●リプレイ本文
●父のない子と子のない父と
屋台の並ぶ祭りの広場。天秤の音、包丁の音、威勢の良い客引きの声。普段でも祭りのようなパリの街は、華やかな喧噪に包まれていた。
依頼人の希望は、『冒険者の娘とその仲間達』であるから、誰が娘役で、誰が仲間役を務めるのか決めなくてはならない。事前の打ち合わせの結果、娘の役は依頼人から提示されている条件に一番近いリュリュ・アルビレオ(ea4167)かカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)が適当だろう、ということになった。
ただしリュリュとカミーユは、年恰好などが共通しているのみで、性格や印象などは全然違う。どちらがより娘役に適当か‥‥。悩んだ末、これは父親である依頼人に決めてもらうのが最も無難だろう、という結論に至る。
街が祭で賑わう夜。顔合わせを兼ねてギルドに姿を見せた依頼人の紳士と面会する。
「はじめまして、カミーユと申します。今回の依頼では、わたくしかリュリュが務めさせていただこうと思っているのですが‥‥。見ての通り、わたくしとリュリュではかなり印象が違います。単刀直入にお尋ねしますが、娘役としては、どちらが適当だと思われます?」
紳士は「ふむ」と頷き、リュリュとカミーユの両方を見つめる。が、一呼吸ほどの間を置いて、返ってきたのは次のような言葉だった。
「それでは、ご両名に揃ってお願いできますか。見たところ、どちらもどこかしら、娘に通じるところがあるようです。絵師の方には、お二方の特徴を混ぜて描写していただくことにしましょう」
「わかりましたわ。ではそのように」
「リュリュ・アルビレオです。よろしくお願いします、『お父さん』」
「こちらこそ。私は、エドモンド・テランセラといいます」
リュリュの挨拶に、紳士が微笑む。明日一日だけの夢の時間。この紳士と自分たちは『親子』という間柄になるのだ。
「そういえば、娘さんのお名前は? なんと仰るのですか?」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)が何気なく訊ねる。しかしその問いに、紳士は軽く首を横に振った。
「それは‥‥今回はお気遣いなく。明日は、あなた方が確かに私の娘なのですから。では、よろしくお願いします」
そう言って、一礼する紳士。その瞳の奥に一抹の寂しさが垣間見えた気がして、ティアイエルは何とも言えない気持ちになった。何故なら、自分も『家出した娘』には違いないから。
‥‥もしかしたら、あたしのパパも同じ気持ちでいるのかな。
何となく、そんなことを胸の内で思った。
●収穫祭
翌日。
まずは父親の紳士と娘役のカミーユとリュリュが広場で落ち合い、祭りを楽しむ。
当初は、娘と仲間達と一緒に、というプランもあったのだが、
「親子の思い出プランだろ。ならしばらくは、水入らずで過ごさしてやるのが常道ってモンさね」
との、パトリアンナ・ケイジ(ea0353)の一声で、まずは父と娘のみで行動すると言うことになったのだ。他の仲間のメンバーとは、随所で落ち合う場所を決めてある。
街中は多くの露店で賑わい、そこかしこに芸人の姿も見える。
「やっぱり、収穫祭ともなると一味違うわよねー! あ、あそこで手品やってる、手品! お父さん観にいこ!」
人々で賑わう通りを、紳士の手をとり率先して進んでいくリュリュ。少しはしゃぎ過ぎか、という気がしないでもないが、久々の再会を果たした親子なのだ。お互いの『わだかまり』を消すために、楽しめることを大いに楽しんでいる、と思えば納得もいく。
もう一方の娘のカミーユは、装飾品を扱う露店でおねだりをした。求めたのは貝細工に輝石をあしらったブローチ。細工は悪くないが、金銭的価値という観点で見るとさほどでもない。
「そんなものでいいのかい? 何だったらもう少しいいものでも‥‥」
「これが、欲しいんですの!」
「わかったよ。おまえは昔から、こうと決めたらテコでも動かなかったからなぁ」
「ありがとう、お父さん」
押し切る形で『欲しいもの』を買ってもらうことに成功する。財布を出す紳士の顔には、どこか楽しげな苦笑が浮かんでいた。
ある出店に立ち寄ったとき、脇から親しげに声がかけられる。
「よぉリュリュ、カミーユ、お疲れさん!」
「あ、パティさん!」
「知り合いかい?」
訊ねてくる紳士に、リュリュが頷く。
「パトリアンナさん。冒険者仲間よ」
「親父さんかい? よろしく。気軽にパティって呼んでくんな!」
親しげに紳士の肩を叩き、豪快に笑う。パティがここにいる、ということは。予め合流点と決めていたノリア・カサンドラ(ea1558)の出店が近いということだ。とすると‥‥
カミーユが視線を巡らせる‥‥までもなく。威勢よく現れた女クレリックが登場の勢いそのままに、パトリアンナをドツキ倒す。
「殴りクレリック・ノリア只今参上! こらパティ、いきなりそんな挨拶はないだろ。『親しき仲にも礼儀あり』って、神様も言ってるじゃん!」
「何が神様、だい。都合のいいように神様を引き合いに出すんじゃないよ」
「ふふふん、言ってくれるねえ。そういえばかねてより手合わせしないかって言われてたんだよねー。ついでだから、どうよ? ここで」
「おぉ、やるかい? あたしゃぁ構わないよ?」
挑発するノリアに対し、楽しげに手にしたメタルロッドを構えてみせるパトリアンナ。あわや、と思えた瞬間。現れた第三の影が2人の頭を拳で軽快に殴りつけた。
「お2人とも公共の場でやりすぎですよ! はじめまして、お父上様? セシリア・カータ(ea1643)と申します。お嬢様には、普段からお世話になっております」
「さ、左様ですか‥‥」
にっこり、と微笑むセシリアに、半ば呆然、と紳士が答える。これは一応打ち合わせの通りではあるのだが、さすがにちょっとやり過ぎだったか‥‥と、後になってちらりと、カミーユは思った。
「せっかくですから、娘さんが普段よく行く場所にも行ってみましょう」
セシリアの言葉に乗る形で、まず赴いたのは『冒険者の酒場』。やはり祭りの賑わいに溢れている店内では、ティアイエルとソフィア・ファーリーフ(ea3972)とミリランシェル・ガブリエル(ea1782)が待っていた。
「お父様ですか? いつも娘さんにはお世話になってます」
「はじめまして〜。ささ、お近づきにどうぞ一杯♪ みんなの分も用意してあるから、まずは呑んで収穫祭を愉しみましょう!」
演技ではなく、本当にほろ酔い状態になっているソフィアが、にこにこと笑いながらグラスを渡した。手渡されたそれにはなみなみと、冒険者にはお馴染みの飲み物、冒険者酒場名物『古ワイン』が満たされている。
言われるまま何気なくグラスを傾け‥‥微かに顔をしかめる紳士。酸敗寸前の古ワインである。慣れればそれなりに乙なものだが、さすがに紳士ほどの立場になると、そうそう味わうものでもないだろう。
「これは、冒険者ならぜぇ〜ったいに呑むものなんですよぉ。パパさんは初めてでふか?」
「はあ‥‥」
「この味をかみ締めて、冒険者としての成功を目指すのでふ。娘さんを想う時は、呑んでみてくださいね」
「‥‥そうします」
「さて、と。祭りの日に酒場で飲んだくれてるだけ、というのも何だし。せっかくだからパリの中でも、今日この日じゃないと行けないような所にも行ってみようよ」
「じゃあ、コンコルド城なんていかがです? あそこの前庭が、祭りの間は市民に開放されてますよ」
ティアイエルの提案に、ミリランシェルが答える。
「あ、いいでふねえ〜。さっそく行きましょう」
国王ウィリアム3世の居城、コンコルド城。普段は一部の施設が開放されているだけだが、今日のこの日は前庭部分まで市民が自由に出入りできるようになっている。普段用もないのに気安く入れない場所だけあって、そこは既に物見高い市民達で溢れていた。
いつもはいくつかの尖塔とおおよその外観しか望めない王宮が、前庭からだとかなり近くに見える。さすがに王宮内への立ち入りまでは認められていないが、チャンスがあれば一度は足を踏み入れてみたいものだ。
「きれいですねぇ〜。いつかあのお城にお呼ばれしてみたいですね〜、ひっく」
「ソフィアさん、大丈夫ですか?」
庭園内では、訪問者にワイン(もちろん『古』はつかない)が振舞われている。薫り高いそれを楽しみ、更に酔いがまわっているらしいソフィアを、カミーユが心配そうに見上げる。
「へーきへーき♪ っと? 何? 何か騒がしいよぉ?」
ふと気がつくと、人並みの一角が妙にざわつき始め、やがてそれは拍手と歓声に変わった。その中心にある露台に目を凝らしてみると。そこには数人の騎士らしい人物を従え、豪奢な衣装に身を纏った青年が立っていた。歓声を上げる市民達に向かって、微笑を浮かべながら軽く手を振っている。
「あれはぁ‥‥我がノルマンの一番えらいひと!」
「もしかすると国王陛下その人、とかいうかねぇ?」
「もしかしなくても国王陛下でしょ‥‥」
まるで漫才のようなノリアとパトリアンナの掛け合いに、がっくりと肩を落としながらミリランシェルが言う。
「やった! 実物!! 実物の国王様を見ちゃった! お父さん、見た?」
「ああ」
腕を引っ張りつつはしゃぐリュリュを優しく見つめ、紳士が頷く。遠目とはいえ国王その人の姿を拝むなど、そうそうあることではない。この出来事も、収穫祭のいい思い出になりそうだ。
その後。エチゴヤ出張所でミリランシェルが購入した福袋からはなんと『ロバ』が当たり。そのロバを手近な商人に売り払うことで思いがけない臨時収入を得た一行は、祭りの締めくくりにと、豪勢なディナーを楽しむことにした。普段はまず入ろう、などとは思わない、時に貴族なども利用するという店を選び、そこの自慢の料理を楽しむ。
料理の合間の話題は、自然、彼の娘であるリュリュやカミーユと彼ら仲間たちの出会いや、一緒にこなしてきた冒険譚などだ。
「ほぅ‥‥オーガをたこ殴りに、ですか。それはすごい」
「いえいえ、あたし一人じゃムリですよ。娘さんとか、他の仲間達の助けあってこそ出来たんです」
「一人が出来ることは限られてるけど、仲間がいれば大抵のことは何とかなる。そういった仲間が得やすく、また付き合いが長続きしやすいのも、冒険者ならでは、ってところでね」
食事は一通りのコースを終え、一同の前には彩りよく盛られたデザートの皿が並べられている。
「ま、基本はやっぱ元気でいることさね。武器をなくしても、体が傷ついても、心が折れそうになったって、両の手さえあればなんだってできるのさ」
神妙な顔で言い、傍らのボウルを無造作に手に取るパトリアンナ。
「あ! パティさんそれ‥‥!」
気付いたティアイエルが止めたそのときは既に遅く。パトリアンナはそのボウルの水を飲んでしまった後だった。
それは『フィンガーボウル』といって、飲むためのものじゃないんです。
そう続けようとしたティアイエルの言葉は、すぐに飲み込まれてしまう。
何故なら傍らで話を聞いていた紳士が、こともなげに自分のボウルを手に取り、同じように中の水を飲み干してしまったからだ。唖然、となる一同に、紳士はにこやかに微笑む。
「‥‥どうかしましたか?」
「‥‥いいえ」
「何でもありませんわ」
にこ、と笑って、これまたフィンガーボウルの水を飲み干すカミーユ。
「そういえば、遺跡探索の話をまだしてなかったよね。あれは‥‥」
新たな冒険譚を語りだすミリランシェルの手にもまた、フィンガーボウルがある。
側付きの給仕が目を白黒させるのをよそに、その卓には終始暖かな笑い声が響いていた‥‥。
●行って来ます
一夜が明けた。
停車場は今日も旅立つ者達で賑わっている。
その人込みの中。故郷へと戻るべく待合にいた紳士は、聞き覚えのある声にふと、振り向いた。
「いたいた、お父さん!」
視線の先に飛び込んできたのは、昨日娘役の一人だったリュリュ。仲間のメンバーも皆、揃っている。
「君達は‥‥」
呆然、と見返してくる紳士に、ティアイエルが微笑む。
「収穫祭は今日が最終日ですよ。あたし達は、祭りの間ということで、依頼を受けてるんですから」
「あたし達、これからまた仕事なの。新しい冒険よ。だから、挨拶して行こうと思って」
「挨拶?」
「‥‥冒険に行って来ます! お父さんも気をつけてね!」
「‥‥ありがとう」
彼の本当の娘も、新たな冒険へと旅立っていったはずなのだ。きっと、こんな風に。彼女は元気に旅立っていった。土産話の締めくくりはこれで決まりだ。
言葉にならない感謝の意を込めて一礼する紳士に、『娘』ではなく『冒険者』としてカミーユが言う。
「あの、もしよろしければ。本物の娘さんに伝えるメッセージなどあれば、お預かりしますわ?」
「そうです、ね‥‥いえ、そういうものはありません。お気遣い、感謝します」
「そうですか?」
「ええ。娘はもう私の手元から離れていったのですからね。どこか、同じ空の下で無事元気にやっているなら‥‥親としては、それで十分です」
「おぅい、そろそろ行かないと。遅れっちまうよ!」
パトリアンナが、敢えて軽快に声をかける。折りしも停車場には、故郷へ向かう紳士が乗り込もうとしていた馬車が到着した頃だ。
にこ、と笑い、リュリュがもう一度言う。
「じゃあ行って来ます、お父さん」
「ああ、行っておいで。元気でな」
「お父さんも!」
年に一度の祭りの日。
出会った父と娘は、思い出を胸に別れていった‥‥。