●リプレイ本文
●デフロット
仲間三人は先に問題の夫婦がいる村へ向かった。二人を見送った麻津名ゆかり(eb3770)は、さっそく冒険者ギルドで聞き込みをはじめる。知りたいことは主に盗賊団オディロン一家とアネットのいる村の村長についてだ。以前受けた依頼の経験から、ゆかりはいろいろなことに気を配るようになっていた。
受付け係の者や雑談している冒険者達に尋ねてまわった結果知りえたことを、ゆかりは要点をまとめて書きとめていく。
まずオディロン一家だが、ずっとドレスタットで活動していたわけではなくパリと往復しながら悪さをしていたらしかった。それが先代頭目までの話。今の代になってからドレスタットに腰を据えるようになったそうだ。だいたい10年くらい前の話である。
それでも街中に居を構えるようなことはなかったが、現在は村に一番近い町の、自警団も関わりたくないような裏通りに住みついている。もともとごろつきが溜まっている区画だったが、オディロン一家は彼らを吸収したり追い出したりしてさらに人数を増やしたということだった。総勢何人なのかははっきりしていない。さらに町の外にもうひとつ拠点があるらしい。
今のところオディロン一家は町の人達にいっさい手出しをしていないが、人々が内心そうとうに怯えているのはたしかだ。
オディロンが何を狙っているかも不明である。もしかしたら町を乗っ取ろうとしているのかもしれない、という噂も流れている。
彼らの活動場所は主に町の外を走る街道である。商人や身なりのよい旅人がターゲットだ。襲われた者達は金品を奪われた上ほとんどが殺害されているが、見た目のよい女や少年などは人買いに売られているという。
そしてオディロンの外見だが、身長は190を超える大男で大剣を片手で悠々と振り回す膂力の持ち主とのことだった。性格は残忍でしつこいという最悪の男であるらしい。とにかく彼に目を付けられて無事ですんだ者はいない。
さらに他の盗賊団との関係だが、わざわざ仕掛けるような面倒はしないが、かち合ってしまった場合、オディロンが引くことはまずありえない。オディロン自身が強いのは言うにおよばず、配下の者達の実力もそうとうであるからだ。もっとも、他の盗賊団達が手を組んでオディロン一家を襲ったらどうなるかはわからないが。今のところ、そのような動きはない。
この依頼の最中に他の盗賊団が変な気を起こさなければ、盗賊団同士の抗争に巻き込まれることはないだろう。
最後に村長だが。簡潔に言えば、心配するようなことは何もない。聞き込みで得た村長の人となりは、性格は温厚で責任感が強く、これまで村で事件らしい事件が起こったことはないとのことだった。村人も村長をよく慕っているらしい。
「命(みこと)、シルビアさんへよろしくお願いしますね」
書き終えたゆかりはペットであり大切な仲間でもある鷹の命の首に固く巻いた羊皮紙をくくりつけ、一足先に村へ向かったシルビア・アークライト(eb3559)へ飛ばした。
手紙の最後には、折り返しアネットからの情報も送ってくれるよう書いておいた。
先に村に到着したシルビアとソウガ・ザナックス(ea3585)、凍瞳院けると(eb0838)は村長とアネットに迎えられ現在の状況などを聞いていた。
アネットは笑顔で応対しつつも、その表情にはやはりどこか翳りがあった。
『デフロットの特徴や嗜好などを教えてくれないか?』
木板に貼り付けた羊皮紙にそのことを書き尋ねるソウガ。
口の不自由な人なのかしら、と首を傾げるアネットにシルビアが人当たりの良い笑顔で答える。
「照れ屋なんです」
何か言いたそうな目でソウガに見られたシルビアだったが、明るく「ねっ」と押し切った。
まるで無邪気なその笑顔に逆らえるはずもなくソウガは何もなかったことにしてアネットに質問の答えを視線で促す。
そんな二人の食い違いに何となく気づきつつも、アネットは「照れ屋なのね」と納得することにして話をはじめることにした。
「夫は‥‥デフロットは見た目はちょっと怖いかもしれません。歳は35です。背は170とちょっとでこげ茶色の髪をしています。あの‥‥」
と、そこでアネットは言いにくそうに三人を見渡した。
「もしデフロットにうまく会えたとしても、怒鳴られるかもしれません。その、すごく短気なので。何か無礼なことを言ってしまうかも‥‥」
「大丈夫ですよ、そういうの慣れてますから」
シルビアが言えば、ソウガとけるとも頷く。
アネットはホッとしたように表情をやわらげた。
「あの人、五年くらい前にフラッとやって来てこの村に住み着いたんです。性格はがさつだけど手先が器用だから、みんないろんなものを直してもらったりで。あたしもしょっちゅう頼みに来てて‥‥恥ずかしい話ですが、あたしはすぐ物を壊しちゃうんですよ。それで通ってるうちに‥‥って、あたしとの馴れ初めなんてどうでもいいですねっ」
脱線していく話に自ら気づいたアネットは、照れくさそうに笑って軌道修正した。
「えぇと、あとは‥‥あ、これは関係ないかな。お酒は飲めません。すぐ頭が痛くなるそうです」
『潜入した時に役に立つ』
羊皮紙にそう書くソウガ。
「ばしっとやるであります!」
「え!? あなたも行くの?」
ソウガに続いてドンと胸をたたいたけるとに、アネットは目を丸くする。見るからに強そうなソウガならオディロンも気に入るかもしれないが、白兎のように可愛らしいけるとは逆に痛い目にあわされてしまうのでは、と心配になってしまう。
しかし、けるとは自信たっぷりに頷いてみせた。
「心配することは何もないであります。アネット殿は安心して待っていてください」
その自信はどこからくるのか。みんなの謎である。
それからシルビアは村長に視線を移し、かねてより気になっていたことを聞いた。
「今回の依頼料を引き受けたということですが、失礼ですが何故そこまで? いってみれば夫婦喧嘩で家出という個人的な問題だと思うのですが」
「あぁ‥‥それはわしがデフロットの保証人みたいなものだからじゃよ。あれがここに居つくことを決めた時、世話したのがわし。だから夫婦喧嘩の末の家出といってもわしにも責任があるのじゃよ。ましてや盗賊の仲間入りなど‥‥」
村長は深く息をつき、うつむいた。
「ここに来る前、デフロットさんは何をしていたのですか?」
「パリに住んでいたそうじゃ。大工の次男坊だったらしいが、勘当されたそうじゃ。その後何をしていたかは、話したくなさそうだったからそれ以上は聞いておらんのじゃ」
「そうですか」
話が終わると三人は村長宅へ行き、案内された部屋へ荷物を置いた。村の規模はそれほど大きくないが、村長宅はいつ来客があってもいいようにそれなりの造りになっている。ここが冒険者達の拠点となる。
村の入り口のあたりで三人は最終的な打ち合わせの確認をすませた。
と、そこにゆかりの鷹である命が上空を旋回しているのに気づいた。
畑を囲む柵に舞い降りる命。
シルビアはその首からゆかりの便りを取り、仲間二人と顔を寄せて中身を読んだ。
「では私はさっき聞いた話をゆかりさんに送りますね」
「はい。では行ってくるであります!」
けるとは敬礼するように手を挙げ、ソウガと村から出て行った。
夜、冒険者ギルドでゆかりはシルビアからの返信に目を通していた。
その後、神秘のタロットで仲間の無事を占ってみる。
カードをめくっていき、ゆかりは小さく首を傾げた。
「何かしら‥‥地獄‥‥絵図?」
●迷子か潜入か
気がつけば、けるとがいなくなっていた。
ほぼ一本道といってもいい街道でどうやってはぐれたものか、ソウガは頭を悩ませつつも少女の身を案じていた。
そろそろ本格的に日が暮れる。行き交う人の顔もおぼろだ。オディロン一家に会うにはちょうどよい時分だろう。
その予想は見事に的中した。ゆかりからの知らせにあった通りの大男を真ん中に、広い街道を我が物顔で歩いてくる一団があった。
すれ違う人達は皆顔を伏せ、やや背を丸めて足早に過ぎ去っていく。
ソウガは彼らの前に立ちふさがるように出ると、武器を置いて膝を着いた。
「なんだてめぇは? 邪魔だ、どけ」
オディロンの脇にいた盗賊の一人が冷たくあしらう。
ソウガは文字の書かれた木板を素早く掲げた。そこには『オディロン一家か?』と書かれている。
最初の盗賊が胡散臭そうにソウガを見下ろす。字は読めていないようだが、なにか書いてあることくらいは分かったのだろう。
「てめぇナメてんのか? 言いたいことがあるならハッキリ口で言えや」
ソウガは彼を無視して新たな用件を書いた羊皮紙を貼った木板を上げる。
『腕のある者を集めていると聞いた。自分を雇ってみないか? 十人分の働きはするが』
「でかいと思っていい気になってんなよ。そんなわけわからんヤツをいきなり迎えられるかってんだ」
一人が声に出して読んだソウガの申し出を、挑戦と受け取った盗賊がいきり立つ。しかしオディロンが彼を制した。
凄味のある目でソウガを見下ろしていた彼は、一言だけきいた。
「名は?」
「ソウガ」
これだけは自らの声で答える。
オディロンは彼についてくるように顎で一味の後方を示した。その時、一瞬だけ仲間に視線をとどめる。町で子分達の大半を叩きのめし、その腕を買ったゲイルン・ザフ・グェルナー(eb3577)と鏡慶治(eb3547)である。
「ほら新入り。こいつを引きな」
さきほどの盗賊が今まで荷台を引いていた仲間と持ち場の交代を指示してきた。
荷台には二つの麻袋が乗っていた。まるで人でも入っているような大きさだ。
一行はアネットのいる村を通り過ぎ、しばらく歩いた。もう一つの拠点へ向かっているのだろう。
やがて脇道へ入ると、その道はほとんど使われていない道だとわかった。かつては草一本生えていなかったと思われるそこは、今ではかなりの雑草のかたまりがある。その道をどんどん奥へ行くとやがて村の跡が見えてきた。小さな村だ。薄暗くても、その村はすでに滅んでいることがわかった。ただ、一番大きな一軒だけは明かりが点いている。オディロンの拠点である。
ソウガは荷台の麻袋を中に運ぶように言われた。担いでみると、やはり人の感触だった。
運ばれた麻袋の口が開けられ、中の人物の顔を見た瞬間、ソウガはこけそうになる。
息苦しそうに顔を赤くしている二人、けるととゆかりだった。
留守番をしていた子分達が二人を見て下卑た笑みを浮かべる。ここに連れてこられた女は数日中に売られる。その間はここに留め置かれるわけだが、当然ただですむわけはない。
「しかしよぅ親分。こっちの女はともかく、こいつはどうなんです? ヘンな被り物して。なんだコレ、アヒルか?」
「ヘンとは失礼な! これはカモメであります!」
ちょうど翼の部分を引っ張ろうとした盗賊の手から逃れるように、けるとは身をよじった。体はまだ拘束されているので自由に動けないのだ。
ゆかりはいやらしく舐めるような盗賊達の視線は無視して、固く口を引き締めてゲイルンと慶治を見つめていた。
「どうでもいいけどさっさと縄を解けっ。それと水が飲みたいっ」
「うるせぇガキだな、ぶっ殺されたくなきゃ黙ってろ」
騒ぐけるとを怒鳴る盗賊。しかしけるとは相手を睨み上げ、妙に据わった声を出す。
「子供と侮ると痛い目にあうぞ‥‥」
小さく唱えるのは神聖魔法の呪文だった。
それが発動される直前、ソウガの会話用の木板がその盗賊の側頭部を直撃した。
そこにはこう書かれている。
『おっと失礼』
「このやろ、わざとだろ!」
「まあまあ、商品に傷をつけてもいいのか?」
「くそっ」
いまいましそうに舌打ちし、盗賊は去っていった。
その様子を見てゲイルンが小さく笑っていた。
オディロン一家が酒盛りをしている中、ソウガはけるととゆかりが押し込められた別小屋へ食べ物を持って出かけた。
窓のない小屋で出入り口には見張りがひとり立っている。
「おつかれさん」
と、酒瓶を押し付けるソウガ。見張りは嬉しそうにニヤリと笑った。
中の二人はいましめを解かれていた。彼女達以外にも、囚われの身となった少女が二人いた。姉妹のようだ。すっかり怯えていて、表情は絶望一色という痛ましさだった。ゆかりやけるとがどんなに「必ず助けます」と言っても、涙ぐんで小さく首を振るだけなのだ。
まず水を一口飲んでからゆかりがソウガに尋ねた。
「デフロットさんはいましたか?」
ソウガは頷きを返す。
「それとあの二人‥‥」
と言いかけた時、小屋の扉が突然開かれた。
「おじゃましまーす」
と、入ってきたのは慶治である。
とたんにゆかりの表情が険しくなった。
「あなた、どういう‥‥!」
「ま、ま、ま。落ち着いて」
慶治は両手をあげてゆかりを抑える。
話を聞いてみれば、冒険者ギルドでゆかりにオディロン一家の情報をくれたのは、この慶治とゲイルンだったのだ。二人は一足先にオディロンに接触し、仲間として一味に加わっていた。その時オディロンにゆかり達のことを教えていたのである。おかげでオディロン達の後をつけようとしたゆかりは逆に待ち伏せにあい、捕らえられたのだった。大勢に囲まれたのでは、さすがにどうにもならなかった。
まさかという思いのソウガに、慶治はどこか楽しそうに頷いてみせる。
「ユーがあっさり認められたのは、もともとオディロンがユーのことを知っていたからさ。他の手下どもは知らねぇけどな。あっはっは、驚いた?」
仕掛けた罠に見事に掛かったことがおもしろくてたまらない。そんな笑顔だった。
気色ばむソウガ達などまったく気にかけずに慶治は続ける。だが同じ笑みでも今度は狡猾さがあった。
「勘違いすんなよ。別にユー達の邪魔をしようってわけじゃない。その証拠に今頃ゲイルンがそっちの仲間のとこにここのことを知らせに行ってるぜ。こっちもこっちで目的があるってわけだ。それじゃ、しばらく茶番を楽しもうぜ!」
言いたいことを言って慶治は小屋を出て行った。
「信用できるですか、彼」
食事を終えたけるとは胡乱な目つきで扉を見やった。
●裏切りと地獄絵図
小屋の見張りを途中でソウガが引き受け、おかげで中の二人には何事もなく翌日の昼になった。
オディロン達は朝になっても町に帰る様子はなく、平和に時は過ぎていく。何かを待っているのかもしれない。
思わず出そうなあくびをかみ殺しているソウガの目の先を、町からやって来たと思われるオディロンの手下が二人小走りに現れた。二人が小屋に入りしばらくすると、片方が出てきてソウガに告げた。
「買い手が決まった。今日の夕方に町で取り引きだ。傷つけるんじゃねぇぜ」
ソウガは黙って頷く。
と、その彼の視界にアネットの村にいるはずのシルビアの姿が映った。彼女の表情は硬く、何かの決意のようなものがうかがえる。昨夜こっそり訪れたというゲイルンに余計なことでも吹き込まれたのか、とソウガは心配になった。
しかしバレているとはいえ、いちおうオディロンの仲間となっている以上ここで騒ぎを起こして不要な戦闘をするわけにもいかない。まだ肝心のデフロットに何の接触もできていないのだ。昨晩の酒盛りの時に一人だけ一滴も酒を飲まない男がいた。彼がデフロットだろう。アネットが言ったとおり、一見すると鋭い目つきのせいで妙に盗賊達に馴染んでいるように見える。しかしその目の表情は決して堕ちた人間のものではなかった。
動けないソウガが見つめる前で、シルビアは小屋の扉を開けた。
いきなり現れた銀髪の美少女に、小屋の中はしんと静まり返った。
シルビアはひときわ大きな体格の男に視線を合わせ、来意を告げる。
「オディロンさんにお話があって参りました」
「なんだなんだ? おまえさんを買ってくれってか? ‥‥ま、子供のわりに体は大人のようだな。その体じゃあもう経験済みなのか? ん?」
さっそく手下に品のない侮辱を受けるも、シルビアは相手にせずオディロンだけを見つめた。
「話せばデフロットを解放するとでも思ったか?」
デフロットのためにシルビア達が動いていることが筒抜けであることは彼女自身も承知しているので、オディロンのその言葉に驚くことはない。彼女は微動だにせず続きを待った。
「ヤツとは取り引きが成立しているんだ。おまえの出る幕ではない。今なら見逃してやるからとっとと失せろ」
「そういうわけにはまいりません。どんな取り引きだったのですか。代わりになるものはないのですか」
食い下がろうとするシルビアから視線を外し、手下の一人に合図をする。
「ほらほら、恥ずかしい目にあいたくなきゃ帰った帰った! デフロットはな、好きでここにいるんだよ。やっぱり昔の暮らしがいいってわけさ」
手下は乱暴にシルビアの肩を押し、小屋の外に追い出した。
その時、けるととゆかりが閉じ込められている小屋に突如火柱が上がった。
「火事だぁ!」
と、叫びだす手下の声に、オディロンはじめ小屋から一家が飛び出す。彼らはしばし呆然として燃え上がる小屋を見つめていた。
真っ先に我に返ったオディロンが手下達に怒鳴る。
「お、女は無事か!? 早く確認しろっ、火を消すんだっ」
その声に弾かれるように数人の手下が小屋の裏側にある水甕へ駆け出していった。彼らが小屋の角を曲がった直後、衝撃音と共に手下達の情けない悲鳴があがる。
ごろごろと地面を転がった手下達は顔をしかめながらよろめき立ち、自分達をふっ飛ばした何者かへ罵声を浴びせている。
「なんだどうした! さっさとしねぇか!」
舌打ちしながら彼らのほうへ歩き出すオディロンだったが、不意にその足が止まる。
角からゲイルンがにこやかに手を振っていた。その手にあるのは、先日東方の商人から巻き上げた銅鏡ではないか。
オディロンは瞬時に事態を察した。
「てめぇ、裏切りやがったか!」
もはや燃える小屋は頭になく、剣を抜いた彼の目にはゲイルンしか見えていなかった。
「グルだったんだな!?」
「いやいや、もとから別行動だ。俺らは正義の味方じゃないんでな」
いきり立つオディロンを小馬鹿にしたように口の端で笑うゲイルンの後ろでは、慶治がかんざしをひらひらさせていた。それも銅鏡の商人から奪ったものだった。
遅ればせながら二人の裏切りに気づいた他の手下達も、殺気立った表情で剣を抜いていた。
踊りかかる数人の手下達をゲイルンのオーラアルファーが逆に薙ぎ払う。すぐ側にいた慶治まで被害を受けていたようだが、お互いあまり気にしていなかった。大雑把な二人である。
その慶治に別の盗賊達が剣を振り上げる。
瞬時に慶治の目元が引き締まり、最初の攻撃を転がってかわすと素早く立ち上がって日本刀を鞘から抜いた。
そして一呼吸後にはこちらから仕掛け、バーストアタックで相手の剣を壊しにかかる。
その頃にはゲイルンのオーラアルファーを逃れた盗賊達もさらなるオーラショットで地べたに這いつくばる結果となっていた。
「調子に乗ってんじゃねぇ!」
さすがにオディロンにはあまり通じなかったが。
放たれたオーラショットを大剣で弾き、鬼のような形相でゲイルンに迫る。
「さっすが親分‥‥か?」
「これくらいじゃねぇとおもしろくねぇっての」
慶治の軽口に答えるゲイルン。余裕があるのかないのか、その表情からはわからない。
「よし、やるか」
小さく呟いたゲイルンは、すぐ背後まで身を寄せていた慶治の腕を掴んで引き寄せると、迫り来るオディロンへ力いっぱい押し出した。
不意をつかれた慶治は、つんのめるようにバランスを崩し隙を見せてしまう。
「こらっ」
思わず抗議の叫びをあげる慶治。そこに岩をも砕くオディロンの一撃が振り下ろされる。
慶治は紙一重でそれをよける。
その攻撃の後の一瞬の隙間をついてゲイルンのオーラショットがオディロンの脇腹を突いた。
骨が折れるような音と共に低いうめき声をもらしてオディロンが膝を着く。
服の袖で額の汗をぬぐい、ゲイルンはわざとらしいさわやかな笑顔を慶治にみせる。
「危なかったな」
「危ないのはユーだろが!」
おおらかな人間でも怒る時は怒る。この場合怒って当然か。
が、オディロンはまだ沈んではいなかった。
暗く怒りに燃える双眸を二人に向けると、咆哮をあげて立ち上がった。
いくらなんでもこの至近距離ではさけきれない。防いだとしても彼の膂力にかかっては武器を破壊し斬りつけてくるだろう。
死なないだろうが重傷は覚悟か、と二人が息を飲んだ瞬間、オディロンが黒い光に包まれた。そして振りかざしていた大剣を落とし、どぅ、と倒れた。
何が起きたのかと二人が視線を巡らせると、燃えた小屋にいたはずのけるとがほとんど混乱状態でビカムワースを放ちまくっているのが見えた。彼女の周りは敵味方区別なく死屍累々‥‥。はじめは盗賊だけを狙っていたのだろうが、そのうちパニックになってしまったと思われる。
ゲイルンでさえ気を遣って攻撃しなかったデフロットもけるとの犠牲となっていた。
「ま、死ぬことはなさそうだけど」
どこか遠い目で呟くゲイルン。
そうこうしているうちに、けるとはいきなり血を吐いて倒れた。不治の病に冒されているらしい体で魔法を連発したせいだ。彼女だけが派手に血だらけで大惨事の様相であった。
「なんつーか、地獄絵図?」
慶治が言うと、二人は乾いた笑い声をたてたのだった。
●理由
気がつけばゲイルンと慶治は姿を消していた。これ以上面倒事に関わる前にとんずらしたのだろう。あの二人のことだ、ただで消えたとは思えない。後で盗賊達に聞けば何がしかなくなっているはずである。もっともそのことに同情の余地もないが。
まだふらつく体でソウガはいまだ気を失っているオディロンや手下達を、小屋にあったロープで数珠繋ぎに縛り上げていった。人数が少ない気がするのは、逃げ出した者達がいたためだろう。
デフロットも意識を取り戻していた。逃げる気はないようで、気が抜けたように周囲の惨事を眺めている。
けるとを介抱しながらシルビアは、少女と共に閉じ込められていたゆかりに何があってこんな有様になったのか尋ねた。
ゆかりは軽く眉間にしわを寄せ、おぼろな記憶をたぐる。
「えぇと、ソウガさんからシルビアさんが来たことを教えてもらったので、いつでも脱出できるように環(たまき)を呼んでライトニングソードでロープを切ったんです。それからウォールホールで壁に穴を開けておいて、マグナブローで燃やしました。それから‥‥」
小屋に立った火柱はそれだったのか、と得心するシルビア。
けるとと小屋を出たところでゲイルンと慶治がオディロンを裏切り、ゆかり達の様子を見に来た盗賊達に対しても、もうおとなしくしている必要はないので一気に戦闘になだれ込んだというわけだった。
予想外だったのは、盗賊達に囲まれて慌てたけるとが無差別にビカムワースを放ったことである。結果として自分達を囲んだ盗賊達だけでなく、オディロンにまでトドメを刺したのだから、良かったと言えば良かったのだが、複雑な気分であるのは否めない。とりあえず一緒にいた姉妹は無事だったので何よりである。
一段落ついたところでソウガはデフロットの前に木板を差し出した。そこには、自分達はアネットに夫を連れ戻してくれと頼まれた冒険者だ、ということが貼り付けた羊皮紙に書かれてあった。
「アネットさん、カンカンでしたよ」
と、ゆかりが付け加えた。
デフロットは苛立ったように頭をかき、小さく舌打ちした。
「余計なことをと言いたいとこだが、オディロンが捕まった以上はもういいか」
「あまり心配をかけるな」
ソウガの木板を横目に見たデフロットは、すぐに冒険者達から目をそらしてため息をついた。
「心配だったのはこっちだ。俺のせいであのお人好し連中が皆殺しにされるかもしれなかったからな」
「どういう‥‥ことですか?」
ゆかりが聞き返す。その頃、けるとはようやく意識を取り戻していた。ぼんやりとした目であたりの様子を見回している。
「あの村に着く前、俺はただのごろつきだったんだ。自分で言うのも何だが、人より手先が器用だったんで盗賊まがいのこともやっていた。そこをオディロンに目を付けられて、仲間になれとずっと誘われてたんだ」
しかし、他人とつるむことを嫌い、ましてや自分に命令する存在など認めたくなかったデフロットは、その誘いを断り続けた。
すでに冒険者達も知っての通り、オディロンはしつこい。そのうちデフロットの活動を邪魔するようになったのだ。
それにうんざりしたデフロットは町を出て旅人を装い、しばらくあちこちの村を放浪した。いい加減それも飽きた頃に立ち寄ったのが、今の村だったのだ。村長をはじめ、村人は皆、馬鹿が付くくらいお人好しだった。デフロットが村の金品を盗んで消えることなどいともたやすくできただろう。けれど、どうしてもそうする気になれず、ずるずると居座り続け、村人はそれを歓迎した。
そしていつしかアネットと一緒に暮らすようになっていたのだ。
「けどやっぱり、あいつらといつまでもってわけにはいかないようで、オディロンに嗅ぎつけられた。ヤツは、俺が仲間になれば村は襲わないと言ったんだ」
「脅されていたのですね」
「アネットとは喧嘩ばっかりだったから、今頃俺がいなくなってせいせいしてるかと思えば、あんたらに連れ戻せと依頼したとはなぁ」
「あなたが憎くてあたし達に依頼を出したわけではないですよ」
夫婦の間にもっと亀裂が走ってしまうかと心配になったゆかりは、やや早口に訴えた。
デフロットは苦笑する。
「わかってるって。そんな大事になるとは思ってなかったんだよ」
「村に戻ってくれますか?」
「あの女の罵詈雑言くらい我慢するか」
デフロットを伴って村へ着くと、すぐにアネットが飛び出してきた。
冒険者達に対していた丁寧な姿勢は微塵もなく、デフロットを盛大に罵っているがそれも安心の裏返し。デフロットもそれがわかっているからおとなしく聞いていたが、そのうち反論がはじまり、あっという間に言い合いになった。永久にやってなさいといった感じである。
その二人を無視して村長が冒険者達に深々と感謝のお辞儀をする。
「本当にありがとう。アネットもやっと元気を取り戻したようじゃ。それでオディロン一家は‥‥?」
「村の外に捕らえてあります。責任持って町まで連れて行きます」
ゆかりが答えると、村長は心底ホッとしたように安堵の笑顔を見せた。
「たいしたお礼はできませんが、どうかゆっくりしていってくだされ」
冒険者達は村人達の心づくしの料理を堪能したのだった。