隠れ里からの依頼〜僕らを街につれてって

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2005年11月29日

●オープニング

 辺境の深い森の奥で、外界と最低限の接触しかせず暮らしていた隠れ里のシフール達。森を貫く街道工事と、それに携わる冒険者達との出会いによって、彼らの生活は否応なく一変する事となった。
「こうなったからにはやっぱり、もっと色んなものを見ておくべきだと思うんだよね。で、冒険者の人が暮らしてるっていうドレスタットの街が、この近くでは一番大きな街なんでしょ? みんなで一度、そこに行ってみようって話になったんだ」
 里のシフール、レクは目を輝かせながら語る。冒険者から海原に浮かぶ帆船の話を聞いても、彼らは海を見た事が無く、船といえば湖に浮かべる小船しか想像出来ない。日用品から冒険者ご用達の魔法装備まで扱う大店エチゴヤの話を聞いても、彼らが知っている商人は行商だけで、その行商にしてからがこの隠れ里にはやって来ない。そもそも、彼らが見たことのある町といえばエスト・ルミエールが最大で、それでも目を丸くしているというのに、ドレスタット程に大勢が寄り集まって生きている様など夢の世界の御伽噺に等しいものなのだ。
 数日間の旅の費用と、案内人を雇い多少の買い物も出来る様にと、ささやかな商売でせっせとお金を集めていた彼ら。
「いや参ったよ。シフールども、銅貨ばかりで2G程の金を持って来て、これで足りるか、これならどうだって、毎日聞いてくるもんだから」
 里の警備に派遣されたアレクス卿の騎士、フィデールが肩を竦める。その話を聞いたモリスが、彼らをドレスタットに招待する事にしたのだ。
「これは、単に観光をして帰るという話ではありませんぞ。この機会に、彼らが今後暮らしていく上で関わらねばならないだろう様々なもの‥‥国、領主、街や村、教会、お金、溢れる品物、快楽、暴力‥‥素晴らしいもの、恐ろしいもの、要するに我々にとっての常識を体験し、理解して欲しいのです。彼らが無防備から破滅を招かぬ様に。それでいて、恐れずにそれらと関わっていける様になれば言う事はありません」
 まあ容易で無いとは思うが、きっかけだけで掴めれば、とモリスは言う。
「なんだよー、あくまで自力で行く事に意義があったのに、分かってねーなったく」
 ブツブツ文句を言いながらも、せっせと準備に余念の無いシフール戦士のポロ。心なしか顔がにやけている。
「でも、里の者全員って、長老様や子供達も一人残らず、本当にみんな、なんだね。大丈夫かなこれ」
 鍛冶屋のトトが心配げに頭を掻く。団体行動の練習と称して行列を先導するシフター、マリー、シフリンの3人は、自分達が散り散りになって一行を遭難させていた。
「‥‥不安だ」
 嘆息するポロの後ろで、長老様がほっほっほ、と髭を扱きながら笑っていた。

●今回の参加者

 ea1333 セルフィー・リュシフール(26歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1924 ウィル・ウィム(29歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea6647 劉 蒼龍(32歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb1158 ルディ・リトル(15歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

駒沢 兵馬(ea5148

●リプレイ本文

●しふしふ〜
 ドレスタットの街の前。
 諸般の事情により荷馬車に詰め込まれてやって来た隠れ里のシフールさん御一行。さしものちっこい彼らも荷馬車の40人乗りは窮屈だったと見えて、着きましたよ、と御者が言うか言わないかの内に、どわ〜と皆して飛び出して来た。
「ほわーっ!」
 ドレスタットの街並みを、外から眺めた感想は? 子供達は大はしゃぎ。感動し過ぎて、すっげー、すっげー、しか言わないとても語彙の少ない子供達になっているのはご愛嬌。大人達はと言えば、ただもうぽかーんと口を開けてただただ見入るばかり。
 そこにやって来た、案内役の冒険者達。皆して、しふしふ〜と挨拶を交わす。
「久方ぶりじゃの。宜しゅうに」
 にっこり微笑んだヴェガ・キュアノス(ea7463)。見知った顔に、シフール達が寄って来る。ひょっこり顔を出したルディ・リトル(eb1158)とも、しふしふ〜と挨拶を。
「しふしふです。これから数日間、宜しくお願いします」
 そう言って頭を下げたウィル・ウィム(ea1924)に、礼儀正しい人だー、とシフール達。こちらこそよろしく〜、と皆から返事をされて、ウィルはじんわりと感動を噛み締める。
「ほっほっほ」
 白い髭をしごきながら寄って来た年寄りシフールが、彼の足をペチペチ叩く。
「凄いなお前。初対面で長老様に気に入られるなんて、そうは無い事だぞ」
 シフール戦士のポロに褒められたのだが、喜ぶべきなのやら、どうなのやら。
(「今のところ、みんな仲睦まじくやっているっすね」)
 以心伝助(ea4744)はアルミランテ間道工事組の冒険者と握手を交わし、彼から手紙を受け取った。
「それじゃあ、あっし達は自警団に挨拶に行って来やすよ」
 伝助と円巴(ea3738)は、一足先に街へと入る。
「さて、皆よく覚えておくのじゃぞ? これが目印の旗じゃ。案内をする者は必ずこれを持っておるから、この旗の後をついて行くのじゃ」
 ヴェガが掲げる旗を、ほほー、と見上げるシフール達。
「みんな、これだけは守ってね。あたし達の言う事はキチンと聞く。仲間同士で手を繋ぐ。知らない人にはついていかない。特に物をあげるとか言って近づいて来る知らない人には要注意。仲間同士で4人のグループを組んでお互いを常に確認しておくこと」
 はい、それじゃあグループを組んでみましょう、と指示されて、わいのわいのと言いながら10の組が出来上がる。良かった、一人ぼっちがいなくって、と内心安堵のセルフィー・リュシフール(ea1333)だ。
「パンと、トッピングに肉かチーズか、魚の酢漬けの組み合わせじゃ。全員分あるから慌てず取って行くんじゃぞ」
 こちらは、シフール達にお弁当を配布中。持っていると、何故か妙に嬉しいお弁当。シフール達の嬉しそうな表情に、皆すっかり和んでいる。
「各所に話は通してある。早速行こうか」
 何の集まりかと見守るドレスタットの人々に少々緊張しながら、シフール達と冒険者、旗に導かれぞろぞろと門を潜って行く。

「という訳で、40人のシフール達を引率しやす。‥‥怪人付きで。なるべく何事も無く済ませるつもりっすけど、もしもの場合はよろしくお願いしやす」
 手紙を一読し、心得ておきましょう、と請合う自警団の面々。こういう時、伝手があるのは有り難いものだ。
 詰め所を出た2人。途中で古着屋を見つけ、覗いてみる。
「‥‥なんかあっし、シフールさんのお世話じゃなくて、ジャイアントさんのお世話をしてる気分っす」
「言うな、空しくなるだけだ」
 巴の実に尤もな指摘に、力なく笑う伝助だ。

●じゃいじゃい
 さて、噂のマスク・ド・フンドーシ(eb1259)はといえば。礼服に身を包み髪も整えた騎士サムソンの姿となって、隠れ里のシフール達のもとに向かっていた。
「今回こそ、シフールたちと打ち解ける為のリベンジですよ」
 はっはっは、と満面の笑みを浮かべながらシフール達の前に立った瞬間、それまで和やかだった空気が凍りついた。
「か、怪人だ、ハダカ怪人‥‥」
「普通っぽく変装したって騙されないぞ!」
「こんなところまで追って来るなんてっ」
 じりっじりっと後退するシフール達。仲間を庇いながら進み出たシフール戦士達は臨戦態勢で、寄らば斬るの構えである。
「ほらほら、フンドーシさんちょっと離れて。シフールさん達もそんなに身構えないで、落ち着いて」
 セルフィーが間に入って双方を宥める。フンドーシに歩み寄り、よくないっすね、と伝助。
「フンドーシ、いやサムソンと呼ぶべきなんすかね。弁明にしろ謝罪にしろ、聞いて欲しい気持ちがあるなら、忠告を無視するべきではないっすよ」
「いや、しかし‥‥」
「言い訳無用。今の時期のドレスの海はとっても冷たいだろうね」
 ふ、と笑ったセルフィーの笑顔が怖い。
「‥‥ところでみんな、何で武装してるのかな?」
 シフール達の手には、何やら物騒な得物の数々が。
「だって、どんな危険があるかも知れないしー」
 街中で無闇に振り回されては危ないのでこれは没収。
「ちぇ、この毒吹き矢なんてハダカ怪人も多分イチコロなのに」
「いけませんっ!」
 シフール達も、なかなか油断がならない。
 落ち込むサムソンの肩を、巴がぽんと叩く。
「最も重要な目立つ位置で留守番という役目はいかが?」
 どーんと落ち込むフンドーシ。巴に悪意は無い。あくまで天然だ。

●街を歩こう
 さて、意を決して門をくぐったシフール様御一行。早速行きかう人々の多さに目を白黒させている。
「何だ何だ、今日は祭りか何かか? 一体どっからこれだけ湧いて出たんだか‥‥」
 ポロ、憎まれ口を叩きながらも既に当てられ気味で、ぐったりしている。
「まずは何処に行こう?」
「どんな場所があって何が何処にあるのかもさっぱり」
 そうだね、と話し合うレクとトト。と、クリシュナ・パラハ(ea1850)が何処からともなく包みを取り出した。広げて見ると、中からは40冊の小冊子が。
「旅のしおり、作って来ました。ひとり1冊づつ取って下さいね」
 主要な施設が描かれただけのものだが、直感的に分かるのは有り難い。シフール達は単純に喜んでいる様だ。
 ところでこの旅のしおりで助かっている人があと2人。
「実は私、ドレスタットは初めてで、不案内なんです」
 えー、そうなの? だめだなぁウィルは〜、とシフール達は言いたい放題。わたくしも、です。と白状して、突付かれるシャクティ・シッダールタ(ea5989)。
「案内する側なんですけど、正直ちょっとわくわくしてます」
「しふ〜。そうだね、みんなで一緒に観光しよう〜」
 と、あくまで軽いノリのシフターだ。
「それじゃあまあ、取り敢えず順繰りに回って行くか?」
 劉蒼龍(ea6647)の提案に賛成多数で、いよいよ出発。
「あら、皆さん飛んで行くのですか?」
「えー? だって歩いてたら踏んづけられちゃいそうだよ?」
 ふらりと何処かに行ったり、風に飛ばされたりしないかしら、と今から心配なクリシュナである。
「別行動が取りたくなったら申し出て欲しい。案内役を割いて、小班での旅行を支援する」
「お店とかでお話する時、通じなくて困っちゃったらいつでも言ってねー♪」
 ルディも心なしか張り切り気味で。彼らは手始めに、リュシアン工房を目指した。

●リュシアン工房から港へ
 鮮やかな色彩と緻密な織で模様や情景を織り込んだタピスリー。それが、ここには溢れている。
「綺麗だよね」
 シフール達と一緒になって、うっとりと見入るセルフィー。織り機が奏でるリズミカルな音に乗って、シフール達が体を揺らす。その音楽と共に生み出されて行く模様や情景の美しさ。シフール達はその様を、かぶりつきで飽きる事なく眺めていた。
「こちらで糸を染めるそうじゃ」
 ヴェガの手招きに飛んで行った者達は、その強烈な臭いに目を回す羽目になる。しかし糸が引き出されると、その色の鮮やかさに彼らは皆息を飲んだ。
「サイズが小さいものは造りにくいから高い。それを組み合わせた大作は時間が掛かるから高い。あなた達には向いていると思うが、刺繍などはしないのか?」
「ちょっとしたものなら自分で。でも、こんな凄いのは考えた事も無いよ」
 答えたのはぽっちゃりシフール少女のマリーさん。
「やってみるといい。腕を上げたなら良い材料を買って作り、近くの街まで売りに行くと良い。きっとアレクス卿も喜ばれるだろう。ジャパンと欧州の融合ヌーベル・ジャパネスク。精緻なシフール刺繍と良い染色。これらが交じり合い新しい織物となるか‥‥」
 チンプンカンプンでポカーンとしていたシフール達に、済まない少し飛び過ぎた、と謝る巴。
「でも、こういうの見ちゃうと自信無くすな」
 呟いたマリーに、どうして? とリュシアンは言った。
「森には色が溢れてる。君達のその小さな手には、俺の手では不可能なものが生み出せる筈なのに」
 マリーはとても驚いて、そして、嬉しそうな顔をした。

 冒険者街やギルドがある一角をのんびりと歩いて行くと、下町の風景が見えて来る。港で働く男達が暮らしているのもこの辺り。となれば、当然みんな荒っぽい。
「何ぞろぞろチンタラ歩いてやがる、タールに混ぜて甲板に塗り込んちまうぞ!」
 今にも噛み付きそうな勢いで駆け抜けていく人相の悪い連中に、シフール達はビクビクだ。
「怖がらずとも良い、あれで『悪いけどちょっと道をあけて下さい』程度の意味なのじゃ。ここいらに暮らしておる者達は大概貧乏じゃが、助け合って慎ましく暮らしておる」
 ヴェガが井戸端会議中のおかみさんに声をかけ、家の中を覗かせてもらう。
「街の人は、もっと豪勢なおうちに住んでるんだと思ってたよ」
「全てを金で賄わねばならない街での生活より、森から恵みを受ける生活の方が豊かな面もある。それを忘れぬ事じゃな」
 なるほどー、と感心するシフール達に、蒼龍が指差して見せる。
「ここには盗人やろくでなしも多いんだ。ほら、見てみな」
 薄暗い路地裏に、船乗り崩れだろうか、男達が昼間から酒を呷りながら、サイコロ賭博にうつつを抜かしていた。どうやら一方が大勝したらしいが、どっと笑ったところで殴りかかられ、今まさに揉み合っている真っ最中。最低の喧嘩だ。
「どんなに落ちぶれても、ああなっちゃ駄目だぞ」
 蒼龍が何か教訓じみた事のひとつも言おうと頭を捻っていたところ、妙にシフール達が騒がしい。ふと気付いて振り向くと、先程の男達が背後で指を鳴らしていた。
「なーんかさっきからゴチャゴチャ言ってんな、コラ!!」
 素人パンチをひらりとかわし、チンピラの鼻っ面に蹴りをくれる。余裕の勝利だが、勝ち誇っている暇は無い。
「みんな全力猛ダッシュ! こういう輩には妙に仲間がいるから気をつけろ!」」
 予感的中。チンピラの片割れは、この直後、仲間を連れて戻って来ている。

 一行が辿り着いたのは、自警団の詰め所前。
「ここは里を守ってるポロさん達の様に、街を守ってる人が沢山いる場所なんすよ」
 その選定に冒険者が関わったんすよ、という伝助の説明に、へぇ、とポロが感心している。
「お前ら、もしかして凄いの? もっと敬った方がいいのか?」
 そう真顔で聞かれ、いや、別にいいんじゃないすかね、と答えてしまうあたりが伝助の伝助たる所以。次は海の見える所っすよ、と説明され、大いにはしゃぐシフール達。
 もう一度詰め所に向かい、頑張れ〜、と声をかけて行くポロである。

 伝助は船着場には行かず、少し遠回りをして港を一望できる丘に皆を案内した。雑多な人と荷物の往来がある船着場は少々危ないとの判断だが、その眺めは海がどういうものか感じさせるには、より良い選択だった様だ。
「なんだこれ、なんでこんなたくさん水があるんだよ‥‥」
 幾重にも突き出た半島、点在する島。海は、その更にずっと向こうまで続いている。帆を張る船の行き来を眺め、その甲板に人がいるのを見出して、改めてその大きさを知り、言葉を失う。
「世の中ってさ、広くて凄くて、ちょっと心細いよね」
 レクは、そんな風に今の気持ちを表現した。
「ここでおべんと食べよー」
 ルディを先頭にずらりと並び、パンのお弁当を頬張りながら、ゆっくりと変化する海を眺める。たっぷりと海を眺め、ちょっと海風で飛ばされそうにもなりながら、この日の観光は終了。
「今日は色々な事があって、疲れたじゃろう。ゆっくりと休むが良い」
 ヴェガが言うまでもなく、彼らは床につくと、あっという間に眠ってしまった。興奮し過ぎて、疲れたのだろう。冒険者達も彼らのパワーに負けない為、ぐっすりと眠るのだった。

●エチゴヤ
 翌日。一行が向かったのは偉大なるなんでも屋、エチゴヤだった。まずはその店構えに驚いた彼らだったが、中に入ってまたびっくり。
「凄いよ、本当に何でもあるよ〜」
 シフリンはあっちに行っては品物を眺め、こっちに来ては値段に挫けるといった有様で、多分に買い物にハマる傾向がありそうだった。
「ひとつ、以前書物で読んだ話をしよう。パリに来たジャパンの偉人が宿で茶を沸かすのに燃料を買い、高いと思いながらも過ごしていた。ある日、宿の外で買ってみると値段は半額ほど。何事も知らなれば損をするという話だ」
「何で値段が違うの? 宿屋は悪い人?」
 巴は首を振って見せた。
「宿の人に言えば、いつでも買えるという価値。確実に使える確かな品という信用度。それも値段の内という事。遠くの物、珍しい物は高くなり、それを得たり運ぶのに危険があるなら更に高くなる。エストルミエールとドレスタットでも、値段は違う。だが、ドレスタットなら安いからといっても、ここまでくる道のりを考えればエストで買うほうが安い、という事もある。値段とは、色々な付随価値で変わるもの、という事だ」
 なるほどねぇ、とシフール達。近頃では彼らの中にも小さな商いをする者が増えたから、このあたりの理屈は感覚的には理解出来ているかも知れない。
 散々に店を冷やかしながらも2Gでは大した物も買えないからと出てきた一行。そこで、店の前をお菓子売りが通り過ぎた。篭の中にお菓子を入れ、美味しいよ美味しいよ、甘いよ甘いよ、と子供や女性の気を惹く訳だ。思い切り心惹かれた子供シフールが、すいっと集団を離れ、売り子について行ってしまったからさあ大変。
「あっ、待って!」
 クリシュナがセブンリーグブーツで追い縋ろうとするものの、何せ微調整の難しい代物。とんでもない方向へすっ飛んで行ってしまった。
「しまった、完全に見失ってしまった‥‥」
 ウィルが辺りを見回すものの、もう何処にも姿は無い。こういう時に、土地に不案内だとどうにもならない。

 その迷子を、皆から遅れて経路を辿っていたフンドーシが発見する事になる。売り子を見失い、一行の場所も分からなくなって、辺りをウロウロするばかり。
「これ、待つのだ。このサムソンが皆のところへ‥‥」
 駆けて来た彼を見たその子は、ひっ、と引きつけを起こして地面に落っこち、ヨロヨロしながら這いずって逃げ出した。待ちなさいというのに、と僅かに触れた瞬間、今度は火がついた様に泣き出した。
「う、うわ〜、うわ〜ん、こわいよ〜! ひぎっ、ぐ、あ、えっ、うわ〜!!」
 おろおろするフンドーシと、尋常でない泣き方をするシフールの子供。周囲に何事かと人が集まり始める。怖くない、怖くないぞと言えば言うほど猛烈に泣き出す有様で、フンドーシはもう途方に暮れるばかり。飛んで来たルディが宥めてようやく、その子は落ち着きを取り戻した。
「‥‥苛めたの? おしおき好きー?」
 じと目で睨まれ、濡れ衣であるよ、と首を振る彼だが、騒ぎを聞きつけて自警団はやって来るわ、街の人達からは犯罪者の様に見られるわ、もう散々である。

●酒場と教会
 迷子騒動で終わってしまった2日目。3日目は、心を安らげる意味も込めて、教会へ足を運んだ。普段はいつでも賑やかしいシフール達も、その厳かな雰囲気を感じてか今日は静かにしている。
 ウィルが教会の中を案内し、祈りや懺悔についても語る。
「自分で間違ったと思って、懺悔しに来るの? こっそり隠してしまったら?」
「隠せば、確かに他人は分からないでしょう。でも、自分と神様を謀る事は出来ません。人である以上、過ちを犯してしまう事は避けられない。それを悔い改めようとする心が大事なんです」
 んー、ちょっとだけ分かったかも、とシフール達。しかし、おとなしくしているのもこの辺りが限界。子供達がうろうろバタバタし始めた。
「あれは?」
「聖歌隊じゃ。神様に捧げる歌を歌う人たちじゃな。練習を始めるのじゃろう」
 ふーん、と興味も無さそうだったのだが、結局彼らは、練習が終わるまで賛美歌を聞き続けていた。分からぬまま口ずさみ、言葉の意味を聞いて来る。
 彼らが教会を出た時、外で待っていたシャクティと、シフールのシフリンが話をしていた。
「何を話していたんですか?」
 聞いたウィルに、シフリンはうーん、と首を傾げ、
「愚痴大会かな」
 と、そう答えた。
「物を知らぬ事も、考え方が異なる事も悪い事ではない。ただ、自分以外の者と合わせる事を大事にせぬと、失う物が多いのじゃ」
 ヴェガの話に、なるほどねー、と頷いて見せるシフリン。何処まで分かっているのかは、分からない。

 冒険者酒場での夕食は、とても賑やかなものになった。
「うう、何だか分からない呪文料理がたくさんあるよ」
「さあ、勇気を出して注文してみるっす!」
 伝助に言われ、しどろもどろになりながらご注文。ああでもないこうでもないと言っている内に、何故かコリプニ唐揚げが30皿も来てみたり、フィッシュフライが5つしか来なくて取り合いになってみたり。
「幾らだか分からなくなっちゃった‥‥」
 お財布係りレクが青ざめる。必死に皿を数える先から、次の皿が重なって行くという有様。
「セルフィーさんにフライとられたー!」
「お、おいしそうだったからつい‥‥」
 食い意地が張っているのがバレちゃった人もいれば、
「クリシュナさん、大丈夫かな?」
「これだけのお酒、いったい何処に入るのかなぁ」
 酒瓶の中で撃沈している、歯止めの効かない人もいて。
「どう? 美味しい?」
「うん、ちょっとしょっぱいかもだけど、色んな味がして美味しいよ!」
 へー、しょっぱいんだ。と森暮らしとの味覚の違いを実感するルディ。しかし、彼が思った通り、街の珍しい食べ物を前にして皆、とても喜んでいる。シフターなどは全料理制覇を目指してお皿を狙い、敢え無くポロに返り討ちに遭っている。
「それ、沈む夕日を受けて水面が染まっておる」
 ヴェガに言われて、皆が振り返る。その美しい光景に、この食いしん坊どもが暫し食べるのを忘れてしまう程だった。
「何だか、まるで夢の様だよ」
 ポロがしみじみと言った後、仲間にからかわれて怒り始めた。彼らの食事代は、きっかり2G。結局、お土産は買って帰れない事となってしまった。
「えー、食事代くらい出すのにー」
 ルディは少々不満だったが、蒼龍が彼を諭す。
「これからもっと色んな事を体験してかなきゃならないんだ。それに、みんなの顔見てみろよ。こんな満足そうなのに、それを貰い物にするつもりか?」
 確かに、シフール達の幸せそうな顔といったら。お土産は、素敵な旅と食事の記憶。それは、確かに滅多には得られない、最高のお土産なのかも知れない。思わず見ている方も釣られて笑顔になってしまう様な笑みを浮かべて、彼らは森へ帰って行った。
 多分、恐らく、彼らが外の世界に出る事を、恐れる事はもう無いだろう。