性悪ケルピーの沼

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 80 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月07日〜07月17日

リプレイ公開日:2004年07月15日

●オープニング

 パリから歩いて何日もかかる小さな村、その領主の館で事件は始まった。
 時は真夜中。
「泥棒だーっ!」
 その叫びと共に館の明かりが慌ただしく点き、家人たちが大慌てで外へ飛び出す。その一人が地面に残された足跡に気づいた。
「見ろ、賊の足跡は表の街道に向かっているぞ!」
 家人たちは総出立って屋敷の表門から街道へと繰り出してゆく。
 だが当の泥棒たちは、屋敷の裏側であっかんべーをしていた。
「ばぁかどもが! ニセの足跡にまんまとひっかかりあがったぜ!」
「さあ、早いとこずらかっちまおうぜ」
 領主の館の裏には沼があり、沼の向こう岸は森になっている。領主の館からお宝をたんまりいただいた泥棒3人組は、追っ手が街道へ出払っている隙に、小舟で沼を渡って向こう岸の森の中へと逃げる算段でいた。
 ところが泥棒たちの乗った船が沼の真ん中に来た時、急に船が進まなくなった。
「おい、何してやがる! しっかり漕がねぇか!」
「そ、それが親分‥‥漕いでも漕いでも水に押し戻されちまうんでぇ」
「何だと!? んなバカな話があるかい!」
 その時、沼から声が響いてきた。
「こんなまよなかに〜、わたしのぬまでうるさくするのは、だぁれかしらぁ〜?」
 男のような女のような、いやにねちねちしていやらしい響きのある声だ。
 何かが沼の水面に顔を出し、小舟に近づいてくる。その目に鬼火のような青い光を宿した黒い馬の首だ。それを見た泥棒の親分の顔が恐怖で凍りついた。
「う、うわあ! ケルピーだぁ! 水の魔物だぁ!」
 どぼどぼどぼどぼ! だしぬけに小舟の船底から大量の水があふれ出す。
「ちくしょう! 船底に穴でも開けられたか!」
「穴なんかどこにも開いてねぇよぉ! なのに何で水があふれてくるんだよぉ!?」
「こうなったら船を捨てて逃げるしかねぇ!」
 親分ともう一人の泥棒が命からがら沼の中に飛び込み、必死に泳いで岸までたどり着いた。だが最後の一人が小舟の中に取り残されてしまった。
「ばかやろお! 何で逃げねぇんだ!」
「お宝置いて逃げるなんて俺には出来ねぇ! ‥‥うわ! 船が、船が沈む! 助けてくれぇ!」
 小舟はお宝もろともぶくぶくと沈んでいき、哀れな泥棒は水から顔を出してあっぷあっぷしている。お宝の入った袋をしっかり握って放さず、その重みで沈みかけている。
 ケルピーの馬の首が、溺れかけている泥棒の横ににゅーっと突き出した。
「おぼれているのかい〜? そんなおもたいものをもって〜たいへんそうだね〜。さあ、わたしのくびにおつかまり〜。おまえをいいところへ、つれていってあげよぉ〜」
 聞く者の脳みそを溶かすような甘ったるい声。その声にはケルピーの魔力である言霊の力がこめられていた。聞く者の意思を意のままに操る力だ。
「す、すまねぇ! おまえって意外と親切なんだな」
 泥棒は無我夢中でケルピーの首にしがみつく。
「あはははは、まんまとひっかかったわねぇ〜」
 途端、ケルピーは泥棒もろとも沼の深みへずぶずぶと沈んでゆき、その姿を消した。後には水面に浮き立つ泡だけが残ったが、やがてその泡も消えた。
 岸に残された泥棒二人は、その光景を前にしてただ呆然とするばかり。人の気配を感じて恐る恐る振り向くと、得物を構えた家人たちが泥棒二人を取り囲んでいた。

「ああまったく! あの泥棒どもは何ということをしてくれたんだ! 金・銀・銅貨に金目のもの一切合切、おまけに先祖代々伝わる鎧兜までも屋敷から盗み出し、ケルピーの沼に沈めてくれるとは!」
 知らせを聞いてすっ飛んできた領主もなす術がなく、ただ沼のほとりで怒鳴り散らすばかり。
 年老いた召使いが申し出た。
「ここは冒険者たちの力を借りて、沼に沈んだ宝を取り戻すしかなさそうですな」
 ふん、と鼻を鳴らして領主が言う。
「して、冒険者たちに払う報酬はいかほどになる?」
「そうですな。このくらいでいかがでしょうか?」
 召使いは計算板にチョークで数字を書いて、主に示す。
「もっと安くならんのか?」
「では、このくらいで」
「もっと安く!」
「では、このくらい」
 数字は何度も書き直され、やっと領主は納得した。
「まあ、そのくらいでよかろう」
「‥‥おや? 何か沼から出てきますぞ」
 沼の底から浮き上がってきたそれは、領主と召使いの目の前の水面にぽっかり浮かんだ。溺れ死んで物言わぬむくろと成り果てた泥棒だった。

 所変わって、ここは冒険者ギルド。
「‥‥とまあ、話はそういうことだ。領主からの依頼は“ケルピーの沼に沈んだ宝を取り戻す”ことだ。この性悪なケルピーを退治するなり脅すなり騙すなり、寝込みを襲って盗むなり、でなけりゃ説得して罪を悔い改めさせるなりして‥‥って、最後のはまず無理な話だが、とにかくどんな手でを使ってでもお宝を取り戻すこと。これが今回の任務だ」
 そこまで話すと、ギルドの事務員はいやに真剣な顔になった。
「だが、これだけは念を押しておく。この依頼でムチャはやらかすな。うちのギルドの冒険者から死人は出したくないからな。敵は悪知恵がきいて、その言葉には人を惑わす魔力があって、おまけに水の魔法まで使うヤツだ。慎重に事を進め、危くなったらすぐ逃げろ」
 最後に、事務員は付け加えた。
「一つだけいいことを教えておこう。水の精ケルピーには言い伝えがある。ケルピーの首に手綱をかけることができた者は、ケルピーを思いのままに従わせることができるそうだ」

●今回の参加者

 ea1579 ジン・クロイツ(32歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1690 フランク・マッカラン(70歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea1944 ふぉれすとろーど ななん(29歳・♀・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea2597 カーツ・ザドペック(37歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2615 ヴァス・デュメニ(32歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea2815 ネフェリム・ヒム(42歳・♂・クレリック・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3129 アルベール・クマロ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3770 ララ・ガルボ(31歳・♀・ナイト・シフール・ノルマン王国)
 ea4340 ノア・キャラット(20歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea4470 アルル・ベルティーノ(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4548 フェルロ・レーチィル(30歳・♂・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●作戦開始
 冒険者たちがケルピーの沼にやってくると、一人の男が沼の岸に立っていた。スペイン語を話すその男は、フェルロ・レーチェル(ea4548)と名乗った。聞けば嫁探しの旅の途中だという。彼を仲間に加え、一行はまず領主の館で聞き込みを行った。
 水門はこの近くにないので沼の水位を下げる作戦は使えない。沼のケルピーは古くから沼に住み着いているらしく、子どもや家畜が沼に引きずり込まれることもあったらしい。冒険者によるケルピー退治も試みられたが、逆に返り討ちに遭う始末。以来、土地の者は誰も沼に寄りつかなくなったという。
 冒険者たちの作戦はこうだ。まず陽動班が宴を開いてケルピーを誘き出し、その隙に回収班が宝物を回収するのだ。
 仲間が沼の岸に集まると、アルル・ベルティーノ(ea4470)が盗まれた宝物のリストを読み上げる。金・銀・銅貨、食堂の銀製品一式、そして家宝の鎧と兜。それが終わるとアルルは懐から薬の小瓶を取り出した。
「毒草から作った痺れ薬よ。ケルピーに効くかどうかは分からないけど使ってみて」
 続いて、サラサ・フローライト(ea3026)が地面に沼の地図を描いて説明する。
「泥棒の船が沈んだのはこのあたり。宝もこの辺りに沈んでいる可能性が高い」
「それでは、それぞれの持ち場でがんばりましょうね♪」
 ノア・キャラット(ea4340)の言葉で一同は散開、それぞれの準備にとりかかる。
 しかし、実は彼らと別行動をとる冒険者がいた。自称・流れ者の傭兵、カーツ・ザドペック(ea2597)と、シーフルナイトのララ・ガルボ(ea3770)の二人連れだ。
「また、シフールと組むのか‥‥。何でかなぁ‥‥人間と組みたいのだが‥‥」
 つぶやくカーツの目の前で、ララは自分の乗馬を使って、すばやく手綱をかける練習をくり返している。
「あっちの冒険者たちの作戦、うまくいくかな?」
 カーツが言うと、ララは練習を休めて言った。
「彼らの作戦が成功するなら、それに越したことはありません。私は万が一、作戦が失敗した時に備えます。ところで、例のものの用意はできましたか?」
「ああ。準備は万端だ」

●交渉
「‥‥いや、それにしても皆優しいのか、犠牲者が泥棒だからか知らないけど、平和的な人が多いね。まぁ、目的が宝の回収だし、わざわざ強い相手と戦闘する必要は無いというのは賛成だけど‥‥殺された泥棒の魂は浮かばれないね」
 アルベール・クマロ(ea3129)はぶつぶつ言いながら、領主から借りてきた小舟をフェルロと共に運び、沼に浮かべた。
「さあ、用意は出来た。生憎だけど私は残って次の作戦の準備をしているよ。ハハハ、だって人殺しと話すなんて怖いじゃないか」
 小舟にはヴァス・デュメニ(ea2615)、レーヴェ・ツァーン(ea1807)、ジン・クロイツ(ea1579)の3人が乗り込んだ。フェルロも同行を望んだが、他の3人と言葉が通じないのでやむを得ず岸に居残りとなった。小舟は岸を離れ、沼の真ん中へゆっくり進んでゆく。すると、小舟の周りの水が渦を巻くように回転を始め、小舟がぐるぐる回り出した。
 落ち着き払ってジンが言う。
「水の魔法か。ヤツが現れるぞ」
 黒い馬の首が水面ににゅ〜っと突き出した。
「あ〜らまたうるさいのがやってきたわね〜」
 さあ、交渉開始だ。まずはレーヴェ・ツァーンの出番だ。
「溺れさすのも喰らうのもそちらにとっては一興なのかもしれないが‥‥どうせやるなら私達の話を聞いてからでも遅くはないのでは?」
「ん〜???」
 レーヴェの言葉に首をかしげるケルピー。
「まあまあ。後の話は私に任せなさい」
 エルフのクレリック、ヴァス・デュメニがレーヴェを制し、話を続ける。
「ケルピー様、お初にお目にかかります。私は司祭として、水の精霊であるケルピー様を崇めに参りました。こちらの2人は私の従者でございます」
「あ〜らものずきなかたもいるものね〜」
「つきましては明日、ケルピー様を讃える宴を催したく存じます。場所は沼から出る川の畔、時間は昼過ぎが宜しいでしょうか?」
「いいわよ〜たのしみにしてるわね〜」
 ケルピーの首はすうっと水の下に消えた。交渉は成功だ。

●宴
 翌日は空も晴れ渡り、格好の宴会日和。心地よい木陰の下に宴の場が設けられた。
「う〜ん、ああいう作戦でいくなんて、チョット恥ずかしいかな‥‥? あたしやっぱりそこまで歌上手いわけじゃないし‥‥」
 ふぉれすとろーど ななん(ea1944)が準備していると、ケルピーが沼から上がってきた。
「おまねきにあずかりやってきたわよ〜」
 バードのフェネック・ローキドール(ea1605)が優美な笑顔でケルピーを出迎える。
「ケルピー様、ようこそいらっしゃいました」
 そしてフェネックは、バードのサラサ・フローライトと共に歓迎の歌を歌う。歌にメロディーの魔法を込めて。ななんも声をそろえて歌う。

 いざ宴の始まりだ 集い集えよ仲間達
 人も 獣も 妖精も 巨人も
 ここに集えば皆仲間 さぁ楽しき宴の始まりだ

 テュール・ヘインツ(ea1683)がケルピーの前に進み出て一礼する。
「まだ見習いですけど、がんばって踊らさせてもらいます。」
 テュールはパラに伝わる楽しいダンスを踊り始めた。
「おお、見事な踊りっぷりじゃないか。ではケルピー殿、まずはお近づきのしるしに」
 レーヴェがワインの栓を抜く。ケルピーはいきなりワインの瓶にかぶりつき、そのまま首をもたげて一気にラッパ飲み。ごくごくごく。
「の、飲んじまった‥‥」
 呆れるレーヴェ。
「あら、ケルピー様ったらお酒が強いのですね」
 フェネックがベルモットを差し出して微笑む。するとケルピー、今度はベルモットの瓶にかぶりついて一気飲み。さらにサラサのベルモットも一気飲み。冒険者たちが用意した酒はあっという間にケルピーの腹の中に消えた。
「あ〜ら、おさけはもうないの〜?」
「ケルピー殿、しばしお待ちを」
 レーヴェとジンが屋敷のほうに駆けて行き、やがて酒蔵から持ち出したワインの大樽をゴロゴロ転がして戻ってきた。
「ま〜きがきくわね〜。さあ、みんなもた〜っぷりおのみなさ〜い」
「は〜い、ケルピー様」
 フェネック、サラサ、ななんの手が自然に動いて杯にワインを満たし、3人はそれを一気に飲み干す。ここでケルピーの機嫌を損ねてはいけない‥‥と、誰もが思っていた。

 ここは沼をはさんで反対側の岸。見張り役のアルベールが仲間に合図する。
「宴が始まった。さあ、今のうちに」
 ネフェリム・ヒム(ea2815)たち回収班が動き始める。深さが浅いうちは水の中につかって歩き、ケルピーに見つからないよう2つの小舟をそおっと押してゆく。

「さあ〜えんりょしないでもういっぱ〜い」
「はい、ケルピー様」
 言われるままに酒をあおるテュール。ケルピーはすっかり上機嫌だ。
「ところで、ケルピー様はいつもはどんな生活してるんですか?」
 ケルピーは答えた。水の中でまどろみ、魚と戯れ、たまに人間をからかって遊んでいると。
「でも、ずいぶんむかしにやってきた、ぼうけんしゃたちはさいていね〜。あんまりあたまにきたから、みなごろしにしてやったわ〜」
「ケルピー様って、怖い方なんですね」
「でも、あなたみたいなぼうけんしゃなら、はなしはべつよ〜。さあ〜もういっぱ〜い」
「は〜い、ケルピー様ぁ」
 テュールはすっかりふらふらだ。見かねてフェネックが言う。
「テュール、あんまり飲み過ぎると体に毒よ」
「そんなこといわずに、あなたももういっぱ〜い」
「は〜い、ケルピー様」
 言われるまま、ワインの杯をあおる。
「ぷはぁ〜、おいしゅうございます。ではケルピー様、歓喜の歌を一曲」
 企みを胸に秘め、フェネックは歌い始めた。

 厄介者の泥棒が ケルピー様の沼に沈んだ
 厄介なガラクタも ケルピー様の沼に沈んだ
 あんなガラクタ 見たくもない 触りたくもない
 ケルピー様の沼に 沈めておけば みんな幸せ

 その歌を聴いたケルピーは沼の水の中にすうっと潜っていき、しばらくすると袋をくわえて上がってきた。
「それって、これのことかしら〜?」
 ケルピーが袋を揺すると、中から盗まれた銀製品がごろごろ。しめしめ、うまくいったとフェネックは胸中でほくそ笑む。ケルピーの性格からして当然の反応だ。しかし表向きは、わざと嫌がる振りをする。
「あらいやですわ! 早く水の中に戻してください!」
「そんなにこれがきらいなの〜?」
「その銀色に光るのがイヤなんです。やだ! ぶつけないで下さい!」
 面白がって、銀のナイフやフォークや杯を口にくわえて投げつけるケルピー。
「ケルピー殿、そんなみっともない代物は、さっさと片づけてしまいましょう」
 ジン・クロイツが散らばるお宝を拾い集めて袋にしまい、回収完了。
「それではあなたも、もういっぱ〜い」
「はい、ケルピー殿」
 言われるままにジンは杯にワインを注いで飲み干す。その後で気づいた。しまった! 酒に飲まれている! いや、ケルピーに飲まされている! 意識はもうろう、足はとっくに千鳥足。見れば他の冒険者たちも、ぐでんぐでんだ。
「おかしいな。言霊封じの魔法をかけたはずなのに‥‥」
 酔いでふらつきながら、サラサは何度もレジストメンタルの魔法を唱える。しかし魔法ならいざ知らず、レジストメンタルは特殊能力の魔力たる言霊を封じることはできない。
「ここは、例の薬を使いますか」
 ヴァスはしびれ薬をこっそりワインの中に入れ、ケルピーに差し出した。
「ケルピー様、これは秘伝の薬酒でございます」
 ケルピーは一気に飲み干すと、さも満足げにつぶやいた。
「あ〜ら、しげきてきなおあじ〜」
 しびれ薬はまるで効いていない。
「さあ、あなたももういっぱ〜い」
「‥‥はい、ケルピー様」
 ケルピーの言霊は、誰でも理解できるテレパシー的な言葉として作用する。耳に物を詰めても頭の中に響いてくるし、外国語しか話せない人間だって餌食になる。
「これはたまらん」
「ちょっと失礼」
 用をたしにいく振りをして、レーヴェとフェルロはその場を抜け出した。
「さ〜あけいきづけにもういっぱ〜い」
 ケルピーの言葉が聞こえてくる。が、ある程度距離をおけば、言霊の力が働かないことが分かった。
 レーヴェは毒づいた。
「誰だ、ケルピーと酒盛りしようなどと最初に言い出したヤツは!?」

●危機一髪
 回収班の宝物探しは難航していた。沼の水は見通しが悪く、水底は泥と水草に覆われていて探しにくい。
 水の底から合図があった。フランク・マッカラン(ea1690)が力いっぱいにロープを引くと、ネフィリムが水面に顔を出す。
「まったく年寄りの冷や水とはこのことじゃわい」
 つぶやくフランク。
「やっと見つけましたよ」
 ネフィリムはフランクに、貨幣のつまった袋を手渡した。
 しばらくするとノア・キャラットが水中から顔を出し、別の小舟の仲間に合図する。
「アルル、準備OKだよ!、引き上げて!」
 アルルとアルベールとでロープを引き上げようとするが、重くて持ち上がらない。
「ネフェリムさん、重くて上がんない、助けて♪」
 ネフェリムの力も借り、3人がかりでロープを引くと、大きな鎧が浮かび上がってきた。やっとのことで小舟の上に引き揚げる。
「これが家宝の鎧? ずいぶん重たいわね。‥‥え!? この鎧、中味が入ってる!?」
 鎧の隙間からはみ出ているのは変色した人間の骨。殺された冒険者の鎧だった。鎧の中に忍び込んでいた大きなウナギがにゅ〜っと飛び出し、アルルの手にからみつく。
「きゃあ!」
 思わずアルルは悲鳴をあげた。

「あ〜らぼうけんしゃがぬまをあらしてるわ〜」
 悲鳴を聞いたケルピーが沼に飛び込んだ。
「待ちなさい〜! 行かせるもんですか〜! ‥‥あ!」
 ななんが後を追うが、酔いで足がもつれて沼の中にざぶん。
「しっかりしろ!」
 レーヴェとフェルロに助け起こされ、ななんは歯がみする。
「うう、酒に潰されてさえいなければ‥‥!」

「大変だ! ケルピーが来る!」
 水中から小舟に接近するケルピーの影が見えた。ノアがファイヤーボムを放ったが、火球は水に呑み込まれて消えた。続いてアルベールがライトニングサンダーボルトを放つ。するとケルピーは水底の泥を激しくかき回した。
「だめだ、水が濁って何も見えない」
 小舟の底からどぼどぼと水が湧き出し、小舟はあっという間にひっくり返った。
「きゃ〜! 私泳げないの〜!」
 叫びを残してアルルの姿が水中に消える。ノアとアルベールは小舟にしがみついたままだ。そこへケルピーの影が迫る。
 別の小舟のフランクが水に飛び込み、ケルピーと激しい取っ組み合いを始めた。
「この捻くれものめ! 自分の庭に落ちたものは自分のものとは器量が狭いぞい!」
 しかしその姿もケルピーと共に沼の底へ消える。

 ‥‥おや? 岸のほうから何かが漂うように泳いでくる。革の水袋で作ったフロートを装着したカーツ・ザドペックだ。
「おまえはなにもの?」
 どこからともなくケルピーの声が響く。
「沼に沈んだ物が、色々と騒動を呼び寄せている。つまり、我々みたいなものをね。そういうことで騒動の元凶をこの沼から引揚げたいのだがね。無論、勝負して勝ったらということで‥‥」
 いきなり、水の塊が生き物のようにカーツの顔にへばりついた。息ができない! のたうつカーツ。
「危ない!」
 小舟の上のネフェリムがホーリーフィールドの結界を張る。魔法を遮断され、カーツの顔から水が離れる。結界で攻撃を阻まれたケルピーが水面に頭を突き出した。
 まさにその時を狙い、カーツのフロートの中に隠れていたララ・ガルボが手綱を持って飛び出し、見事な早業でケルピーの首に手綱をかけた。
「ごめんなさい。貴方の力を借りたいの。失礼なのは重々承知。でもこうでもしないと貴方の性分からして無理だと思ったから‥‥」
「たずなをかけられては、しかたないわね」
「用が済み次第、解放しますし、危害も加えません。約束します、人の名誉など知った事ではないと思うけど、ノルマンの騎士ララ・ガルボの名に賭けて」
「わかったわ」
 ララはケルピーを操り、水底から大きなずた袋を回収した。中味は家宝の鎧と兜だ。そしてララはケルピーを解放し、ケルピーは水の中に消えた。
 クリエイトエアーの泡と共に、フランクとアルルが顔を出す。
「おぬしの魔法で助かったわい。しかしおぬし、泳げぬはずでは?」
「だって人前で泳ぐなんて恥ずかしいだもん」
 この時代にはまだ現代のような水着はない。
 アルルの指には沼の底で拾った指輪が輝く。ただの真鍮の指輪だ。おいしい宝物はそうそう落ちてはいない。

 こうして作戦は成功した。