不退転なレストラン

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月06日〜09月11日

リプレイ公開日:2004年09月14日

●オープニング

『依頼の内容は口外無用』
 散々に念を押された上で向かうように指示されたのは、街でも有名なレストランだった。貴族や裕福な人々の社交場として知られた店で、オーナーは他に有名店を幾つも経営する大富豪。まあ、こんな事でもなければ冒険者に縁の無い店なのは確かだ。
「ああ、やっと来たか。諸君らを呼んだのは他でも無い」
 ‥‥このオーナーの傲慢さは有名だったが、どうやら冒険者を馬の骨扱いするのは止めたらしい。
「この店では、度々モンスターが出没する奇妙な事件が起こっていた。犯人は、モンスターを使って悪事を働くプロの犯罪集団だ。店の者が私への意趣返しに妙な連中を引き込んだのが原因で、カネヅルとして目を付けられたらしい」
 オーナー、使用人達を横目で見やる。しょんぼりと肩を落とし、目を伏せる彼ら。
「調べてみたら案の定、幾つかの店が同じ様な被害を受けていた事が判明した。モンスター騒動で店を開けなくし、脅して金を巻き上げるという寸法だな。一度屈してしまえば、後はダニのように纏わりついて離れる事が無い。この手合いは皆同じだ」
 ふん、と鼻息を荒げ、彼は言った。
「ふざけおって。この私をちょいと脅せば震え上がるその辺の小僧と同じに考えているならとんだ見当違いだ。それを思い知らせてやらねばならん。そこで、被害に遭っている連中に言い含めて、奴らに金を払わないよう約束させた。仕返しで店を続けられなくなっても、この私が無償で新規出店の資金を提供すると言ってな。彼らも快く協力してくれたよ」
 でっぷりと太った腹を揺らし、クククと笑う。
「犯罪者どもと仲良くしていたいなら、そういう世界でしか生きて行けないようにしてやるって脅したんですよ」
 げっそりした表情の使用人が、冒険者達に耳打ちをした。オーナーがわざとらしい咳払いで黙らせる。
「この店は、新しいシェフを招いて心機一転、リニューアルする。食通を自負するお客様方にも大いに注目して頂いているところだ。度々の休業でミソのついたこの店が再起出来るかどうかの瀬戸際だな。奴らからしてみれば、私の顔に泥を塗る又と無い機会という訳だ」
 使用人の一人が、オーナーの後を引き継ぐ。
「犯人達からの反応はすぐにありました。店を無茶苦茶にしてやる、協力しなければ私達の仕出かした事をオーナーに吹き込むと‥‥ どうやら彼らはまだ、私達とオーナーが和解した事に気付いていない様です」
 冒険者達の今回の仕事は、犯人の謀を阻止して無事にリニューアル初日を終わらせる事だ。依頼最終日がリニューアル初日となる。その日までの間も営業は行われ、また、新しいシェフは当日に向けての準備を進める。彼が手配した貴重な食材が順次届けられる手筈だし、時間のかかる下ごしらえをしたりもするので、モンスターが暴れ、それらを台無しにする事は致命的と考えるべきだろう。最低でもそれだけは阻止しなければならない。その上で、現れた犯人達を捕らえられれば尚良く、犯人グループの実態を掴めれば更に高く評価される。犯人が店の使用人達に接触を図って来るのは確かだ。ただし、他のアプローチが無いとは限らないので、犯人に悟られないよう留意した上での十分な警戒が必要となるだろう。
「犯罪者どもの尻尾を掴む好機でもある。世の為人の為、存分に働いてくれたまえ」
 機嫌よく笑いながら、オーナーは調子のいい事を言っている。
「こんな犯罪者と全面対決みたいなことしてしまって、本当に大丈夫なんでしょうか。裏切ったな! とかいって、殺されちゃったりしないでしょうか」
「そりゃオーナーは幾つも店持ってるからいいだろうけど、この店が無くなったら私達は路頭に迷ってしまう‥‥」
「いやいや、上手く事件が解決したとしても俺達店に残れるのか? オーナー、先の件は大目に見てくれたけど、店の事は新しく来るシェフに任せるって言ってるし、結局首を切られてしまうんじゃないか?」
 使用人達はドン底な様子。ヒソヒソ話し合いながら、大きな溜息をついていた。

●今回の参加者

 ea0121 ティルフェリス・フォールティン(29歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1558 ノリア・カサンドラ(34歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea1559 エル・カムラス(19歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea1888 アルベルト・シェフィールド(35歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea1919 トール・ウッド(35歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea2730 フェイテル・ファウスト(28歳・♂・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3173 ティルコット・ジーベンランセ(30歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ea3448 チルニー・テルフェル(29歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea3587 ファットマン・グレート(35歳・♂・ファイター・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4082 天城 紅月(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4957 李 更紗(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

エリナ・サァヴァンツ(ea5797

●リプレイ本文

●証言
 依頼人が教えてくれた、被害店のひとつ。
「あ、そこのおねーさんスープおかわり!」
 パラレンジャー、ティルコット・ジーベンランセ(ea3173)が声をかけると、給仕の娘が愛想を振り撒きながらやって来る。この店は依頼人の店と比べると、かなり気安い店だった。安酒と油と何だか分からない色々なものが混ざり合ったお腹の減るにおいと、決してお行儀の宜しくない雑然とした雰囲気。少々の小汚さが、冒険者達には心地良い空間だ。当たり前の様に口説きにかかるティルコットだが、給仕娘も百戦錬磨、全てを冗談にしてかわしてしまう。
「そういや最近モンスターが店襲ってるようだけどよ、物騒だよな〜」
 彼がそう口にした途端、娘の笑顔が強張った。受け取りかけた木皿は床に落ち、派手な音をたてて足元で踊る。おいおいどうしたんだ? とからかう様に笑う客達。娘が小走りに奥に引っ込んだかと思うと、時を置かず店主殿がご登場。
「お、お客さん方、どうぞこちらへ‥‥」
 唇をぷるぷる震わせながら声を潜めて頻りに言う。仕方が無い、行こう、と促すクレリック、ノリア・カサンドラ(ea1558)。頷いて武道家、李 更紗(ea4957)が立ち上がると、面倒臭そうにレンジャー、ロックハート・トキワ(ea2389)が続いた。
「なんだダルランが雇った冒険者か、脅かさんでくれ。てっきりまた連中がタカリに来たのかと‥‥」
 冷や汗を拭ってぼやく店主。この事件は、大っぴらにされる事無く密かに揉み消されて来た。そこを犯人達に付け入られている訳だが、モンスターが湧く店というのはあまりに聞こえが悪過ぎる。それが犯罪だと分かっても、トラブルを抱えていること自体、出来るなら伏せておきたいというのが店の本音だ。わざわざ危険があるかも知れない店を贔屓にする客など、そうはいないのだから。
「モンスターって、どんな風に出現したの?」
「逃走経路は?」
 ノリアとティルコットが聞くと、店主は困った風に禿げ上がった頭をぽりぽりと掻いた。
「うちでは2度、ジャイアントラットが湧いた。ある日突然現れた、という印象なんだよ。仕方が無いので冒険者を雇って駆除したんだ」
「その時、犯人の姿は見ていないのか?」
 ロックハートの問いに、そうだ、と頷く店主。事件後、暫くしてから今日の3人よろしく、揉み消した筈の事件の事を囁いて聞かせる客が現れ‥‥ 暗に金の支払いを要求された。店主が犯人の顔を見たのは、この時が初めてだったらしい。鼻の右側に大きなホクロのある、目つきの悪い男だったと彼は言う。そして、今は犯人からの接触は途絶えていると付け加えた。
 話の途中、更紗は席を立って客席を覗き、また外に出て店の周囲もそれとなく見回ってから戻って来た。仲間に、首を振って見せる。怪しい人物を見出す事は出来なかったと知らせたのだ。
 彼らはその後、幾つかの店を回ったが、証言は概ね同じだった。使われたモンスターは多種多彩。入り込んだポイゾンドートに気付かず危うく使用人が死にかけた店、地下にみっしりスクリーマーが生えた店もあれば、グランドスパイダに篭城された店もあり、インプとグレムリンの悪戯合戦で店中をぐしゃぐしゃにされた店もある。そしてどの店も、ここ暫く犯人からの接触は途絶えている。
「どういう事かな。大っぴらに反抗した者がどうなるか見てろ、っていう余裕?」
「それにしても、見張り役も置かないなんて有り得ない。案外、一度に幾つもの店にコナかけられる程には大きな組織じゃないのかも」
 更紗の返答に、ノリアがうーんと唸って考え込む。
「もっとデカイ仕事で忙しいとかね」
 はは、と笑うティルコットに、ノリアと更紗が呆れ気味に首を振る。実に笑えない。一方、ロックハートは無言のままじっと考え込んでいる。どしたの? とノリアが彼の背中を叩いた。
「いや‥‥ こっそりモンスターを放って脅しをかけてるくせに、堂々と顔を晒して金をせびりに来るんだろ? 訳の分からん奴らだと思ってな」
 確かに、と皆が頷く。

●レストラン防衛網
 犯人の襲来に備え、冒険者達は店の守りを固めた。店の2階にウィザード、アルベルト・シェフィールド(ea1888)と情報収集から一足先に戻って来たロックハート・トキワ、シフールファイター、エリナ・サァヴァンツ(ea5797)が陣取って表裏、双方からの来訪者を上から監視。食材の運搬口となる店の裏手、勝手口にはファイター、トール・ウッド(ea1919)、シフールのジプシー、チルニー・テルフェル(ea3448)が常駐して出入りする者をチェックする。ドワーフファイター、ファットマン・グレート(ea3587)は食材運び込みの手伝いをしながら、食材に最も近い場所で護衛にあたる。食材は市場から店、あるいは港から店までを運ばれる事になるが、この時にはジャパンの浪人、天城 紅月(ea4082)が騎乗して護衛につく事になっている。店の周囲は、シフールバードのエル・カムラス(ea1559)が見回って、店の中ではウィトレスとしてティルフェリス・フォールティン(ea0121)とフェイテル・ファウスト(ea2730)、踊り手としてジプシー、サーラ・カトレア(ea4078)が、吟遊詩人としてエルフのバード、オレノウ・タオキケー(ea4251)が働きながら、油断無く店内を警戒するという寸法だ。
「貴殿らは犯人の顔を直接見た事があるんだ、もしも現れたらこっそり教えてくれ」
 オレノウに言われ、使用人達は頷いて見せた。まあ、相当にビビッている様ではあったのだが。
 ファットマンは酒蔵に入り、以前に封じた穴を確認する。辺りをどんどん叩き、脆くなっていないかも確かめる。
「うむ、しっかりしたものだ」
 満足げに頷いた彼。後は、入り口をしっかりと固めるだけだ。

 さて。エル・カムラスは店の周りをひらひら飛んでいる最中、『ニンジャごっこ』をして遊ぶ子供達を発見した。つんと澄ました店の多いこの辺りで、子供の姿は珍しい。と、向こうもエルに目をつけたらしい。瞬時に走った嫌な予感は大的中。彼は追い掛け回された挙句、好き放題に遊ばれる羽目になった。無論、彼が加減して捕まってあげた訳だが‥‥冒険者は辛いよ。
 一頻り子供達が好奇心を満足させた頃。
「最近怖い顔の人多いよね」
 よれよれになりながらもそれとなくエルが話を振ってみると、彼らはそうそう、と食いついてきた。
「あいつ嫌な奴だったよな、鼻のとこにホクロのある奴!」
「そうそうハナクソホクロマン! ガキはあっちってろとか、後から来たくせに偉そうでさ、もう最悪っ」
「それから一本マユゲ! 眉毛繋がってるくせに凄むなっていうんだよな。それにあいつ、なんか変な臭いするんだ! げろげろだぜ!」
「においっていうと、こないだお菓子くれたお兄さんはサイコーだったな。なんかね、凄いいいにおいするの。ずっとニコニコしてて優しいしさ、ああいう人にならボクは一生ついて行くね。そんでお菓子もらうの」
「ああ、いいないいなズルイぞっ!」
 ‥‥早くも話が脱線して来た。
「でも、この辺りで一番怖いといえば、やっぱ奴だよな」
「だな。奴は怖くて手強い。悪の大魔王だね。ガミガミ大魔王だよ」
 うんうんと頷き合う子供達に、エルが、誰? それ誰? と堪らず急かす。と、
「出たっ! 全員逃げろっ、奴の目を見るな、見たら死ぬぞ!!」
 蜘蛛の子を散らす様に逃げ散る子供達。え? え? と事態が飲み込めず戸惑う彼の横を、オーナーが巨体に似合わぬ猛スピードで駆け抜けて行った。
「こらっ!! ここで遊ぶなと何度言えば分かる!!」
 怒鳴り声が、お腹の底まで響き渡る。きゃあきゃあ言いながら逃げる子供達。ニンジャごっこのラスボスは、どうやらオーナーだった様子。
「ったく、あのクソガキどもめが。‥‥おい、お前を雇ったのは保父をさせる為ではないんだぞ? 納得行かない仕事には屑カッパー貨1枚払わないというのが私のモットーなんだ。私を失望させないでくれよ?」
 はあ、それはもう、と愛想笑いをしながら頷くエル。唱えかけていた『ムーンアロー』をモニョモニョと誤魔化して、そして一転、真面目な顔に。
「おじさんおじさん、物は相談なんだけど、ここって美味しいお酒ある? 僕の報酬、現物支給でもいいんだけどなぁ‥‥」
 オーナーの額に、血管が浮き出て来た。
「面白い奴だな! けど止めとけ止めとけ、この店の酒は目玉が飛び出る程高いぜ。お前さんの報酬じゃあ、グラス1杯で足が出る。同じ酒でも自分で仕入れりゃずっと安く飲めるからな!」
 わっはっは、と笑いながら登場したのは、立派な口ひげを生やした、やけに陽気な男性パラ。彼がこの店の新しいシェフ、ジャン・ピコーだ。遅いぞピコー、野暮言うなよ市場を見回ってたのさ、と2人が話しているのを、勝手口から使用人達がこっそり覗き見ている。
「よぉ! お前らか腕も無ければ運も無い給料ドロボーどもってのは!」
 遠慮も何も無い言葉に砕け散る使用人達。どう言葉をかけていいものかとファットマンが悩んでいる内に、ピコーは「まあせいぜい頑張ってくれ」と使用人達の肩をバンバン叩き、鼻歌など歌いながらさっさと店の中に入ってしまった。彼が到着したこの日から、リニューアルの準備は瞬く間に進んで行く事になる。警戒にあたる冒険者達の緊張は、日に日に高まって行った。
 運び込まれる荷物を『エックスレイビジョン』で確認しながら、チルニーが呟く。
「モンスターを脅しの道具にするなんて、未だに信じられないよ。思うがままに操っているって訳じゃなさそうだけど‥‥ 危ないモンスターを集めて運ぶなんて、普通のチンピラには出来ないことよね。ウィザードかバードが犯人の仲間にいるのかなぁ」
 もしかして、凄く大掛かりな犯罪組織!? 冒険者もモンスター集めに巻き込まれてたりして! と、どんどん怖い考えになってしまう。本当にそうだったらどうしよう、と悩む彼女に、黙々と剣の手入れをしていたトールがぼそりと言った。
「どうでもいい。叩っ斬っちまえばただの肉の塊だ」
 ふっと笑う。
(「こ、この人も怖いかも!」)
 じりじりとお尻で移動。シフールひとり分、余計に距離を取るチルニーなのだった。

●レストランはかく戦えり
 何事も無く日々は過ぎ、リニューアル前日となった。翌日の本番に向けて、店の者は忙しく立ち働いている。地下の食材倉庫には古今東西の珍しい食材が犇き合っているし、調理場には貴重な香辛料や調味料が並べられて、ちょっとした博覧会の様だった。ピコーは真剣な表情で何かを炒ったり煮込んだり、かと思うと店の者を引き連れて市場に向かい、お供が悲鳴を上げる程の新鮮な材料を買い込んで来て、何がしかの料理を作ってみては皆に食べさせたりした。最初は喜んでいた冒険者達も、同じ料理のマイナーチェンジ版をしこたま食べさせられて些か食傷気味。かといって適当においしいなどと言おうものなら怖い顔で睨まれる。ここがもう少し、と指摘すると嬉しげにあーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら改良に取り組む辺り、この人物は根っから調理するのが好きなのだろう。何かの下ごしらえだろうか。調理場で煮込み続けている寸胴の中身がいい感じに煮詰まって、えもいわれぬ芳しき香りが漂って来る。お腹が空くことこの上無かった。
「やはり、彼らはリニューアル当日を狙ってくるつもりでしょうか」
 アルベルトとロックハートがそんな話をしていた、まさにその時。アルベルトは、店の前で馬車を降り、こちらに向かってくる紳士‥‥と言うには少々目つきの悪すぎる男に目を止めた。彼の後に、女性がひとり続いている。
「あ‥‥ あの男の方は、私達を脅しに来た男のひとりです」
 使用人の証言で彼が動く。『インフラビジョン』で彼らが何かを隠し持っていない事を確かめる。なるべくなら店に入れたくないところだが、客の前で極力騒動を起こしたくないというのがオーナーの希望でもある。食堂に下りたロックハートとエリナが合図を送ると、サーラとオレノウがごく自然に踊りと演奏を開始した。
「こちらへどうぞ」
 ティルフェリスが犯人達を奥のテーブルに案内する。普段の冒険時とは打って変わった彼女のおしとやかなウェイトレスぶりに、フェイテルが笑いを堪えて涙を流していた。もっとも、彼だってどう見たって女性とはいえ、女装なんだから人の事を笑ってられない訳だが。
 男は使用人のひとりを呼び、こう言った。
「店の裏手に回れ。荷馬車が一台やって来るから、そいつらを手伝うんだ、いいな」
 その言葉は、すぐに勝手口を守る者達に伝えられる。何も知らずやって来た荷馬車は、道を塞ぐ様に立つトールの前で止まった。
「馬鹿野郎、死にたいのか!」
 御者が怒鳴った途端、トールはその男を叩き伏せていた。荷台にいた者達が怒声と共に飛び出して来る。
「畜生、こいつを店の中に放り込んでやる!」
 トールの隙をついて飛び出した男達は、小さな檻を抱え、勝手口目掛けて走り出した。だが。彼らは目の前に吹き上がった火柱に腰を抜かし、動けなくなったところを取り押さえられた。
「やれやれ、あまり脅かさないで下さい」
 アルベルトが澄ました顔で肩をすくめる。檻の中には、合わせて10匹のポイゾンドートが詰め込まれていた。

 再び食堂。外の騒動に感づいたのだろうか。犯人の2人は何事が囁きあい、自然を装いつつ席を立とうとする。
「お客様、他のお客様のご迷惑になります、どうかお静かにお食事をお楽しみ下さい」
 にっこり微笑んだティルフェリスに、歯軋りをする男。呪文を唱えようとした女は、目の前をくるりと飛んだエリナに気を取られる内、席に持たれかかり、すやすやと眠り始めてしまった。
「少し眠っていて下さいな」
 『スリープ』を唱えたフェイテルが、くすりと笑う。男はティルフェリスを睨みながらも、背後で踊るサーラの気配で身動きが取れない。
「命までは奪いません。大人しくしていてください」
 サーラの言葉に押された様に、男は席に座り込み、がっくりと肩を落とした。

 紅月が食材を積んだ荷馬車の護衛をしつつ現れたのは、丁度この戦いの最中だった。
 ティルフェリスが客席を離れ、ファットマンと共に勝手口に向かう。
「速度を緩めずに進め!」
 彼女は馬車を先導しつつ馬脚を速め、万が一の襲撃に備えて警戒を強める。勝手口に乗りつけた荷馬車から飛び降りた運搬人達はなかなか心得たもので、躊躇する事無く素早く木箱を荷台から降ろした。
「ご苦労、こっちだ!」
 ファットマンは彼らに歩み寄り、ティルフェリスは勝手口を開いて、弓を手に辺りを見回す。2人の運搬人と共に木箱を持ち上げたファットマンは、奇妙な臭いに眉を顰めた。獣臭とでもいうのだろうか。それが隣の男からしているのに気付いて、指摘してよいものかどうかちょっと迷う彼。そして、箱を『エックスレイビジョン』で確認したチルニーも、その奇妙なビジョンに困惑していた。もうひとつ判然としなかったが、もこもこした、緑色のものが詰まっている。なんだか、とても不愉快なもこもこ感‥‥。
「待って、ちょっと中身を確認させてください」
 チルニーが言った時、男が舌打ちしたのをファットマンは聞いた。近寄ろうとしていたチルニーが、振り払った手に弾き飛ばされる。反動で帽子が落ち露になった男の眉毛は、確かに繋がって一の字を成していた。
「何をするっ!」
 咄嗟に放ったファットマンの蹴りを脛に食らい、呻き声と共に倒れる一本眉。もう一人の男は堪らず箱を放り出し、勝手口を睨みつけたが既にティルフェリスが閉じている。番えられた矢が自分の肩に突き刺さるのを呆然と見ていた彼は悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、第二矢を腿に受けてくたくたとその場に崩れ落ちた。一本眉は隠し持った短剣に手をかけていたが、馬から飛び降り様に抜刀、駆け寄った紅月の切っ先が喉元に光っていては如何ともし難い。彼らも先の仲間同様、降伏する羽目になったのだった。
 さて。敵の襲撃は凌いだものの、問題になったのが密封された木箱。無闇に開ける訳にも行かず、かといって放置しておく訳にも行かない。
「何か音がしているな」
 紅月の指摘に皆が耳を澄ますと、確かに中からプチプチと小さな音が聞こえて来る。音なら任せてくれ、と進み出たオレノウ、『サウンドワード』で音の正体を探り出す。と、その顔が見る見る青ざめた。
「‥‥スモールビリジアンモールドが胞子を飛ばす音、だ」
 この厄介な毒カビの塊は、刺激を与えると猛毒の胞子を辺り一面に撒き散らす。埋めてしまおうか、いや焼き払おうと慌てた冒険者達だが、胞子が残って繁殖でもしたら大事だ。彼らは木箱を荷馬車に乗せ、恐る恐る街の外に運んだしかる後に、通報して専門家に処理してもらう事にしたのだった。

 犯人捕縛の知らせを受け、情報収集にあたっていた者達も全員が店に戻り、犯罪者達を取り囲んで尋問を始めた。しかし敵もさるもの、悪びれた風もなく口を噤んで、何一つ話そうとしない。
「そう、そういうつもりなら別にいいけど。ところであなた達、鼻フック好き?」
 ふふふ‥‥ と聖職者にあるまじき邪悪な笑みを浮かべたノリア、楽しそうに奇妙な器具を用意する。
「ふうん、なるほどそう来たか。じゃあ俺はこいつで」
 ロックハート、見事な指捌きでしゃきーん、と取り出したのは2本の羽根ペン。くるりと回転させ、羽根の方を犯人達に向けた。
「ふ、ふざけるな! そんなアホらしい事で俺達が口を割るとでも‥‥」
「そうか? それなら爪剥がしとか指砕きにしとくか」
 仕方無いなぁ、と淡々と釘やらペンチやら用意し始めるロックハートに、犯人達が震え上がった。いい加減にしろ、後でどうなっても知らないぞと喚いていたが、ピコーやオーナーまでも加わって物置から使えそうな道具を引っ張り出し始めるに至って、犯人達は遂に口を割った。彼らが潜んでいたアジトは、憎々しくもこの店のごく近い場所だった。
「リーダーは若い男で、学者肌のレンジャーだ。モンスターの生態に詳しくて、奴の知識がこの仕事を支えていた。名前は知らない、本当だ。俺達はただ、リーダーと呼んでいた。奴にはいつも氷みたいな目をした女ウィザードがついていて‥‥ 組織の全容? そんなもん知るかよ。俺達は単なる雇われ者、下っ端なんだ、パリで資金集めをしろって言われて実行してたに過ぎないんだよ、信じてくれ!」
 彼らからこれ以上の情報は得られないと見切りをつけた冒険者達は、店の守りから人数を割いて果敢にも敵地に乗り込んだ。だが。
「賭けはお流れ、か」
 ち、と舌打ちするティルコット。彼らが踏み込んだ時、アジトは既にもぬけのからだった。これは後に犯人達の供述から分かった事だが、彼らの犯罪計画は常に分単位のスケジュールが組まれていたという。店に向かった者達が帰って来ない事で何かがあったと判断し、残っていた者達は逃げ散ってしまったという訳だ。
 落胆の色を隠せず、店に戻った攻撃隊。中でもティルコットのバックパックに入ったまま結局飛び出す機会を失ってしまったエルは、バックパックが下ろされると自分でずるずる這い出して、ぼんやり空を眺めながら終日黄昏れていたという。なお、捕らえた犯人達はその日の内に官憲に引き渡され、今も厳しい追及が行われているらしい。

 リニューアル当日。太陽が西の空に沈む頃、店には紳士淑女の皆様方が群れ集い、ジャン・ピコーが振舞う斬新かつ華やかな料理に舌鼓を打った。サーラの踊りとオレノウの詩吟はこの日の客達の目に実に珍しく写ったらしく、大いに彼らを楽しませた。挨拶をして回るオーナーの表情は、何時に無く福々しい。ティルフェリスとフェイテルは給仕役として、キリキリ舞いする羽目になった。
 そしてこの日、敵はとうとう現れなかった。
「残念、必殺のバックドロップで断罪してあげようと思ったのに」
 この日を狙ってくると読んだノリアの予想は外れていた。もしも前日の行動を止められていなかったら、店内には毒蛙が徘徊し、食材に菌糸を伸ばした毒カビが胞子を飛ばすという惨状になっていた訳で‥‥ 逃げ果せた主犯の性質が、この選択ひとつにも滲み出ていると言えるだろう。
「今日は皆、よくやってくれた。犯罪者どもが諦めたかどうかは定かではないが‥‥ 一先ずは我々の勝利だ。この良き日を祝って、乾杯しようではないか」
 お礼の気持ちがワイン1杯か、と冒険者達は苦笑したが、頂けるものを断る理由も無し。彼らは戦い終わった厨房で乾杯を叫び、極々ささやかにではあるが、勝利の美酒という奴を楽しんだのだった。その味はまた格別だったのでエルは大喜びだったが、何故か店のソムリエは泣きながら、いじましい程にちびちびとこのワインを啜っていた。
「あーっと、オーナー」
 厨房を出たオーナーを、更紗が呼び止める。
「使用人達の事だけど、せめてクビは止めてあげたら? 彼等は貴方に負い目があるから従うでしょう。少しは従業員大切にしないと、いつかしっぺ返しを喰らうわよ?」
 彼はふむ、と首を傾げ、こう言った。
「昨日までの事は不問に伏すと決めたが、明日からの事は約束できんな。その代わり、済んだ事をいつまでも負い目に感じる必要もない。料理人は腕を売る商売だろう? 彼らが優れた売り物を見せてくれるなら、私は大枚をはたいて留め置こうとするだろう。そうでなければ、別の可能性を求めるだけだ」
 助言は胸に留めておこう、と立ち去るオーナーに、頑固者め、と呆れる更紗。一方、使用人達に声をかけたファットマンは、彼らにこう助言した。
「あの主人に付いて行く事は間違ってない。『過去よりも今何を出来るか』だ。主人とシェフが観ているのはそこだ。奮闘するがいい」
 この一連の事件ですっかり顔なじみとなったファットマンの言葉に、彼らは頷いてみせる。まあ、大分頼りない雰囲気ではあったのだが。
 彼らの奮闘は、また別のお話で。