サー・ウェインの短剣

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月17日〜09月22日

リプレイ公開日:2004年09月25日

●オープニング

「冗談じゃないぞ、サー・ウェイン」
 テーブルを叩いて大声をあげる男。風体をみるだけで歴戦の冒険者とわかる。
「しかしそれ以上は払えん。こちらも痛手が大きい。分かってくれブレイド・カスター」
 男に相対する者は、顔に疲労の色がありありと浮かぶが、貴族らしい優雅さは失わない。多分、いずれかの領主なのだろう。精一杯の強がりにも見える。たぶん、痛手というのは本当だろう。
「今はなくとも、いずれ払えるだけの財はあるだろう」
 ブレイド・カスターと呼ばれた男は、サー・ウェインの苦衷をわかるだけに折り合いをつけた。彼には今回の依頼金は端金にしか過ぎないだろうが、無報酬は彼のプライドを傷つける。自分の腕は安くは売らない。
「‥‥分かった、5年後に来てくれ」
「5年後だな。手数料を上乗せさせてもらうぜ」
「いいだろう。来るときにはこの短剣を持ってきてくれ。もし‥‥、いやそれを持ってきた者に約束の金額を支払うように手配しておく」
 短剣はシンプルだが、サー・ウェインのものであることを示す紋章が入っている。金銭的な価値は少なくとも持ち主の判別には使えるだろう。
 ブレイド・カスターは愛用のブレイドを肩に担ぐようにしてその場を立ち去った。
 5年後の支払いの約束に向けて、サー・ウェインは自分の領地にもどり地道に蓄財に励むつもりだった。しかし‥‥。

「で、ご依頼の用件はあなたの父サー・ウェインが奪われた短剣を捜し出して欲しいと」
 ギルドにやってきた少女は父の死により領地の相続するための準備に入った。本来なら婿取りしてからだが、父サー・ウェインは当主に成る前の最後の冒険の時に負った怪我が原因となって体を損ない、それでも領地経営に精力的に取り組み。それが悪かったせいか、先日亡くなった。
 普通ならその娘が継承して何も問題ないはずだった。領地経営に本腰を入れるとともに結婚して生まれた子供であり、まだ10歳であろうと継承権は存在する。成人するまで後見人が必要だろうが。
「遺言では3人の後見人に指定してありました。一人は母、ライエンです。一人は母の兄で伯父にあたり、ライデンといいます。最後の一人が父の古い友人であったらしいカスターという人です」
「後見人が3人とは珍しい」
「はい。父はカスターという人を唯一の後見人にしたかったらしいのですが、伯父と母は大反対で妥協した結果そうなったそうです」
 そして問題は、父が所持していたはずの領地継承権の意味を持つ紋章入りの短剣の行方が分からないという。
「最近、それに似た短剣を持っている人を見たという噂があって」
「その短剣を持っている人を探して、その短剣を返してもらってほしいと」
「はい」
 領地相続の手続きの関係だろうか。家柄によっていろいろあるようだ。周囲の親族を納得させられないと、相続で揉めるのだろう。かといって分割相続すればジャパンでいうところの『タワケ』ということになる。
「では早速、探し物に得意な冒険者を募ってみましょう。ところで、カスターという後見人はこのことに何と言っているのですか」
「それが、現れないんです。その人が」

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1822 メリル・マーナ(30歳・♀・レンジャー・パラ・ビザンチン帝国)
 ea2563 ガユス・アマンシール(39歳・♂・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2860 エレンディラ・エアレンディル(22歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea3260 ウォルター・ヘイワード(29歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4290 マナ・クレメンテ(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

フェリクス・カルリスタ(ea3794

●リプレイ本文

●短剣の行方
「サー・ウェインの短剣‥‥似たような短剣ぐらい時間をかければ作れそうなものだと思う。もし、ずっと以前に奪われたものなら偽物が出ても奇怪しくはない」
 今回の依頼は遺産相続に必要な紋章入りの短剣を捜し出して、無事相続手続完了を完了させることにある。短剣そのものは高価というほどのものではないため、奪われるとしたら遺産相続を妨害するものと考えられる。
「奪われた、ですか‥‥」
 ウォルター・ヘイワード(ea3260)は、思案げにつぶやく。奪われた時期が最近なら遺産相続に関係したものかも知れない。しかし、それよりもはるか以前の場合には遺産相続は関係ないか、あるいはサー・ウェインの死そのものにも関係するかも知れない。
「まずは、依頼人に状況の詳細を教えてもらいましょう。それに目撃情報を仕入れた依頼人の友人にもね」
 マナ・クレメンテ(ea4290)が全員を促した。
 ギルドから教えてもらった依頼人の屋敷に行ってみる。
「領地があちこちにあるから、パリに屋敷を構えているのか」
 どこかに本領のように大きな領地があればそちらに本拠を構えるのだろう。サー・ウェインの資産がどの程度かわからないが、それほど小さなものではあるまい。とすれば、パリの屋敷を構えるのは別の理由があるのだろう。屋敷はサー・ウェインの葬儀の後であちこち整理が必要のようだ。
「冒険者ギルドからの依頼を受けたものです」
 ガユス・アマンシール(ea2563)は正面から入ろうとした。しかし、メリル・マーナ(ea1822)が止める。
「ちょっと待て、正面から行ったらライエンにこっちが雇われたことが分かってしまうじゃろうが」
「ああ、そうかですね」
 ライエンとライデンに見つかる危険は排除したい。
 誰か使用人が出てくるのを待って接触するか。そう思っていたところ、10歳ぐらいの少女が門から姿を現した。
「あのもしかして、ここの屋敷のローズさん?」
 マナがあたりをつけてみる。気品というわけではないが、何となくそのような感じがした。あまり出てこないようなら忍びこもうとも考えていた。
「ギルドから派遣されてきた方ですか? よかった、接触方法を決めていなかったので」
 こっちが気をきかせていて良かった。やはり危機感が感じているようだ。ちょっと抜けているところはあるが、10歳ではしかたないだろう。
「友人の家まできてください。詳しくはそこでお話します」

「ここは友人のエリンの家です。あの屋敷は継母と伯父の目が光っていますので」
 エリンはローズの習い事の友人で、とても親しくしているらしい。エリンの親とサー・ウェインとの間では婚約が取り決められる近くまでいっていたが、サー・ウェイン急逝によって関係は難しくなりつつある。ライエンはこの婚約に強く反対していたから。
 10歳の少女に身の振り方を決めることはできない。後見人はそのためにつけられる。
「継母=悪と最初から決めつけるのは目を曇らせることになると思うけど」
 ローズに聞こえないように、ウォルターは小声で、メリルに話す。
「うん。そうじゃ。でも、それはわしらがこれから調べることじゃろう」
 3人目の後見人カスターという人物についても、ライエンとライデンはどんな人物かは知らないだろう。自分の知らない人物を後見人に指定されたことに不安を感じて反対しているのかも知れない。見識豊かでローズを保護できるだけの人物であると認めていれば反対しなかったかも知れない。そういう見方もある。
 冒険者は第三者的な立場でもある。冷静の状況を見定めることができる。依頼人が正直でない場合や正直であっても判断そのものが間違った情報や憶測によっている場合、冒険者の立場が非常に悪くなるため、最初から依頼人の憶測を排除して調べないと大変なことになる。もしかしたらローズがエリン親子に籠絡されているという可能性すらあるのだ。
「じゃ、詳しく聞かせてもらおうか」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)は、ローズを促した。
 サー・ウェインは今から10年前まで冒険者として活動。10年前にある事件があって冒険者を引退して領地に戻って、それ以降冒険には出ていない。
 現在ローズのいうところによると、ライエン、ライデンの二人が屋敷に入り込んで(もっともライエンの方はもともといたわけだが)取り仕切っているという。遺言状は公開されているので、中身についての疑義はない。問題は第3の後見人カスターという人物。
「カスターという人物について何かわかりませんか?」
 カスターというファミリーネームだけで探すのは無理がある。
「父は冒険者を止めた後、冒険者をしていた頃のことを記憶をもとに書き留めたものがあります」
 と言って、製本された本を見せた。
「カスターという人物は、たぶん、一緒に冒険したブレイド・カスターという人らしいんです」
 ブレイド・カスターというのはたぶん、冒険者として名前。本名は別かも知れない。
「ブレイドと呼ばれる武器を好んで使っていたため、ブレイド・カスターと呼ばれていたようです」
「冒険者ならギルドから古参か引退した冒険者を教えてもらえば、調べるのは何とかなるだろう。目撃情報は」
「エリンが手配してくれました」
「じゃ後は実際に聞き込みだ」
 オレノウ・タオキケー(ea4251)は周囲を見渡す。バードである以上、情報収集は得意なのだろう。
「ところで屋敷は安全なのじゃろうか?」
 メリルが心配する。
「え? 暗殺とかですか」
「ああ、聞くところサー・ウェインの遺産はかなりのものになりそうだと聞いた」
「領地があちこちに点在しているので、財産は代官を派遣して管理しています」
 代官なんていうと悪いイメージがあるが、領地管理のプロの技術者として考えるなら別だ。実際のところサー・ウェインが10年間の間にかなりの資産の増加したのも優秀な代官がいたためである。
「代官というのは?」
「今は収穫期のため領地を回っています。本当ならサー・ウェインの葬儀に出席して領地の状況を報告するはずですが、収穫状況の査定しなければならない季節ですので、彼が帰ってくるまでは遺産の継承もできません」
 資産目録も作れない状態なのだろう。代官がパリに帰還して資産目録を作成するまでが、遺産相続に必要な短剣探しの時間となる。大層優秀な人物のため、帰還した翌日には資産目録を作成してしまえるらしい。

「その僅かな時間の間に、短剣を見つけなければいけないわけか」
 イルニアス・エルトファーム(ea1625)はあせりを感じた。
「先日代官から手紙が届きました。代官の命を狙った暗殺者がいるらしいということです。こちらも十分に気をつけるようにと書かれていました。飢饉に備えて村の穀物を貯蔵してある場所の付近に現れたため、村の方で冒険者を雇って対応できたようです」
 村の方で怪しい集団に気づかなかったら、代官は殺されていたかもしれない。資産の状況を把握できない状態なら、ごまかして奪いとることもできるだろう。
「暗殺者?」
 どうやら、剣呑な状況らしい。
「代官はローズの味方なの?」
「はい。代官は父が冒険者を引退した時、領地管理のスペシャリストということで屋敷に迎えました。父に命を救われたことがあるということで、冒険者あがりの父だけでは領地経営はうまくいかなかったでしょう」
 冒険者時代に稼いだ金をもとにして、商売を始める者や領地を得る者も少なくない。冒険者として体がついていかなくなる歳になる者、怪我をして冒険できなくなる者。ギルドは仕事の斡旋はするが、老後や傷病をフォローすることはない。冒険者が冒険で得る報酬は一般人が普通に働くよりも短期間で多く得られるが、その分危険度が大きい。引退した後その報酬の蓄えでつつましく老後を迎える者もいれば、直ぐに食いつぶして、冒険の果てに命を落とす者もいる。
「運良く命を救った恩人として協力者にできたことがサー・ウェインには幸いだったな」
「代官はいつ頃戻るか分かる?」
「数日中には。暗殺者が出たのは最後の村でしたから、知らせがこちらに着いた日には出発しているでしょう」
「無事に着くかだな、問題は。知らせを寄越したということは、誰が暗殺者を送ったか確証があるのだろう」
 それで相手を失脚させられれば。しかし、おとなしく失脚する相手ならいいが、証拠もろとも代官が始末される可能性もある。
「短剣のありかを探すのとブレイド・カスターという冒険者を探すことか」
「手分けしよう。ローズにも誰かついた方がいいな」
「わしがつこう」
 メリルが名乗り出た。困難を少しでも取り除いてあげたいのだろう。
「私もつきましょう。代官とは早いうちに接触したいですから」
 ガユスも。
 イルニアスは、サー・ウェイン氏の書斎を調べるとともに、ライエンらの行動を探る。
 アレクシアス、ウォルター、エレンディラ・エアレンディル(ea2860)の3人は短剣を探しに。
 オレノウとマナはブレイド・カスターを探しに。
 それぞれ手分けをした。

●10年前のこと。
「先に行ってくれ。少し調べたいことがある」
 アレクシアスは短剣探しの前に、短剣にまつわる情報を集めに動くことにした。
「じゃ目撃された村で合流しよう」
 ウォルター、エレンディラは直接村に向かった。アレクシアスが到着する前に村で聞き込みをしておこうと思った。

●ブレイド?
「ちょっと調べてほしいんだが」
 オレノウとマナはギルドに向かった。10年前に冒険者として高名だった者を調べるために。
「ブレイド・カスターという冒険者の記録は残っているか?」
 ギルドの受付も幾人も居るし、10年前からずっとという人も少ない。さらに冒険者の数はけっこう多く、記録と言っても10年前となると心もとない。
「10年前から冒険者をやっていて現在でも活動している人がいたら教えてほしい」
「10年前から‥‥」
 冒険者を10年続けるのはけっこうきつい。10年前に駆け出しでも2、3年で一端の冒険者には成長する。ギルド抜きでの仕事も増えるし、活動場所もパリ周辺からかなり遠方にまで広がる。
「そういえば、少し前に引退した冒険者からの依頼の仕事があったな。あの人なら10年前に冒険者だったかも。冒険者の時の名前はステルスと言ったが、商人になってからはジャックと名乗っている」
 娘を修道院まで護送して欲しいという依頼。見知らぬ土地に行くのなら、名前を変えるくらいはできる。その不利益をも甘受するなら。
 残念ながら、オレノウもマナもその依頼は受けていなかった。
「今は商人として成功している。場所は‥‥」
 紹介状を貰い、オレノウとマナはギルドで調べた場所に向かった。
「予約の無いお客さまにはと言いたいところですが‥‥」
 アポなしに多忙な商人に会うのは難しいところだが、冒険者ギルドの紹介状持参の冒険者だということで(多分今日の予定もこなした後なのだろう)特別にすぐに会えた。
「ブレイド・カスターという名前の冒険者を知りませんか。10年ぐらい前の冒険者です。たしか、貴方もその頃冒険者だったと聞いてきたのですが」
「ブレイド・カスターか。珍しい名前を聞くものだ。しかし、数日前にも聞きにきた者がいたぞ」
 オレノウとマナは顔を見合わせる。
(「別の誰かがブレイド・カスターを追っている。ということは多分3人目の後見人探しだろう。ローズでないからライエンかライデンの何れか。それともサー・ウェインが生前に探させたのか」)
「ブレイド・カスター本人よりもサー・ウェインの遺産相続絡みのようだな」
 元冒険者の商人ジャックは、そう推測していた。
「もうそれを?」
「商人はあちこちに情報を得るツテがある。サー・ウェインの領地はかなり大きい。あちこちに点在しているが、豊かな土地が多い。移民があればうまく受け入れて領地を増やしている。土地があっても領地とはいわない。それを耕す領民がいなければ。少し前にも村をまるごと一つ支配下においた。当面地代の徴収は行わず保護だけを行う、先行投資を行っている。今後の国際情勢がどうなるかによってはサー・ウェインの領地を継承した者は、キャスティングポイントの一つを握ることもあり得る。領地の場所、領地からの穀物。それを見越して商人で投資する者もいるだろう。話がずれた。ブレイド・カスターは、10年前から今もまだ冒険者を続けておる。たぶん、死ぬまで続けるだろう。いや死によってのみ、止められるのかも知れない」
 冒険者あがりの商人は、意味深長な言葉を言った。もしかしたら、現役時代は親しかったのではないか。ならば、今も居場所を知っているのかも。
「どちらにいるかはご存じありませんか」
「先週近くの村の酒場で冒険者を募っているという噂を聞いた。何でも昔からの馴染みに特別の依頼をされているとか。冒険に出る前に捕まえた方がいい。かなり危険な依頼のようだから。そうそうブレイド・カスターは冒険者になって以来、ブレイドと呼ばれる天才武器職人の作った得物を使っている。片腕で扱えるような大剣という感じだ。見ればわかるだろう」
 サー・ウェインを持つ人物と同一人物であれば良いが。
 ジャックから聞いた村は、ローズから聞いた村と一致する。

●ある武器職人、彼は天才と呼ばれていた。
 紋章入りの短剣。アレクシアスは仲間と現場での合流を約束して短剣そのものを調べていた。簡単に偽物が作れないほどの物であれば、それなりの人物が作ったものに違いない。高名な武器職人を探してみる。もちろん、家に代々伝わっているものであれば、今頃作者はいないだろう。しかし、紋章は婚姻や相続によって形を変える。遺産の継承に使うのであれば、継承されるものの立場によって紋章が変更され、それが新たに短剣に付加されるか、短剣そのものを新しい紋章入りで作るのではないか。そう推測してみた。
「サー・ウェインは10年前に冒険者を引退して領地経営に着手した。たぶん、この前後に領地を継承したのだろう。ならば、その時に新たな紋章の入った短剣を作ったはずだ」
「今の紋章はこんなのだったか」
 幾人かの武器職人の尋ねてみる。10年前にそのような細工をした武器職人はなかなか見つからない。10年前に親方であれば、今は代替わりしている可能性が高い。徒弟制の職人社会では親方になるには、それなりの年齢になってしまっている。30代でも若造よばわりされることもある。
「10年前。誰の紋章だって?」
「サー・ウェイン」
「見覚えがあるような、ないような。親方が細工した図面を探してみよう」
 最近若手で売り出しつつある武器職人のところで、どうやら当たったようだ。
「サー・ウェイン。この紋章で間違えない!」
 しかしサー・ウェインの紋章の図柄は2つあった。
「こっちはもっと古いものだ」
 10年ぐらい前にサー・ウェインは、身重の女性を持参金とともに娶った。その女性の生んだ子供がサー・ウェインの血を引いているかどうかは、その女性しか知らない。
「結婚して持参金で領地が増えたことでこっちの図柄が加わったようだ」
 若い武器職人は、図柄の複雑さを説明する。
「サー・ウェインは後に後妻を娶ったはずだ」
 その時紋章は変わらなかったのか?
「親方が引退した後のことだな。親方が引退したんでこっちに仕事を回さなかったのかも。俺はまだ無名だし」
 と言いながらも、最近は冒険者を使って大々的に武器のテストを行って、開発を進めている。
「ブレイドって武器に聞き覚えがあるか?」
「ブレイド。昔親方が作った逸品だな。あれを越える武器を作りたいと思っている。もし、手が空いたら」
 勧誘か、試作品のテストで命を落としたら割に合わない。情報を得た以上は、長居は無用。早速逃げ出すことにした。

●酒場
「ここが、サー・ウェインの短剣を持った者が目撃された酒場だ」
 アレクシアスと別れたウォルターとエレンディラは、ローズが調べた短剣を持った人物が目撃されたという村に着いた。酒場は一つしかない。まだ夕暮れまでは時間がある。開いているはずだ。治安が安定していない場合には、酒場は昼間しか開いていない。案の定この村でも治安が悪くなりそうな夜には酒場閉まる。
「このような紋章の入った短剣を持った人を知りませんか?」
 酒場と言ってもパリのような人口の集まる都市ではない。田舎の村の酒場となると、午前中に仕事を終わらせた者たちが、集まってくる場所であり、余所者は滅多に現れない。
「紋章か、誰か見たことある奴はいるか」
「そういえば、確かこの前来ていた男の短剣こんなんじゃ無かったか」
「そう言われてみれば、そうだな。冒険に出るんで冒険者を集めていた。昨日2名ほど来て、今日は腕を見るとかいっていたぞ。なかなかあいつを納得させられる腕の者はいないらしい。明日には出発するようだから、会いたいなら今日中に探した方がいい」
 どこに行くか知らないが、冒険先で野タレ死なれては困る。
「多分、村はずれの広場だろうあそこなら‥‥」
 早速村外れに向かう。
「やっているみたいだ」
 教えられた場所からは鋭い音が響いてくる。剣同士の打ち合わされる音。
「凄腕ばかりか」
「そうみたい」
 音のする方に向かうと、2人を相手に大剣を振るう者が一人。あとは周囲で様子を見ている。正確にはすでにやり合った疲労を回復させているようだ。
「志願者か。残念だが、もう人数は揃った」
 目敏く見つけられて、そう言われた。こっちも冒険者、冒険に加わろうとしてきたのかと思ったのだろう。
「いや、そうじゃなく人を探している」
「ほう、敵討ちじゃないだろうな」
 冗談のように言われた。
「紋章を刻んだ短剣を持つ人がここにいると聞いてきた」
「短剣か。俺のは紋章なんてないから。そいつは貴族か?」
「素性までは知らない」
 ここまで正直に言っていいのだろうか。もし、短剣の所持者がブレイド・カスター本人じゃない場合もある。平和裡に入手したのならいい。しかしもし、ブレイド・カスターから盗んだか、殺して奪ったのなら、こっちもそれなりの危険を覚悟しなければならない。しかも、この集団はかなり高レベルの冒険者らしい。向こうに味方されては。
「あの大剣を振るっている人って誰?」
「あれは今回の雇い主さ。俺たちの実力が奴の思い通りなら、今度の冒険に同行できる。そうでなきゃ、ここに来たことが無駄になる。10年前から俺はあいつとともに冒険に出たかった。以前俺の村はあいつに救われた。ブレイド・カスター、それがあいつの名前さ」
 
●屋敷で
 メリルとガユス、それにイルニアスは屋敷に入り込んでいた。ローズの護衛兼屋敷の中の調査を担当する。ローズから生前サー・ウェインと交流があったということにして、数日屋敷に滞在することにした。ライエンもあえて反論はしない。屋敷にはローズ派とライエン派とも思えるような派閥が構成されつつあった。
 サー・ウェインの領地管理を行うなどのいわゆる文人派がローズに付き、騎士を中心にした武闘派がライエンについている。
「武闘派はこのところ出番がなかったらしい。もともとサー・ウェインの冒険者時代の名声に引かれて規模が大きくなったから、サー・ウェインの前からいる古参の騎士たちとの間の確執もあったが、古参は古参で中立に近い」
 イルニアスが聞き込んできた。
「古参って前の代からいた騎士たちでしょ? 忠誠心が高くてもいいはずじゃが」
 メリルが疑問を口にする。
「古参の騎士に忠誠心がないわけじゃない。娘のローズにしろ、後妻のライエンにしろ、同じ家のものと考えている。それに、ローズにはサー・ウェインの実の娘でないという疑いもあるらしい」
 ガユスは別の噂を聞き込んできた。
「どういうことじゃ?」
「サー・ウェインは10年前に身重の女性を連れてきて、結婚したということだ。男はこういう時には信じるしかないから」
 イルニアスとガユスは顔を見合わせる。
「それはそれとしてじゃ。血統云々だけなら別に問題ないじゃろう。ローズを後継者にするという遺言状があるわけじゃし」
「それですが」
 イルニアスも遺言状の調査をしたが、ローズが成人するまでは後見人の権限が大きい。
「つまり、継承しても後見人の同意なしになにもできないということです」
 利益を考えるならローズよりもライエンにつく方がいいだろう。にも関わらずローズについているのは、奇貨を買うつもりか、自分に自信があるのか、それとも心中するぐらいの覚悟があるのか。
「第3の後見人が出てこないと」
 牽制しあってくれれば何とかなるかも。
「ローズに何かあった場合はどうなることになっている?」
「その場合にはライエンを筆頭にして幾人かの親族が財産を分割することになっている」
「私は武闘派の動きを探ることにしよう」
 イルニアスはナイトである分、この中で一番武闘派に接近しやすい。
「それじゃ私はライエンとライデンの動きを見張ることにする」
 ガユスはそう言ったが。
「先走っちゃ駄目じゃ。証拠なしに仕掛けたらローズが窮地に陥るからのう、もちろんわしらもじゃが」
 メリルが戒める。ガユスが一番先走りしやすい。
「わかっている」
 ガユスはサー・ウェインを見取った者をも調査していた。サー・ウェインの死因にもライエンらが関わっているような気がしてならない。毒を使われたのではないかと。しかし、サー・ウェインの死因には不審な点は見つからなかった。もちろん、今までに発見されていない毒という可能性は否定できない。所詮解明された知識などほんのわずかなものにすぎない。しかし、それでは犯罪は立証できない。
 イルニアスはそのあと、武闘派からライエンに最近親しくしている友人がいることを突き止めた。
「外国人か。いろいろ相談にのっているらしい」

●短剣の持ち主
「後見人? サー・ウェインの」
 ブレイド・カスターは腕試しを終えて、付近の川で汗を流していた。
「サー・ウェインから短剣を預かっているんじゃありませんか」
 エレンディラは目のやりどころに困りながらも、話しかけた。
「サー・ウェイン。死んだそうだな。5年前に取り立てにいくつもりだったが、こっちにいなくてな。死んだ後でも払ってくれるかな」
「あそこ、あれがブレイドじゃない?」
 オレノウとマナが到着した。ジャックからの情報は確かだったようだ。
「おやおや、他にもお客さんがいたようだな。ここじゃなんだ、酒場に行こう」
 その酒場ではアレクシアスが到着していた。
「別々のルートから来てここに揃った」
 間違いはない。
「この短剣は10年前に報酬のカタに預かったものだ」
「サー・ウェインは貴方をローズの後見人の一人に指名しています」
「おいおい。俺は一介の冒険者だぜ。後見人なんかできる知識はない。なんかの冗談じゃないのか」
「冗談ではない。あんたが後見人を引き受けないとローズが大変なことになる」
「わかった、最初から詳しく話してくれ」
 アレクシアスが、ローズからの依頼を話した。
「奪われたというのは、たぶん、そういう話にされていたんだろうな。死ぬまで詰めの甘いやつだ。わかった。とりあえず報酬の受け取りのこともあるからサー・ウェインのパリの屋敷まで行こう。ただし、表の連中を始末してからだ」
 サー・ウェインの言葉に酒場にいた全員の視線が入り口を見る。正面に6人その背後にもいるようだ。
「暗殺者の団体さんか?」
 アレクシアスも立ち上がる。そして、おのおのがそれぞれの得物を持って。
「こんなことになるなら、もっと早く店を閉めとくんだった」
 酒場の主人は、ぼやいて手近にあった割れ物をしまい込む。
「中に迷惑はかけない」
 ブレイド・カスターは10数年来の得物を構えて、駿足で表に飛び出す。カスターのところに集まった冒険者たちは指示なしにカスターの背後のサポートと裏口の確保に走る。
「ここでカスターにしなれたら依頼失敗になる」
 アレクシアスが飛び出し、マナがロングボウで支援する。
 戦闘はあっけなく終わった。
「刺客に心当たりは?」
 アレクシアスは、カスターに尋ねた。
「有りすぎて、見当もつかない。サー・ウェインがらみかもしれないけどな」
 当然、全員が酒場から追い出された。
「このまま向かうか」
 もちろん、サー・ウェインの屋敷に。

●遺産相続
「以上が、サー・ウェインの資産となります。なお今年の収穫は豊作のため、穀物の収穫の少ない地域への輸送を計画しており、さらなる収益も望めます」
 代官は、遺産相続会議の席上で現在のサー・ウェインの遺産となる資産を発表した。
「遺言状はすでに読んだと思う。ローズの遺産相続に異議のある者はいないと思う」
 この発言はライデンのもの。
「では今回の遺産継承は紋章の変更の必要性がないため、サー・ウェインが所持していたはずの短剣をもって継承の儀式を行う。ローズ短剣を」
「短剣は」
「短剣はある」
 屋敷の表が騒がしくなったと思うと、カスターと短剣を探しに行っていた5人がカスターとともの戻ってきた。
「サー・ウェインから預かっていた短剣だ。本物かどうか調べてみな」
 マナがローズを安心させるように頷く。
「その前に、今回の後見人について異議があるのですが」
 代官が声をあげた。
「何を言い出すのです」
 ライエンはかすかに動揺が声に現れた。
「ライエンさま、あなたのご友人に優秀な軍師を名乗る人物がしましたね、たしかコーエンとか名乗っていた」
「それが何か」
「この席にはおられないようですね。実はあるところで、このような羊皮紙を見つけました。あなたなら誰の字かわかりますね」
 ライエンの表情が青ざめる。
「ライエンさまには森の砦の場所の詳しいことは教えておかなかった。それが幸いしたのでしょう。彼らは失敗しました」
「代官、何を言っている?」
 ライデンが不審そうな表情になる。
「利用されたのですよ。かの者はライエンさまに近づき、サー・ウェインの領地を切り取ろうとしたのです」
 結局ライエンもライデンもあくまで後見人としての役目はカスターなる人物が後見人足るかどうかがわかるまでとしたが、カスターは後見人の職務などできないといいはる。
「カスターとしか、書かれていないんだろう。本当に俺なのか」
 後見人になるには、貴族の知識が必要だろうし、サー・ウェインはブレイドの性格を知っていたはずだ。となれば。
「やっぱり別にカスターがいるんじゃないのか」
「でも実務的なことは代官がやってくれるんじゃ。ブレイドは『よきにはからえ』って言っていればいいんじゃろう」
 メリルがそういったら、ガユスににらまれた。
「代官ちょっと顔見せて見ろ」
 ブレイドは代官を見つめる。
「カスターってお前じゃないのか、マクシミリアン・カスター・オックス。どっかで見た顔だと思った」
「わかりましたか」
 代官は荒事にはまったく不向き、遺産相続でカスターの指名があったとき微妙な空気の変化を感じて、襲撃を予感した。それで簡単にはやられそうにないブレイド・カスターを標的にしたのだった。
「代官暗殺と後見人暗殺とでは執拗度が違いますから」
「てめえ」
 ブレイドは殴ろうとしたが、笑い始めた。
「これでいいだろう。ローズでも、そっちのカスターでもいいが、サー・ウェインの約束した報酬を手数料込みで支払ってもらうぜ。短剣の対価として」
「ローズさまの後見人の座というのはどうでしょう。十分に釣り合うと思いますが」

●決めたかったのに
「ガユス、どうしたの?」
 マナは暗そうにしているガイユに話しかけた。
「ガユスはかっこよく決めたかったのじゃ」
 メリルに言われてもっと落ち込む。
「無事に終わったのだからいいじゃない」
「依頼も終わったことだし、ブレイド・カスターが酒を奢ってくれるっていかないか?」
 相当取り立てたようだ。
「奢りなら思いっきり呑もうぜ」