雷兎を捕まえろ!

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月26日〜08月31日

リプレイ公開日:2004年09月03日

●オープニング

 今回の依頼人は、おでこに大きな青アザをこさえたお子様だった。
「いいかお前達! ぜっっっったいにあのキョウボウでフソンなガイジュウをやっつけるんだ! ボクのお小遣いをフンパツするんだからしっかり働けよっ」
 鼻息も荒く踏ん反り返っているのは、レストラン経営で知られる富豪のご子息、ユニット君(8才)。手下どもを引き連れて街からほど近い森の中を冒険していた彼は、そこで1羽の兎と遭遇したのだという。
「凄く格好いいヤツだったんだよ。兎の癖に堂々としてて、でもすばしっこくて。インクを垂らしたみたいに真っ黒で、ルビーみたいに真っ赤な目、右目のところにざっくり古傷があってさー。全身にビリビリ、雷を纏ってるんだ」
 さっきまでの憤慨は何処へやら、うっとりと語る彼。捕まえて可愛がろうと追いかけたところ、大反撃に遭って青アザをこさえた挙句に見失ってしまったという次第。ちなみに彼の手下達も全滅。すっかり怖気づいて、仕返しに行くと息巻く彼を避けて居留守を使っているらしい。業を煮やしたユニット君は、財力にものを言わせたという訳だ。
「見てろよ、ギャフンという目に遭わせてやる! それでフンジバッてオシオキしてハンセイしたら、ボクのペットにしてやらないでもない」
 ニコニコしながら屋敷のあそこに兎小屋置いて〜、などと妄想中の依頼者を他所に、ギルドの担当者と冒険者達は大人の話を。
「彼が遭遇したのは多分、ライトニングバニーだ。普通は山奥にいるもので、こんな平地の森に出没する筈は無いんだがな。慣れない環境に置かれて気が立っているのかも知れないから、十分に注意してくれ。それから‥‥ まあ、分かるとは思うが、ライトニングバニーは素人の子供が簡単に飼い慣らせるような生き物じゃない。今回の件はむしろ、依頼者君をどう納得させるか、だな」
 まあ頑張ってくれ、と難しい事を冒険者達に押し付けて、さっさと引っ込んでしまう担当者。
「さあ、行くぞ野郎どもっ! ‥‥あ、言い忘れてたけどお父様やお母様にはナイショだぞ? 森に行くのも危ないから止めろって言うんだよ全く嫌になっちゃうよな。如何な困難に遭おうとも、ボクのこの溢れる好奇心は何者にも抑え切れないのだっ!」
 勢いよく飛び出したユニット君は、勢い余って盛大にすっ転び、出陣前にもうひとつ、青アザをこしらえる羽目になったのだった。

●今回の参加者

 ea1558 ノリア・カサンドラ(34歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea1646 ミレーヌ・ルミナール(28歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea2201 アルテュール・ポワロ(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2868 五所川原 雷光(37歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3824 ネージュ・ブランシュ(35歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3844 アルテミシア・デュポア(34歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4470 アルル・ベルティーノ(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4791 ダージ・フレール(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea5034 シャラ・アティール(26歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 ea5362 ロイド・クリストフ(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6151 ジョウ・エル(63歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6164 ラーゼル・クレイツ(33歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●いざゆかん戦いへ
「ふーん。なんていうか冒険者っていうのはもっとこう、ムキムキで鎧ヨロイしてて、武器なんかいっぱい下げちゃってお酒臭くて汗臭い人ばっかりなんだと思ってたよ。なんかちょっと頼りないけどまあ、いいか。お金はちゃんと払うからしっかり働いてね」
 今回の面子を見回し、ユニットくんが最初に言った有難いお言葉がこれだった。
(「こんなお子様が、私達の報酬をお小遣いで、お小遣いで‥‥」)
 イスパニアのレンジャー、アルテミシア・デュポア(ea3844)は、上機嫌のユニットを見ながら引き攣った笑いを浮かべる。
「でもさ、何でライトニングバニーなの? 何だかんだ言って兎よ兎、キミの家ならもっと格好良くて安全な生き物いくらでも飼えるでしょ。例えば馬とか、馬とか、馬とか」
 アルテミシアさんはどうやら、狂おしい程に馬をご所望らしい。
「えー? そりゃあ、家には馬いっぱいいるよ? 利口で俊足、毛並みつやつやの名馬がね。でも、そういうんじゃないんだな今度のは。それはそれ、これはこれってやつ?」
 アルテミシア、そうですか、とにっこり微笑みながら拳を震わせる。湧き起こる殺意に、お腹の中は真っ黒に染まっていた。ジャパンの忍者、我羅斑鮫(ea4266)が苦笑しながら、子供の言う事だ流しておけ、と彼女の肩を叩く。
「ああ、ここだよここ。ボクがこないだ、キョウアクな兎にヒレツなフイウチを食らったのは。正々堂々戦ったなら、絶対負けたりしなかったんだけどねー」
 そこは何の変哲も無い森の中の道。さてどうしたものかと思案に暮れる冒険者達とは裏腹に、ユニットくんはもう、嬉しくて嬉しくて仕方ないといった様子。レンジャーのミレーヌ・ルミナール(ea1646)はそんな彼のはしゃぎ様を見て、懐かしげな笑みを浮かべていた。
「私もよく、お父様に外に出るなと言われてむくれてたっけ。外に出て、知らなかったものを見つけるのが楽しくて仕方なかったのよね」
 その頃の自分を思い出せば、ユニットを強く諌める気にはどうしてもなれなかった。
「そういう事もあるじゃろう。しかし大人として、子供達を教育するのは当然の義務じゃ。一時の楽しみの為に命あるものを追廻し束縛しようなどとは嘆かわしい。近頃の子供は教育がなっておらん。一体、あの子の親はどういう人間なのじゃ」
 ビザンチンのエルフウィザード、ジョウ・エル(ea6151)老は、今回の件を大いに嘆いていた。思わず愚痴も出ようというものだ。
「古傷のある兎、か。以前にも不心得者と戦ったことがあるのかしら。それを今度は私達が追い回すのか‥‥。気が進まないな。これも試練って事なの?」
 クレリックのノリア・カサンドラ(ea1558)が呟く。聖職者の彼女としては、殊更に悩ましいところ。ただ、今度の件が何事も無く無事に解決してくれればいい。その思いは皆同じだ。
「森を探索するのに、一塊になっていても仕方がありません。班を2つに分けましょう。ユニット様を中心に精鋭を集めたユニット特別隊と、その他のおまけ隊です」
 アルル・ベルティーノ(ea4470)の提案に、おまけ隊の面々がブーイング。予め申し合わせた事とはいえ、扱いが不当なのにも程がある。もちろんユニットくんは大満足だ。
「そうだな、それがいだろう」
 ラーゼル・クレイツ(ea6164)がダメを押して、結局そういう扱いのまま話は進行することに。
「うむ、よきに計らえっ。行くぞ、ユニット様とその雇われ人どもの大冒険!」
 ‥‥訂正。結局、冒険者の扱いはどちらも似たようなものらしかった。

 その頃、ユニットの父親を尋ねてパリの街中、大通りに堂々構えられたダルラン商会の事務所を訪ねたシフールウィザードのダージ・フレール(ea4791)はというと。
「何だと、貴様今何と言った!? 息子は何処だ、今すぐ連れて行け!!」
 ユニ父、ダルラン氏に追い掛け回されていた。まあ、でっぷり太った運動不足の中年に捕まるダージではないが、絵に描いた様な悪徳商人ヅラが眉を吊り上げて迫って来るのはあまり良い気持ちのものではない。
「わかった、わかりました、連れて行きますよ。でも、なるべく見守ってあげて欲しいんです。将来の経営者として教育するのは早い方がいい。お金の力の限界と自分の限界を知る事は経営者として大事な事。それを実体験として教える機会は貴重です。違いますか?」
 実に正論。ダルラン氏、むむむと唸る。
「いいだろう、尤もな話だ。‥‥だから早く連れて行かんか!」
(「本当に分かってるのかなこの人は」)
 一抹の不安を抱きながらも、ダーツは彼を案内する事にした。
「オーナーどちらへ!? まだこれから来客が」
「私は病気だ面会謝絶だ! そう言っておけ!」
 従業員も大変だ。

●ユニットくん攻略戦
 どのくらいの時間が経っただろうか。
「もう疲れたよ〜っ」
 くたくたとその場に座り込んでしまうユニットくん。それもその筈、森の中のとりわけ険しいところを散々に歩き回らされたのだから。しかも、ライトニングバニー捕獲の訓練と称して、野兎を追いかけながらだ。
「あらあら、ユニット君に森での狩りは無理だったかな〜? でも、野兎も狩れないんじゃ雷兎なんてとても飼えませんわよ?」
 アルル、にっこり微笑んでくすりと笑う。ユニットがむっとしているのが、見るからに分かった。何を隠そう彼、先ほどゴブリンが出現した時にアルルが放った『ライトニングサンダーボルト』に思いっきりビビッてしまったのだ。そして彼女に、
「これが雷の怖さです」
 と言われ、ラーゼルには、
「これから捕まえようとしている雷兎もこのモンスター達と同じだと考え、覚悟を決めておいてくれ」
 と言われ。浮かれた気分に冷水を浴びせかけられて、すごぶるご機嫌斜めなのだ。まあまあ、と仲裁に入りながらも、ナイト、ネージュ・ブランシュ(ea3824)がユニットくんを説得する。
「野生の生き物はそれでなくとも危険です。私としては、専門の調教師の方に調教され従順になった動物の購入をお勧めしたいのですが‥‥」
「つまんないよそんなの!」
 不満たらたらなユニットに、仕方ありませんね、とネージュは溜息。
「そうそう、私も冒険者ですから、ライトニングバニーを飼い慣らした人の話を聞いた事がありますよ。参考に聞きますか?」
 え、聞かせて聞かせて! と食いつく彼に、ネージュが話し始める。
 とあるジャイアントの調教師。お金も人手も足りなかったので、電撃対策なんてとても出来ない。粗相をすれば当然鞭をくれるのだけど、ライトニングバニーだって黙ってない。ビシビシにバリバリ、でも調教師の一番の武器は、そう、『根性』。褒美に餌をやろうとすればバリバリ、餌ごと黒焦げだけど気にしない。口笛吹きながら次の餌を用意して差し出すけどまたバリバリ。こんな事を数十回も繰り返して、遂に褒美の餌を与える事に成功したという、感動のお話。
「素晴らしいですよね。電撃で命を落とした師匠の鞭を受け継ぎ、愛弟子が見事調教に成功した、なんて話もあります。人間、忍耐とやる気さえあれば大概の事はなんとかなるという‥‥ どうしました?」
 ユニットくん、完全に引いている。
「こ、怖がらせようったってダメだぞ。どうせ作り話だよ」
「そんな事ありません。素晴らしい筋肉の殿方がお話してくださったので、記憶に止めてあったのです。彼らの美しい筋肉に誓って、嘘偽りは申しません」
「‥‥き、きんにく? 何?」
 思い出しているのかうっとりと頬を赤らめながら語るネージュに、ユニットくんドン引きである。その、彼らの目の前では、ジャイアントの僧兵、五所川原 雷光(ea2868)とナイト、ラーゼル・クレイツ(ea6164)が激しくぶつかり合っていた。異流派同士の組み手には約束事が存在しない分、緊張感が付き纏う。間近で肉と肉とがぶつかり合う迫力は、それだけで言葉に出来ない凄みを持っていた。
「雷兎を捕まえて調教するには、常日頃から厳しい特訓をしておかないと無理でござる。坊ちゃんも特訓するでござるか?」
 汗を拭きながら語り掛ける雷光。実ににこやかに話しているのだが、ユニットくんは完全にビビっている。ネージュの語ったジャイアント調教師とイメージがタブっているのかも知れない。それでも、雇い主として見抜かれてはいけないと思ったのだろう、胸を張って踏ん反り返り、「心配無用でござる」とやったものだ。緊張のあまり、雷光のジャパン訛りがうつってしまったらしい。ユニットくん、自分で気付いて耳まで真っ赤。雷光、くらりと眩暈が。
「拙僧まだまだ未熟なり! 愛染明王よ、我に罰を与えたまえッ!!」
 ぬおお! と全力の百本素振り開始。訳が分からず、ますますビビるユニット君だ。
「ほらほら、いつまでも座ってるとお尻に根っこが生えちゃうよ〜」
 パラのジプシー、テュール・ヘインツ(ea1683)がパンパンと手を叩いて出発を促した。既にお尻に根っこを生やしているユニットに手を差し出し、渋る彼を引き起こす。
「ところでさ、雷兎って何を食べるんだろ」
 突然聞かれて、きょとんとするユニットくん。そういう事は、全く考えていなかったらしい。何だろう、草、かな? と首を捻る。
「巣は? どんなところに住んでるの? そういうの分からないと、捕まえても飼えないよー。自分で世話しないと絶対に懐かないと思うし」
「し、調べてちゃんとするよ、本当だよ!」
 ふーん、ま、いいけど、とテュール。
「毎日嫌いなもの食べさせられて、全然気の休まらない部屋に押し込められたら、僕だったら死んじゃうな」
 ユニット、う、と言葉に詰まる。
「良いかなユニットとやら。そもそも、世界に必要だからこそわしらはいるのじゃ。雷兎もまた同じじゃ。無闇に動物を狩るものじゃない。命というものは‥‥」
 諭す様に言ったジョウに、ユニットはとうとう癇癪を起こした。
「何だよ何だよみんなしてさ! もういいよみんなクビだよっ!」
 ぷんすか怒りながら勝手に歩いて行ってしまう。
「ああ、森の中を無闇に歩き回ってはいかんでござるよ!」
 雷光が止めるのも聞かない。ユニットと彼を追った皆は、道を外れて今はもう使われていない旧道に入り込んでいた。草ぼうぼうで道とも分からないその場所で、ユニットは焼け落ちた荷馬車を発見する。
「まだそれほど日は経っていないようでござるな。数日、といったところか」
「車軸が折れたので乗り捨て、火を放ったのかの」
 雷光とジョウが調べるが、特に危険は無いようだった。荷台には焼け爛れた檻がいくつも積み重ねられ、その中で多分生き物だった何かが焼け死んでいた。
「もしかしてあの兎、ここから逃げ出したのかな」
 テュールが呟く。ユニットは足元に転がっていた羊皮紙の束を拾い上げた。
「ジャイアントラット3匹、ポイズンドート5匹、ライトニングバニー1匹‥‥ 伝票みたいだ。ゲルマン語で書いてある」
 煤けて歪んだ金属製の檻を、ユニットは悲しそうに見つめていた。

●雷兎を追い詰めろ
 さて一方、捕獲班はというと。
「見つけた兎穴!」
 覗き込んだアルテミシアの顔を、怯えた野兎が見つめていた。非難がましい視線を送る彼女に、神聖騎士アルテュール・ポワロ(ea2201)は頭を掻く。
「森だからな。普通の野兎も住んでいるのは当然か‥‥」
 アルテュールは『デティクトライフフォース』を使ってみるのだが、反応は多数あり、その中から絞り込むのは簡単では無かった。熟練の猟師ならばともかく、彼らにライトニングバニーと野兎の、生活上の痕跡の違いを見分けるのは難しい。さて、どうしたものかと思案に暮れるナイト、ロイド・クリストフ(ea5362)。
「待って、これを見て」
 エルフのウィザード、ソフィア・ファーリーフ(ea3972)が皆を呼ぶ。彼女が見つけたのは、焼け焦げた草だった。普通にしていたら見落としてしまいそうな小さな痕跡だが、針で突いたような焦げ跡は、放電による典型的なものだ。彼女は『グリーンワード』で草に聞く。あなたを焦がした者はどっちへ行きましたか? と。頷き、歩き出す彼女に、皆が続く。彼らはその先に、小さな巣穴を発見した。
「‥‥浅いな」
 斑鮫が覗き込み、中を確かめる。その巣穴はまだ使い込まれておらず、出口もひとつしか無い様だった。掘りかけ、あるいは緊急的に作ったものだろう。中をまさぐり、彼が取り出したのは数本の黒い獣毛。巣の主は不在の様だ。アルテミシアが念の為に巣穴を燻す。やはり何も出て来ない。インドゥーラのファイター、シャラ・アティール(ea5034)は辺りを見回し、かじられた草を見つけた。周囲の草に、斑に焦げた跡も。
「それじゃあ、この辺りに罠を仕掛けて待ち構えるってことでいいのかな?」
 彼女の問いかけに、皆、了解の意思を示す。
「私は引き続きライトニングバニーを追います」
「俺も行こう」
 ソフィアと斑鮫がその場を離れ、雷兎の追跡を続ける事になった。アルテュールが辺りの生命反応について、一通り気になるものを説明する。兎は縄張り意識の強い生き物、ここが巣穴ならば、そう遠くには行ってない筈だ。

 ミレーヌは額の汗を拭いながらスコップを地面に突き立てる。これがなかなかどうして、大変な重労働。森の中の事、地面は柔らかいが石や根もたくさんあるし、慣れた者でなければスコップの扱いは案外難しいものだ。と、見ればノリアやシャラの手馴れた事。掘られた穴は、彼女達の姿をすっぽり隠してしまうほどに深かった。
「もうそんなに? 凄いですノリアさんシャラさん!」
 真剣に感心するミレーヌに、ノリアとシャラは照れ笑い。
「子供の頃に、いたずらで随分と鍛えたから‥‥」
 同時に言って、はっと向き合う2人。
(「こ、この娘、侮れない!」)
 ノリアとシャラの間に、バチバチと火花が散る。物凄い勢いで深くなっていく穴を、ミレーヌは呆然と眺めるばかり。
「疲れたら交代する‥‥ いや、必要なさそうだな」
 ロイドに声をかけられて我に返り、は、はは、と笑って誤魔化す2人。その、人間でも這い出るのに苦労しそうな深い穴にカモフラージュを施したら、罠は完成だ。同じ様なものを辺りに幾つも作り、巣穴の周囲は完全な罠地帯と化した。
「さて、準備は整った。獲物が姿を現さない様なら、辺りで音を立てて追い込む手もあるがどうする?」
 ロイドがそう話し合っていた最中、斑鮫のオカリナが森に響いた。

 斑鮫が初めに気付いたのは、狐の悲鳴だった。悲鳴の主は見たこともない高さまで跳ね、地面を転がったかと思うと、一目散に逃げて行ってしまった。辺りに、焦げ臭い臭いが漂う。草むらを揺らし、ライトニングバニーが現れたのはその時だ。墨を落とした様に真っ黒な毛、顔にはユニットから聞いた通りの古傷があった。それは斑鮫の姿に気付くと、バチバチと体に放電を走らせた。
「いい面構えだ。狐に襲われずばもっと巧みに逃げ果せたのだろうが‥‥ 一度見つけたからには逃がしはせんぞ」
 斑鮫が動くと同時、ライトニングバニーは凄まじい速度で逃走を始めた。オカリナを吹き仲間に発見を知らせた斑鮫は、『湖心の術』で音を消し去り、その後を追う。ソフィアの『プラントコントロール』によって操られた蔓草が、ライトニングバニーの行く手を遮るのだが、襲い来る蔓草を俊足でかわす様は、見事という他なかった。駆けつけたアルテミシアが立て続けに放った矢は、遮蔽物を巧みに挟み込んだ逃走経路と唐突な方向転換でことごとく空を切った。作戦通りではあるのだが、複雑な気分のアルテミシアだ。
 間もなく罠を設置していた仲間も加わり、ライトニングバニーは次第に追い詰められていった。だが、この隻眼の黒兎は、ただ狩られるだけの弱者ではなかった。立ち木で視界が遮られ、兎の動きを見失った僅かの間。兎はそれだけの間に地面を蹴り方向を変え、弾丸の如くシャラに突進して来ていた。彼女は咄嗟に身を捻ってかわしたものの、全力疾走の勢いでもんどりうって転倒する羽目になった。
「あいたた‥‥」
 体を摩りながら立ち上がるシャラを、ノリアが助け起こす。駆けつけたミレーヌがダガーに手をかけた時にはもう、もうライトニングバニーは遥か遠くに去っていた。その後を斑鮫が追い、アルテミシアが矢を射掛ける。
「私も弓の練習‥‥、しておくべきだったかしら」
 ミレーヌが溜息をつく。苦笑しつつ立ち上がったシャラ。彼女達は気を取り直し、皆の後を追った。随分離されてしまったが、兎は決して真っ直ぐには逃げない。巣穴に向かって直進すれば追いつける筈だった。
 シャラは自分が未熟だから反撃されたのだろうと考えていたが、そうではなかった。女性だから舐められた訳でもない。ロイドやアルデュールでさえ、無闇に接近すれば痛烈な反撃を受けたのだから。ソフィアに『レジストライトニング』を施してもらっていなければ、大怪我を負っていたかもしれない。子供達が泣いて帰る程度で済んだのは、奇跡としか思えなかった。しかしその小さな猛者も、8人もの冒険者に追われては逃げ果せる事は出来なかった。巣穴を目の前にしたライトニングバニーはどんな些細な痕跡を見出したのか、仕掛けた罠を全てかわしてしまった。そして、浅い巣穴ではやり過ごせないと考えたのか、そのまま森の奥に飛び込もうとする。だが、そこにはシャラ達が迫っていた。音を聞きつけて再び方向を変えたライトニングバニーは、音も無く迫っていた斑鮫の姿に驚き飛びずさって‥‥ そのまま落とし穴に落っこちてしまった。
「恥じる事は無い、手練れが不覚を取る時というのは、えてしてこんなものだ」
 覗き込んだ斑鮫を、ライトニングバニーは睨み返す。飛び跳ね、脱出しようと試みるのだが、この穴はあまりに深すぎた。
「彼は、握った命を虐げて喜ぶような子ではないと思いたいけど」
 ソフィアが呟く。ユニット達に知らせる為、『ミミクリー』で鳥に変じたアルデュールが空に舞った。彼らは程なく、この場に集まって来た。

●ユニット隊長の決断
「‥‥」
 ライトニングバニーを目の前にして、ユニットは見るからに緊張していた。
「調教師の方々の様に命懸けでがんばってみますか?」
 にっこりと微笑み、語りかけるネージュ。ユニット、ちょっとサブイボが出てる。と、彼に『レジストライトニング』がかけられた。
「思う存分どうぞ」
 ソフィアが促す。落とし穴の底のライトニングバニーは、死に物狂いで足掻いていた。飛び跳ね、ずり落ち、それでも止めようとはしない。その跳躍の高さは、確実に落ちて来ているというのに。
「無理強いして押し込めても、仲の良い友達には決してなれぬでござる。子分にするにしても、動物はお金では動かないでござるから、自力で相手を瀕死に追い込み屈服させねばならぬでござるよ。どういたす?」
 雷光の声は穏やかだったが、その内容は厳しい。子供が無邪気に「やっつけてやる!」と粋がるのと、実際に上下関係を築く事の間には、埋め難い雲泥の差がある。
「わしが言うべき事は皆言った。決めるのはおぬしじゃ」
 ずっと傍らで説教を続け、煩がられていたジョウも、この期に及んでは何も言わない。むしろ今、ユニットは何か言って欲しいだろうと分かっていて言わないのだ。決断はあくまで、自分でしなければならない。喧嘩っ早いアルデュールは沈黙に耐えかね、暴発しかけてアルテミシアとロイドに止められていた。神聖騎士にあるまじき姿ではある。
「あの兎が格好いいのは、自分の力だけで生き抜いているからだよ。捕まえて無理矢理ペットにしても、狭い庭に閉じ込めて自分で餌とることもなくなっちゃったら、きっとその格好よさもなくなっちゃうよ」
 テュールが、ぽつりとそんな事を言った。
「君だってあれやったら駄目、これやったら駄目って閉じ込められることがいやなのは知ってるでしょ」
 自分と年齢も近いテュールの言葉に、ユニットが黙り込む。テュールにとって、自らの意思に反して束縛され、自由を失おうとしているライトニングバニーの姿は、とても見過ごせるものではなかった。それは、自分の生き方を否定されているも同然だったからだ。
「あ‥‥」
 ユニットが小さく呟く。ライトニングバニーは遂に力尽き、穴の底にずり落ちて、その場で蹲ってしまった。
「もういいよ。帰してやろう。もう‥‥ 飽きちゃった」
 その理由が言い訳なのは明白だった。皆、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった、わかってくれて嬉しいです」
 微笑みながら頬と頭をなでるアルルに、子供扱いすんなよっ、とむくれるユニット。ちょっと赤くなっている。そして、ラーゼルに背中を叩かれ、雷光に頭を撫ぜられると、彼は少し、誇らしげな表情になった。彼らが自分の決めた事を褒めてくれたのだと感じ、嬉しかったのだろう。
「ありがとう」
 テュールに言われ、ユニットは、ん、と短く、照れ臭そうに笑った。その光景に、ジョウが少し涙を浮かべながら、うんうんと満足げに、何度も何度も頷いていた。

「行かないんですか?」
 問うたダージに、ダルランは首を振った。
「私はこのまま帰るとしよう。己で得た経験は何にも代え難いもの、親ヅラをしてしゃしゃり出て、それを台無しにしたくはないからな。‥‥思えばあの子の歳の頃、私はもう奉公に出ていたよ。未熟ながら自分で考え、働ける歳だ」
 よっこら、と立ち上がったダルラン氏、
「もしも息子が報酬を払わないと言ったら、私のところへ来るがいい。代わりに支払おう。そんなことは無かろうと思うが」
 そう言い残すと、ふうふう汗をかきながら街へと戻って行った。

 余談になるが。皆がライトニングバニーを帰す為に山に向かった時、行かなかった者達がいる。アルテミシア、アルデュール、ロイドの3人だ。
「どうしてもあと1本だけ、矢が見つからないのよ。悪いんだけどポーちゃん(アルデュールのことらしい)も探してよ」
 貧乏なアルテミシアさんは矢を買うお金もままならないので、撃った矢はきっちり全て回収しているのだ。涙なくしては聞けない話だ。
「仕方ないな、いったい何処で撃ったんだ?」
 ロイドがこめかみを押さえ、俯いて溜息をついている。
「んー、ポーちゃんが鳥に変身して飛んで行った時よ。レンジャーの血が騒いだっていうか、反射的に最期の一本撃っちゃって。ロイドが止めるもんだから変な方に飛んで行って、何処に落ちたかどうもよく分からないのよね」
「‥‥今度から、アルの前じゃ変身しないように気を付けるよ」
「そうだな、それがいいな」
 アルデュールの肩を叩き、慰めるロイド。彼らは最期の矢を探し続け、辺りがもう薄暗くなった頃にようやく見つけて、へとへとになりながら街に戻ったのだった。

●さよなら雷兎
 パリから数日の距離にある、とある山。時折ライトニングバニーが見られるというこの山に、冒険者達は捕らえた雷兎を放す事に決めた。この旅を父親が何も聞かず許可してくれた事が、ユニットには不思議で仕方ない。
 彼は、ダージが『アイスコフィン』で固めたライトニングバニーを抱えて、山道を外れて斜面を登り、随分と険しい場所まで入り込んでから、ようやく固まりを地面に置いた。皆、そこから離れて身を潜める。
「本当に飼ってみたいと思うなら、きちんと勉強してみたら? 何でも一生懸命になる姿勢、私はとても大事だと思うわ」
 ミレーヌの言葉に、ユニットはこくんと1回、頷いて見せた。ダージが術を解除すると、ライトニングバニーは暫くその場で耳をそばだてたり毛繕いをしたりしていたが、何度か体を震わせると、軌跡を引きながら山の中に消えていった。
「やはり、野生の者は野にあってこそ、だな」
 斑鮫が呟く。
「もう捕まっちゃ駄目だよ、バイバイ」
 アルルが手を振った。ノリアは静かに祈りを捧げる。かの小さき命に祝福がありますように、と。別れは一瞬。よくある物語の様に、振り向いてくれたりはしなかった。
「さ、帰ろうか」
 テュールに促され、うん、と疲れ気味に答えたユニット。
「うわ、何すんだよ、いいよ、下ろしてよ!」
「はは、遠慮しなくてもいいでござるよ」
 雷光、ひょい、とユニットを肩車。恥ずかしがった彼にぽかぽか頭を叩かれても、にこにこ笑ってまるで動じず。
「さ、走るでござるよ!」
 ほっほっほ、と揺れる肩の上で、ユニットが笑い出す。空には一番星が輝いていた。