●リプレイ本文
●到着、熱気の中を
「暑い、何て暑いんだ」
ウインディア・ジグヴァント(ea4621)は村に着くまでの間に、もう10回は越える叫び声を上げた。
「極北の育ちゆえ、『涼しい』『寒い』には強いが、こんな暑いのは」
その後に言葉が続かないのは、相当辛いらしい。気力をなくしたか、それとも意識まで失ったのか。
「パリはこんなに暑く無かったのに」
ウインディアではないが、他のメンバーも相当暑さには閉口していた。
「そうですか? この程度で」
唯一平気な顔をしているのは、エジプト出身のアハメス・パミ(ea3641)のみ。
「十分暑いわよ」
タイム・ノワール(ea1857)は暑気払いの酒が欲しくて、愚痴を言う。
そんな状態で一行が村に到着したのは、予想外に遅く、夕刻迫ってのことだった。
「いきなり突入するのは危険すぎる。取り敢えず今夜は情報を集めよう」
ジン・クロイツ(ea1579)の言で、依頼人と接触しようとして村に入る。
「?」
村の中は静かだった。
「暑くても家の中に引き隠っているのは、やはり幽霊屋敷の祟りだと思っているのかな」
タイムは気合入れにお酒くらい御馳走になろうと思っていたが、無理そうな雰囲気にちょっと落ち込み気味。
「幽霊屋敷探索の依頼があってから到着までに3日ぐらいか? その間恐怖に震えていたわけか。一般人には怖いだろうな」
岬芳紀(ea2022)は無意識に腕を組んで考え込む。
幽霊屋敷は、昔から恐怖のシンボルとしてこの村に言い伝えられてきた。決死隊などと言いながらも、恐怖に取りつかれて冒険者に依頼を出すのはそのせいだろう。まだ子供の方が恐怖の感染度が低い。
「こっちだ」
ジンは決死隊のメンバーが用意した家に入ると。
「今夜はここで休んでください」
豊かではないが、夕食と僅かなお酒が用意してあった。
「地酒? へへへ」
酒をみて一番喜んだのはタイム。もちろん、早速独り占めしてしまう。
「そうだ。臨終間近っぽいお婆さんにお話が聞きたいんだけど」
少し? 酒が入ったせいか。かなり酷い言いようだ。
「臨終間近っぽいお婆さん? 棺桶に片足突っ込んだ爺さんならいるけど」
タイムに影響されたのか、決死隊の人も口が悪くなっている。というよりも、デリカシーの無い連中が決死隊に選ばれたのかも知れない。日頃の大口故に押しつけられたのだろうか?
「案内してあげるから付いて来て。私はメリッサ。一応覚えておいてね」
「はいはい」
タイムは地酒が利いたのか、すでに出来上がりつつあった。足取りもけっこう怪しい。
「さてと、老人相手はタイムに任せて。決死隊の人、あの屋敷について知っている事を教えてくれ」
アルビカンス・アーエール(ea5415)は魔道オタクを自称している分、まずは調査に走る。
「俺はシャルル。メリッサの婚約者だと思ってくれ。ギルドの依頼のとおりだ。知っている事と言えば、村が出来る以前からあの幽霊屋敷があったらしいこと。もっとも、言い伝えだから全て正しいとは限らないけど」
「といいつつ、信じているわけだな」
「‥‥信じている。子供の頃からずっと言われてきたことだから。さっきタイムさんが棺桶に片足突っ込んだ爺さんのブルウッドのところに行ったけど、爺さんだって知っていることと言ったらそんなもんじゃないかな」
「口伝か。この村には伝承を記した書物とかないのか?」
アルビカンスは多少苛立ってきた。
「書物ね。この村には文字を読める人なんていないからな」
「うわ〜」
アルビカンスは絶望にうめき声を上げた。そのまま突っ伏してしまった。
「生きてる?」
シルヴィス・ヴィーゲラン(ea2060)が、多少は心配したような声を出して尋ねる。
「ああ、命には別条ない。疲れがでただけだろう」
ジンが覗き込んで答える。
「暑いなかの強行軍だったからな」
「そろそろ、こっちも休もう」
テュール・ヘインツ(ea1683)は明日からの調査を考えて寝床に入った。
●早朝の遭遇
「さてと、みんなが起きる前にちょっと調べてこよう」
テュールは、先に周囲だけでも調べようと思っていた。
「早いな」
芳紀の方が先に来ていた。
「やっぱり外を」
「庭から調べようと思っていた」
しかし庭に入るには屋敷の周囲の塀が邪魔だった。塀にはかつて防犯のために作られた頃の機能が変わることなく生きていた。
「庭に何かあるのかな」
テュールは屋敷の敷地の外を回ってみる。
「ここが湧き水?」
屋敷の近くから水がわきだしている綺麗な泉を発見した。泉からわき出た水は相当多いのだろう。川となって村の周囲を巡る。
「この川は村の生命線だね」
この川からの水によって村の水は賄われ、多分農業用の水も大半はこの川の水を利用しているのだろう。
「やっぱり一旦屋敷に入らないと庭には入れないみたいだ。塀をぶっ壊さない限りは」
芳紀とテュールは屋敷の外周をそれぞれ逆方向に回ってに1周して、再び出会った。
「一旦もどろう」
「タイム、夕べはどうだった? 棺桶に片足突っ込んだ爺さんから何か聞き出せたか?」
タイムが戻って来た時には、深夜を過ぎていた。すっかり酔ってふらふらの足取りで、どうやって戻ってきたのか、タイムは覚えていないようだ。
「さすがに頭痛いわ」
訪問先の家でたっぷりと御馳走になった地酒に完全に飲まれてしまったようだが、それでも聞いた話は覚えていた。
「え〜とね。幽霊屋敷だけど、爺さんの話だと、爺さんが子供の頃に爺さんの爺さんは子供の頃からあの佇まいであそこにあったって」
二日酔いの頭を押さえながら話す言葉は、いささか混乱気味。
「今まで幽霊は目撃された事はあったのか?」
「それがね。今まであの屋敷に入ったフココロエモノは、あの幽霊を見たあの子供たちだけだって‥‥フココロエモノって何?」
「この村じゃ大人の言うことを聞かずに幽霊屋敷に入ってしまう子供の事だよ。もっとも怖くて入れないまま大人になってしまった連中の方が多いけどな」
「何の話だい?」
テュールは屋敷の側で汲んできた冷たい水を持って帰ってきた。
「冷た〜い」
水を掬ったタイムは気持ち良さそうな声を上げた。
「平凡な村だな」
ジンとアルタ・ボルテチノ(ea1769)は揃って村の朝の散歩から帰ってきた。周囲の森林の状況や村そのものの状態の調査結果は‥‥。
「幽霊屋敷が実は村ぐるみの盗賊家業で若い連中はその秘密を知らないだけだったなんていうのが真相だったら、こっちは口封じに殺されかねないかも」
笑うアルタ。
「確かに、この大きさの村にしては裕福だな」
アルタは村の生活圏である森林の状況についても調べた。森林の下刈りも丁寧にしてあって、生活感がある。秋にはキノコがいっぱい収穫できるだろう。盗賊家業を兼業で持てるような素振りはない。
「アルタさんが言うのなら間違えないだろう」
「つまり、ここは正常な村で、幽霊屋敷に幽霊以外のものが潜んでいたとしても、村人と関係ないと言う事だな」
アルビカンスはどちらかと言うと、幽霊であった方が嬉しい。
「決死隊には誰も幽霊屋敷に入り込まないように、見張りぐらいはしてもらおう。もし盗賊なんかが巣くっているならば、好奇心で入り込んだ子供達を戦闘に巻き込みかねないもの」
シルヴィスもその可能性に思いを巡らす。
「先ずは昼の間に調べておこう」
昼間から幽霊が出ることだってあるけど、まあ定番は夜だろう。
「これが頼んだ屋敷の間取りね」
タイムは着いてそうそう頼んでおいたものを受け取った。唯一寝込んでいなかった子供が書いてきてくれたと言う。因みに、彼はタイムよりも背が高い。
「案内するよ。僕はカミル」
「幽霊屋敷に入ったのって君達」
「うん。僕以外はみんな寝込んじゃったけど」
「平気なの?」
「別に、最初ショックだったけど。でも‥‥」
「でも?」
「ううん、なんでもない」
カミルのほほが何となく赤くなったような気がした。
●昼間の探索
幽霊屋敷の入口、しっかりした玄関は今でも人が住んでいるような雰囲気を醸し出している。
「村の人の居場所は把握しています。屋敷に入った人はいません」
決死隊は冒険者の依頼を素直にこなしていた。半分以上は幽霊屋敷の恐怖が突き動かしているのだろう。
「相当怖いみたいね」
シルヴィスは、あまりの反応の良さに薄ら怖いものを感じ始めた。
「これは期待できるぞ」
アルビカンスは反対に喜んでいる。
「ごめんください」
ウインディアは、玄関に立って屋敷の中に通るほど大きな声で挨拶する。
「何してるの?」
タイムは不思議そうにウインディアを見る。
「雨にも、風にも、嵐にも、モンスターの襲撃や山賊の略奪にも負けず‥‥‥‥か。なんとも、いじましい。それに幽霊屋敷は幽霊の棲家なのだ。他人の家に入るのだから、礼儀を重んじて挨拶はしなければならない、んじゃない?」
「そんなものかな」
ウインディアの意見によって全員が挨拶してから入った。
「こっちから庭に出られる」
タイムに見せられた屋敷の見取り図から芳紀とテュールは屋敷の庭から調べ始める。
「私は水源を調べる」
シクル・ザーン(ea2350)はもう一回水湧き出す場所に行ってみることにした。
●庭
「凄い草の生えようだ」
屋敷内部は人手が入っているようだが、庭の方は全くそのような感じがない。
「こんなに草があったら地面が全く見えないな」
草の丈は芳紀の胸くらいまであり、テュールなどは完全に埋没してしまっている。
「庭石の場所調べるの手伝ってくれるか?」
この草の中で一人だけでは庭石の配置を把握するのに昼間のうちでは終わりそうも無い。
「手伝うけど、生き物が出入りできる穴があったら教えてね」
二人は虫に刺されつつ、この草むらに数時間を費やす事となる。
●屋根裏
「けっこう狭い」
アルタは屋根裏に入り込んでいた。屋敷が冷えたり音が鳴ったりするには、何らかの仕掛けが屋敷の壁の中か屋根裏にあると見当つけ、先ずは屋根裏に潜入してみたのだ。タイムからは温度差で軋みそうな場所を探すように頼まれている。その間、彼女はカミルの書いた見取り図で屋敷の中を調べて回る。
「変だ」
屋根裏の中には別に湿度の高そうな様子はない。
「もし屋根裏に氷ができていたら、屋根の痛みは酷いはずだ」
それを考えたら、この屋敷自体が村の誰も手入れしていないのに無事に立っていること自体が不思議なのだが。
「しかし‥‥まさか」
アルタは屋根裏を進むうちに、天井の素材が木ではないことに気づいた。
「この建物は普通じゃない」
構造そのものも一般的な家では無い。では何かと言われると何と答えたら良いだろう。普通じゃないとしか言いようが無いのだ。
「しかし、仕掛けはないな。やっぱり本物か。世の中他に恐ろしい物も智の及ばない物も多いからな‥‥仮に幽霊が居ても、害が無いなら問題あるまい」
それを調べるのも今回の依頼の一つ。
●隠し部屋は?
「そっちはどうだった?」
アルタは屋根裏から這い降りて来た。考えてみたら、屋根裏に上がるときに動かした天井が妙に重かった。実は木のように見えて木じゃない素材だったんじゃないか。
(「緊張して注意力が低下しているのか」)
落ち着き払っているようでも、どうやら幽霊屋敷の影響を受けているようだ。天井板をマジマジと見てから元に戻す。
「ちょっと見てくれ」
ジンは部屋のマッピングを終えていた。マッピングというよりもスケーリングに近い。 シルヴィスも部屋の探索をしつつ、ジンを手伝っていた。ジンが動かしたものはしっかりともとの位置に戻している。
「絵画は良さそうだとは思うけど、作者までは不明ね。隠れた名作かも知れないけど」
シルヴィスは主に、室内の装飾品や調度品、書庫内の本を調べようと思った。
「壁は少々厚い気はするが、人が入れるほどのものじゃない。執事の廊下はないようだね」
「多分壁の厚さは屋根を支えるのに必要な厚さじゃないか?」
アルタはジンに天井板のことを話した。
「そんなんじゃ、この壁の厚さはしかたないか。でも水が壁の中を伝わるくらいはできそうだけどな」
冷水が壁の中を伝わって部屋を冷やす。
「キシミの原因も温度差って?」
でもそんなことをしていれば屋敷そのものの負担が大きくて長持ちしないだろう。村ができる前となると少なくても100年以上は経過している。壁が軋むような温度差だったら、とっくに壁も屋敷もボロボロになっているはずだ。
「もちろん、普通の素材ならな」
天井板のあの素材が、それでも大丈夫なようならありえるが。
「ちょっといい?」
シルヴィスは見つけたいくつかの本を手にしていた。
「何か分かったか?」
「読めないことが分かった。全員に貰いたい」
結局文字は誰にも読めなかった。アルビカンスが、古代遺跡でときおり発見される文字に似ていると分かったくらいだ。
「写本したいところだ」
しかし、それだけの時間はないし、当面言語研究だけするわけにもいかない。そのうち時間ができたらということになった。
「この書物も特殊な素材のようだ」
羊皮紙にしてもパピルスにしてもどれだけの期間無事だろうか。
「定期的に誰がきて本を作り直しているとか」
「どう?」
アハメスは防寒着を用意して来たが、昼間の屋敷内は普通の家と大差無い。いや、実際には開かない窓があり風の出入りが悪く、他の家よりもずっと暑いと思われる。しかもこれだけの人数が屋敷内を捜索していれば‥‥。
ウインディアは汗を拭いつつ幽霊が目撃された部屋に入って、礼儀正しく声をかけた。
「済まないが、邪魔をする。害意はないゆえに、そちらから姿を見せていただけないか」
しかし、何の反応もなかった。やはりまだ営業時間ではないのだろうか。だとしたら、この時間に来たことだけでも悪意に取られるかも知れない。などと考えて調べていたが、
予想以上に屋敷内が暑い。最初にバテて水源の方に後退することとなった。
●水源
「ここが村の水源」
シクルは水の状態を確かめた。湧き水というか泉というか。地下からこんこんとわき出てくるような印象を受ける。
「冷たい」
手を浸すと震えが来るほど冷たい。
「魚にとってはいい温度なんだろう」
芳紀が釣り道具を持っていたのを思い出した。魚影はこの付近にはない。魚にとっても冷たすぎるのかも。両手で掬って一口飲んでみる。村人の飲料水にも使われているのだから大丈夫だろう。
「うまい。これ大丈夫」
シクルは水の旨さを感じているところに、暑さにやられたウインディアがフラフラになってやってきた。
「寒いところ出身だと、こんなに暑い夏は堪えるよ」
しかし、水を一口飲むと回復した。
「この水、暑さにはホーション並に効っく〜」
「調査はどうですか?」
メリッサが水を汲みにやってきた。いつも水源近くで汲んで持っていくという。
「この水、体にいいんですよ」
季節によっては生水が危ない場所もあるが、ここに限っては問題ないという。
「昼は幽霊の気配は全くない」
「やっぱり。問題は夜なんですね」
「ところで、あの屋敷誰が掃除しているんだい?」
「いいえ。でも、そういえば変ですよね。ずっと掃除しなければ、埃とか溜まりますよね」
女性だけに目の付け所が違う。
「やっぱり何か居る。幽霊以外にも、あの屋敷をメンテナンスしている存在が」
●夜、日暮れとともにそれはやってくる
「そろそろ一旦戻ろう」
昼過ぎ屋敷内の調査は一応終了し、庭を調査していた芳紀とテュールも身体中虫に刺されて戻って来た。
「庭石はあったが」
庭の形と庭石の配置を地図にしていた。
「何も感じないけどな」
ウインディアもアルビカンスも何も感じないという。もちろん、彼らが知らない形かも知れないが。
「庭から屋敷内に入り込めるように大きな穴が見つからなかったよ。やっぱりこの扉を開けないと大抵の動物は入れないみたい」
屋根裏にも動物が入り込んだような形跡はないとアルタも確認している。レンジャーの調べなら間違えないだろう。それだけじゃなく。
「クモの巣もなかった」
という。つまりクモが入り込まなかったという意味とクモが餌にする虫も入らなかったということだ。屋敷内にいた人は誰も虫にさされていない。
「それじゃ動物が入り込んで騒いだわけじゃないってこと」
原因がジュエリーキャットじゃないかと期待していたテュールはちょっと落ち込んだ。
「あとの可能性は精霊か本物の幽霊か」
アルビカンスが真顔でいう。
タイムは同行したカミルが幽霊を見た場所でパーストを使ってみたが、幽霊を見かけてから時間が経ちすぎているのでその時間を指定できない。そのため同じくらいの時間を指定してかけてみたが、さすがにそれでは捕捉出来そうにない。
一旦戻って休憩を取って、夜用の装備に変更して準備を始める。今度こそ幽霊に遭遇できるようにと。その時の状況を想定した装備に。
一応屋敷のあちこちに細いロープを張って何かが通ったら分かるようにしておいた。
●幽霊
「だいたいこの時間だよ」
カミルは冒険者たちを幽霊を目撃した時間に案内する。
夕闇の中、幽霊屋敷は静かにそこに佇んでいた。静かに。
「じゃ、ここで‥‥。教会の鐘が鳴った後だよ」
カミルが踵を返した。流石に怖いらしい。彼が居なくなってまもなく。教会の鐘が鳴った。
「‥‥なんだ、この雰囲気は」
ウインディアにはかすかに水の精霊に近い感触を感じる。
「精霊?」
「水の精霊は使われているだけみたいだ」
精霊を使って温度を下げているのだろうか。サーチウォーターを使うと屋敷全体に水を感じる。
「水だけじゃない。風も感じる」
アルビカンスの首を傾げながら、小声で言う。あまり自信はなさそうだ。
「では、幽霊に挨拶しにいきましょうか」
シルヴィスが皆を促した。外はまだ暑かったが、アハメスは早速防寒着を着用する。万一戦闘になった時のことを考えて、シクルがクリスタルソードを助っ人に駆けつけてくれたマギー・フランシスカから受け取ってアハメスに手渡す。
「なんか強盗に入る気分になるから」
シルヴィスは差し出されたクリスタルソードを受け取らなかった。それを聞いてシクルは、ちょっと恥ずかしくなる。
「ごめんください」
ウインディアは再び、挨拶して屋敷に入る。
「涼しい」
ウインディアが喜びの声を上げる。逆にアハメスは防寒着の前をかきあわせる。主観的な差とはいえ、それほど温度差がある。
「カミルが幽霊を見たと言う部屋に行ってみましょう」
昼の調査でカミルに説明してもらうことはすべて終わった。カミルが見たのと同じかどうかは関係ない。出てくるやつを調べればいいだけだ。美人かどうかは別にして。
「屋根裏の音は」
ピシッ、ピシッという音が微かに聞こえる。
(「来たか」)
その場にいた全員が、幽霊の登場を待った。と言うよりも期待した。
何故この場にいるのか。こればっかりは、直接幽霊に聞いてみなければ判からない。
「どうやら出たみたい」
シルヴィスが最初に発見した。
『あらお客さまですか?』
幽霊からは明るい声がした。
(「カミルは美人だって言っていたけど、一応そう言えるかな」)
ランタンを持ったジンやアルタが同じ部屋に入っても、薄くはなるが姿は消えない。
「返事を待たずに入ってすまない」
『いえ、声をかけていただいて‥‥。最近ノックもせずに入る人が多くて困っています』
幽霊でも困るらしい。
「何故ここに」
『帰ってくるご主人様を待っています』
(「この言葉ゲルマン語じゃない。口の形も違う。テレパシーのようなものか」)
ジンは幽霊を観察して思った。大昔の幽霊が、こちらの精神に直接話しかけているのか?
「帰ってくるっていつの話?」
『私はそのためにこの屋敷に雇われました。不器用な私をご主人様は根気よく教えてくださいました。あの日ご主人様はどうしても行かなければならないと出ていかれ、まだ戻ってきません』
(「まだって、いったい何年だよ」)
(「そこまで忠誠を尽くすって」)
半分は呆れているが、そこまで思われたいとも思うし、そこまで尽くせる相手に出会いたいとも思う。
「ちょっと待って。今あなた自分の状態分かっている?」
『幽霊ってことでしょ、所謂』
「分かっているの?」
『もちろん、だってあの人を待つためにはそうなるしかなかったんですもの』
彼女の名前はテッサリア。この屋敷の主人によって見いだされ、魔法を覚えたという。そして、この屋敷を管理を任されたと。主人の多大な恩があり、死してもなおその恩に報いるために、生前の役目を果たしつづけている。もちろん、昼間はでることはできないが、その分夜はセッセと働いている。
「庭は荒れているようだが」
芳紀が疑問を口にする。庭が管轄外なのだろうか。
『屋敷から出られないんです』
幽霊となったことで、屋敷の外に出られない。そのため庭も綺麗にしたいがそれができない。
『庭に出られないのを良いことに、うちの庭に知らない人達がいっぱいやってきて家とか畑とか作って』
彼女の話によれば、村はもともとはこの屋敷の外庭だった部分だという。今塀が囲われているのは内庭。そのため一回屋敷に入ってからでないと庭に入れなかったのだ。
「しかし、庭の管理ができないから彼らに貸して管理してもらえばいいじゃないか」
『それもそうね。でも時折昼間にやってきて悪戯する者がいうのよ。この前は夕方きたけど』
「それは互いに知らないから、しかし子供は嫌いじゃないのでしょう」
冒険者たちは精霊を使いこなして、しかも高レベルそうな幽霊と正面切って戦うのは分が悪いと感じている。屋敷を昼間のうちに燃やしてしまえばどうにかなるかもしれないが、この屋敷の底から沸きだしてる水は、村の生命線のようだ。水だけでなく、草の繁り方から考えると、土にも植物を良く育てるような技が施されているらしい。
もし屋敷ごと燃やしてしまって、村が存続できなくなったら‥‥。誰しも『村を滅ぼした者』なんて称号は欲しくない。できるなら村と共存して欲しい。
『私の顔の見た子のこと? ご主人様の昔に少し似ていて、やっと帰ってきてくれたのかと思わず笑みを漏らしてしまったけど』
「虜になってしまったみたいよ」
『そう。あの子だけなら、遊びにきてもいいわよ』
「他の子が寝込んじゃっているっていうけど」
『術なんて使っていないし、この屋敷の中では寝込むような原因はないわよ。罪の意識があったのと、実際に私を見たからでしょう。これはあの子たち自身の問題だわ。償いをして気が楽になれば、すぐにでも良くなるのでは?』
●幽霊屋敷はそのまま
結局、テッサリアは帰るはずのないご主人様を今まで通り待ち続けることになった。それがこの村の繁栄に繋がる。
「幽霊屋敷には主人の帰りを待つ健気な幽霊が居続ける」
タイムはワインを飲みながら、今回の幽霊のことで詩を作ろうと思ったが、肝心な場面は、ワインで酔ってしまってあまり覚えていなかった。きっといろいろ脚色したものが広まるだろう。
「カミルを除いた全員が屋敷に悪戯したことがあったそうだ。そして、幽霊さんに謝る意味を含めて内庭の草むしりをしたら、全員回復したらしい」
テュールの背丈よりも高かった草はもう無いと言う。決死隊の面々も全員過去に悪戯の経験があるらしく、それが原因で怖がっていたらしい。
「そういえば、山賊やモンスターが村を襲った時ってどうだったんだ?」
ウインディアは思い出したように疑問を口にした。
「その時はね」
タイムは棺桶に片足突っ込んだ爺さんに聞いたことを思い出した。
「あの屋敷に入ってそんままなんだって、入ったけど出てこない」
入った人数よりも出た人数の方が少ない。その答えは?
「クリスタルソード、使わなくてよかったね」
シクルはシルヴィスにそう言われた。もし戦闘になっていたら今頃‥‥。