跡』から見ても」
道すがらに剣が突き立ったと思われる跡を幾つか見つけた。確かに森の奥へと向かって点々と進んでいる。
「‥‥これ以上先はモンスターの巣窟、という訳か。‥‥今無闇に体力を消耗させることもないな」
ジャドウ・ロスト(ea2030)が踵を返す。知は何物に代え難い力になるが、深入りは禁物だ。夜になるであろう決戦に向け、仮眠をとっておいた方が懸命だと彼の頭脳は判断した。その姿を横目に追いながら、ソフィアがグリーンワードを発動する。
「‥‥森の奥には『いろいろ』が住んでいて。こわい人は『外』にいるんですって」
役に立つのか立たないのか微妙ではあるが、これでも立派な情報である。
「どちらにせよ、今は特にこの辺りに誰かが潜んでいるという訳ではないんだな。それだけでも充分だろ」
そっけない口調でランディ・マクファーレン(ea1702)が言う。どちらかと言えば彼もジャドウと同じように合理的な物事の考え方をしていた。最も、根底に流れるものはかなり違うようだが。一度街へ戻ろうとして、きょろきょろと不安げな表情のレイ・コルレオーネ(ea4442)が目に付いた。
「‥‥どうした?」
「いや‥‥約束があったんですが」
悲しいかな、その約束の主はこの仕事終了までに現れることはなかった。
●寝ずの番
夕暮れ前に一度チャールズの酒場で落ち合った面々は、持ち物などを改めてチェックすると再び墓地の方へ向かった。剣そのものを見張る班と森の入り口‥‥次に剣が来るであろう場所を見張る班、二つに分かれて泊り込みの警護である。ゼフィリアのデティクトアンデットによって不死者の存在はないと確認されたが、そんなものはいなくても夜の墓地に泊り込みとは充分に気味が悪い。ランタンを複数個灯し、敵襲に備えて緊張を走らせる面々。そんな中、レイやロックハート・トキワ(ea2389)は交代時間になる度に剣に向かって語りかけていた。
「‥‥ジャパンという国の伝えでは、とても大切にされたものは意志を持つそうだな‥‥お前もそうなのか? 答えてくれ、剣よ‥‥」
「何か遣り残したことがあるの? 私達が代わりに出来ることならお手伝いするから‥‥何かあるなら教えてよ‥‥」
追跡用に取り付けられた鈴が、風に揺られてちりんと音一つ。
森の入り口、戦闘に備えて待機している面々も同じように空気を緊張させていた。木々が風に吹かれ重たく揺れる度に、ぐんと殺気立つ。しかし、ファルスの魔法でも敵の姿を確認することはなかった。時折遠くからモンスターのものらしき唸り声が流れてきたが、ランタンの灯りを警戒してか近づいてはこなかったらしい。
「また‥‥夜が明けるな‥‥」
レイが寝ずの番に当たった夜、一晩剣の柄を握って語り明かした。されど応えは感じ取れない。サムライの持ち物故、ウィザードであるレイには心を開いてくれないのかも知れない。昔語りの一夜中、剣は星を映して輝き続けた。
その夜も、そしてその次の夜も何事もなく時は過ぎ‥‥。依頼開始から数日。
結局彼らが見張っている間、剣が動くという現象は一度たりとも起きなかった。
●それぞれの運命(さだめ)
「葬式? ‥‥まあ、かまわねえと思うが」
突然の申し出に驚いていたチャールズだが、反対はしなかった。よく晴れた空の下、信仰は違えどそれぞれが心からの祈りを捧げる。
黙して立つロックハートの耳にランディの呟きが聞こえる。
「死すべき運命(さだめ)の人間が、先祖の列に加わった。‥‥ただそれだけの事だ。あんたは、最後に満足して逝けたか?」
そしてこう付け加えた。
「‥‥うらやましいぜ」
死してなお、戦い続ける剣の元にジュランは花を捧げる。彼らの姿を、ジャドウは少しばかり離れた所から眺めていた。
(「新しき力として利用出来るかと思ったが‥‥見当外れだったようだな」)
『仲間』という名の道具達の背中と、凛とした光を放つ剣に目を向けながら。ジャドウはぎり、と歯を鳴らした。
‥‥依頼終了から数日後。既に報酬を受け渡した冒険者ギルドに、チャールズが顔を出した。
「剣が‥‥無くなったよ。頼んだ連中がいなくなって、3日後の事だ」
ギルドの係員が顔面蒼白となる。慌てて頭を下げるが、チャールズはそんな事をするなと彼を止めた。
「仕方ないさ、それが奴の運命だと言うなら仕方が無いさ。‥‥死んでまで尚、戦うことなんて無いのにな」
力なく笑うチャールズが、やけに悲しげであった。