●リプレイ本文
●決断
「まだ迷っていたか、サイゾー‥‥」
ぽつりと、ランディ・マクファーレン(ea1702)が呟いた。誰に聞かせるわけでもないその言葉は、しかしその場にいた数人の耳に突き刺さる。ミリランシェル・ガブリエル(ea1782)が不必要なまでに広げた胸元をさらに広げるかのように胸を張って叫んだ。
「人の仇をなすのなら壊すしか道理がない! 悪いけどね!」
周りの酔客のいやらしい視線も何のそのだ。
‥‥ 今回の依頼はコボルト退治。しかし彼女を見ていると、どうも剣を壊す事に重きを置いているように見える。‥‥依頼主の思い? そんなものは知らぬ、とでも言うかのように。出来れば依頼主――酒場の親父チャールズの為にも剣を無傷で取り返したいと思っていた五所川原雷光(ea2868)は、意気込むミリランシェルに何も言えず、その破廉恥な姿に目を反らすのみ。
「実害が出た以上、放ってもおけないな」
助けたいとは思えど、助けた為に被害が出ては本末転倒である。
ランディの呟きに、ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)が立ち上がった。
「あ‥‥あのぉ‥‥無理に折る必要は無いんじゃないでしょうか‥‥?」
あによぉ、と言いたげなミリランシェルの視線に耐えつつ、ゼフィリアは言葉を紡ぐ。救えるものならば救いたい。例えそれが生命無き物であったとしても、わざわざ壊す必要は無いのではないか? と。
「戦いの最中に壊れてしまったなら何とも言えませんが‥‥お願いです、『無事であったのに叩き折る』というのは‥‥」
なんだかんだと話す一行を、少し離れた所から眺めている男あり。何を考えているのかは分からないが‥‥ジャドウ・ロスト(ea2030)は何を話すとも無く酒の肴を摘むばかり。
‥‥これが、「サイゾー」を知る者達の「答え」であった。
●ライの剣(つるぎ)
さて、前回の経緯を人づてにしか知らぬもの達は。
「親父。そのサイゾーってのは殺戮を望むやつだったのか?」
ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)とグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)は、チャールズに話を聞きに。剣を折ることになるかもしれない、とグリュンヒルダに告げられた時には一瞬暗い表情を見せたものの、覚悟はしていたのかもしれない。チャールズはサイゾーについて、聞かれるがままに答えていった。
「好んで敵を殺すような奴ではないと思ったがな。そうでなければ‥‥こいつもここでのうのうと寝ちゃいないからな」
カウンターの端にどっかりと居座り、欠伸をする大きな猫。サイゾーが依頼の際に拾ってきたのだそうだ。始めは片手に乗るほどの子猫だったのだが今ではりっぱな巨猫である。そののったりとした姿に苦笑しつつ、グリュンヒルダはぽつりと洩らす。
「サイゾーさんは恐らく優しいお方でしたのですね」
ああ、そうだな。彼女の言葉の真意は分からずに、しかしチャールズは答えた。
情報収集に走っていた仲間達はチャールズの店に戻ってくるなり口々に飲み物を頼む。チャールズの娘メアリが注文の品をテーブルに持ってくる頃には、既に情報交換が始まっていた。
「やはり毒は鉱物毒のようですわね。コボルトが絡む依頼でよく使われるものと同じでしょう」
横で早速居眠りを始める兄のフィル・フラット(ea1703)に拳骨を落としながら、教会での情報をフィア・フラット(ea1708)が報告する。陸奥みらん(ea3920)は鉱物毒でなかった時の為に薬草を探そうとしていたが、特にその必要はなさそうだ。
「剣の名前、『ライ』。こう書く、らしい」
途切れ途切れの口調でティーア・グラナート(ea4210)が指を走らせた。テーブルにワインで『来』というマーク――割波戸黒兵衛(ea4778)が言うには文字なのだそうだが――を書き記す。それ以上のことは、チャールズにも分からないらしい。
持ち寄られた情報から作戦が練られていく。敵も雑魚とはいえ複数、しかも毒を使うということが分かっている。そこそこ冒険になれ始めた冒険者が揃っているとはいえ、油断は禁物だ。
頭をぼりぼりと掻きながら、ベルナルド・シーカー(ea4297)が宣言した。
「なんや‥‥作戦あるみたいやけど、わい不器用なんで細かい事出来へんさかい、皆に任せるわ」
コボルト引き付ければいいんやろ? と、真っ白な歯を見せて笑う。
「では儂も楽をさせてもらおうかな。超接近戦が必要なときには声を掛けておくれよ」
冗談だ、という代わりに、黒兵衛も破顔大笑。
「私も」
それまで何も言わずに微笑を浮かべながら座っていたセシリア・カータ(ea1643)は。
「皆様にお任せしますわ」
にっこりと笑いかけると、カップのハーブティーに再び口をつけた。
‥‥本当に大丈夫だろうか。
仲間達の何人かに嫌な汗が浮かんだことは、言うまでもない。
「やっぱりコボルトが持っているのはジャパニーズブレードみたいですね。フィル、確か欲しがってませんでした?」
「刀は欲しいが‥‥武士の魂とまで呼ばれる物を、気安く振り回す度胸はないな。俺は、俺に見合った刀を探しても、人の魂を振り回すほど礼儀知らずでもないよ」
ふと気づいた妹の一言に、のんべんだらりと言い放つフィル。実は意外と切れ者なのかも。
●砕かれし剣
森の闇からは炎は如何に目立つか、それは言うまでもないだろう。
以前の襲撃地点の付近を光源を持って散策するセシリア達。
この明かりに誘われて、足音が近づいてくるのをミリランシェルは捉えていた。
「来たぞ」
小声で皆に囁く。
この出現地点は本隊にいる黒兵衛が昼の間に確認しており、
この辺りに八割方現れるじゃろう。
という知らせがあり、今、その言葉は現実となった。
犬の頭をした小さめのオーガ達。数は6、7体か?
ベルナルドは叫んだ。
「助けてくれやー!」
それを合図に一同は言葉にならない声で騒ぎ出し、逃げ出す振りをする。
相手が弱者と認識したコボルト達は武器を振り上げ森から飛び出してきた。
フィルとファイゼルが殿を勤め、追いつかれないよう、振り切られないよう細心の注意を払って、走り続ける。
一同が本隊に合流出来る、と確信した瞬間。ミリランシェルがおもむろに反転し、コボルトの群に突入。今までの憂さを晴らすように斬りつけた。
このアクシデントに、エンゲージポイントがずれてしまい、最早、作戦を修正せざるを得ないと本隊も走り出す。
そこへラックス・キール(ea4944)が矢を射かける。
だが、羽音から、この乱戦に打ち込んでは大事に障ると、黒兵衛が矢止めの術で叩き落とす。
「何を──」
と、ラックスが叫ぼうとするが、乱戦ぶりを見て、矢を番える手を止める。
ジャドウは青い淡い光に包まれ、己の手に凍気を宿そうとするが、呪文の詠唱という無防備な時間をナイフで突かれ、血を吐き倒れ伏す。グリュンヒルダもカバーに入ろうとするが、この混乱のせいで闘気で己の士気を高める暇が無かった為、ジャドウのサポートに入りきれず、彼が倒れるのを見るままとなる。
そして、ジャドウの脇腹の傷口からは更に毒が染み込んでいく。
「破壊! 破壊! 破壊ぃぃ!」
コボルトが受けるナイフを砕け散らし、まさしく破壊の女神の如き、形相のミリランシェル。手近に美少年のひとりもいればその動きは止まっただろうが、あいにくとこの場にはいなかった。
「剣──剣、そこね! 人の仇をなすのなら壊すしか道理がない!――いくよっ!!」
舌なめずりしながら、彼女は真っ先に『剣』を持ったコボルトの元へ向かう。
陶酔したかのような彼女を止めようとする者はいない。
だが、コボルトがその『剣』で彼女の剣を受け止めた時、周囲の者の表情が一変した。僅かに食い込んだと見るや、熱したナイフでバターに切り込むが如き勢いでミリランシェルの剣は両断される。
乾いた音を立てて落ち、炎に乱反射して煌めく両断された剣の断面。
「まだまだ」
言ってベルトからダガーを取り出すが、そのダガーももろくも切り裂かれる。
「待て、俺がやる」
闘気を剣に込めランディが突き進む。
「俺は暴力が嫌いだ。故に悲劇の連鎖はここで断ち切る」
そして、己の剣も折れよとばかりの一撃がコボルトと交差する。
空中で回転しながら、ランディの剣が地面に突き刺さり、彼もまた地に倒れ伏す。
その図に涙を流すベルナルド。
敢えて己を空しうして、『剣』とコボルトの前に立ちはだかる。
殉教者と自殺志望者の区別もつかないコボルトは剣を高々と振り上げる。微かな月光に乱れ咲く徒花。
一撃が振り下ろされる。
敢えて、その身に『剣』を受けて、文字通り肉を斬らせて骨を断つ。
全身全霊を込めた、メタルロッドの一撃が『剣』の峰を打ちひしぎ、そこから、衝撃を広げ、『剣』うち砕き、余った勢いでコボルトの肋骨を砕き、心臓に深々と突き立てた。メタルロッドも衝撃に耐えられずへし折れる。まさに必殺の一撃であった。
「もういいんや‥‥もう、おとなしゅう眠っとき‥‥これ以上苦しまんでええんや‥‥」
そしてそのまま。
ベルナルドは倒れ伏した。
●憂しと見し世
酒場の二階、うつうつと眠っていた仲間達が夜明けを暫く過ぎて目を覚まし始めた。コボルト達につけられた傷の数々はフィアとグリュンヒルダの二人の魔法とチャールズから渡されたリカバーポーションによって全て癒されているらしい。痛みも毒もすっかり身体から消え去っていた。
ふと、部屋を見回す。同室であった筈の‥‥あいつが、いない。
魔の森の近く、先程まで戦闘の行われていた場所にみらんはいた。空にはとっくに日が昇り、そろそろ青空に変わろうとする時間。この時間であれば、モンスターがのこのこ現れることもなかろう。みらんは折れた刀の先端を‥‥根元にぐるぐると布地を巻きつけてその手に握っていた。
つい先刻まで生きていた、コボルトの亡骸。
死んだ者に更に傷をつけるという行為に躊躇いはあったものの、深呼吸を一つ。目の前の死体の首に向けて、刃を下ろす。勿論断末魔が響く訳もなく、その物体は抵抗なく二つに切り分けられた。どっと溢れ出した汗を拭い、膝から崩れ落ちる少女。
『気がすんだでござるか?』
かけられた言葉は少女の国の言葉。その声の方向を見れば、木陰に隠れているつもりか大きな身体をはみ出させて佇んでいる雷光の姿。
『行動こそ奇怪ではあるが‥‥乗っ取られている訳ではないようでござるな。みらん殿、それはどういうつもりで?』
まさか何かのまじないではなかろうな、といぶかしむ雷光に、折れた刀と共にみらんが返した言葉は、やはりこれまた二人の国の言葉で。
『これがただの自己満足だという事は理解しています。だけどコボルトが刀の元主の仇かもしれないとか思っちゃったし、一つでも試せる事があるなら‥‥』
その後、折れた剣は教会へ持ち込まれた。司祭は少し不思議そうな顔をしたが、丁寧に挨拶をして折れた剣を預かった。
これで、とりあえずは一安心であろう。
「結局、今回は消費アイテムの現物支給もないのか?」
傷を癒したリカバーポーション他がその代わりのだが、保存食も油もなにもかも、持ち出しになってしまった。武器を無くした三人に皆で報酬の一部を分け与えた事もあり、結局かなりの赤字である。
「来国行か‥‥」
虚無な嗤いで雷光が、折れた剣の銘を改めて呟いた。