●リプレイ本文
●出発
迎えは数台の3頭立ての馬車であった。荷物を持ち馬の分まで馬車に積み。それぞれの馬は空馬にして引いて行く。
「過去は問わない‥‥か。良いだろう、この依頼引き受けた」
この男がが最後の一人。顔面を目以外包帯で覆った男がじろりと睨んだ。
「クオレスト・ヴァンシール(ea8309)殿で宜しいな」
。集まった冒険者達を詰め込み一路南西へ。草を分けて馬車は進む。葉の落ちた柏の森を縫い、泥濘の道を。小川を渡り、丘陵の見える場所に至るまで1日半。道無き道を馬車は行く。
道中、ヴェガ・キュアノス(ea7463)は使いの者に細々とした事柄を質問する。
「使者殿。ちとおぬしに訊ねたい。アレクス卿の封土はどの辺りなのかのう?」
「東方の国境を護る位置にございます。そう言う意味では北方を固めるドレスタット辺境伯殿と似たようなものでありましょうか?」
使者はこの物静かな女性に注意深く応対する。広さはおよそ50km四方ほどもあろうか? 領内に既に幾つかの村と砦があるが、恐ろしく何もないところだ。西は、セーヌを通じてパリを臨み、東に丘陵と森を抱く。北へ進めばドレスタット。南に下ればイタリア半島の付け根に至る。
「ここでお逢いしたのも何かの縁です。俺はホメロス・フレキ(ea4263)。よろしくお願いします」
世間知らずな若い娘なら、溶けて仕舞いそうな媚笑を氷の微笑で跳ね返し、ヴェガは一言。
「ヴェガ・キュアノスじゃ。よしなに」
教会は神の花嫁。中でも女性のクレリックは神に嫁したる乙女である。世の楽しみなど彼女の眼中にはなきが如しであった。
「町作りとの事で‥‥まずはなにも無い土地との事ですから‥‥皆さんで調査する必要がありますね‥‥。どのような場所にどのような状況か、周りにモンスターや動物がいるのか‥‥風土や気候ですね‥‥」
慌てて話題を変える。その様に、破顔したヴェガは
「まあ良い。ふんわか参るかのう、ふんわか」
彼の口癖を真似た。
馬車が封土に入ると、森と平原を除いて全てが消えた。山もなく谷もなく、只平原が続く。無論集落の一つだに無い。
「ここいらに村は無いのかのう?」
ヴェガが訝しげに訊ねる。
「御領地の村落は、西のほうにございます。何分、ここはいつ戦場となるやも知れませんので、まだ入植を手控えておりまする。かの国との国境が、完全に定まった訳ではございませぬからな」
見る限り平穏なこの光景も。いつ戦場と化すかも知れない。これはとんでも無い仕事だな。と、ホメロスも身構えた。
●拠点作り
まもなく、視界に丘陵地帯が入ってきた。
「街を築くのはあの向こうです。如何に強欲な神聖ローマとは言え、領土と主張するのは憚れましょう」
その文言に、クオレストはふっと鼻で笑う。
「クオレストは神聖ローマの者かえ。まぁソレはソレ、コレはコレ、じゃ。宜しゅうに」
ヴェガは遙かに見える城塞を眺める。丘陵と言えども、馬匹往来の障害とはなっても、それだけで敵を防げるほどの要害ではない。相手の動きが見渡せる河のほうが、国境線としては優れているのである。その河は、遙か東方。しかし、バルディエも相手を刺激せぬように、丘陵地帯の東を無人の土地のままにしていた。
「着きました。この見渡す限りが、あなた方に委ねられる土地です」
二つの河に挟まれた土地南の一つはセーヌ河と呼ばれパリに続く。森も見えるが、鬱蒼としたと言うよりは、落葉もあって明るい。
「うーっ。だりー」
伸びをするのはアルス・マグナ(ea1736)。愛馬に負担を掛けさせぬために馬車にずっと揺られてきたのだ。日は南の空に輝いて、暖かな光を冒険者達に投げかけていた。
「新しい町を作るですか、期待に胸が膨れますね。でも‥‥今回は下地作りに専念ですね」
ボルト・レイヴン(ea7906)は、はぁっとため息。全くなんにも無い。草と森と河と、あとは東に見える丘陵地帯。西や南北に足をのばせばいくつかの村落を抱えているが。徒歩で1日も掛かる。
「先ずは道を造ることから始めないといけないですね」
どこから手を着けようか迷うボルト。
「まず必要なモノは拠点と、その場所の安全ね」
リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)の言に応じ、
「さて‥‥基本的な事はやっておかないとね」
レオナ・ホワイト(ea0502)はフライングブルームに跨り上空へ。
「ふむふむ」
蝋板におおよその地勢を書き取る。パリとの連絡はセーヌ河。沿って進めば迷うことはない。北のもう一つの河は森の中を南に折れて流れている。そして‥‥。
「あの辺りがよさそうね」
野獣がいるであろう森からも適度な距離を保ち、水辺にも近いポイントに目星をつけた。
周囲に簡単な木柵を巡らし、キャンプを設営。調査の根拠地を創り上げる。
「あ、砦のほうから誰か来ます」
レティア・エストニア(ea7348)の目が騎馬の一軍を認めた。その点は次第に大きくなり、正装した騎士と判明する。
「ご苦労」
騎士の盾に描かれた紋章は紅コウモリ。
「あんたが噂のバルディエか。アルス・マグナと名乗っている者だ〜。まぁ、よろしくな〜」
休憩時とは言え、寝転がったまま依頼人に兄弟口を利くアルス。咎めるでもなくバルディエは笑って言った。
「東の辺境伯アレクス・バルディエだ。築きし物には家門の名を、発見されし物には個人の名を付す。卿(おんみ)らの仕事は永く残ることになろう」
即ち、アルス・マグナが道を拓けば、マグナ街道と名付けられ、泉を見出せばアルスの泉と呼ばれることを確約した。銭金では動かされぬアルスのアンニュイも、少しは癒されたことと推察する。その証拠に、
「面白い」
口数少なに立ち上がった。
興味深そうに視線をくれるクオレストにも、バルディエは声を掛けた。
「怪我は大事無いか?」
顔を覆う包帯である。その隙間から覗く双眸に、一瞬敵意のような光が見えた。
「‥‥あれは10年ほど前のことであった。‥‥そうだな。この先の森を出た辺りだろうか? 私は一人の屈強な騎士と戦う事になった。盾持ちの少年一人を伴い一騎にて挑んできたのでね。立派な武人だったよ。勝負が付いた後、少年も剣を抜いて斬りかかってきた。意気は盛んだが私の敵ではない。しかし、私に油断が有ったのかも知れない。無傷であしらおうとしたが、意外な手強さについ‥‥。その少年は顔に生涯残る傷を負ったが命は取り留めた。長じておれば、さぞ立派な騎士になっていることだろう」
その呟きに、クオレストは一言。
「それはどうだろうか? 長じれば神童も只人になるのが世の常だ」
「そうかも知れぬ」
バルディエは嗤った。
●明の泉
北の探索に赴いたレオナ一行は、先に確認されていた河に出会う。セーヌ河と同じくらいの規模だ。
「これは‥‥」
野生化したブドウが、日当たりの良い河の近くの樹に蔓を伸ばし実を付けていた。夕靄の紫を映すような小さな実。熟した房に取りの啄んだ跡。実を採りて口に含めば甘い香りが口に広がる。
「レオナさん」
同行の者が荷を背負って追いついた。つい夢中になって自分の安全確保を忘れて仕舞うのは彼女の性(さが)であろうか?
「こんな立派な水源が有るんでは杞憂に終わりましたね」
氷室明が寂しそうに言った。農業指南として同行したファル・ディアも、
「ここから水を引けば、何処だって畑を作れますよ。寧ろ今まで開拓が進んで居なかったことが不思議なくらいです」
豊かな森を必要以上に拓く事無く、農地を増やせる。
「ファル。あなたはここに何が育つと思います?」
「そうですね。とりあえず大抵の物はなんとかなります。小麦も普通には採れるでしょう。キャベツも育ちが良さそうです」
一行は日の沈むまでにキャンプに戻るべく。河から急いで引き返した。落葉で明るい森の中を今度は別のルートを通って。小一時間ほど進んだ時だろうか? 立派な水源の見つかった今は、半ば無用となったサーチウォーターを使用した明が、不意に声を上げた。走り出し、200m余。
「ここです。この岩を退けて下さい!」
「どれ」
空魔玲璽が牛角拳の一撃を見舞う。と、粉砕された裂け目から、小さな噴水のように水が湧き出したではないか。
「‥‥11月20日。明の泉を発見」
レオナはそう記録した。
●百年の計
「うぅん、男っ気がないのが残念だなぁ」
冗談交じりに愚痴るのはエリー・エル(ea5970)。東の丘陵地帯の探索だ。砦からはかなり離れただけあって、やっぱり住んでいる人は居ない。レティアを先頭にナイフ片手に獣道を、枝を払い下草を刈り。上って降りてまた登り、ようやく高地を制す。運良く、と言うかたまたまというか、今回は野獣にも出くわさず、一望千里の眺めに目を見張る。山と言うよりは小高い丘の上から見渡すと、眼下に広がる果て無き平原。
「古い詩によれば、ここは昔カンパニアと呼ばれていたそうだよ。古代ローマ人がブドウ畑を作った土地なんだよね」
リュシエンヌが思い出したように呟いた。
澄んだ空気が風となって3人のご婦人の服の裾をたなびかせる。起伏のある緑の絨毯と森。そこに3人は未来の街を観る。
「ここって。丁度いいんじゃないでしょうか?」
レティアが高地の上の広さに目を付ける。
「私、自分の子をジャパンに置いてきちゃったからやっぱり、教会を作りたいなぁん。その予定地みといてぇん」
エリーは、ここに教会を立てようと提案する。単なる祈りの場では無く、学問の場、寄る辺無き子供達の城を立てたいと願う。先ほどの夜の淑女のような、鼻に掛かる甘い言葉では無く、まじめな声で
「ジャパンでは、人を植えるのは百年の計と言うんだよね。成り上がり者と呼ばれ私たちに街づくりを任せるバルディエさんなら、きっと判ってくれる」
「うん。そうだね。先ずは、ヴェガさんに祝別して貰おうね」
レティアが乗り気になるその脇で、リュシエンヌがメモを取っていた。
●果てしなき平原
うねる平原を行き行きて楽就呂譚(ea8493)ら一隊が南へ進む。時折、野ウサギが飛び出してくる他は何事もない。
「特徴が無いのが特徴だな。うっかりすると迷いそうだ」
女性陣が居ないため、折角の舌も振るいようがないホメロスは、いつもよりはぞんざいな言葉。
「本当に何にもない土地ですね」
僅かに灌木が繁るほかは、行けども行けども草また草。広大な土地は正に大いなる器であった。
「戻りましょう。セーヌ河に辿り着くのに、野営が必要です」
こうして、彼らは引き返した。
取り立てて危険のない土地だが、西へ向かう一行はヴェガを中に護って行軍する。先頭はアルス。殿がクオレストだ。未だ、簡易地図には何も印されない。
「かったりぃ〜、だりぃ〜、何故俺はこの依頼受けたのだろうな〜?」
見渡す限り草くさクサ! 時たま毒草も見つけたから。探せば薬草も有るのかも知れないが、生憎とアルスには判らない。ひょっとしたら薬師のエル辺りでも連れてきたら狂喜乱舞するのかも知れないが。パリまで戻って教えてやるのもかったるい。
「ふ。来たか」
コボルトかゴブリンらしいモンスターの影が、草の影から現れた。
「’&%D””##!!C」
慌てたのはゴブリンの方。きっと、アルス達から立ち上る強者のオーラでも感じたのだろう。たれ状態からいきなり気合全開のアルスの呪文詠唱に、悲鳴を上げて逃げて行く。薮から小鳥が数十羽。一度にどっと飛び立って、辺りがしばし騒がしくなる。
「ちっ。逃がしたか‥‥」
そして再び退屈な探検が再開された。
●ヴィジョン
泉の発見とゴブリンとの遭遇があった位で、さしたる事件もなく一同はキャンプに集結した。火を囲み食事を始める冒険者達。
「うぅん、やっぱり教会を創りましょぉん。読み書きと計算。そして祈祷を教える場所が必要だわぁん」
簡易地図の高地に、エリーはペンで丸を描き文字を記す。子供達の家、学校と。
「うーーん」
頭をひねるのはリュシエンヌ。この何もない土地に人を呼ぶには、よほど魅力的な詩が必要だ。それにこれから冬が来る。大規模な開拓は無理だろう。それには、よほど良い条件を付けなければだめだ。この地はようやく開拓の曙を迎えたばかりなのだから。
「先ず、街の中心をどこにしますか?」
地盤が固く風水害の影響を受け難い。かつ水に困らない土地を選んで街の中心に据える。 レティアの言に頷く一同。しかし、これにはまだまだ調査が必要であった。
「安全というなら、あの高地だよね」
重ねてエリーは主張する。確かに護るに堅い地勢である。
「でしたら、あの頂に定碑を据えましょう。ヴェガさん。祝別をお願いします」
このような相談の末。ヴェガは定碑に油を注ぎ祈りを捧げた。
まだ。街の名前はおろか、この高地にも名前は無い。かつてカンパニアと呼ばれた大地は、定住者を持たず未開の処女地を冒険者達に広げている。
かくして街の歴史が一頁。記され始めたのであった。