小夜鳴鳥は夜に鳴く

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月03日〜08月08日

リプレイ公開日:2004年08月12日

●オープニング

「ああほら、どいたどいた! こらあんたたち、ここは遊び場じゃないんだよ?!」
 医療所に響き渡る声。看護人がばたばたと廊下で遊ぶ子供たちを追い返し、食事の分配に駆け回る。
 ここはパリの片隅の医療所。それほど大きくないとは言えやることはたくさんある。大きな怪我は教会で治す事も可能だが、些細な傷やできもの、また出産のように「病気ではない事象」に関しては医療所の仕事である。「生命力に任せりゃ何とかなることまで神頼みしたら、神様の方が先にくたばっちまうわい」と言うのは鼻髭の立派な医者ユリウス先生五十八歳のお言葉。
「ああ、疲れた疲れた‥‥人手が足りないわね、ってっ、きゃああああああぁっっ?!」
 どんがらがっしゃんしゃん。
 駆け回る子供を避けた瞬間、盛大な悲鳴と落下音を上げながら、品貯蔵庫である地下室へと転げ落ちてきた看護人。がちゃんがちゃんと音を立てて割れる薬草酒や消毒用ワイン、その酒に塗れて使い物にならなくなる干した薬草。‥‥いや、物だけで終わるのならば良かったのだが。
「あ、あ痛たたたたっ!!」
 巨体を起こそうとした看護人、腰を打ったのかどこを打ったのか。身体を動かした瞬間に走る激痛。地下室内に悲痛な悲鳴が再び響き渡った。

「‥‥で。完璧に人手が足りなくなったのじゃよ」
 りっぱな鼻髭のじいさんが背中丸めてギルドの受付に現れたのは、それから数時間後の話。どうやら巨体の看護人は腰を痛めたらしく、仕事からの一時リタイヤとなった。医療所の中でもリーダー格の人物だったらしく、彼女一人欠けるとかなりの痛手だ。
「教会で直せばいいと言う輩もおるが、それでは生命の力というものが」
 しょんぼりしている割にはきっちりとした自己主張をお持ちのご老人の話をそこそこに、ギルドの受付は仕事の内容をてきぱきとまとめる。
「それでは仕事の確認ですが。医療所のお手伝い若干名。薬草採取のお手伝い若干名。以上ですね」
「ああ。薬草は少々危険な場所にあるから、ちょいとばかり腕の立つ者の方が良いかもの」

●今回の参加者

 ea1579 ジン・クロイツ(32歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1690 フランク・マッカラン(70歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1944 ふぉれすとろーど ななん(29歳・♀・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2815 ネフェリム・ヒム(42歳・♂・クレリック・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5034 シャラ・アティール(26歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5506 シュヴァーン・ツァーン(25歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●なめてもらっちゃ困るのよ
「‥‥なんだい、そのひらひらは?」
 ふぉれすとろーど ななん(ea1944)の姿を見て、腰を打ち療養中の看護人エレナが呆れた顔を見せる。質素な長袖のワンピースはいいとして、頭の上についた意味不明の物体は一体‥‥?
「えーっ? ヘッドドレスですよぉ? 可愛いでしょ、ほら、ひらひら〜って♪」
 どうやら冒険をしていない時の仕事着のようだが、今回の仕事にはだいぶ不向きである。華国訛りの返事に腰の痛みよりもはるかに強い頭の痛みを覚えながら、エレナはななんに指示を出す。
「そんな邪魔っけなものはさっさと取って。髪の毛は落ちないようにまとめて留める! 三角巾で前髪も抑えて! きちんとスモックも着るんだよ!!」
 そんな即席看護人が部屋から出て行くと、次に現れたのはグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)。普段着ではどうにも騎士という雰囲気ではない彼女の笑みに、エレナも笑顔を返す。グリュンヒルダは現在の院内の指揮系列について聞きに来たらしい。
「ユリウス先生が倒れては、内部の混乱もあることでしょう」
 ちょっと待て。いつユリウス先生が倒れた。
「‥‥とりあえずはあたしがここにいるから、何かあったら指示はいつでも出せるようにしてあるよ。さすがに自分から動いてということは今の状況じゃ無理だけどね」
 小さく頷きながら病床の看護人リーダーの話を聞くグリュンヒルダ。どうやらやる気はあるようだ。天然ボケなのか、という件に関しては今は置いておこう。
「それではこちらで打ち合わせをした方がよろしいですね。少々賑やかになりますが、お許し下さいませ。あとは人数も増えましたし、有事に備え必要物資を調達して篭城戦に備えなくてはなりません。買出し品のリスト作成もお願いしたいのですが」
 『有事』とか『篭城戦』とか、看護という仕事には向かない単語かすらすらと並ぶ。
 ‥‥ユリウス先生。
 あたしが無理して働いた方がいいかもしれないねぇ‥‥。
 エレナの視線の先には、この時間に出るはずもないお星様がひとつキラリ☆

●医療所の外でのお話
 さて、病室の中でのごたごたを尻目に、薬草探索班は打ち合わせの真っ最中である。シャラ・アティール(ea5034)はユリウスから必要な薬草の種類を一生懸命に習っている。
「へぇ、これ毒草だよねぇ。こんなのも使うんだ」
「痛み止めに使ったりするからの。もちろん、使い過ぎは禁物じゃ」
 植物に関しては知識はあっても、そこから作る薬品の専門的なことに関しては流石に医者には劣る。目を輝かせながら話を聞くシャラに、後ろから迫る影ひとつ。いたいけな少女の身体を、女の腕が突如むぎゅりと抱きしめた。
「しょ〜ね〜ん。にゃはは、頑張ってるじゃな〜い?」
 狐仙(ea3659)が豊かな胸をぎゅむぎゅむ押し付けながら頭を撫でる。シャラはあわてふためきながらも逃げ出すことも出来ず、おねーさんの成すがままだ。
「薬草、うちに少しばかり取り置きがあるわよぉ? 良かったら譲るわよ、格安で」
「いや、当座の分は何とかなる。ただ今の状態だと十日が限界かの」
「そう言えば、薬草取りは危険って話を聞いたんだけどー?」
 女武道家の腕の中の少女が、ギルドで張り紙を見た時からの疑問を口にする。ああ危険だ、と老医師は鼻髭をいじりながら返答する。
「場所が場所でな。少々急な場所に生えてるものもあるんじゃ。それと‥‥イノシシとヘビ」
 あー。そりゃ危険だー。
 シャラと仙の頭の中に、イノシシに追い掛け回されるユリウスの姿が浮かんだのは内緒の話である。
「んじゃあそこそこの量を持ってこないとねぇ。‥‥そういや、他の皆はどこにいるのかしらぁ〜?」

 外では一人の少女が木材の山と格闘していた。医療所に対する支援者は多い。材木屋もどうやらその一つだったのだろう、裏の荷物置き場には角材や板の類が結構な量で置いてあった。その木材を使ってなにやら台車を作ろうとしているようだが‥‥いかんせん車輪部分がうまくいかない。
『あ、あれ‥‥なんで‥‥何でうまくいかないんだろう‥‥』
 涙混じりにこぼれる言葉はジャパン語で、何故かそれすらもおぼつかない。利賀桐まくる(ea5297)はまたしても涙顔だ。仕方が無い、普段やりもしない工作できれいな円形の車輪を作るなど無謀な話である。
「‥‥にーちゃん、何やってるの?」
 突如かけられた声にまるで仔犬のように震え上がるまくる。恐る恐る振り向き声の主を見れば‥‥そこにいたのはテュール・ヘインツ(ea1683)。にこりと微笑むパラの少年ですら、まくるにとってはまだまだ恐怖の対象で。
「なんだ、台車かぁ? そだねぇ、そしたら‥‥」
 まくるの意向など聞こうともせずテュールは一緒に仕事しようと木材を手に取る。だがしかし、この助っ人もあまり木工作は得意ではなかった。
 その結果。
「‥‥何をやっとるんじゃ」
 様子を見に来たフランク・マッカラン(ea1690)が見たものは、いくつかの台車の残骸と半泣きの顔二つ。結局、いつもユリウス先生が薬草取りに行く際に使っている背負い籠をいくつか借りることになった。

●看護人のお仕事
「患者さんも人数がいますから、昼と夜の二班に分けた方がいいかもしれませんね。五人いる訳ですから‥‥昼班を三人、夜班を二人で」
 セシリア・カータ(ea1643)の言葉に一同は首を捻った。看護班の人数を数えてみれば、セシリア、グリュンヒルダ、ふぉれすろーど、岬芳紀(ea2022)、ネフェリム・ヒム(ea2815)にシュヴァーン・ツァーン(ea5506)。‥‥どんなに数えても六人いるようにしか見えないのは気のせいか。
「‥‥ま、まぁ、二班に分けるというアイデアに関しては悪くないだろう。男は二人か、昼と夜に分けた方がよさそうだな」
 岬が少し溜息の混じったような、呟くような声で言う。班分けは希望で割り振られ、昼はふぉれすろーど・岬・シュヴァーンの三人。夜勤はグリュンヒルダとネフェリムが担当することになった。空き病室を一つ借り、そこに寝泊りをしていざというときのために備える。
「私は忙しい方の担当にさせていただきますわ♪」
 セシリアの言葉はすでに打ち合わせを始めた五人の耳には入らなかった。
 なるほど、『五人』であるわけだ。

「‥‥け、結構大変だな‥‥」
 医療所にやってくる患者はさまざまだ。もちろん病や怪我ばかりではない。身体のどこそこが痛いと訴えては待合室で同年代の友人と話をするのを楽しみにする年寄り。先日治った怪我の礼を言いにくる若者。親の治療についてきた子供など、医療所はなかなか賑やかな様子である。ユリウスにつき応急手当を担当していた岬がまず始めに溜息をついた。仕方があるまい、診察室に入ってくるレディたち(推定平均年齢五十八歳)に事あるごとに
「あらまぁ、可愛い男の子だねぇ」
「嫁のあてはあるのかい? 良かったらあたしなんて」
「果物食べるかい?」
 などと次々アプローチをかけられては確かに疲れもするだろう。
「そういえば、他の皆はどうしてるんだろうな」
 ふと思った瞬間に。その絶叫は聞こえてきた。

「こら、いたずらはいい加減にしなさい?! そこ、誰がおばちゃんなの?! しっかり聞こえてるんだからね!!」
 子供たちが集まる病室で、どうやらふぉれすろーどが捕まっているらしい。彼女も彼女でやる気満々、オーラエリベイションも付与済みという用意の周到さである。子供たちと取っ組み合い――というか子供たちの玩具にされているだけのように見えるが、それはそれで彼女も楽しいらしい。
 ただし。
「うるさい! 誰だい注意も出来ないやつは?!」
 隣の部屋にはエレナや他の病人たちがいることを忘れていなければ、もう少し静かに出来たのではなかろうか。結局ふぉれすろーどと子供たちはこの後こっぴどくエレナに叱られる事となる。

●一つ摘んでは
 ろくに道もない辺鄙な土地に、お目当ての薬草は生えていた。薬草採りの一行はその土地に野営地を設けた。これから何日かの間は薬草採りにかかりきりだ。
 リーダー格はジン・クロイツ(ea1579)。レンジャーだけに野外での行動は手慣れている。キャンプを張るのも、周囲に侵入者避けのトラップを設けるのも、彼が中心になって全てやってのけた。
「それでは、薬草の生える場所を聞いてみるよ」
 テュール・ヘインツが荷物の中からサンプルの薬草を採りだし、サンワードで太陽に訊ねてみた。しばらくして、答が返ってきた。
「薬草の生えている場所は2ヶ所だって。1つはこの北にある切り立った崖。もう1つはここから東に進んだ獣道の先だよ」
「よし。3人1組の2班に分かれて行動しよう」
 班分けをジンが取りまとめる。薬草採りが始まる前に、仙がジンとフランクの男性二人に体をむぎゅ〜っと押しつけて、いつものご挨拶。
「にゃははっ、ま〜かせて。私はよく薬草取りに出歩いてるしぃ」
「おぃ‥‥‥‥」
「むぅ‥‥‥‥」
 こういう時に何と言えばいいのか、返す言葉に詰まる二人であった。

 北の崖に向かったのはジン、仙、テュールの3人。
「大酒飲んでぇ〜♪ 寝て食ってぇ〜♪」
 徳利の酒を呑み呑み、脳天気な歌を歌いながら歩いているのは仙。
「おい、道を歩く時くらい控えたらどうだ?」
 ジンがたしなめる。
「だぁいじょうぶよぉ♪ これでも限度は心得ているんだからぁ♪」
「そういうタイプが一番酒に呑まれやすいと思うが‥‥」
 サンプルの薬草を握ったまま楽しげに歩くティールも歌い出す。

♪ひと〜つ摘んでは父のため〜、
 ふた〜つ摘んでは母のため〜、
 み〜っつ摘んではふるさとの〜
 兄弟わが身と採集す〜♪

 このお天気空で歌うには、メロディーがやけにもの悲しい。
「ジャパンのお茶摘みの歌らしいです」
「ん〜なんだかなぁ〜。聞いた話だと、ジャパンって湿気が多くてジメジメウジウジした国だっていうしぃ〜。でもそんな歌ばっか歌ってると、こっちまでジメジメウジウジしてくるんじゃな〜い?」
 酒のせいか、仙はやたらお喋りになっているみたいだ。
「もっと陽気に明るくぱ〜っといこうよ、ぱ〜っと!」
「それじゃ、元気に歌いま〜す!」
 仙に言われて、ティールは曲の調子をがらりと変えて、明るく陽気に歌い出した。合わせて仙も徳利振って歌い出す。

 ひとっつ摘んでぇはぁ♪ 父のっためぇ〜♪
 ふたっつ摘んでぇはぁ♪ 母のっためぇ〜♪
 みいっつ摘んでぇはぁ♪ ふぅるさとのぉ〜♪
 きょうだい♪ わっがぁみっと♪ 採集すぅ〜っ♪

 え? ジャパン人が聞いたら怒るって? まあ細かいことは気にしない、気にしない。
「おい‥‥」
 何か言いたそうに目線を送ったジンに、仙が言った。
「だぁいじょうぶよぉ♪ ちょっとくらい騒いだって薬草は逃げやしないわよぉ♪」
 そんなこんなするうちに、3人は目指す崖の真下にやってきた。急角度に切り立った崖で、お目当ての薬草はかなり高い所に生えている。しばらく崖を観察してから、ジンがティールに訊いた。
「ティール、この崖を登れそうか?」
「大丈夫だと思うよ。僕、身軽だし」
「そうか。無理はするなよ」
 ティールは真っ先に崖を登り始めた。その姿がどんどん上へ上へと遠ざかる。
「下は見るんじゃないぞ」
 下からジンの声が聞こえた。
「え?」
 その言葉にテュールは思わず見てしまった。
 あ‥‥!
 高さに眩暈され、気がついたら崖から手を離していた。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥どん!
 気がつけば、ティールはジンと仙の二人に両脇から抱きかかえられていた。地面に落ちる前に、二人がすばやく手を差し伸べてティールを受け止めたのだ。
「ティール、少し休んでろ。薬草は俺が取ってくる」
 ジンは崖をよじ登り始め、仙はティールを寝かせて落ち着かせる。
「さあ、これを噛んでなさい。気持ちが落ち着くわよ」
 仙からもらった気付けの薬草を噛みつつ、ティールは崖をよじ登っていくジンの姿を見て感心したように言った。
「二人ともすげぇなぁ。あんな高い所から落っこちた僕を受け止めるなんて」
 仙は笑顔を見せて言った。
「酒は呑んでても、手足と頭はいつでもしゃきっとしてるわよ」

●今日も診療所はにぎやかです
 今日のお買い物担当はセシリアとグリュンヒルダ。
「黒パンに塩にオリーブオイル、薬草入りのワインに‥‥」
 医療所に一番近いよろず屋で買い物をしていると、グリュンヒルダが何やら捜し物をしているのがセシリアの目に留まる。
「何を探しているんですか?」
「紙を探しているんです」
 紙といえばこの時代、この場所では高級品だ。よろず屋の主人に聞いてみると、うちには置いていないという。それではというので大通りにある大きな店に足を伸ばしてみた。
「紙をお求めでございますか? しばらくお待ちください」
 訊ねられた店員が店の奥の戸棚から羊皮紙を持ってきたが、思ったよりも分厚くて、固い上にごわごわしている。
 羊皮紙とは、羊などの家畜の皮を用い、石灰などの溶液に浸けて毛をむしり、ワインビネガーなどに浸けて柔らかくした後、木の枠などに張って、引き伸ばし・乾燥・表面磨きなどを行う。なめすとインクが滲むので、生皮のまま、白色の鉱物粉をすり込むなどして色を整えたものである。
 値段を聞いてみると、今の二人の懐で賄える代物ではない。
「子羊一頭から16枚くらいしか採れませんからね」
 結局、グリュンヒルダは紙を手に入れるのをあきらめた。
 帰り道、セシリアは訊ねてみた。
「紙を何に使うつもりだったんですか?」
「岬さんから聞いたジャパンの話です。ジャパンではオリヅルといって、何かを祈願するときに1枚の紙を折り畳んで鶴の形を作るのだそうです。それをやってみようと思ったのですが‥‥。ノルマンではなかなか難しいですね」

 その頃、医療所では今日も相変わらず子供たちが大騒ぎ。
「さあ、つぎはぼうけんしゃごっこをやろうぜ!」
 みんなで冒険者になりきって、ダンジョンを探索するつもりになって医療所のあっちこっちを走り回ったあげくに物置部屋に進入。
「たいちょう! たからばこをはっけんしました!」
「よし! あけてみろ!」
「だめです! かぎがあきません!」
 鍵のかかった箱をがちゃがちゃ動かして騒いでいると、騒ぎを聞きつけたふぉれすとろーどがやってきた。
「こらーっ!! こんな所でいたずらしちゃいけませーん!!」
 黄色い声で怒鳴るふぉれすとろーどだが、子供たちも負けてはいない。
「たいちょう! モンスターがあらわれました!」
「よーし! みんなでやっつけるんだ!」
 部屋に置いてあったホウキとチリトリを剣と盾にして、大はしゃぎしながら打ちかかってくる。その攻撃をひらりひらりと身軽にかわすふぉれすとろーど。
「ふっふっふ、冒険者のお姉さんをなめちゃダメだョ‥‥?」
「よーし! まほうでやっつけてやる! ふぁいやーぼむ!」
「あたしも、ふぁいやーぼむ!」
「ぼくは、ぶりざーどだ!」
 薬草の束やら、手桶やら、子供たちはそこら中に置いてあるものを投げつけてくる。
 うわ、気力負けしそう! こんな時こそオーラエリベイションで気力アップとばかりに呪文を唱えるふぉれすとろーど。え? 大人げない? ま〜細かいことにはこだわらない、こだわらない。
「コラー!! 悪戯はいい加減にしなさい!!」
 思いっきり怒鳴ると子供たちがわっと飛びすさる。
「うわ〜! モンスターのこうげきだぁ!」
「たいちょう! このおばちゃんモンスターはてごわいです!」
 おい、それは禁句だぞ。
「む、今おばちゃんって言ったのは誰!? しっかり聞こえてるんだからね!!」
 その怒鳴り声に負けじとばかりに子供たちがやり返す。
「モンスターにそうこうげきだー!」
「モンスターをやっつけろー!」
「モンスターにはまけないぞー!」
 笑いさざめきながら突進し、ふぉれすとろーどの手や足を引っ張ったり、体にじゃれついたり。そんな大騒ぎを、岬の一喝がものの見事に静めた。
「落ち着けーっ!! 静かにしろーっ!! ここは医療所だぞーっ!!」
 あんまりうるさいので、岬は様子を見にやってきたのだ。
 子供たちはしーんとなって、鍛え抜かれた大柄な体の上に乗っかった岬の顔を見つめる。子供の一人がわっと泣き出し、全員が泣き出すまではあっという間だった。
 とっさのことで、岬はどうなだめたらいいか分からない。
「泣くなー!! 男だろーっ!!」
 などと怒鳴っていると、とうとう看護人のエレナまでやってきた。
「この忙しいのに何の騒ぎですかっ!? まあー! こんなに散らかしてどういうつもりなの!? おまけに子供たちまで大泣きさせて!!」
 成り行きでこうなってしまったわけではあるが、岬はエレナから物置部屋の片づけを命じられ、ふぉれすとろーどは子供たちが泣きやむまであやす係を受け持たされた。
「よしよし、もう大丈夫。お姉さんがついてますからね〜。こわくない、こわくない、こわくな〜い」

「う〜む。人手は増えたはいいが、かえって忙しくなったような気もするの」
 などと言いながらも、ユリウス先生は今日も忙しい。忙しいのはいつものことだが、今日はとりわけムチャ忙しい。
「あいたたたたたたぁーっ!!」
 診療の最中に、屋根の上から落っこちた大工の旦那が運ばれてきたり。その診察も始まらぬうちに、腹痛を起こした子供を連れて飛び込んできたり。
「いたいよ〜! いたいよ〜!」
「先生! うちの子を助けてください!」
 かと思えば、さもぐったりした様子の青年がふらふらとやってきたり。
「‥‥先生‥‥食欲がないんです‥‥どうしたらいいんでしょう?」
 いちいち書いていったらきりがないが、せっかくやってきた患者たちを追い返すわけにはいかず、ユリウス先生は奮闘する羽目になる。
「骨折か!? こりゃ重傷じゃの、担架で教会へ運ばねば。が、その前に傷の消毒と湿布、それに気付け薬の薬酒じゃ。次は子供さんか? う〜む、悪い水でも飲んだか? 医療所でしばらく安静にするがよかろう。ふぉれすとろーど、ふぉれすとろーどはおらんか? 何、泣いている子供たちをあやしておるのか? 連れてこい! こっちが先じゃ!」
 傍らで手伝うシュヴァーンも超忙しい。
「先生、今日はものすごく忙しいですね」
「うむ。3年に1回あるかないかの忙しさじゃな。次、どうした? 体をみせい。う〜む、これは夏やせじゃな。三食きちんと食べて栄養つけるに限る。次‥‥なんじゃ、ネコか? うちが診るのは人間だけじゃぞ。何? このネコにひっかかれた? よく傷を洗って消毒じゃ。次‥‥」
「先生、お願いがあります」
「なんじゃ? まてまて、次の患者だ。顔に吹き出物で美貌が台無し? 毒消しじゃ。これを飲んで3日経って直らんようならまた来い。次‥‥」
「先生、お願いが‥‥」
「言うてみい。次、どうした? 頭がふらふらする? どれ? うむ、これは熱射病じゃな。しばらく休んでいけ」
「先生、これだけ忙しいんです。待ち合わせの患者で軽傷の方にも手伝ってもらってはいかがでしょうか?」
「うむ。そなたに任せる。次、どうした? 町で喧嘩? こりゃ打撲傷じゃな。傷に湿布して安静にするのじゃ。次‥‥」
 やってくる患者を次々に診察するうちに、ユリウス先生はさっきまで手伝っていたシュヴァーンの姿が消えているのに気づいた。
「いったい、どこにいったのじゃ?」
 診察室から待ち合わせの広間をのぞくと、シュヴァーンの姿が見えた。待ち合わせ中の患者に頼み事をしている。
「忙しいので手伝っていただけませんか?」
「この、ばかもんがぁーっ!!」
 ぼがっ! ユリウスの拳骨がシュヴァーンをぶちのめす。
「痛ぁ!」
「患者に医者の手伝いさせるとは、どういうつもりじゃ!?」
 シュヴァーン、頭を押さえながら涙声で言う。
「だって‥‥先生に許可取ったじゃありませんか?」
「ん?」
 ユリウス先生、忙しすぎてシュヴァーンの話を全然聞いていなかった。

●草場でばったり遭遇
 獣道は少々がたがたしてはいるものの、歩きなれればそれほど苦でもない。やがてフランク・マッカラン、シャラ・アティール、利賀桐まくるの3人は、日の光がさんさんと降り注ぐ草地に出た。
「ここが、お目当ての場所のようじゃな」
 生い茂る草の中、三人は求める薬草を探す。
「あ‥‥あの‥‥見つけたよ」
 はにかみながら、まくるはシャラに薬草を差し出す。
「ありがとう」
 笑って薬草を受け取るシャラ。
「この辺りはもう探し尽くしたようじゃな。もう少し北のほうに行ってみるか」
 フランクが二人を呼ぶのが聞こえた。
 まくるにとって、シャラは同い年で初めての友達。そしてフランクは心を許せる数少ない大人の一人。まくるはフランクに、幼い頃自分をかばって亡くなった祖父の面影を見ているのだ。
 この3人だけで一緒にいられるなんて、なんだか幸せな気がする。三人一緒にいるだけで安心した気持ちになれる‥‥。
 ガサガサガサガサ。
 草をかき分ける音を立てて、大きな何かが近づいてくる。
 イノシシだ。この辺りを縄張りにしているイノシシだ。
 息も荒く、侵入者を威嚇するうなり声をたてる。そのすぐそばにシャラがいる!
 それを見るなり、まくるは駆けだしていた。
 イノシシがまくるを睨む。このまま突っ込まれたら、細っこいまくるなど、豆のように跳ね飛ばされてしまいそう。思わずびびった。
「まくる!」
 シャラの叫びが聞こえたその時、まくるは逃げだしそうになる自分を必死で抑えながら、夢中で手裏剣を投げつけていた。でも性格が弱腰すぎるから急所なんか狙えない。
 手裏剣がイノシシの剛毛の間に突き刺さる。手裏剣には、彼の性格を反映して、毒ではなくよく効く傷薬が塗ってある。害はない。だけど、とてもしみる。大の大人か泣いて転げ回るくらいすっごく痛い。
「ブギィィィィィッ!!」
 イノシシが絶叫した。イノシシだって痛いのだ。
 と、フランクがマントを片手にまくるとイノシシとの間に割り込んだ。まくるに突っ込んで行こうとするイノシシを、マントの動きで牽制する。
「火じゃ! 火で追い払うんじゃ!」
 フランクが火打ち石を投げてよこす。ところがまくるは火打ち石で自分のたいまつに火をつけると、それをイノシシに投げつけてしまった。ついでとばかり忍者刀まで後先考えずに投げつける。
 草場の枯れ草に火がついた。広がっていく炎を見てイノシシが退散する。
「むむっ! これはいかん!」
 フランクが何度もマントを振って炎を消し止めたが、おかげで彼のマントはぼろぼろだ。フランクは落ちていた忍者刀を拾い上げると、まくるの方に厳めしい顔つきで歩いてくる。
「ご‥‥ごめんなさい! 僕の‥‥せいで‥‥こんなことに」
 泣きじゃくるまくるをフランクは強く抱きしめ、頭を撫でながらジャパン語で言った。
「くよくよするな。誰にでも失敗はある」
 その言葉に一瞬だけ涙が止まり、まくるはフランクの顔を見つめた。すると一転優しいまなざしが、まくるに注がれていた。
「さあ、元気を出して」
 シャラにも優しく慰められ、まくるは感極まって二人の間でまた泣いてしまった。

●女の子
 光る雲、光る空。遙かな北より微かな白い点。あれは合図の旗。籠いっぱいの薬草を背負う人たちの足は、風を蹴って進む。存外の大量、貴重な薬草を無駄にはすまい。
 着いたらまた一仕事だ。現地でおおよその分類はしてきたものの、良薬は匙一つで毒薬にもなる。生のままで使える物もあれば、煮出したり、油につけ込んだりして使う物もある。放っておくと自然に発酵して効力を失うものもあれば、ワインを霧吹いてカビを生やさねば、毒素の抜けない物だってある。

「みなさんおつかれ〜」
 ふぉれすとろーどは湯を沸かして桶に注ぎ、足を洗うサービスだ。言葉少ないネフェリムの笑顔に、疲れが癒される。看護、ナーシングの語源は育むこと。雛を羽交いで暖めるような心配りは、彼女生来のものであろう。

「随分と採って来たもんだな。大丈夫か?」
「もちろん、今後の分もきちんと残してきたけどね♪」
 仙の弾む声。
「はい。言われたとおり、手つかずの株を残してます」
 シャラの答えに、よしよしと頷き仕事場へ戻るユリウスに着いて、仙は薬酒造りをお手伝い。
「エ‥‥エレナさんに、も‥‥ほ、報告しなきゃ‥‥」
 まくるはシャラやティールと一緒にお見舞いに。
「はーい。殿方はご遠慮下さいね。いま、手当のために服を脱いでますから」
 またしても‥‥。華奢な美少年に見られる
「‥‥ぼ、ボクは‥‥おん、な‥‥だよぅ‥‥」
 涙声のまくる。咎めた看護人との間に天使が通る。
「あ、あの〜。ね、こんなことで泣かないでよ」
 と、本人以外特に重要でもないやりとりの後。三人は病室に入った。
「‥‥は、はやく‥‥元気になってください‥‥」
 風もないのに、ランプの火が揺れた

●ランプの天使
 ランプに照らされる夜の闇。子供でなくともほっとする巡回の灯り。ネフェリムは病室を静かに語りかけて歩く。
「あなたは今日癒されます。あなたの横に主が居られるのが見えませんか? 主はあなたの門の前に立って開かれる時を待っています。何よりも何よりも、主を受け入れて下さい。あなたはなぜ主を拒み続けるのでしょうか?
 ある人は言います。『まだ自分が主に相応しくないから』しかし、内が闇に満たされているならなおさらです。あなたは鎧戸を開ける前に、先ず部屋を明るくしようとはしないでしょう。鎧戸を上げ、光が射し込めばたちまち! 闇は何処とも無く消え去ります。
 主の平安は完きもの。現実に目をつむって、それで自分を安心させ、眠っているのではありません。もしそうならそれは偽りの平安に過ぎません。『ニネベに行け』と言う神の命に聞き従わず、タルシシ行きの船に乗った預言者ヨナが、その船が嵐で今も沈みそうだというのに、ひとり眠っていたということが書かれています。
 しかし、ヨナの眠りは『平安』では無く、自分を偽った『安心』の眠りです。『平安』と『安心』は違います。『平安』は神から来るものですが、『安心』は自分で自分を納得させるもので、人からのものです。人間の安心は、しばしば、とんでもない危機に導くこともあるのです。
 ダビデは四方を敵に囲まれながらも、主の支え、主の護りの中で、平安の眠りにつくことが出来ました。『安心の眠り』ではなく『平安の眠り』の中に身も心も休めることができる人は幸いです。
 お祈りいたします。『主よ。あなたの哀れみと恵みを覚えていて下さい。それらは永久(とこしえ)からあったのですから。私の若い時の罪や背きを覚えていないで下さい。あなたの恵みによって、私を覚えていて下さい。主よ。あなたの慈しみ故に‥‥。アーメン』」