ジタニーのお店にようこそ!〜開店!〜

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月28日〜09月02日

リプレイ公開日:2004年09月05日

●オープニング

「‥‥ってことで。いいでしょ、宣伝くらいさせてよぉ」
 黒髪振り乱してギルド職員に食いついているのはだいぶ背丈の小さな娘。年のころは十五〜六と言うところか、少し整えれば見栄えも良くなろうにそんなことはお構いなしで男性職員にすがりつく。
「おねがぁい、アタシもばぁちゃんもこっち来たばかりでさ、頼れる人がいないのよぉ。店に限らず最初って肝心でしょ、ガツーンと決めたいのよねガツーンと」
 よく動く口だ。それに大きい。油断してると噛みつかれるんじゃなかろうかと男性職員が思い始めた頃に通りかかった女性職員。
「どうしたの? 依頼のお話にしてはもめてるみたいだけど」
「いや、それが‥‥依頼と言うか店の宣伝なんですよ」
 あら、と女性職員は小さな依頼主に眼を向ける。訛りはあるが流暢なゲルマン語で、少女は目標を変えた。くりくりとした黒い眼を輝かせて、肩から下げたカバンの中から革紐に通したアクセサリーを取り出す。
「おねーさんおねーさんこれ見てよ! 綺麗でしょ、これ『意中の人に想いの伝わるお守り』。こっちは『告白する度胸のつく甘い丸薬』。もちろん味もバッチリだよっ。ほら、味見味見っ」
 ビンの蓋を開けて取り出されるは少々不恰好なお菓子。どうやらジャパンの菓子のアレンジらしい。手渡されたギルド職員、思い切って口の中に入れると‥‥口の中に優しい甘さが広がる。
「うち『まじない屋』なんですよぉ。だから最初に客つかんでおかないとヒかれちゃいそうで。お願いしますよぉ、羊皮紙の一枚、うちに恵むと思って! ね?!」
 ‥‥この押しの強さに負けたのか、商品の良さに押されたか。
 数刻後、一枚の依頼が掲示板に追加された。

「『まじない屋』繁盛の為来客として店を訪れよ。
 冷やかし・本気問わず。報酬:無料」

 ま、宣伝広告みたいなもんだね。

●今回の参加者

 ea0351 夜 黒妖(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1860 ミーファ・リリム(20歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea1944 ふぉれすとろーど ななん(29歳・♀・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea2005 アンジェリカ・リリアーガ(21歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジェイラン・マルフィー(ea3000

●リプレイ本文

『準備中』の看板を、ひっくり返せば準備完了。クレファ・ジタニーのパリでの第一歩が今、ここから始まった。ドアを開けて店の中へ引っ込み、店内でハーブティーを入れる。鼻歌を歌いながら今日くるお客様の喜ぶ顔を想像しながら。

 店の端に設置した、石板を使った菓子焼きを客の少女たちも物珍しそうに眺めて行く。じっくりと暖められた石板はゆっくりゆっくり練り小麦粉を薬――焼き菓子へと変えていく。効用によって形が違うようで、石板の上には花や星やさまざまな形の焼き菓子が並んでいた。焼きあがりをハギレの袋に詰めると、ジタニーは見慣れぬ意匠のペンダントを握り締めておまじないをかける。これで、名物『まじない菓子』の完成だ。
 その瞬間、焼き上がりを待っていたかのようなタイミングで新たな客がやってきた。
「いらっしゃいま‥‥せ?」
 朗らかな声の挨拶は後半疑問形に変わった。確かにこの店のターゲットは女性だ。しかも若くてまだまだ『おまじない』なんてものを信じてくれる可愛らしい年代が中心。確かにその客は、この店の購買層に引っかかってはいた。だが、明らかに雰囲気が違っていた。
「んふふ〜〜、ジャパンの菓子とは珍しいのら〜〜。ミーちゃん的に要チェックなのらよ〜〜♪」
 ‥‥顔色や周囲の匂いを見る限りは酔っ払いではないらしい。ふよふよと漂いながら、まるで獲物を見る肉食獣のような眼で店に入ってきたのはシフールの娘、ミーファ・リリム(ea1860)である。彼女では扉を開けられなかったのであろうか、ずっと前から店の前にいたのだが、他の娘達はその眼が怖くて近寄れなかったようだ。
 一緒に店内に入ってきたのはアンジェリカ・リリアーガ(ea2005)。こちらはどうやら純粋に買い物を楽しみにきたようだ。連れかどうかは分からないが、何やら微妙に意気投合の模様である。
「わ〜い☆ おっ買いもの〜♪ おっ買いもの〜♪」
 店内をくるくると見て回るアンジェリカ。くるくると巻かれたふわふわの金の髪が見ている者を微笑ましい気分にさせた。一通り見て回った可愛いお客さまは店番のジタニーの前に立ち止まると、にっこりと微笑んだ。
「欲しい物は見つかりましたか、お嬢さん?」
 ジタニーも笑顔で尋ねる。すると、アンジェリカは店内にいる誰もが予想もつかなかった言葉を口にした。

「そうね‥‥とりあえず、ここに並んでるもの全部いただこうかしら?」

 一瞬静まり返る店内。
 しかし。
 次の瞬間、誰もが己の耳を疑った。
 ジタニーの言葉に。

「‥‥はい、それでは七百とんで四Gと八十Cになりますね。今お持ち帰りしますか? 後ほど自宅の方へお届けということになりますとお届け料として更に‥‥そうですね、十Gほど加算させて頂きますが」

 さて。なぜこんな金額になったかというと。
 アンジェリカは『展示品』として認識していた商品があった。『ガラス細工』と『銀製品』である。よくよく見てみれば店に並んでいるもののほとんどに金額の札がついていたのだ。泡の入った水を固めたようなガラスの首飾りに優秀なライディングホースが一頭買えてしまうような金額が。ティーカップに添えられた小さなスプーンにもランスが買えてしまうような値札がちょこんとついている。慌てたのはアンジェリカだ、十歳の身空でそんなとんでもない借金を背負うつもりはない。もちろん冗談のつもりだったのだ。
「ああっ、おばちゃん本気にしないでっ! 一度言ってみたかっただけなの〜〜っっ!!」

 ぴし。

 ‥‥なぜこの少女はこれほどまでに空気を冷やす事が得意なのか。これが一月前であったなら大分周りの人間に重宝されたことであろう。しかし、今日はめでたい開店の日。目の前の‥‥自分より少しだけ年上であろう店番少女の顔が見事なまでの営業スマイルで固まっている事に、自分を取り繕うことだけに一生懸命だったアンジェリカは気がついていないようだ。
「‥‥おふざけですか?」
 笑っていない眼、先ほどよりも押さえられた声のトーンに周りの客も一歩引く。これ以上は危険だ。誰か止めてあげなさいよ、と誰もが思った瞬間。
「ミーちゃんはぁ〜〜、おっきなお菓子が欲しいのら〜〜!!」
 シフールとは思えないほどの大声。ミーファが求めていたのはあくまでも『菓子』でありまじないではなかった。他の人間が何を買おうがどれだけ金を使おうかは関係のない話。まじないは後回しにして、まずは食い気ということらしい。
「ああ、はいはい。大きいものだと‥‥これなんかどうですか? 『恋人ともっと仲良くなれる棒薬』です」
 気を取り直した店番から差し出されたのは、伸ばしただけの細長い飴。いや、ある程度の長さで切り揃えられているらしい。真中にほんのりピンク色のハートが見える。
「半分に折って二人で舐めれば喧嘩なんてどこへやら、たちまち仲直り〜。喧嘩に縁のない二人もこれ一本でもっともっと親密に‥‥」
「ミーちゃんには彼氏はいないのれすよ〜〜!!」
 こう見えても恋愛関連の話にはナイーヴであったらしい。渡された飴をぶんぶん剣のように振り回してジタニーを威嚇する。
「彼氏が出来るおまじないのかかったのはどれなのら〜〜?」
「あ、ああ、はいはい。『彼氏の出来る』というのはないんだけど、『殿方の気を引く眼を作る』丸薬が」
「それもあるだけよこすのら〜〜!!」
 色気なんだか食い気なんだか。本当にシフールなのかと疑いたくなるほどの薬を買い込んだミーファは、店の隅っこでばりばりと 袋をあけて片っ端から口の中へ放り込んでいる。‥‥店としてはなかなかの迷惑だが、うまいうまいと声をあげて商品を食べているシフールはそれだけで充分目を引くらしい。興味を持ったのか、道行く人が扉から店の中を覗き込み、そのうちの何人かが店内に入ってきてくれた。ジタニーは微妙な気分であった。
 ‥‥ミーファがしっかり棒薬も買い込んでいたのはいうまでもない話だ。

 やはり男性はこのような店には入りにくいのだろうか。ペアアイテムも用意していたのだが、手にとって見ていくのは女性ばかり。男性客の数は少なく、カップルで来ても男の方は店の外で待っている。
『ま、仕方ないやね。でももう少しプレゼントなんかにアピールしなきゃな』
 そう思っていたところに。
 一組のカップルが店内へやってきた。
 いや、果たしてこれがカップルと言えるのだろうか。腕を絡げ、必要以上にべたつくその姿はまさしくカップルといえよう。二人交わす視線も、甘い囁きや語らいも恋人同士以外の何物でもない。
 しかし。問題は違うところにある。
 どこをどう見ても『女同士』なのだ。
「ほら、これなんかどうですか? 黒妖の黒髪によく似合うと思いますよ」
 男のように黒髪の娘をリードするのはニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)。普段は鎧姿も凛々しく戦場を駆け回る乙女は、今日はデートということで長いスカートに白い上着を羽織っている。‥‥明らかに、女である。
「え〜? でも俺、金ないしぃ‥‥」
 腕に絡まったまま、上目遣いでニルナに訴えているのは夜 黒妖(ea0351)。スマートなフォルムは殿方の如く言葉も姿に相応しかった。あるいは只の美青年かも知れないが、女同士にしか見えない二人は人目もはばからず熱々ムードで品定めを行うと、髪留めと首飾り、そして棒薬を手に店番少女の前にやってきた。
「これ下さい」
「‥‥あ、え、は、はい」
 いそいそと包もうとするジタニーをニルナが制する。金を払い商品を受け取ると、ニルナはその場で黒妖の髪を撫で、髪留めをつけた。その様子はまるで‥‥。
 ありがとうございましたの声を背に、二人は入ってきた時と同じように腕を絡ませ店を出て行く。ジタニーは小さくため息をつくと、袖口でうすくかいた汗をぬぐった。
『‥‥うはー‥‥。本当にいるんだ、ああいうヒトタチ‥‥』
 ばば様のまじないは同性同士には効くんだろうか。そんなことを考えながら、ジタニーは店番を続ける。
「あう‥‥、ごめんねニルナぁ‥‥」
 店を出た二人は街中でも同じような調子で。まるでトリモチでも使われたかのように黒妖はニルナの腕を離れない。
 棒薬をパキンと折り、長くなった方を黒妖に渡すともう一方をニルナは自分の口の中に入れた。薬の中の割れて欠けたハートが口の中でゆっくりと溶けていく。
「この頃は戦闘が多かったですし。黒妖が楽しんで頂ければ幸いですよ」
 にこりと微笑むと、額にやさしくキスをする。
「黒妖。貴女の進もうとする明日‥‥私にも歩ませてください」
 照れくさそうにしながら黒髪の娘は、お礼とでも言うかのように唇を求めた。
「えっと、その‥‥俺の家‥‥こない‥‥? お礼‥‥したいから‥‥さ」
 家路を辿る幸せそうな二人。
 ‥‥しかし、その二人の姿を敵意を持って見つめる者がいた。

「こっんにっちは〜♪ ここが面白いお店?」
 ふぉれすとろーど ななん(ea1944)が店にやってきたのは夕方も差し迫ったころ。小さな子供たちはもう帰り、店には妙齢のお嬢さんばかり。大分手のすいてきたジタニーが、笑顔でななんを出迎えた。
「いらっしゃいませ。どのような品をお求めでしょう?」
 くりくりと紅い眼を動かして店内を見回すななん。
「で? おすすめのお菓子ってどれ?」
「どれもお勧めですよ〜。おまじないがかかっておりますのでどのような効果をお望みかによって‥‥」
 笑顔の応対に、ななんはけらけらと声をあげて笑う。
「効果? お菓子じゃないの? ‥‥まあいいや。ねぇねぇ、お酒の入ってるお菓子ってないの?」
 どうやらまともに話を聞く気のなさそう。と彼女の望む『酒を使った菓子』を取り出した。
「こちらですが、『後一歩を踏み出す為の薬』です。ワインが少量入ってます」
 店番の少女の話を適当に聞きながら。ななんはその場でばりばりと封を開ける。
「ねえ。あなた、これ食べてみてよ」
「‥‥はい?」
 きょとんとする少女の鼻をひょいとつまむ。自然と開いたジタニーの口に、先ほど差し出した薬が放り込まれた。
「きゃはははは。ねね、どぉ?」
「どぉ? って‥‥ 美味しいですよ当然です。私が作ったんですから。酔っ払う程のアルコールは入ってないですし」
 営業スマイルも吹き飛んで、ジタニーはすっかり無表情。踏み越えてはいけない最後の一歩を踏み出してしてしまった感じ。丹精込めて作った商品をぞんざいに扱われて、さすがに頭にきたらしい。
「‥‥もしかして怒ってる? ごめんごめん、悪気は無いのよホント、ね?」
「そうですか」
 もう、愛想もなにもない。あはは、はは、と乾いた笑いを浮かべていたななん、こほんと咳払いをひとつして、一転、真面目な顔で相談を始めた。
「あの、ネ。あたしがいてもいい場所が見つかるアクセサリー、ないかな? えっと、なんていうか、場所じゃなくても、家とか、人とか‥‥」
 照れてごにょごにょ言っている彼女に、ジタニーの視線はまだ氷点下の冷たさだったけれども、
「無い事はありませんが、お客様には当店をご信頼いただけていないようですから、高価なアクセサリーはお勧めしません。まずは手頃なまじない菓子あたりで」
 若干言葉に棘はあるが、そこは商売。今焼いているハーブ入りのものが、と説明しながら振り返ったジタニーは、石板の前に座ってお喋りしつつ、抱えたボールの中身を捏ね繰り回しているアンジェリカとミーファの姿に固まった。何処から持ち込んだのか辺りには調味料が並べられ、焼き菓子用の小麦袋が開けられている。
「あの、そこで何を?」
「なんていうか、こういうお店に女の子同士で来るのって侘しいよね。あんまり侘しいから、隅っこで焼いてようかと思って」
「そうなのら、まわりはカップルだらけでムキー! だからオンナトモダチ2人、寂しく食い気に走るのら!」
「あ、ちょっと待って!」
 ジタニーが止めたが遅かった。それ〜っ、と豪快にブチ撒けられた小麦汁は、じゅうじゅういいながら石板に広がって行く。しかし残念ながらこの石板、それを焼くには少々温度が低すぎた。汁はどんどん広がって、焼いていたお菓子も巻き込んで、端から滴り落ちてもうもうと煙を上げた。
「やば‥‥」
 ななんが堪らず目を覆う。ふるふると震えるジタニー、見るも無残な石板を見つめたまま、硬直するアンジェリカとミーファ。
「べ、弁償します、このくらいで足りる、かな?」
 目を合わせないままお金を取り出し、そっと置く2人。
「お、お邪魔しました〜っ!」
 ななんはアンジェリカとミーファの首根っこを引っ掴んで、一目散に店を出た。

「やっとお店を出したっていうのに、まさか花の都パリがこんな奇人変人の巣窟だったなんて‥‥。でも、客あしらいが出来ずに追い出しちゃうなんて私も未熟。この先やって行けるのかな‥‥」
 石板を掃除しながら、溜息と共に落ち込むジタニー。取り敢えず今日はもう閉めようとしていたところに、ウィザード装束の地元少年ジェイラン・マルフィーと、頭にかんざし、薄手の花柄ゆかたを可愛らしく着こなしたジャパン人少女、利賀桐 まくる(ea5297)が入ってきた。なんとも初々しい2人。と、緊張のあまり敷居にけつまづいたまくるの帯から、ゴトッと手裏剣の束が落下。辺り一面に転がるそれを、少女はあわあわ言いながら追いかける。
「ご、ご、ごめんねごめんね」
「別にあやまることないじゃん。あ、そこ気をつけて」
 その光景に、ジタニーがくすりと笑う。彼氏に拾ってもらった手裏剣を、ぺこぺこ謝りながら受け取るまくる。落ち込んでいるのが傍目にも分かった。まくるを手招きしたジタニーは、彼女に爽やかな香りのする丸薬を手渡した。
「こ、これで言葉のつ、つかえが治りますか?」
「ええ、もちろん。今日は開店サービスだから、無料でいいわ」
 嬉しそうに袋を受け取り、彼氏のもとに戻るまくる。2人してちょっと大きめな丸薬を頬張りながら、たどたどしくも楽しげに、他愛も無い話に花を咲かせる。
 店を出る彼らを見送って、ジタニーは看板を『準備中』に戻した。

「あ? れ?」
 少し離れた場所で、まくるの丸薬から金貨が一枚こぼれ落ちた。見ると今がチャンス。と刻んである。思わず連れの袖を引っ張った。
「あ、あの、また‥‥会ってく、くれない‥‥?」
 真っ赤になって俯くまくる。
「も、もちろん約束するじゃん」
 ジェイランが、ぎこちない仕草で彼女の頬にキスをした。顔を見合わせ、微笑み合う2人。言葉少なに、でも、どちらからともなく手を繋いで。
 ジタニーは店内に戻ると、まくるに渡した丸薬を手にとって満足げに頷いた。効能を記した札には、こうある。
『気持ちが伝わる薬』
 お悩み事のある方は、どうぞお店へ。