消えた村長を探せ

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月13日〜10月18日

リプレイ公開日:2004年10月19日

●オープニング

「まだ帰らないのか?」
 すでに村長が村を発ってから5日が経過していた。前の村長が急逝し、後任の村長を決める競技の後、優勝者を雇った前村長の息子が次の村長になった。新村長になって最初の仕事は競技の行われたダンジョンに一人で赴いて、ダンジョンの主と契約を交わして村の安全を守ることになる。
 その契約を交わすために出掛けた村長が5日発っても帰らない。
「向こうで1泊しても、翌日には帰るはずだ。やはり一人でいかせるべきじゃなかったんだ」
 村長の取り巻きが、周囲を見渡した。村長を決める競技の結果に他の候補が納得しなかったのではないか。そこで何者かを雇って村長を殺害したのではないか。村長の取り巻きは前の村長の息子が次の村長になるだろうからと、随分前から取り入っていた。やっといい目を見られるはずなのに、ここで村長がいなくなったら今までの苦労が水の泡ではないか。
「そうだ、そうだ。あいつが村長になるから、あいつがやった悪戯や悪事の罪を代わりに被ったんだ」
 3人の領主によって分割統治される村にとって、一人の村長が3人の領主との間をうまく取り持ってくれないと面倒なことになる。村の中の行き来が禁止されたりしたら大変だし、家族がばらばらになる危険すらあった。そのため村長には村人が便宜を図っていた。表面的には出てこないが、その裏ではかなりのものが動いていた。
 前の村長はそのような要求はしなかった。息子がやっていた。村長の名代として職務を執行していたのだ、村長の知らないうちに。取り巻きの連中もそのお零れに預かっていた。
 3人の村長候補がいた。一人はダンジョン競技で優勝者を雇った村長の息子。一人は村での蓄財家。といえば聞こえはいいが、要するに商売で儲けて財を成した人物である。もう一人は技術屋。村に新しい技術を導入して収穫量の増加新しい作物の栽培などを行い暮らしを豊かにした。蓄財家が儲けることができたのも、技術革新と新作物の導入によるものが大きい。
 この二人が手を結べば、村はもっと裕福になっただろう。技術屋はできるだけ多くの作物を作ることに興味があり、蓄財家は村の生産物をより高値で売り払って儲けを出すことに熱心だった。それゆえ、取り巻きにも同じようなものが集まっていて、村を運営していくスタッフがいなかった。
 ダンジョン競技に雇われた冒険者はそれを見ていて、前の村長の息子に決めたのだろうか。残り二人は他に推されて出たようなもので乗り気ではなかった。前の村長の息子がそのまま村長になっても異論はなかっただろう。しかし、そうは見ていない者たちもいた。
「いや、ダンジョンのモンスターが退治しきれなかったのかも」
 冒険者が漏らしたところによれば、ドラゴンがいたのではなく、ドラゴン型のゴーレムがいただけだという。つまり、何ら契約でもなんでもない。ならば、冒険者が掃討した後にモンスターが入り込んだり、取りこぼしがあっても不思議ではない。
「冒険者を雇って村長を探してもらうしかない」
 村長が決まるころから、怪しげな者たちが領主の館に出入りしており、候補者だった二人も呼び出されることがあったという。

●今回の参加者

 ea1558 ノリア・カサンドラ(34歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1987 ベイン・ヴァル(38歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2649 ナスターシャ・エミーリエヴィチ(30歳・♀・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)

●リプレイ本文

●再び‥‥。
「また来ることになるとはね」
 キラ・ジェネシコフ(ea4100)は道案内を兼ねて先頭を歩いていた。
「行方不明になったって、偶然にしては出来すぎね」
 ノリア・カサンドラ(ea1558)が呟く。
「で、どんな村なの」
「厄介な村‥‥裕福なんだけどね」
 キラは2度目になる光景を目にする。
「へぇ、凄いね」
 テュール・ヘインツ(ea1683)が感嘆の声をあげる。まるで城砦のような村。3つの領主の館が村を取り囲んで、城砦のよう。
「あ、3つの領主の館から煙が上がっている。やっぱり3人とも来ているみたいだな」
 ベイン・ヴァル(ea1987)は目敏く見つける。領主不在の時には村人が交代で館の管理を行っているが、火を焚くことはない。領主が来ているに違いない。
「急に仲良くなったのかな」
 アルヴィス・スヴィバル(ea2804)は、仲が悪いから無用の争いを避けるため同時に滞在しないようにしていると聞いていた。彼らが村に滞在しているなら心境の変化があったのかも。
「そう簡単に仲良くなれるものじゃないさ」
 岬芳紀(ea2022)は、アルヴィスほど楽観視してはいない。
「人はそんなに利口になれるわけじゃない」
 面倒の始まりはタワケ領主の先祖の責任だ。この村は犠牲者なのだろう。
「できるなら誰か一人の領主が残り二人からこの村の権利を譲り渡してもらうとかできればいいのに」
 エル・サーディミスト(ea1743)は思わず口にした。
「誰か、か‥‥。今回の事件その可能性もあるのかも」
 ノリアはそんな可能性も考えていた。何があっても驚かないようにしないと。
 ようやく一行は村の入口にたどり着いた。
「今からじゃダンジョンまでは無理ね。村に泊まって早朝出発した方がいいでしょうね」
「村でも今まで捜索した結果も知っておいた方がいいでしょう」

●村の一夜
「あなた、以前のダンジョン競技の時に」
「ええ、いったい何が起こったのかしら?」
 用意された家に落ちつくと、キラは依頼人である新村長の取り巻きに声をかけた。
 取り敢えず食事は出してくれたから、しっかりした夕食を取る。この村の収穫量は他の村よりもかなりいいようだ。収穫祭は近い。村長不在では開催は難しいが、中止など以ての外。裕福な村と言っても、芸人もいなければ、芝居もない。朝早くから夜遅くまで重労働に明け暮れる。降誕祭など教会の行事を除けば、最大の楽しみを奪われるわけにはいかない。
 村に入ってから妙に敵意ある視線を感じる。よそ者に対するものかも知れない。しかし以前キラが来た時には、もっと友好的な感じだった。村で何か起こっているのかも。
「お祭りか。いいな」
 テュールは、お祭りの情景を思い浮かべる。
「今まで村周辺の森は、調べ尽くしました。収穫期のため、村人総出というわけにはいきませんが」
 運び込まれた大きな木の板に村周辺の幼稚な地図が描かれている。×印が付いているところはすでに探したところのようだ。
「ということは村の中はまだということですわね」
 村には印はついていない。もちろん、領主の館も。
「ところで、怪しげな‥‥あまり見かけない者たちが領主の館に出入りしているのを見たものがいると聞いていますが」
 ベインは領主の動きに興味を持っていた。
「ご領主様のご家来衆の顔はすべてとは言いませんが、ほとんどの方は覚えています。しかし、どこのご家中でもない方が館に出入りしているのを見かけました」
「ところで、3人の領主がこの村に滞在したことはないと言うことでしたが、今は3人とも滞在している。一体」
「表向きは収穫祭を一緒にということでしたが」
 言いよどむ。
「何かありそうですね。見かけぬ者たちの出入りと言い」
「では予定どおりに村での探索はお任せします」
「ダンジョンに証拠が残っているかも知れないから、そっちは任せるよ」
 ノリア、エル、ベイン、キラの4人はダンジョンに、ナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)、テュール、アルヴィス、芳紀の4人は村で探索を行う。
「十分に気をつけて」
 そうダンジョンで新たなモンスターが住み着いているかも知れないのだ。
 それは村で探索を行う者たちにも言えた。領主の館に人を始末するような地下室がないとは限らないのである。

●ダンジョン
「眠い〜。寒い〜」
 エルは眠い目を擦りながら、ダンジョンに向かっている。道案内はついたものの、暗い道。あまり寝ぼけているとはぐれかねない。それに結構寒い。ダンジョン競技の時よりも寒くなっているし、日も短くなっている。
「この前の競技の時は3人の村長候補者がここまで案内したのですよね」
「ええ、公平を期すために。依頼主全員が互いに監視しあえば、自分の雇った冒険者以外を買収してどうにかするということもないですから」
 案内人が説明する。今回は一人のみ。収穫期で忙しいらしく、案内したら直ぐに戻るという。
「あのダンジョンにはね」
 ダンジョン競技を経験したキラの話ではダンジョンの中には、手ごわいモンスターがぞろぞろいるという。
「普通なら同居しないようなモンスターも、棲み分けしている(らしい)貴重なダンジョンなのよ。あっちについたら、わたくしは別行動をさせていただきますわ」
 日が昇って森の中がやや温かくなる頃ダンジョンに到着した。
「それじゃ、ダンジョンの中の探索は任せます。とても俺たち一般の村人にはできませんから」
「あら、村長は一人でこのダンジョンに入ったのでしょう?」
「俺は村長なんかになる器じゃありませんから、そんな度胸はありませんよ」

「キラ、十分に気をつけて」
 エルは声をかける。中にはどんなモンスターが住み着いているかも知れない。
「2度目ですから大丈夫です。それよりもあなた方こそ気をつけて。奥にあるドラゴンのゴーレムのところでお会いしましょう」
 入口から中に入ると道は4つに別れている。
 キラは迷わず、右の道を行く。その姿が闇に消えた頃、残りの4人も左の道を進み始める。ベインとノリアが前に出てモンスターの攻撃に備える。エルがランタンを掲げて戦闘を支援する陣形。
「〜何か音がなっているような気がしない?」
 音源を調べると、ノリアのナックル同士。
「そんなに慌てなくても‥‥来たみたい」
 エルが前方の闇の中に僅かに蠢くものを見つめる。バイブレーションセンサーで接近が分かった。
「やっぱりいた。キラ一人で大丈夫かな」
「他人の心配している余裕はないぞ」
「見事なオーガ!」
 普通よりも一回りが大きそうだ。
 ベインはロングードを両手で構える。分厚そうなオーガの皮を考えると片手ではダメージをあまり与えられなさそうだ。
 最初の一撃をオフシフトで回避して、スマッシュをたたき込む。オーガの利き腕に激しく切り付けたが切断にはほど遠い。分厚い肉を叩いたような痺れる感触がロングソードを介して伝わってくる。
「強い」
「殴りクレリック・ノリア只今参上!」
 ノリアが、一気に距離を詰める。ローブをはためかせて、オーガの腕の下がくぐり抜け、背後の壁を蹴り登ってオーガの首に飛び乗る。両足でオーガの首を絞める。苦しがったオーガが上半身を激しく振り回す。
 ベインも下手に切り付けて、ノリアを真っ二つにしてしまってはと、手が止まる。
「おとなしくあたしになぐられなさい」
 ノリアは足でオーガの首を絞めつつ、石頭をナックルで殴りまくる。そこはさすがにオーガ、普通の人間なら悶絶するようなノリアの殴りを、タコ殴りされても致命傷にはなっていないようだ。
「なんて固いの。この石頭」
 さらに熱を込めてノリアが殴る。そろそろ、敵もノリアの状態に気づいたのか、壁にぶつけようとする動作に入るのが、ベインに分かった。
「エル、どうにかならないか」
 数回のうちには成功するだろう。あの勢いで叩きつけられたらザクロの実を潰したようになってしまうだろう。
「こんなところじゃプラントコントロールも使えないし、ローリンググラビティなんか使ったら、ノリアの方が先にやられちゃうし」
 エルには攻撃手段がない。
「こうなったら!」
 ベインが姿勢を低くして突進しつつ、滑り込むようにして、敵の足に切り付ける。狙いは脛。ここなら筋肉も少なく、骨に直接ダメージが行くはずだ。もちろん、ノリアを叩きつけようとした側であったら、オーガの攻撃を成功させてしまう。しかし、そろそろ奴の企みも成功しそうだった。
 いくら殴っても、瘤を作る程度で一向に致命傷を得られないノリアも焦っていた。数回壁に激突しそうになっている。さっきは振り上げた右肘が強か壁にぶつかっている。痛すぎて感触そのものがないようだ。
「うわっ、来る」
 ノリアは迫ってくる壁に目を閉じた。しかし、感じたのは激突ではなく、落下感。
 ベインの攻撃を脛に受けたオーガがバランスを崩して反対側に倒れた。最後に踏み込もうとした瞬間に、脛を切り付けられて踏み込めず逆に自分の体重に押しつぶされたようなものだ。
「やっぱり重いのは足が弱いっていうのがお約束ってことだね」
 エルは納得したように呟くが、危うくオーガの下敷きになりかかったノリアはそれどころじゃない。飛び上がって、全体重を乗せたナックルをオーガの顔面にたたき込む。オーガの両目が潰れて横から吹き出し、悶絶する。
「はぁはぁはぁ。この!」
 最後にもう一回蹴りを加える。
 止めはすでにベインがオーガの心臓に付き入れていたから、起き上がって再度攻撃してくる危険はなかったが。
「村長もこいつにやられている可能性もあるじゃない。急ごう」
「急いでもこいつにやられたのなら、もう骨になっているよ」
 それでも遺骨ぐらいは持ち帰れる。

 一方3人と別れたキラは、一人でランタンを掲げて道をゆっくりと歩いていた。
「あの新しい村長も一人で勇気を出して向かったのですから。己の足らない所を狙って攻めてくる所がありますのね。ですから、ここはわたくし達が決めた新しい村長の事を強く思って進みますわ。己の心を強く持って。わたくしの心の強さを試す為にも‥‥」
 もし途中で彼のものらしい品を拾ったなら回収しておくつもりで下を見ながら進んだが、それらしいものは何もなかった。
「道違うのかな」
 キラは何事もなく以前大立ち回りを演じた広場に出た。ここにあのドラゴン型のゴーレムが来たはずだ。しかし、ドラゴンはおろか、どんな形のゴーレムもない。
「旅行にでも‥‥行くわけない」
 ドラゴンが居たと記憶していた場所には、幾つかの岩の固まりが残っているのみ。
「ドラゴン型ゴーレムが破壊されていた?」
 まさか、こんな巨大なものがそう簡単に破壊できるものだろうか。調べていると、別の道を通ったノリアたちが到着した。
「ポーション使う?」
「まだいい。この程度」
 ノリアは壁にぶつけられた右肘を押さえていた。戦いの興奮が収まると、痛みが出てくる。次は回復魔法を覚えておいた方がいいかな。
「ノリア、回復魔法覚えたいって思わなかった?」
「なんで分かるの?」
「このダンジョンって必要でないものを教えてくれるみたいなの」
「そういえば、エルも攻撃魔法を思えた方がいいなって思ったよ。ベインは?」
「特に何も」
「え〜と、ここにドラゴン型ゴーレムがあったはずなんだけど」
 キラが呼び寄せる。
「これがドラゴン型ゴーレムの成れの果てね。この残った残骸からすると、それほど大きくないみたいね」
 エルは大体の大きさを想像していた。
「いや、立った状態では天井近くまで行っていた」
 それでもこれだけの岩しか残らなかったとなると、中が空洞だったのかも。
「村長の手掛かり見たいなものはない?」
 全員がランタンを持って探し回ったが、村長がここに着いた証のようなものはなかった。
「そういえば左の奥ってこの前きた時いかなったけど」
 キラは、思い出したかのようにもう一つの穴を見つめる。
「モンスターを引き寄せる何かがあるとしたら?」
 キラは残りの3人を振り返る。
「怖いけど、行こうよ。せっかく来たんだもの」
 エルは、明るく答えた。

●村の探索
 4人の探索隊がダンジョンに向かって居た頃、村では別の4人はゆっくり寝て活動を開始した。
 村の中は手を付けていないとはいえ、新村長の取り巻きの連中はまずは隠していない。隠す理由がない。
「怪しいのは、他の二人の候補者の取り巻きと領主館。一般の村人は取り敢えず除いておいていいでしょう」
「自作自演って可能性はないかな」
 テュールが疑問を口にした。
「何で? 何か自作自演する理由ってある?」
「まだ分からないけど」
「じゃ、テュールたちはそれも含めて聞き込みをしてみて。本人が自らの意思で隠れようとしたら目撃証言も少ないでしょう。でも理由がね」
 ナスターシャは首を傾げる。テュールの仮説は今のところ理由が見当たらない。
「隠れた真実を見つけなきゃ」
 とはいえ、取り巻きがギルドに依頼してくるのだから、新村長の取り巻きの知らないところで、だろう。偶然通り掛かった冒険者が事件に巻き込まれた訳でないのだから。
 ナスターシャは目撃証言を集める上での注意点を言ってみる。反対はない。
「単独行動はしないようにしよう。なんせ新村長を消してしまった相手だ。どれだけの数がいるか分からない」
 陰謀が係わっているなら、敵はもっと用意周到に行うだろう。
「取り敢えず聞き込みにいきましょう。夕方には一旦集まって情報交換しておこう」
 テュールとアルヴィスの組は年齢よりも若く見えるから、相手の警戒心緩めることができそうだ。芳紀とナスターシャの組は領主にも近づいて情報を集めるつもりでいる。
 チュールでも、収穫に追われる村人の相手はやはりしにくい。皆収穫で忙しい。唯一時間が取れるのは昼時のみ。それまでは労働に従事してしない子供を中心に聞き込みを行う。
「子供と言っても、けっこう見ているものだね」
 チュールは昼時を前に、今まで集めた情報を検討してみた。
「新村長が村から出発したのを皆みていた。わざわざ皆の見ている前で出発するようにしたから」
「そうだね。気になるのは出発の時領主もすでに到着していたことだね。僕の調べた限りじゃ全員が出発の前日に到着したらしい」
「影響ありそうだね。でも自作自演は少ないかも」
「まだ分からないよ。領主たちの何らかの陰謀を掴んで隠れているのかも」
「あんな村長探さないで。いない方がいい」
「え?」
 一瞬だったが、誰かが二人に向かって叫んだ。
「もういない。誰だったんだろう」

 芳紀とナスターシャはベルモットを手土産に東の領主を訪れていた。
「御領主殿は村長が行方不明になったことはご存じかな」
「もちろん知っている。村長が不在では収穫祭もできなくて村人も困るだろう。もともとダンジョンは危険なところ、あんなところに行かなくても良さそうなものを」
 東の領主は新村長の支援者ではなかったが、競技の後に村長が一人でダンジョンの奥に入るのは反対していた。新村長が命を落とした場合、残りの二人の候補者だったいずれかが村長に繰り上がるのだから別に反対する必要はないが、表に出さないのが領主なのだろう。
「ところで今回は3人の領主が全員同時期に訪れたのは何故です。今まで避けていたと聞いていますが」
「それは北の領主が代替わりした。その祝いのため。明日の夜には大々的な晩餐があるという。領民でも、冒険者でも問題なく入れるそうだ。行ってみたら如何かな」
「ところで最近、領地経営で何やら悩みごとがなくなるそうですね」
 ナスターシャがカマをかけた。
「そう、この三竦みの状態から解放されるらしい。ここ以外にも領地を持っているのでな。収入が減らなければ、村の領有権など無くてもいい」
(「こいつやっぱりタワケだ。こんなことベラベラ喋っていいのか」)
 芳紀は冷ややかに領主を眺めた。
 領主の館を出ると大きく息を吐く。
「領主が何か企んでいることは間違いない」
「この村の統治は大変そうね。3人の領主が、もし一人の代官に領地経営を任せればいいのに」
「代官か。それがいいのかも。そういえば最近凄腕の代官がいるって噂聞かないか。10年間で収入を数倍にしたとか」
「そういえば、領地の遺産相続で揉めたところがあったとか」
「あそこは代官が非常に優秀だった。その代官が何やら営業拡大を始めるとかいう噂を聞いた。誰しも面倒な経営よりも、収入が増えた方がいいさ。今時、初夜権にこだわる領主なんかいないだろ」
「初夜権って?」
 ナスターシャはもしやと思いながら、聞いてみた。
「知らないのか‥‥。領民同士が結婚する場合に花嫁の初体験を領主に捧げるってのが、もともとの意味。実際には、それを花婿が買い取るという名目で金を払う。領主の臨時収入みたいなものさ。いい領主なら同額以上の祝いをやるだろうけど」
 領主の館でしっかりとした感触を得た。しかし、それが新村長とどう係わってくるのかは分からない。

●ダンジョンの奥で
「この奥ってどうなっているが知らないの?」
 エルはキラに聞いてみる。
「この前の時には、ここで目的の羊皮紙が見つかったから。いままでに村長の痕跡は無かったから来たとは言えないけどもしかして奥に幽閉されているかも知れない。行ってみましょう」
 左奥に進んでみる。キラとベインの二人が先頭、次にランタンを持ったエル、最後にノリアの順。
 エルは、バイブレーションセンサーで敵の接近を早期に感知できるようにしている。
「何もないみたいね。ちょっと待って!」
 キラは奥に何か書いているのを見つけた。
「ゲルマン語じゃないみたい」
「見せて。‥‥ラテン語じゃない」
 クレリックだけに、ノリアはラテン語が分かった。
「でもけっこう古い言い回しね。このダンジョンを訪れた者につぐ。この地の竜不在につきゴーレムを持って代える。なれど、ゴーレム破壊されし時は再び竜訪れる時まで誓いなし。我、竜の友人にして偉大なる‥‥ここから先は読めないわ。ラテン語でもないみたい」
「なんかゴーレム破壊されし時って今じゃない? ゴーレムを置いたのは、これを書いた人じゃない? でも大昔の伝言みたいね。誓いなしっていうのは、たぶん、儀式を行った後モンスターが出なくなるという誓いが果たされなくなるってことよね」
 エルが不安そうに見回す。
「どうする。このまま村に戻る? それとも、どうしてここにモンスターが沸きだすのか調べてみる?」
 ノリアは見渡す。
「いいけど、でももう行く場所ってないんじゃないか?」
 ベインの言うとおり、もうこのダンジョンは全てみたはず。
「このダンジョン、ゴーレムが中にいたけど本当はドラゴンがいたはず。なんらかの理由でこのダンジョンを後にしてそのまま帰ってきていないけど。だとしたら、このダンジョンからドラゴンが出られるような道があるはずでしょ」
「そうよね」
「それじゃ、隠し扉を探してみましょう。きっともう片方の奥のはず。まさかドラゴンのゴーレムが居たんじゃ誰も探さないでしょう」
 4人はもとの順番のままもう片方、以前ゴーレムが出てきた側に向かった。
「行き止まり?」
 エルがランタンで周囲を照らしてみる。
「ドラゴンの視点はもっと高いんじゃないかな?」
 ノリアは上を見てみた。
「ベイン、ちょっとエルを肩に乗せてくれない? たぶんエルが一番軽いはずだから」
 ベインの肩を踏み台にしてエルが上の方を見る。それでも壁の中ほどあたり。
「何かある。押してみるね」
 それが仕掛けだったのか、ダンジョンの壁が開く。
「わ、落ちる」
 今まで支えになっていた壁が動いたため、エルがバランスを崩す。ノリアとキラが辛うじて落ちてきたエルを受け止める。
「それじゃ行くわよ」
 キラの声に、全員が得物を構えて横穴に入る。

●北の領主
「ここが北の領主の館か」
 芳紀とナスターシャは北の領主の館の前に来ていた。大々的な晩餐があるということで今から準備で忙しいようだ。
「見られぬ者たちって、この準備じゃないか」
 だとしたら、別に問題はない。
「でも何かやらかそうとしていることには変わりないでしょう」
「そうだな。そろそろ時間だ。テュールたちと合流しよう」

「収穫あった?」
 テュールは笑顔であった。自分も収穫があったようだ。
「村長が出掛けたのは間違えない。問題は、村長の所業みたいだよ」
 村長はかなりあくどい人物で、前の村長の息子ということで取り巻きにチヤホヤされたせいか、相当増長して前の村長が体を弱くして職務を代行していた時には散々悪いことをしたらしい。領主不在で村長の権限が大きいせいもあって誰も掣肘できないぐらいだったようだ。しかも、親の前ではしっかりやったフリだけは巧かったから、始末が悪い。
「恨みの線もあったかも。手込めにされた娘さんもいたみたいだし」
 領主が滞在していれば、訴える事もできただろうが、三竦みで滞在期間が短く、しかも滞在している領主の領民以外では訴えるわけにもいかない。
「そんなことを仕出かしていたとはね。誰だ、そんな奴を村長にしたのは」
「前にダンジョン競技をやった冒険者でしょ。新村長が雇った冒険者が勝ったから、成ったんじゃない。最悪ね」
 ナスターシャは嫌悪感を抱いていた。
「領主は北の領主の代替わりの祝いに駆けつけたということだったが、もしかしたら」
「村長の悪行を知って。今回の依頼人は村長と一緒になって悪事を企んでいた取り巻きたちだから、領主は苦手のはずよね」
「‥‥なんとなく、依頼人の利益破壊しているような気がする」
「そういえば、そうね。もし、村長を捕縛したのが領主なら取り巻き達にもしかるべき沙汰があるはずでしょうから」
「まぁ、村長が見つかれば依頼は完了したことになる」
 4人は明日の夜の北の領主館の晩餐に向けて準備を始めた。出入り自由の晩餐会なら村長を見つけるのも楽だろう。

●仕掛けの先
「これは‥‥」
 キラは隠し扉の奥から漏れる明かりに気づいた。ドラゴンが出られそうな出口がある。もっとも夕日も沈みかけていたから直ぐに暗くなったが。
「モンスターを呼び寄せる仕掛けはなかったみたいね」
「これは‥‥何かが破壊された後みたいだ」
 ベインがもう原型も分からないほど破壊された破片を見つける。
「水晶のかけら?」
 ノリアが手に取ってみるが、どうやらもう力は感じられない。
「何者かが、このダンジョンに入ってドラゴンのゴーレムを破壊し、モンスターを引き寄せるアイテムも破壊したのか。あのオーガは多分その時殺し漏れたか、破壊する直前に呼び寄せられたものじゃないか」
 ここから出てしまえば、ダンジョン内に呼び寄せられたオーガに出会わなくてもいい。
「村長の痕跡はなかった。けれど、モンスターが意図的に集められることもない。自然に来るのは仕方ないな」
 ベインはそろそろ村の方が気になってきた。こっちに気配がないなら、村に陰謀があるはずだと。村で捜索している4人に危険が迫っているかも。
「ダンジョンから少し離れて野営しよう。夜の森じゃ迷いかねない」
 キラも同意見。2回きたぐらいでは、夜の森を半日歩いて村まで戻るのは無理だ。
「ノリア、最初に休んで。腕、大丈夫?」
「ええ。大丈夫だけど、休ませてもらうわ」

●晩餐
「村総出だな。収穫祭の前夜祭的意味合いかな」
 昼間の作業で村の収穫はどうにか終わった。あとは祭をするだけ。それの準備もけっこう終わっているらしい。そのまま突入する気配。村長不在でも3人の領主が滞在していればできないことはないのだろう。
「では、潜入だな」
 テュールとアルヴィスが見張り兼お騒ぎ係(なにかあったら騒ぎを起こして注意を直付ける)。芳紀とナスターシャが、普段入れそうにない場所を探って調べる。
「囚人を入れるなら牢屋です」
 ナスターシャは、村長の悪事がばれて領主に捕まったと思っている。
(「決めつけたら見つかるものも見つからないと思うが」)
 地下牢に幽閉しているだろう。その時まで。
(「あ、私もそう思ってしまっていた」)
 牢があるとすれば、周辺に入口があるだろう。
「ここ、それっぽくない?」
 テュールが先に見つけた。
「入ってみる。見張っていてくれ」
 鍵はかかっていない。芳紀が先に入る。
「酷い臭いね」
 ナスターシャが顔を顰める。
「地下牢なんてそんなものだろう。土の冷たさが四六時中体力を奪い続ける。衰弱し、死に至る」
「誰か、いるのか。助けてくれ」
「さすがにここは鍵がある。外せない。壊すか」
「ちょっとこれって牢破り。相手を確認してからにしなきゃ」
「それも‥‥。貴方は?」
「村長だ。いきなり襲われて気がついたらここに。助けてくれたらいくらでも払う」
(「嘘だ」)
 失踪してから相当な日数が経っている。飢えと渇きで死んでいてもおかしくない。少なくとも声が出るほど元気なはずは。
「何をしている! 村長が助けを求めているのに」
 苛立った声。従わないことそのものが信じられないという傲慢さが声に出ている。
「その男は、村長になるはずだった男だ」
 背後から声がした。まったく存在を感じられなかった。
「牢を破らなくても、これから出す」
「また、お前か。村長に対する礼儀も知らんで」
 背後から来た男は二人に向かってお手上げの仕種をする。何となくわかるような感じだ。村長を牢から出すと、余計な口をきかないように猿ぐつわを噛ませて頭からスッポリと袋を被せる。
「これから公開裁判を行う。傍聴に来るだろう」
 表に出ると、依頼人たちがすでに被告席にいた。
「村長は見つかったよ」
「‥‥これじゃ意味がない」
 自分たちは捕まり運命を託した村長が裁かれる。頼みの冒険者はどうやらこちらの味方にはついてくれそうにない。
「依頼は村長を見つけるまでさ。村長は見つけたぜ」

「このたび北の領主が代替わりし、その祝いに領民を招待してこの晩餐を開いた。盛大に祝って欲しい。もちろん、以前より聞き及んでいたことについても今決着を着けたいとの御意向である」
 岬ら4人は用意された席についた。
「遅かったじゃない」
 ノリアたちはすでに到着していた。
「一体どうして?」
 ノリアたちは明るくなると村への道を急いでいた。到着したのは昼過ぎ。岬たちと合流しようとしたときには、岬たちは領主の館に潜入していた。それで北の領主の館でどんちゃん騒ぎがあると聞いてやってきた。きっとここにいるだろうと。
「ダンジョンの方は全く痕跡なかったよ」
 エルが配られた料理に舌鼓をうちつつ答えた。
「いやそうじゃなく、村長は見つかったんだけど」
 どうやら、隠れた悪事が領主にばれてしまって拘留されていたらしい。
「おやおや」
 ベインは仕方ないという仕種。うすうすは感じていた。村人の協力態勢がいかにもなおざりだった。収穫期とはいえ、大事な村長探しならもっと人手を出すだろう。
「こういう場合、騎士団や王国に報告すべきかしら」
 ナスターシャは仲間たちを見る。
「無理じゃない? 領主裁判権の範囲でしょうから」
 ノリアは素っ気なく答える。領主裁判権の範疇なら国王も口出し無用。キラも同意見。もっともキラは前回の競技に参加していたから、ちょっとは責任を感じている。もっと調べてから決めれば良かったと。
「私利私欲に走り、領民に被害を与えた前村長の息子については、有罪とし禁固20年とする」
 読み上げられるのは、寛大な内容だった。死刑とてあり得たはずだ。
「自分が何故裁かれたのか、ゆっくり考えるのだな」
 もし、拘留中に自分の行動を改めれば、あるいは。しかし、拘留されても行動は変わらなかった。そして拘留中に領民の間の区別もついた。
 北の領主はまだ子供のようだ。その脇で領主を補佐している人物が、すべてを代行している。東西の領主も同席している。3人の領主を一人の男が代行しているに等しい。3人の領主が同席していなければ、村長は裁けなかっただろう。
「今までこの村には3人の領主は並立し、甚だ難しい状況にあった。このため、今日以降は3人の領主の権利はそのままとして、3人より委任された代官によってこの村を統治することにする」
 この宣言のあと、歓声が上がったのは言うまでもない。
「エル、大丈夫? ノリアも、飲み過ぎで明日起きられないぞ」
 ベインは自分もけっこう飲んだが、まだ意識はある。
「結局怪しげな人達って、領主の手配みたいね。アルヴィス、飲んでる? ただ酒なんだから思いっきり飲んどきなさいよ」
 ナスターシャも飲みすぎて目が据わっている。ひ弱なアルヴィスはとっくに潰れていた。
「依頼人が逮捕拘留されちゃ報酬だって心配」
「その点は大丈夫だよ。領主様も報酬はギルドに払い済だから手を出せないってさ」
 テュールは飲んではいないが、腹一杯食べていた。もう動けそうにない。
「キラ、大丈夫?」
「ちょっと落ち込んでいるだけですわ」
「外面に騙されたのは、他にもいるんでしょ?」
「そうね」
 芳紀はさきほど自分たちを止めた男と会っていた。
「あの時牢破りしていたら、今頃」
「良く分かっているじゃないか。同じ冒険者だからな」
「しかし‥‥難しいな。もし領主の陰謀なら」
「陰謀には違いないさ」
「え?」
「いや、分からなくいい。さて、思いっきり飲もうや」
「そういえば、名前聞いていない。私は芳紀」
「カスター」
 翌朝、飲みすぎた全員が地獄を味わったことは言うまでもない。村を出発できたのは、さらにその翌日だった。