狙われたファニィレニー

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月21日

リプレイ公開日:2005年10月25日

●オープニング

「何かヤな雰囲気よねぇ〜」
 ここ最近、定期的に足を運んでいるブランシェット領で、『ロワゾー・バリエ』の双子の一人ファニィは眉根を寄せた。
「マレシャル様の事件は一応、聞いてるけど‥‥何でここでこんな噂になってるかなぁ?」
 『ロワゾー・バリエ』と取引のあるマチルド農園の主、マチルドの愛する者‥‥マレシャルの悪評はドレスタット貴族の間ではかなりの噂になっている。そういう関係でファニィ達も一応耳にしていたが、この地で領民たちが「なんて酷い男なんだ」「騙された女性が可哀想」などと非難しているのには驚いた‥‥ていうか、ハッキリ言って変じゃないですか?
「誰かが噂をバラまいてる‥‥でも、そんな事して何のメリットがあるのかなぁ?」
 考えても答えは出ないけど、気になるもので。そうして、考え事をしていたファニィ‥‥その身体が不意に強い力で脇に引きずり込まれた。
 蜂たちの巣分けのこの時期、冬越えに備えるこの時期、夏の盛りと違って辺りに人気はない。何より、突然の事でファニィは声を上げる余裕もなかった。
 道を外れ、うっそうと緑の茂る場所に連れ込まれても、ファニィは状況を理解できていなかった。元より、こんな目に遭うような心当たりはないのだ。
「‥‥『ロワゾー・バリエ』の者だな?」
 だが、押し殺した声で尋ねられた瞬間、考えるより先に身体は反応した。返答を得ようとしたのか反応を確認しようとしたのか、一瞬緩んだ腕から身体を捻って逃れる‥‥グギリと足首が嫌な音を立てたが気にしている余裕はない。
 直後、背中に走る灼熱の痛みと。そのまま倒れこむように地に転がった身体は、予想以上の勢いで転がり落ちる。丁度傾斜だったのはファニィにとって幸運だったか不運だったか。だが、枯れ草と呼ぶにはまだ青々しい丈の高い草が、小柄な身体を隠してくれたのは間違いなく幸運だっただろう。
「すっ、すみません、つい‥‥」
「いやアレで死んだなら好都合というもの。それより、次の手はずに移れ」
 襲撃者はファニィを呑み込んだ草むらに一瞥をくれると、人目を避けるようにその場を離れた。

 事件が発覚したのは、丸一日たっての事だった。毎回予定きっかりに訪れていた双子が何の連絡も無しに来なかった‥‥それを早馬で問いただしたブランシェット家は、ファニィが予定通りに出立した事を知り、騒ぎになったのだ。
「何かあったのでしょうか?」
「分からん。が、不測の事態が起こったと考えるのが筋だろうな」
 不安げな弟と厳しい表情の姉の耳に、父親である病床のブランシェット卿の呟きがふと届いた。
「‥‥警告、かもしれないな」
「父上?」
「我が家と彼の家が繋がるを良しとしない輩がいるのやもしれない」
 父の言葉に、ロゼンナは考える。ドレスタット貴族の間の噂、領地で流されたと思しき同じ噂、あからさまとも思える不審者の目撃情報‥‥もしこれらの根が同じ、警告だとしたら対応は慎重にした方が良いのかもしれない。
「ですが、ファニィさんをこのまま放って置くわけにはいきません!」
 だが、いつもはおとなしい‥‥自分や父に従うヨシュアのいつになくハッキリした言葉に、ロゼンナは軽く目を見張ってから、微笑んだ。
「ヨシュアの言う通りだ、父上。我々は彼女達には恩がある」
「ならば、今回の件はお前達に任せよう。ファニィさんの捜索と不審者への警戒と、急ぎ冒険者の方々の助力を仰いで」
 足早に退出していく子供達に目を細め、卿はその背中に言葉を投げかけた。
「不審火にはくれぐれも気を付けるのだよ」

●今回の参加者

 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea5753 イワノフ・クリームリン(38歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea5804 ガレット・ヴィルルノワ(28歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea6561 リョウ・アスカ(32歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea7278 架神 ひじり(36歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0884 グレイ・ドレイク(40歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●悲しみの中で
「ファニィさんとレニーさんにお会いするのは本当に久しぶりで‥‥お二人との再会、心待ちにしていましたのに」
 『ロワゾー・バリエ』の窮状に駆けつけたフェネック・ローキドール(ea1605)は、悔しさとも悲しみともつかぬ表情で青い鳥の看板を見上げた。
「‥‥」
 果たして、店内に足を踏み入れたフェネックを迎えたのは、呆然と立ち尽くしているレニーだった。
 その瞳に涙は無く。けれど、それが却って痛々しく、フェネックは労わりを込めて短く挨拶する事しか出来なかった。
「すみません、私‥‥こんな風に一人で‥‥一人なのは初めてで‥‥」
 気づいたレニーは血の気を失くした顔で、か細い声で応えた。或いは、フェネック達が来てくれた事をちゃんと認識出来ていなかったのかもしれないが。
「どうしよう、私‥‥もし、ファニィが‥‥一人じゃ、私‥‥」
 それこそ生まれた時から一緒で。大変な事があっても辛い時でも、二人だったから大丈夫だった。なのに、今は『一人』で‥‥買出しや何やらで数日離れているのとは訳が違って。もしもこのまま、ファニィが帰ってこなかったら‥‥?
 今にも崩れ落ちそうなレニー、その耳を鋭くも優しい声が打った。
「レニーは一人じゃない、そうでしょ?」
 声の主‥‥ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)は、言葉を重ねた。
「この店が開店してからだって、お姉やジノさんやボルトさん達がいた。今だって、ヨシュア様を始めとしてこんなにもたくさんの人達が力を貸そうとしてくれてる‥‥だから、負けないでよ」
「あ‥‥」
 目を瞬かせるレニー。微かに光を戻した瞳が、ボルト・レイヴン(ea7906)が慈愛に満ちた微笑で首肯するのが映った。
「私は今までのあなた達の努力を良く知っています。あなた達なら今度もきっと、乗り越えられます‥‥その為には尽力を惜しみませんよ」
 いや、ボルトだけではない。イワノフ・クリームリン(ea5753)や架神ひじり(ea7278)、事件を聞きつけて助力を願い出てくれた者達も案じる瞳でレニーを見つめてくれている。
「か弱く、可憐な女性の危機、騎士として見過ごすわけには行きません」
 そして、グレイ・ドレイク(eb0884)が励ますように勇気付けるように、ハッキリと言い切った。
「ファニィさんは、必ず我々が助け出します」
 強い言葉、強い意思を込めた眼差しと共に。
「ね、レニー」
 レニーはガレットに覗き込まれ、泣き出しそうに顔を歪めた。
「‥‥はい。‥‥はいっ!」
 何度も何度も挫けそうになって。それでも、今まで『ロワゾー・バリエ』をやってくる事が出来たのは、二人だけではなかったから。
 迷うたび悩むたび、こうして支えてくれる人達がいてくれたから。
 だから、大丈夫‥‥だから、まだ泣けない、泣いている暇はない。
「ん、いつもの顔になったね。そうそう、やる事はいっぱいあるよ」
 勿論それはお世辞だったが、ガレットの言葉にレニーは「はい」と頷いた。今は強がりでも空元気でも、とにかく前を向いていたいと。

「それにしても何故、彼女達がこんな目に‥‥」
 折れそうになる心を必死に堪えているレニーを痛ましげに見やり、ボルトは考えずにはいられなかった。
「或いはこの件は、マレシャル様の悪評が貴族の間で広まっているのと関連があるかもしれませんね」
「うん」
 ヨシュアと共に貴族間の噂を確認してきたガレットは難しい顔で同意した。
「実際に被害者がいて目撃者がいて、ってのがマズい感じだよね」
「ですが、領内で同じ噂が流れているのは変な感じがします。近いというのを考慮しても、です」
「ブランシェット家とサクス家を近づけさせない‥‥サクス家を孤立させたい輩がいるのかもしれないな」
 ポツリと告げたグレイにヨシュア達が顔を見合わせた。
「そっか。『ロワゾー・バリエ』は一錬金工房だけど、マチルド農園とは取引があるし、ブランシェット家とも懇意にしてる。だとしたら、両家の橋渡しをする可能性はあるんだ」
 ガレットは思い出す。そういえば、ロゼンナが言っていた。今までマチルド農園‥‥サクス家とは近いがあまり付き合いはなかった、と。
「とにかく、今は一刻も早くファニィさんを探す事です」
 俯いたヨシュアに気づいたフェネックが、さり気なく会話を断ち切る。
「ガレットさん、これがファニィが身に着けていた服です。どうか持っていって下さい」
 丁度レニーがいつものファニィの服‥‥ピンクを基調としたエプロンドレスとネコミミ帽を持ってきた所だった。どうも同じ服を何着も持っているらしい。出かけた時も、この格好に上着だったらしい。
「ありがと。ほらフローレンス、よく匂いを覚えるのよ」
 ガレットは受け取ると、ボーダーコリーに匂いを嗅がせた。
「この匂いを感じたら、吼えるかその場で止まるかして下さいね」
 フェネックがテレパシーで指示すると、フローレンスは目に利口そうな光を宿し「ワン!」と一声吠えた。
「それと、レニー。ファニィが普段使う道を教えて。後、探すのにあなたの“声”を借りても良い?」
 ファニィが窮地に陥っているとして、一番届くのはレニーの声だとガレットは思うから。
「はい、勿論です」
 分かったのだろう、レニーも躊躇なく頷くと道順を手早く説明した。
「この道でしたら、僕が案内できます」
「うん。ヨシュア様よろしくね」
「自分は人探しは得意ではないから、この店の警護に回ろう」
 そんな中。ガレットの駿馬の背に薬や毛布を括り付けていたイワノフがそう申し出た。
「そうすれば、グレイ達も憂いなくファニィを探せるだろう」
「そうじゃな。こちらはわしらに任せるが良い」
 もう一人、ひじりも艶やかに笑む。
「分かった。万一の時は、頼んだぞ」
 グレイはレニーをチラリと見、告げた。
「あ、忘れるところだった。レニー、これ‥‥」
 ライディングホースのボナに跨ろうとしたガレットは言って、ハンカチーフを差し出した。勿論ただのハンカチではない、『ノエル家紋章の刺繍入ハンカチーフ』だ。
「もし賊がここを襲ったらコレ突きつけて。ひじりさん達、賊の反応覚えてね」
「承知した」
 ガレットはひじりとイワノフを頼もしげに見やると、レニーに微笑んだ。
「信じて、待ってて」
「はい‥‥どうかどうか、よろしくお願いします」
 レニーはガレットやボルト達に深く深く頭を下げた。

●訪問者
「先ずは万が一に備え、予め多くの桶に水を溜めておく事じゃ」
「重要な商品や品物は火事や短時間の襲撃でやられないような所に避難させるべきだな」
 ガレット達を見送った『ロワゾー・バリエ』では、ひじりとイワノフは早速精力的に動き出した。
「『警告』がどの程度のものか判らないが、人攫いもしくはそれ以上の事をするような者ならば、半端な事をしないだろう」
 イワノフ達はそれを案じていた。
「火が点いたり、衝撃を与えたりすると危険なものもあるのだろう?」
「あっ‥‥はい。そうですね、その方が安心だと思います」
 何より、不安に押しつぶされそうなレニーを放ってはおけなかった。身体を動かしていた方が、少しでも気が紛れる‥‥それは二人なりの心遣いだった。
「但し、迂闊に外には出ぬよう、くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
 それだけは、念を押したけれど。
 そうして、二人が周囲を警戒する中。
「む‥‥何者じゃ?!」
 『ロワゾー・バリエ』に近づこうとするその人物を最初に発見したのは、ひじりだった。
 まだ若い女性と、数名の護衛‥‥殺気は感じなかったが念の為、刀に手をかける。
「マチルド農園のマチルドです。商談のために参ったのですが‥‥」
 その名前をガレットから聞いていたひじりは暫しの逡巡の後、彼女達を『ロワゾー・バリエ』に案内した。
 確かガレットがシフール便を飛ばしたはずだが、このタイミングだと入れ違いになったか‥‥それはともかく。
「マチルド農園‥‥サクス家とブランシェット家が結びつくのを良しとしない輩が居るなら、動くか? それとも、他の手を打つか?」
 『ロワゾー・バリエ』が狙われるのはおそらくそれ絡みだろう‥‥ひじりは油断なく周囲を伺いながら、考える。
 マチルドがこの状況で『ロワゾー・バリエ』を訪れるのは、敵にとっても予想外だろう。だとしたら、相手はどう動くのか‥‥?
「どちらにしろ、わしがやる事は決まっておる‥‥わしの仕事は『ロワゾー・バリエ』の建物及び関係者を不逞な襲撃者より護ることじゃ」
 ひじりは胸中で呟いた。

「そちらの言い分は分かるが、何せこの状況だ。すまんが察してやって欲しい」
 商談に訪れたマチルドに、イワノフは簡単に状況を説明すると、チラリとレニーを指し示した。
「すみません。でも、今は‥‥」
 ぎゅと握られた手と、青ざめた顔と‥‥憔悴した風情のレニーに、マチルドも商談は断念せざるを得なかった。
「何か出来る事があれば‥‥」
「ふむ、ならば‥‥彼女においしい料理を食べていただこうか」
 同行してきた料理人シーロの言葉に、マチルドはパッと顔を輝かせた。
「‥‥」
 そんなマチルドに何か言いかけたイワノフを、ひじりは無言で留めた。レニーを少しでも力づけたい‥‥そんなマチルドの気持ちを無下には出来ない、と。
 料理作りが始まると、店内はにわかに賑やかになった。並べられた皿に盛り付けられるのは、農園より持ち込まれたチーズやミントハム。
「料理も‥‥まず盛り付けを‥‥目で楽しむものですし‥‥いかがでしょう?」
「この店の主が喜んでくれるなら、それでいいさ」
 更に、マチルドに同行している冒険者の一人、まくるが付け合わせのニンジンを花形や星形に切って飾り付けると、シーロもまんざらでも無さそうな様子で。
 そうして開かれた、ささやかなる晩餐。
「まさかこのような美味なる物を食させてもらえるとは、存外の喜びじゃ」
 シーロの料理は、ひじりの舌をとても喜ばせてくれた。
「はい。本当に美味しいです」
 ひじりだけではない。ファニィの事もあり、最初は乗り気でなかったレニーも徐々にその表情を明るくしつつあった‥‥マチルドやひじり達の気持ちを、感じ取ったのだろう。
「こんな時だからこそ、私がしっかりしないとなんですよね」
「ええ、その通りです」
 それは今、マチルドが自分自身に言い聞かせている事でもある。
「その為にも、今はしっかり食べておく事だ」
 肩を叩くイワノフの大きな手の暖かさ。今、一人でない事が、こうして支えてくれる人達がいる事がレニーは嬉しかった。
「だから、大丈夫‥‥ファニィもきっと‥‥」
 祈るように囁いて、浮かべた微笑。それはまだ不安そうだったけれど、それでも、イワノフとひじりが初めて目にする『笑顔』だった。

●警告
「何て言うか、あからさま過ぎるな」
 ブランシェット領。ロゼンナと同行するリョウ・アスカ(ea6561)は整った顔に戸惑いと警戒をにじませた。
「誘っている‥‥いや、これは父上の言う通り警告なのだろうな」
 肩を並べるロゼンナの表情は、厳しい。
 今、二人は領民の目撃情報を元に、不審者達を追っていた‥‥のだが、その足取りはやけにたどり易い。
 とすればこちらの推測通り、と見た方が良いだろう。
「それでも、行くしかない‥‥だろ?」
「‥‥あぁ、その通りだ」
 ニコッと笑んでみせたリョウにロゼンナは軽く目を見張ってから、口元をほころばせた。
 ただでさえ戦える者は少ない領内、動かせる戦力などあろう筈もなく。ロゼンナ自身は剣を多少は使えるが、それでも、実戦はほとんどこなしていない。
 それでも、不安を押しつぶされないのは、隣を行くリョウの存在あってだろう。
 だが、その表情は不意に険しくなった。行く先の空、そこに伸びる細い煙を認めて。

「本当に『いかにも』な方々だな。いっそ笑えるくらいだ」
 目にし、リョウは「やれやれ」と溜め息をついた。この真昼間からフード付きな黒のローブをまとい、ご丁寧に口元まで隠している。
 これなら確かに善良な領民の皆さんから遠巻きに指を指されても当然だろう。
 尤も、それは煙から身を守る為もあるのだろうが。
「さて‥‥と。俺はリョウ・アスカ。それでも、やるかい?」
 愛刀を肩に担ぎ悠然と告げるリョウ。ノルマンに名を轟かせる自分を相手にする勇気が相手にあるのか否か。
 だが、動揺は僅か。中の一人の合図と共に、敵は武器を構えた。
「言っておくが、峰打ちで済ませてやるほど、俺は優しくないぞ」
 見て取ったリョウは躊躇しなかった。ぼやきながらも斬馬刀を手に、駆けた。
 バーストアタックEX‥‥鎧さえ破壊する必殺の一撃があやまたず敵の一人を捉えた。
 振るわれたは一撃。だが、その一撃で黒尽くめの一人は地に沈んだ。
「意外と良い動きをする」
 しかし、五名ほどに減った男達は統制の取れた動きで、リョウを牽制する。とは言っても、その動きは決して洗練されたものではない‥‥自分はともかく、ロゼンナには荷が重いだろう。
「さっさと頭を叩かないと、か‥‥!」
 思うより先に身体は動いた。気合と共に振り下ろした刀を、だが、リーダーと思しき黒尽くめは受け止め。
(「何だ、入れ墨‥‥?」)
 リョウは男の手に刻まれた特徴ある十字の入れ墨に気づいた。
「予想はしていたが、ただの夜盗の類じゃないってコトか」
「‥‥くっ?!」
 その時だった。リョウの耳に、微かな苦痛の声が届いたのは。
 リョウは迷わなかった。一度後ろに大きく跳躍すると、リーダーを警戒しつつロゼンナを突き飛ばすように抱きかかえ、一緒に転がった。
 まさに彼女に振り下ろされる所だった剣の鞘が直後、地面を打つ。同時に、火を点けられた枯れ草が蹴られでもしたのか、立ち込める煙が、視界を遮る。
「巻き添えを食いたくなければ、近づくな」
 その向こう。十字の入れ墨をした男は一言を残すと、それ以上リョウ達に仕掛けようとはせず、引いた。ケガした仲間を回収しつつ、いやに手馴れた‥‥鮮やかな撤収だった。
「‥‥ふぅ」
 その腕の中、身を硬くしていたロゼンナが息を吐いたのは、立ち込めていた煙がゆっくりと晴れてからだった。幸い‥‥というか元より本格的な火事にするつもりは無かったのか‥‥火は微かに燻るだけでそれ以上広がる様子はなかった。
 その事に安堵しながら、ロゼンナは少し咳き込みながら口を開いた‥‥肩を落として。
「私も武芸一般はこなしてきたつもりだが、やはり実戦は違うな‥‥すまない、足手まといになってしまった」
「いや、助かったのはこっちだ。ロゼンナ‥‥様と一緒だったから、奴等も命は狙ってこなかったのかもしれない」
 少なくとも、ブランシェット家にまで真っ向からケンカを売るつもりはないのだろう。
 と、極々間近から漂ってきたほのかな香りに、リョウは我に返った。というか、ようやく気づいたのだ。密着している身体が伝えてくる体温と、至近距離から見つめくる瞳に。
「それと‥‥ありがとう」
 はにかんだ笑みは思いがけなく可愛らしいもので‥‥リョウは心臓がドキリと一つ大きく跳ねた。
「で、これからどうするつもりなんだ?」
 狼狽をごまかすように、手を貸して立たせてやりつつの、質問に。
「とりあえず、ちゃんと火を消して‥‥全てはそれからだ」
 ロゼンナは領主の娘の顔でそう、答えたのだった。

●捜索
 ドレスタットからブランシェット領を繋ぐ道。先日、物見遊山で楽しく通った道を、ボルト達は急いでいた。
「焦ってはいけません、焦りはミスを犯します」
 焦るのと急ぐのは違うと、ともすれば足並みが乱れそうになる皆を、ボルトはいさめた。
「確かに。ヨシュア様も無理はしないでくれ」
 グレイは懸命に案内するヨシュアを、さり気なく警護していた。
 賊が自分達を待ち伏せしているという可能性はゼロではないと案じて、絶えず周囲を警戒しているのだ。
「!? みんな、フローレンスが!」
 立ち止まり声高く吠える愛犬にガレットが気づいたのは、ブランシェット領の入り口と領主の館のほぼ中間辺りだった。
「教えて下さい、鳥さん。この近くで人が騒いでいませんでしたか?」
 フェネックはすかさず意識を集中するとテレパシーで周囲の鳥に語りかけた。
「可能性は高いな」
 返ってきた是の答え、そして、地面の様子を調べていたグレイも頷いた。
「微かだが、草が不自然に倒されている」
「はい」
 そして、フェネックは表情を引き締めると再び意識を集中‥‥その身体が淡い銀をまとう。
(「ファニィさん、私の『声』が聞こえますか?」)
 逸る心を落ち着かせるよう、深く呼吸しながら、必死に呼びかけるフェネック。
 グレイ達は邪魔しないように、だが、その様子を確認しながら周囲を捜索する。続ける事暫し、一同の動きが止まったのは、フェネックの身体が傍目にもビクリと大きく震えたから。
(「‥‥っ!?」)
 それは微かな、本当に微かな『声』。それでも、フェネックには分かった。興奮を押し殺し注意深く注意深く、更に探る。ファニィの微かな『声』を絶対に聞き漏らすまい、と。
「ファニィ! 声が聞こえたら返事して!」
 レニーの声音を写したガレットが声を張り上げると、ファニィの『声』はその強さを増した。
「あっち、です」
「‥‥ここ、だな」
 確信を持ってフェネックが指し示す方向。歩を進めたグレイは不自然に踏み荒らされた一角で膝をついた。もみ合った痕跡‥‥それが意味するのは一つだ。
 と、注意深く観察していたグレイの顔が険しくなる。
「‥‥血痕、だな」
 と共に、傾斜を何か重いものが滑った跡を発見したグレイは躊躇わず、飛び込んだ。
「グレイさん、これっ!」
 ガレットが投げて寄越したロープをしっかりとキャッチしながら、微かな痕跡を辿る。
「‥‥いた!」
 果たして、グレイが精根尽き果てたような少女を発見したのは、意外にも斜面の途中だった。
「登ろうとしたのか‥‥?」
 泥や土で汚れた顔や身体、草で切ったと思しき無数の傷と。グレイは唇をかみ締めると、ファニィの華奢な身体を背負い、合図した。
「神よ、感謝します」
 皆でグレイを引っ張り上げ、その背にファニィを認めた瞬間、ボルトは小さく安堵をもらした。
「ファニィさん、しっかりして下さい!」
 すかさず毛皮のマントでくるむように受け取るフェネック。抱きしめると、ファニィはうっすらと目を開けた。
「もう大丈夫、大丈夫だから!」
 ガレットやヨシュアの顔にも安堵が浮ぶ。と、フェネックの腕の中、ファニィは掠れた声を絞り出した。
「良かっ‥‥これ‥‥薬‥‥ブランシェ‥‥卿に‥‥」
 その口元に淡い笑みさえ浮かべて、ファニィが差し出した包み。それが何かを悟ったガレットは一瞬言葉を失った。その隣のヨシュアも、また。
「とにかく、怪我の治療をしましょう」
 大抵の怪我なら治療できる‥‥自分はこの為に来たのだと、ボルトは皆を見回してから、毛皮のマントの上に横たえられたファニィを診た。
 目に付くのは、背中の刀傷と腫れ上がった足首。それ以外にも、体力の消耗がかなり激しい様子だった。
「助けます。必ず、助けます」
 途切れそうな意識‥‥命を繋ぎとめるように、ボルトはファニィに約束した。生きていてくれた、必死で生きようとしてくれた‥‥ならば、この命を助けるのは自分の仕事だと。
 傷口に押し当てた手に、暖かな癒しの光が宿った。それは傷ついたファニィを優しく包み込むように。
「とにかく、彼女を安静に出来る場所に運ばないと‥‥近くに教会はあるか?」
「はい。ご案内します」
 一通りの治療が終わり、皆がホッと息をつく中、問うグレイにヨシュアは頷いた。
「少しの間、我慢してくれよ」
 細心の注意を払いウォーホースにファニィを乗せるグレイ。身体は冷え切っていたが、頬にほんの少し赤みが差していて、ひとまず安心する。
「大丈夫、なんだよね?」
「はい。ですが、傷はともかく蓄積された疲労や体力の消耗、精神的ダメージまでは‥‥」
「うん、でも、良かった‥‥本当に‥‥」
 思わず涙ぐみそうになるガレットと、フェネックも同じ気持ちで。
「『ロワゾー・バリエ』には早馬を飛ばします。皆さん、ついてきて下さい」
 そんなガレット達の様子にヨシュアも安堵の笑みを浮かべ‥‥すぐに引き締めた。
「もし我が家のせいでファニィさんがこんな目に遭ったのなら‥‥いえ、そうでなくても、僕は許しません」
 人は、何かのきっかけで大きく変わる時がある。
(「こんな時に不謹慎だけど、良い顔になったねヨシュア様」)
 次期領主を、ガレットは頼もしげに見上げた。

●おかえりなさい
「帰ってきたよ、レニー!」
 ヨシュアと別れ、ガレット達が『ロワゾー・バリエ』に帰ってきたのは、丸一日が過ぎてからだった。本当はもう少し安静にさせた方が良かったのだろう、案じているレニーのコトを考え、ヨシュアが馬車を手配してくれたのだ。
「ファニィっ!?」
 待ちかねたようにバンっと扉を開けたレニーは、グレイに抱き上げられたファニィを認め‥‥その瞳からポロポロと涙をこぼした。
 今まで堪えていたものが、堰を切って流れ出したのだろう。涙は止め処なく流れ落ち。
「ありがとう‥‥ございました‥‥本当に」
 レニーはただ感謝の言葉を繰り返すしか出来なかった。
「お礼には及びません。私だってあの時、お二人から元気をいただいてどんなに助けられたか」
 フェネックはキレイに笑むと、ハンカチーフでレニーの涙をそっと拭った。
「それより、ファニィを中に運ぼう」
 イワノフはファニィを受け取ると身を屈めて店内にそっと運んだ。深い眠りについているファニィが目を覚ます気配はないが、それでも、小さな身体はちゃんと温かくて、心配していたイワノフもひじりも胸を撫で下ろした。
「ただ、悪党を成敗できなかったのが気になるのう」
「はい。彼らがこのまま大人しくしている筈はないですし」
 黒幕の正体が分からないのは気持ち悪い、眉を潜めるひじりに、ボルトも憂いを浮かべる。
 と、ファニィの看病に店内に戻ろうとしたレニーの背に、ガレットが声を投げかけた。
「‥‥ヤじゃない? こんな陰険してくる人間に負けっぱなしは」
 無理はさせられない。だが、せめて気持ちだけは負けて欲しくないと、精一杯の想いを込めてエールを送る。
「頑張ろうよ、ファニィレニー!」
「‥‥はい。何が出来るか、何をするべきかはまだ分かりませんが、私は私に出来る事をします」
 振り返り、レニーは大きく頷いた。その頬にはまだ涙が跡が残っていて、それでも、強い瞳で。
「私にはファニィもガレットさん達もいてくれますから」