●リプレイ本文
●行く年来る年
時は神聖暦1000年末の朝。もうじき新しい年がやって来る。
「楽しい、楽しい、お正月。もうすぐドレスタッドで、お正月、ジャパン風のお正月」
嬉々とした弾んだ声。道行く人が、道端で遊ぶ子どもたちが思わず視線を向ける。
声の主はシフールのメルシア・フィーエル(eb2276)。ダンスでも踊るようにちょんちょんと空中をはね回ると、道行く仲間のアレックス・ミンツ(eb3781)の肩にちょこんと乗っかった。
「ジャパン風のお正月はとっても楽しいよね」
「おいおい、年も改まっていないうちから、そんなに浮かれ騒ぐなよ」
などと口では言うが、アレックスも上機嫌。
「ともかくも、新年から楽しい依頼だな、いや、新年だからかな」
「でしょ? 楽しい、楽しい、お正月〜♪ 楽しい、楽しい、お正月〜♪」
ついつい浮かれて、メルシアはアレックスの肩を両手でパタパタ。
「おい、俺の肩の上であんまり騒ぐなよ」
「は〜い!」
言われてメルシアはアレックスの後ろへ飛んで行った。そこには二人の冒険者仲間、ソウガ・ザナックス(ea3585)とユパウル・ランスロット(ea1389)が歩いている。ソウガはジャイアントのレンジャー、ユパウルは人間の神聖騎士だ。メルシアはソウガのがっしりした肩に、ちょこんと乗っかった。
「ここは広いな〜」
元々寡黙な男なので、ソウガは何も言わない。その代わり、肩に乗っかったメルシアを見てにやりと笑った。
「ジャパン風のお正月、楽しみだよね」
隣を歩くユパウルを見下ろしながらメルシアが声をかけると、生真面目な声で返事があった。
「俺はジャパンの文化について、聞いたり読んだりしてしか知ったことがない。今回はそのジャパンの文化に直に触れることが出来るわけだ。とても興味深い」
「ほら、見て! あれが桃山さんのお屋敷だよ。すごく立派だよね」
目の前に現れた桃山家の屋敷は、建てられてからまだ1年を経たのみ。それだけに見栄えは真新しい。ドレスタットでもよく見られる木造の屋敷ながら、門の構えや壁や屋根の装飾など、そこかしこにジャパン風の意匠が見てとれる。
「訪問に際してのジャパン語の挨拶は『頼もう』、いや『御免下さい』の方が良いのか?」
昔に仕入れた耳学問や、ジャパン人の冒険者仲間から聞いた話を色々と思い出しつつ、やれジャパン語は難しいものだとユパウルは思ったが、玄関に来てみると呼び鈴の紐が上からぶら下がっている。
「ああ、これを使えばいいのだな」
紐を何度か引っ張ると、ジャパン風の大きな鈴がシャンシャンと景気良く鳴り響き、門の内側から娘の声が聞こえてきた。
「わ〜い! お客様だ、お客様だ!」
やがて門の扉が開き、家老の鷹岡龍平が一行を招き入れた。
「おお、よくぞいらっしゃいました。ささ、こちらへどうぞ」
すると、ソウガの連れてきた犬の望が、皆より先にするりと玄関をくぐり抜ける。
「おやまあ、立派な犬ですなぁ。ささ、お犬様は土間の方へ」
龍平は望を土間に連れて行き、代わりにアンジュが皆の前に立ち、声を張り上げて元気いっぱいにご挨拶。
「桃山家にようこそじゃ! お座敷には、このアンジュが案内いたすぞ!」
●お座敷
屋敷のお座敷にはジャパンから取り寄せられた畳が敷かれ、ジャパン風の囲炉裏までもが設えられていた。そのお座敷には先客がいた。円巴(ea3738)とその2人の連れ、そして長渡泰斗(ea1984)とルリ・テランセラ(ea5013)。皆で囲炉裏の火を囲み、この1年間の冒険話を披露している最中で、屋敷の主人の鳳太郎も息子のライアン共々、囲炉裏を囲む輪の中に入って、冒険者たちの話にしみじみと聴き入っていた。
「‥‥そうであったか。ルル殿も真、難儀な目にお遭いなされたのぉ。だが、ご無事でなにより」
先ほど泰斗が話してきかせたのは、バルディエ領で発見された月道を巡っての一件。話を聞き終えた鳳太郎は、ルリに労いの言葉をかける。勿論、鳳太郎はルリをバルディエ辺境伯の令嬢ルルとしてもてなしているのだが、最初は鳳太郎を前にしてたじたじだったルリも、その温かみある人柄に接するうちに、その心も次第にうち解けていた。
新たな客人たちの姿を見ると、鳳太郎は立ち上がって手招きする。
「よくぞ、我が屋敷に参られた。外はさぞや、寒かったであろう。ささ、囲炉裏の火にあたられよ。この人数になると、この囲炉裏もちと窮屈になるが、そこはご勘弁下され」
後から来た者たちに席を譲る形で、泰斗が立ち上がる。
「俺はもう十分に暖まったので。さあ、こちらへ」
続いてルリも。
「私、泰斗さんとちょっと話がありますから」
囲炉裏端の空いた場所にアレックスとユパウルは座り、体の大きなソウガは少し離れた場所に座す。そしてシフールのメルシアは、その小さな体で畳の上にちょこんと立ち、鳳太郎にご挨拶。
「メルシア・フィーエルです。桃山さん、今回は御招き有り難うございます、年越し頑張ります。お正月がとっても楽しみです」
鳳太郎も暖かみのある態度で応じた。
「おお、そなたがメルシアか。此度が初対面であるな。この1年の数々の依頼、ご苦労であった。来る正月は楽しみにしておるがよいぞ。もっともそのための準備には色々と手間がかかるが、何とぞ宜しく頼む」
「任せてください。高いところ、狭いところのお掃除に飾り付けは得意です」
メルシアの後はソウガ、アレックス、ユパウルと挨拶が続いたが、挨拶を終えたユパウルが何気なしに仲間たちの話に耳を傾けていると、ルリの声をちらりと耳にした。
「スレナスさん、月道で行っちゃってどうしているのかな?」
続いて、泰斗の声を聞く。
「あの彼が易々と命を落とすとは、正直言って考え難い。向こうで此方に戻る策を探すか何かしてる筈だ」
見ればルリと泰斗の二人は、他の仲間たちからは距離を置き、座敷の隅で話し込んでいた。ユパウルは囲炉裏から離れ、二人のところへ。
「失礼。スレナスの名前を耳にしたもので」
そう前置きして、ユパウルは自分がいかにしてスレナスを知るようになったかを話してきかせる。
「復興戦争でのスレナスの活躍は、かなり以前より耳にしていた。俺が冒険者ギルドに登録して後は、領主ジャンや騎士ロランに関わる決闘裁判において、彼がいかに見事に立ち振る舞ったかを知る機会を得た。そして──ギルド所属の冒険者なら、話の片鱗だけでも耳にしているかも知れぬが──つい最近、アレクス卿の領地で発見された新たな月道を巡っての話だ。その月道を開く鍵となるメダルを見つけだし、アレクス卿の元に届けたのは何を隠そうこの俺だ。メダルは直接、アレクス卿に手渡すことが出来たのだが。たまたまその時スレナスは不在で、残念ながらスレナスとは未だに直接顔を合わせたことはない」
その言葉に泰斗とルリは顔を見合わせ、ややあって泰斗がユパウルに言う。
「そうか、あのメダルが‥‥これは何とも、不思議な巡り合わせだ」
何しろ泰斗とルリは月の半ば頃、そのメダルを携えたスレナスと共に遺跡に向かい、何世紀も使われず存在さえも忘れ去られていた古代の月道を、再び開通させたのだ。敵が襲ってきたのはその直後。泰斗とルリの見ている前で、スレナスは敵のウィザードと取っ組み合ったまま月道の向こうに消えた。
その一部始終を泰斗が語って聞かせると、ユパウルは感謝の言葉を述べつつ最後にこう付け足す。
「俺もあの遺跡の正体、薄々ながら察していたのだが。せめてメダルを届けた際にスレナスと話す機会があれば、何かしら危険を回避する助言が出来たかもしれぬのに」
「私だって‥‥あんな近くでスレナスさんを見ていたのに‥‥」
そう言ったきり、黙り込むルリ。その心中を察し、泰斗が言った。
「ま、ああなったのはお嬢の責任ではないってのは確かな事だ。お前さんが気に病む必要は全く無いから安心されよ。まぁ、助けが要る様だったら此方から進んで行くさ。何より、勝ち逃げされたままでは寝覚めが悪い。いや、俺とスレナス殿の場合は、勝ち譲り逃げとでも言おうか‥‥」
先の依頼でスレナスと行動を共にした時、過日にジャンの領地にて行われた決闘裁判について話し合う機会を得た。あの決闘裁判で、泰斗とスレナスは共に決闘代理人として勝負し、結果は泰斗の勝利。あの当時のことを思い出し、
「機会が有れば、もう一度立ち会って見たいものだな」
と言葉をかけると、スレナスはこう答えたのだ。
『死合いとなれば、多分‥‥僕の負けでしょう』
さらりと言ってのけたスレナスだが、先の月道を巡る戦いではそのスレナスが、屈強な敵戦士の命をいともあっさりと奪ったのだ。一度、死ぬ気で勝負してみたい。あの小さな体の内に、どれほど猛々しい力を潜ませてるか、この目で確かめてみたい。──そう泰斗は思うものの、あの月道に飛び込んで向こう側の世界にいかぬ限り、それは叶わぬ事。ならば‥‥。
ふと、囲炉裏端の巴の姿を認めて、ユパウルが声をかける。
「巴殿、この度は子猫をありがとう。名はヴェールに決まった」
「ヴェール?」
「この土地のゲルマン語で、『緑』を意味する言葉だ。巴にあたる言葉がわからず、巴のトモエからモエを、モエから萌ゆる緑という連想で、ヴェールとなった」
「そうか。いい名だな」
ユパウルの言葉を聞いて、巴はくすっと笑った。
しばらくすると、玄関からジャパン語で呼ばわる声が。
「頼もう!」
やって来たのは七刻双武(ea3866)であった。座敷に通された双武はジャパンの礼儀に則り、鳳太郎の前に正座。
「桃山殿には12の試練での折りに竹刀をお借りしたご恩が有る故、この度恩返しに参り申した」
そう言って深々と頭を下げる。ノルマンの冒険者にゲルマン語で話しかける時には、幾分砕けた態度を見せる鳳太郎も、この老志士の前ではきちりと居ずまいを正し、あらたまったジャパン語で受け答えする。
『いやいや、あれしきのことで恩返しとは痛み入りまする。この鳳太郎にとって、双武殿は頼もしき先達。何とぞ今後とも、そのご指南をお願い致しまする』
言って、正座の鳳太郎も深々と頭を下げた。その様子を見てしきりに頷くユパウル。
「どうした? さっきから」
巴が気付いて訊ねると、
「これがジャパンの礼儀作法か。間近に見るのは初めてだ」
こんな答が返ってきた。
続いて訪れた客人は、ヴェガ・キュアノス(ea7463)。
「ヴェガ様、お久しぶりじゃ!」
「ヴェガ様、お久しゅうございます」
久々の対面に、アンジュは恐い物知らずな物言いで、ライアンは改まった口調でご挨拶。その姿を見て、ヴェガは満面の笑顔。
「アンジュ、大きゅうなったの。ライアンもまた少し、背が伸びたようじゃの。立派な男児に『可愛い』と言うてはもう失礼じゃな」
「ありがとうございます」
ライアンのその大人びた答え方に、隣のアンジュがくすくす笑う。
「こら姉上、笑うな! ヴェガ様、姉上のぶしつけを、どうかお許し下さい」
「何がぶしつけじゃ!」
手の平でライアンをポンと叩くと、ライアンはムキになってくってかかる。
「やったな姉上! お客人の目の前で!」
「こらこら、喧嘩はいかんぞえ」
ヴェガに言われると、アンジュはふんっとそっぽを向き、ライアンは失礼しましたと言って、頭をぺこり。ヴェガは微笑み、
「ライアンのモチツキの腕前、楽しみにしておるぞえ」
そのヴェガの言葉に、
「はい、がんばります!」
とライアンは初々しく答え、アンジュはぼそっとライアンに一言。
「餅つきでドジ踏んだらいかんぞ〜」
そして、最後にご到来したお客人は、麻津名ゆかり(eb3770)とそのペットの鷹の『命』に、猫の『環』。
「初めまして、この度はお招きありがとうございます」
お座敷に上がってご挨拶すると、
「にゃ〜」
ゆかりの腕の中で、環が鳴いた。
「ここが桃山様のお屋敷ですよ。いい子にしてるんですよ」
抱いていた環を放してやると、環は物珍しそうにお座敷をうろうろ。
「わーい! 猫じゃ! 猫じゃ!」
新しいおもちゃを見つけたとばかり、さっそくアンジュが環を追いかけ回す。
「やめるんだ、姉上。猫が可哀想じゃないか」
言ってライアンが環を抱え上げようとするが、環は初対面の人間が怖いと見えて逃げてばかり。やがて環はお座敷をあちこち走り回ってきた後、ゆかりの腕の中に戻ってきた。
「ゆかり様、どうか姉上のぶしつけを‥‥」
「うるさいわい!」
ライアンをひっ叩こうとしたアンジュだが、ライアンはひらりと身をかわす。その有様に、ゆかりは笑いながら言う。
「アンジュちゃんやライアンくんもハーフなんですねー。あたしもそーなんですよー、だからあたしは髪とか瞳とかこんなでして☆」
ゆかりの髪は赤で、瞳は青。ちなみにアンジュは純ジャパン人の黒い髪と黒い瞳を父親から受け継いだが、ライアンは母親ゆずりの金髪で、瞳も青だ。
「赤い髪、きれいじゃの」
「僕と同じ、青い瞳なんですね」
アンジュもライアンも、しばしゆかりの髪と瞳に見入っていた。
●大掃除
午後は屋敷の大掃除。
「気持ちを篭めて頑張るよ〜」
高いところに狭いところはメルシアの担当で、彼女はシフール用のエプロン、マスク、叩き、箒で、完全装備。
「埃なんてへっちゃらさ」
天井の蜘蛛の巣も、戸棚の奥の埃や塵も、きれいさっぱりと取り除かれた。その仕事ぶりに、カトリーヌは大変に感激。
「助かるわ。来年も呼ぼうかしら?」
また、双武は屋敷の離れに設けられた道場の掃除に余念がない。
「神聖なる道場の掃除は、この上ない恩返しの機会。島での依頼の際にお借りして、返し申した竹刀を手入れする事で、感謝の気持ちを示したく思うのじゃ」
そんな言葉を口にしつつ、双武は道場の床を掃き清め、雑巾がけ。手伝うユパウルも、妙に感心した気持ちになった。
「なるほど、これがジャパンの文化か」
ジャパン人は几帳面なほど綺麗好きと聞いていたので、ユパウルは道場の隅々にまで目をやり、埃一つ残さぬよう雑巾で丁寧に拭き清めた。
「こんなもので、如何でしょう?」
ユパウルの働きぶりに、双武は大いに満足。
「うむ。見事じゃ」
同じくジャパン人の泰斗はソウガと一緒になって、あちこちの重たい家具を動かしては、普段手の入らない場所を綺麗にしている。お座敷の箪笥を動かすと、その拍子に何やら黒い物体が、畳の上にぽとりと落ちた。それを見て、目の色を変えたのはソウガ。
「出たな! 成敗してくれる!」
張り上げた大声聞いて何事かとすっ飛んできた桃山家の面々は、ソウガの振り上げたご大層なメイスを見てびっくり。
「何事だ!? 化け物でも湧いて出たか!?」
なぜか、板に張り付けた羊皮紙を掲げて示すソウガ。
『あれを見ろ』
泰斗は畳の上の黒い物体をつまみ上げる。それは死んで干からびたゴキブリであった。
「こいつ、もう死んでるよ」
この一件以来、桃山家の皆がソウガに向ける目の色が、変わったような変わらないような‥‥。
●大晦日
大掃除も済んで迎えた大晦日。
この日は神前に供えるための餅をつく。
「考えてみたら、こっちに渡ってから久しく餅つきしてないな。そもそも餅を最後に食べたのが確か‥‥兵糧の切餅、だったか」
しばし思い出にふけっていた泰斗だったが、はっと我に返り、
「いかんいかん、今は桃山家の新年祝いの手伝いに来てるのであった。ぼおっとしてる暇は無いな」
大晦日の餅つきは、多少なりとも心得のある泰斗と双武とで執り行うこととなった。お料理担当の巴たちが炊きあげた餅米を、まだ熱々のうちに臼に入れ、力一杯杵でつく。冬の寒さもなんのその、杵を何度もふるううちに泰斗の体はぽかぽかと温まり、やがてうっすらと汗まで滲み出る。くっつき始めた餅米を、杵の動きに合わせて巧みに動かす双武の手際よさも手伝って、やがて臼の中に真っ白い見事な餅が出来上がった。双武はその餅を二つに分け、半分は元日の朝のお雑煮用に取っておき、残る半分をさらに大と小の二つに分けて、神前に供える鏡餅をこしらえた。
「さて、肝心のあれはどこじゃろうか?」
ジャパンから贈られてきた品々の中に、三方やら橙やら裏白やらさまざまな飾り付けの品を見つけると、双武は床の間に鏡餅を飾り付けた。我ながら見事な出来映えだと満足しつつ玄関口に目をやると、ちょうど仲間たちが注連縄の飾り付けの真っ最中。空を飛べるメルシアに、背の高いソウガ、それにソウガに肩車したライアンの3人で、楽しそうにやっている。表で門松をしつらえているのは泰斗。やがて注連縄も整い、門松も出来上がり、その仕上がり具合を確かめて双武は大いに満足した。
「うむ。結構な出来具合じゃ」
台所では女性陣が正月料理の準備で大忙し。元日は何かと忙しい故、作り置きできる物は今のうちに作っておくのだ。
にわか料理長になった巴、先ずはジャパン風の乾物戻しや煮つけから始め、続いてヴェガ、ルリ、ゆかりにも手伝って貰い、餅に付けて食べるスプレッドの数々を用意。まずは餡子を数種類、甘味噌に辛味噌に肉味噌、甘醤油に辛醤油、それに豆を潰したビーンズソース。
「年末年始は始まりと終わりの縮図。ゆえに怒りや過ぎた望みといった煩悩を洗い流し、新機一転、時にはしめやかに時には華やかに祝う‥‥まあそういうものだな」
「ふぅん」
ルリは巴の言葉に耳を傾けながらも、ルリはてきぱきと調理をこなすその腕前に、つい見とれてしまう。
「私も、お手製の料理作ってみようかな? お菓子なら作れるかも」
「料理の腕に自信はあるのか?」
「うーん‥‥あんまり自信ない」
「では、後で教えてあげよう。‥‥さて、問題は飾り付けだが。私は絵心がない故に‥‥」
言って、ユパウルをちらりと見ると、美術にも慣れ親しんでいるユパウルは快く応じた。
「俺の出番ってわけだな。任せてくれ」
「さて、お次は‥‥そうそう、肝心のアレだ」
大晦日の夜は、そば。正月の準備が一通り終わると、皆は巴のこしらえた年越しそばをおいしくいただき、そして新年の訪れを待った。
●元旦
清々しい朝が訪れた。
一番最初に目を覚ましたのは、ゆかりのペットの鷹の『命』。その羽ばたきの音に、ゆかりも目を覚ます。
「‥‥ん? ああ、朝ですね」
座敷に布団を敷いて寝ていた冒険者たちも、次々と目を覚ます。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとう」
新年の挨拶を交わしつつ、てきぱきと布団を畳む双武に泰斗、ゆかりに巴。その姿にユパウルもソウガも、興味津々な眼差しを向けている。
「実に興味深い」
ジャパン式の畳部屋での寝泊まり、ノルマンではそう滅多にできるものではない。
ジャパンの正月は、初参りから始まる。
ジャパン出身の冒険者たちは故国での仕来りに則り、まず手と口を清め、姿勢を正して二拝の礼。それぞれの願いを祈念する。
(「今年が良い年でありますように」)
(「スレナスが見つかりますように」)
礼拝の締めくくりは二拝、二拍手、一拝の礼。勿論、ジーザス教徒の冒険者たちは、近くの教会で新年最初のミサに与る。それぞれの礼拝が済むと、朝食の時間だ。お座敷に集って食べる新年最初の朝食は、大晦日についた餅の入ったお雑煮だ。
朝食の後はいよいよ、正月行事の餅つきである。初めて餅をつく冒険者たちに、泰斗は先ず説明。
「合の手を入れながら、タイミングを合わせてつく、返す、つくを繰り返す。手元を誤って、杵を臼の縁にぶつけてしまうと、木屑が入ってしまうから気をつけてな。それから、餅を返す人の手を一緒についてしまわぬように。木屑はまだ取れば食えるが、血入りの餅は遠慮したいでな」
最初に、泰斗と双武とで模範を示す。続いては鳳太郎と龍平。
「そうれ!」
「はい!」
掛け合いも手際よく、見事である。続いてはこれが初めての餅つき、アレックスが杵を握る。
「力仕事の餅つきは俺の出番だな」
餅の返し手は、タイミングを十分に弁えた双武。
「やあっ!」
力一杯、杵を突き入れ、再び持ち上げ、その合間に双武の手がさっと動いて、餅を返す。アレックスの生業は鍛冶屋だけあって、力の入れ具合といい、間合いの取り方といい、手慣れたものがある。
「さあ、次はライアンの番じゃ」
ヴェガに促されてライアンは勇んで進み出、杵を握る。が、杵が重すぎて持ち上がらない。それでも顔を真っ赤にして、何とか目の高さまで持ち上げると、落っことすような危うさながらも餅をついた。冒険者たちから盛大な歓声。
「よし、アンジュも餅をつくぞ」
次に杵を握ったアンジュ、えいやと掛け声上げて杵を振り上げた途端、勢い余ってひっくり返る。慌てて駆け寄った冒険者たちに、アンジュは照れながら、
「あははは、尻餅ついてしもうたのじゃ」
餅つきの後は、つきたてのお餅でお雑煮を作って腹ごしらえ。お手製チーズを手土産に携えてきたヴェガは、薄くこんがり焼いた餅にチーズを乗せて、皆に振る舞った。
午後からはさまざまな正月行事。まずは書き初めから。
『未来祝福』
『七福来航』
真っ白の二枚の和紙に、見事な達筆でしたためた双武。それを端で見ていたソウガが、練習用の紙に何やらちょこちょことゲルマン語の言葉を書き連てねて双武に示す。
「何? この言葉を書きたいと? では、拙者が先ず手本を示すと致そう」
双武は二枚の和紙に、すらすらと二つの言葉を書き記した。
『日々冒険を望む』
『人助け第一』
ソウガもそれを真似て書き写し、何とかジャパン語で読みとれる書き初めを仕上げると、練習用の紙にちょこちょこと書いて示す。
『‥‥ジャパン語とは難しいのだな‥‥』
鞠玉を抱えたアンジュが、ライアンと一緒にやって来た。
「双武殿! 一緒に蹴鞠をして遊んで欲しいのじゃ!」
「おお、蹴鞠か。良いとも良いとも」
双武は子ども好きの好々爺の顔になり、二人の子どもと一緒に庭へ下りていった。
台所では女性陣が、宴会に向けてのお料理作り。離れの道場ではユパウルと泰斗が初稽古の最中で、威勢のいい打ち合いの声が台所にまで響いてくる。やがて初稽古も終わり、ユパウルが台所に顔を出した。
「打ち合いの後で、料理の飾り付けか?」
訊ねた巴にユパウルは答えて、
「俺は神聖騎士ながら、生業は仕立て屋。極端な生き方をしてるが、そのバランスが崩れるのは落ち着かん。どっちも大事なんだ」
「そうか。飾り付けの素材は出来た。後を頼む」
●新年会
そして、待ちに待った新年会が始まった。お座敷には食卓が並び、よりどりみどりのお節料理がずらりと並ぶ。とりわけ目を引くのは、餅にさまざまな飾り付けを施した飾り餅。桃山に習い、餅に蜜漬けの桃を組み込んだ餅、櫻葉・柑皮などで春夏秋冬を模した餅。数々の飾り餅が綺麗に薄く盛り合わされた様は、和服の袖に裾の重ね、逢わせ色を彷彿させる。飾り付け担当ユパウルの本領が存分に発揮された、まさしく食べる芸術品。
しかしユパウルの関心はもっぱら、出来上がった自分の作品よりも、艶やかな着物姿の女性陣に向けられていた。
「そんなに見ていて飽きないか?」
「ああ。料理の飾り付けのみならず、和洋折衷のドレスを作るための参考にもなる。しっかり目に焼き付けておかねば」
巴やみどりはもとより、ルリもヴェガも見目麗しく着物を着こなしている。ルル姫の影武者ではなく、ルリ個人として楽しんでもらおうというヴェガが心込めて着付けさせただけあって、アップにした髪に大きなリボンを飾ったルリの着物姿は、いつにもまして可憐に見える。
「どうじゃライアン、似合うかえ?」
青の着物を選んで着こなしたヴェガ、くるりと回ってみせる。
「はい、とってもお似合いです」
ライアンのみならず、周囲の者の目が思わずヴェガに吸い寄せられた。
それぞれに配られた杯に日本酒が注がれると、鳳太郎が乾杯の音頭を取った。
「さても目出度く新年を迎えることが出来たが、先は長い。この年の内には、様々な出会いと別れが繰り返されよう。試練の時を迎え、災難に出くわす者があるやも知れぬ。だが今は、心残りのなきよう大いに楽しめ。いざ、乾杯!」
杯が鳴らされる。料理に舌鼓を打つ者、なごやかに談笑する者、宴は和気あいあいの雰囲気に満ち、頃合いを見て、着物姿のゆかりが立ち上がった。
「拙い技ではありますが、新春祝いの舞いをご披露させていただきます」
正直言ってジャパンの舞姫と張り合う程の自信はなかったが、メルシアのフェアリー・ベルに合わせて即興でそれらしく踊ってみせると、盛大な歓声。そして盛大な拍手。
続いて、着物で着飾ったルリが立つ。
「メルシアさんに教わった歌を、メルシアさんと一緒に歌います」
ルンルンルン♪ ルンルンルン♪
真っ白い子羊ちゃん♪ 雪の野原で迷子になった♪
がるるるる♪ がるるるる♪
悪い狼が狙ってる♪ 子羊ちゃんを狙ってる♪
でも子羊ちゃんは見つからない♪ 真っ白いから見つからない♪
1番、2番、3番と陽気に歌は続き、二人が歌い終わると盛大な拍手。その後もメルシアは張り切って歌を幾つも披露。その次は、ゆかりが連れてきた3匹のペット。よく訓練された犬、猫、鷹の芸に皆は見入り、その終わりには盛大な拍手。さて、ゆかりが下がろうとすると、ソウガがおもむろに立ち上がった。
『一緒に踊りたい』
掲げた板にそう書いてあった。その姿に皆が笑い出す。
「では、ご一緒に」
ゆかりはにっこり笑ってソウガの手を取る。
「では、伴奏は私が」
と、メルシア。
「では、私は歌を」
とルリ。二人の歌と伴奏に合わせ、ゆかりとソウガは踊る。ソウガの踊りには、生まれ故郷のインドゥーラ民族舞踊の趣。そのテンポに馴れぬゆかりは、ついていくのに大忙しだが、見ている側にはその姿が楽しく、酒の勢いも手伝ってやんややんやと歓声が飛ぶ。
「皆様、有り難うございました」
やっとのことで踊りを終え、ゆかりがぺこりと挨拶すると、すかさずソウガが板を示す。
『ついでにもう一回』
皆はどっと笑い、ゆかりが手を取るのも待たずにソウガは踊り出す。こうして、宴会は盛り上がりに盛り上がっていった。
●宴の終わりに
楽しい時が経つのは早い。気がつけば、夜。皆が名残惜しむ中、宴会はお開きとなった。
ルリが縁側に立って外を見ると、粉雪が舞っていた。
「スレナスさん、今頃どうしてるかな?」
その呟きを聞き、ゆかりがその小さな体にそっと寄り添い、耳元に囁く。
「あたしのタロットで占ってみましょうか。本当は、月の出ている夜がいいのですけれど‥‥」
小卓の上にタロットを広げ、念じながらそれを一つに纏め、一枚ずつめくっては並べていく。結果を読みとったゆかりはふと眉根を寄せ、ルリは思わず訊ねた。
「悪い結果なの?」
「いいえ。タロットの結果は『大いなる試練の時』。でも彼なら、友の力を借りて上手く乗り越えるはず。そうカードが告げています。どうか気を落とさないで下さい。あたしはムーンロードが使えますし‥‥そのウチ新しい月道を探し当ててスレナスさん連れ戻してきますよ」
ふとルリが後ろを見ると、例の如く板に羊皮紙を張り付けたソウガが。
『きっとその大事なヒトもキミが泣くのを喜びはしないだろう』
その励ましの言葉に、ルリは思わず微笑んでしまった。
しんしんと粉雪の降る庭には、鳳太郎と泰斗の二人の立ち姿があった。
「スレナス殿の消息に少しばかり‥‥猫の額ほど、ですが‥‥アテがあるのでそちらへ旅に出ようかと。詳しい場所は申せませんが、今生の別れになるやも知れませぬな」
「そうか‥‥ならば、今宵は‥‥」
鳳太郎は暫く黙し、どこか遠くを見るように、空から降る雪の彼方を見つめていた。言葉があったのは、暫くして後。
「一期一会の言葉もある故な。達者でおれよ」
泰斗が一礼して鳳太郎の前より辞すると、巴が待っていた。
「行き先は、恐らくは私と一緒だ」
「巴殿もか?」
「ああ。ルリが心配しているし、行方不明の恋人のこともある。ついでが一人増えても構わんよ」
そして二人は、共に粉雪の舞う暗い夜空を見上げる。二人は未だ見えぬ未来に向かい、見知らぬ遙かなる地に向かい、その一歩を踏み出したような──そんな予感が二人の心を通り過ぎていった。