●リプレイ本文
●息子達の真意
壮麗な邸が立ち並ぶ貴族街の中で、ひときわ豪勢な規模を誇る大邸宅の一角にある、ひとつの館。その館のサロンで、冒険者達は依頼人の少年と初めて顔を合わせた。
「あなた方が、今回の決闘代行の依頼を受けてくださった方々ですね?」
まず最初に口火を切ったのは、依頼人と思しき幼い少年の側に立つ一人の婦人。贅を凝らしたドレスがよく似合う、なかなかの美女だ。その面差しから、おそらくは少年、ベルナルドの母親であることがわかる。
フランク・マッカラン(ea1690)とグラン・バク(ea5229)の2人が、礼にのっとり恭しく二人に向かって一礼する。それを見て、他のメンバーも倣う。婦人――奥方は尊大に頷き、言った。
「事の次第は、ギルドの方から聞いていると思いますから、改めて説明するようなことはいたしません。あなた方にお願いするのは、5日後に行なわれる決闘に臨み、勝つこと。それだけですわ」
「確かに、承りました」
礼儀正しく答えるイリア・アドミナル(ea2564)。
「ご期待に沿えるよう、最大限の努力をさせていただきます。つきましては、大変申し訳ないのですが奥方様、しばしの間この場を、ベルナルド様と我々だけにしていただけませんか?」
風 烈(ea1587)の申し出に、奥方が怪訝そうな表情になる。「わたくしがいては何か不都合でも?」と言いたそうな表情だった。さて、どう答えるか、と逡巡する烈の傍らで、フランクが助け舟を出す。
「奥方様には、わしの方から少々お話がございましてな。恐れ入りますが、少々お時間を頂戴したい」
「‥‥。まあ、構いませんわ。ではベルナルド、何か伝えたいことがあるなら、遠慮なく言っておくのですよ」
「はい、お母様」
奥方の言葉に、ベルナルドが素直に頷く。奥方はフランクと、側付きの使用人を従えて隣室に移った。その場には冒険者と、依頼人当人であるベルナルドが残される。
多少気が弱そうな印象も受けるが、瞳には賢そうな意志が宿っている。母親である奥方が姿を消し、グランは「さて」と呟くや、おもむろにベルナルドの前に立った。きょとん? と彼を見返すベルナルドに、グランは軽く、でこぴん一発。
「痛いッ!」
「たく。今回の件は手前が完全に悪い。かあちゃんは関係ないだろ、かあちゃんは」
「〜〜〜ッ」
弾かれた額をさすりつつ、涙目でグランを見返すベルナルド。ここで、隣室の母親を呼ばれたらどうしよう、とイリアは内心で焦ったが、そんなこともなく。ベルナルドは特に反論もせず、睨むようにグランを見つめているだけだった。
「ふむ、いいツラだ。その様子じゃ、少なからず自分が悪かったとは思ってるようだな。だったら、この決闘の件は別にして、後でちゃんと向こうに謝っとけ。貴族としてでなく、同じ釜の飯を食う騎士同士になるつもりならな」
「‥‥う」
うん、と本人は言ったつもりらしい。言い切れないのは、やはり多少なりともある『貴族のプライド』というものかもしれない。それもいい。『騎士』になるつもりなら、それなりの矜持もまた必要だからだ。グランは頷き、今度はごしごし、とベルナルドの金髪をかき回す。
「よーしよし。悪いと思ったら謝る。手前ぐらいの頃はそれがきちんとできりゃいいんだ。決闘騒ぎ自体は俺達に任しておきな」
「俺の国には逆鱗という諺がある、触れてはいけないものがあると言う話だ、今回の件で分かったろ」
「うん」
烈の言葉に、今度は素直に頷きが返ってくる。
「だが、心から謝ればオスカーも許してくれるさ。オスカーに後で謝るというなら手を貸すが、どうする?」
「‥‥許してもらえる、かなぁ?」
「大丈夫ですよ。オスカー様はいい意味で柔軟な方ですから。きちんと謝れば許してもらえますよ」
にこやかにイリアが言う。第三者の言質を受けて、ベルナルドもようやくほっとしたようだ。
「さて、と。場が治まったところで、今回の決闘についてだ。ベルナルド様、単刀直入にお訊きしますが。今回の決闘、どのような結果をお望みですか?」
「‥‥うん。少なくとも、『勝っちゃいけない』決闘だとは思うんだ」
烈の問いかけに、即座にこんな返答が返ってくる。この決闘には勝利を望むべきではない。もしかしたらこのように少年を説得せねばならないかも知れない、と思っていたイリアは、彼の返答に内心で舌を巻いた。
「お母様は、オスカーを追い落とすチャンスだから勝つべきだ、って言ってるけど。確かに勝てばオスカーの上にいけるかもしれないけど。でもダメだ。色々、余計なことが起こっちゃう。何が起こりうるかは上手く説明できないけど。そうなったら、もう僕の手に負えない。でも‥‥今更この決闘を『なかったこと』にはできないんだ」
「では、どうなさいます?」
イリアが問う。ベルナルドはしばしの間黙り込んだ。場に集まった全員の視線が、ベルナルドに集中する。少年は改めて一同を見回すと、おそらく隣室にいるはずの母親か、それともどこかで聞き耳を立てている輩を警戒するかのように、声を潜めた。
「決闘はやる。だけど、勝負はつけない。‥‥できる?」
「――かしこまりました」
ベルナルドの意図を素早く読み取り、イリアが一礼する。
「あとは僕、いえ私達にお任せください。ベルナルド様の意向に反するような事態には、断じていたしません」
側仕えの使用人を伴いサロンの隣室に移動した奥方は、フランクを振り返ると、にっこりと微笑んだ。何も知らない純な若造が見たら、少々揺らめくかもしれない、どこか危険な笑みだな、と、表情ひとつ動かさずフランクは思う。
「『醜(しこ)の御盾』こと、フランク・マッカラン殿ですね。お噂は以前から伺っておりますわ」
「それは、恐縮でございます」
「同行のエルフ女性の方も。『虚空の旅人』と異名を持つほどの冒険者とか。カルディナス名代としてのバルディエ卿との代理決闘の話、わたくしどもの間では語り草になってますのよ。残念ながら、実際代理として決闘に臨んだ騎士様は、何を思ったかあちら側についたそうですけれども。心中、お察しいたしますわ」
「それは、お耳が早うございますな」
奥方の遠廻しな皮肉に、フランクが苦笑する。言うなれば今度はかつての仲間と剣を合わせねばならなくなるわけだ。だからといって手を抜いてもらっては困る――奥方の言葉には、そういう含みもある。
「心配はご無用。いかな状況下にあろうと依頼を果たす。それが冒険者というものです」
「それで。お話とは何ですの?」
扇で口元を隠し、奥方が問う。
「今回の決闘について、少々申し上げておきたいことがありましてな。奥方様のお話では、どうやらカルディナスとの件はよくご存知とのこと。加えまして先日、競馬の形を借りた決闘にも我らが参加し、勝利を収めていることもご存知ですかな」
「あら」
「どうか我々を信じていただきたい。下手な手出しをせずとも、ご子息に恥をかかせるようなことにはいたしませんぞ」
「勿論、信じておりましてよ」
「これは、決闘の形を借りた子供の喧嘩。わざわざ親が口出しをしても仕方がありますまい。いやむしろ、口を出せばそれだけベルナルド様の評価に傷がつく可能性もある。――ご理解いただけますかな」
今回のこの件は実に複雑だ。よく考えれば勝っても負けても、事態が一層の混乱に至ることは予想に難くない。野心と権力にその目を曇らされていないならば。
フランクの忠告に、奥方は「ほほほ」と、上品な笑い声を立てる。
「わかりましたわ。息子をよろしくお願いいたしますわね」
扇の向こうから、フランクを見つめ答える奥方。隠された口元の表情――真意は、扇に隠されて読み取れない。
●狐狸妖怪たちの思惑
今回の決闘は、どちらが勝利しようと事態に混乱をもたらす。敗れたほうの名誉は地に落ち、それによって家督相続をめぐる争いがより熾烈になる可能性がある。また、その家督相続に関わる利益を狙う貴族達の抗争も。
「どちらにしろ、得をするのはあやつ、ということじゃな。子供の喧嘩を利用して甘い汁を吸おう、とは。相変わらずやり口がえげつない」
『醜の御盾』の美称を持つフランクが、冒険者の酒場でぽつり、と漏らした言葉である。その、『得をする者』とは誰なのか――。誰しも思い浮かべた人物は、一人。しかし、それをあっさりと口の端に上らせるような危うい真似をする者も、またいない。
この決闘は『引き分け』で終わらせる。それが依頼人ベルナルドの意志だ。そのために、依頼を受けた冒険者達は動き出す。
「気がかりなのは、2つある。ひとつは決闘そのものに何らかの細工がなされてしまうこと。そしてもうひとつは、依頼人であるベルナルド様に危害を加える、という工作が行なわれることだ。最も危険なのは、ベルナルド様を指示する貴族連中が『わざと』ベルナルド様を襲い、それを対するオスカー様の陣営がやったことだ、と流布して、彼を謀殺しようとする可能性もあることだな」
「なら、ベルナルド様には決闘当日まで俺達が護衛に着いた方がいいな」
烈の言葉に、ダギル・ブロウ(ea3477)が頷いた。ベルナルドの護衛と、館の周囲の警戒が、彼の役目となる。
「それと、周囲の者達にも警戒した方が良いのう。わしは、奥方様の『護衛』につくとしよう」
フランクが静かに宣言した。『護衛』を行なうのは無論のことだが、その言葉の裏には、『監視』という意味合いも込められている。
また、決闘をより確実に『引き分け』に持ち込むためには、できればオスカー側の冒険者とも話を通しておきたいところだった。これに関しては、現在オスカー側の依頼を受けて動いている冒険者レジエルと、過去に何度か冒険を共にした経験があるトール・ウッド(ea1919)が窓口となる。
「ただし今回周りにいるのは、海千・山千の狸どもだ。壁にも扉にも耳や目がついてると思った方がいい。連絡の手段は充分気をつけろよ」
「心得た」
トールが力強く答える。
ほどなくして、トールを通じ、オスカー側の冒険者達と連絡が取れた。果たして。オスカーの意向もベルナルドとまったく同じものだった。決闘には勝つな、しかし負けるな。それは奇しくもベルナルドの言う、「勝負はつけない」という言葉の意味と相違ない。
またオスカー側の冒険者達も、今回の件の真の黒幕たるバルディエをかなり警戒している。諜報活動や隠密行動に優れたマナや烽火らがいることもあって、バルディエ側の動向や情報収集などは、あちらが率先して実行することを伝えてきてくれた。
「よし――ならこちらはこちらでできることをしましょう」
状況を確認し、イリアも動き出す。イリアが狙ったのは、反バルディエの立場にある貴族達から協力を得ることだった。この決闘騒ぎが『バルディエの仕業』であることを貴族達にも知らしめ、今回は余計な介入を行なわないこと。加えて、決闘後にバルディエの行ないを糾弾する一助となってもらえないかということ。
しかしながら、イリアの策は残念ながら不調に終わった。まず、貴族達の説得のためにオスカーの協力を願ってみたのだが、それは逆に内通など余計な疑惑を生むことになるだけだ、と却下されたのだ。やむなくベルナルドの協力のみを得、何とか幾人かの、彼の支援貴族達との謁見にはこぎつけたものの。さすがに向こうも海千山千の古狸、古狐たち。結果も確定できず、確実に自分たちの利になる、ともわからない策に対して、あっさりと「諾」の返答を寄越すはずもなかった。のらり、くらりと逃げられ、賛同とも反対とも取れぬ返答が返ってくるばかり。中には、
「レディ、そのお心構えには共感いたしますが。しかしこれも覚えておきなさい。国政というものはそんなに単純なものではない。『義』だけで動くものではないのですよ」
と、丁寧に忠告をしてくれる者までいた。
「かくなるうえは‥‥ベルナルド様のお父上が上手く動いてくることを祈るのみ、ですね」
煮え切らない妖怪達の態度に、いささか悔しげにイリアが呟く。
今回の件に関しては烈の意見を汲み、ベルナルド、そしてオスカーの父親である現当主に、事の次第を全て報告しておいたのだ。その上で、この『単なる兄弟喧嘩』に過ぎない決闘を、両成敗の形で決着するよう働きかけてもらえないか、と。
しかし現当主であるフランシス卿は、現在、自領の視察のためにパリを離れている。詳細な手紙をしたためておいたが、それでもこの事態に本人が動く、というわけにはいかないだろう。時間がなさ過ぎる。
あるいは、バルディエは現当主不在のこの時期を狙って今回の騒ぎを起こしたのか――。そんな風に勘繰りたくもなる。だがそれは今のところ、ただの邪推に過ぎない。
指定された決闘日の2日ほど前、アレクス・バルディエが貴公子オスカーの代理人たちの前に現れ、彼らを激励した――
貴族など滅多に訪れない下街の酒場での出来事だけあって、この事件は瞬く間にパリの町に知れ渡った。同時に、今回の決闘の件も、貴族達だけでなく一般のパリ市民達に知れ渡ったことになる。
「これでますます、後には引けなくなった、というわけじゃな。――彼奴らしいやり方よ」
フランクが苦々しげに呟く。
そんな中、トールがオスカー側の冒険者達が掴んだ、バルディエとその周辺貴族達の情報をもたらした。
今のところ酒場での一件以外、バルディエとその一派と思われる連中が、今回の決闘がらみで動いている様子はないという。しかし現在相手にしているのは、妖怪じみた連中ばかり。決闘が始まるまで――否、決闘が無事『引き分け』の形を以って決着するまで、気を抜くことは許されない。
●思惑の果て
決闘は、、パリから離れた寺院の前の広場――即ち、『神の庭』を借りて行なわれる。
この場所を選んだのは、さすがに王家にも繋がる名のある貴族の、しかも同家の者同士の決闘を、国王の膝元で行なうことは躊躇われたのと。セーラ神の加護篤いこの場所で、不正や裏工作などの悪事は働きにくいだろうという心理的な制限を狙ってのことだった。それでも、用心に越したことはない。決闘の刻限のかなり前から、巴やマナ、フレイハルトらが中心となって、今回の決闘に何ら影響を及ぼすようなものがないかどうか、入念にチェックして回る。
やがて刻限が近付くにつれ、寺院の周囲には物見高い見物人がぞろぞろと集まってくる。パリから馬車でかなりかかる場所だというのに、まるでパリの広場を借りて行なわれる決闘のような有様を呈し始めていた。
「この中から、妨害者を警戒しなくちゃならないのか‥‥」
イリアが微かに眉をひそめる。今回は、オスカー側の冒険者達の協力もあるから、これまでの決闘騒ぎのときよりも信頼できる仲間は多い。しかしそれでも、これだけ集まった人々の中から不審者をいぶりだすのには骨が折れる作業になりそうだ。
バルディエの酒場でのデモンストレーションは、これを狙ってのことだったのか‥‥。そんな気さえしてくる。
今回の決闘で、ベルナルド側の代理人を務めるのは騎士グラン・バグ。オスカー側は『暁の騎士』との異名をとるアレクシアス・フェザント。特にアレクシアスは、過日行なわれたカルディナスとバルディエの代理決闘において、カルディナス名代として見事勝利を収めた、という事実がある。物見高い連中が、それに飛びつかないはずもない。更に今回決闘相手となる代理人グランは、『剛の剣術』コナンの使い手。対するアレクシアスは対極である『柔の剣術』ノルドを使う。この、まったく傾向の異なる剣術同士の対決が間近で見られると、それを楽しみにやってきている者も少なくなさそうだった。周囲ではどちらが勝つかという賭けに興じる声もそこかしこで聞こえる。
しかしながら、今回の決闘で望まれている結果は『引き分け』だ。そのための準備は、ベルナルドもオスカーもつつがなく終わらせている。
「まったく、世の中暇人が多いもんだ」
集まった見物人達を眺めつつ、呆れたような声を漏らしたのは、決闘に望む当人・グランである。そして今回の決闘にあたり、ベルナルドが用意してくれたロングソードを、入念にチェックする。一見すると曇りひとつない美しい剣だが、実は巧みに、中央に切れ込みが入っている。これは、アレクシアスが今日使う剣に関しても同じ。この決闘を『引き分け』に終わらせる。そのための仕掛けだった。
「何か、楽しそうだね。グラン」
いつの間に近くに来ていたのか。ベルナルドが側に立ち、グランを見上げていた。実際に戦うわけではないとはいえ、やはり当事者。瞳にどこか不安げな色がある。最終的に『引き分け』にもつれ込む勝負だとわかっていても、決闘自体は本物だ。相手とは実際に、剣を交えて戦うことになる。それなのに、目の前のこの騎士の余裕は何なのか――。
尋ねる少年に、グランはニヤリと笑って見せる。
「楽しそう、か。確かにそうかも知れんな。一度遣り合ってみたいと思ってた相手だからなあ。どんな手合わせになるか、楽しみだぜ」
「‥‥キライなの? あの騎士のこと」
ベルナルドの瞳が、ちょうど反対の陣営で、グランと同じように得物の見聞をしている赤毛の騎士、アレクシアスに向けられる。向こうも周囲のざわめきには一切関知せず、ただ黙して刻限を待っている‥‥そんな様子だった。ベルナルドの答えに、グランは一瞬「へ?」というように目を見開き、それから笑い出す。
「なんだよ」
反応に、むっ、となるベルナルド。しかしグランは変わらず笑いながら言う。
「そう思うあたりが、まだまだお子様だな。いいか、これは覚えておけよ。世の中ってのは、好きだ嫌いだ、だけで関係が決まるわけじゃないんだぜ。好意を持ってるし、尊敬してるからこそ、本気でやりあってみたくなる‥‥そういう相手もいるもんだ」
「そうなの?」
「そうだ。‥‥案外なあ、お前さんも同じじゃないのかい? お前さん、あちらのオスカー様とは学問だなんだで色々張り合ってるようだが、それは、あちらさんが嫌いだからなのかい? よぅく考えてみな」
「?!」
ベルナルドの目が丸くなる。と同時に、決闘の場に司祭と立会人が現れた。それを確認し、グランとアレクシアスが立ち上がる。
決闘の刻限が来たのだ。
厳かに決闘前の宣誓が行なわれ、両名がそれぞれの位置につく。高まる緊張感の中、立会人による決闘開始が告げられ、両騎士は流れるような構えから、一気に斬りこんでいく。
まず先手を取ったのは、やはりグラン。素早い踏み込みから、鋭い一撃を繰り出す。アレクシアスはその一撃を、手にした剣で巧みに逸らし、弾き返した。が、グランもそのあたりは読めている。流された攻撃を活かす形で、剣を返し、すかさず打ち込んできた。今度は受けられず、ノルド独得の体捌きでそれをかわすアレクシアス。
「コイツをかわすとは、やるねえ。あんたとは一度、やってみたいと思ってたんだよ!」
「こっちもだ」
グランの軽口に、アレクシアスが不敵に答える。もちろん、この会話の最中にも剣と剣は鋭い軌跡を虚空に描き、相手の剣、あるいは盾にぶつかり火花を散らしあっている。徐々に白熱してゆく戦いに、ギャラリーは息を呑み、2人の騎士の動きを魅入られたように追っている。
『引き分け』に持ち込むのが目的の決闘。だからこそ手を抜いた戦い方をするわけにはいかない。仲間ですら「2人とも目的を忘れたのではないか」と、内心で危惧したほどの打ち合いの末、アレクシアスが微かに体制を崩した。その隙を狙って、グランが渾身の一撃を放つ。
「――!!」
振り下ろされる剣と、それを受け止める剣。
一瞬、全ての音の失せた会場に、金属と金属のぶつかり合う鋭い音が響く。
「‥‥あ!」
「剣が‥‥っ」
見れば、両騎士の剣はその真ん中部分から見事に砕け折れていた。折れた剣先は高く宙を舞い、そして。
「危ない、ベルっっ!!」
貴賓席で、イルニアス、レジエルと共に決闘を見守っていたオスカーが、血相変えて立ち上がった。宙を舞った剣先は、その先端を、対峙するもうひとつの貴賓席で決闘を見ていた、もう一人の当事者、ベルナルドめがけてまっすぐに落ちてゆく!
「いかん!」
奥方の側についていたフランクがとっさに飛び出すが間に合わない。背後で、奥方が絶叫したのがわかった。刃は狙い違わず、少年の真上に落ちる――
その、はずだった。
しかし、次の瞬間、場に居合わせた者たちの目に飛び込んできたのは。
宙を舞った剣先に貫かれた幼い少年の姿ではなく。自身の右腕を代償に、その少年を剣から守った、一人の壮年の『傭兵貴族』の姿だった。
『傭兵貴族』バルディエは顔色ひとつ変えず、腕に突き刺さった剣先を引き抜く。しぶく鮮血に、何人かが押し殺した悲鳴を上げた。バルディエは抜いた剣先を供の者に渡し、代わりに受け取った布で無造作に止血を施した。そして恐怖と驚愕の貼り付いた顔で硬直している少年、ベルナルドに、恭しく一礼する。
「ご無礼つかまつりました、ベルナルド卿。ご無事で何よりでございます」
「‥‥‥‥」
ベルナルドは声もない。一方ではオスカーが、安堵のため息とともに自分の椅子に崩れ落ちていた。誰を相手にしても怯まず、余裕の態を崩さなかった彼がここまで取り乱したのを、イルニアスは初めて見た気がする。
折れた剣を手に。決闘の場で息を呑んで事態を見つめていたグランとアレクシアスもようやっと体勢を解き、折れた剣をそろって足元に置いて、姿勢を正した。
双方とも剣が折れた以上、決闘は続けられない。
しかし、立会人もどう判断したものか迷っているようだ。
どちらかが血を流すまで続けられるのが決闘。しかし、今回代理人達は無傷のまま武器が壊れ、流された血は当事者以外――。これは、どう判断すればよいのか。
重々しい沈黙の中、低い、しかし朗々とした声が響く。
「これは、仕切り直しですな」
振り返った先にいる声の主は。先ほど折れた剣先を受け止め、負傷したバルディエ、その人だった。
「剣が折れてしまっては勝負にならぬ。しかし神は、どちらが正しいともまだ仰られていない。これは、もう一度場を設けて再度やり直すのが適当でございましょう」
「そんな――。剣が折れたことこそ、神の御意志ではないのですか? この決闘、勝負をつける必要はない、と‥‥」
イリアが咄嗟に反論する。しかし、バルディエは神妙に首を横に振った。
「残念ながら。どちらかが傷つくまで戦う、というのが決闘の作法というもの。本来ならば、代わりの武器を渡し代理人殿には決闘を続けていただくところなのだが、本日は我が不手際にて、場に余計な水をさしてしまったようだ。ここは、日を改めて再度執り行うのが公正かと存じますが――いかがですかな、立会人殿」
「は? ‥‥あ、ああ。そ、そうでございますな。では、本日のこの決闘の儀は無効! 日を改めて再度行なうものとする! 以上!」
立会人の言葉に、集まったギャラリーから猛歓声が起こる。それは落胆の声であったり、もう一度面白い勝負が見れるという歓喜の声であり――色々だ。
「此度の決闘の剣は、ご自身で用意されたとの事でしたな」
巻き起こる喚声の中、地に置かれた折れた剣を拾い上げつつ、バルディエがアレクシアスに言う。
「次の決闘の儀で同じことがまた起こってはまずい。次回使用する武器は、不肖このバルディエが用意させていただきましょう。異論はございませんな? 暁の騎士殿」
「‥‥‥‥」
無言のまま、差し出された折れた剣を受け取るアレクシアス。
「そちらの騎士殿も。公正に事を運ぶため、僭越ながら奥方に話を通しておきましょう。きっと、優れた武器をご用意くださるはずと思いますぞ」
「それは、ありがたいお話で」
グランが皮肉げに肩を竦める。
事態は、皮肉な方向へと転がり始めた――
《To be Continued》