●リプレイ本文
●朝の風景
「こんにちわ‥‥マレーアさん」
冒険者街で呼び止めたのはラシュディア・バルトン(ea4107)、育ちの良さが判る仕草で恭しく一礼をする。
「おかげでちょっとは名が知られたみたいだ」
口は相変わらずだが、それも親意と言うもの。連れだって歩く姿は、十年の旧友にも見える。
「アトロポス殿の依頼を受けて、お弟子さんのお店へ参ります。力を貸してやってくれと‥‥」
話が滑り出したその時。そう、喩えるならば、こまっしゃくれた生意気そうな、でも品のある美々さも持ち合わせたお子さま。
「初めましてなのだ。パリは初めてでまだ知り合いが少なくて不案内ゆえ、色々と助けて欲しいのだ。え〜と、言伝をあずかっているのだ」
そいつはひょいと書簡を出し、マレーアに渡す。
「知り合い?」
受け取りを了解のサインと受け取ったヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は、
「早く店に行くのだ!!」
と強引にマレーアを引きずっていく。
「お、おい待てよ!!」
呆気に取られぽかーんとしてたラシュディアは、我に返り追いかけて行く。
●おばば様
「お身体の方は大丈夫ですか?」
クレファ・ジタニーは店で師と話をしていた。実質この店のオーナーである老婆は腰も曲がり杖をつきながら歩いてはいるものの、その言動は矍鑠としている。
「おうおう、大丈夫じゃよ。しかしお前もわしらの手助けなしじゃまだまだ何も出来ぬか‥‥まだまだ修行が足りんの」
「あぅ。でもばば様、ここの人達は今までの人達とはだいぶ違うんですもの。不注意の事故なら仕方ないですけど、作業場に入って来るなんて思いも寄らなくて」
開店日の騒動を思い出すと、ジタニーは大きく溜息。老婆はほっほっほと高らかに笑うと、杖でこつんと小突くき
「お客様じゃ。その辺の対応も勉強していかんとな」
「はぁい」
そこへドアベルが来客を告げた。いらっしゃいませ、とジタニーと老婆が二人揃って顔を向けた。
やってきたのはなんと男性。しかも二人もだ。エグム・マキナ(ea3131)とアルス・マグナ(ea1736)。眼帯の上からもわかる好奇心溢れる目で店内を一瞥すると、エグムはにこやかに看板娘の前に進み出た。
「初めまして。冒険者ギルドから参りました」
極上のスマイル。一瞬の沈黙の後、看板娘・ジタニ−の顔がぱぁっと朱に染まった。
「あ、え、その、あう、よ、ヨロシ●□※☆‥‥」
最後の方はもう何がなんだかよく聞き取れない。続いて挨拶をしようと思っていたアルスはその様子を見てぽりぽりと頭を掻く。
「‥‥大丈夫なのか、この子」
「美形には弱いが、腕は確実じゃぞ? 特にパン焼きの腕前はその辺の同年代の娘には負けやせんわ」
呟きの裏の裏まで読み取ったかのような老婆の返事に、アルスも一瞬あっけにとられた模様。
「うちの生徒から聞きました。元気や勇気を人に分け与える‥‥素晴らしいことです。私にもそのお手伝いなどをさせて戴けはしないかな、と思いまして‥‥」
男手があれば男も入り易かろうという考えがあっての事。勤労奉仕とのありがたいお言葉。しかし今のジタニーの耳にその声が届いているかと言うと‥‥非常に疑わしいわけで。
「ああそうだ。俺も聞きたい事があったんだ。なあなあ頼むよ、焼き菓子のレシピ教えてくれないか? まじないの方法は門外不出だろうけど、レシピだけでいいんだ。他の奴には絶対ばらさないからさ、頼むよ」
ああアルス、そんなに近寄ったら‥‥。
「こんにち‥‥くれふぁちゃん?」
利賀桐まくる(ea5297)とジェイラン・マルフィー(ea3000)に連れられて残りのメンバーが店に到着した時。
彼女達の目には二人の男に言い寄られ真っ赤になりながら涙目で慌てるジタニーの姿があったという。
エドガー・パスカル(ea3040)が表情も薄くジタニーに質問する。
「折角提案しても、『それ、作りました』じゃしかたないですからね。しかし、何故新商品を作ろうと? これだけでも充分やっていけると思いますが」
ぐるりと店内を見回して、エドガーはクールに言い放つ。本人の意図に関わらず、その言は冷たい。
「必要じゃから依頼を出したんじゃよ。まじないの数なんぞ忘れてしもうた。望みがあるならそのまじないを多くするのも商売じゃ。違うか? ノルマンは思った以上に奇人変人が多いでの、その変人からも普通の人々からも意見が聞ければどっちにも対応できる。あんたみたいな奴からもな」
ジタニーが口を開く前に、老婆の口が軽やかに動いた。その口調にはだいぶスパイスが効いている。
「ははは、それもそうですね。しかしパリは奇人変人の巣窟なんかじゃありませんよ。誰ですかそんな奇人変人は。歌にして、表を歩けないようにしてやりましょうか? ああ、でも私は歌が得意ではないんですよね‥‥」
身体的な悩み。
精神的な悩み。
まじないに頼る気持ちは人それぞれ。店の営業もある為、依頼の件に関してはジタニーの師である老婆が作業場で話を聞くことになった。別室で話を聞くのは『願い事はおおっぴらに言ってしまうと叶わなくなるから』というガレット・ヴィルルノワ(ea5804)の提案である。
「あれ、ジタニーちゃんが聞くんじゃないの?」
ジェラインが聞きなおした。
「うん。おまじないの種類にもよるけど、あたしの力じゃどうしようもない『願い』ってのはあるからね。そういう時のためにまずばば様に聞いてもらって、私に出来る事を分けてもらうの」
そっか、と納得するジェライン。彼にとってはその方が良かっただろう。ジタニーとまくるがきゃぴきゃぴと話している姿を見ていると、彼女がついまくるに自分の悩みをポロリと言ってしまうかもしれない‥‥そんな風に思えたからだ。ジタニーを信用していない訳ではないのだが、二人の仲の良さを見ているとほんのちょっとだけ心配になってしまう。
「こ、これ‥‥かたりなさんが‥‥えらんでくれて‥‥」
「へえ、いいねぇ! まくるちゃんにすっごく似合ってる!」
「いいでしょ〜? よかったら今度ジタニーさんもコーディネイトしてあげるよ」
カタリナ・ブルームハルト(ea5817)も加わって、女三人寄ればなんとやら。その中でもやっぱり‥‥いいなあ。ジェラインは心の中でそんな事を思っていた。
「んでは、始めようかね」
黒い布地で仕切りを作った奥に、火を灯した燭台を手に老婆が入っていった。ジタニー曰く雰囲気☆との事だが‥‥どう見てもそんなお軽い理由ではなさそうだ。
「本当に大丈夫なんでしょうか」
ルフィスリーザ・カティア(ea2843)が恐る恐る仕切り布に手をかける。
「大丈夫大丈夫。ホントに悪ぅい人だったら、この子はここにいないでしょ。何なら私が先に行くわよ?」
ジタニーの頭にぽんと手をやった李更紗(ea4957)がからかう様に声をかけた。
「いえ、行きます」
更紗の言葉に背を押されたか、それとも覚悟を決めたのか。ルフィスリーザが黒布をぐ、と握った。持ち上げて、潜り抜ける。
新製品会議開始である。
●四つ葉のクローバー
ばば様が皆から話を聞いている間はジタニーはいつものようにお店番。最初は手伝いを丁寧にお断りされたエグムだったが、最終的にはジタニーの根負けである。店にやってきた少女達に笑顔を振り撒きながらてきぱきと商品説明するその姿は見事なものだった。
「ジタニーさん、これはどんなおまじないでしたっけ?」
まあ、流石に全商品の把握は一日では無理な訳だが。
「ジタニーさん、こんなのどうですかね?」
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り返った先にいたのはルビー・バルボア(ea1908)。手には小さな押し葉が。よくよく見ればクローバー、葉っぱは四枚だ。
「へえ。四葉のクローバーだぁ。あたしもよく探すけど、見つからないんですよねえ」
「同じ事を思ってる人は多いと思いますよ。だから、お店で売るんですよ」
ルビー曰く。四葉のクローバーはその葉がそれぞれ「名誉」「富」「愛」「健康」をもたらすと言われるのだそうだ。それに確かにそのものが「幸せを呼ぶアイテム」として有名である。若い男女向けに『これから素敵な恋に出逢いたい人や、片想いを実現させたい人に効果抜群!』を謳い文句に売り出せば若い男女にも売れるだろう‥‥という事らしい。
「ふむふむ。四つ葉ねえ‥‥」
小さな黒板にカツカツとメモしながら、ジタニーが少し考え込んだ。クローバー。素材としても売り言葉も悪くない。ふむ、とあごに手を置いて、頭の中身をフル回転させている模様。
「‥‥あ、あのぉ‥‥お会計‥‥」
姉へのプレゼントにと思った商品を手にしたカタリナの声も聞こえぬほどに。
「失礼します」
仕切り布をたくし上げて入ってきたのはフェネック・ローキドール(ea1605)。ふ、と顔を上げると、どこかで見た覚えのある顔‥‥?
「あ。なぞなぞのお婆さん」
「なんじゃそりゃ。わしゃお前さんに会うのは初めてじゃぞ、すれ違い程度は別にしてな」
言われてフェネック、記憶を改める。確かに顔は一緒だが、あの時の老婆と同一人物であればこれほど大げさに腰は曲がっていない筈だ。声も似てはいるものの、しゃべり方が違う。フェネックは目の前の老婆に、以前依頼で出会った老婆の事を話した。
「ははは、そうかいそうかい。まあそりゃ間違えても仕方がないかものう。そうかそうか、あいつそんな面白いことやっとったか、ははは」
老婆、突然笑い出す。あっけにとられるフェネックに、老婆は満面の笑顔でこう言った。
「そいつはな、わしの妹じゃよ。そりゃ間違えても仕方ないわな。さて、お前さんの話を聞こうかの」
「よろしくお願いします。いくつか考えてみましたが、遠い異国の人が夢に出てくるおまじない。細工は難しいかもしれませんが、食べれる小さなお人形とかが良いかも知れません。あと、神の平和をもたらすおまじない。この世のどこかで争いごとが1つ終わる願いを込めたおまじないで、例えば教会が子供達に配れるようなものがあれば良いですね」
「さりとて、こちらも商売じゃ。悲しいかな、そんな心の清い者など、滅多におりゃせん。聖書にもあるじゃて、『義人は居ない、一人も居ない』とな。それよりも、お前様の願いはなんじゃね?」
うっ、と返事に詰まるフェネック。
「ここだけの話。男装している間の僕は、声色も男声で話すよう気をつけているのですが‥‥夜は男装を解いて黒いベールをかぶり、素性を隠して歌姫の仕事をしているのです。最近は何かと喉を酷使することも多いので、喉の疲れを癒して『声が少しだけ魅力的になる』ような『おまじない』が嬉しいですね」
「お前さんの誕生日は?」
「3月14日です」
「ふーむ。魚座か‥‥。困っている者を見過ごせない、優しい心があんたの賜物じゃ」
ばば様は、麦から作る水飴に巣蜜を加え、ミントとクローブ、そして乾燥させた海藻とシダの葉を石臼に掛けて練り込んで行く。
「そうれ、あんたに幸運を呼ぶ薬じゃ」
中空に描く魔法陣。唱えられる呪文の声。固まった飴に吹き込まれる息吹。
「‥‥あ、あのう‥‥」
小声で問いかけたが、恥ずかしいのでテレパシーで伝える。ばあさんは少し哀れみの眼差しで胸元を見ると。よし、と頷き作り始めた。
「心得た。菓子ではないが薬を作って進ぜよう。じゃが、ここでは店の障りになる」
奥に通され、戸を閉める。
「これはジャパン人が作っている味噌じゃ。大豆と言う豆には、女らしさを引き出す力があるでな。これはニンジンをゆっくりと暖めて甘みを引き出したものじゃ。これに干した牛肉を刻んで練り込む。アザミの葉はむくみを予防する‥‥。かなり臭い代物じゃが、常食すれば、大きくなること請け合いじゃて」
目の前でこね上げて、板に塗り火で炙る。味噌が焼ける、ジャパン人にとっては香ばしい匂い。西洋人にとっては異臭が立ちこめる。フェネックにとっては耐え難い臭いだ。
これも特有のまじないを施し丸薬にする。
「‥‥ほ、本当に利くんですね」
「ああ、毎日食事の度に取れば、孫の生まれる年頃特有の病も緩和される」
これを毎日取るのは、かなりな苦行。
「今回は特別に只じゃが、次からは1月分で10Gは戴くぞ。しかし、小さき胸は美人の証の一つではないか? 無理に大きくせずとも良かろうに」
地方にもよろうが、美人の条件の一つに、胸が大きくないこと。と言う項目がある。それは、若々しさの象徴であった。
異臭の漂う部屋に入った更紗は、二つの願いを述べる。探し人の母さんが見つかるように。そして、踊りが上達して自信がつきますように。この二つが彼女の中では不可分だった。それを悟ってか、じっと聞いていたばぱ様だったが、最後に一つぼそりと言った。
「お前さんは成功するだろう。しかし、幸せな内は母御に逢えぬだろう」
●指名手配?
三人の人間が、団子になって転がり込むは小さな店の中。他の面子とは別行動になってしまっていたマレーアとラシュディア、ヴラドの三人である。実はパリ市内を探索するのが初めてのヴラドがはしゃぎすぎ、二人をあっちゃこっちゃへと引きずりまわした挙句、道に迷ったのだがそんなことは恥ずかしくて口にも出せやしない。
「ふはははは! ヤングヴラド・ツェペシュ、ただいま到着!!」
じろり。
店の雰囲気をぶちのめす登場に、店内にいた客の少女達(not冒険者)の冷たい視線を全面に浴びる。しかし当の本人はその視線に気がつかない。というかやはり勘違いだ。
「おお、やはりこの地でも我輩の美貌に乙女たちはメロメロなのだな?! いやしかし我輩にはイギリスに残してきた大切な人が!! ただでさえ『カマより変態』『助兵衛は死んでも直らない』などのレッテルを剥がすべくノルマンにやってきたというのに」
自己陶酔他いろいろ混じりのの台詞は以下省略。
マレーアが黒い飾り付きの帽子を脱いでジタニーに挨拶すると、老婆の名を出して面会を要求した。勿論ヴラドの事など構わずに。
「アトロポス殿がこちらにいらしていると伺ったのですが。よろしいでしょうか?」
「あ、えーと、あー‥‥お話してる方々が終わってからでもよろしいですか?」
勿論、と一言告げると、マレーアは黒いマントをそっと脱いだ。商品を陳列してある棚への配慮であろう。マントを腕にかけたまま、こちらの方をこっそりと覗き込む少女たちににこりと微笑む。その隣に立った少年を思わせる男がふと何かを思い出した。
「さっきの手紙。読まなくてもいいのか?」
「ああ、そういえばありましたね」
マレーアが細く丸められた羊皮紙を止める蝋封をそっと解くと、ラシュディアとともにその内容に目を通す。
『前略、吟遊詩人マレーア殿。突然の書簡お許し下さい。実はこの少年ヴラド卿は英国であまりに浮気と悪戯が過ぎて恋人の藤宮さんが泣いたりしたので(中略)貴方の古き友・結社グランドクロス』
「‥‥なんだこりゃ」
「さあ。私にもよくわかりません」
こめかみを押さえ、二人同時にため息をつく。
「ヴラド殿は確か強制留学先を出奔し、寄宿先のムンド卿の顔が丸潰れ、スーレーン家の面目に懸けても探し出す。そう甥達に書簡を飛ばしたと聞きます」
強制留学、別名人質とも言う。
「ムンド殿の甥御と言えば、悪戯者で有名なスレナス殿がノルマンに‥‥厄介ごとに為らなければ良いのですが‥‥」
●夢で逢いましょう
ばば様の所に入ってきたのは、緑の素敵なドレス姿のお嬢さんだった。新妻のような初々しさを香らせるその人の名はルフィスリーザ。そして今一人はクレリックのリラ・ティーファ(ea1606)。
ものがオカリナだけに、吹き語りなど出来はしないが、明るく静かなメロディーが、彼女の願いを届けてくれる。オカリナの音と歌声が、交互に想いを訴え始めた。
♪夢で逢いましょう 夢を見ましょう
子供の小さな掌に 乙女の小さな胸の奥
素敵な夢をあなたの元へ、希望の夢をあなたの胸に
遠く会えないあの人と、夢の中で逢いましょう♪
♪夢で逢いましょう 夢を見ましょう
子供の素直な唇と 乙女の健気な思い持ち
勇気の夢をあなたの元へ 優しい夢をあなたの胸に
ケンカしちゃったあの人と 夢の中で逢いましょう♪
続いてリラが願いを述べる。ほんの少しだけ自分に自信が持てるようになる事。そして、傍にいない家族や恋人との優しい想い出を甦らせる事。その理由をこう説明した。
「両方とも自分が欲しいと思ってるおまじないなんだよね。私的な感情を入れて、ごめんなさい。もしも売れなかったら商品にならないよね‥‥。でも、片方のおまじないは、離れて暮らす家族や恋人同士にもいいとは思うんだけどなぁ。家族や恋人‥‥大切な人と離れて暮らしているのは、私だけじゃないと思うし‥‥」
申し訳なさそうに説明する、ばば様はにこりともせず、
「それはジタニーにも出来ることだね。駄賃に一つ貰ってお行き」
話を聞いたジタニーは、まじない菓子を作り上げる。新鮮な卵と貴重なバターをたっぷり使い、ワインに浸したレーズンを入れる。そして、蜂蜜を加えたワインに浸して二度焼きする。
「二つに割って、一つを相手に渡して下さい。相手のことを思いやって、日を合わせて食べるならば、夢の中で逢うことが出来ます。おまじないの効果で、現実よりも素直な気持ちで語り合うことが出来るでしょう」
そしてリラには、
「いいお話です。そう言うのをお待ちしてました」
乾燥させたスミレの花とスペアミントを取り、生地に加える。そして苔の粉末をぱらり。
「リラさんは、我慢強くてしっかり者。いつも豊かで大きな心を持っておいでです。食べると力が湧いてきますよ」
鞴で炭をおこし、生地をへらで引き伸ばしつつ、薄いクレープを焼き上げる。丸くまあるく、豊かなリラの心のように。おまじないを込めた後、それに苦菜とチーズを来るんで渡す。
「はい。熱いですから気を付けて」
お菓子と言うよりは軽食のようだ。リラは母親の味を思い出した。
●魔法のお菓子
「最近どうも夢見が悪いんだよな〜」
やはり、ばば様からジタニーに回されたのは、アルスであった。ダレ気味のその面を見れば、彼の悩みは素人にも判る。
「良い夢を見られるおまじないを創れないかな? 悪夢払いみたいな感じのやつ」
だりーと言う独り言が口から漏れる。
「んー。悪夢も神様からの贈り物ですよ。特に子供の見る夢は、神様が幸せを全ての子供に平等に分け与えようと配慮されたもの。不幸せな子供達には、それを慰める素敵な夢を。幸せな子供達には、いっそう幸せと感じられるように時には悪い夢をお与えになります。その子が、幸せの余り傲慢にならないよう、戒めを以て悪い夢をお与えになります」
ジタニーはほっかりと微笑んだ。なんだかそれだけで癒された気がしたが、
「でも、不幸せな子でも悪い夢を見ることもあるぞ。それは悪魔の仕業かもな」
そう言うときのためのお薬は必要かも知れない。と、ジタニーに迫る。
「じゃあ、材料費を安く仕上げて、安く売れる物でないとだめですね」
小麦粉に水を加えて団子にし、良く練り合わせながら水の中で揉んで行く。するとなんだか弾力のある小さな固まりが残った。それに、水に晒して灰汁を抜いたドングリの粉を加えた水飴と、リンゴの果汁を加えて練り合わせる。そして、最後にまじないを吹き込んだ。
「こんなものでしょうか? 噛んでも無くならないお菓子です。水に溶けた小麦は、他のまじない菓子に使いますので、お安くできますね。そうですね‥‥1Cなら貧しい家の子供でも、なんとか買えるんじゃ無いでしょうか?」
「ふーん」
噛むとほんのりとリンゴの香り。ほのかに甘みも感じられる。だが、食感は良いとは言えないのが難点である。
●プレゼント
入ってきたのは、銀髪に青い瞳が軽快そうな印象を与える若い女性。動きやすさを重視した服装と腰に佩いた剣が、彼女の立場をそのまま表している。
「えぇとね、僕の願い事は‥‥いつもがんばろうって気になれることかな。努力は惜しまないけどやっぱ、気持ちがくじけそうになるときとかがあるしね。それでも頑張らなきゃ、っていうときってあるじゃない」
これなら自分でも充分と、ジタニーは対応を始めた。下手に通すとまたばば様に叱られるし、何もかも上手くいかなくて、投げ出したくて堪らないけど、投げ出すわけにはいかないそんな状況。生きている以上誰にでも起こりうることに、ジタニーも頷く。
「そういうときに、『明日も頑張るぞ!』っていう気分になれるおまじない。あれば、きっと人気が出ると思うんだけど、どうかな?」
「そうですね、確かに」
うんうん、と頷きながら、手早く準備を整える。蜂蜜と水飴、それにミントとカモミールをブレンドしたハーブを少々。とろりと煮溶けたそれを型に流し込んで冷やして。お日様の色に輝くキャンディが出来上がる。
「じゃあこれを、どうしても元気が出ないときに一粒どうぞ。できればお休みになる前が効果覿面です。ゆっくりと味わって、そのままぐっすり眠ってください。目が覚める頃には、すっかり元気になっていると思います」
「へえ‥‥キレイな飴だね」
店の中のあまり明るくない照明の中で、それはきらきらと光る。
食べなくても、見ているだけで元気になれそうだ。
「これ、さっそく、いただいていいかな?」
「ええ、どうぞ。どなたか、元気をなくされた方でもいらっしゃるんですか?」
「うん、ちょっとね‥‥。あ、誤解しないでね! 姉貴だから」
きょとん、と首を傾げるジタニーに、はたっ、となる。一人身であることに少々、自意識過剰になっていたようだ。思わず赤面する。
「あの‥‥お顔の色が」
「あ? ああ! 大丈夫! 平気! 気にしないで!! あ、せっかくだからプレゼント仕様にしてもらおうかな? 誕生日なんだ」
「はい」
にっこり、と笑いながら、ジタニー。
やがて手渡されたそのおまじないは、やわらかなレースを縁にあしらった布に、可愛らしいピンクのリボンを施されて、カタリナの手に渡された。
●勇気のお薬
願いをまくし立てるラシュディアに、哀れみの表情を浮かべるばば様は、
「お前さん。修行が足りんぞ。まじないは、人事を尽くた者にのみ良くきくのじゃ。甘えるでない」
「自分一人ならばそんなことは無い。だが、護られば為らぬ者がいるとそうなるんだ」
ばば様は、ふーむと一声うなると。
「お前さんは、真面目すぎるようだな。そう言う話ならば考えておくよ」
と、静かに言った。入れ替わりに入った男も、直ぐに終わる。
「次。誰だい?」
後ろで纏めた金の髪が、僅かに開けた鎧戸を通る風になびく。サムソンのように剃刀を当てぬ頭が、頼もしげに柔和さと力強さを醸し出す。先ほどまで張り切っていたレジエル・グラープソン(ea2731)が幕の中から出てくると、その背に投げかけられるように老婆の声がかけられた。少々しぼんだようなレジエルに、不思議そうな顔でジタニーが尋ねた。
「あはは‥‥いや、少々厳しいお言葉を頂きましてね。まあ僕の現状努力が足りないのも確かなんですけど」
自分の望みを小さな声でジタニーに伝えると、今度は普通の声でアトロポス老に言われた事をそのまま教える。
「『そんな事が望みか。何もしなくても自然体であればそれくらい簡単だ。それはお前さん、自分自身の努力不足をモノに頼るのか?』と‥‥。まあ、やっぱりあんな願いでは仕方がないんでしょうけど」
ほんの少し言葉を選びながら、店番少女はまだ年若きレンジャーに話し掛けた。
「あのね。ばば様、若い子には厳しいんだよ。あたし達、まじないなんて怪しい事やってるけど、きちんといろいろ考えてる」
テーブルの下に置いてあった小さな布の袋を取り上げて、レジエルの手にぽんと置く。
「これ、失敗作なんですよ。『恋をかなえる薬』。さっきばば様に見せてものすごい怒られちゃいました。『自分で努力しない奴の為に作るものはない』って。努力する人の為にほんの少しだけ後押しするのがまじないなんですよ‥‥だから。言葉はきついけど、ばば様、あなたに期待してるんですよ。きっと」
願いの内容を聞くと、リスや小鳥や野うさぎなどと仲良くなれるおまじない。だそうだ。ここら辺、人生の初心者でもあるジタニーには夢のある良い願いに聞こえる。
「たとえ一時でも俗世間を忘れられたらなぁ、思ってね」
お一つどうですか? と、ちょっとしたまじないを披露するジタニー。塩漬けの黄色いカウスリップの花びらに、マジョラム入りの生地を添えて焼き上げる。息吹を吹き込む仕草も、心弾む。ほんのりと花びらの香りがした。
「失敗にへこんだ心に勇気を与えてくれるお薬ですよ」
●ヤングヴラド
少年が椅子に座って自分の望みを言うより先に、老婆の口が開いた。
「ふふん。あんた、婚約者が居るのぉ。知恵が回って明るくて、優しいご婦人ではあるが、ちいと気が強いようじゃな。だが、甘えるでないぞ、芯は強いが見かけに依らず脆いお人じゃ」
水晶球を覗き込みつつ、ヴラドの旧悪が暴かれる。
「ど、どうしてそれを‥‥何でそんなこと知ってるのだ?!」
「わしらにはお見通しだよ‥‥あんたの未来もな。領地問題には手を出すんじゃないよ。ひひひひ」
少なからずの金額を要求され、ヴラドは混乱したまま退場した。勿論、きっちり願い事は伝えていたが。
「ばば様。願い事の方、どうでした?」
「あー、最近の若い者はちぃとばかり軟弱だねえ。わしの若い頃はもう少し自分で何とかしようと頑張ったぞ? 無茶を言う者が多くなったもんじゃ」
「‥‥ばば様、声大きいですってっ‥‥!」
全員の願いを聞き終えたところで、日はもうだいぶ傾き空を赤く染めていた。
「今日の所はこの辺でお開きかな。みんな、今日はどうもありがとう。今日作った試作品とばば様との打ち合わせでいろいろと試してみたいと思います」
頭を下げ、一人一人を見送るジタニー。と、その時だ。
『‥‥』
「へ?」
頭の中に飛び込んできたのは一つの言葉。ジタニーが頭を上げると、そこにはにっこりと微笑むフェネックの姿があった。
「よろしくお願いしますね。頑張って下さい」
麗しい声を残して去る後姿。その姿に、ジタニーがポツリと呟いた。
「女の人だったんだ‥‥」
「さて、アトロポス殿。私の話も聞いていただきますよ?」
「仕方ないのう。ジタニー、店の方はもう少し頼んだぞ」
黒い服に身を包んだ二人が仕切り布の奥へ入っていくと、ジタニーは大きく溜息一つ。
「本当に出来るかな、みんなの願い通りの商品‥‥?」
●おまじない
数日後。依頼を受けた者達が、再び店に集結した。
「なんていうのかな、近い所の望みは同じ物にしてみたの。だからみんなの願いと同じ数、とはいかなかったんだけど‥‥どうかなあ」
テーブルの上に並べられたのは木彫りに焼き菓子、皮紐細工など、多種多様な品揃え。一つ一つを手にとって、じっくりと眺めてみる。
「その首飾りは『思い出を揺り起こす窓』。ここにね、小さな絵を入れるの。こっちは『夢を誘う小袋』。異国の夢に関しては‥‥ちょっとお高くなっちゃうかな?」
リラが手に取ったのは小さな鏡。金属を磨いて物を写すほどに輝いたそれは、本当に小さくて、紐に通せばまるで首飾りのようだ。
「ああ、それは『勇気の出る鏡』。自分の顔を映してからぐっと握り締めれば、弱気な自分よさようなら〜♪ って感じかな。焼き菓子はこっちの詰め合わせが『四葉のクローバー』、そっちは『よき友へのご馳走』。この白いのは『豊かなる恵み』です☆」
白い菓子に関しては何人かから苦笑がこぼれた。
ヤギの乳を練りこんだ半球型のその菓子は口に含めばほろりと溶け落ち、やさしい母を思い出させた。「あ、これ、アタシが頼んだやつかな?」
組皮紐のアクセサリーはガレットのリクエストだ。少し空いたスペースにインクとペンで願いを書き込むのだという。
「あたしたちが書き込むよりも自分で書き込んだ方が効果がありそうだから、こっちは自分でって事で。こんな感じでいいのかな?」
「うん。ありがとう!」
新製品は概ね好評のようだ。中でもクローバーの焼き菓子と皮リボンのアクセサリーは飛ぶように売れた。やはり万能のまじないというのは誰しも欲しがるものらしい。望んだ商品は手に入らなかったが、一組のカップルが皮リボンを二本。互いのために買っていった。
帰り道。寄り道して、広場で先ほど購入した「薬」を広げる。
「美味いねこれ。やっぱジタニーはすごいや」
「‥‥う‥‥うん‥‥」
ジタニーの店で買ったお守りを、互いの手首に結び合う。願い事は内緒だけど‥‥きっと、二人とも同じこと。
「今度は‥‥お弁当もって、こうして‥‥のんびりしたいじゃん? どうかな?」
少し声をひっくり返しながら、少年が少女に話し掛ける。これはつまり、次のデートの約束? 少女も顔を真っ赤にさせて。
「‥‥う、うん‥‥がんばって‥‥つくるよ‥‥」
その言葉に振り向けば、びっくりするほど顔が近くて。一瞬と惑った二人は、だけどそのままそっと目を閉じて‥‥。
「‥‥だれよりも‥‥だれよりも、すき‥‥だよ‥‥」