還れ母の胸に

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 18 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月23日〜07月29日

リプレイ公開日:2004年07月29日

●オープニング

「はぁはぁ、はぁはぁ」
 激しい息切れの音。激しく肩が上下する。
 こんなに本気で走ったのは、多分、生まれて初めてではないだろうか?
『いたか!?』
『こっちにはいないぞ!』
 背後から聞こえる怒鳴り声。
 息苦しいのを我慢して息を潜め、思わず身を壁に貼り付かせ、一体化するよう試みる。
『あのガキ、どこに行きやがった!?』
『ガキだと思って甘く見ていたな‥‥かくれんぼが得意なようだ』
『おいおい、洒落になんねぇぜ。あのガキ殺せばン百Gの報酬が‥‥』
『分かってるって。ガキの足だ、そう遠くへは行ってないだろうぜ』
 やがて声と足音が遠ざかってゆく。
 そして曲がり角から身を乗り出して辺りを窺うと、人影はなくなっていた。
 胸を撫で下ろしてゆっくりと深呼吸をした。
 その口調と会話の内容から、盗賊か追い剥ぎか、少なくとも真っ当な仕事に就いている者達ではない事が伺えた。

 路地から出てきたのは――年端も行かない少年だった。
 服は薄汚れ、ズボンは擦り切れ、髪の毛はかつては綺麗な金髪だったのだろうが、今は煤けていた。
 ぱっと見、どこにでもいる普通の少年だ。
 だが、その整った顔立ちは育ちの良さを暗に表し、将来、美男子になる事を約束されているような雰囲気があった。

「お金なんかいらないのに‥‥ママと一緒に静かに暮らせればそれでいいのに‥‥どうして断ったのに、ボクを放っておいてくれないの?」
 少年は来た方向とは別の道へと歩き出しながら、途方に暮れていた。
 すると、とある看板が少年の目に映った。

『冒険者ギルド』

 少年は背負っていたバックパックを降ろすと中を確認した。
 今まで貯めた金は、自分の旅費以外にも数人分なら出せそうだ。船旅ではなく馬車になるが。
 ――文無しになってしまうが、母の元へ無事に行く為には、一人では無理だと再三、襲われて分かっていた。

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにどんなご用件ですか?」
「あの‥‥護衛をお願いしたいんです、出稼ぎに行っているママの所まで‥‥。ここには『ラファール(疾風)』と呼ばれる勇者さんや『醜(しこ)の御盾』と歌われる義に篤い方達がおいでだと聞いています」
 にこやかに微笑むギルドの受付嬢に、少年は銅貨の最後の一枚までかき集めて卓に積み、おずおずと用件を告げた。

●今回の参加者

 ea1690 フランク・マッカラン(70歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2021 紫微 亮(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3587 ファットマン・グレート(35歳・♂・ファイター・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea3651 シルバー・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4909 アリオス・セディオン(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●狙われる醜い理由
「あの‥‥ルキっていいます。よろしくお願いします」
「俺は紫微亮だ、亮でいい。護衛は泥船に乗ったつもりで任せとけ」
「‥‥これから出発だというのに、出だしから不吉な事を‥‥。無名で悪いですけど‥‥ま、宜しく」
「い、いえ、そういうつもりではなく‥‥依頼を受けてもらえるだけで嬉しいです‥‥」
 護衛の依頼をお願いした少年ルキは、朝早く、まだ日も登らない内から紫微亮(ea2021)達と顔合わせをしていた。亮がどんっと武闘着の下に隠された引き締まった胸を叩く横では、アウル・ファングオル(ea4465)が艶やかな黒髪をぽりぽりと掻きながら、どこか無気力そうに挨拶する。
 確かに依頼する際、噂に聞いた冒険者の名前を出したが、ルキは手を振ってアウルの台詞を否定した。その言葉はお世辞でもおべっかでもなく、ルキの偽らざる本心であろう。
 事実、この時間に合流しようと提案したのはアウルだった。子供連れは追撃側が心情的にも有利というハンデを踏まえ、日が差し始める頃には出立していたいという意向だ。
「それを言ったら私も同じく無名ですよ。でも、ルキ一人を護れる位の腕前は持っているつもりです」
「子供が助けを求めておるのじゃ。無事に母の元へ連れていってやりたいと思うのが人の情じゃよ。それには無名も有名も関係ないじゃろうて」
(「俺も勿論そのつもりだ。目の前の幸せは‥‥必ず守る。それが‥‥俺の信ずる道」)
 シルバー・ストーム(ea3651)は内心、苦笑しながら、それはおくびにも出さず、アウルをフォローした。口ではそう言っているものの、彼は剣術大会で優勝する程の実力の持ち主だった。
 一方、『醜の御盾』と謳われるフランク・マッカラン(ea1690)は義理人情に厚く、ルキに言われずとも、その言葉通りこの依頼に馳せ参じていただろう。
 鼻の下に蓄えた、髪の毛と同じ色の髭を撫でながらルキの姿を見る茶色い瞳は、孫を見守るかのように優しかった。
 フランクの歳を重ねた重みのある言葉に、亮はルキを護る決意を新たにする。
「宝石の原石、とでも言いましょうか‥‥利発そうな子みたいですし、5年後が楽しみですわね」
「そうですか? 可愛いとは思いますけど‥‥」
 それがキラ・ジェネシコフ(ea4100)のルキを見た第一印象だった。年下趣味とかそういう事ではなく、アウルの言葉を即座にやんわりと否定する等、歳相応の子と比べれば心配りや機転が利くという意味だ。
 生まれ持った才か、努力の賜物かは判らないが、それを生かすも殺すも本人次第。そして才能を伸ばすには、良い人との巡り会いも必須である。
 誰かに磨いてもらう――宝石の原石とはそういう意味だった。
 だが、サーラ・カトレア(ea4078)はキラへの返事を言い淀む。先程からルキは自分だけを避けているように思えたからだ。ちらちらと目線は寄越すものの、優美ににっこりと笑い掛けてもすぐに俯いてしまう。
 ジプシーとして人に見られる事に慣れているサーラは気付かなかったが、ルキが直視できない理由は実は彼女自身にあった。ほっそりとした肢体を最小限包むジプシーの衣装は、豊満な胸や白い肌も露に、サーラの魅力を十二分に引き出している。誰が太陽を見つめつづけて居られるだろうか? まして年端も行かない純なお子様には、それは少々刺激が強過ぎたようだ。
 キラにその事を指摘されたサーラはマントを羽織り、ルキと挨拶を交わす事ができた。
(「自分達を雇う金があれば、船や駅馬車でずっと旅もできたろうに‥‥」)
「母親の所へ向かうのに護衛が必要とは、何か心当たりでもあるのか?」
「ファットマンさん、人にはそれぞれ理由があります。それが母親に会いたいだけとはいえ、ね‥‥」
「いえ‥‥護ってもらう以上、話さない方が不誠実ですよね‥‥」
 ファットマン・グレート(ea3587)は自分達の護衛の意味を単刀直入に聞く。依頼を受けた以上は、当然ルキを無事に送り届けるつもりだが、何の為の護衛なのかを知っておいた方が護り易いのも確かだ。
 サーラが依頼人の数だけ事情があると慮って割って入るが、ルキは自分が狙われている事を話した。

 ルキと母親は市民だが、ルキの父親はノルマンのとある貴族の長男だった。
 しかし、父は母と一緒になる為に駆け落ち同然で家を出てしまった。
 その父は流行病で数年前に亡くり、母はルキを家に残して出稼ぎへ出ていた。
 そこへルキの父方の祖父が死に、遺産(領地)の受取人として息子であるルキの名前が挙がった事が伝えられたのだ。
 突然降って湧いた話だったが、ルキは貴族になるより母との静かな生活を選び、遺産の受取を拒否した。
 しかし、父の弟はその断り話を信用せず、ルキを付け狙い始めたのだ――。

「依頼の内容を聞かされた時、なんとなく貴族のお家騒動か、と思ったのだが‥‥正にそうだったとはな」
 アリオス・セディオン(ea4909)は肩を竦めた。この手の話は聞き慣れていたからだ。
 貴族の名前を伏せているのは、ルキなりにアリオス達が下手に深く首を突っ込まない為の配慮だろう。アリオスもその辺りは心得ているので、詮索する気は全く無い。
「ルキは叔父に命を狙われているって事か!?」
「‥‥叔父と言っても、会った事もありませんけどね」
「貴族社会では、あまり珍しい事ではないがな。同じ親から生まれても、家督を嗣ぐ長男だけが主君で次男以下は家来だ。それが家を保つ方法と言うもの」
「それでも身内に手を出すとは許せん。それなりの対処が必要だ」
 事情を聞いて怒りを露に、涙々のファットマン。それをルキとアリオスが一応なだめるが、俄然やる気になっていた。

 そうこうしている内に、今日一番目の馬車がやって来る。アウルの意向通り、日が差し始める頃にパリを離れることが出来た。

●冒険者から学ぶ事
 出発場所に来た馬車に、先ず亮とシルバー、ファットマンが乗り込んだ。
 その際、ファットマンは御者に話を付けて、ここを少し出た場所でフランクとサーラに付き添われたルキを乗せた。端から見れば、お爺ちゃんと一緒に出掛ける姉弟が乗り遅れた‥‥ように見えなくもなかった。
 こうする事でどの馬車に乗ったから悟られないようにしたのだ。

 朝一番という事もあって、馬車はシルバー達の貸し切り状態だ。
『馬車に乗る間は窓の側にいないように。見つかってしまいますわよ?』
 乗る前にキラから聞いた助言をルキは守って席の真ん中に座り、左右をサーラとシルバーが固める。向かい側にはフランクとファットマンが座っていた。
「イイ曲だろ? 俺も気にいってんだ。まぁ‥‥もっと哀しい方がより好きだけどな」
「リクエストがあれば、どんな曲でも踊れますよ」
 先に乗り込んだ亮は馬車の上で得意の笛で静かな曲を披露し、サーラが感想を述べる。
 ルキは亮の笛の音をBGMに、シルバーから森の話を、フランクとファットマンから武勇伝を聞いていた。
「呑気なものだが‥‥ルキの体力が、俺達と同じとは思えないからな」
 馬車と併走して愛馬を走らせているアリオスは、シルバー達の話を歳相応の少年の楽しそうな表情で聞いているルキを見ると、つい許してしまった。
 また、アウルは予め馬車のルートを聞いて先行し、前方の警戒に当たり、キラは愛馬に跨って、馬車を着かず離れずの距離を保って追従して行く。

 その日の駅馬車の終点に着くと、街道から少し入った所で野営する。
「少しでも姿を見せないようになさい。それにテントの方が休まりますわ」
 キラは護衛の意味も込めて、ルキにテントを提供した。簡易テントなので、護衛に専念するサーラが一緒に寝る事になった。
 寝る前にファットマンとフランクが、座りっ放しで軋んだ身体を解そうと、ルキに軽い稽古を付けた。騎士の血を引いている所為か、意外と飲み込みは早い。
「本人にやる気があれば、数年でモンゴル流をものにできる素質を持っているな」
 ファットマンもキラが言っていた宝石の原石という意味が分かった。
 シルバーが草の端を結んで輪っか状にした簡易トラップを仕掛けてくると、二手に分かれて2交代で見張りを開始。
「さて、ルートは2つ。街道と川じゃ‥‥敵は船で先回りしているか、それとも追ってくるかのぅ」
「ルキの話を聞く限りでは、本物の暗殺者ではないようですし‥‥ゴロツキ風情が高い金払って船で先回り、という可能性は低いでしょうね」
 フランクとアウルは焚き火の番をしながら、眠気覚ましに敵の出方をあれこれ予想した。

●襲撃!
 翌日は道中の半分で駅馬車を降り、徒歩となった。
 アリオスがサーラとルキに愛馬の背を譲り、本人は手綱を持って歩いた。その際、ファットマンが自分のマントをルキに羽織らせた。身長的に余った部分はフード状に頭に被せて顔を隠す。
「何かがいますね」
 夕方に差し掛かり、辺りが暮れなずみ始めた頃、目の良いシルバーは街道の脇に屯する一団を見掛けた。身なりは冒険者‥‥に見えなくはないが、そこは街道の幅が狭まり、左右に人の背丈より大きな雑草が生え、襲撃しやすい場所と言えた。
 シルバーは亮達に警戒するように促す。
「お前達がガキを匿ってんのは判ってるんだよ! 痛い目見ない内に渡すのが賢明だぜ?」
 案の定、一団はアリオス達が来ると道の両脇に展開し、呼び止めたでは無いか。
 大方、馬車で後を追い、途中で追い抜いたのだろう。とキラは思った。ルキ本人よりルキが雇ったキラ達冒険者を覚えた方が、追撃はずっと楽になる。思ったよりも頭は切れるようだ。
「これが答えですよ」
「舐めんなよ?」
 アウルがクルスソードのスマッシュを、亮がオーラショットを目の前のゴロツキに繰り出し、これが先手必勝となって、2人のゴロツキは派手にもんどり打って倒れる。
「野郎!」
「アリオス、サーラ、弓を持った敵が居ます!」
「分かった!」
「この子は傷つけさせないです」
 シルバーが雑草の中から弓を持ったゴロツキが出てくるのを確認すると、矢を立て続けに射って牽制した。それでも数本飛んできて、ルキの前に立ち塞がったアリオスの左腕に吸い込まれた。サーラはルキを地面に押し倒し、自分も姿勢を低くして矢に備える。
「雑兵ども! 『ツァガーン・バアトル』の名を聞いても恐れない奴は来い!」
 ファットマンは雄叫びにも似た怒声で名乗りを上げると、ミドルクラブをブンブン振り回してゴロツキに突進していった。いかな手練れと言えども、必殺の一撃を食らわずして彼に手傷を負わせるのは至難の業。
 その横ではフランクが黙々とロングソードからスマッシュEXを繰り出して、着実に自分の仕事をこなして行く。
 弓を持ったゴロツキには、シルバーの正確な射撃で怯んだ所へキラが斬り込んでいった。
「お節介は好きなんでね」
「ゴロツキ相手に遅れを取るとは‥‥まだまだ未熟ですね」
 ゴロツキ2人を相手に防戦一方になったアウルを、亮が砂を掴んで浴びせ、視界を封じると同時に鼠撃拳で確実に仕留め形勢を逆転。

 かくして数分後にはゴロツキは全滅し、キラ達が手分けしてロープで捕縛していた。
「す、すみません‥‥僕を庇って‥‥」
「この程度の怪我は、冒険者には当たり前なんだ」
 アリオスやサーラは矢で負傷したが、ルキに心配を掛けないよう、その間、リカバーで治療した。
「依頼主を話せば、貴方達にとっていい方法を取ってあげますわ。もし話さなければ‥‥分かりますわよね?」
「しかしこいつらに、本当に金が入るんでしょうかね? 弱者は所詮、利用されて捨てられる末路でしょうに」
「俺なら、甥殺しの犯罪者として車裂きか釜ゆでにするな。そうそう。よけいなことを喋らぬように、予め舌を引っこ抜いてから裁判だ」
 キラの尋問とアウルの恫喝に、ゴロツキ達はあっさりと口を割ったが、アウルは町の役人に引き渡しても、トカゲの尻尾切りのように、せいぜい証拠隠滅の為に利用されるだけだと踏んでいた。
 亮達はゴロツキを役人に引き渡したが、案の定、大した報酬は貰えず、その日の宿泊代で消えたのだった。

●母を訪ねて‥‥
 翌日は朝からルキの母親捜しに繰り出した。ルキも母親の出稼ぎ先は、漠然とした場所しか知らなかったのだ。
 そして昼過ぎ、遂に母との再会が叶った。
 ルキの母は
「‥‥ルキ‥‥!? お前、どうしてここへ‥‥」
「‥‥ママ‥‥ママと一緒に暮らしたくて‥‥冒険者さん達につれてきてもらったんだ‥‥」
 ルキは母の胸に飛び込むと、声を殺して泣いた。母も我が子をしっかりと抱き締めた。
「たまには、こういうのも悪くないですね」
「ああ‥‥」
 シルバーは微かに微笑み、亮は貰い泣きを寸前で止め、そのまま背を向けて歩み去った。
「小遣いから報酬を受け取る訳にはいかんよ」
「いや、これは正当な報酬だ。冒険者として受け取ろう」
 フランクの報酬を返そうとする手を、ファットマンが制した。理由はどうあれ、それが冒険者のけじめだと思ったのだ。受け取ったからと言って、誰かが不幸になる素性の金でも無い。
「まぁ、あんたも守りたいものがあるなら、守れるようになる事ですね‥‥ま、何かあればまた」
「冒険者の力を借りたとはいえ、危険な旅を乗り越えたんだ。それは誇りを持ってもいい事だな」
「貴方には機転と気遣い、そして勇気がありますわ。それを忘れないように。神の祝福があらん事を」
「機会がありましたら、私の踊り、見に来て下さいね」
 アウルは母親を今度はルキが守るよう促し、アリオスがこの冒険で得たものを振り返るよう告げた。キラはルキの額に軽く祝福のキスを与え、サーラは軽やかに手を振ってその場から去っていった。

 母を恋しく想っていた少年は、冒険者達の心に触れ、近い将来、もしかしたら新しい冒険者としての一歩を踏み出すかも知れなかった。