●リプレイ本文
●街道筋の噂
仕事を請け負った冒険者達が隠れ里へと向かう中、以心伝助(ea4744)はひとり別れて主要街道を行き、森周辺の村々に立ち寄って情報収集に当たっていた。
(「妨害が長い間続いているというなら、犯人は森に潜伏してる可能性が高いっす。これからの季節、森の中でも食料調達は難しくなる筈。寒さへの対処も必要っす‥‥」)
となれば、買い揃えるしか無い。そこから敵が見えて来るのではないか、と考えたのだ。当たりはすぐにあった。
「そういえば‥‥最近、新顔の仲買人が買い付けに回って来るな。胡散臭い奴なんだが金払いはいいんで、こさえた品を随分と売ったよ」
「そいつなら俺も知ってるぞ。猟師達から毛皮を買い漁ってるって話もあるな」
よほど目立っていたと見え、お喋り好きが口火を切るや他の者達まで集まって来ての噂大会が始まった。これは大当たりっすか!? と逸る気持ちを抑えつつ、長々と続く彼らの商売自慢を相槌など打ちながら律儀に拝聴してしまう伝助。損な性格ではある。
「‥‥で、その人が誰々から買ったとか、全部でどのくらい買ったとか‥‥そういう事は分かんないっすか?」
「他の村も回ってるんだろうし、この地獄耳をもってしてもそこまでは分からんなぁ。まあ、週に一度は来るからな。そろそろ顔を見せる頃だ、直接聞いたらどうだ?」
お前、さては商売敵か? などとからかわれ、はあ、まあ、と誤魔化す伝助だ。
●隠れ里
シフール達の隠れ里は、いつもと変わらずのんびりと。よっ、と手を上げて冒険者達を迎えるのは、警備に派遣されたアレクス卿の騎士フィデールだ。気に入られたのか、シフール達に纏わりつかれているのが妙に可笑しい。しふしふ〜と皆で挨拶を交わす中、ポロがしかめっ面で飛び出して来た。
「またたくさん抱えて来たな、このお土産魔めっ!」
名指しされたのはイリア・アドミナル(ea2564)。そうかしら、控え目にしたつもりだけど、と振り返った彼女の馬にはこんもりとお土産の山が。なんだかもう、息子夫婦に叱られながらも甘やかしを止められないおばあちゃんの様だ。
「貰い続けるのが気になるなら、物々交換で如何? 今回もお仕事を手伝ってもらう、その報酬ということで。ね?」
巧みな言葉でポロを煙に巻く。固いこと言うなよ〜と仲間からも揶揄されて、憮然としているポロである。
それにしても、今日はシフール達がやけにそわそわしている。と思ったら。何でも、里をあげての旅行の準備中なのだとか。
「あら、それは忙しい時に来てしまってごめんなさい。でも、大切なお仕事なの。出来れば、この前も手伝ってくれた3人にまた案内をお願いしたいのだけど」
イリアのお願いに、シフター、マリー、シフリンの3人は、どうしようかなーともったいぶっていたのだが、
「地図、借りてきたよ‥‥」
モリスの元に立ち寄っていたアルフレッド・アーツ(ea2100)が現れると、
「いきますっ! みんなの為になる事だもの、是非協力しなくっちゃ!」
ね? もちろん行くよね? とマリーが他2人を半ば強引に巻き込んで、契約成立。
「ごめんね‥‥なんだか無理矢理みたいになっちゃって‥‥」
「気にしてないよ〜? しふは道連れ世は情けってね、ひとりのしふは寂しいけれど、しふ3人集まればどんな時でも賑やかしいって言うじゃない?」
しふしふかぶれのシフターは、一体何処でこんな言葉を覚えて来るのやら。ともかく彼らが進んで協力してくれている事に、ほっと安堵のアルフレッドだ。
「これは、先日発見された犯人達の持ち物。中には毒の現物が微量残っています」
同行して来たもう一人の騎士セレスタンが、冒険者達に草臥れた皮袋を差し出した。受け取った御影紗江香(ea6137)は、飴の様に固まった中身を見て眉を顰める。
「早速ですが、皆様が狩りに使っている毒薬について知りたいのです」
紗江香の質問に答えたのはシフリン。
「これだよ〜。葉っぱにも実や種にも毒があるけど、根っこの瘤のが特に強烈。体の大きなみんなでも、2、3個かじったら死んじゃうんじゃないかな。薄めて使えば薬にもなるんだけどね〜」
差し出されたのは、何処にでも生えていそうな何の変哲も無い草。
「たくさん集めたらひたひたのお水で、ぐつぐつしない様に気をつけながら一昼夜煮出して、出来上がったのがこれ」
木製の蓋付き筒に入れられたひと掬いの液体が、巨大な熊をも倒すという。蓋を開け嗅いでみるイリア。確かに森で嗅いだのと同じ、独特の薬臭い臭いがした。
「この毒にあたると体が麻痺して死んじゃうんだけど、分量によっては酷く興奮したり無茶苦茶に走り回ったり‥‥そんな風になる事もあるよ」
話を聞き、毒の成分について検討する紗江香とイリア。
「この毒の‥‥解毒剤は作れますか? 市販の薬は効くのかな‥‥」
「解毒の薬ならあるよ。これを薄めて使うんだけど、猛毒だから気をつけてね」
はい、と手渡された利賀桐まくる(ea5297)、どうしていいのか分からず固まる。まくるちゃんに何て物持たせるじゃん! とジェイラン・マルフィー(ea3000)が慌てている。どうやら、拮抗性のある毒で中和するという事らしい。アンチドートや解毒剤も有効だと思います、とイリアが語る。
「毒薬作りは、外でする? 何か特別な道具は使わない?」
そう聞いたのは、テュール・ヘインツ(ea1683)。
「湯気もたくさん吸い込むと危ないから、普通は外で作るよ。特別な道具は無いけど、火加減には結構気を遣うかな」
なるほどー、とテュール。暫し考えてから、金貨を取り出し魔法を唱え始めた。
●森の浄化作戦
時間を惜しむ様に準備を整え、森に散って行く一行。こちらは、毒液が塗られていた一帯に向かう面々だ。
「しふ〜っ! こんなところにも塗ってあるよ!」
新たな毒液を見つけ、皆を呼ぶシフター。毒の塗布範囲は、以前よりも明らかに拡大していた。ホントにもう何てことするじゃん! とプリプリ怒りながら半ば固まって飴の様になった毒液を剥がして回るジェイラン。砕けた粉を吸い込まない様に気をつけながら、まくるも手伝う。気の遠くなる様な作業だが、せっかく猪達の解毒をしても、これがそのままでは同じことの繰り返しになってしまう。だが。毒液を貪り食う事に夢中の猪達にとって、彼らは餌を奪おうとする敵に過ぎない。近付いた彼らは、ギイギイと突き刺さる様な警戒音で迎えられた。
「狼頭に狡猾熊、んで今度は大猪の群れか。‥‥そのうち12の試練ができそうだな」
ふん、と顎を摩るバルバロッサ・シュタインベルグ(ea4857)。目を血走らせ、涎をたらした大猪達は、僅かに躊躇する事も無く、彼らに向かって突進して来た。
「静まりなさい」
漂う香りを、彼らはどう感じたのだろうか。紗江香の春花の術に、ばたばたと倒れて行く猪達。それでもなお、術に耐え、あるいは効果範囲から洩れた連中が襲って来る。決して統制は取れていない狂者の突進だが、一心不乱の凄まじさがあった。
「動物を毒物で狂わせ人間を襲わせるとは。自分の手を汚さず効果をあげるという点で恐るべき敵と言わざるを得ません‥‥」
本多風露(ea8650)の呟きに、下衆の策略だ、と吐き捨てるバルバロッサ。彼らは襲い来る猪達を、全力で叩き伏せた。
紗江香とシフリンは、倒れた猪達の内、息のあるものに解毒薬を含ませた。1頭でも多く助けたい。そう願い、2人を手伝うまくるである。
「ジェイランくん‥‥」
まくるの声に振り向いたジェイランが、うわ、と呟く。木々の影からゆらりと姿を現した巨大な猪が、憎悪に煮え滾る目で彼らを睨みつけていた。
●犯人を追いかけろ
話変わって、こちらは犯人を追う一行。焚き火、毒、道具、人‥‥。テュールは思いつく質問を片っ端から太陽に問いかけた。太陽に人の様な感情があるなら、この質問坊やの猛攻に、いい加減にしろ! と癇癪を起こしていたかも知れない。
「犯人もやってる事は煮炊きとキャンプ。森には工事の人達もいるから絞り込むのが難しいね」
ただ、使っている量から考えて犯人は常に毒を作り続けている筈。そして、最低でも一昼夜は同じ場所に留まっていなければならないのだ。あたりのあった質問を地道に複数箇所で繰り返せば、自然、犯人に行き着けるという訳。地図の写しに、方向を示す矢印と距離を示す横線が何重にも書き込まれる。それが示す場所は、だんだんと狭められて行った。
「なんだろこの臭い‥‥膠かな?」
辺りに漂う異臭は独特のものだ。テュールを止め、長渡泰斗(ea1984)が慎重に臭いの方へと近付いて行く。
「‥‥何だ、誰もいないのか」
肩透かしを食って、抜きかけた太刀を戻す泰斗。やや開けた森の一郭に、人が丸ごと入れそうな大きな鍋が2つ煮えていた。無造作に干された獣の皮、塩のこびり付いた麻袋、水の入った桶、積み上げられた薪と、何故かいっぱいのミミズがくねっている桶。例の毒草は僅かしか残っていなかった。
「追加の毒草を取りに行ったか」
「近くにはいないみたい‥‥」
空高く舞い上がって、アルフレッドが辺りを見回す。
「この有様なら、また戻って来るつもりだろう。留守番をしといてやろうじゃないか」
具合の良さそうな木を見つけるや泰斗、よいこらせ、と登り始める。
「森で火をほったらかしなんて、許せない! どうしてもこのままにしとかなきゃいけないの!?」
アルフレッド、大憤慨のマリーを宥めるのに一苦労。ともかくも、皆で泰斗自作の葉っぱを貼り付けた網を被ってカモフラージュ。息を殺して待ち伏せだ。
「これはこれで、ちょっと楽しいね」
「遊びじゃないんだがなぁ」
テュールをたしなめながらも、早くも暖気用のワインを舐めている泰斗である。
●名も無き怒り
「うはぁ‥‥お、大きいじゃん‥‥」
見上げる様な巨体を揺さぶりながら現れた巨大猪。傷つけられた左目の周辺は血でごわごわに固まり、膿が溢れ出して異臭を放っていたが、それでもなお、その姿は神々しくすらあった。
テレパシーのスクロールを手に取りながら、ゆっくりと近付くジェイラン。勇敢? 命知らず? 彼の頭の中には、余りの恐ろしさに顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚きながら転げまわるもうひとりの自分がいた。それを辛うじて支えているのは、手を握って励ましてくれる、まくるだった。でも、何を言ってもらったのかは、情け無い事にちっとも覚えていない。手に伝わる温かさだけが、彼の心を支えていた。
(「無駄な争いはしたくないです。この騒動の元凶を断ち切り猪達を元に戻しますから、どうか人を襲うのをおやめください‥‥」)
相手から返って来たのは、津波の様な絶望と怒りと憎しみだった。日に日に狂い死んで行く仲間を、この猪はどんな気持ちで見つめていたのだろう。
「‥‥この猪さんにも解毒が必要?」
まくるの問いに、ジェイランは首を振った。
「この猪は正気じゃん。でも‥‥」
だからこそ、説得は難しいかも、とジェイランは悟る。話せはせずとも、気持ちを伝えたい‥‥まくるは巨大猪の吐息を感じるほどの距離にあって、恐れる事なくその目を見つめる。どうか信じて牙を収めて欲しい、と。だが、その瞳はどこまでも暗い底なしの沼の様で。まくるの目から、一筋の涙がこぼれた。
音も無く巨大猪が跳躍したのは、その時だ。互いを庇い合う様にして身を伏せるジェイランとまくるを、その蹄が捉えようとしていた。
「ふんっ!」
気合い一閃、バルバロッサは巨大猪の突進を受け止めるや、捻り倒して横にいなす。ど、と地面が揺れ、木々から木の葉が舞い落ちた。生死の境で己が身を守って来た彼の力量にオーラボディの力を借りてなお、全身に残る衝撃、じんじんと痺れる腕の震えに、バルバロッサはにっと笑った。ゆらり、と立ち上がり、前足でゴリゴリと地面を掻いて、その図体からは想像できぬ程の速度で突進して来る巨大猪。バルバロッサは突き上げて来る牙を片腕で食い止めつつ、横面に拳を叩き込む。
「この頑固者めが!」
木に叩きつけ、更に押し潰そうとするのを、膝と肘で痛打する。よろけたところに蹴りをくれて跳ね除けるが、それでもまだ巨大猪の戦意は衰えなかった。バルバロッサ目掛け、その巨体が三度襲い来る。飛び出した風露が刀に手をかけるや、引き抜き様に前足を打った。有り得ない捻りを加えながら顔面から地面に接し、跳ね飛ぶ様に転がった巨大猪は、何本もの木々を圧し折ってようやく止まる。く、と衝撃に震える風露の手に刀は無く、音を引きながら宙を舞っていた。
「刀背打ちといえど、骨が砕けた筈‥‥」
絶妙の間合いでの打ち込みである。己の突進力を一点に加えられた前足は、彼女の言う通り奇妙に折れ曲がっていた。それでもなお巨大猪は体を起こし、ぶら下がった足を何度も地面に擦って引き千切ると、その短くなった足で土を蹴って襲い来る。木々の悲鳴に、鳥や獣達の警戒音が木霊する。起き上がろうとする巨大猪を背に、目を閉じて天を仰いだバルバロッサは、ゆっくりと愛馬ケーニッヒへと向かう。預けた剣を取り出す為だ。
「もう‥‥立たないで‥‥」
懇願するまくるの前で、巨大猪は立ち上がり、再び彼らに牙を向けた。全身を震わせ、雷鳴の如き鳴き声を響かせる。その巨体を沈め、弾ける様に身を躍らせた、その時。地上を、一筋の雷光が走った。光に打たれた巨大猪は、全身から煙を吹きながら横倒しに倒れ、もう二度と動かなかった。ジェイランの手から、一巻のスクロールが滑り落ちる。その場に座り込んでしまった彼に、抜きかけた剣を戻したバルバロッサが歩み寄り、無言で肩を叩いた。まくるが傍らに寄り添い、彼の背を摩る。風露は巨大猪の前に立ち、荒ぶる魂を慰め祀る。その心は忘れませぬ故、どうか祟神となる事なく、行き交う人々と森の命、共に見守って下さいます様に、と。
戦いも終わったと見て姿を現したボルト・レイヴン(ea7906)は、辺りの惨状に驚きながら、神に皆の無事を感謝した。そして、傷ついた仲間の治療にあたったのだった。
●毒草生息地
毒草の生息地は数箇所あるが、その大半が既に採取された後だった。しかし、毒液の塗布は続いている。となれば、まだ手付かずの生息地にも取りに来るだろう事は容易に想像がつくというものだ。
架神ひじり(ea7278)は既に張り込み数日目。干し肉を口の中で転がしながら、じっと辺りを警戒する。
「早く仕事を終えて、温かい食べ物をつまみに一杯と洒落込みたいものじゃ」
杯を空ける仕草をして見せる彼女。イリアがくすりと笑う。と、2人が一斉に身を伏せた。
「‥‥見知った者か?」
「いえ、それにあの怪しい挙動‥‥」
遥か遠くに男達を見分け、2人は身を隠して待ち伏せる。何も知らない男達は、やれ面倒だの、頭は人使いが荒いだの暢気に話しながら、あちこちに自生する毒草を引き抜き始めた。暫くその仕事振りを観察し、さしたる敵ではないと見切ったひじりは、木刀を掴んで彼らの前に進み出る。
「こんなくだらぬ真似を仕出かした親玉のことを話してもらおうかのう」
ひとりで現れたひじりを見て、怪訝そうに眉を顰める男達。
「雇われ冒険者か? ふん縛って頭の前に引き出せば褒美がもらえるかも知れんぞ!」
そりゃあいい! と飛び掛ろうとした男が、足を取られて転倒する。己の影に張り付いた足に混乱し喚き散らす仲間の狂態に、一瞬気を取られた男達。はっと気付いた時、ひじりは彼らの目の前にいた。慌てふためき体勢を崩したところに叩き込まれた重い一撃‥‥見事な攻撃ではあるが、手際が良すぎて恐らく相手は覚えていまい。
「魔術師をやれ!」
足を取られたままの男が叫ぶ。ひじりには敵わぬが魔術師なら、とでも思ったのだろうか。イリア目指して一直線に突っ込んで来た最後のひとりは、一瞬の猛吹雪に晒され、ガチガチと子犬の様に震えながらその場にうずくまる羽目になった。たわけめ、と木刀で脳天を殴られ、昏倒する。
あっさり倒されふん縛られた男達だが、そこは見栄と男ぶりが売りの賊徒家業、女2人に凄まれたからといって無様なところは見せられない。何を聞かれても、知らん、どうとでもしろ、とそっぽを向く。
「きりきりと知っていることを残らず全て話すが良い。でなければ世にも恥ずかしい姿をノルマン中に晒す事になるであろうのう」
にやりと笑ったひじりに、男がごくりと息を飲む。脅しなど無駄だ、と言いながらも強張った表情で、助けを求める様にイリアを見る。彼女のその、真実哀れむ様な視線。
(「こ、こいつら本気だ、本気でヤる気に違い無いっ!」)
男達はガクガクと震え出し、話をする機会を窺い始めたのだった。
●犯人を追い詰めろ
空になったワインを悲しげに見つめ最後の一滴を振り出していた泰斗は、テュールに突付かれて広場に視線を戻した。荷物を背負って現れた男は、他に誰もいない事に困惑し、苛立たしげに辺りを歩き回る。
「上手いこと隠れたもんすね。一瞬分からなかったっすよ」
突然声をかけられ慌てた彼ら。笑いながら、しーっ、と口に指を当てるのは、他でもない伝助だった。
「あいつは賊の中でも外に出て買い付けをする役目の様っす。けど、ここは? 誰もいない様すけど」
状況を説明している内に、不安に駆られたのか、男は荷物を置いて再び動き出した。
「あ、僕が‥‥」
ひらりと舞い上がり、尾行を開始するアルフレッド。私も、と半ば強引について行くマリー。他の者達は彼らを目印に距離を置いて追って行く。男はやけに険しい谷間に一度降り、暫く後、再度動き出した。引き続き、アルフレッド&マリーコンビがそれを追う。
「一体また、何でこんなところに‥‥」
谷間を降りた泰斗、伝助、テュールの3人は、そこに洞窟を発見した。中には男がひとり。他にはいないと見際めをつけ、泰斗が駆け寄り様に昏倒させる。
「これは‥‥」
伝助もテュールも、唖然とした。そこは、賊達の倉庫だったのだ。剣に鎧、弓矢はもちろん、たっぷりの薬に魔法スクロール、水に食料の類まで。ちょっとした戦争が出来そうな勢いである。
「‥‥どうする? これ」
吊り下げられたランタンを手に取り、奥を照らしながらテュールが聞く。奥の奥までみっちりと詰まった物騒な品物達。倉庫番を倒してしまった以上、捨て置けば他所に移すなり何なり、対処されてしまうだろう。
「どうせ、置いておいてもろくな使われ方はすまいよ。景気良く燃してしまえ」
だね、とテュール、油樽を蹴倒して転がしランタンを放り投げ、洞窟いっぱいの賊の蓄えを全部丸焦げにしてしまった。
尾行を続けたアルフレッドとマリーは、男がかつてシフール村だった廃村‥‥今ではすっかり賊の拠点だが‥‥に入るのを確認して戻って来た。冒険者達は再合流し、得た情報を交換する。
「そうか、やっぱりあいつら、まともな連中じゃなかったじゃん」
ジェイランは、廃村の賊達を以前の調査で目撃している。もっともその時はもっと数が少なかったのだが‥‥。とにかくこれで、事件と彼らの関わりがはっきりした。
「猪への所業じゃが、最初は食い意地が張っておって暴れてもまあ対処に然程は困らない猪で試した、という事らしいのじゃ。上手く行けばもっと危険なモンスター用に調合し直して森中に塗りたくり、とても人の行き来出来ぬ有様にしてしまおうと、この様な事を企んでいた訳じゃな」
そうじゃな? とひじりに話を振られ、大慌てで頷いて見せる男達。
「あっしの方は、あの男をつけていて少々気になる事に出くわしたんで」
伝助が言うには、男は村々を周り買い付けの何のと忙しく働いていたが、数箇所明らかに場違いな場所にも立ち寄ったのだという。
「金貸しや大きな宿、馬を一手に扱って羽振りの良い地元の郷士から、幾つかの村の長と役人まで。皆、本当ならあんな胡散臭い男を相手にする立場の人間じゃぁ無い筈っす」
一体、彼ら相手に何をしていたのか。今は、ありのままを依頼主に伝えるしかあるまい。
●恵みを分けて
シフター、マリー、シフリンの3人を隠れ里に送り届けた冒険者達は、森で狩った猪達の肉を持ち帰り、紗江香が腕を振るって皆に振舞う事にした。ちなみに、アルフレッドが剥ぎ取った毛皮と余った肉は近隣の村に出向いて買い取ってもらい、皆にささやかな報酬の増額をもたらしたのだった。
「これで少しは賊達の行動が収まれば良いのですが」
鍋をびしばし仕切りつつ、紗江香は仲間達と話し合う。猪の解毒には成功したが、森に中毒の猪がどれだけいるか判然としない状態では全てに同じ治療を施すのは難しかろう。そもそも、毒に侵されていようがいまいが、工事の邪魔になるなら狩らねばならぬ猪である。方法がある、という事実を報告にまとめ、提出する事とした。そして、活発な賊の動き。その一端を潰す事には成功したが、彼らも恐らくは引き下がるまい。これ以上、シフール達や工事の人々に災いが降りかからねば良いのだが。
「まだいけません。鍋は簡単ですが、タイミングを誤れば命に関わる料理なのです」
紗江香、きっぱりと言い切った。見たことのない調理法を目にして、不思議そうに眺めているシフール達。立ち上る湯気に、誰かのお腹がぐう、と鳴った。
賑やかな宴から離れ、2人して星を眺めるジェイランとまくる。
「これはね、スターサンドボトルっていうんだよ‥‥。これを持ってる恋人達は、幸せになれるんだって‥‥」
まくるは、もうひとつ空のボトルを取り出して微笑んだ。そして、星の砂を半分、空の小瓶に移し替える。そして、ひとつをジェイランに差し出した。
「あ、ありがとじゃん」
恥ずかしそうにしながらも、嬉しげに小瓶をかざすジェイラン。
「最近、ずいぶん‥‥寒くなってきたよね‥‥」
白い息を吐きながら、身を寄せる。今日の彼女はとても積極的だ。
「いらぬ心配だった様だな」
猪肉と飲み物をもってジェイランを励ましに来たバルバロッサは、その様子を見て踵を返した。一層2人の影が近付き、はわ?! とジェイランの間抜けな声が響き渡る。これを目撃したマリー、同じ事にチャレンジしようと早速アルフレッドの隣に押し掛けた。
「大将、もう行くのかい?」
冥府へ迷わぬ為の銅貨6枚を弄びながら、馬上の背に声をかける泰斗。一度だけ手を掲げ、バルバロッサは愛馬の腹に蹴りを入れた。