びぶらちゃんとおつかいシフール

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2005年10月05日

●オープニング

 こんこん、という軽いノックの音が部屋に響く。共にこの家に住む少女とのお茶の準備をしていた老婆は、その手を止めて玄関へ足を運んだ。
「はいどうも‥‥あら、いらっしゃい」
 来客であった。老婆は茶色の髪の青年を部屋へ迎え入れる。
「こちらでの暮らしはどうだい? パリやドレスタットに比べると不便も多いかな」
 青年は外套を脱ぐと、慣れた手でフックにかける。預かった帽子を外套掛に掛けながら、老婆は返答した。
「まあ、確かに不便な面もあるわねぇ。でもいいところよ? 子供が一人で遊んでれば他の子供達が声をかけてくるし。買い物に行けばどこで何を売ってるか、どの店でも丁寧に教えてくれるわ」
「そんなの、どこの街でも一緒じゃないか?」
 お茶のカップを青年の前に置くと、老婆はにっこりと微笑んで答えた。
「ええ、どこもそれほど変わりないわ。暮らしが不便だからといって街が住み難いというわけじゃないのよ」
 老婆の微笑みに一瞬あっけに取られるも。青年は吹き出すと、声をあげて笑う。
「確かにそうだ! 住み難い便利な街もあった!!」
 ここしばらくの平穏な生活と、過去の暮らしを思い出す。そうだ、あの街は「便利だが住み難い」街だった。
「忘れていたよ。‥‥平和な街ばかりだったからな、ここしばらくは」
 注がれた茶の香りを楽しみながら、青年はふと気付いた事を口にした。
「そういえば‥‥あの子は?」
「あら、遭わなかったの? 外で遊んでるはずだけど」

−・−・−・−・−

 つんつん。つんつんつん。
「おきましょお〜。こんなところで寝てるとあぶないのです〜」
 少女の指は遠慮なく、地に伏したシフールを突付く。しばらく少女の好き勝手に突付かれていたシフールの少年は、ぴくん、と小さく動いたかと思うとごろりと腹を空へと向けた。エメラルドだろうか? 丁寧にカットされた青い石のスカーフ留めが日の光を浴びて光る。
「‥‥僕‥‥生きてる‥‥?」
 驚いたのは少女の方だ。羽の千切れた少年は、少女が思いもしなかった傷を負っていた。大慌てで抱きかかえると、ばたばたと自分の家へと走っていく。
「おばあちゃま、おばぁちゃま〜〜っ!! シフールの人が大変なのですっ!!」

−・−・−・−・−

 数刻後。傷の手当てを受けたシフールと彼を拾った少女ビブラは冒険者ギルドにいた。
「このお手紙を届けて欲しいのです☆」
 相変わらず平和そうな少女だ。しかし身体の傷は手当てされていても、「羽の千切れたシフール」となるとそう能天気な事も言ってはいられない。
「僕、ノワール卿のところでお世話になっているメッセンジャーなんです。週に一度ノワール卿とバルディエ卿の間でやり取りされている書簡を運んでいます」
 懐から取り出された羊皮紙。何度も蝋封を重ねたと思われる使い込まれた羊皮紙の表面にはノワールとバルディエの名が日付とともに繰り返されている。最後の記名はノワール。二日前の日付だ。
「何のやり取りをしているのかは分かりません。ですが、ノワール・ノエル卿もアレクス・バルディエ卿も『これは大事な手紙だからけして無くしたりするんじゃないぞ』といつもおっしゃります」
 バルディエの元へ手紙を届ける為にいつもの道をいつものように飛んでいこうとしたところ、突如カラスが襲ってきたというのだ。今までそんな事は全くなかったと言える事である。蜂に追われたり野犬との追いかけっこがあったりは日常茶飯事であったが、鳥達とは今まで仲良くやってきたはずだった。‥‥まあ、鳥達の方が彼を放っておいていただけかもしれないが。
「手紙を届けるのが僕の仕事ですが‥‥この羽では飛ぶ事も出来ません。お願いです、僕を連れてバルディエ卿の所まで連れて行って下さい!」
 少年はギルド職員に頭を下げる。
 何やらごそごそと手持ちの袋を探っていたビブラは、受付のカウンターにちゃりちゃりとコインを置いた。カッパーのコインは十枚もないだろう。少女はにこりと微笑んで、受付職員に言う。
「ほうしゅうなのです♪」
「ああ、いいよ、ビブラちゃん。僕が何とかするから。‥‥えーと、報酬は後ほど何とかしますので。すみません、お願いします」
 ぼろぼろの服の少年はその小さな身体で、大切な手紙を抱きしめた。

●今回の参加者

 ea3952 エルウィン・カスケード(29歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb2237 リチャード・ジョナサン(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3242 アルテマ・ノース(31歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3346 ジャンヌ・バルザック(30歳・♀・ナイト・パラ・ノルマン王国)
 eb3351 レオパルド・キャッスル(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●ククス
 ぐるぐる巻きの包帯、薬草の匂い、ワインの匂い。
「あいたたたた」
「しっかりするのです! 痛みは生きてるしるしなんです」
 傷口をワインで洗うビブラちゃんの声。まるで悪戯した子供を叱りつけるような感じだ。怪我人の手当と言うよりは、人形遊びの態である。
「‥‥あ、初めまして、あたしはエルウィン・カスケード(ea3952)よ」
 呆気にとられた冒険者一同の内、最初に彼女が我に返った。
「はじめまして。私はバルザック家のジャンヌ。あなたのお名前は?」
 早速仕事とばかり、メッセンジャーに尋ねるのはジャンヌ・バルザック(eb3346)。愛らしい顔をしているが、これでも歴としたノルマンのナイト様だ。ビブラのおばあさんが見渡すと、冒険者ギルドが今回の要望に相応しい人々を集めてくれたことがよくわかる。
 子供相手でも打ち解け易いよう、柔和な感じの人々が多い。それで居て、リチャード・ジョナサン(eb2237)やレオパルド・キャッスル(eb3351)のような比較的腕の立つ者も寄越している。
「僕はシフールのククス・ラ・スランと言います。お世話になります」
 立ち上がろうとして。
「ああん。だめなのです! まだ無理しちゃいけないんです」
 むぎゅっと抱きかかえられ‥‥。
「アヴ〜!」
 ククスは悲鳴を上げた。
「ビブラや。そんなに抱きしめると痛がっておるぞ」
 おばあさんの声に、ようやく力を緩める。

「アレーナだ。ククス殿、詳しく話を聞かせて貰おう」
 どうやら開いたらしい傷口を押さえて呻くククスに、アレーナ・オレアリス(eb3532)は穏やかに尋ねた。水晶のティアラに映る陽光が、彼女の黄金の髪に映えて美しく輝く。
「以前はもっと掛かったお使いだけど、アルミランテ間道が見つかってから、随分と近くなったんだ。ほら、僕は空を飛べるから、湿地帯をまっすぐ行けるだろ‥‥」
 ククスが語る簡単なあらましを元に、アルテマ・ノース(eb3242)が絵図の上で見当を付ける。
「お話からすると、長里石とアウローラ石の間ですね。カラスに縄張り意識があるなら襲われた場所の周辺で探せばあちらから現れてくれる可能性が高いと思います」
 ククスの話から襲われた地点を特定する。
「アウローラ石?」
 つい10日程前ノルマンに渡ってきたリチャードには、良く事情が掴めない。
「間道発見者達の名前が付けられて居るんだよ。バルディエ様の方針で、発見者や建築者の名前が道や泉や建物に付くんだ」
 つまり、それらは間道の探検者10名の功績を記して設置された、彼らの名を冠するマイルストーンの謂れである。今はなんの変哲もない石柱が置かれているだけだ。しかし完全開通後は、彼らと開発従事者達の彫像が置かれることが予定されている。あの日自分達と同じく駆け出しだった彼らも、今では名の通った冒険者になっているという。
「人には功名心や虚栄心と言う物がある。仮令それが邪な意図から生まれた物であっても、それが人を扶けるならば結果として善であろう。偽善は、自ら何事も成さない敬虔な祈りにも勝るものだ」
 とは、アレーナの言。
「ところで。そのカラスってのは、普通のカラスだったのか? なんか、たまには普通の動物よりでかいヤツがいるって言うじゃないか。そういうが混じってたりしなかったか?」
 レオパルドは武人らしく、うきうきとした声。強い者と戦えるのは武人の本懐というもの。その言を承けて、アルテマは思慮深く尋ねた。
「ククスさん、あなたを襲ったのは普通のカラスですよね? とっても大きなものではなく? もしかしたら、カラスの巣が近くにあって、メッセンジャーさんが誤って巣の側に近づいてしまったのかもしれません。荷物に特別な臭いや光る物がついていて引き寄せられたということはないですか?」
 原因がククスにあるなら、むやみに退治せずとも解決するからである。そしてさらに、彼女はカラスが野生ではなく人に操られている場合にも備えるべきだと話を振った。
 事は、政敵同士である二人の有力者間の通信に対する障害である。間違いがあって得をする者は、さぞかし多いことだろう。それが貴族の社会という物だ。
「ふーん。この手紙を有名な貴族の人に大事なお手紙届けるんだ。駆け出しだけどあたし達にまかせて、手紙もあなたも一緒にきちんと届けるね」
 エルウィンは傍らの、封蝋の押された丸めた羊皮紙を入れた筒に目をやりながら笑った。

●カラス退治
 冒険者たちは現場の調査に向かうことになった。
 まずエルウィンが金貨を1枚取り出し、サンワードの呪文を唱えて太陽に訊ねてみる。
「太陽さん。メッセンジャーシフールさんを襲ったカラスの居場所、分かるかしら」
 すると、太陽は答えた。
『そこから西に歩いた先にある、沼地の畔にある森だよ』
 さらに質問。
「そのカラスはいつも、人やシフールを襲っていたりするのかしら?」
『人は時々。シフールはよく襲われているよ』
 早速、冒険者たちは現場に向かう。太陽が教えてくれた通り、そこは沼地と森とが接する場所で、沼の岸辺には葦が生い茂っている。
 ククスと彼に着いてきたビブラちゃんは、主に安全確保のため一つ前のマイルストーンの辺りで待機して貰っている。

 カァーッ、カァーッ──。
 カラスの鳴き声が、やけに騒々しい。
 カァーッ、カァーッ、カァーッ、カァーッ──。
 泣き声の五月蠅さからして、カラスの数は5匹10匹ではきかない。
「やはり、この一帯はカラスの住処でしたか」
 言って、アルテマが空を見上げれば、カラスの黒い陰が2つ3つと空を横切って行く。
「あれがそうか。見たところ、普通のカラスだな」
 レオパルドの言う通り。どこにでもいるような、並の大きさのごく普通のカラスである。世の中にはジャイアントクロウと呼ばれる厄介な大型のカラスもいて、過去には人に操られたジャイアントクロウが宝石を強奪するという事件が起きたりもした。
「並のカラスなら、退治するにもさほど手間はかからぬか。‥‥おや?」
 レオパルトは足下に横たわる物に気づく。野犬か狐のものと思しき骨だ。完全に白骨化しており、その周囲にはカラスの黒い羽根が散らばっている。
「さては、カラスに喰われたか?」
 カァーッ、カァーッ。またも頭上をカラスが飛んで行く。しかし、眼下の冒険者たちには目もくれぬ様子。森の木の枝に止まると、仲間のカラスとくちばしのつつき合いを始めた。
「では、始めようか」
 保存食を撒き餌にして網の罠を設置しようとしたアレーナだが、さてどこに撒こう? 目の前に広がる湿地帯には葦が生い茂るばかりで、罠を張るための支柱となるものがない。
「湿地を渡って森に近づき、森の木々の間に網を張ろう」
 一行は森に向かって湿地帯を進み始めた。
 生い茂る葦は丈が高く、小柄なエルウィンやジャンヌの姿はすっぽり隠れてしまうほど。先を行くアルテマが、思わず振り返って二人を探す。
「エルウィン、ジャンヌ、姿が見えないけど‥‥」
 葦の陰から返事が返ってきた。
「あたしは、ここよ」
「私もここだよ」
 葦の伸び具合は、アルテマの顔の高さくらい。
 リチャードとアレーナは背が高いので、その頭を葦の海から突き出している。そして仲間のうちで体の一番大きなジャイアントのレオパルドだけが、その上半身を葦よりも高くぬうっと突きだしている。
「俺が先頭に立った方が良さそうだな。皆は俺を後に続いてくれ。これだけ背が高けりゃ、誰も俺を見失いはしないだろう」
 レオパルドが先頭に立ち、大股で葦原を進み始めた。その後に仲間たちが続く。その有様はまるで、大船に率いられて大海を行く小舟の群のよう。
 やがてレオパルドは葦原を抜け、森の端に辿り着いた。続いてリチャードとアレーナも。おや? エルウィンとジャンヌの姿がない。
「エルウィン、ジャンヌ、どこだ!?」
 呼ぶと、葦の中から返事があった。
「ここにいるよ!」
 二人はぬかるみに足を取られ、葦原の中で立ち往生していた。
 カァーッ、カァーッ。
 またも頭上をカラスの群が飛んで行く。地上に立った視点では、葦の陰に隠れてしまう冒険者たちの姿も、空から見下ろせば丸見えだ。その目にエルウィンとジャンヌの姿が映る。二人は葦原に迷い込んだ、弱そうな獲物に見えた。
 カラスの一匹が急降下し、エルウィンに襲いかかった。
「あーっ!」
 思わぬ襲撃に、エルウィンは叫んで逃げようとしたが、慌てた拍子にぬかるみで足を滑らせて転んでしまう。
「エルウィン、しっかり!」
 ジャンヌが手を引っ張って起きあがらせるも、さらに頭上から次々とカラスの群が襲来し、エルウィンとジャンヌの髪の毛を引っ張り、顔をつつき回す。
「大変!」
 アルテマが高速詠唱でライトニングサンダーボルトを放った。所詮、カラスごときなど敵ではない。電撃に撃たれて1羽また1羽と墜落して行く。ところが、仲間のやられるのを目の当たりにして、森の中で群れていたカラスたちが一斉に冒険者たちへ襲いかかった。
「鬱陶しい!」
 リチャードがクレイモアをぶんぶん振り回し、襲いかかるカラスを撃ち落とす。カラスの血と黒羽根が舞い散る中、オーラエリベイションで気合いを高めたレオパルドが葦原に向かって駆け出した。その後ろからアルテマがサンダーボルトで援護。
「俺に掴まれ!」
 小柄なエルウィンとジャンヌを両の腕で抱え込むと、レオパルドは全力で駆け出した。二人を安全圏まで連れて行くと、カラスに向かって矢を撃ちまくる。やがてエルウィンもサンレーザーで応戦を始めた。近づくカラスはリーチの長いジャンヌのスピアの餌食となる。
 戦闘はあっという間に決着がついた。カラスの大半は倒され、生き残ったカラス達は這々の体で森から逃げて行く。
「彼らがこの森に戻って来ることは、まずないでしょう」
 その姿を見て、アレーナが呟いた。

●お人形
 無事にカラスを退治した一行は、噂のバルディエの顔を見てみたい理由もあって、そのまま護衛として一路エストルミエールへ。夕刻までに野営の場所に着いた。ここは既に将来の駅逓予定地。道路工事の拠点として、既に簡単な設備が整えられている。まだ小屋などはないが、空掘と掻き上げの土塁と柵で囲まれて、獣から身を護るに足る簡易な砦の態だ。若干は枯れ枝なども積み上げられていた。次の駅逓までかなりあるため、ジャンヌは日が沈まぬうちにと囲いの中にテントを設営。
「わ〜い! お泊まりなのです」
 目新しさにはしゃぐビブラ。焚き火を挟み4人用と2人用のテントが張られる。
 くいくいとジャンヌはククスに手招きし、
「あっちはジャイアントがいるから狭いよ。こっちはビブラちゃんとパラ二人だからっ。でも変な事したら外に追い出しちゃうよ‥‥って、その心配もなさそうだよね」
「さっ。ククスちゃん。包帯を換えるのです」
「ちょっちょっ、待って!」
 ビブラちゃんに人形宜しく引きずられ、既にテントの住人となる。彼にしてみれば好意は有り難いが行為がちょっと迷惑かも。そして、またしても上がる痛そうな悲鳴。
「痛てて、痛てて、ひー!」
「ポーションで治しちゃだめなのかな?」
 気の毒そうに見つめるジャンヌにアレーナは、
「可愛いから‥‥許す」
 きっぱりという。別に命に別状は無い。
「うん。きっと治しちゃ悪いよね‥‥」
 こうしてククスは見捨てられた。

●二通の手紙
「寒くなってきてるから怪我に障るよ。早く直るといいね。飛べないと大変だよねぇ‥‥飛べるって羨ましいなぁ。シフール便のお仕事で、色々な所に行ったの?」
 ジャンヌは明かりの下で話しかけるが、ククスは未だ治り切らぬ身体と旅の疲れ、そしてビブラちゃんのお守りが加わって、泥のように寝ている。寄り添うように隣はビブラ。
「お休みなさい」
 ジャンヌは風邪を引かぬよう二人に毛布を掛けると、明かりを静かに消した。

 そして、暫く経った頃。もそもそと不寝番のエルウィンが焚き火の傍を離れた。そっとそぉっと、息を殺して歩いて行く。テントの中でビブラちゃんの人形扱いで眠っているククスの近く。筒に入ったそれがある。
(「えへへ、この貴族さん同士でやりとりされてる手紙の中身って気になる〜。開けなきゃいいんだよね?」)
 ゆっくりとエックスレイビジョンの呪文。幸い今回は成就した。透視の目で覗くと‥‥。
「うーん丸めた‥‥これ羊皮紙よね」
 書簡は一枚だけでは無いようだ。幾重にも丸まって、しかも何枚か重なっている。
「あはははは」
 何か文字らしき物が書かれているようだが、全く判別が出来ない。
「だめなのです!」
 一瞬ぎくっとしたが、それは寝言だった。
「ちゃんとしないと治らないのです‥‥」
 寝ぼけて服を掴んだビブラの脇を、こちょこちょとくすぐって離させると、エルウィンはゆっくりとテントを抜けて行く。

●エストルミエール
 街はまだ、堤防を兼ねた土塁と柵で鎧われているに過ぎない。しかし、この活気はどうだろう。街を見下ろす丘陵の一つに、小さいながらも立派な石造りの教会が建っている。
「あれがフランシスカ・アドミナル教会か!」
 領主はただ、器を創り区画割りをしただけで、何を号令するのでも無い。野心有る者が、名誉を得るために自主的に献上するのだ。市場の建設は商人達有志の手で、織物工房や石鹸の生産も、やりたい者が勝手にやっている。バルディエが決定したことと言えば、水車小屋や両替所を創り、食品などの標準価格を決めただけである。
 税金は、贅沢品を除き一律に売り上げの1割と定められている。勿論、教会への寄進や個人で散財した公共施設の建設費用等を除いての話だ。

 街の東端に面して領主の舘。未だ建設中や木造の一般施設と異なり、石で厳重に築かれている。
「ククスです。後の人達は護衛です」
「よし、ご苦労」
 鑑札を兼ねた通信筒の封蝋を見せると、門番は領主の舘への道を開いた。
 ジャンヌは鷹のマント留めとマントの略式正装。片膝を着き、
「お初にお目にかかります、アレクス・バルディエ卿。バルザック家のジャンヌと申します。この度は卿のメッセンジャーが難に遭ったとの依頼を受け、お連れしました」
 レオパルドは、名に負う獅子のマント留めとマント。
「俺は廻国修行の騎士にて、レオパルド・キャッスルと申す」
 余の者も二人に倣い礼を取る。
「うむ。ご苦労」
 事務的な謁見ながら、バルディエは憎からずと言う態である。
 バルディエは、冒険者達に退席を命ずる事無く封印を解き、羊皮紙を取り出す。丸められた羊皮紙には4文字単位の記号が書かれている。
「そう来たか」
 暫し思案。やがて、続きに8文字の記号を書き入れる。
「少々早いがキャスリングとしよう」
 なぁんだ。やっぱりチェスだったのか。と、リチャードやエルウィンが苦笑したとき。
「アレクス・バルディエ辺境伯!」
 返事を受け取るためククスは進み出て言った。
「ノアール卿からの口上です。『勝負に拠らず卿(おんみ)がために席次を譲るも良し。されば、我が依願を受け入れられたし』‥‥詳しくは今ひとつの書簡に」
 なるほど、中にはまだ羊皮紙があった。一瞥するなり、
「こちらのほうが本命の話だな。奴め、易々とエイリークに染色職人を譲った真意を見抜きおったわ」
「はい。地境の確認とアルミランテ間道及び周辺地権利の帰属が確定された由、既にご存じです」
 バルディエは次の一手を記した書簡を封印しつつ、返答を伝える。
「かくノアール卿に伝えよ。『委細承知。だが、仮にも我が領土。卿(おんみ)の手兵や間者の立ち入りは断固として拒否する』」
「つまり、それは雇われた冒険者ならば問題ないのですね」
 バルディエは否定しないことによって賛意を示した。その反応を受け取って、ククスはノアールの元へ向かう。
(「やはり、本命は口上だったか」)
 リチャードは我が推理が当たったと、ほくそ笑む。こうして使者と共に退去しようとした冒険者達を、バルディエが呼び止めた。
「無論の事ながら、この儀は内密に頼む。事のついでだ。我が依頼を受けてはくれまいか?」
「辺境伯殿。子細をお聞かせ願えるのか?」
 問いに、少なからず興味を覚えていたアレーナが問い返す。
「どうやら、ノアール卿は我が領地に重大な価値のある遺跡があると考えている。それもアルミランテ間道の周辺にだ。最近手の者がさる古文書を入手したらしい。こちらも調査を行っているが、一口に遺跡といっても多いでな。文献の調査が進み確証が得れれば、何れ卿らに対する依頼をギルドに委ねよう。期待しても良いかな?」
 バルディエは静かにそう言った。

●ビブラの家族
 どうやら、ビブラがノアール卿の縁者と言うアレーナの推理は外れたらしく、今のところ手懸かりはない。
(「政略結婚を切り札にしてきたノアール卿だから、てっきり養女の関係かと思ったが‥‥」)
 気に掛かるのはビブラと言う名前である。
「ビブラ‥‥ビブロ‥‥ビブラ‥‥ビブロ」
 考え込む余り言葉が漏れる。男性形ではビブロ。古代ローマでは父の名の女性型が娘の名前になったと言う。例えばユリウスの娘がユリアとなる。
「ビブラちゃん。いつからおばあさんと住んでるの?」
 ジャンヌが、なるべく遠回しに尋ねてみる。
「うーん」
 考え込んでしまった。
「あのね。おばあちゃまは本当のおばあちゃまじゃないのです」
 拙いことを聞いてしまった。と、黙り込むジャンヌ。
「気にしないのです! ビブラちゃんのお名前はビブロおじちゃんから貰ったのです」
「ビブロおじちゃんって?」
 聞き返すジャンヌに、
「ビブロおじちゃんはビブロおじちゃんなのです。面白い人達と、いっつも旅をしてるんですよ〜。めったに逢えないおじちゃんなのです」
 ぽむ。と、アルテマが肩を叩いた。
「根ほり葉ほり聞いちゃよくないと思います」

●謎の男
 帰り道。明けの明星が輝く頃。闇は世を統べ、焚き火の周り以外は深き帷に閉ざされている。爆ぜる枝で湯を沸かし啜りながら、レオパルドは鉄弓を抱いて寝ずの番をしていた。
「パリにいた時噂に聞いたのだが、三月程前、貴卿のご主君、オスカー・ヴォグリオール卿と、この手紙のお相手、ノアール・ノエル卿が決闘裁判に及び‥‥ノアール卿がオスカー卿を認めた形になったとか。貴卿とノエル卿は政敵同士だったと聞いておりましたが、それ以来‥‥かな、この文のやり取りは察するに内容は‥‥オスカー卿の事でありましょうか? ‥‥いかんな。これでは馴れなれ過ぎる」
(「しかし、こんな書簡をやりとりしているところを見ると、アレクス卿とノアール卿は、今は世間で言われている程、仲が悪くは無いのかな」)
 次に会うときの口上を考えつつ火の番をしていると、不意に背中にすさまじい殺気を浴びた。一瞬身体が動かなくなった。そいつを無理矢理揺すり、
「うぉぉぉぉ!」
 と、叫んだ。肩に刃が喰い込んでくる。と思うやいなやそのまま火に身体を投げ込んだ。背に冷たい物が走った。斬られた。錬磨の身体が反応し、横に転がる。そこに仁王立ちになった戦士が居た。振り下ろした剣を再び振り上げようとするのが、不思議なほどにゆっくりと見える。レオパルドはもう一転した。手に鉄弓を握っていたが、武器を構える暇はない。手に小石が触れ、引っ掴んで襲撃者の顔に叩きつける。
 戦士はそれを柄で払った。機は完全に敵にある。転がりながら地面に零れた矢を掴み、手で投げつける。それを敵は剣で払った。払った拍子に鏃が敵の頬を削る。それでひるんだその隙に、レオバルドは立ち上がり鉄弓を構えた。だが、腰が定まっていない。腰が定まらずしてまともな応戦は無理だ。よろりと後によろめくレオバルド。目の前を刃が掠める。この幸運が流れを変えた。敵が剣を取り直す間に、ここで漸く腰が据わった。
 鉄弓を突き出したレオバルドの行為に、敵はとどめの一撃とばかりに振りかぶった剣を止められ、一歩引く。レオバルドはそこで初めてまともな構えを取る余裕が生まれた。
 レオバルドはすうっと横に移動する。敵はそれに従(つ)いてくる。やっと尋常の勝負が出来る体勢だ。ここで初めて服が少し焦げていることに気付いた。恐らく軽い火傷も負っていることだろう。しかし不思議となんの痛みも感じなかった。
 後からとは卑怯だなどと言っても始まらない。彼が考えにふけって油断したのが良くないのだ。身なりは山賊とも思えない。目は妖しい光を湛えその身に一部の隙もないように見える。背後から襲ったのは技量を踏んでの事だろう。恐らく技量に大差なし。ならば武器の優劣が勝負を決める。レオバルドは死を決意した。
 その時だった。弧を描くように、闇の中から燃えさかる松明が飛んできたのは。それは敵を直撃した。思いも因らぬ伏兵に、払う動作に隙が生じる。
「うぉぉぉ!」
 鉄弓を『はず槍』の要領で繰り出す。殴るのではなく、その先に喉笛を引っかけて欠き斬るように突貫した。後はどうなったのか自分でも判らない。組み合いになり天地が何度も入れ替わったことだけは覚えている。気が付くと、剣を奪って敵の首に押しつけて切断していた。
 返り血を全身に浴びたレオバルドは、騒ぎに起きて来たみんなから注目されていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
 荒い息で問う。
「松明は‥‥はぁ、はぁ」

「私だよ」
 闇の中から現れたのは吟遊詩人風の男。
「あ、おじちゃん!」
 現実離れした惨状に、まだ夢と現の区別が付かないビブラが男をそう呼んだ。男はばさっとレオバルドにマントを被せ、なにやら呪文を唱える。
「さ、ビブラ。これは夢なんです。何も怖くはないですよ」
「‥‥うん」
「さ、お休み‥‥」

「彼方が何者かは知りませんが、礼を言います。レオバルドさん。近くの小川で血を洗って来て下さい」
 アルテマが死体を片づけながら言った。

 男は険のある声で問う。
「念のために聞きますが。あの子にカラス退治の場面を見せて居ませんよね?」
 勿論と言うエルウィンに、ビブラに接するのと同じ穏やかさで、
「お心使い感謝します。なのでお節介ながらにご忠告致しますと、あまりこの地に関わらぬ方が宜しいでしょう。狙って居るのは何も、『バルディエ卿』や『ノアール様』ばかりでは無いのですから。あのおぞましき『人買いども』の背後も企んでおります故」
 男は人買いと言う単語に憎しみを込めて言い放つ。
「それってどう言うことなのかな?」
 ジャンヌが興味深げに口を挟むと、
「お分かりにならないとは幸せな事です。知らないことが身の安全に繋がると言うことを、お含みおき下さいませ」
 男は一礼すると踵(きびす)を返し、音もなく、闇に溶け込むように去って行った。

「ふう」
 小川で水を飲むレオバルド。いつになく背中に寒さを覚える。その時になってやっと背中が裂かれている事に気が着いたのだ。軽いむずがゆさを感じるのは、僅かに肌を削られているせいだろう。寧ろ、火に我が身を投げ込んだ時の火傷の傷が痛かった。