きれいになりたい
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■ショートシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:1〜4lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月19日〜08月03日
リプレイ公開日:2004年07月27日
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●オープニング
美しくなりたい――
それは、世の女性達の夢。女性達の憧れ。
誰よりも美しく、誰よりも華やかに。私は花園の中心に咲く華でありたい。
「――あの魔術師めが我が邸に姿を見せて早3ヶ月! 今では我が家の財政は火の車じゃ! どうしてくれるんじゃ! あぁ?」
だんだんだん!!
口角から白い飛沫を飛び散らせ、怒りの拳をひたすらに目の前のカウンターの天板に叩き付けながら1人の紳士が絶叫している。恰幅も良く、落ち着いて座っておればそれなりに威厳ある面立ちなのだろうが。感情に任せて怒鳴り散らしている今となっては、そんなものは微塵も感じられない。
対する女性は、そんな紳士の反応などまったく意に介さず、広げた羊皮紙にペンを走らせている。
ここは冒険者ギルドの受付。訪れるのは大抵が何らかのトラブルを抱えている者ばかり。故に、感情を高ぶらせた客など珍しくもなく、この程度にいちいち慌てふためいていては仕事にならない。
紳士の絶叫交じりの訴えを慣れた手つきで纏め上げ、受付の女性は紳士に改めて目をむけた。
「では、確認させていただきます。ご依頼の件は、町外れに住む魔術師にもう二度と御宅を訪れぬよう、かつ、御夫人及び御令嬢の依頼を一切受けぬよう説得する、というものでよろしゅうございますね?」
「その通りだ!」
鼻息も荒く、紳士が答える。
この話題の中心に登場する魔術師の名はヴォグ・ヘカーテ。半年ほど前ふらりとこの町にやって来た、年齢はおろか正体まで不詳のウィザードである。この魔術師は「女性を美しくする」術に長けていると自ら称し、コネを利用して上流階級のサロンなどに出没しては、『美顔薬』や『美肌薬』などの妖しげな品々をサロンの女性達に紹介していったのだった。最初こそあやしまれていたものの、日々が過ぎるにつれその効果のほどは上流階級では評判になり、いまや上流夫人・令嬢達には引く手数多の大人気。現在は希望者に対し『美のレシピ』と称する美容法を講義するなど、まさしく街のビューティ・コンサルタントとしてもてはやされている。
ただ問題なのは。この魔術師が提供する薬や講座の代金は、決して安くないということだ。というより、べらぼうに、高い。
それでもその薬を飲み、そのレシピに従えば確実に美しくなれる! という事実は女性達にとっては抗いがたいものらしく、金に糸目をつけず魔術師の薬と『美のレシピ』を求める夫人や令嬢はあとを絶たない。これがもとで破産した家が3つあるとか5つあるとかいう噂も、まことしやかに囁かれる昨今なのである。
この紳士の家もまた同上。魔術師の薬に現を抜かす妻と娘に対し何度か説得を試みたものの聞き入れられず、このままでは財産を彼女らの美容法に食いつぶされかねないと、冒険者ギルドに泣きついてきたという次第。
「手切れ金などによる交渉は、どうなさっています?」
「勿論行ったとも! しかし奴め、自分の依頼人は妻や娘達だと言い放ち、彼女らの申し出でないなら受け付けぬと抜かしおる。もし受けるとなればこちらの信用問題に関わることだから、相応の金額を寄越せといい‥‥こ、事もあろうに500Gもの大金、要求してきおって!!」
「つまり金で始末はつけられないということで、当ギルドにご依頼なさったわけでございますね。かしこまりました」
「ともかく、あの魔術師が今後一切我が家に関わることがないよう、念入り確実に説得してやってくれ! ‥‥ただし、騒ぎはそう起こさないでもらいたい。我が方にも一応面子というものがあるからな。たかが魔術師一人追い払うのに刃傷沙汰を起こしたとあっては今後の風評に関わる。くれぐれも穏便に、な。よろしく頼んだぞ」
かくしてこの日。依頼を告知する掲示板に、一枚の羊皮紙が追加された。
●リプレイ本文
●依頼人
奥方と娘を説得するため、また例の魔術師が配布している『薬』を調べるためには、やはり依頼人の協力が不可欠である。そんなわけで冒険者ギルドを通じ、一同は依頼人と会見の席を設けた。
「えぇと、単刀直入にお尋ねします。お宅様の家計を握っているのは、もしかして奥様ですか?」
あっけらかん、と訊ねたのは李 更紗(ea4957)。あけすけなその質問に依頼人は少々眉をひそめ、そして頷く。
「その通りだ! 商人の妻たるもの、家計のとりまとめで夫を助けるのは当たり前だろうが! それをあれは‥‥ブツブツブツ」
「はいはい、落ち着いて」
そのまま愚痴モードに移行しそうになるのを押し留め、更紗が続ける。
「一つ提案なんだけど、その家計の管理、おじさんがやるわけにいかないかな? 今は奥さん任せのお金をおじさんが管理して、奥さんや娘さんのお金の要求を聞いて、必要だと思ったら渡すようにして。そうすればお金の流出も防げるし、お二人は節約と我慢を覚えてもらえると思うんだけど」
「それがあっさりできれば、こんな依頼出したりしないわい!」
依頼人の答えはにべもない。どうやら、完全にカカア天下の御一家であるようだ。声がそこはかとなく涙声なのが哀愁を誘う。
「はい。お宅様の事情はよくわかりました」
コホン、と、あくまで冷静に割り込んだのは、フェルロ・レーチィル(ea4548)。
「私達としましては、例の魔術師を説得すると同時に、奥様とお嬢様の説得、そして他の、もっと安価で済む効果的な美容法をお薦めしようと思ってます」
「そこで、です。奥様方が使ってらっしゃる、問題の薬が手に入るようなら、少量で結構です。私どもにお渡しください。分析し、どのようなものなのか調べたうえで、対策を講じようと思いますので」
「それぐらいなら、お安い御用だ」
「結構です。つきましては、分析に際し必要と思われる器具、試薬がありましたら、それもご提供いただきたい。必要経費です。‥‥なに、家がなくなるよりはるかに安上がりなはずですよ」
「ぐぬぬぬぬ‥‥」
ダージ・フレール(ea4791)の理屈に、依頼人、グゥの音もなし。ひとまず、敵(?)の策を知るのが勝利への第一条件である。ここでケチって、依頼が失敗に終わったりしたら元も子もないのは確かなのだから。
他に『美のレシピ』とやらの詳細も調べなければならない。そのためにはやはり依頼人の自宅へと入り込み、奥方と娘の生活習慣なども調べる必要があるだろう。魔術師の説得は専任のメンバーに任せ、奥方と娘の説得、そして『新美容法』を薦める、という作戦にかかる面々――フェルロ、ダージ、更紗、そしてディアルト・ヘレス(ea2181)、マリオーネ・カォ(ea4335)、オレノウ・タオキケー(ea4251)らは、『依頼人が招待した旅芸人』ということで、邸へと入り込むことになった。芸人としての側面は、道化のマリオーネ、吟遊詩人のオレノウが引き受ける。
「あれ? サテラは行かないの?」
『新・美容法』の発案者の一人にも関わらず、邸への訪問を退いたサテラ・バッハ(ea3826)に、更紗が訊ねる。サテラはそれに微笑んだ。
「悪いけど、私は単独でやらせてもらうよ。対抗策の一つとして、『例の魔術師の手法とはまったく別の』オリジナルの美容法だと言って触れこんだほうが、後々禍根を残さずに済むと思うからね」
それも一理あるかもしれない。
かくして、行動開始である。いざ依頼人の家へ、と準備を進める中、マリオーネは依頼人に近づき、そっと囁いた。
「あのさあ、余計なお世話かもしんないけど。旦那、普段奥さんや娘さんに『綺麗だ』とか『可愛いよ』とか言ってる? 本来生き物ってのは、好きな相手の為に着飾ったりするモンでしょ。イライラするのは分かるけどさ、二人とも‥‥少なくとも奥様はアンタのために綺麗になろうとしてる節があるんじゃないかなあ? 説得って言っても、頭ごなしに怒鳴りつけるような真似ばかりじゃ駄目だよん♪ 案外旦那が、『お前はもう十分綺麗じゃないか』って言うだけで、少なくとも奥様は満足するかもね☆」
マリオーネの一言に、依頼人は「むむ」と絶句。
案外、そんなものかもしれないね。
●魔術師
一方。ルイス・マリスカル(ea3063)、オラース・カノーヴァ(ea3486)、ドレッド・シャルフ(ea4381)ら3人は、件の魔術師ヴォグ・ヘカーテを説得するために、彼の自宅を訪れた。上流階級で引っ張りだこになっている人物の家だけあって、派手ではないがなかなか洒落た造りの広い家だ。
――他人を破産させてこんな暮らしたあ、いい身分じゃねえか。
内心で吐き捨てるオラース。やがて、扉を開けて問題の魔術師、へカーテが姿を見せた。若くはないが、中年というほどでもなく、年齢不詳、という評価がぴったりと当てはまる。ただし完全なインテリのようで、ペンより重いものを持ったことがないのではと思えるぐらい、華奢な人間の青年だ。
「わたくしがヴォグ・ヘカーテです」
「はじめまして。ルイス・マリスカルと申します。異郷の出身にて多少言葉が拙く、少々礼に疎い点あるかと思いますが、ご容赦いただきたく」
相手は仮にも上流階級に出入りしている人間である。気分を害されては元も子もない。ルイスの懇切丁寧な挨拶に鷹揚に頷くと、ヘカーテは三人に椅子を勧め、自分も手近な椅子に腰を下ろす。
「私どもが本日こちらを訪れた理由は、ご存知でしょうか?」
「まあ、大体は。あの商人の方のご依頼でしょう? 奥方様やお嬢様に、わたくしが精製している薬やレシピを売らぬように、と」
「わかってんなら、話は早ぇ」
ずい、と、オラースが前に出る。
「とっとと依頼人の家から手を引け。だいたい、『見た目の綺麗さ』なんて大金はたいてまで固執するようなもんじゃねえだろ。そもそも、てめえのそのバカ高い美容法とやらのせいで、破産した家もあるって話じゃねえか。また家ひとつ破産させる気か?」
強い語調で迫る。しかしヘカーテは動じない。
「それは心外です。わたくしはお客様に無理矢理御品を売りつけているわけではございませんよ? 高すぎる、と言うのであれば購入しなければよろしい。ですがお客様は皆、御自身の意志でわたくしの薬やレシピをお買い求めになっているのです」
「ごもっともです」
なおも言い募ろうとするオラースを制し、ルイス。
「誤解なさらないでいただきたいのですが、私どもは決して、そちらの商売を完全に止めよう、などと思っているわけではございません。ただ、『顧客』の一部から手を引いていただければいいのです。ヘカーテ殿なら現在の名声を活かし、それこそ無尽蔵に金を持つ『真の上流階級』に顧客を絞ることも可能なのでは? それに今後、同じような依頼が発生しないとも限りません。中には荒事に訴えてくる輩もあるでしょう。今日の成功と、今手にしている地位を考えれば。厄介ごとに繋がる顧客にこだわることなどないかと存じますが、いかがなものでしょう?」
「まあ、『下手したら破産するほど高い』ってのが問題なわけで。もう少し価格の方を勉強していただく、ということでもいいかと思うんですけどねえ。例えば農作を続けるには、収穫物の一部から来年の耕作用の種を残しておかなきゃならない。それと同じで、商売も客から一切合財の財産を絞りつくしたらそれまででしょう? 破産ってのは、さすがに行き過ぎじゃないかと思うわけです。どうせなら生かさず、殺さずのラインで、末永くカモから稼ぐ‥‥ってことでいいじゃないですかね?」
ドレッドがのんきな口調で続ける。ミもフタもない論調にルイスが頭を抱えたが、気にした様子はない。ヘカーテは笑いながら頷き、そして言った。
「大変参考になる意見をありがとうございます。ですが、わたくしはお客様のご希望にお応えしているだけです。お客様がお呼びになっているのに、それにお応えしないのでは商売人としてやってはゆけません。お客様がわたくしの商品がご不要、というのであれば、特にこだわったりはいたしませんよ。その点、ご理解いただければ幸いですね」
●奥方と娘
依頼人の邸に入り込んで10日ほど。調査の甲斐あって、例の魔術師の薬や『美のレシピ』なるものがどんなものなのかわかってきた。
『美のレシピ』とは、珍しく、また目新しい手法、というわけではなかった。手法そのものは、更紗も知っているようなことばかりだったと言っていい。ただ、その手法の実施手順や組み合わせ等に独自性があるというだけだ。それに加え、独得の製法による『薬』――化粧水や石鹸――等による効果を上乗せして、より一層の効果をあげているわけだ。
「『薬』の成分に、危惧していたような鉱物などは含まれていませんでしたよ。その点では例の魔術師、良心的といえますね。主成分は主に薬草など植物の成分です。一部動物性のもあるかな。ただ、どんなものかまでは特定できませんが‥‥」
ダージが分析結果を報告する。そしておそらく、精製過程に魔術的なものも含まれている可能性がある。これに関しては1週間やそこらの分析で解明できるようなものではないし、魔術師自身、『薬』類の製法に関しては厳重に秘匿していることだろう。
「でもま、『美のレシピ』に関しては心配ないじゃん。私、これに負けないような『新しいレシピ』を作るから。フェルロさんとダージさんは、効果的な化粧品の開発、頑張ってみてよ。例の魔術師の『薬』は高い、って皆言ってることなんだし、安い値段で似たような効果が得られるなら、奥様もお嬢様も絶対こっちに乗り換えるって」
「そうですね」
更紗の提案に、フェルロが頷く。別のルートでサテラも活動を開始しているようだし、これなら少々時間はかかるかもしれないが、いずれ依頼人の望む結果が得られることだろう。
一方。サロンの方では、道化師としてやって来たマリオーネの芸を見ながら、奥方と息女、そしてディアルトが談笑していた。
「ほう、そんなに効果的だったのですか。その『薬』とやらは」
「そうなんですのよ。お陰で10年ほどは若返りましたわ」
「それは素晴らしい。ですが、貴女はそのような方法に頼らねばならないほど、以前は醜かったのですか?」
「‥‥あら」
「私から見れば、貴女もお嬢様も、充分すぎるほど美しく見えます。それは、本当に例の魔術師の『薬』がなければできないことなのでしょうかね?」
「それは‥‥どうかしらねえ」
「自力でできることに大金を叩くのは勿体ないことだと思いますよ?」
要は、魔術師の『薬』に頼らなくてもそれぐらいできるのだということを理解してもらえればいい。フェルロもマリオーネも思ったのだが、実のところ奥方も娘も決して不美人、というわけではないのだから。
――まあ、要は心、だよね。心さえ綺麗なら、顔も服も関係ないと思うんだけどなあ。
目の前で、自分の大道芸を観て楽しそうに笑い続けている娘の笑顔を見て、マリオーネは思った。
――わざわざ作らなくって、ねえ。十分綺麗じゃないの。
さて、そろそろかな?
邸のテラスにて。思わせぶりに三味線を鳴らしていたオレノウは、ちらり、と邸の方を見やる。
もうすぐ、娘がテラスの方にやってくる時間だ。例の魔術師の『美のレシピ』に基づいた習慣だそうで。薬草茶を飲みながら庭内を散歩する。その際、いわゆる『化粧品』の類はつけないようにしている‥‥ということは、既に調査済みだ。
「さて、月の女神よ。貴女の眼差しを我が眼差しに。貴女の微笑を我が微笑みに‥‥」
歌うように呟き、印象的な旋律をかき鳴らす。
その音に誘われるように、娘がこちらを振り向いた。
●悩みの種は尽きすまじ
数日後。冒険者ギルドの受付。
「確かに、妻と娘は例の魔術師の商品に手を出すことはなくなった。魔術師の方がそれにどうこう言って、我が家に押しかけてくることもない。これに関しては依頼の通りで申し分ない」
「それはよろしゅうございました。ご満足いただけたようで何よりでございます」
カウンターの前にむっつり、と立つ依頼人を前に、ギルドの受付嬢は営業用スマイルを浮かべ、そう答えた。
そう。確かに依頼は無事果たされた。冒険者達が妻と娘に与えてくれた新たな『美容法』は2人をかなり満足させ、魔術師は商売の相手を更に上流階級へと向けたようである。長年連れ添った妻に、何年ぶりかの褒め言葉を囁くのも悪くはない。
しかし、だ。
「だが問題があるんだ! 私は『魔術師を追い払え』と言ったのであって! 娘を誘惑してくれ、と言った覚えはない! あの方のためにと娘は確かに魔術師の薬をやめてくれたが、代わりに例の詩人がまた訪ねてくるのを今か今かと待っとる始末だ。どうしてくれるんじゃ! あぁ?」
どうやら、オレノウの『チャーム』は想像以上の効果をもたらしたらしい。
頭から湯気を出しかけている依頼人に、受付嬢はにこやかに微笑みつつ。
「それは、極めて個人的な問題ですから、当ギルドで対応できる問題ではございませんね。問題の詩人には、事の次第を伝えておきますから、あとは当人同士で解決をおはかりくださいませ。余計な忠告かもしれませんが、こういうことにあまりうるさいと、お嬢様に呆れられてしまうかもしれませんよ?
――では、今後とも当ギルドをよろしくお願いいたします」
きれいになりたい。
誰よりも美しく、誰よりも華やかに。私は花園の中心に咲く華でありたい。
そして、あのひとに気づいてもらいたいの‥‥。