●リプレイ本文
●村までの道々
村長を決めるこの儀式的な競技に、冒険者は12人が応募した。
最終的に候補者の依頼を受けるのは、リサーチしてからだが、ほとんどは決まっていた。もともと友人関係にあるものたちは最初からパーティを組む予定である。
「モンスターの情報も少し欲しいところだ」
元気いっぱい娘のキアラ・アレクサンデル(ea2083)は、競争である以上は、一番のダンジョンの奥まで着きたいと思っている。ダンジョンの奥に置いてある前の村長の羊皮紙を無事に持ちかえる。もちろん、ダンジョンに生息する危険性のモンスターも掃討する。
「前の村長が就任した直後に入って無事に帰れたと言ってもかなり前だから強力なのが移り住んでいるかも知れない。注意しろ」
キアラの自称保護者ラマ・ダーナ(ea2082)が珍しく口を挟む。
「村に着けば、被害が出ているかわかるでしょう」
マリウス・ドゥースウィント(ea1681)はどちらかというと掃討戦を中心に考えている。3つのパーティに別れても、途中で合流すればより有効な行動がとれるはずだと思っている。
「ダンジョンの情報は迷わないようにできるだけ集めたいところね」
キラ・ジェネシコフ(ea4100)もダンジョンそのものの情報の不足を気にしていた。
注意していって、何も居なかったというのならいい。しかし、予想以上の強敵がいたら?
「そうですね。高レベルの白クレリックを融通してもらいたいところです」
真顔でそんな冗談をいうアウル・ファングオル(ea4465)。もちろん、そんな凄腕がチョイチョイいるはずもない。
「あの村でしょう?」
少し先に出ていたシャクリローゼ・ライラ(ea2762)が目的地の村を見つけた。
小さめの領主の館が3つ。それに囲まれた村が見える。
「中規模な村だね、でもものものしい砦みたい」
シャラ・アティール(ea5034)が素直な感想をもらす。
中規模な村を3つに分割に相続すること自体かなり無理がある。
「ギルドじゃなんて言っていたかしら?」
ピチュア・リティ(ea5038)は李斎(ea3415)に尋ねた。
「実際に行って聞いてみればいいよ」
●村でのリサーチ
「歓迎冒険者ご一行様」
李斎は村の入り口に多数用意されていた幟を見つめた。
「村人にとっても記念すべきイベントってことね」
「ようこそ。我が村へ」
3人の村長候補が冒険者ご一行様を待っていた。
「まずは用意しておいた家で旅の疲れを落としてください。今夜はささやかな晩餐を用意しています」
12名は用意してあった家に入って荷物を下ろす。
「じゃ予定どおりに」
情報収集に全員が動く。
「あ、冒険者だ。明日は頑張ってください」
村人に出会うと必ずそう言われる。まだ誰が誰に雇われるか、まだ分からないのに。
村人にとっては、ダンジョンに住み着いたモンスターを退治することに期待をかけているようだ。
「この村に昔のことを知っているエルフかドワーフはいないのかしら?」
李斎は村の中で前の村長から以前ダンジョンに入った時のことを聞いたことがないか探してみた。
「鍛冶屋のおじさんなら」
ドワーフが鍛冶屋をやっているらしい。早速行ってみると。
「ほう、今度の冒険者はやりそうだの」
「毎回そう言っているんじゃないの?」
「で、わざわざ来て何が聞きたいんじゃ?」
「昔の話」
「昔話というと、昔々おじさんとおばあさんがで始まる」
打撃音が響く。
「あのね。殴るわよ」
「殴ってから言うな!」
けっこうお茶目なドワーフさんでした。
「あのダンジョンには罠など残ってはおらんよ。そりゃ昔は残っていたさ。しかし、あのダンジョンは今まで幾度もモンスターが住み着き、冒険者を雇って駆逐している。その間に罠は壊されるか、消耗していった。落とし穴くらいはあるだろうが、単に穴が残っている程度だろうよ」
「言葉が通じないか?」
ラマは候補者について聞き込みしようとしたが、生憎とゲルマン語に通じていない。
「どうしたのですか?」
ローゼ。すなわちシャクリローゼもラマ同様に候補者の情報を熱めに出ていた。
「言葉が通じなくて」
ローゼの通訳である程度の情報は手に入った。
ララ・ガルボ(ea3770)は村の周辺でダンジョンに住み着いたらしいモンスターがこっちまで出没していないか調べていた。
「あ、冒険者だ」
ララから見ると、子供でも見上げるような状態になる。
「村の周辺にモンスターが出没した形跡をしらべている。何か知りませんか?」
「モンスターだったら」
子供の案内でモンスターが出没したらしい場所に連れていってもらう。
「モンスターを見たことある?」
「あるよ」
モンスターの足跡を見つける。
「これは、ゴブリン? ちょっと大きいからホブゴブリン、オーガという可能性もあるかも」
「角は、生えていた?」
「角の生えているのもいた」
(「オーガかも、ちょっと強そうね」)
●情報交換
夕食までの間を利用して村で集めた情報の交換を行う。
「どうだった?」
ウィレム・サルサエル(ea2771)は、まだどの候補につくか決めていなかった。一番戦力的に乏しいところに入ろうと思っていた。
「第1候補だけど」
マリウスは自身は第2候補に雇われるつもりだが、第1候補が次の村長になることを望んでいてとはいえ、別に冒険者のモラルとして手を抜くつもりはない。
「親が村長だったこともあって、実務的なことは一応分かっているらしいんです」
急逝するような老人が村長の実務をどれぐらいこなせることができただろうか。実務的な面をほとんどは息子と取り巻きが行っていたらしい。
「すでにスタッフを抱えていたってことね」
キアラは第1候補につくことにしていた。
「それがこの村は3人の領主がいて、それぞれに属する領民がいるわけ。村長はすべての領民を実質的に取りまとめているらしいのよ」
キラは『同じ村の中で3つに分れてるなんて、ややこしい事を。‥‥ま、これもまた試練なのかもしれませんわね』等と思っているが、やっぱりややこしい。
ところが、領地を分割相続を何代か続けていくとこんな事態はあちこちに出てくる。統治のし易さや地代の徴収などを考えて、領地の交換も行われある程度整理じゃされるのだが、相続の時に揉めたり、代が変わってしまったりすると、そのままになって整理しにくくなる。
「領主ってやっぱり仲悪いわけ?」
「争いにならないように、ここに来る時期はずらしている。配下の者同士が争いを起こしたりしないように配慮するくらいの良識は持っているのでしょう」
アウルは領主について聞き込んだことを語った。
「で、決まった?」
「決まった」
第1候補(村長の息子)には、キアラ、シャラ、ラマ、ララ。
第2候補にはマリウス、ローゼ、アウル。
第3候補には李斎、キラ、コトセット、ピチュア。
「それじャ、俺は第2候補だな」
ウィレムは人数的に最も少ない第2候補につく。
「ダンジョンの内部地図は晩餐会で貰えると思うけど、一応言っておくね」
ララは聞き込んだことと足跡のことを伝えた。
「オーガか。ゴブリンの1個小隊くらいいるかな」
「まだ村に被害が出ていないから、それほど多くもないかも」
「ゴブリンどもの目から見たら、この村は3つの領主の館に囲まれた警戒厳重な村に見えるのかも知れない」
村を最初に見たときの感想。町並みを見慣れた冒険者でもそう思ったんだ。大きな町並みを見ていないゴブリンなら、砦か何かに思えるかもしれない。
「だから、今はまだ偵察だけか」
村人の歓迎には、モンスター退治の意味の方が大きいかも。
「第2候補者だけど」
ローゼが聞き込んできたことを説明する。
「ギルドの説明どおり、技術革新に興味はあるみたいね」
作付け面積あたりの収穫量を増やす方法でいくつか試しているという。
「犂が変わっていますの。見せてもらいましたが、普通8頭くらいで牽くのを2頭くらいで牽けるように、しかも土の奥深くまで掘れるようになっているみたいです。だから、畑も他の村よりも小さく区分されています」
8頭もで牽けば、方向転換するのに距離が必要だから畑の大きさは長方形になる。しかし、ここの村のはそれほど長くない。
「収穫まではわかりませんが」
普通よりも多く実をつけているらしい。
「第3候補は」
コトセット・メヌーマ(ea4473)は、第3候補者については芳しくないことしか聞いてこなかった。
「金にがめついって話ぐらいだ。もちろん、がめついからってそれで悪いかという感じがする。がめつい奴はいくらでもいるし」
パリに暮らす冒険者にしてみれば、町に住む悪徳商人にくらべればまだまだ修行は足りないくらいだろう。
「がめつくても、村の仲間を思う気持ちは十分にあるみたいだから」
3人とも素養はあるように思える。冒険者は職業柄いろんな場所でいろんな人を見ているから、ある意味実践的な人間鑑定眼は身についてくる。
「悩むな、誰が成ってもそれなりの効果はある見たいだけど」
第1と第2、第3との違いは、村長をやる場合の取り巻きがいるかいないかの違いぐらいだろう。
晩餐会はそれなりに豪華だった。ワインもあったし、肉料理もあった。肉はこの日にもっともうま味が出るように調整してあったらしい。けっこう用意周到なところもある。
「冒険者の方々。誰が誰に雇われるか決まったかな。いろいろ調べていたようだが。ともあれ、神のお導きの元、相応しい人物が決定される事を期待する」
第1候補の村長の息子が確認するように尋ねる。息子と言っても、もう30代半ばを過ぎているし、子供もいる。しかし、見た目はあまり頼りになるようには見えない。悪くもなく良くもなく、凡庸。問題が起きなければ、十分にやっていけるだろう。少なくとも、謙虚な彼は調停者としては向いていると、冒険者達は診た。
「明日に入ってもらうダンジョンだが」
第2候補がダンジョンの内部の説明を始める。本人は入ったことはないが、生前村長から教えられていたという。
「4つのルートを通っていくが、それぞれのルートにはいくつかの広間になっている場所があり、この幾つかにモンスターが住み着いている可能性がある。罠の類はたぶん発動しないだろう。今までに発見されたものは解除されているか、補充されずに動かなくなっている。落とし穴の類は埋めていないから残っている」
簡単な地図が1パーティに1枚配られる。もちろん、すべてを見比べて同じかどうか確認した。
「4つのルートは奥で大広間に出る。この大広間からは2つの道が奥に続いていて右の道の奥に、前の村長は入っていって目的の羊皮紙を置いてきた」
「つまり右の道をいけばいいってことね」
ピチュアは気軽そうに言う。
「ただし、この奥にはダンジョンの主のようなモンスターがいるらしい。敵対しなければ問題ない。と言っていたが」
ダンジョンの主というとやっぱり。
「もしかしてドから始まる種族?」
「会った前の村長が無事に帰ってきたし、その前にダンジョンの掃討戦を行った冒険者たちも無事に戻ってきた。対応さえ間違えなければ大丈夫だと‥‥」
そこで声が小さくなる。
「次の村長さんを決める為にこういうことをするんだね‥‥う〜ん、ノルマンの人達って変わってるなぁ。それとも他の国ではこれが当たり前なのかな?」
シャラは疑問を口にする。
「この村が特別でしょう」
●ダンジョン
「ダンジョンまでは案内します」
3人の候補者が冒険者をダンジョンまでの道に同行した。
「まさか中まで?」
「いえ入り口まで。ダンジョンまで行く途中で迷われては困りますから。入ったあとは存分にやってください。我々は村で待っていますから」
ダンジョンまでの道は思ったよりも遠く、多少のゴブリンが住み着いても、すぐには村に被害はでなさそうだった。もっとも偵察にきたゴブリンの足跡があるのなら、侵攻も間近かも知れない。
ダンジョンに到着したのは昼近い。
各パーティが準備を始める。頃合いを見て3人は村に引き返した。帰りは夕方近くなる。途中で襲われる危険はないのだろうか?
「さてと、どの道を行く?」
第1パーティはララがランタンを持っている。キアラとシャラがファイター、ラマがレンジャー、ララがナイトと戦闘系で固めてある。彼女のオーラが決め手になりそうだ。
キアラの暴走をラマはうまく止めないと、強敵に単独で突っ込む一番危険なパーティになる。
「どこでもいいが」
ラマが呟いた。
「じゃ先に決めさせてもらいます」
第2パーティのローゼが、用意しておいた棒を立てる。
「運も実力の内、ってことですから‥‥運がよければいい道が選ばれるはずです」
占星術万能がある分、その言葉にも信頼性があるように思える。
「一番早くつくにはどこに行ったらいい?」
「適当でいいんじゃないかしら」
どうせ中で再度合流した先にあるのだろうし、キラは李斎に適当に答えた。
いずれにしろ、村に危険のありそうなモンスターを掃討する必要はあるのだ。それを撃破しなければならない。
「それじゃお互いにがんばりましょう」
マリウスたちは一番左のルートを進む。
「さて一番乗りするよ」
キアラたちは足早に右から2番目のルートに入る。
「こっちも負けていられないわよ。コトセット、遅れないで」
羊皮紙を絶対に持ちかえるつもりでいた。騒動を収めるには羊皮紙が最強のカードになる。
●村の大敵
「暗いね」
第3パーティ李斎の持つタイマツのあたりだけでは道の両端はかなり暗い。
こう暗くては、ピチュアの優良視力でも敵の姿を捕らえるのは難しい。
そのため、それらの接近に気づいたのはかなり接近、いや包囲されてからだった。
こんな狭い道で接近し、包囲できるもの。それは小柄だが凶暴なものたちであった。
「何か居る!」
ピチュアが薄暗い道の端に、動く気配を感じた。暗いところで蠢く暗い姿。
ファイヤーコントロールで松明の火を大きくして、蠢いた影を攻撃する。
ピチュアの体が包まれた淡い光とともに、攻撃した炎によって目標の姿は全員の目に映った。
「鼠!」
ジャイアントラットよりははるかに小さいが、一般的な鼠よりは大きい。しかし凶暴性は同じがそれ以上のようだ。しかも数が多い。
「コトセット!」
「バーニングソード!」
李斎の声にコトセットは一瞬敵の姿に呆然としていたことに気づいた。白くてふわふわしたものならいいが、黒くてざわざわしたものは生理的に受け付けない。
それは程度の差こそあれ、李斎も同様。というよりも、鼠の大群と戯れたいと思う者などいまい。骨まで齧られて痕跡すら残さずこの世からなくなってしまうだろう。
コトセットの体が一瞬赤い光で包まれると、李斎の右足が炎に包まれる。李斎は炎の足で鼠の大群に向かって突き進む。当たるを幸いなぎ倒し、飛び掛かってくる鼠は左腕のライトシールドで殴り飛ばす。
それでも全周囲からの攻撃は防ぎきれない。
あわやというところでキラが攻撃に入る。
李斎が派手に戦っていたため、他の3人のマークは減っていた。キラは最初、コトセットとピチュアの方に向かってくる鼠を仕留めていたが、李斎の活躍で二人のウィザードがノーマークになっていた。
「敵を一か所に誘導して」
「ピチュア?」
「そう」
李斎とキラは包囲陣の崩していく、崩すと同時に逆に外側から包み込んでいく。
鼠の大群といえど、突破するだけなら大して造作もない。しかし、鼠がここの大量発生しているということは村に押し寄せて穀物を食い尽くす可能性が高い。村にとっては、この鼠の大群も脅威のモンスターとなる。
「はぁはぁ」
攻撃を防ぎ、回避しながら、追い詰めていく。予想外にしんどい。
「いくよ!」
ピチュアの全身が赤い光に包まれる。その直後全身が炎に包まれる。炎の鳥、ファイアバードが発動する。
李斎とキラが疵だらけになりながらも、ひとまとめに包囲した鼠の大群にピチュアのファイアバードが突進していく。
突然のファイアバードの出現にパニックに陥った鼠は、次々とピチュアのファイアバードに自ら突っ込んでいって自滅していった。
生き残った数匹を李斎とキラが掃討し終わるころには、かなりの時間が経過していた。
「少し休ませて」
キラも李斎も体力を消耗しつくしていた。李斎の足に次々とバーニングソードを掛けたコトセットもかなり精神力を消耗している。
「少し休もう。ここで無理しても後が続かない」
●肉弾戦
「やっぱりオーガが混じっていやがった」
キアラは剣を構える。オーガの容貌はララから聞いていたとおりだったため即座にオーガだと断定した。オーガは1匹だが、ラマよりも大きいようだ。特にこの狭い穴蔵では威圧感を感じる。逆にこの中では動き難いのではないか。
シャラが右側を、ラマは左側を守る。
「前衛はゴブリン3匹。ララ、明かりは頼んだよ」
ララは1歩下がった位置でランタンを掲げる。とはいえ身長の関係でかなり低い。しかし、その高さはゴブリンの視界では十分に邪魔になっていた。
キアラが真ん中のゴブリンと切り結ぶ。さらに右側のシャラに向かおうとするゴブリンを威嚇する。この3人の中ではシャラが一番格闘能力は低い。
シャラに向かったゴブリンは襲いかかる瞬間に、キアラからの威圧を感じて、攻撃の手が鈍る。その僅かな隙にシャラの右腕のナックルが、ゴブリンの額を正面から捕らえる。しかし、痛がりがするものの、大きなダメージではないみたいだ。
「この石頭!」
ラマは右側二人の動きに気を配りつつ、目の前のゴブリンの攻撃をはじき返す。
(「ゴブリンは何とかなる。問題はあのオーガだ」)
オーガの巨体とその行動パターンを考えると、ラマ自身が正面から抑えつつ、左右からキアラとシャラに攻撃させるのがいいのだろうが。
ラマの得物のダガーでは、オーガの持つ金棒を制するのは無理がありすぎる。得物の重さの違いで吹き飛ばされるのはオチだ。
(「カウンターアタックをしかけるしかない」)
右側二人とタイミングを合わせてゴブリンを始末し、3対1でオーガに向かおう。
最初にゴブリンに止めをさしたのは、意外にもシャラだった。キアラの援護が効いたのか、数回ゴブリンにクリーンヒットを飛ばして、ゴブリンがフラフラになったところをタコ殴りして仕留めた。
(「うわ〜、シャラは顔に似合わずけっこうグロイかも」)
剣で殺そうと、殴り殺そうと、結果は同じだけど。殴り殺す方が見た目には怖いものがある。
サポートする必要のなくなったキアラは、攻勢を強めてゴブリンに止めを刺す。
もちろん、ラマも同時にゴブリンを仕留めた。
倒したゴブリンの向こう側からオーガが迫ってきた。
「手下のゴブリンを倒されて怒ったのか?」
キアラはラマの構想通りの陣形に動いた。オーガを正面から相手にするほどキアラも体力に自信があるわけじゃない。
ラマがオーガを挑発する。
「や〜い、この××の××野郎。お前の××は××」
この狭い道、低い天井。絶対に引っかかる。ラマは確信していた。
しかし、ラマの罵詈雑言に反応したのはオーガだけではなかった。ラマ以外の3人の女性であって、ラマの発言はちょっと聞くに耐えなかった。スペイン語で罵るラマの雑言は、欧州語が話せればなんとなく悪口だと判る。特に寡黙なラマがいうとギャップが大きい。しかし、これも作戦のうち。オーガの強さを考えれば仕方ない。
オーガとて、挑発的な仕草や話しぶりであからさまに罵倒されている事くらい理解できるのだ。この暗がりが赤く照らし出されるくらいに怒った。頭から湯気でも出ていたかも。
そして両手で持っていた金棒を大きくバックスイングしてラマの頭に叩きつけるように振り下ろした。
いや下ろそうとした。
オーガの腕力と金棒の重さが、低い天井の岩盤を初めはものともせずに砕いていったが、徐々に勢いが衰え遂に、後少しで振り下ろす寸前に止まってしまった。オーガの両腕を上に挙げたままの状態で。
「今だ」
ラマがオーガに向かってカウンターアタックの要領(攻撃はこなかったが)で攻撃を仕掛け、ノーガードの喉元を抉る。オーガの喉元から血が勢いよく吹き出す。
血の雨の中をキアラとシャラが腕を振り上げてノーガードになっていた両脇を狙って攻撃を繰り出す。キアラのロングソードがオーガの右脇に突き刺さり、内臓をグサグサと切り裂く。シャラの渾身の力を込めた右腕がオーガの左肋骨を突き破って心臓そのものにダメージを与える。心臓に打撃を与えた瞬間、さらなる出血が全員に降りかかる。
数度、痙攣したかと思うと、オーガは剣を手に握ったまま絶命した。まさに、立ち往生。通行の邪魔だ。
「なんてバカ力だ」
こんなのと屋外で、タイマンで戦うのは、ごめん被りたい。
「あたまの足りない奴で良かったね」
キアラも緊張が融けたのかほっとしたようだ。
背後で明かりをもっていたララは、あまりの戦闘に呆然としていた。
「あ〜あ、帰ったらこの血なんとかしないと」
●安らかな眠りを
「静かな」
ウィレムが先頭に立って先の罠や落とし穴を探しつつ、前進している。隠密行動を取ることで敵に奇襲をかけることができる。モンスター掃討するのにはこの手がいい。
「先に何か居るぜェ」
ウィレムは、わずかな物音を感じた。引きずるような、歩くような。
アウルとマリウスが前に出る。3人並んだ方が横合いからの襲撃を阻止できる。
「これって、たぶん」
アンデット。動きに鈍さから考えるとズゥンビ?
「まかせるぜぇ」
ウィレムは後ろに下がる。敵がズゥンビでは彼の装備ではダメージを与えられない。
「白クレリックに居てほしかったな」
アウルも同様に下がろうとしたが、彼まで下がるとマリウス一人で相手にすることになる。
マリウスが自身のレイピアとアウルのクルスソードにオーラパワーでオーラをため込む。
「行きます!」
ローゼはライトの魔法を使う。ズゥンビの近くまで照らされる。
アウルとマリウスが攻撃に移った。
マリウスが先に攻撃を仕掛けてガードを外し、アウルがスマッシュを決める作戦だが、マリウスが攻撃を仕掛ける直前、ズゥンビが口を開いた。
「そいつはズゥンビじゃねェ」
ウィレムにはそいつの口の中に並んでいる牙に気づいた。
「グールか!」
マリウスはガードを外すための攻撃から敵の攻撃を避けるためのオフシフトとカウンターを組み合わせて、攻撃をさけつつ攻撃を当てる。そして怯んだ隙に、アウルのスマッシュが炸裂する。
「こいつダメージ受けても、動き変わらねェんだ。気ィつけろ」
ウィレムは一応注意を与える。彼とローゼには援護する手段はない。
「分かっている!」
マリウスは素早いグールの攻撃を主に受け止め、アウルのスマッシュが決まりやすくする。徐々にスマッシュでグールを文字通り削っていて、漸く倒した時にはマリウスもアウルも動くのも嫌なほど疲労していた。
「死んでいても不思議じゃなかった。良く倒せたもんだ」
「グールが1匹だけで良かった」
もし3匹もいたら、間違いなく全滅していただろう。
●大広間
「生きてた?」
肉体的、精神的なダメージを被りつつ、3つのパーティはどうにか奥の大広間にたどり着いた。マリウス達に魔法の援護があったらもっと有利に戦えただろう。キアラ達にしても洞窟という狭い状況をうまく利用できたから勝てたのだろう。キラ達にしても、明かりがもっと先まで照らすことができたら、もっと魔法を有効に活用できただろう。
「このダンジョンのモンスター掃討って何か不足するものを見つけるみたいだね」
キアラは無理に先に突っ込もうとはしなくなっていた。この先にはもっと強力な奴がいるらしいから。
「ちっとォ、みてくるぜェ」
ウィレムが隠密行動で右の道の偵察に出る。今まともに動ける者は少ない。
「羊皮紙、見つけてこられるかな」
「全員で羊皮紙持って帰るのもありだよね」
1パーティだけでは、きっとここまで来ても帰れなかったはずだ。同じルート通っても別の奴が立ちふさがるかも知れない。
「あと1ルートあるだよね?」
入り口からここまでは4つのルートがある。最後の1つだけ何もいないはずはない。
そのもう一つから何か音がする。
「魔法中心でいいかしら?」
ピチュアが前に出て魔法発動態勢に入る。コトセットもショートボウを構える。ローゼがライトの魔法で大広間を明るくする。
「完全武装のバグベアだ」
コトセットがうめき声をあげる。
「まだ戦えるよ」
李斎とキラも立ち上がる。コトセットがバーニングソードを二人にかける。キラのクルスソードと李斎の右足から炎が吹き出した。
「ララ、こっちもよろしく」
キアラが合図する。ララがキアラとラマとシャラの得物にオーラパワーをかける。
ダメージと疲労は残っているものの、取り敢えず最善の状態で完全武装のバグベアに向かうことができた。
マリウスが手近にあった誰かの油を掴んでバグベアに投げつける。ほどよく油に濡れたところでそれにピチュアがクリエイトファイアーでバグベアを燃え上がらせる。
炎によるダメージもあるが、攻撃目標がよく見える。
完全武装で動きの鈍くなっているバグベアに波状攻撃をかけてダメージを蓄積させていく、もちろん、運悪くバグベアの攻撃を受けたダメージもでる。
マリウスもオーラシールドを発動させた直後に、攻撃を食らった。代わりにレイピアがバグベアの目に突き入れることに成功した。
キアラが攻撃を仕掛けた瞬間、何かに躓いてバランスを崩す。ラマが間に入って庇おうとした。しかし、このまま攻撃を受ければラマとて只ではすまない。
何かの遠吠えが聞こえた。バグベアの動きが止まった。アウルがクルスソードを構えて体ごとバグベアにぶつかる。アウルに向かって攻撃しようとしたが、その腕を李斎が蹴り飛ばす。最後の抵抗に失敗したバグベアはそのままどっと倒れた。
「さっきの遠吠えは何?」
「すげェな。こっちきてみな」
ウィルスは右の道の入り口で手招きする。
「これがこのダンジョンの主?」
フォレストドラゴンが奥にいた。普通に知られているよりもふた回りくらい大きいかも知れない。
「見かけによらず温厚って聞いているけど」
大きなフォレストドラゴンがこのダンジョンの主だということか。
前の村長のおいてきた羊皮紙は、フォレストドラゴンが預かっていた。
「次の長が決まったら、この者のところに来て契約を交わすように‥‥。我らと村の地境を定め、森に立ち入りを許す日を定めよう。我らの事を秘密にし、我らの狩り場を侵さぬかぎり、我らも村を侵さぬ。汝らも秘密を守るよう」
前の村長と相互不可侵の契約をしていたため、モンスターを(契約を交わした)人間の村へは行かせなかったのか?
「ん? これは‥‥」
コトセットが声を上げた。そして、手で合図してゆっくりとドラゴンに近づく。すると、
「良きかな‥‥勇気在る者よ秘密を守れ」
ドラゴンはそう一言告げた。
「誰が村長になるのであれ、これは伝えないと」
村の存亡に係わる。
「少し見せてくれない?」
ピチュアは羊皮紙の中をみた。
「??」
何も書かれていない。
「これで間違えないの?」
本物って誰にも分からないじゃない。
ここからが問題だ。誰に持ちかえるか。
とはいえ誰も争う意思はない。
「村長は調停者としてだから、第1候補でいい」
第2候補に雇われたマリウスがそう言うと、李斎もまとめ役としての第1候補を推した。
「反対者いない?」
決まった。
「ということで、前の村長の息子さん、あなたが新しい村長です」
村に帰ってきてから、ララは代表して第1候補者に羊皮紙を渡した。
「それでちょっと来てほしいんですけど」
呼び出して他の人に聞こえないようにしてフォレストドラゴンのことを話す。
彼はダンジョンのことを聞いて快く引き受けた。そして第2、第3候補ともうまくやっていくよう努力すると言った。誰かが禁を犯したら、大変なことになるのは間違いない。
●大いなる遺産
「そういえば何でフォレストドラゴンなんてのがいるダンジョンに、モンスターはやってきたのかな?」
キアラが疑問を口にする。
「‥‥」
ラマは寡黙に戻った。オーガにゴブリンにバグベアにグールに、普通じゃ同じ場所にはいそうにないモンスター。あのダンジョンにモンスターを呼び寄せる何かがあるのかも知れない。まだまだ謎はありそうだ。
「そういえば大広間から左の奥には行かなかったけど」
もし、村で何かあればギルドに依頼があるだろう、その時、左の奥に行けばいい。
「今度はもっと経験つんで、コンビネーションも強化してからね」
彼らの張り切りをよそに、一人コトセットは苦笑いをする。あの時‥‥。
そのフォレストドラゴン。いや? これは本物ではない。彼はそれが本物そっくりの作り物であることに気がついたのだ。そして、勇気を持って近づき、その腹に抱えた石版の文字を読んだ。
『一人、この地に来る後継者こそ、真に領主の座に相応しい』
備えし者の遺志ならば、秘密を守らねばならない。そして、モンスターが退治された後とは言え、一人でやって来るような勇気と力と責任感ある者こそ、村長の座に相応しいことだろう。