おばあちゃんの質問〜空〜

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月21日〜07月26日

リプレイ公開日:2004年07月31日

●オープニング

 まだ日も高いパリの街。ギルドの門を潜って暫く行くと、依頼人の受付がある。
「先日の冒険談。なかなかの評判ですな」
「ええ。『輝姫』殿にとりまとめて頂けましたので。ただ‥‥お話の中で好んで悪党に成りたがる方々には弱りました。実名で手柄話を綴って行くのです。私の詩(うた)のために、あの方たちの悪い噂を広める訳には参りません」
 名が売れれば、倒して名を上げようと言う手合いも出てくる。その時、悪い噂の持ち主ならば、人は良心に恥じることなく功名を上げることだろう。一つ間違えば、たかが創り話のために命を失う危険すらあるのだ。
「詩の中で立派な行いの方ならば、尋常の勝負を挑んで来るでしょうが、悪党ならば闇討ちされることも考えられます。私の仕事が上手く行けば行くほど、そんな危険があり得るのでしてね。少し困りましたよ」
 黒絹のマントに身を包んだ男が、汗を拭き拭きギルド職員に話す。困ったと言いながらもその表情はいつものように微笑を浮かべたままだ。マスク越しでもその微笑みは柔らかく伝わってくる。
「お疲れ様です。で、この間の依頼の件ですか?」
 ああいやいや、とお茶を一口、依頼主はここで初めて困ったような表情を見せた。
「実はですね。私の知人の‥‥やはり吟遊詩人の人なんですが。今年六十になるその方、娘さんやお孫さんが家事全般こなしてくれるのをいい事に五十を過ぎてから吟遊詩人になった方なんですよ。流石に足腰の方が弱ってきてますのであまり外で歌うことはないのですが、それでも彼女ならではのいい詩を作るんですね。私とは違って、なんと言うか‥‥ふんわりとした、可愛らしい唄を得意とする人で」
 どうやら彼は彼女のファンであるらしい。彼女の唄の魅力を一通り語った後、ふうと溜息をつくとお茶を一口。
「‥‥そのお婆ちゃんなんですが、悪い癖があるんですよ。何か面白い事を思いつくと‥‥周りの人に質問してくるんです。その質問がまた難しいというかなんというか」
 例えば、と彼は自分が過去に出された質問を同じようにギルド職員に出してみる。出されたギルドの職員、目を真ん丸くして叫んだ。
「そんなこと、神様でもなけりゃ分かる訳ないじゃないですか?!」
「いやいや、もちろん『本当の答え』である必要はないんです。彼女の好みに合うような、夢のある答えを彼女は求めているんですね‥‥ただ、それが難しいんです」
 どうか彼女の話に付き合ってもらえませんか。そう言って、吟遊詩人マレーアはにっこりと微笑んだ。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2165 ジョセフ・ギールケ(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2807 リィル・コーレット(18歳・♀・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3066 レイム・アルヴェイン(23歳・♂・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3173 ティルコット・ジーベンランセ(30歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4099 天 宵藍(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●お話はお茶会と一緒に
「しかしまぁ、変わった依頼もあるものですね」
 バスケットをぶら下げたソフィア・ファーリーフ(ea3972)が笑う。血生臭い依頼も多いが、冒険者ギルドには子供のお守りや薬草取り、中には芝居に出ろなどという依頼もあるわけで。老婆の話相手をしろというのもまぁ、あってもおかしな話でもないが。何が変わっているかといえば、老婆が答えのない質問を出してくるからそれに答えろ、というところであろう。
「お話の世界なら答えられないと頭からバリバリ‥‥なんて事もあるんだろうけど、流石にそんなことはないよな!」
 あはは、と笑うのはジェイラン・マルフィー(ea3000)。彼もポケットに自分の食べたいお菓子をたっぷり詰め込んで。どうせ話をするなら、楽しい雰囲気の方がいいじゃないか。そんな彼らの心配りである。ソフィアのバスケットには少しばかり洗練されたデザインのティーポットやカップ、リィル・コーレット(ea2807)の持ってきたお菓子、サラサ・フローライト(ea3026)の持ってきたお茶数種類も入っていた。なかなかに楽しいお茶会になりそうだ。自分の持ってきた果実を一つかじりながら、天 宵藍(ea4099)もぼんやりとついてきている。毒舌で独りを好むような節の見られる男で、あまりこのような依頼を好むタイプには見えなかったが‥‥何か思うところでもあったのだろうか。
「流石にあっちの菓子は売ってなかったなぁ‥‥」
 風 烈(ea1587)が少しつまらなそうに呟いた。その頭にぺたりとリィルが張り付いた。
「まぁまぁ。さ、皆でお婆ちゃんの家にれっつごー☆」
 なんだか仕事だとは思えない楽しさ。だが忘れるな、これもきちんとした依頼なんですよ? いや本当に。

●おばあちゃんの質問 〜その前に〜
「あらあら、よく来てくれたわねぇ。さ、どうぞどうぞ。あらあらこんなにお土産いっぱい。ちょっとエリーさん、お湯沸かして頂戴!」
 ‥‥どこが「足腰弱ってる」んだろう。ふと思った疑問は口に出さず、皆目の前の吟遊詩人に流されるままにテラスに案内される。テラスには柔らかな木漏れ日が差し込み、夜には一面の星空も見えることであろう。なかなか贅沢な空間だ。
 テーブルの上にはお茶とお菓子、そしてシフール用の椅子とテーブル。小さなカップにも暖かな湯気が立ち上り、お茶会兼お話し会の始まりだ‥‥
「その前に」
 おっとっと。
 ジョセフ・ギールケ(ea2165)がお茶を前に、吟遊詩人の老婆に向かって口を開いた。
「私はこの質問の答えを求めたくはない」
 はあ、と席についた吟遊詩人はジョセフの次の言葉を待つ。
「美しいものは美しい。それだけでいいではないか。それに『何故?』と、問うのはいいが、その答えを求めるのは無粋だ。美しいものに理由をつけると――それがどんなに幻想的なものであれ――その美しさを損なうことになる。そうは思わんか?」
 手入れの行き届いた金の長い髪を風になぶられるがままに、異国の青年は静かにそう語る。仲間達の間に刹那の沈黙。‥‥しかし。
 暫く何も聞かずに話を聞いていた老女は、小さく噴出したかと思うと声をあげて豪快に笑い始めた。それこそ目に涙を浮かべ、奥歯の窪みの形まで見えてしまいそうな笑いである。
「な、何がおかしい?!」
 馬鹿にされたと感じたか。ジョセフが立ち上がって声を荒げれば、吟遊詩人は腹を抱え涙を浮かべたまま彼に謝罪する。
「ああ、ごめんね、あーおかしい。いやはや、それを言う為だけにうちに来たのかい? あはは、元気な子は好きだけどねぇ」
 姿勢を直し、まっすぐとジョセフを見据える。おとなしく椅子に座り直した青年に、老婆はまるで子供に話し掛けるかのように――いや、彼女から見ればまさしく子供なのだが――優しく語りかける。
「まあ、今はそれでもいいかもしれないねぇ。でもあんた、これがもしあたしでなくて、『自分の子供からの問い掛け』だったら‥‥あんたはおんなじ事を言うのかい? 『理由をつけたら美しくなくなる』って。年端もいかない子供に?」
 先程雄弁に語っていた青年の表情が一瞬固まる。それが頭の中でツインテールでほっぺぷにぷにの可愛らしい少女が「ぱぱー」と駆け寄ってきた事に対する反応なのか吟遊詩人の言葉に対する反応なのかは分からないが、どうやら反論の言葉は出てこないようだ。錬金術師の青年はそのまま何も語ることなく、お茶をすすった。
「じゃ、始めましょうかね」
 手元の竪琴をポロンと鳴らす。お茶会の始まりだ。

●にじは なぜ できる?
 質問に関しては既にギルドに張り出されていたから、その場で考える、と言う訳ではない。時間は充分にある。一人一人が自分が寝物語に母から聞いた話や質問を見ながら考えてきた話を、のんびりと老婆に聞かせてやればいいだけの依頼。少しばかりアクシデントはあったが、ようやっと『仕事』の始まりだ。
「それでは僕から‥‥」
 つい、と指先まですらりと伸びた美しい手が挙がる。ぱっと見れば美しい男性だが、フェネック・ローキドール(ea1605)はれっきとした女性。にっこりと微笑むと小さく発声練習、無伴奏で歌い出そうとする。
「使うかい?」
 差し出された竪琴を会釈で受け取って、『熱砂と沼沢の歌姫』が紡ぐはジーザス教教典からの一節。

♪虹は何故、空に架かると言うのか、それは神様の誓いの標(しるし)
 一人の人に生まれし罪は地に溢れ、世人悉(よびとことごと)罪に染まり足り。
 神の義は今、大いなる水で罪の穢れを洗わん時に。

 義人を捜し、ノアと家族を見出し、大きな船を築けと命ず。
 多くの人らはこれを嘲り日々の毎(ごと)、娶り歌い・商い・争い。
 御怒りは今、大いなる愛で最期の機会与うと言うに。

 番(つが)いの獣。数多来たりて集まり、救いの船に続と乗り組む。
 天の扉は今開かれたり。天の水は今注がれり。
 雨は激しく、四十日四十夜。ノアと家族を残して絶てり。

 セム・ハム・ヤペテ、三人(みたり)の息子。ノアの家族は地に足降ろす。
 再び水で滅ぼしまじと神は掲げん、契約の虹。
 仮令(たとえ)貴方の心を雨雲が閉ざし、雨や嵐が訪れたとしても、
 神はあなたを見捨て賜わじ♪

 本職だけあって、そつがない。
「では、次は僕が。‥‥でも、フェネックさんの後はやり辛いな、なんとなく」
 苦笑いを浮かべながら、レイム・アルヴェイン(ea3066)。こちらはまた自分の感性のままに。フェネックから受け取った竪琴で、七人の神の歌を綴る。

♪雨雲の上に住んでいる。とっても気まぐれ神様は、雨の後に降りてくる。
 滝の裏にも住んでいる。寂しがり屋の神様は、七人そろって踊ってる。
 雨と滝の神様の、衣は明るい七つ色、裾に光る宝石よ♪

 二人の唄にぱちぱちと、テーブルから拍手が起きる。少し照れくさそうに二人が腰をおろすと、ソフィアがティーカップをソーサーに置いて指を組んだ。
「雨の降る音って‥‥いったいどこから聞こえてくると思いますか?」

♪雨滴が大地を叩く音? いえいえそうではありません。
 地の精霊が用意した虹の弦を、雨が弾いてる音楽ですよ。
 虹の七色、七つの弦(いと)をかき鳴らし、雨は歌っているのです♪

「はいはいはい、あのねあのね」
 表情にも仕草にも幼さを残したリィルが小さな手を上げる。シフールらしい、明るく楽しく可愛らしい答え。

 それぞれの答えに、吟遊詩人は何を言うでもなく頷きながら耳を傾けていた。

●そらは なぜ あおい?
 リィルの話は続く。
「でねでね、空が青いのは―」
♪んーとね、お空の上ーの方。私達に見えないように、姿をほらー隠しながら。もの凄くおっきなブラシとかで色を塗っている人が居るの♪

「‥‥先程の質問と、答えが重なってしまうかもしれないが」
 はしゃぐリィルの言葉を断ち切るように、そっけない口調でサラサが切り出した。あまり笑顔を見せるタイプではないようだが、独特な語り口が皆の興味を掴む。

♪昔々、世の中に、まだ『色』が無い時代。
 悪戯好きなシフールが、神様の元から一つの宝を盗み出した。
 天使の絵の具 羽の筆。全てを染める光の宝。

 彼は塗った世界中。名付けられしもの全て。
 けれど彼の薄い羽は、天の高みには届かない。
 最後に残った空だけは、ずーっと色の無いまま。

 ある日、神様が彼を呼ぶ。
 怯える彼に告げし言葉は、只一つ残りし空を染めよ。
 彼が貰いし蝶の羽は。隼よりもなお速く、大鷲よりもなお強く、
 太陽をつかみ取るヒバリよりも逞しい。
 「どうせなら世界で一番鮮やかで美しい色に染め上げよう」
 誓って筆を取り大空へ。
 その日その時、気紛れな風。慣れない大きな羽は揺れ、うっかりこぼす天使の絵の具。
 そのうち青い色だけが空に懸かりて空を染める。
 天使の絵の具は彼の羽、懸かかりて五色に染め上げん。

 悪戯好きなシフールは、染め直そうと筆をとり、今も描いているのです。
 茜雲や白い雲。黒雲そして稲光(いなびかり)、描き続けているのです♪

●ほしは なぜ ひかる?
 この質問を選んだ二人は偶然だろうか、どちらも華国の者であった。しかし同郷とはいえ国単位では流石に場所が広すぎる。二人の生まれ育った場所では異なる話が伝わっているようだ。

♪それ星は、神仙が栖(すみか)天帝が卓。
 那由多あらんや殿上の燭。
 流浪転々して孤影沈々。
 光は示さん 希望の色♪

「んーと。上手く出来たかな? 俺の国では、星には神様が住んでいて、星には神様が住む宮殿があると言われているんだ。俺も修行の旅に出るまで、何故遠いところにある星が光って見えるほど明るく光っているのか分からなかったが。多分、迷っている人を励ますために、神様が闇に一筋の光を送っているからじゃないのかな」
 烈は頭をかく。

♪松明掲げ、鬼(き)は唱(かた)る。
 妹は願う肖を見つけよ。
 残余天の許すところ。
 星を探さん 草むす笙に♪

「妹が言っていた。ヒトは死んだら星になるのだと。そして空から『自分は此処だ』と光って合図を送っているのだと。だから星は光っているそうだ。『私が死んだらちゃんと見つけてね』などと縁起でも無い事を言うものだから、酷く叱った覚えがある。‥‥だが結局、わしの家族は皆星となってしまった。仕方が無いので空を見上げては探しておるが‥なかなか見つからんものであるよ」
 宵藍は寂しげに呟いた。

「あ、えーとねぇ。お星様はね」
 もうそろそろお茶もなくなりそうになった頃。リィルが思い出したように口を開く。

♪あのね、あのね。お星様はね。住んでる人の心が綺麗 だから光るの♪

●おつかれさまでした
「みんな、ありがとうね。さ、これはお仕事の報酬。少ないけど貰って頂戴」
 小さなはぎれに包まれたコインがちゃりちゃりとなる。報酬というよりお小遣い。それでもまあ、仕事は仕事。
「‥‥おい。私の分は‥‥?」
 ジョセフの掌に置かれたのは、老婆お手製のビスケット。いや、それ自体は他の者も受け取っている。肝心なのは報酬である‥‥それが、ない。
「何言ってるんだい。あたしゃ仕事してくれた人に報酬を払ってるんだよ? お茶飲んでお菓子食べてるだけで、何も仕事してない人には‥‥お駄賃も払えないのは道理じゃないかい?」
 老婆の意地悪な一言に。ジョセフは呆然とし、皆は笑った。
 世の中意外と厳しいものである。やれやれ。