ザ・チャンピオン〜生けるバンパイア〜

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月24日〜07月30日

リプレイ公開日:2004年08月01日

●オープニング

 まだ6歳にもならないくらいの小さな女の子が、ものすごく深刻な顔をして冒険者ギルドにやってきた。
 いったいどうしたというのだろう? 迷子の仔猫探しか、それとも? そんな思いを巡らしていたギルドの事務員の前までくると、女の子は叫んだ。
「おねがいだから、おねぇちゃんをたすけて! おねぇちゃんがバンパイアにされちゃう!」
 女の子の言葉に、事務員の女性はおもわず手にしていた羽ペンを落としてしまった。
「本当なの? 詳しい話を聞かせてちょうだい」
「よるになると、こわいおとこがおうちにやってくるの。せがたかくて、おかおがキモチわるいくらいまっしろなおとこなの。おとこはいっつも、おねぇちゃんのへやにはいって、おねぇちゃんとふたりっきりになるの。おとこがくるようになってから、おねぇちゃんはだんだんげんきがなくなって、ことばをしゃべれなくなったの。いきているのに、しんでるみたいなの。あのこわいおとこはバンパイアで、よるになるとおねぇちゃんのちをすって、バンパイアにしちゃうつもりなのよ!」
 そこまで言うと、女の子はわっと泣き出した。

 気になった事務員が調査を行ったところ、次のようなことが分かった。
 まず、問題の男は明らかにバンパイアではない。男の名はモスといい、異国との商取引の仕事をしている。モスは1ヶ月ほど前に、ジュディスという名の貧しい娘に求愛し、交際を続けている。話によれば、近いうちに二人で船に乗ってイスパニアに向かうという。イスパニアはモスの生まれ故郷だとかで、二人はそこで結婚式を挙げるという話だ。
 しかし、幼い女の子のただならぬ様子を目の当たりにした事務員は、このモスという男の背後にある忌まわしい悪事の臭いをかぎつけていた。彼はいろいろと噂のある新進貴族、バルディエの館に出入りする者の一人でもあったのだ。

「‥‥というわけで、あなたたち冒険者にはこのモスという男の身辺を洗い、悪事の証拠を押さえて欲しいの。悪事の証拠が挙がれば、あとはモスをお役人に引き渡すだけよ。ジュディスのことも心配だけど、ジュディスが解放されればその身柄はひとまず冒険者ギルドで預かることになるでしょうね。くれぐれも気をつけて。世の中にはモンスターよりもたちの悪い悪党がゴマンといるんだから。事情は言えないけど、さるお方から支援が来ているので、成功報酬は期待していいわよ。では、成功を祈るわ」

 所は変わって、ここはウミネコ亭というパリの宿屋。ジュディスを連れて現れたモスに、出迎えたウミネコ亭の主人が慇懃に挨拶する。
「おお、モス様。よくぞいらっしゃいました。このたびはジュディス様とのご婚礼、まことに喜ばしいことで。それにしても、まことにお美しい方ですなぁ」
 モスに連れ添うジュディスは高価なドレスに身を包み、まるで妖精のように美しい。しかし、その目はあらぬ方向を向いたまま、一言も言葉を発しない。モスが取り繕うように言う。
「ジュディスは喜びのあまり我を忘れ、もう何日も心ここにあらずさ。ところで、私とジュディスの部屋はどこかな? 早くジュディスと二人きりになりたい」
「承知いたしました。お二人のために最高級の特別室を用意してございます。今、係りの者に案内させましょう」
「ありがとう、ご主人。これは宿代、そして礼金だ」
 モスはかなりの額の金貨を宿の主人に手渡した。
 用意された特別室に来ると、モスはジュディスを部屋に残したまましっかりと部屋の鍵をかけた。そして宿屋の裏庭に向かう。建物の陰の暗がりの中に、人相の悪い4人の男が待っていた。モスは男たちに命じる。
「商品の置いてある部屋には常に目を光らせろ。必要もないのに商品に近づくヤツらは追い返せ。久しぶりに見つけた高値で売れる商品だ。横取りされたら元も子もねぇ。あと数日もすればイスパニア行きの船がやって来る。俺が商品と一緒にその船に乗り込んだら、おまえらの仕事は終わりだ。さあ、持ち場に戻れ」
「分かったぜ、モスの旦那」
 4人の男たちは船の何処かに消え去った。

●今回の参加者

 ea1603 ヒール・アンドン(26歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1906 ヴォルディ・ダークハウンド(40歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea2005 アンジェリカ・リリアーガ(21歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea4486 ウィン・フリード(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea4674 アマーネ・アマーネ(21歳・♀・バード・シフール・イスパニア王国)

●リプレイ本文

●ジュディスの村
「なんだか聞いた限りだと、薬物を使用してるっぽいンだよね‥‥。ボク、冒険者として以前に薬師として、そういうの許せないよ」
 その方面に人並みならぬ関心をもつエル・サーディミスト(ea1743)は先ずジュディスの家がある村とその近隣の地域に自生する植物について、城の宮廷図書館やギルドの記録庫で調べてみた。
 ジュディスの村の近くは、現地の名前できのこ山と呼ばれる丘陵の近く。ある種の毒きのこの自生地だった。生き物を麻痺させて時には死に至らしめる毒を持ち、村では誤って食べた子供が犠牲になる事件が過去に何回か起きている。
 下調べを終えると、エルはアンジェリカ・リリアーガ(ea2005)に付き添って共にジュディスの住んでいた村へ向かった。薬が使われた現場に残っているはずの証拠を見つけるためだ。ところが‥‥。
「な‥‥なんでこうなるわけ?」
 ジュディスの家は火事で焼けて、きれいさっぱりなくなっていた。通りかかった村人が言う。
「この家にはごろつきの親父とその女房が住んでいたんだよ。まあ、ろくでもない奴らで昔っから近所の鼻つまみ者だったんだが、ある晩火の不始末をしでかして家を焼いて、そのままとんずらさ。行き先? 知らないねぇ。そういえば最近、大金が転がり込んだらしくって妙に羽振りが良かったが‥‥」
 エルとともに焼け跡にたたずみ、灰を足の先で突っつきながらつぶやくアンジェリカ。
「なんとな〜く証拠隠滅の臭いがするわ」
 ふと、二人は視線に気づく。村の娘たちが興味津々の様子で見つめている。
 エルは娘たちに訊ねてみた。
「君たち、ここに住んでたジュディスのことを知らないかい?」
 娘たちは口々に答えた。
「私たちの幼なじみよ。でもジュディスの家って村じゃものすごく評判悪くて、私もよく言われたわ。あんな家の子と遊んじゃいけませんって」
「とにかく親父ってのが飲んだくれの暴力親父でさ、ジュディスはよく殴られて目に痣作って泣いてたわよ」
「でも最近ね、大金持ちと婚約したって話で、彼女も喜んでたわ。パパもママも殴ったりぶったりしないで、私を大事にしてくれるようになったってさ」
 エルとアンジェリカは顔を見合わせた。
「ジュディスの人生って、すっごく悲惨」
「だから悪党に狙われるのよ」
 アンジェリカは気になることを訊ねてみた。
「ところで、何かヘンな薬を飲まされてなかった?」
「ああ、そういえば‥‥。最後に会った時に言ってたわ。モス様からもらった薬のおかげで、苦しい気持ちがなくなったとか」
 やはり、そういうことか。ふと、エルの頭に考えが浮かぶ。
「モスは毒きのこが目当てでこの村を訪れて、そこでジュディスと会ったのかもしれない」

●裏町の酒場
 パリの裏町にごろつきの集まる酒場がある。そこへやって来たのが見るからにガラの悪いヴォルディ・ダークハウンド(ea1906)。
「向こう傷のムスカはいるか?」
 店の者に訊ねると、奧の薄暗いテーブルを示される。そこに目当ての男はいた。眼光鋭く、左の頬には大きな古傷がある。
「俺だが、何か?」
「用心棒として売り込みに来たのさ。モスの旦那が今度、新しい商品をイスパニアへ流そうとしてるのは知ってる。それに間に合うように売り込みてェんだよ」
「失せろ! さもねぇと‥‥!」
 取り巻きの男がつかみかかってきた。とっさにヴォルディは足払いをかけ、男を床に組み伏せる。男は情けないうめき声をあげた。
「ほぅ、やるじゃねぇか」
 口元に笑いを浮かべ、ムスカが言う。ヴォルディは話を続けた。
「あんたはモスの旦那に顔がきくって話だな。ここへ来る前に色々と調べさせてもらったぜ。噂によれば旦那は毒薬作りの名人だそうだな。かつては毒の効き目を自分の体で試したこともあって、おかげでバンパイアみたいな真っ白い肌になっちまったとか」
「そういうふざけた噂を流すヤツが、ついこの前までこの酒場にも出入りしていたな。そいつがどうなったか知ってるか?」
「いいや?」
「水死体になってセーヌ川に浮かんだぜ」
「おお、怖」
 大げさに肩をすくめてみせるヴォルディ。すると、背後から声がかかった。
「そのくらいにしておけ、ムスカ」
 いつの間にかモスが後ろに立っていた。その白い肌は酒場の暗がりの中で異様に浮き立ち、まるで本物のバンパイアがそこにいるように気色悪い。
「おやおやモスの旦那、こんな所でお会いするとは。して、こんなむさ苦しい場所に何用で?」
「私はこの酒場の主人とも取り引きがあるのでね」
「ところで、せっかくこうして会えたんだ。旦那が使ってる薬を少しばかり手土産にもらいてェんだけど‥‥」
「確かに私は商品として薬を扱っており、私自身も薬を調合する。しかし毒と薬は紙一重、使い方次第で命を救う薬が命を奪う毒にもなる。素人においそれと渡せる物ではない」
「そうかい、そいつは残念だ」
 ひとまずヴォルディは引き下がることにした。
「ところで用心棒の仕事の件だが‥‥」
「まずはムスカの下で働くがいい。私が仕事を与えるかどうかは、働きぶり次第だ」
「そうか。考えておくぜ」
 ヴォルディは酒場から出ていき、やがてモスとムスカの姿も消えた。
「やれやれ、モスの旦那も大変だねぇ」
 離れたテーブルでそんなことをつぶやいているのはウィン・フリード(ea4486)。表向きは仕事探し中の船乗りとして、酒場の主人と酒を酌み交わし話をしながら一部始終を観察していた。
「最近、ヘンなヤツが多いからな。モスの旦那も用心してるんだ。まあ、そう簡単に甘い汁を吸える仕事はそうそう無いってこった」
 酒場の主人が言う。
「しかし何とかしてお近づきになりてぇもんだよ、旦那とさ」
 何気なさそうに訊ねると、酒場の主人は言った。
「ボーデン商会を訪ねてみな。大きな船をいくつも持っている商会で、モスの旦那もそこの船を使っているって話だ。そこの船で真面目に働けば、そのうち旦那の目に止まるかもよ」

 さて、一通り情報収集を済ませたウィンは冒険者ギルドに立ち寄り、そこでイリア・アドミナル(ea2564)とアンジェリカに出会った。
「どうだ、何か手がかりは見つかったか?」
 イリアが羊皮紙に記したメモを見ながら話す。
「これまでにモスは幾つもの国に何度も立ち寄っています。但し、表向きには違法な点は見あたりません。モスが取り扱う商品には薬も含まれており、それらは解毒剤、下剤、止血剤、鎮痛剤、強心剤、強壮剤などですが、薬だけに量を誤ると生命に危険を及ぼすものもあります。もっとも、それだけでは犯罪の証拠にはなりませんが。あと、裏世界のほうにも少しだけ探りを入れたのですが、モスとバルディエの裏の関係のことになると、みな一様に口を閉ざしてしまいます。‥‥ということは、口には出せない何かがあるということですね」
 続いてアンジェリカ。
「以前、モスの船がパリの港を出港したころの行方不明者を調べたんだけど、ざっと調べただけで20人以上も出てきたわ。でも、パリは大きな町だから行方不明者も珍しくないし、モスと関係あるかどうかも分からないわね。怪しげな評判は結構あるけど、証拠と呼べる物は見つからなかったわ」

●ウミネコ亭
「貧しい娘はんが見初められて幸せをつかむなんて‥‥く〜〜、ええ話やな〜〜。ぜひともうちに祝福させてーな」
 ウミネコ亭にやってきたシフールのアマーネ・アマーネ(ea4674)、モスとジュディスのラブロマンスを聞きつけて来た吟遊詩人という触れ込みで、歌を吟じるためにジュディスに会いに来たのだが、
「うるせぇ! 出ていけ!」
 モスの命令で張り番をしている男に怒鳴られ、あっけなく退散。それでも夜討ち朝駆けをくり返し、窓の外やドアの外へつまみ出されながらも、ジュディスが監禁されている特別室の位置を突き止めた。
 そんなこんなでアマーネが苦労している一方で、イリアとエルはジュディスとの面会の約束を取り付けることに成功。エルとイリアはジュディスの昔の知人を装い、ジュディスの妹と共にやってきた。
「この度、ジュデイスさんの婚約のお祝いと、妹さんが寂しがっているので、挨拶にきました」
 イリアの言葉に、モスは丁寧に応じた。
「それはそれは。さあ、こちらへどうぞ。部屋でジュディスが待っています」
 特別室に通されると、美しいドレスで装ったジュディスがベッドに腰掛けて待っていた。
「ご婚約おめでとう! これはお祝いのしるしです」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 エルが差し出した豪華な花束を、ジュディスは何も言わずに受け取った。目を宙にさまよわせたまま、にこりともしない。
「おねぇちゃん!」
 連れてきたジュディスの妹がわっと泣き出した。
「よしよし、いい子だから泣かないで。お姉さんは‥‥」
 モスが妹を慰めようと手を差し出しかけたが、妹は顔に恐怖を露わにして飛びすさる。
「いや! 触らないで!」
 妹はイリアの背後に隠れ、その体にしがみついた。
 モスは怪訝な顔になり、三人の来訪者の顔を交互に見つめる。妹の態度に何か不審なものを感じとったようだ。
 部屋の窓の外から歌声が聞こえてきた。
「あれ? 誰かが歌ってる」
 エルが窓を開けると、ひらひら羽ばたきながら窓から入ってきたのはアマーネ。

♪麗しき花嫁さんの 心の中の思い出は
 金銀財宝にも勝る 大切な宝物
 その一つ一つを 思い出してごらん
 あなたの生まれ育った村
 パパとママに大切なお友達♪

 祝福歌に見せかけて歌うその歌に、アマーネはメロディの魔法を込めていた。それまで何の表情も見せていなかったジュディスの顔に変化が現れた。
「いや‥‥やめて‥‥」
 ジュディスの顔は苦しみと悲しみに歪んでいた。
「思い出したくない! ‥‥何も思い出したくないの!」
「ジュディス! しっかりするんだ」
 さも愛しい婚約者に対するかのように、モスがジュディスの肩を抱きしめる。
「薬を‥‥薬をちょうだい‥‥」
 ジュディスの唇から漏れるつぶやき。モスは部屋の戸棚の鍵を開け、中から薬の小瓶を取り出した。
「心配はいりません。これは私が調合した薬酒です」
 怪訝な眼差しを送るイリアとエルに、モスは説明する。小瓶の蓋を開けると微かなアルコールの匂いが部屋に広がった。モスは小瓶の中味を小さな杯で慎重に計り取り、ジュディスに飲ませる。やがてジュディスの顔から表情が消え去り、再び物言わぬ生き人形のようになってしまった。
「ジュディスは心の病を患っているのです」
 モスが深刻な面もちで言う。
「ジュディスは実の親から酷い仕打ちを受けて育ち、生まれ育った村にはつらく悲しい思い出しかないのです。そんな彼女を見かねて、私は婚約者としてジュディスを引き取りました。この薬は心の痛みを和らげるためのもの。そして今一番必要なのは、新しい土地で新しい生活を始めることなのですよ」

 ウミネコ亭を後にして冒険者ギルドまでやってくると、アマーネは真っ先にその思いをぶちまけた。
「ほんまにあの悪党の演技力と口車はたいしたものやな。依頼のことがなければ、うちも危うく丸め込まれてしまうとこやったわ」
 続いてイリアが言う。
「どうやらあの薬酒には、麻痺作用のある毒きのこが仕込んであるようです。少量を用いれば意識を鈍らせる作用があるけれど、くり返して飲み続ければ麻痺が進んで死に至ります。まともな心の持ち主ならば、人に飲ませることなんてできません」
 その言葉に頷いてエルが言う。
「早いとこ実力行使で奪回しなくっちゃ!」

●奪回
 テュール・ヘインツ(ea1683)がワインを持ってやってきた。どこに見張りがいるかはサンワードで確認済みだ。
「知らないおじさんからの差し入れだよ。それから言づて。明日には船が来るから監視はもういいんだって」
「そうか、それはご苦労なこった」
 見張りはそう言うと、いきなりテュールの胸ぐらをつかんだ。
「モスの旦那は知らねぇ顔のヤツを使いによこしたりはしねぇ! てめぇ何者だ!?」
 次の瞬間、ダガーの柄が見張りのこめかみを激しく突いていた。男は倒れてうめき、ダガーを握ったヴォルディ・ダークハウンドがそれを見下ろす。
「小細工は通用しねぇな。強行突破でいくぜ」
 冒険者たちはウミネコ亭へ向かう。
「さあお待ちかねのガサ入れタイ〜ム♪」
 アンジェリカのライトニングサンダーボルトが分厚いオーク材で出来た特別室の扉をぶち破る。ヴォルディは戸棚をたたき壊して証拠品の薬酒をせしめ、イリアとエルでジュディスを外に連れ出した。
「待てぇ! 逃がすかぁ!」
 騒ぎを聞きつけモスの手下が駆けつけたが、その前にアンジェリカが立ちはだかった。。その身にライトニングアーマーの魔法をまとい、目もとを隠す仮面まで付けている。
「たとえお友達の極悪商人アマーネちゃんが許そうとも、この愛と正義の美少女仮面ミス☆ノルマンが許しませんっ!」
 手下どもは電撃を受けてぶっ倒れ、冒険者たちは騒然となったウミネコ亭を脱して冒険者ギルドへたどり着いた。
 ところが、しばらくすると大勢の衛視がギルドへ乗り込んできた。
「ウミネコ亭に押し入った賊がここにいるはずだ! そいつらを引っ捕らえる!」
 衛視たちの中からウミネコ亭の主人が姿を現し、訴える。
「こいつらがモス様の婚約者をさらったんだ!」
「いいえ、ここにモスの悪事の証拠があります」
 薬酒の小瓶をかざして反論したのはイリアだった。

 近くの教会から呼ばれたクレリックの魔法で、ジュディスの容態は回復した。事件の調査に当たった取調官も冒険者たちの証言からモスの行動に不審な点を認めたため、冒険者たちは取り調べの後に釈放された。しかし意識をにぶらせる薬酒も、深い心の痛みを和らげるための薬だと主張されては反論が難しい。誘拐を裏付ける確固たる証拠とはならず、モスの逮捕には至らなかった。ギルドから漏れ聞いた話によると、モスを有罪にしろと言う圧力が何処からともなく掛かったらしいが、なぜか一日後には撤回されたそうだ。

 後日、モスの書状が届く。このような結果になった以上、君との婚約は解消せざるを得ない──そのような趣旨が書かれていた。
「ひどい‥‥信じてたのに‥‥」
 今となっては偽装かどうかは計り知れないが、少なくともジュディスの心が彼の所有であったことは間違いないだろう。悲嘆にくれる彼女をアマーネが慰める。
「その気持ち、よ〜分かるわ。泣きたい時は思いっきり泣いたらええ」
 言って、アマーネはアンジェリカに向き直る。
「ところで、一つだけ言いたいことがあるんやけどな」
「え? 何かしら?」
「うちが極悪商人って、あれはど〜いうことや!?」
 アマーネはそよ風のように、アンジェリカの額にケリのツッコミを入れた。