ザ・チャンピオン〜亜麻色の髪の少女〜
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■ショートシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月17日〜07月22日
リプレイ公開日:2004年07月24日
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●オープニング
その少女は、訪れたときから冒険者ギルド内にいた人々の目を引いた。
身につけている服はみすぼらしく、生活の貧しさをうかがわせるものだったが。だが、その肌の白さや荒れの少ない手が、もとはそれなりの階級の生まれだったのだろうことを窺わせる。
何より目を引くのが、その長く豊かな亜麻色の髪だ。今でこそ首の後ろでただまとめられているだけだが、それだけで美しさの程がわかる絹糸のような髪。顔立ちにはあどけなさが残り、美女、と呼ぶにはいささか幼すぎる年頃だったが、それでも周囲の人々の目を十分に引き付ける。これで然るべき衣装や装身具で装えば、およそ場に居合わせた男たちは勿論女性に至るまでの、注目の的となっただろう。
依頼を求めて集まった冒険者達が流す視線を受けながら、少女は依頼受付のカウンターの前に立った。
「何か、お困りごとですか?」
「はい‥‥。名誉をかけた決闘の代理人をご紹介いただけたらと思いまして」
「決闘、ですか」
受付の女性の言葉に、少女はこくり、と頷いた。
少女の依頼の内容は、次のようなものだった。
少女の名はマリー。生家はカルディナス家で、このあたりでは旧家の名門としてそれなりに名を知られている。
ある日、当主である父親が決闘の申し入れを受けた。そのきっかけが何なのか、彼女は知らない。父も母も、「子供は知らなくてもよいことだ」と言って教えてくれなかった。ただ発端は取るに足らないことだったらしいことが、周囲にいる人々の噂話から伺えた。
ともあれ、貴族であり騎士でもあった父は申し入れを受けて決闘を行ない、そして敗れた。彼女の家の名誉は地に堕ち、それにより権威も失われてしまった。何より不幸だったのはその決闘で受けた傷がもとで彼女の父は亡くなり、また病弱だった母もそのショックで後を追う様に逝ってしまったことだ。この不幸に上流階級のハイエナたちが目をつけないはずもなく、気がつけばカルディナス家は崩壊し、少女も全ての身寄りを失い、庶民に身を落とした――
「今更、わが身の境遇を嘆くつもりはありません。ですが、侮辱を受け、名誉を損なったまま死んでいった父のことを思うと。父は、娘の私から見ても立派な騎士でした。せめて、父の名誉だけでも回復したいのです。そのためにはかつての決闘相手と再び戦い、その勝利をもって汚名をすすぐしかないんです。ですが私ではその役を負うだけの力量がありませんから‥‥」
「わかりました。‥‥で、その決闘相手の方は?」
「アレクス・バルディエという、新鋭貴族の方です」
その名を聞いて、聞くとはなしに聞き耳を立てていた冒険者達が一斉にざわめいた。新鋭貴族のバルディエ。一介の騎士から身を起こした成り上り、と囁かれ、あまりいい評判を聞かない。自分がのし上がる為には手段を選ばず、現在ある地位もかなり汚い手を使って手に入れたのだともっぱらの噂だった。もしかしたらこの少女の父親は、その決闘相手に嵌められたのではないのか‥‥。そんな予想が脳裏に浮かんだ者もいたが、一応貴族を相手に、さすがにそんなことはあっさり口にできたものではない。
周囲のざわめきの中、少女は改めて受付係を澄んだ瞳で見つめる。
「報酬の方はご心配なく。こちらで売れるものは『全て』売り払ってきましたので‥‥冒険者の方のご希望には添えると思います」
「‥‥かしこまりました」
少女の言葉に、受付係の表情に一瞬だが哀れみの色が浮かんだ。もとは貴族の娘とはいえ、家を失い、身寄りのない少女が売り払えるものなど限られている。そして、売れるのは決して『物』ばかりではないのだ。
よろしくお願いします、と、少女は受付係に丁寧に頭を下げた。
果たして、少女の依頼にはそれなりの希望者が押し寄せた。実際に決闘に臨めるのは1人だけだが、その前準備や補佐を行なう人材としての要員も必要だ。元とはいえ貴族の代理として決闘に臨むのだ。勝利することができれば、冒険者としての経歴にも当然箔がつく。
「美しき少女の依頼を受けて戦う勇者達‥‥素晴らしい題材ですね」
銀の竪琴を手にした黒絹の衣装も鮮やかな仮面の吟遊詩人が、少女の依頼を手に受付に赴こうとする冒険者を前に、興味深げに呟いた。
「あら、マレーア。どうかなさって? また題材探しのご依頼かしら」
現れた受付係が、興味深げに尋ねる。
「そのつもりでしたが、よりよき題材を今見つけました。薄倖の美少女の願いを背負い、戦いに赴く勇者‥‥。最高の題材です。これら勇者達の活躍、そして少女の運命。この顛末、是非歌に仕上げさせていだたきましょう」
吟遊詩人マレーアは仮面の奥でにこやかに微笑み、依頼を手にした冒険者達に芝居がかった仕草で一礼した。
●リプレイ本文
●代償を取り戻せ
決闘の代理人は騎士であるアレクシアス・フェザント(ea1565)が務めることとなり、ジャパンの志士、吉村 謙一郎(ea1899)がその名代としてバルディエ家を訪れ、正式な決闘の申し入れと事前準備を行なった。
状況が状況だけに、相手が決闘を受けることを渋ることも予想して行ったのだが。あにはからんや。謙一郎の申し出は至極あっさりと受け入れられた。もっとも、その真意までは現時点では悟ることはできない。何しろ相手は、あやしげな噂には事欠かない疑惑の人物だ。それだけにこの決闘は、可能な限り公正明大に行なう必要がある。そのための場所の選定、立会人の選出と依頼、関係者達の護衛など、やらねばならないことは色々ある。この点ではイリア・アドミナル(ea2564)やノア・キャラット(ea4340)らが中心となって、着々と準備を進めていった。
「それと、もうひとつ重要なことがありますね」
ある程度準備が整ったところで。ガユス・アマンシール(ea2563)はフランク・マッカラン(ea1690)に声をかけた。フランクがうむ、と頷いて立ち上がる。
もうひとつの重要なこと。それは、依頼人の少女マリーの身柄の確保だ。
決して安くはない今回の件の報酬。貴族としての身分も後ろ盾も失った年端も行かぬ彼女が、どうやってそれだけの金額を用意したのか。少し考えれば、その手段は容易に想像がつく。彼女が持つもので最も確実に、最も高く売れるもの――それは、彼女自身に他ならない。
勿論依頼人とて、問いただす彼らに対しあっさりとそのことを認めるはずもない。しかしガユスやフランク、そしてイリアの熱心な説得が功を奏し、マリーはついにそのことを肯定するに至った。事の次第が済んだら、『商品』としてとある商人に身柄を預けることになると。
「僕は、冒険者の誇りとして、自分に恥じない生き方をしたい。だから依頼人さんが身売りする可能性が有るなら、誇りに掛けて貴方を助けたいんです」
これはイリアの言葉だが、彼女と同じ気持ちを、この依頼を受けることになった面々が抱いたのは間違いない。『彼女の自由を買い戻すために』資金を出し合い、フランクを護衛に、ガユスが直接問題の商人の男との交渉に当たることになった。
が、ガユスの巧みな交渉にも関わらず、こちらの足元を見てか男は頑として首を縦に振らない。
「こちらも相応の額を用意してきたつもりじゃ、何が不服というのじゃ。そちらがその気ならこちらも覚悟を決めるぞ」
交渉の成り行きを見守っていたフランクが、静かに睨みつける。その迫力に男は震え上がり、そして、予想外の事実を述べた。
彼女は既に、買い手が決まっている、と。
「――どういうこと?」
戻ってきたガユス達から話を聞いたノアが、訝しげに訊ねる。話がおかしいではないか。彼女はまだ、『商品』としては出ていないのではなかったか。なのに何故もう買い手がいるのか。
「どうも、どこからかマリーさんの事を聞きつけた輩がいるらしい。相場の5倍の金額で彼女を買いうけると言われて、彼としても断る理由がない、とのことでね。さる好事家様で上得意らしく、先方も無碍にできない、と」
「そんな‥‥」
ガユスの言葉に、イリアが眉をひそめる。これでは決闘の結果がどうあれ、彼女は苦界に身を堕とすことになる。重い空気の中、しかしフランクが口を開く。
「じゃが、望みがないわけではない。本来マリー嬢は貴族の身。お父上の不幸によって庶民に身を落としたが、今回の決闘で名誉が回復できれば、少なくとも貴族としての権威が戻ってくるはずじゃ。そうすれば、たとえ相手が王族で在ろうとも、彼女を買い取ることはできぬよ。仮にも貴族の娘を奴隷として売り渡すなど、ノルマン王国の面子にも関わるしのぅ。が‥‥」
そのためには、今度の決闘に勝利することが大前提となる。視線は自然、代理人として決闘に臨むアレクシアスに集まるが、彼自身は特に表情を動かさなかった。
どんな状況にあろうと。自分にできることは全力を尽くすことだけだ。――その先にある、最善の結果を求めて。
●傭兵貴族
彼を知り己を知らば百戦危うからず。これは戦いの原則である。謙一郎は時間をかけて状況を探った。マリーに事情があるように、バルディエの事情を知らずして、刃を納めるのは無理と踏んだからである。
「わしの国では、矛を止めると書いて『武』と言う字になりますだ。お家の浮沈が懸かる以上、勝たねばならぬのは武家の習い。マリー殿には憎体(にくてい)な親の仇と謂えども、面目を立てさせねば後に大きな遺恨を残しますだ」
「勝つためだけではなく、争いを治めるためにとおっしゃるのですね?」
「へぇ。マレーア殿にもお力添えをお願いしますだ」
「バルディエ殿を侮ってはなりません。戦場往来の豪の者にて、その武功が彼の基盤です。騎士としては良い噂を聞きませんが、無類の戦上手と聞き及びます」
訊ねられたマレーアは、彼の武勲を即興の詩に綴る。吟遊詩人にとって、くどくど説明するよりは手っ取り早い。
♪玄(くろ)き鎧に闇マント、盾の徴(しるし)は紅コウモリ、傭兵貴族の名を知るや。
世に、騎士ピエールのクレイモアは響けども、バルディエの剣を見し者は有らじ。
血の朱(あか)・火の赫(あか)・夕映えの紅(あか)、無頼の兵(つわもの)引き連れて、バルディエが馬翔け行けば 天の父は嘉(よみ)し賜う。
大地怒れば奮い立ち、波を蹴立てて海も征く。光か、音か、疾風か、剣か、海を分けたるモーセの如く、陣を貫き人無き途(みち)を、世にも猛き獣が通る。
ローマの騎士が避くるとて、君よ嘲う事なかれ。バルディエこそは死の使い。見えない剣が敵を裂く♪
謙一郎が独自に調べた情報によると、傭兵部隊の隊長から貴族に列した猛者と言う。その武勇が戦に使われているときはそうでも無かったが。王国復興が成った今、成り上がり者として侮る者も出てきたと言う。ここ1年に限っても、とかくフェーデや決闘沙汰の多い人物で、戦いによって勢力を強めて来ているらしい。領地は、神聖ローマの国境に近い辺境地帯とか。
「ふむ。悪評には、一代で名を為した者に対するやっかみもあるべか?」
「それもあるかも知れませんね。ただ、目的のためには手段を選ばぬ人とも聞きます」
そういう人物だからこそ、名を為したと言うべきか? あるいは、彼の敵のせいなのか? 謙一郎には判断が付かなかった。バルディエが悪人だとしても、ことによると‥‥。卵が先か鶏が先かと言う話なのかも知れない。
噂では彼も然るべき家柄の裔だとも言う。
「只の傭兵戦士としては学が有りすぎます。これは彼が創ったとされる詩です」
♪我が祖の威名 久しく熟聞す
刀槍千隊 三軍を払う
雲蒸霧変 何れの日にか知らん
誓う 微躯を以て勲を画策す♪
音律整った四行詩であった。
●勝敗の行方、運命の行方
決闘の場には、街のほぼ中心に位置する広場が選ばれた。ここなら公共の場だけに、場所そのものに細工を行なうことはできないからだ。ただし公の場での決闘のため、周囲に物見高い見物人が集まってくるだろうことは、想像に難くない。それでも場所の罠と妨害者の二つを相手にするより、決闘の場を見張る者達の負担は軽くなる。
決闘当日。果たしてその広場には、決闘開始の刻限よりかなり前の時間から、見物人が集まりだしていた。
「確かにいわくのある決闘ではあるけど。復興戦争の勇士だったカルディナス当主と噂のバルディエ卿、その本人同士が戦うわけでもなし‥‥こんなに見物人って集まるもんなの?」
決闘中、謙一郎、イリアらと共に不正を行なう輩を警戒する役目を負ったノアが、集まりだした人々を前に顔をしかめる。『場所』への仕掛けを気にする必要がないとはいえ、この人だかりを3人で見回るのは少々骨が折れる。本来ならばあと2人ばかり要員がいたのだが、彼らとはここ2、3日連絡が取れないのだ。まさかという疑惑は湧いたが証拠があるわけでなし。何らかの事情によりそうなっているだけで、無事でいると信じたい。
「マリーさんや立会人の方々が無事なのはいいんですが――少々目算があまかったかもしれませんね」
「しかし、疑惑だけで証拠はねえだ。ここは無事を祈るしかあんめ。今は、わしら自身のお役目を果たすときだべ」
ガユスの呟きに、謙一郎が気難しい表情で答える。
刻限まで後わずか、と迫った頃。硬い表情で集まってくる人々を眺めていたマリーが、そっとアレクシアスに近寄った。
「何か?」
「あの、よろしければこれをお持ちください」
言って彼女が差し出したのは、銀細工のロケット。
「父母の形見です。きっと守ってくれると思います」
「‥‥お預かりします」
頷いて、ロケットを受け取るアレクシアス。
そして刻限。取り巻きと思しき面々を引き連れて。噂の貴族、アレクス・バルディエは決闘の場にその姿を見せた。
美髯を蓄えいかにも紳士然としたその男は、対峙した冒険者達に慇懃に一礼した。背後に、アレクシアスとそう歳の変わらない騎士らしい青年を一人連れている。
「此度の挑戦、確かに承った。――だが、弱いものいじめは正直私の趣味ではないのでね。こちら代理人を立てさせていただくが、よろしいかな?」
つまり、自分らでは相手にもならない、ということか――。噂の貴族の剣技を拝めるとやって来た観客からブーイングがもれる。
その声に応えるように、バルディエは従うしもべに穴を掘らせた。
「古式に則り、直にお相手してもよろしいぞ」
胸まで埋まる穴に入り、マントを翻し腕組みをする。従者が進み出て、スピアとクロスボゥを構えた。
「パリ市民諸君。我が手練をご覧じろ」
合図とともに。バルディエに放たれる二つの影。
ビシッ! 腕組みを解かぬまま、矢は、スピアはまっぷたつに宙に舞った。
ぞくっとした戦慄が観衆に入る。
鮮やかすぎるその技に周囲から喚声とため息が沸き起こる中。アレクシアスの瞳には、不敵な輝きが浮かんでいた。
「つまり、ご丁寧にも勝てるチャンスをこちらにくれたと、そういうことだろう。‥‥受けてやる」
呟きに、フランクが力強く頷く。やがて立会人の合図のもと、アレクシアスと、バルディエが代理人として指定した青年騎士が、広場の中央に立った。互いに剣を抜き、それぞれの流派に従った構えの姿勢をとる。
「――始め!」
鋭い掛け声と共に、戦いの火蓋は切って落とされた。
戦いは互角――いや正確には、アレクシアス優勢の形で展開した。
剣の腕自体は対等。あるいは相手の方が若干上かもしれない。しかし相手の剣を凌ぐ気迫が、アレクシアスの剣には込められていた。伯仲の勝負に、集まった人々の意識は自然と中央で戦う二人の騎士に集中する。‥‥ごく一部の者達を除いて。
「まったく! こうも予想通りだと嬉しくなっちゃうね!」
潜んでいた伏兵と思しき男を火球でしばき倒し、ロープで縛り上げつつノアが吐き捨てる。一方ではイリアが『アイスコフィン』で不審者の動きを封じ、謙一郎がその刃をもって容赦なく叩き伏せた。
「噂によらず公正明大な男かと思うたが、買いかぶりすぎたようだの! 決闘の作法を知らね、というなら是非もね!」
だが、集まった人々の数は多い。ここで動きを封じた輩で伏兵は終わりなのかどうか判断することはできない。つい、ここまで見物人が集まったのも策略のひとつかと思えてくる。
中央の戦いは徐々に白熱し、アレクシアスの優勢は揺るぎなくなりつつある。しかし、マリーの側でその戦いを注意深く見つめていたガユスは妙な違和感を覚えた。相手の騎士の様子がおかしい。まるで、何かを待ち構えているような。
その理由に気付いたのは、同じくマリーの側にいたフランクだった。見物人の中に紛れて感じられるこれは――
「アレクシアスっ!」
明らかな殺気に、フランクが警戒の声をあげる。直後微かに、シュッ、という空気を引き裂くような音が響き、アレクシアスの上体が僅かに揺れた。傍目には、バランスを崩したように見えただろう。
その隙を突くかのように、相手の騎士が雄叫びと共に斬りかかる!
白光が閃いた。石畳に鮮血が飛び散る。
果たして、その場に立っていたのは――アレクシアスだった。
対する騎士は、カウンターでアレクシアスの剣に右腕を貫かれ、剣を落として膝をついている。
「勝負あり! 勝者、アレクシアス・フェザント!」
立会人が高らかに勝者を宣言する。一瞬の間をおいて、広場が喚声で埋め尽くされた。
「ありがとう‥‥ありがとうございます。本当に」
喚声の中。安堵と歓喜の入り混じった複雑な表情で、マリーが言う。だが、アレクシアスは首を横に振った。
「御礼はあなたのご両親にこそ言うべきだな。‥‥これを」
言いながら差し出された手にあったもの。それは、決闘前に彼女が渡した形見のロケットだった。それには鋭い針が突き立っている。見物人に紛れていた刺客が、アレクシアスに向けて放った吹き針だった。ロケットが身代わりにそれを受けてくれたお陰で、相手の不意をつくことができたのだ。
再び手の中に戻されたロケットを、少女の瞳から溢れた涙がゆっくりと濡らしていった‥‥。
●チェックメイト
丁度折良く、行方不明だった二人が現れた。どうやら監禁されていたらしい。笑いながら、逃げる際の駄賃を仲間に分配。頃はと、謙一郎依頼のマレーアの詩が流れる。
♪傭兵貴族は武勇の士。腕を組みて矢を落とす。
見えぬ剣(つるぎ)は天下無双。一剣一家を興すあり。
いずくんぞ孤児の敵せんや。いずくんぞ処士の敵せんや。
名誉は命より重く、契約はまたなお重し。
孤児は父の名のために、我が身を売りて闘えり。
神を畏れるバルディエは、従士を以て対峙せり。
暁(あかつき)の騎士アレクシアス、父御子御霊の加護を得ん。
兵家の勝負は時の運。などで不義に在らざるや。
ただ神が、刈られし哀れな子羊を、護り賜うなればなり。
聞け人よ。慈愛の使徒の働きを。見よ人よ。虚空の旅人の志を。
心あらば風も啼け。醜(しこ)の御盾の計らいを。
セーヌの義士と調停者らは、イエスの誉めし寡(やもめ)の如く、
全てを神に擲(なげう)って、孤児を贖(あがな)い戻さんとす。
さあ集え、素晴らしき神の子供らよ。天に宝を積むは今。
神の愛でし幼子を、など敵輩(てきばら)に渡さんや。誉れの枝を奴隷と為すな。
孤児が為、勝ちを譲りしバルディエが為にも♪
群衆からも金は集まり、成り行きに商人も大人しく金を受け取るしか無かった。敵もこれではマリーに遺恨の持ちようがあるまい。