●リプレイ本文
●報酬談議
出発前のギルドでの事。担当者が不在の依頼主に代わり、報酬の申告を受け付けていた。
「えーっと、皆さんはアルフレッドさん、イリアさん、バルバロッサさん、リョウさん、風路さんは、本当に無償という事でよろしいのですね?」
手馴れた様子でペンを走らせる担当者に、アルフレッド・アーツ(ea2100)とイリア・アドミナル(ea2564)が頷いた。
「俺は奴に挑みに来ただけだ。困った奴を助ける騎士の本懐も遂げられるとなれば、それで十分だ。金はいらねぇ」
どっかと腰掛け、大きな声で言ってのけたのは、バルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)。
「別に金に困っているって訳でもないですから。まぁ、後輩達に度量の広さを見せるってことで」
爽やかに黒髪をかき上げながら、輝く笑みで熟練冒険者の余裕を見せるリョウ・アスカ(ea6561)
「先輩冒険者として、恥ずかしくない姿を見せねばなりません。若き冒険者達は私達の良い部分を学び悪い部分を廃して、同様に後進の成長を助けて欲しいと願うだけです」
本多風露(ea8650)の見識に、ほほー、と感心するリョウ。そう、まさしくそれですよと、ちゃっかり話を合わせる。
「冒険の機会をくれただけでも嬉しいのだけど、プロとして依頼を受けた証として、1Gだけ受け取らせてもらうよ」
「同じく。必要経費だけはもらっておくわ」
そう申し出たのは、エイジス・レーヴァティン(ea9907)とスニア・ロランド(ea5929)。
「依頼に成功したなら全額貰う。失敗ならば受け取らない」
キース・レッド(ea3475)はその後に、依頼主に一言いいたいのだが、と続けた。
「彼らの台所事情は知っているが、だからといって常に善意を期待する姿勢は美しくない。それが当たり前だと勘違いされては困る。正式にビジネスを任されているんだ、ちゃんとした会計士を雇うか、誰かが出納管理をするべきだ。金銭にルーズじゃ成功はおぼつかないな」
報酬の満額要求は当然の権利である。しかし、今の言は一言多い騒ぎでは無い。
「はあ‥‥」
と気の抜けた返事をする担当者に、肩を竦める彼。
「キースの意見、然りと思う。彼らの事情は詳しく存ぜぬが、甘えも過ぎれば害悪になろう。私も報酬は全額、受け取ろう」
アマツ・オオトリ(ea1842)も同意見の様子。こりゃどうも、と帽子を下げて見せるキース。
(「勿体ないことを‥‥」)
これも役目故と、モリスから隠れた条件を聞かされていた記録係は、彼の話を一字一句取りこぼさなかった。しかし、
「ふ‥‥勘違いするな。私は、そなたになびいた訳ではない。私の心も体も(以下略)」
以降は超私的な内容なので、記録係記録抹消。
「お二人の意見は記録係が書きとめていますから、間違いなく依頼主に伝わるでしょう。‥‥では、お仕事の方、よろしくお願いします」
担当者はそう言って、冒険者達を送り出したのだった。
●求む応援
さて、森の中での探索となれば、是非とも里のシフール達の応援を仰ぎたいところ。
「し、しふしふ〜」
少々赤面しながら挨拶をしたアルフレッドに、里のシフール達も笑顔で『しふしふ〜』と返す。
「シフールさんお久しぶりです。‥‥すっかり定着しちまいましたね、この挨拶」
良かったのか悪かったのか、と苦笑いのイリア。彼らは2人の顔を覚えてくれていた様で、仲間共々、すんなりと里に受け入れてもらえた。
「来たなお前ら。また見ない顔がいるな」
「初めまして、私はスニア・ロランド。今回の仕事に是非皆様の協力を頂きたく‥‥」
現れたポロの遠慮も何も無い口ぶりにも関わらず、あくまで礼儀を弁え振舞う彼女に、だんだんポロの方も恐縮し出す。その様を指差して笑うシフール達。
「えっと‥‥間道の完成のお手伝い‥‥情報の方を、よろしくお願いします‥‥」
アルフレッドの申し出でようやくペースを取り戻したポロは、おう、と答えて真面目な顔になった。
「そうか、本当にやるんだな、あの熊を」
彼らにとっては今まで、避けて通る他無かった相手である。必要なのは優秀なガイドだが、さて。
「取り合えず俺は行くとして、そうだな、レク、お前も来い」
「ひ〜、勘弁〜っ!」
飛んで逃げようとするのを仲間達がひっとらえて、冒険者達の前に放り出す。
「普段から採取に飛び回ってるお前があの辺りに一番詳しいだろ。諦めろ」
ポロに言われじたばたしていたレクをひょいと持ち上げ、地図の前に置いてから、ぐるぐる巻きになった紐を解きにかかる風路。
「この辺りの地形で、まだ私達の知らない部分があれば説明して下さい」
彼女のあまりに無駄なく冷静な様を見て、逃げられないと悟ったのだろうか。レクは抵抗を諦め、3区の説明を始めたのだった。
「僕たち冒険者は、今回二班に分かれているから‥‥鉄城を見つけたら、近い方の班にまず連絡してください‥‥」
ポロもアルフレッドと打ち合わせて、更に2名を連れて行くと決めた。
その間、イリアはシフール達に街のお土産を配っていた。
「この間はお世話になったから、そのお礼です」
にこやかに微笑んで広げた包みの中からは、シフール達でも使えそうな様々な金物の数々が。
「凄い、新品のナイフだ! ピカピカだ!」
「ああ、へこんでない素敵なお鍋‥‥」
彼らが大喜びしたのは言うまでも無い。本当に貰っていいの? と何度も聞き返し、イリアが頷いて見せると、小躍りして即興で妙な踊りを踊り始めた。かなり舞い上がっている様子。彼らは外との交流が少なく、森の物を何でも使って用を足すとはいっても現金収入がほとんど無いので、こうした物と縁遠いのだ。
お土産についての質問に答えている内、話は自ずと外の世界の事に及んだ。話題は次第に、純粋な興味から出たものに変わって行く。
「街にはすごくたくさんの人が住んでいるんでしょう? たくさんってどのくらい? この村5つ分くらい?」
「海ってどんな風? しょっぱいって本当? 底なし沼よりも広い?」
彼らの知る世界は、せいぜい近くの村までなのだ。イリアは自分の冒険譚を織り交ぜながら、外の世界の話をする。想像もつかないその話に、ある者はただただ驚き、ある者は目を輝かせ、ある者はとんだ冗談だと笑い飛ばす。
「ねえねえ、イリアさんの話って本当?」
「さて、どうだったかなぁ」
シフール達に聞かれたエイジスは、一片の曇りも無い笑顔ではぐらかす。
「ちゃんと本当だって言って下さいっ」
ご立腹のイリアをものともせず、エイジスはリュートを爪弾いた。
「さ、何か一曲やりましょう。何がいいですか?」
ぽろんぽろんと響いた音はやがて繋がり、陽気な旋律を生み出した。それに合わせ、楽しげにひらひらと舞うシフール達。エイジスが歌うに合わせて、皆で歌って。彼らがたっぷりと1曲楽しんだ頃、
「そろそろ行きましょうか」
風路が声をかけ、出発を促した。名残惜しげに見送るシフール達に手を振りながら、彼らは急ぎ、3区へと向かった。他の仲間は既に現場で探索の準備を進めている筈だ。連絡役を買って出た冒険者が途中で彼らを待ち、行き違いの起こらぬ様、仲間の現状と位置を伝えて行く。
「ああ、どうか熊にカジられちゃいません様に‥‥」
刻々と近付く戦場に、すっかり及び腰のレク。
「大丈夫、熊の爪なんて届かないところまで飛んで逃げて、みんなに指示するだけでいいんだよ。頑張ろうね」
そんな声に、彼も幾分気が楽になった様子。3区に入った彼らは仲間と合流した後、予め決めておいた班に分かれ、探索に乗り出した。
●鉄城追撃
1班。エイジスとシフール達とで痕跡をたどりながら、慎重に追跡を続ける。木の幹に擦り付けられた獣毛を確認し、摘み取ってみるエイジス。
「間違いない、鉄城のだけど、多分少し古いな」
そうですか、と落胆する彼だが、鉄城はいつの間にか接近し突然に襲い掛かって来るというから、常に目を凝らし、辺りへの警戒も怠らない。木の上からは、美芳野ひなた(ea1856)が周囲を見渡す。もっとも彼女の場合、彼女自身も誰かが見張っていなければ、うっかり何処かへ行ってしまう程の方向音痴なのだが。
「相手とて、ただ生きるだけだというに‥‥開発という人のエゴに抹殺されるか」
アマツが呟く。憐れみを覚えたか? と問うバルバロッサに、ふっと笑い、いや、と首を振った彼女。と、草の葉を払った瞬間、葉の裏からぼとりと落ちた虫が、カサカサと草むらの中に消えて行った。固まったままのアマツを、どうかしたのか? と覗き込むバルバロッサ。ひなたがつんつんと突付く。
「‥‥い、いや、何でもない」
明らかに目が動揺している。ひなたが、くすりと笑った。
「あんな小さな虫さんが怖いんですか? アマツさんってかわいい〜」
アマツは、真面目な顔でひなたの肩を掴み、振り向かせた。
「知らぬのか? あのおぞましい虫は時折人の体内に卵を産み付けるのだ。孵化した幼虫は肉を溶かし食らいながら成長して行く。始めは気づかぬが次第に疲労を覚える様になり、やがて、膨れた瘤から成虫となった虫どもが‥‥」
真っ青になってがくがくと震えるひなた。半泣きで、もうあの虫には近付きません! と繰り返す。彼女の肩を、もう一度ぽんと叩き、
「嘘だ」
真顔で言うアマツである。自分でも気持ち悪くなったのは秘密だ。嘘? 本当に嘘? と聞き回るひなたに、やれやれとポロが頭を掻く。鉄城の痕跡は度々見つかるのに、止め足その他の狡賢さですぐに振り解かれてしまう。こんな気晴らしでも無ければ気が滅入るのもまた、事実なのだが。
一方、2班は。
イリアが共にあるこの班は、湿地帯の中心部や泥濘が広がる一帯にも果敢に踏み込み、探索を行った。ストーンで足場を固め、突破するのだ。
「まるで私が工事をしているみたいですね」
そんな冗談も飛び出す程で。この雰囲気に加えて、
「あなたの知識は熟練の剣士に勝る。安全重視で行動してください」
必ず私が守ります、とスニアの頼もしい言葉を聞いて、レクも随分と平常心を取り戻した様だ。仲間と共に森の中から鉄城の痕跡を探り、追って行く。レクはスニアに森の心得を、スニアはレクに街の話などしながら歩を進める。
以前に鉄城が人を襲ったという場所も確認したが、今は野犬と小動物がいるだけだ。
「大丈夫、私達が近付けば逃げて行く様ですから」
イリアの言う通り、獣の鳴き声を聞く事が何度もあったが、かつての頬黒一味の様な手強く不気味な群に出会う事は無かった。彼らの力量を見抜いているのか、元々臆病なのか、その姿を現しさえしない。
「この森も、着実に変化しているという事ですね」
それは仕事の成果でもあるのだが、風路の声には一抹の寂しさも滲んでいる。
彼らは危険にこそ遭遇しなかったものの、探索には随分と難儀をする事になった。以前の様に確実に相手の居場所を知る手段が無い以上、丹念にその痕跡を探り追跡をしなくてはならない。虱潰しに探すには、一区間と言えどあまりに広大に過ぎる。足跡や糞、擦り付けられた獣毛などを見つけては後を追い、見失う事を何度も繰り返す内、ただ時間だけが過ぎて行った。
「ん? この石はなんでしょうか?」
崩れて苔むしたマイルストーン。見たことも無い文字と、輪を創るドラゴンの姿が刻まれている。
「どれ?」
スニアにも判らぬ文字だ。
「俺も見たことのない文字だな」
と、リョウが覗き込む。
「これはスクロールに使う文字ですね」
精霊碑文学に心得のあるイリアが興味深げ。
「今は関係ない話だな。興味があるなら後から来よう」
キースの声に一同そこを離れ、さらに鉄城を策(もと)めること数時間。
「あの熊公‥‥。5mにもなる巨大熊が、いったい何処に潜んでいるんだか。これだけ探しても見つからないなんて」
いささか閉口気味のリョウである。これまでになく、丹念に足跡を調べるレク。思案に暮れる様子に迷いを感じ、どうしたの? とスニアが問いかける。
「うん どうも妙な気がするんだ。足跡はまた泥濘地帯に向かってるけど、足跡の体重の掛かり方が変な様な気がするし‥‥それにね、湿地は追手を撒くには都合がいいけど、戦いとなったらあれだけ重くて大きい鉄城だもの、みんな以上にやり難い筈なんだよ。今、あいつは人間に傷を負わされて怒ってると思うんだ。ただ逃げ延びて満足するのかなって。出来れば何とかして憎い人間を倒したいと思ってるんじゃないかな」
「こちらの追跡にも、恐らくは気付いているだろうしね。なのに、わざわざ追い込まれ易い場所に踏み込むのは不自然、か。確かにそうだな‥‥」
ふむ、と考え込むキース。
「つまり、偽装の可能性が高いという事ですね」
風路の結論にキースが頷く。だが、ここは判断が難しいところだ。偽装と見て逆に追い、それが判断ミスだったら? 残り時間から考えて、今度鉄城を見失えば、もうこの期間内での討伐は絶望的だ。かといって、分散すればいざ発見した時に対処出来ない恐れもある。
「私は彼の見立てを信じるわ」
レクに頷いて見せるスニア。他の皆も見回し、決まりですね、とイリア。
彼らが足跡を逆に辿り始めてから、半日程。人がいるのも構わず、数匹の野犬が飛び出して来た。一瞬緊張したが、犬達は彼らを一瞥すらする事無く、一目散に逃げ去ってしまった。暫くして、イタチか何からしき小動物も現れて、同様に消えて行く。
「行ってみましょう」
イリアが促す。
「あなた達は私の後ろに」
シフール達を庇いつつ、スニアは野犬達が来た方向へと進んで行く。と、ブレスセンサーで探りを入れていたイリアの顔に緊張が走った。大当たりかも、気をつけて、と彼女の声を背に受けながら、リョウは斬馬刀を手に馴染ませ始めた。
果たして、そこに鉄城はいた。早くも人の気配を感じ取ったか、ゆっくりと動き出す鉄城。
「イリア君、合図を」
キースは彼女駆け寄り、その護衛に付く。上空に向けて放たれたライトニングサンダーボルトは、仲間に鉄城発見を知らせる狼煙だった。風路が霞刀を引き抜きながら、鉄城の側面へと回り込む。正面に立ち、その進路を遮るリョウ。鉄城は咆哮と共に仁王立ちとなり、覆い被さる様にリョウの頭上に降って来た。
「合図だ!」
天を駆け上がる雷光に、1班の一同が騒然となる。場所は、近い。
「大丈夫だ、真っ直ぐ行っても道を遮るものは何も無い!」
ポロに地図を確認してもらい、アルフレッドは里のシフール達と共に皆を先導して飛んだ。間もなく彼らの耳にも届いて来た。人の声と獣の咆哮、そして臭い。彼らが最初に見たのは、鉄城の突進で薙ぎ倒され悲鳴を上げる哀れな木々と、その牙を斬馬刀の柄で防ぎながら吹っ飛ばされ転がって行くリョウの姿だった。駆け抜ける風路が一瞬、鉄城に肉薄し、急所に刃を突き立てる。が、鉄城の突進は止まらない。
「足止めを!」
追って来たスニアが、到着したばかりの仲間に状況を知らせる、指示を出す。遠くから聞こえる、イリアの声。
「水よ集いて敵を撃て!」
生み出された水の塊が、容赦無く鉄城を打ち据える。渾身の力でそれを砕き、身を捩じらせて駆け行く鉄城。弾けた大量の水が飛沫を上げ、冒険者達の上にも降り注いだ。
「容赦はせん。貴様の命、我が糧として背負おう」
アマツは刀にオーラを込めるや、果敢にも正面から挑みかかった。恐ろしげな爪を指先ごと削ぎ切った刃が、ガリガリと音を立て火花を散らしながら砕け飛ぶ。
「おいでちゃっぴぃ、お願いね!」
ひなたが呼び出した大ガマが、猛る鉄城に組み付いた。あれだけ大きな大ガマだというのに、心細い程に小さく見える。鉄城の非常識な大きさが際立つというものだ。
「ああっ、ちゃっぴぃ‥‥」
ひっくり返された末、止めを刺されて煙となった大ガマに、ひなたがしょんぼりと肩を落とす。しかし、稼いだ時間は十分だった。
「今度こそ、逃がしませんよ」
鉄城の背後に回り込んだエイジス。その顔からは、いつもの笑みが消えていた。ヒュっと息を吐きながら迫った彼は、シールドソードを振り下ろし、鉄城の丸太の如き後ろ足に渾身の一撃を叩き込んでいた。苦痛に吼える鉄城の爪を盾で受け流しつつ、攻撃圏内から滑り出る。
(「これで逃げ足も鈍る筈。しかし、浅いか。もう一度‥‥」)
衝撃に軋む腕がどれだけ持つか計算しながら、彼は再び突進した。彼を呼んだ風路の声も、届いていない。ただ、振り向き様に彼の頭上に圧し掛かろうとしていた鉄城は、ぐらりと体勢を崩して倒れ込み、更にエイジスの追撃を受けて苦痛にもがく事になる。
「無理をしないで、と言っても無駄なのでしたね」
もう一方の足の筋を断ち、敵の体勢を崩した風路。アルフレッドは更にその傷目掛け、シフールの礫を打ち込んでいた。乱れた衣装を直しながら、ゆっくりと間合いを詰めて行く風路。刃にこびりついた獣脂を拭いつつ、再び戦いに没頭して行くエイジス。這いずる様にして起き上がった鉄城の後ろ足は、ズタズタに割けて血に染まっていた。その動きは、目に見えて鈍っている。背後ではスニアが退路に立ちはだかっていたし、キースもいる。イリアもシャドゥフィールドのスクロールを手に、いつでも使える体勢を整えていた。万が一があったとしても、シフール達の目と翅という武器もある。鉄城に、もはや退路は無かった。
バルバロッサの体が淡く輝く。身にオーラを纏い、内からも力が湧き出してくる。
「鉄城の称号、剥ぎ取らせてもらうぞ」
ジャイアントソードを構え、鉄城の真正面に立つ彼。鉄城の骨さえ砕く一撃は、踏み込んだバルバロッサの背を切り裂いただけで行き場を失い、ただ空しく空を掻いた。前肢を跳ね除け斬り上げたジャイアントソードの一撃は、鉄城の脇から肩口までをざっくりと抉っていた。
「この一撃に全てを懸ける!!」
斬馬刀を低く構え、弾ける様に飛び出したリョウ。気合一閃、跳躍するや、そのまま鉄城の頭蓋に渾身の一刀を叩き込んだ。刃が骨を砕き割る感触に、背筋にぞくりと快感が走る。ぼたぼたと顔中から血と体液を滴らせながら、切り裂かれた足で、ゆらりと立ち上がった鉄城。その目が、ぎろりとリョウを見据える。息を呑みつつ、刃を返したリョウ。だが、それを振るう前に、バルバロッサがガラ空きになった鉄城の胸を、巨大な愛剣で刺し貫いていた。鉄城が仰向けに倒れ行く様はまるで現実味が無かったが、ど、と響いた振動を感じて、ようやく戦いが終わったのだと、皆、理解したのである。
「凄い、凄いよ! こいつが倒される日が来るなんて、信じられない!」
ただもうひたすらに感嘆するばかりのレク。僕達からも何かお礼をした方がいいのかな、とポロを相手に興奮していた彼に、バルバロッサはにやりと笑いながら言った。
「笑えよ、それが何よりの報酬だ」
それが冒険者というものである。この日から、『鉄城』はバルバロッサの二ツ名となった。
「いいなぁ、俺にも何か無いもんかな。異名は無理でも、奮闘ぶりに惚れ込んだ素敵な恋人が出来るとか」
リョウ、ちらりと女性陣の方を見やるも、皆、すっと視線を避ける。彼が恋を謳歌する日は遠そうだ。
「あの‥‥毛皮、もらっていい、かな」
アルフレッドの頼み事は当たり前に受け入れられ、シフール達も手伝うと言い出した。皆でわいわい、毛皮剥ぎ。
「うー、ちょっとかわいそう」
キースの背に隠れて恐る恐る眺めるひなた。これも生きるという事さ、と顔を向けたキースにふと思い当たり、彼女が尋ね人などしている間に、巨大な毛皮は見事に剥ぎ上がったのだった。
●帰還
アルフレッドが持ち込んだ鉄城の毛皮を、仲買人は大喜びで買い取ってくれた。
「贅沢を言えば、もう少し傷を少なく倒してくれればもっと払えたんだが。まあそれは仕方の無い事なんだろうね。‥‥で、この熊は手強かったかね。さぞかし手強かったろうね、んん?」
説明をするアルフレッドに、熱心に聞き入る仲買人。これだけの毛皮だ、好事家に持ち込めば高い値が付くに違いない。未開の森に巣食っていた獣というのも実に良い。今の話に尾ひれがついてセールストークになり、更に尾ひれがついてサロンの話題に化けるという訳。毛皮の価値を下げる戦いの痕も、こうなればむしろ生々しくて面白いというものだ。
「‥‥とても高く買い取ってもらえました。皆で分けましょう」
ほくほく顔で戻って来たアルフレッドは、それを惜し気もなく山分けにした。報酬受け取りを辞退した冒険者も手伝いのシフール達も、今回はひとり50Cの収入を得て、皆少しだけ幸せになれたのだった。
一方、報酬の受け取りを希望した者達はその後、ギルド担当者のもとに集まり、彼女から支払いを受けたのだった。
「あら? おひとり足らない様ですけど」
「そういえば、ひなたがいないわね」
どこに行ったのかしら、とスニアが首を傾げる。皆と一緒に帰っていたというのに、途中で見事に道を逸れて迷い、深夜になってようやく街に辿り着いたひなた嬢。
「お金、もらい損ねちゃった‥‥」
がっくりと膝をつく。めげるな頑張れ。
モリス・マンサールのもとにギルドからの請求書を届けた職員は、共にキースの『忠告』も伝えている。モリスはそれを聞くと、ふむ、と少し難しい顔になった。
「力もあり財力もある冒険者ならば、互助と奉仕を柱にした、こうした仕組みを用いても受け入れられると思っていたが‥‥彼の様な反応を示す者が多数ならば、少々考えを改めなくてはならないな」
「しかし、現状問題がある様には思えませんが」
部下に言われ、そうか、では暫く様子を見る事にしよう、とモリス。
「出来る事なら、冒険者達にも知って欲しいものだな。互いにパンを分け合い、泥と埃に塗れて達成してこそ、得られる喜びもあるという事を」
モリスは、
「これでアマツ石とキース石。都合二つ分の胸像予算が浮いた事になる」
不機嫌に吐き捨て、名誉を共にするべき関係者の名からその名を永久に削除した。