冒険者からの依頼〜古き森の探索

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:10月24日〜10月31日

リプレイ公開日:2005年11月01日

●オープニング

 ドレスタットとアレクス・バルディエ卿の領地は、深く広大な森で隔てられている。現在人々は森を大きく迂回する街道を使って行き来をしているが、かつては森を貫く道が存在していた事が、最近の調査で明らかとなった。公式にはアルミランテ間道、近隣の人々からは『駆け出し冒険者の道』などと呼ばれているこの道を、かつての様に馬車も往来できる街道として再生しようという試みが、アレクス卿の命令により進められている。
 その中心人物のひとりである志士が冒険者ギルドに持ち込んだ依頼は、この事業に関わるものだった。
「これまで私達は、この森に道を通す事を優先し、障害を取り除く事に専念していた。しかし、その為に見過ごしていた事もある様だ。そこで、今回は森全体の調査をお願いしたい」
 一言で森の調査と言うが、突っ切るだけで数日を要する広大な森だ。漠然と徘徊しているだけでは、すぐに依頼期間が終わってしまう。効率的に調査を行う工夫が必要となるだろう。
「なるべく詳しい地図の作成に加え‥‥森では古代魔法語の記された碑が発見されている。輪を創るドラゴンの姿が刻まれていたのだとか。これに関しての調査もお願いしたい。精霊碑文学に通じた方の参加を切望する。また、土地勘、動植物知識、隠密技能に長けた方の参加を歓迎する」
 張り出された依頼を覗き込んでいた冒険者から危険に遭遇する可能性を問われ、それも含めて調べて欲しい、と彼女は言った。
「凶暴な獣の討伐は行っているが、これまで踏み入っていない区域にも手を付ける訳だから、危険に遭遇する可能性は否定できない。ただ、可能な限り戦闘は避け、調査を優先して欲しい。自衛はもちろん構わないが、無用な虐殺は禁止させて頂く。それからもうひとつ。ここで得た情報は、くれぐれも他言無用に願う。協調性と良識のある方の参加を望む」
 一通り説明を終えた彼女に、ひとりの冒険者が言った。
「報酬は3Gか。減額、無償の奉仕を歓迎ってのは、特に書いてはいないがいつも通りなのかな? 今回の依頼は意味ありげな碑文の調査に緘口令付きとなりゃ、人々の生活の為云々ってのとは少々赴きが異なる様にも思えるが」
「その点は、受けてくれる方の判断に委ねる。協力の程、よろしく頼む」
 深々と頭を下げる。彼らが感じ取った『何か』を信じるか、仕事に慣れたルーキーにありがちな先走りと受け取るか、それは先輩諸氏の勘次第である。

●今回の参加者

 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6360 アーディル・エグザントゥス(34歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8650 本多 風露(32歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

以心 伝助(ea4744)/ マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)/ ゲラック・テインゲア(eb0005)/ イェール・キャスター(eb0815)/ ファルネーゼ・フォーリア(eb1210

●リプレイ本文

●隠れ里
 すっかりこの森の拠点と化した感のあるシフール達の隠れ里。‥‥もはやこの呼び名も適切では無い気もするが‥‥その名も無き集落に、今回も冒険者達は立ち寄った。もはや彼らも大半が顔なじみ。
「しふしふ」
 そっけないサラサ・フローライト(ea3026)の挨拶にも、しふしふ〜と気安く返事を返して来る。また何か厄介事か? と口の悪いポロも、彼らを歓迎する態度だ。
「うん、また‥‥手伝って欲しいんだ‥‥。今回は3人‥‥ただ、秘密のお仕事だから、うっかりお喋りしてしまわない口の堅い人でないと駄目なんだ‥‥」
 アルフレッド・アーツ(ea2100)の説明に、ざわめくシフール達。お喋り好きの彼らに、これはなかなか大変な要求だ。
「受ける受けぬは自分達でしっかり考え、決めてくれればいい」
 カイザード・フォーリア(ea3693)はそう言って、彼らの返答を待った。行ってもいいって奴は名乗り出てくれ、とポロ。
「とりあえず、レクは駄目だな」
「うん、駄目だ。むちゃくちゃお喋りだもんな」
「‥‥ひどいやみんな」
 仲間達の言い草に文句を言いながらも、内心ほっとしている様子のレクである。俺は行ってもいいぞ、と進み出たポロを、カイザードが制する。
「気持ちは有難いが、怪しい輩が出没している折でもある。もしもの時の為に、ポロは村に留まっておくべきだろう」
 む、そうか、そうだな、とポロは助言に従った。代わって名乗り出たのは、シフター、マリー、シフリンの3人だった。
「しふしふ〜っとシフターにお任せ! 大丈夫、どーんと行ってみよ〜」
(「の、ノリが軽い‥‥大丈夫かな本当に」)
 内心思わないではない一同だったが、他のシフール達も概ね納得の様子なので、ここは彼らを信用する事に。マリーとシフリンも進み出て、仲間達の激励を受ける。同行者が決まったのを見計らって、本多風露(ea8650)とイリア・アドミナル(ea2564)、サラサがやって来た。
「今回はお土産に、便利そうな金物と食用ハーブの苗も見繕って来たけど、どうかな」
 イリアが荷物を広げている間に、自分の馬からも荷物を下ろす風露。
「日用品など取り揃えてみました。お役に立てばいいのですけど」
 2人の周りにシフールだかり。嬉しそうな彼らを見ていると、イリアも風露も、自然と頬が綻んで来る。孫を甘やかすおばあちゃんの心境だ。
「私も少しだが」
 サラサの品は数こそ少ないが、希少な品が揃っていた。欲しい者達が集まって、手のひらを表にしたり裏にしたりする勝負で獲得者が決まって行く。特にアーモンド・ブローチ、新緑の髪飾りといった美しい装飾品では、女性達の熱い争奪戦が繰り広げられたのだった。シフールの竪琴は年若いお嬢さんに、ハーブティーはテキパキと皆で分けられている辺り、この村なりの決まり事がある様だ。ただ、刺繍入りローブは大きくて着るにも飾っておくにも難があった為、返却された。綺麗なローブを、皆惜しそうに見つめていたが‥‥。それからもうひとつ。ウィリアム3世の金髪は、何だかよくわかんないからいらない、とあっさり突き返された。
(「王よ、めげるな‥‥」)
 心の中で呟くサラサである。
「村の結婚式に‥‥是非使って」
 まくるが差し出した真珠のティアラは、村の女性の羨望の的となった。これを使って最初に結ばれるのは、誰なのか。既に結婚している女性達が悔しがる様に、男達は複雑な表情を浮かべていた。
「ねえねえ、これは何?」
 お土産を分け合って、今度はイリアの馬にこんもりと積まれた食材に興味を示すシフール達。
「お仕事が終わった後に、お礼も兼ねて宴を開こうって皆で話し合ったの。ご馳走するから楽しみにしていてね」
 材料を保存しておきたいのだけど、とイリアが言うや、待ってましたとばかりにわいのわいのとやって来て、食べ物飲み物を楽しげに運んで行く。そんな仲間達を、ポロが険しい表情で見つめていた。カイザードは気になったものの、敢えて声はかけなかった。必要ならば、向こうから相談を持ちかけて来るだろう。

 予め用意しておいた保存食と薬品を、カイザードが皆に分ける。冒険中の食事は、これで大半賄われる事になった。見慣れない干しスクリーマーの保存食を、ジェイラン・マルフィー(ea3000)が一口かじってみる。
「んー、これはまた実に不思議風味じゃん」
 もきゅもきゅと噛めば噛むほど味が出る。そのままでもいけるけど、水で戻して料理に使うと超美味しいんだよー、などとシフール達が教えてくれる。
「‥‥羊皮紙と筆記用具は‥‥用意してあるから‥‥」
 同行の3人に道具の束を指差すアルフレッド・アーツ(ea2100)。依頼の報酬分を全てつぎこんで用意したものだ。これだけあれば、足りなくなる事もないだろう。冒険者が準備を進める内に、アルフレッドはシフール達に、地図の作り方を説明し始めた。
「これが‥‥以前に作った地図だよ‥‥」
 広げて見せながら説明すると、彼らは目を輝かせてそれを聞く。見知らぬ風景が図の上に表されている事に、とても感動した様だ。
「これは工事の人達が使っている地図。この村の場所は‥‥この辺りかな。スクリーマー畑はこの辺りね」
 イリアがその場で地図に書き込んで行く。
「来る途中、この辺りで獣道を見ました‥‥。この辺りが沼地で‥‥」
 利賀桐まくる(ea5297)も加わって、次第に地図の上に、この周辺の風景が生み出されて行く。シフター、マリー、シフリンの3人もあちこちを指差しながら、ここに実のなる木が、とか、お腹下しの草はこの辺り、とか、楽しげに話し始める。図上の記号を実際の風景に当てはめる練習としては、良い方法だ。
「いいなー、楽しそうだなー」
 覗き見中のレクを見つけ、暫し思案したサラサ。
「そうだな、では私がゲルマン語を教えよう」
 サラサの申し出に、嬉しげに何度も頷くレク。話を聞いて、他のシフール達も集まって来た。出発前の短時間では出来る事は知れていたが、学ぶ機会は貴重である。

 アーディル・エグザントゥス(ea6360)は、サラサに通訳をしてもらいながら遺物について伝えられている事が無いか聞いて回ったが、その成果は芳しからぬものだった。
「例のマイルストーンについて、存在は知っていた様だが古い碑としか認識していない様子だった。それとは知らず何か伝承されてるって事もあるんだろうけど、今の段階では何とも言えないな」
 歌い遊ぶ子供達を眺めながら語る彼に、サラサも頷く。ドラゴンの方から調べたサラサの仲間も、同様の報告をもたらした。無愛想が祟って怖がられてるんじゃないか? シフールさんと接する時はなるべく笑顔で、と顔に手を伸ばしたこのお仲間は、べちん、とサラサに額を打たれた。
「まずは、マイルストーンを見てみよう、そこから分かる事もあるだろう。そろそろ出発しようか」
 そうだな、とアーディル。声をかけられたジェイラン・マルフィー(ea3000)とまくるが、付き添いに手を振って駆けて来る。何故かほっとした表情のジェイラン。まくるの方は残念そうで、相手の方が胸を撫で下ろしていた。一体何を話していたのやら。
「さあ、冒険に出発じゃん!」
 意気揚々と歩み出す彼らに、仲間から祝福が送られる。

 冒険者達を見送りながら、ポロは仲間に言った。
「俺達はたくさんの物を貰ったけど、働きの対価としては明らかに不相応だよな。分け合いのルールからしても外れてるよ。贈り物はそりゃ嬉しいけど、俺達、貰う事に慣れて来てないか? 今日は何をくれるんだろう、とか、思わなかったか?」
 確かに、少しは‥‥と項垂れるシフール達。
「じゃあ、返す? でも、それはそれで失礼な様な」
「そうだな。貰ってしまったものは仕方がない。その分を、何か別のもので返すしか無いと思う。で、ものは相談なんだけど‥‥」
 話し合う彼らを、長老はほっほっほ、と髭を扱きながら見守っている。

●古き碑の調査
 先達達の足跡を辿り、報告にあった『輪を創るドラゴン』が刻まれたマイルストーンに赴く一行。シフター、マリー、シフリンら案内のシフール3人は、冒険者達が持ち込んだ「しふしふ〜」の挨拶にすっかりはまり、
「まだですか?」
 と尋ねる冒険者に、
「千里の道もしふしふから。そのうち着くよ。しふしふ〜」
 と、しふの一声(しふしふ〜の最初のかけ声で挨拶が済むことから、転じて簡単明瞭の意らしい)で答えた。

「しふしふ〜。ほら、あそこ!」
 1しふ300メートルに案内人はダッシュした。
「(ほんに、しふしふいって居る間に着いたのう)」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)はうっすらと滲んだ汗を拭い、遅れまいと付いて行く。

 一瞥して解る材質は変哲もないマイルストーン。だが、古代の街道より外れた位置と刻まれし絵と碑文が、ただのマイルストーンで無いことを物語っている。
「龍の絡み合った絵? ‥‥んー、どーゆー意味じゃん?」
 拓を取りながら、ジェイランが興味深げに碑文を調べる。
「‥‥虹‥‥輪‥‥永遠‥‥持つ‥‥羽‥‥示す」
 彼の技能では、単語を拾い読むのが精一杯。標の示す方に何かあると言うことしか解らない。
「随分厄介な言い回しですが、ここは羽を持つ民と取るべきですね」
 碑文の文字を指で示しながら、少しは詳しいイリアがなんとか単語の因果関係は当たりを付ける。
 小一時間、見当を付けるために知恵を出し合い、この辺りの記述が重要ではないかと当たりを着けた。
「じゃあ、行くじゃん」
 切り札のスクロールはリードセンテンス。
「『自分は虹である‥‥』いや、この単語は‥‥」
 これだけ読みとって効果が切れた。続けてスクロールを使い続け、疲労困憊となった術者達の尊い献身の故にやっとの事で
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「我は虹、二度と迷わぬ輪を創り」
「月の標を目指し進め」
「門を護りし羽持つ民」
「12の羽の12の織り手」
「新しき歌を以って歌え」
「虹の彩なす織物」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 いくつかの句を読み取ることに成功した。
「羽持つ民とは隠れ里のシフールのことかのう?」
 ヴェガが興味深げに質問する。
「こう言う時、決め付けはよくないじゃん」
 たしなめるジェイランに、
「ジェイランさん。ここに定冠詞が付いていますから、これは『虹彩織』という単語になりますよ」
 イリアが訂正を加える。
「そうか‥‥忘れてたじゃん」
 もう、気力も限界だと言うのに元気なジェイラン。
「ねぇ。シフターさん。12の羽の12の織り手って何かありますか?」
「しふしふ〜。12人の踊り手が舞うお祭りはありますよ〜」
 そして、難しい質問を矢継ぎ早に受け、四苦八苦している案内人達。そんな彼らを後目に、余の者は宿営の準備をはじめた。魔力を使い切った状態で、敵と遭遇する危険を冒せなかったためである。
 翌日も調査が続けられたが、目ぼしい発見はなかった。
「魔法の物品も特にないようじゃん」
 ミラーオブトルースのスクロールで確認したジェイランの声に、
「あのう‥‥。その魔法は地面や地面の下のものを発見できませんが‥‥」
 突込みを入れるイリア。存外にかかる時間に、ウェガが一先ずの打ち切りを提案する。依頼内容は森全体の調査。残念だが、ここだけに時間をかけてはいられない。3班に分かれての探索が始められた。

●森の探索
 しふしふかぶれのシフターを案内役に、颯爽と歩み出した1班。よろしゅうに、と微笑みかけるヴェガに、任せといて〜! と胸を叩くシフターだ。
(「最近まくるちゃんにカッコいいトコ見せれてないし、前の時みたく何もできずに帰るとかなったら絶対嫌だし、頑張らなきゃじゃん!」)
 ジェイランは男の子の事情で大張り切り。そんな彼をちょっと心配げに見つめながらも、伸び伸びとしている彼に、知らず笑顔になるまくる。歩んだ道のりの印にと、彼女とヴェガは、木々に印を刻んで行く。途中で獣に出くわすこともあったが、まくると風露が察知し、ヴェガのコアギュレイトが効いている内に離脱するという方法で、何事も無く進む事が出来た。うっかり仕事である事を忘れそうな、気持ちの良い散策だ。
「農園で引き取った子犬達‥‥4匹で農園の牧羊犬や番犬は勤まるかな‥‥」
「そうじゃな。牧羊犬にも家畜を誘導する役とそれを護る役があるゆえ、性格を見て向いている方に導いてやるべきじゃろう。愛情をもって、辛抱強く見守ってやる事じゃ」
「先の事ですけど、大人になって、子犬がが生まれそうになったら、どうしよう‥‥」
「せっかくに宿った命ならば、神の御心のまま、この世に迎えて欲しいものじゃな。命繋いでこその生き物ゆえ‥‥」
 いつの間にか話し込んでいるまくるとヴェガに、ちょっと面白くないジェイランだ。ふてくされ気味に、目にした動植物を地図に書き込んでいた彼は、はっとなってその手を止めた。
「誰か、ここに印つけた? ていうか、ここ通ったっけ?」
 木に刻まれた印を指差し、問いかける。そんな筈は、と首を振るヴェガ。
「ここは初めての場所の筈だよ。それにこの印、付けてから最低数日は経っていると思う‥‥」
 まくるの指摘通り、その傷には樹液が染み出し固まった跡があった。少なくとも、今し方つけたものでないのは明白。
「という事は、誰か私達以外の者が刻んだという事ですね」
 風露はシフターを振り返るが、彼も首を振る。念の為その印を追った彼らは、地図にも記されているある場所にたどり着く。
「廃村? ああ、シフール達が昔住んでたっていう村‥‥って、誰かいるじゃん!」
 ジェイラン、咄嗟に身を隠す。そこには、胡散臭さをぷんぷんと臭わせた男達が、幾人となく出入りをしていた。
「しふ〜っ! あれはこの村を襲ったやつらだよ〜」
 うろたえるシフターを、風露が優しく落ち着かせる。まくるが近付く男達に気付き、皆に姿を隠させた。
「しかし、シフールどもを追ってたってのに、妙な事になったもんだな」
「ああ、しかし今や傭兵貴族の手つきなんだろ? やばいんじゃないのかよ。そりゃあ、稼ぎのにおいがするっていう頭の読みも分からんじゃねぇけどよぉ」
 そんな事を話しながら、間近に隠れている冒険者達にも気付かず通り過ぎて行く間抜けな賊ども。
「‥‥どうします?」
 風露が確認をする。今の2人程度なら、このメンバーで声も上げさせずに拘束する事も十分可能だろう。
「止めておこう。無闇に刺激して、皆に迷惑がかかってもいかぬ」
 ヴェガの言葉に皆頷き、ゆっくりとその場を立ち去る。
「遺跡を探してて、ろくでもないものを見つけちゃったじゃん‥‥」
 はーっ、と溜息をつくジェイランの手を握って摩りながら、心の中で励ますまくるである。

 2班を案内するマリーは、ぷっくり太ったお喋り好きのシフールだった。アルフレッドが気に入ったらしく、色んな話をしてくれた。産卵の為、数年おきにとんでもない大群でやって来るジャイアントトードの話、シフールの幼い男の子だけをさらっていく赤い目の白狐の話、好奇心に駆られた若者を吸い込んで返さない悪魔の穴の話、湿地帯の沼のどれかに住んでいる、食べるとどんな病もたちどころに治すという金色のエレクトリックイールの話‥‥。
「まあ、私はカエル以外見た事は無いんだけどね〜」
 はっはっは、と大笑い。イリアの魔法のおかげで森林の踏破にも苦労する事は無く、足場の悪い場所はストーンで固め、木々が邪魔ならプラントコントロールで退けてもらう。地形に関係なく、ずいずいと突き進んでいく彼らである。が。
「‥‥ああ、また」
 イリアが困った風に溜息をつく。彼女のブレスセンサーは、この日何度目かの闖入者を捉えていた。
「皆さん、下がって下さい」
 進み出て皆を守る荒巻美影(ea1747)。木陰から顔を出したのは、鼻息荒い大猪だった。適当にあしらいながら、巧みに仲間から遠ざける彼女。
(「それにしても、どうしてこう猪ばかり‥‥」)
 そんな疑問に首を傾げる美影。猪は本来夜行性。この昼間に、こうも大量に徘徊しているのは明らかに妙だ。しかも皆、ひどく気が立っている。
 上手く猪を撒いて仲間と合流した美影。と。
「うー、上着を小枝に引っ掛けちゃった。お気に入りだったのにー」
 解れた穴を広げて覗きながら、しょんぼりしている。怪我でもしたかと一瞬慌てた美影、ほっと胸を撫で下ろし、
「上着は脱げる?」
 彼女は上着を受け取ると、裁縫セットを取り出して、小さな服を縫い始めた。器用に繕って行く様子に、皆がへえ、と覗き込む。はい出来上がり、と手渡すと、マリーは彼女に何度もお礼を言った。
 翌日、更に進んだ彼ら。
「あ‥‥」
 そこでアルフレッドが見たのは、広い窪地に大量の猪が集まっている様だった。無論、自然の事では有り得ない。
「これ、何だろう」
 イリアが、木にべっとりと塗りたくられたタール状の液体を指に取る。べたべたとして薬臭い。猪達は、それを争う様にして貪り食っていた。
「あ、この臭い‥‥これ、この辺りで取れる毒草を煮詰めたものだよ。私達が狩に使うのは、もっとさらっとしてて、けど、少しでも体に入るとイチコロ。きっと何かと混ぜてあるんだね。‥‥あ、手についたの拭き取らないと!」
 言われて、大急ぎで拭うイリア。どうやらかなり薄いらしく、少々被れただけで済んだ。ある種の毒は、興奮作用を持っているというが、さて。
「この場所、記録しておくね」
 アルフレッドはこの窪地を地図に印し、更に、マリーから聞いた毒草の生息地も書き加えた。

 そして、シフリンと共に行く3班。
「広大な森、古き街道、謎の碑、輪を創る竜‥‥詩の題材としてこれほど多くの物を持ってる場所も珍しいな」
 いつも無表情のサラサが心なしか楽しげなのは、気のせいだろうか。
「この辺りは全く未踏破の場所らしい。地形に若干の起伏もあって、工区辺りとは地勢が異なる様だ」
 言いながら、早速地図に手を入れるカイザード。方角を見失っていなければ、4区の西方深くの筈だ。
「あれ? アーディルさんは?」
 シフリンに聞かれ、はっと振り返ったサラサ。ついさっきまでいた筈のアーディルが、忽然と姿を消していた。
「先程の脇道に逸れたか?」
 カイザードが振り返る。道とも言えぬ獣道、道を見失うのは仕方ないとしても、直後について来ていた者が何故に逸れるのか。
「出発前に尋ねておいたのだが‥‥自分は世界中を旅してると豪語していたのに‥‥」
 信じられぬと首を振る彼女。まあ、真の方向音痴、うっかりさんというのはそうしたものだ。アーディルが熟練のレンジャーとはいえ、初めての森での単独行は危険極まりない。彼らはカイザードを捜し求め、森の中を迷走する派目になるのである。
「や〜、新たな石碑発見かと近寄ってみたんだが、これがただの岩くれでね。気が付けばキミ達の姿は無くなってるし、木の上によじ登って当たりをつけて進んだんだが、こうして出会えたってことはそう間違っても無かったという事かな」
 はははと笑う彼に、ぐったりと項垂れる他3人。もう陽も暮れるので、アーディルが用意した獣避けの火を囲んで野宿である。こういうところのソツの無さは、さすがにレンジャーだ。
 交代で休息を取りながら迎えた夜。火を絶やさぬ様に見張っていたアーディルが、顔を上げた。
「‥‥何か聞こえる」
 たいまつに火を移し、音の方に向けてみるが、音源は遠い様だ。腰を浮かせた彼に、待って、とサラサ。サウンドワードで、音の正体を探ってみる。
「蹄の音。150m先」
 そこには、小さな泉が湧き出ていた。良く確認できなかったが、その周囲を、とんととんと、ととんととん。とんととんと、ととんととん。と、奇妙なリズムで飛び跳ねる馬らしきらしき影。それに合わせ、泉からコポコポと水が湧き出しているのが見える。もしやケルピー?
「ケルピーは人に害を為す事も多い。書き留めておこう」
 カイザードはこの泉を地図に書き込み、その場は退いた。ケルピーのダンスは、明け方まで続いていた。

●シフール村の宴
 最終日が迫り、隠れ里へと戻るため、合流した冒険者達。
「結局、あのマイルストーン以外に遺跡は見つからなかったじゃん。正直、ちょっと期待外れじゃん‥‥」
 がっかりを隠さないジェイラン。ヴェガはアルフレッドが纏めた地図と共に、ありのまま全てを報告書にまとめ、その内容を読み返していた。この工事も、このまま順当にとは行かぬのだろうと眉を顰める。蜜蝋で封をしようとした彼女に、まくるがそっと耳打ちをした。その可愛い嘆願に、思わず笑みをこぼすヴェガ。
「分かった、書き加えておこう」
 真っ赤になるまくる。彼女の願いを書き入れてから、ヴェガは報告書に封をして、モリスのもとに向かうカイザードに託した。
 さて、里ではシフール達が宴の準備に追われていた。勝手に始めたのかと思いきや、よくよく見れば用意されているのは彼らが作った手作りの酒だったり、スクリーマー料理だったり、森で狩った獲物だったり。それは、彼ら自身が用意したご馳走だった。冒険者達に気付くと、シフール達はさあさあ、と用意した席に皆を座らせた。
「これは‥‥?」
 ようやく問うたイリアに、ポロが言う。
「外の世界じゃ、今回みたいな案内をしただけであんなに色々貰えるのか? 違うだろ。受けた施しは返さないとな。といっても、金もお宝も無い俺らだから、村の蓄えをぱーっと使って宴を派手にしようって決めた訳さ。何、使った分はまた集めるから気にしなくていい。賑やかにやろうじゃないか」
 それ、とシフール達が演奏を始める。その内いくつかは、冒険者達が贈ったものだ。鍋釜も日用品も、今日はフル回転だったに違いない。
「‥‥おいしい」
 一口食べた美影が驚く。食べ物は、シンプルではっきりとした味付け。彼らにとっては貴重な塩も、今日はふんだんに使ったのだ。濁り酒はそれほど強くなく甘い口あたりで、微かに発泡している。これもまた美味。
「負けてられませんわっ」
 美影さんが腕まくり。用意しておいたかまどにごうごうと火をくべ、用意の鍋をじゃらんと鳴らす。彼女のアイコンタクトを受け取って、食材は既に風露が用意している。彼女がお玉を返す度、食材は宙を舞い炎の中を潜る。なのに、出来上がりはつやつやと鮮やかで。
「中華風味の家庭料理ですけど、お口に合いますでしょうか?」
 今まで口にした事も無い味わいに、シフール達は言葉も無い。ただ、凄い勢いで無くなって行くお皿の中身が、彼らの感想を語っていた。
「まだまだありますから、たくさん食べて下さい」
 風露もシフール酒を軽く嗜みながら、ちょっとした料理を作って振舞う。ヴェガは持参のワインを振る舞いながら、聖書の一節を読み聞かせたりしている。その聖書は、帰りに置いて行くつもりだ。
 まくるはといえば、甘酒やどぶろくなどの日本酒に、抹茶や小豆味の保存食を振舞って、これまた全く未知の味で、シフール達を驚かせていた。
「これは‥‥駒と賽を使ってこう‥‥遊ぶもので‥‥」
 と絵双六を持ち出したものだから、彼女の周囲はすっかりゲーム大会。ティアラ効果か女性達がたくさん集まったのを見て、ちゃっかり宣伝。
「みんながもし外と商売をするなら、まちるど農園を是非よろしく‥‥」
 彼女もなかなかしっかりしている。ともかくも同性同士、気兼ねなく楽しめる一時となったのだった。もっとも、女の子の壁に締め出されたジェイランは、隅っこですっかり萎れていたのだが。
 一方。ちびちびとマイペースで飲んでいたアルフレッドの隣に座ったマリー。アルフレッドは彼女に、波打ち際の貝殻を差し出した。
「‥‥あげる。潮の音が聞こえるよ‥‥」
 潮ってなあに? 海だよ、何処まで行っても水なんだ、と、そんな他愛の無い会話を続ける2人。じっと貝殻の音に聞き入っていたマリーだが。
「これ、返すね」
「‥‥気に入らなかった?」
 首を振った彼女、にっこり微笑んでこう言った。
「また、聞かせに来てよ」
 きっとだよ、と手を振る彼女。周りのシフール達が、おお、と、どよめいている。よく分からないが、これはとても意味深な行為らしい。
(「えーっと、どうしよう‥‥」)
 慣れない酒も、一気に醒めたアルフレッドだ。
「それでは、一曲披露しよう」
 ねだられたサラサがリュートを取り出し、賑やかな一曲を爪弾き出す頃、カイザードが里に戻って来た。彼は預かって来た報酬を皆に手渡し、そして、ポロを呼んだ。
「実は今回の里の働き、アレクス卿に賦役の一部として認めてもらえる様にと嘆願しておいたのだが、無事、認めてもらえる事となった。今年は元々免除されている故、来年の役が軽減される事になる」
「本当か!? お前達には世話になってばかりだ‥‥ああ、長老に知らせねば!」
 落ち着け、と笑うカイザード。役が減る事が、どれだけ村の助けになるか分からない。今まで無かった支出に不安を感じていた彼らにとって、これは何よりの贈り物だった。そして、認められた事がもうひとつ。ヴェガはまくるのもとに向かう途中、村外れで詰まらなそうに夜空を眺めていたジェイランを見つけ、そっとその事を耳打ちしたのだった。
 サラサが楽器をオカリナに持ち替え、シフール達が竪琴を鳴らし始める。宴はまだ、これからだ。

 大人達の宴から外れて、子供達が歌いながら遊んでいる。鬼となったひとりを中心に、他は鬼を取り囲んで輪を作る。彼らは歌いながら印の小石を回して行くが、途中でフェイントを仕掛ける事もある。歌い終わりと共に、鬼が小石の在り処を指し示す事が出来れば鬼の勝ち。失敗すれば負け、という具合。鬼の方が圧倒的に不利に思えるが、実はなし崩しに最後の数人で決まる事が大半だし、そうでなくとも渡し合う様子を見ていれば、石の動き、気持ちの動きを結構読み取れるのだ。
 シフールの言葉で歌われるそれを、何気なく聞いていたアーディル。その奇妙な韻の踏み方が気になって、意味するところを聞いてみる。
「随分と古い言い回しの様だな。正確さに自信は無いが‥‥」
 子供達が歌う後に続き、サラサも節を取りながら歌ってみる。

♪正しく戻り給え 指標に戻り給え
 時間よ 時間よ 繋がり給え
 人間の時を 精霊の時を
 12の愛が輪になって 12の夢が輪になって
 くるる るるる るるるる
 ふるる るるる るるるる
 時間よ 時間よ 時間よ回れ♪

「ロロちゃん! 押し付けあってたら丸分かり!」
「げー次は俺が鬼かよー。囲まれてると緊張すんだよなー」
 戻りたもうた戻りたもうた、と歌いながら、くるくる回る子供達。ぶつくさ言いながら先の子と入れ替わって輪の中に入った男の子が、石を手渡しながら「ただしくただしく」と唱えると歌が始まり、再び指標の小石が小さな手の中を渡り出す。
 これは‥‥とアーディルを見るサラサ。彼は可笑しげに身を震わせていた。
「これだから冒険は止められない。世界はまだまだ、見知らぬ謎に満ちているんだ」