●リプレイ本文
●炭焼き小屋へ
「いざ行かん悪魔の城へ!」
ランディ・マクファーレン(ea1702)の愛馬に跨ったユニット君は、やあやあモノドモ進め進めと実にご機嫌だった。
「あんまりはしゃぐと落っこちますよ」
エルフのウィザード、ノア・キャラット(ea4340)に笑われても、一向に気にしない。
「やれやれ、これだから世間知らずのガ‥‥いや、何でもありませんよ。でも、そうしていると体も鈍るでしょう。荷物くらい持ったらどうです?」
暁 らざふぉーど(ea5484)が嫌味を言ったが、気付いてるのか気付かないのか完全無視だ。
エルフのクレリック、マリー・アマリリス(ea4526)が彼に問う。
「私達は気軽にモンスターというけれど、指してるものはとてもたくさんのもの。動物、昆虫、亜人、妖精‥‥。デビルの様にヒトに害を為すものも指しています。ユニット君はどうしてモンスターを助けたいと思ったの?」
「んー、だって何だかかわいそうだし。無理矢理押し込められて連れて来られて、何に使われるのか知らないけど、多分悪い事をさせられて、それで最後は殺されちゃうんだ。あんまりだと思わない?」
そうね、でもね、とマリー。これから続く話が自分にとって愉快なものでは無いと察したのだろう、ユニットは彼女から目を逸らし、話題を変えた。馬にぶら下げられている、厳重に封のされた大きな素焼きの瓶を指差して聞く。
「ねえ、この小汚い瓶は何?」
「ふふふ、秘密〜」
にこにこと笑顔ではぐらかすパラジプシー、テュール・ヘインツ(ea1683)。いいじゃん教えてよ、とわいわい騒ぐユニットに、ランディが予備のローブを頭から被せた。
「防具代わりだ。そんなものでも着ていれば、ある程度の牙や爪を避けられる」
えー? 格好悪いしいいよー、とむくれる彼。
「冒険者をやってると、時に嫌な話も聞く。例えば、ジャイアントラット‥‥ あいつらが子供を襲い食い殺した事例がある。依頼人殿、あんたに歳の近い子供をだ。命が惜しければ、軽率な事はしなさんな」
ぶつぶつ言いながらもしっかりローブを羽織り、簡単に取れないか引っ張ってみたりしているユニットの姿に、エルフのウィザード、ミリア・リネス(ea2148)がくすりと笑う。
「遅くなりました」
馬を駆り皆に追いついたファイター、アハメス・パミ(ea3641)。ありがとう、と馬の持ち主、エルフの神聖騎士ヒール・アンドン(ea1603)に頭を下げる。いえ、そんな、と顔を真っ赤にしながら何故か自分もぺこぺこと頭を下げるヒール。
「どうでした?」
「ダルラン氏には直接は会えなかったので、伝言を残しておきました」
ユニットに聞こえないよう、小さな声で話し合うアハメスとヒール。
「引き取り先探しですか。私もギルドに頼んで、モンスター捕獲依頼を出した事のある好事家に打診をしてもらっていますが‥‥」
エルフレンジャー、シルバー・ストーム(ea3651)が難しい顔になる。なにぶん、可愛げが無い上に然程希少という訳でもないモンスター達の事。過度な期待を抱く訳にも行かない。唯一脈がありそうなのはパンサーくらいだろうか。
「インプ以外のモンスターは、もしも元の場所に返せるのならあるいは‥‥」
マリーの呟きに、現実的には難しいね、と神聖騎士のヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)。それはマリーにも分かっている事だ。彼女が誰に言うともなく呟いた。
「殺さなければならないとするならば、それは彼らが滅すべき存在だからではなく、我々が無力であるからです。私たちは己の無力さと罪深さを十分噛み締めて、他者の命を奪うのです」
聖職者らしい言葉ではある。
「もしも私達がもっともっと強ければ、依頼主をがっかりさせず、誰にも迷惑をかけずに解決できるのかな」
ヴィーヴィルは嘆息して、まずは犯罪者達を制圧する事に専念しましょう、と話を纏めた。
「それにしても、モンスター密輸団なんて珍妙なもの、きっと他の国にはいないよ。やっぱりノルマンの人達は何考えてるのか分かんないや不思議だね」
インドゥーラ出身のファイター、シャラ・アティール(ea5034)にしみじみ言われ、ノルマン人達は言葉が無い。ただただ苦笑するばかりだった。
●炭焼き小屋攻略
敵のアジトとなっている炭焼き小屋は、古くなり近年使われていなかったものを買い取る者があったのだという。炭を焼くのでなければ特別行く必要の無い場所である上に最近は強面の男達がウロついているというので、村人はまずこの近辺には近寄らなくなっている。
冒険者達はレンジャー、ヴィグ・カノス(ea0294)とシルバーを先頭に、炭焼き小屋に接近した。後続のシャラが風の流れを読んでくれているとはいえ、姿を隠し、猟犬に嗅ぎ付けられる事の無いよう林の中を移動するのは、猟師を生業としている彼らでも緊張を強いられる仕業だ。念入りに辺りを確かめ、振り返って合図を送るヴィグ。
「聞いた通り、見張りが2人、番犬2。作戦通りという事でよろしいでしょうか?」
緑色の布を被った御影 紗江香(ea6137)がすすす、と皆に近付き、確認する。
「‥‥その布、カモフラージュ用ですか?」
「ええ、風景に溶け込むよう染色するのに手間をかけてしまい、20Cも取られてしまいました」
紗江香の返答に、そうですか、と微妙な笑顔のミリア。ただ、この程度の事でも素肌を晒しているよりはずっと敵に発見され難いのは確かだ。それから暫く、彼らは暇を持て余すユニット君を宥めながら、敵の動きを丹念に見定めた。仲間達の武器に、ノアがバーニングソードを、ランディがオーラパワーを付与する。その後、ユニットとテュール、ランディとマリーが風上側に回った。テュールが大きな瓶を抱えて歩く様は、まるで瓶に手足が生えた様だった。
「おい、大丈夫か、手伝うって言ってるだろ?」
顔を真っ赤にして、ふうふう言いながら瓶を運ぶテュールに、ランディが声をかける。この瓶、力には自信のあるランディでも馬から下ろすのに気合いを要した程の重さだから、パラっ子テュールには当然ながら厳しい訳で。
「いや、いい。ランディさんはユニットくんをま、まも、まも、ままま‥‥」
「あ、ああっ!」
マリーも見ていて気が気ではない。思わず神に祈ってしまう。
「意地っぱりだなぁテュールは。ボクが手伝ってあげるよ!」
顔いっぱいの善意の笑顔で瓶を掴むユニット君。しかし、世の中には有難迷惑という言葉がある。
「いや、いいって、重いから」
「そんなフラフラしといて何言ってるのさっ!」
強引に引き寄せたから堪らない。ああっ、と思った時には既に手遅れ。バランスを失った瓶はぐらりとテュールの手を離れ、ゆっくりと地面に落ちて、派手な音を立てて砕け散った。
「あああ、やっちゃった‥‥」
「うぐわ! 何この臭い!」
ユニットが鼻を押さえて走って逃げる。瓶の中からブチ撒けられた謎の液体は、それはそれは凄まじい刺激臭を辺りに撒き散らした。さすがのランディ、マリーも青ざめた顔で後退する。テュール特製、猟犬鼻潰し薬。悪魔の臭い汁の臭気に、風景すら歪んで見える。
「うわーん! 臭いが追いかけて来るよーっ!!」
いくらか被ってしまったユニット君はもう、パニック状態だ。
「そーれ、臭い流れていけ〜」
服の裾で煽るテュール。皆、それに倣った。自分の嗅覚を救う為に。
「‥‥何だこの臭いは」
異変気付いた見張りの男達が辺りを見回す。不快なのだろう、猟犬が牙を剥いて唸り声を上げる。交代の為に小屋から出て来た男達に、見張りの男達が休憩中の2人を起こせと仕草で告げる。その時だ。頷き戻ろうとした男の腕に、ぶつり、と矢が突き刺さっていた。訳が分からずおたつく男の背中に、音も無くパラ忍者、蔵王 美影(ea1000)が飛びかかる。疾走の術と湖心の術の賜物だ。開け放たれた扉の裏には閂がかけられるように手が加えてあった。閉じられていたら、きっと面倒な事になっただろう。中で慌てる男達。何種類もの獣臭が混ざり合った異臭、幾つもの檻、その中には確かにモンスターの姿がある。
「お前達、モンスター密売に関わっている者達だろう! 大人しく縛につき全てを話せば良し、さもなくは‥‥」
「くそ、行けっ!」
大声で叫んだドワーフファイター、ファットマン・グレート(ea3587)への返答は、猟犬達の牙だった。
「戯けが!」
ミドルクラブを振るって猟犬を叩き伏せるファットマンに、シルバーが立て続けに援護の矢を放つ。
「大気に眠り精霊たちよ、炎を成りて我に力を与えよ! 火玉と化し敵を破壊せよ!」
高らかに唱えながらファイヤーボムを撃ち込むノア。
(「わ、私も何か言ったほうがいいのかしら」)
ごくごく地味にウォーターボムを撃ち込むミリア。一方は焼かれ、一方は水の圧力に叩き伏せられて悲鳴を上げる猟犬達。と、緑の布をかなぐり捨てた紗江香が敵中を斬り抜けながら風上に回り、春花の術で犬達を眠らせてしまった。見張り達が舌打ちしつつ小屋の方を見やれば、そこにはヴィーヴィルが立ちはだかり、外と内とを分断している。男は彼女を突破して中へ、と考えたのだろう。だが、足を向けた瞬間、ぶっつりと背中を刺され、その場に膝をつく事になった。
「いやだなぁ、早く気付いて下さいよ、じっと待ってるのバカみたいじゃないですか」
にへら、と笑う暁。湖心の術で密かに忍び寄ったのは美影だけではなかったのだ。薄笑いを浮かべながら血塗れた小柄を弄ぶ様に、怒りに任せ振り下ろした男の剣は、しかし煩く飛び回るエリナ・サァヴァンツ(ea5797)に翻弄され、ただ虚しく空を切るばかり。一方、レイ・コルレオーネ(ea4442)がバーニングソードを付与した暁の小柄は、男の体力をみるみる内に奪って行った。同じ頃、もうひとりの見張りも地面に突っ伏し呻いていた。腕の鎧の隙間に、見事射ち込まれた1本のダーツ。取り落とした剣を拾おうと焦る彼の足に非情なダーツが射ち込まれ、彼は土に塗れたのだ。
「悪い事は言わない。諦めろ」
現れたヴィグに組み伏せられ、男が悔しげに呻いた。
小屋の中に飛び込んだ美影は、突き込まれた剣を紙一重で避け飛び掛った。咄嗟に仕掛けたスタンアタックだが、急所を的確に突けなければ効果は薄い。喚きながら美影の頭上に剣を振り下ろそうとした男は、しかし続いて侵入したシャラのナックルにボディーを打たれ、情けなくその場にへたり込む羽目になった。アハメスが小屋の中に飛び込み、中の人数を確認する。腕を射られ背中から刺されて蹲る男、床にへたり込む男、ろくな装備も出来ないまま美影とヒール、シャラに斬り立てられている男が2人。話に聞くレンジャーとウイザードはいない様だ。
「あっ」
ヒールが小さく叫んだ。犯人のひとりがこの混戦の中をぬって、パンサーの檻に手をかけていたのだ。
「馬鹿野郎!」
喚いたのは、へたり込んでいた男だった。
「出ろ! 奴らを食い殺してやれ!」
嬉々として檻を開いた男は、次の瞬間その喉笛に食いつかれ、押し倒されていた。首の骨が砕ける嫌な音に、皆が顔を顰める。異変に気付いたミリアがミストフィールドを展開した。自由な視界を奪われながらもパンサーは、狭い小屋から飛び出そうと突進する。躍り出た猛獣を、ヴィーヴィルのスマッシュが迎え撃った。たじろぎながらも掠った爪で、生身の人ならば大怪我を負った筈だ。だが、彼女の体は分厚いチェーンメールで覆われていた。剥き出した牙も虚しく防がれ、駆けつけた冒険者達に取り囲まれては、パンサーに勝ち目は無かった。しかし冒険者達にしても、この猛獣を大人しく投降させる術は無かったのだ。
美影は、致命傷を負って倒れたパンサーに近付き、その頭を撫でてみる。パンサーはじっと美影を見つめ、ふん、と荒い鼻息を吹いて後は彼がするに任せ、やがて息絶えた。こんな出会い方でなく、十分な時間をかける事が出来たならあるいは、と思うと口惜しい。人間の勝手な思い込みかもしれなのだが‥‥。
「モンスターと対峙するという事は、こういう事で御座います」
その光景に言葉を失うユニットに、紗江香が穏やかに、しかし厳しく言い聞かせた。
●説得
モンスター達が詰め込まれた部屋は、臭くて不気味で、何とも異様な空間だった。
「バカまぬけノウナシ! どうしてオレ達を出さなかっタ!」
「ソウダソウダ! オレ達ならこんなヤツらシッポの一薙ぎでノしてたってノニ!」
キイキイと煩いインプ達は、犯人達を罵り檻を揺らして大騒ぎしていた。どうやら彼らは、この檻を抜け出す事が出来ないようだ。
「‥‥お前達、何故大人しくそんなところに入っているの?」
アハメスに聞かれたインプ達は、契約なのサと揃って答えた。
「おいボウズ、オレ達を助けてくれるならいいこと教えてやるゾ!」
「ソウダソウダ! 凄くいいことダゾ!」
え、ほんと? と興味津々のユニット君を、マリーが慌てて止める。
「邪魔スンナ! オマエにイキオクレの呪いをかけてヤル!!」
聞くに堪えない罵倒の言葉を浴びせるインプを睨みつけながら、マリーは言う。
「ここにいるモンスターのほとんどは人を害する危険性の高いもの。放てません。特にインプは下級デビル。滅っしなければならないものです。デビルは存在が悪だからです」
他のモンスターも同じだ、とヴィグ。
「俺が受けた別の依頼での話だが‥‥突然山に現れた一匹の大蛇が山の生き物を食い荒らし、まだ青い実や山に生えるキノコ類を食べ散らかし、ときには麓まで降りてきて村の畑を食い荒らしたりして、それを止めようとした人物が大怪我を負った。元々いなかった生物が住み着くと、元からその場所に住んでいた生物に多大な被害が出る典型例と言っていいだろう。しかも今回のは大蛇よりも凶暴性が高い危険なものが多い。目の前の少数の命を救おうとして、見えない所にいる多くの命を犠牲にするのが『正義』とでも言うのか? 元いた場所に還せば良いというのは俺から言わせてもらえば理想論だ。生息地域の探査及びそこまでの輸送にどれ程の労力が掛かるかを考えれば‥‥な。モンスターの為にそこまでする価値はないだろう」
ユニットは『モンスターの為にそこまで』という言い方にむっとして、だったら初めからこんな依頼受けなきゃいいのに、とぶつぶつ言っている。
「モンスターたちを放ったからって、悪いことするかどうかは分からない。けど起きてからじゃ遅いんだ、だからここで処分するしかないんだ。殺すのが好きな訳でも、お金が欲しいからでもないよ。これが今の僕らにやってあげられる精一杯だから」
テュールに言われ、ユニットは押し黙ってしまった。先刻のパンサーにしても、冒険者達が余裕で嬲り殺しにしたのではない事くらい、素人の彼にも見ていれば分かった。ヴィーヴィルの鎧が鋭い爪に掻かれてギチギチと鳴る音は、今でも彼の耳に焼き付いている。
「考えてみてくれ。こいつ等を野に放ったとして、もし依頼人殿の親しい人が襲われたら、あんたはその人を守れるか? 襲った魔物を許せるか? ‥‥魔物を逃した奴を呪わずに居られるか?」
ランディの言葉は厳しい。ユニットが悔しそうに唇を噛んだ。事の成り行きを、じっと見つめるヒール。ミリアが彼の服の袖を、ぎゅっと掴んだ。
(「彼にはもう、ちゃんと分かっている筈。でも、引っ込みがつかないんだわ」)
説得されればされるほど意固地になって行くユニットの姿に、アハメスは胸を痛めた。どうしたらいいのだろう‥‥。窒息しそうな重苦しい空気が垂れ込める小屋の扉が、突然開いた。
「ここか」
小屋に入って来たのは、ユニットの父、ダルラン氏だった。
「お久しぶりです。伝言の件は検討して頂けましたでしょうか」
縋る気持ちで問うたアハメスに、ダルランはちらりと息子を見やってから、首を振って見せた。
「残念だが、犯罪絡みのモンスターなどとても人に頼めたものではない。後々相手が面倒に巻き込まれたら顔向けのしようもあるまい」
確かに、とアハメス。
「この事は通報しておいた。もうすぐ役人が来る筈だ。ここの物には手を触れず、全て引き渡す様に。ユニット、お前は知っている事を全て話すんだぞ」
強い口調で言われ、目を逸らしたユニットは、アハメスに噛み付いた。
「‥‥お父様に話したんだ。ひどいぞ!」
恨みがましい目で睨まれ、アハメスが顔を伏せる。少しでも彼の意に沿う様にと考えての事なのだが、そこに思いを至らすには、彼は幼すぎた。
「そういう事なら仕方ありません。私は打診していた方々に断りの連絡を入れておきます」
「待ってよ、断らないでよ!」
出て行こうとしたシルバーに縋りつくユニット。その耳を、ダルランが抓り上げた。
「この大馬鹿者が!! 今度の事は子供の遊びの範疇を越えている。帰ったらこってりみっちりお仕置きだ、いいな!!」
腹の底までビリビリ来るような怒声だった。
「冒険者の諸君も事情を聞かれるだろうから、暫くこのまま留まっていてくれたまえ。後の事は官憲に任せよう」
役人を出迎える為、小屋を出て行くダルラン。呆然とそれを父親を見ていたユニットが、火がついたように泣き出した。ただもう、泣きじゃくるばかりの彼を、ミリアが抱きしめて慰める。
「くく、子供の遊び? 子供の遊びで捕まるのかよ! こりゃいいや、冗談にも程があるってもんだぜ!」
足をばたつかせゲラゲラ笑う犯人に、ヒールが歩み寄る。
「‥‥とりあえず、あなた達のこと‥‥喋って欲しいのですけどね。‥‥今日は機嫌が悪いので・‥‥手加減は出来ませんよ?」
彼の言葉に、犯人達が鼻で笑ってそっぽを向く。お世辞にも迫力があるとは言い難い彼の事を侮ったのだ。ヒールは静かに笑い、短剣を手にすると男の喉元に突きつけた。その手に段々と力がこもって来る。嘲笑っていた男の表情が苦痛に歪んだ。ぷつっという音と共に切っ先が皮膚に減り込み、じんわりと血が滲む。それでも力は緩まない。男の顔が次第に青ざめていった。
「ま、待て待て待て待て!!」
彼は慌てて、自分が知っている幾つかのアジトについて話し始めた。
「何のためにモンスターなんかを集めてこんな事をしているの?」
それはシャラの、至極素直な疑問だった。
「何の為にって、そりゃもちろんビジネスさ。意外と需要があるんだぜ? モンスターにやられたとなりゃ、それで済んでしまう事も多いだろ。特に金持ちや高貴な方々ってのは、そういう便利なものに目が無いのさ」
レストランを強請っていたのは何なんだ、と問うファットマンに、
「ああ、ありゃあ小銭稼ぎと手駒の確保、後はデモンストレーションってヤツさ。‥‥とまあ、そう聞いてるってだけだけどな」
男はそう答えた。
「インプなど、危険なモンスターを適当に置いておいたりはすまい。何処に納入する予定だったのだ?」
「知らん。俺達はアジトからアジトまで品物を運ぶのが仕事でね」
男がこのインプを運ぶ予定だったのは、先日摘発されたパリのアジトだったという。そこから何処へ行くのかは、男の管轄外という訳だ。しかし、レストランの事件で捕まった犯人達からそれらしい名前が挙がったという話は聞かない。取り逃がしてしまった者達の中にこそ、重要な情報を持つ者がいたのだとすれば口惜しい事だ。
「へへ。まあ、お前らサンピンが足掻いたところでどうしようも無いって事さ。姉御も言ってたしな、役人どもが煩くなったけどまだ一仕事やらかすってよ。せいぜい地団駄踏んで悔しがるんだな!」
つまり、アジトの摘発から皆がここに到着するまでの間に『姉御』とやらがここを訪れていて、その人物はまだ暫くパリに留まっているという事だ。
(「なるほど、こういう下っ端連中に重要な情報を明かさないっていうのは大事な事なのかもね」)
愉快そうに馬鹿笑いする男を見て、ヴィーヴィルは妙に納得したのだった。
狭い小屋の中を調べて回った紗江香は、アジトの場所を示すだろう何枚かの伝票と、とても場違いな小洒落たな香袋を見つけた。伝票は男の証言と共に早速官憲のアジト摘発に利用され、謎の組織はまた、組織の縮小を強いられたのだった。
「これは?」
「ああ、リーダーがいい匂いをさせてるんで愛想言ったらくれたんだよ。モンスターの獣臭さが移るから、そういうもので中和するんだとさ」
匂いを嗅いでみると、香水というよりは香、何種類かの香木を組み合わせたものの様だ。少し甘い、独特の香りがした。
小屋の外に出たファットマンは、蹲るユニットに言葉をかけた。
「お父上ひとりを悪者にして終わるのか?」
ユニットは答えない。彼は構わず、髭を扱きながら言う。
「力なき志は成らず、志なき力は惑う。少年よ、強くなれ!」
ぐしゃくしゃとユニットの髪の毛を掻き回し、ぽんぽんと叩いて、ファットマンは去った。
冒険者達が、依頼者の前でモンスターを殲滅する、という辛い役目を負う必要は無くなった。だが、結局は同じことだ。一通りの捜査が終われば、モンスター達は処分される事になるだろう。気まずい雰囲気のまま、彼らは解散する事になった。
依頼最終日の冒険者酒場。ヒールは温めた古ワインを飲みながら、ひとり落ち込んでいた。結局報酬は支払われたが、彼は受け取っていない。それが、自分で下した評価だった。
「やっぱりここか。冒険者ってだいたい行動決まってるよね。もっと他に行くところ無いの?」
よいしょ、と対面の椅子に腰掛けたのは、ユニットだった。
「お金、受け取らなかったんだって? 困るんだよね、そういう事されると。そりゃ、確かに今度の事は不満一杯だけどさ。悩みに悩んで出すって決めたのに、ボクの面目丸潰れだよ」
ぷりぷり怒るユニット君に、しょんぼりと項垂れて御免なさいと頭を下げるヒール。
「お父様の教えなんだ。納得の行かない仕事に屑カッパー貨1枚出す必要は無い、でも僅かでも認めるものがあるなら、それははっきり報酬と待遇で示さなきゃいけないって。お金を受け取らないなら、これあげる」
ん、とぶっきらぼうに押し付けられた長細い袋と小箱。中身は‥‥釣竿と道具一式だった。とてもよく手入れされていたが、かなり使い込まれている様でもある。きっと彼の愛用品だろう。
「‥‥ありがとう。受け取らせてもらいます」
改まって頭を下げるヒールに、ユニットは照れ臭そうだった。
「でも、冒険者って大変なんだね。何ていうかもっとこう、楽しい冒険を好き放題やっている人達なんだと思ってたよ」
世の中厳しいね、と大人ぶって言う彼を、微笑ましく見守るヒール。
「現実を知り身も心も成長して、僕はまたそのうち新たな冒険に旅立つよ。その時はよろしくね」
「あ、いや、もうあまり無茶な事は‥‥」
聞いちゃいない。それじゃあね! と元気よく手を振って彼は去って行った。未だに取れないらしい臭い汁の鼻を突く臭いが、彼が挑んだ冒険と試練の証だった。