●リプレイ本文
●10月12日
夕刻。一日の仕事を終えた人々が家路を急ぐ、そんな時間。
「奢るぜリュリュ。成長悪いしなぁ、特にソコ。そのつるぺたじゃ、落とせる男も落とせないだろ?」
「な‥‥!? ちょっともう信じらんない!」
レティシア・ヴェリルレット(ea4739)とリュリュ・アルビレオ(ea4167)は、賑やに騒ぎながらこの店に現れた。この時間は掻き入れ時、店は大いに繁盛している。腰を下ろしたレティシアは、大通り側の席に丙鞘継(ea1679)と皇荊姫(ea1685)の主従を確認し、こっそりと手を振って見せた。が、鞘継にじろりと睨みつけられ、肩を竦めながらその手を引っ込める。荊姫がくすりと笑った。
「2階があるみたいだけど、使ってないの?」
レティシアに聞かれ、コマドリの如く立ち働いていた店の娘が笑って言う。
「ご覧の通り、上は使ってないんですよお客さん。どうせ眺めのいい川側に窓が無いし、間取りは下と同じだけど屋根裏だから狭っ苦しくて評判悪くてね。階段キツくて給仕も楽じゃないし。よく上がって行っちゃうお客さんがいるんで、見ての通り旦那が荷物置いて通せんぼしちゃったんです。セーヌとお城の眺めを楽しみたければ、そこから川辺のテラスに出られますよ。今からだとちょっと寒いかもしれませんけどね」
実に良く喋る娘だった。彼女はソバカスだらけの顔に屈託の無い笑みを浮かべ、器用に重ねた食器を両手に抱えて、見事なフットワークで客を摺り抜けながら店の奥へと姿を消した。その様子からして、事件を知っている様には見えない。この事は、徹底して秘密にされているのだ。
(「店の奥様が縛られているのは、あの辺りかしら‥‥」)
荊姫はしっかりとした作りの柱を眺めながら、2階の様子を想像する。この店は、入り口から見て奥手に階段がある。上れば、2階の左端に出る筈だ。柱は4本で壁と柱の間は等間隔になっている。店の左端から反対側の柱まではおおよそ15m程あるだろうか。ゴブリンの抵抗を受けながら突破するのは、少々厳しい。ただ、2階には全部で4つの窓があるのだが、その一番右手の窓から突入すれば、ずっと短い距離で人質まで辿り着ける筈だった。この2階の窓は傾斜のきつい屋根に張り出し窓という代物で、ブラインド状に作られた観音開きの木扉も付いているから、手間取らずに突入するのは多分かなり骨ではあるのだが。逆に言えば、2階からゴブリン達が逃げ出そうとしても、すんなりとは行かないという事だ。
1階の出口は、大通り側中央に出入り口、2階窓と同じ位置に窓が4つ。扉は開け放たれていて、店内はとても明るい。セーヌ側には階段を下りた辺り、中央からやや左手側に寄った位置にテラスに続く出口がある。右手奥は厨房で、そこにも船着場と一体になった勝手口が付いている。1階は、階段下を固めておけば容易に突破はされないだろうと鞘継は見極めをつけていた。
「どうだ?」
レティシアに聞かれ、リュリュは少し難しい顔になる。
「呼吸の数は11。同じくらいの大きさが9、3つはとても落ち着いてて、7つは乱れがあるかな。きっとこれがゴブリン達だね。下っ端はかなりイライラ来てるのかも。少し離れて1つ。これが依頼人の奥さんね。呼吸が弱いな、かなり疲れてるってかんじ?」
ブレスセンサーでの探索結果は、2階の緊迫した光景をありありと伝えるものだった。
「‥‥一発で決めないとな」
食事を存分に楽しみ、談笑しながら出て行く客達。まさか自分の頭の上で、こんな事件が起きているなど想像も出来まい。
「旦那、なんだか顔色悪いですよ?」
「おかみさん実家に帰っちゃって大変なんでしょ。そろそろ頭下げて戻ってもらったらどうです?」
厨房から、主を心配するそんな声が聞こえて来た。
客に紛れて集結した冒険者達。主は「釣り仲間と話がしたいから」と適当な事を言って店の者を先に帰した。冒険者は密かに階段に置かれた荷物を退け、突入口を確保する。
「こうすると、足音が立たないんですよ」
柔らかい布を敷くアルベルト・シェフィールド(ea1888)の工夫もあり、その作業は驚くほど静かに進んだ。
「ゴブリン達が降りて来たりはしないの?」
ふぉれすとろーど ななん(ea1944)に聞かれ、主は首を振った。
「2階に閉じこもって以来、顔を出した事はありません。彼らなりに、見られてはまずいと理解しているんでしょう。こちらも呼ばれるまでは決して入るなと言われていまして‥‥ 入ったのは、食料を用意した時だけです」
ふうん、とななん。小便大便も予め用意させた便壷にするという徹底ぶりで、本当に一切、降りて来ないらしい。後で片付ける者は地獄を見そうだ。‥‥それはともかく、ゴブリンにしては随分と念の入ったことではある。恐らく、考えたのは全てを手配した『若い男』か、ゴブリンのフリをしている何かなのだろうが。
「2階に動きはほとんどありません。両端の窓に1匹づつ張り付いていて、部屋の中央に6。柱の近くに2」
アルベルトはインフラビジョンで2階の様子を暗視し、仲間達にそれを知らせた。見張りは数時間ごとに交代、食事も交代で済ませているようだ。
「喋るゴブリンについては、何か分からないのか?」
ヴィグ・カノス(ea0294)の問いに、アルベルトは首を振る。
「それが本当にデビルで、変身能力を使ってるなら、インフラビジョンやブレスセンサーで見破る事は出来ません。ただ、奴らも変身したままではデビル特有の魔法を使えませんから‥‥ いざとなれば正体を現すと思うのですが」
「私はアンデットの事なら多少は分かるのですけど、デビルは残念ながら」
荊姫も項垂れる。
「そういえば、私に話しかけて来たゴブリンは随分と老いていて、とても背が低くて‥‥ そうですね、丁度このくらいでしたよ」
主が手で示して見せた背丈は、まだ幼いリュリュやパラの響清十郎(ea4167)よりも頭ひとつ分以上低かった。それが何かはともかくとして、他のゴブリンと見分ける事は出来そうだ。
「じゃあ、一応そのゴブリンにサイレンスしとく?」
リュリュの提案に、宜しく、と皆。それでは皆さん、お願いしますと頭を下げた主に、ななんが「あの」と少し改まって話を切り出した。
「今からでも通報する気、無いですか?」
耳の痛い言葉に、主はもごもごと口篭った後、俯いてしまった。
「確かに通報する事によって失ってしまうものもあるだろうけど、誰かに被害が出たら、もっと色んなもの失っちゃうヨ? 不測の事態が起こる可能性もあるしネ‥‥」
暫く固まっていた主だが、結局は首を振り、
「‥‥皆さんは お願いした仕事を完了する事だけを考えて下さい」
そう言って、厨房に引っ込んでしまった。何とは言ってもこちらは雇われの身、ななんもそれ以上の忠告はし難く、この話はここで終わりとなってしまった。
冒険者達は、休息を取りながら時間を待つ。攻める者と攻められる者を抱え込んだまま、川辺のレストランは火を落とし、眠りについたのだった。
●10月13日
早朝。陽はまだ昇らないが、東の空はうっすらと明るみが射し始めている、そんな時間だ。クオン・レイウイング(ea0714)は屋根の上に腰掛けて時を待つ。体を覆った外套の中で、しきりに手を揉み解していた。この季節、さすがに朝は寒い。凍えた手、強張った体では、正確に弓を射る事が出来ないからだ。
「そろそろですね」
シルバー・ストーム(ea3651)に声をかけられ、頷いたクオン。外套を外し、屋根の棟から慎重に顔を出す。そこは、依頼主の店から大通りを挟んだ対面の建物。敵が立て篭もっている2階の窓も、その前の大通りも見下ろせる、狙撃には最適の場所だった。依頼主の店の屋根に張り付く、ヴィグ・カノス(ea0294)とななんの姿が見えた。ななんが通りに人通りの無い事を確認し、手を振って合図する。窓に近付く、フランク・マッカラン(ea1690)と氷雨絃也(ea4481)。絃也はゲルマン語が出来ないが、幸いフランクがジャパン語を嗜むので意思疎通の点で問題は無い。
呟いた言葉までは、フランクに聞こえてはいない。同じ頃、依頼主の店の階段を、清十郎を先頭に、ランディ・マクファーレン(ea1702)、ロニ・ヴィアラ(ea1699)が上っている。その後に続くリュリュ。大きく深呼吸を繰り返し、
「‥‥よしっ覚悟完了、やってやる!」
小声で自分に気合を入れた。ランディが仲間達の武器にオーラパワーを付与して行く。その間に、1階では鞘継が階段から退けた荷物をテラスと出口に積んで、封じてしまっていた。大通り側の窓は閉じ、既に簡単に開かないように細工をしてある。勝手口の方は、レティシアが椅子やら何やらを複雑怪奇に積み上げて通れなくした。ちなみに鞘継のバリケードは、これを突破するのは大変そうだと素人目にも理解できるのだが、レティシアの方はどういう効果があるのかまるで謎。まあ、それもご愛嬌だ。通行の邪魔くらいにはなるだろう。レティシアは、入り口から外に出て、大通りを下から見張った。無論、入り口も彼が出た後、鞘継が仕掛けを施して封じている。
「ちゃんとこちらに逃げて来てくれればいいですけどね〜」
どんな時でも、あまり緊迫感は無いヒール・アンドン(ea1603)。一応剣の具合など確かめながら突入組の様子を下から見守っている。薄暗い闇の中で、皆が息を潜めていた。
「突入ッ!」
清十郎は一気に階段を駆け上がると、スマッシュを乗せたソニックブームを立て続けに放った。まともに食らった哀れなゴブリンが、もんどりうって倒れ伏す。その音を聞き、屋根側も動いた。フランクが見張りのゴブリンごと、木扉をバーストアタックで吹き飛ばす。すぐさま横に逃れたフランクを見咎め、破壊された窓に寄ったゴブリンは、クオンとシルバーの狙撃を受けて敢え無い最後を遂げてしまった。その事にゴブリン達が反応するよりも速く、絃也は室内に躍り込んだ。邪魔なゴブリンをバックアタックで叩き伏せ、一直線に人質に向かう彼。ゴブリン達は彼を追おうとするが、続いて飛び込んだフランクがそれを許さなかった。
右往左往するゴブリン達に、皺枯れ声で喚き散らすゴブリン戦士。清十郎は敵の隙を突き、この多少は骨のありそうな敵に向かって突進していた。
「そのまま大人しく寝ていろ、苦しまずに済むぞ!」
ランディが二刀を振るい、手当たり次第に雑魚達を斬り伏せる。この状況の中、じっと辺りを見回していた老ゴブリン。やおら立ち上がり何かしようとしたのだが、
「黙っとけ!」
老ゴブリンが動こうとした瞬間、リュリュの体が緑の淡い光に包まれ、老ゴブリンはサイレンスの魔法に囚われていた。凄まじい形相でリュリュを睨みつけ、何か叫ぶのだが当然なにも聞こえない。リュリュはすかさずロニの後ろに隠れ、舌を出して老ゴブリンをからかった。
絃也は柱に辿り着くと素早く人質の縄を解き、ロニを指差して「走れ!」と叫んだ。おそらく言葉は通じていないが、この状況で言われる事など考えるまでもない。必死で階段へと向かう彼女を守り、絃也は静かに刀を抜いた。
「奥さん、もう大丈夫ですからね」
ロニは怯える彼女を優しく誘導し、リュリュと共に階下に下ろす。リュリュに支えられるようにしてよろよろと足元も覚束なく降りて来る奥さんに、ヒールが「こちらへ」と手を差し伸べた。ようやく階段を降り切り、床にへたり込んでしまった奥さんを、店の主が抱きしめる。
「大丈夫、大きな怪我も無いようですし」
荊姫が胸を撫で下ろした。ただ、随分と殴られはしたのだろう、体の至る所に痣や傷が出来ていた。卑劣なゴブリンに、改めて怒りが湧き起こる。奥さん、助かったと分かって抑えていた恐ろしさが溢れ出してしたのだろう、ぼろぼろと涙を零して泣き出してしまった。
「お、おまえ、良かった、良かった!」
夫婦2人抱き合い、無事を喜ぶ彼ら。その頃には、2階での戦いも決着が着こうとしていた。2匹のゴブリン戦士は、清十郎と絃也、フランクに取り囲まれ、遂に力尽きた。恐慌をきたしたゴブリンが隙を突いて窓から身を乗り出し、飛び降りようとする。だが、その無防備な延髄に、ヴィグのダーツが突き立った。呻き声を上げ、ぐらりと揺れた体をななんが支え、部屋の中に無理矢理押し込む。と、その時だ。老ゴブリンが1匹のインプに姿を変え、そして今度は1羽の小鳥に化けて、逃げ出そうとしていたのだ。ななんはすかさずオーラショットを放ち、見事撃墜。
「やはりデビルか。しかし、インプとはな」
ランディとロニに追い詰められ、すぐに討ち果たされる事になった。
「流暢に喋るゴブリンって時点で怪しまれてたのさ。迂闊だったな」
ランディに言われ、インプは悔しげに牙を剥く。
「‥‥ギギ。糞ゴブリンが。言う事など聞いてやるのではなかっタ‥‥」
こうして冒険者達は、捕われた婦人を救い出し、立て篭もった10匹の魔物を無事退治したのだった。突入時に若干の揉み合いはあったものの概ね押し切り、敵に大した反撃をさせる事なく目的を果たす事が出来た。皆、怪我も軽微で、荊姫とヒールのリカバーで簡単に全快した。
「しかし、これを片付けるのは骨ですよ‥‥」
溜息交じりに呟くロニ。依頼人の望みの中には、誰にも知られる事なくこの事件を闇に葬る事も含まれているから、自分達で作ったこの10個の死体と戦いの跡も消し去ってしまわなければ、完全な終わりとは言えない訳だ。
「これだけの死体、埋めてもきっと臭うでしょうね」
ヒールがしみじみと嫌な事を言う。血の臭いも咽返る様だった。
「船を使って街の外にでも運び出しましょうか。その間に部屋の中も掃除して‥‥ 多分、一日仕事になりますよこれ」
やれやれ、と頭を掻くアルベルトに、がっくりと項垂れる店の主。
「新調したばかりの船で死体を運ぶのか‥‥」
前の船は犯罪者達に持って行かれてしまっているので、ご主人、新しい船を仕立てたばかり。まあ、ヘコむのも無理は無いが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「仕方無い、今日は店を閉めて、後始末を終わらせてしまいましょう。明日から心機一転やり直す為です」
かくして冒険者達は、死体をこっそり運んで捨てたり血糊だらけの部屋を洗ったり、ゴブリンの便壷を始末したりと閉口物の仕事をこなす羽目になったのだった。
片付けが終わった頃には、結局夜になっていた。
「とりあえず、これで依頼の件は片付いた訳だけど‥‥」
主夫婦と話していたななんは、妙な音を聞いた気がして勝手口を覗き込んだ。古ぼけた木の扉。その向こうで突然意味不明の叫び声が上がったかと思うと、扉が軋み、弾ける様に開いてゴブリン達が雪崩れ込んで来た。
「こっちだヨ、早く!」
主夫婦を厨房から引き出したななんは、ゴブリン達の突進を食らって床に叩きつけられた。鋭い痛みに押さえた手は真っ赤に染まって、それだけで貧血を起こしそうだ。
「何事じゃ!?」
得物を手に取り立ち向かおうとしたフランクは、テラス出口の扉の向こうに湧き起こる殺気を感じ、裂帛の気合と共にバーストアタックを叩きこんだ。悲鳴を上げ、転げ回るゴブリン達。
「なかなか小癪なまねをしてくれるな」
ふん、とラージハンマーを構え直す老戦士に、怒りの唸り声をあげながらゴブリン達が押し寄せる。と、その横っ面を、ぶっつりと矢が貫いた。下の騒動に気が付き、階段上から矢を射掛けるシルバー。駆け上がってくる敵をものともせず、冷静に次の矢をつがえて放った。悲鳴を上げて、ゴブリンが転がり落ちる。
清十郎とヴィグは形勢不利と見て入り口の扉を破って外に飛び出し、再びそこから斬り込んで行った。
「これは‥‥ちょっとシャレにならないな」
愚痴りながら斬り結ぶ清十郎を、ヴィグはスピアを手に支援する。敵はゴブリンとゴブリン戦士で合計10匹ほど、普通なら余裕で抗う事の出来る数なのだが、不意を突かれたのが如何にも痛い。ヒールはアルベルトと共に、敵中に孤立していた。荊姫は鞘継によって守られているが、やはり仲間と分断されてしまっている。
「‥‥姫、ご無理なされませぬよう」
ナイフを手にし、ブラインドアタックの構えを取る鞘継。苦戦する仲間にリカバーを施して回る荊姫を狙い飛び掛らんとしたゴブリンは、落とした武器に自分の腕が付いているのを見て悲鳴を上げてのたうち回った。
「ご主人、奥さん、私から離れないで下さい!」
ロニは主夫婦を庇い、盾となり敵を防ぐ事に専念する。彼に向かう敵を、ランディが横合いから斬り伏せ追い散らした。
「ヒールさん、荊姫さん、助けて!」
叫んだのはリュリュだった。彼女を庇ったレティシアは、手傷を負い苦戦していた。この間合いでは、得意の弓は使えない。よろめいてテーブルにもたれかかった彼に、嵩にかかってゴブリン達が斬り付ける。これを追い払った絃也も全身真っ赤、返り血か自分の血か分からない有様になっていた。
「ああ、どうしようどうしよう‥‥」
ボロボロの自分を見て狼狽するリュリュに、レティシアは笑って見せる。
「あー、大丈夫気にすんな。俺血の気多いから、ちょっと抜いただけ」
軽口を叩いて笑う顔が、青ざめて強張っていた。と、リュリュの目の前にリカバーポーションが差し出された。
「取り敢えずの応急処置。後でちゃんと代金払ってネ」
自分も薬を呷りながら、ななんが微笑む。絃也さんはいいのかナ? と聞かれ、彼は無用、と答えた。何て言ったの? と首を傾げるななん。
「白い戦化粧のゴブリン戦士が頭目だ!」
闇の中、優れた視力で見極め鞘継が皆に叫ぶ。その姿を間近に見た絃也は、
「巴里紅翼華撃団隊長として、巴里の平穏を破る者には制裁を与えねばならん」
そう言ってふっと笑い、ゴブリン戦士に向かって行った。ななんも失血でふらつく頭を振って無理矢理覚醒させると、彼の後に続いた。
鬼のように暴れていたゴブリン戦士2匹が倒れると、残ったゴブリンは恐れをなして逃走に移った。
「逃がしません!」
ゴブリンを追ってテラスに出たアルベルトは、敵が川に飛び込んで逃げようとする寸前、マグナブローで止めを刺した。額から流れ落ちる血を拭いながら通りに飛び出したクオンは、よたよたと逃げるゴブリンの背中を狙い、矢を放った。ゴブリンは奇妙な叫び声を上げ、その場に倒れ伏す。
「これはもう、秘密裏にとは行きそうに無いですね」
大通りに歩み出たヒールは、クオンにリカバーを施しながら、溜息交じりに呟く。この騒動に、周り中の住人が通りに出てきていた。
ヴィグは船着場に飛び出したが、ゴブリン達を運んできたものの姿も痕跡も、何も残っていなかった。
「手がかりを掴み損ねたか‥‥」
彼は室内を振り返り、この中から大事なダーツを探し出す苦労を想像して、堪らず天を仰ぐのだった。
店の中は、無残な有様となっていた。速攻で一方的に戦ってさえ片付けに1日を要したというのに、今度は本気で斬り結んだのだ。ズタズタになった死体と部屋中に飛び散った血。壁や柱に生々しく残った刀痕。椅子やテーブルの尋常ならざる壊れっぷり、そのひとつひとつに命の遣り取りがあったのかと思うと、背筋が凍るものだある。通報を受けて駆けつけた役人はその惨状に言葉を失い、ただただ、傷だらけの冒険者と無残な店の中を交互に見つめるばかりだった。
怯える妻を慰めながらも、呆然とするしかない主。
「全ては貴殿が招いた事じゃ」
フランクの言葉にがっくりと肩を落とす夫の背を、妻が泣きながら摩っていた。
●10月14−16日
冒険者達は何日にも渡って拘束され取調べを受ける事になり、16日になってようやく解放された。晴れてお咎め無し、となった訳だが、主の方はもう暫く不自由な思いをする事になりそうだ。脅されての事とはいえ内容が内容だから、それなりの罰を科せられるかも知れない。
「ゴブリン達は、2つの部族の有志で結成された部隊だったようだ。その集結場所として、あの店は利用された訳だな。君達はその集結途中に押し入ってしまったという事だ」
取調べ官は半ば同情、半ばからかいでそう言った。食料が多かったのは増員分を予め備えていたから、兎は共に戦う両部族間で、獲物を互いに分け与えるという誓いの儀式に使うらしい。
頭目格のゴブリンが持っていたものだ、と見せられたのは、街の地図。
「書き込みがしてあるだろう。南門から始まって、城の正門に続く線。このぐるぐる塗りつぶしてあるのが、君達のいた店だな」
それは、東の国境地帯でゴブリン討伐の武勲を挙げた将軍が凱旋する、そのパレード経路を示したものだった。ゴブリン達は、将軍のパレードを襲うつもりだったのではないか、と思われる。
「随分と大それた恐喝犯じゃないか。一国の将軍を手にかけようとはな。だがまあ、そいつはもうこれでおしまいさ。何故かって? 奴は国を売ったんだぞ? しかもオーガ族にだ。ご立派な反逆者じゃないか。こういう輩は犯罪組織にも嫌われる。当のオーガどもも結局は見捨ててるしな。少なくとも、このパリに奴が隠れる場所はもう無い筈さ」
解放された皆を出迎えたのは、賑やかな街の光景だった。大通りを取り囲む人の波、飽きる事無い出店の数々、その中を悠々と行進して行く騎士達は、鎧もピカピカに磨き上げて、誇らしげに通り過ぎて行く。
起きたかも知れないひとつの悲劇を阻止した冒険者達は、依頼失敗という苦い結果を背負いつつ、いつもの様に、街の中へと消えて行った。