●リプレイ本文
●子供たちを救え!
空の上からだと、見捨てられた村が一望に見渡せる。
村には人の姿がない。その代わりに赤黒い点と、それよりもひときわ大きな茶褐色の点が、あちこちで動き回っている。赤黒い点はポイゾントード、茶褐色の点はジャイアントトードだ。そしてあちこちに転がる家畜の死体。ポイゾントードの毒にやられたのだ。
「気をつけて! ジャイアントクロウが来るよ!」
レム・ハーティ(ea1652)がチルニー・テルフェル(ea3448)に注意をうながす。どうやらジャイアントクロウは、偵察にやって来たシフール2人に好奇心をそそられた様子だ。
「陽の精霊よ! この手に光を!」
チルニーがライトの呪文を唱えると、その手に光球が出現。それをすっぽり被ったクロウはめちゃくちゃな飛び方で2人から離れていった。
「陽の精霊よ! この目に遠目の力を!」
続いてチルニーはテレスコープの呪文を唱え、村を観察する。村には沼から畑に水を引くための用水路が設けられている。その用水路のいたるところでトードがひしめいていた。
「あの用水路が見える? ギルドの話にはなかったけれど、どうやらトードはあの用水路を伝って、村の中に広がったみたいね。用水路の中はトードの格好の隠れ家になっているわ」
「用水路には要注意ってことだね」
チルニーの話を聞きながら、レムが村の概略図と用水路の位置を手持ちの羊皮紙に書き記す。
一匹の雀が麦打ち場に舞い降りて、落ちている麦粒をついばもうとするのが、チルニーの目に止まった。途端、物陰に隠れていたポイゾントードが毒液を飛ばし、毒液を浴びて地面でじたばたする雀をぱくっと呑み込んでしまった。
「これではうかつに近づけないわね」
つぶやきながら、チルニーは村の教会を観察する。教会の扉は固く閉ざされ、逃げ込んでいるはずの子供の姿は空からは見えない。
「教会に逃げ込んでから、かなり時間が経っているはず。早く助けないと参ってしまうんじゃないかな。助けが来る見込みがないって怖い考えになってしまったら、無理を承知で強行突破しようとするかもしれない‥‥。急がなくちゃ」
さらに遠くの森に目をやると、森の上空を旋回するジャイアントクロウの姿があった。ざっと20羽はいそうだ。
「村人の話だと、村の家の並びはこんな感じで、沼の輪郭はこんな感じになるな」
「沼はもっと村の家から離れてるよ」
「こうか?」
「そう、そのくらい」
逃げてきた村人の話を元にして作ったシクル・ザーン(ea2350)の地図に、チルニーとレムが自分たちの観察を元に修正を加え、かなり正確な村の地図が出来上がった。
「用水路はトードの隠れ場所だから、できるだけ避けてね。それにトードが潜めそうな物陰にも注意して」
「で、問題はどうやって子供達を救出するかだが‥‥」
「村人の話だと、このあたりにジャイアントクロウの巣があるらしいが?」
サラサ・フローライト(ea3026)が地図の一角を指で示す。うなずくチルニー。
「うん。あたし、その辺りにカラスが舞っているのを見たよ」
「ならばクロウとフロッグ、同士討ちというのはどうだ?」
作戦会議の結果、ジャイアンクロウを誘き出してトードに向かわせるというモンスター同士討ち作戦を行うことになった。冒険者の一行は3班に分かれて行動。まず子供達を担当する救出班、次にカラスを誘導する誘導班、そして2つの班を補佐する護衛班である。
村に近づいた所で、誘導班のシクル・ザーンが言った。
「オーラショットの合図がなければ1時間後に。合図があれば即、カラスを連れてきます」
そして冒険者たちは3班に分かれて行動を開始した。
●教会への接近
レンジャーのジン・クロイツ(ea1579)は救出班の先頭に立ち、あちこちに注意を払いながら前進する。その歩みが止まった。気をつけろ、敵がいるぞ──後に続く仲間に身振りで合図を送る。かなり離れた場所にある家畜の水飲み場、そして日の当たらぬ納屋の陰、そこにポイゾントードが群がっていた。
ウィザードのエレアノール・プランタジネット(ea2361)が前に進み出た。
「それではいかせてもらうわよ」
くるくるくると杖を回しビシっと前方を指し決める。そしてそのまま杖を地面に置き、歩きながら呪文を詠唱。
「水の精霊よ、我に力を! アイスブリザード!」
エレアノールの両手から、氷の吹雪が放たれた。空気が冷やされて冷気の霧となり、水飲み場にいたトードも、納屋の陰にいたトードも、霜に覆われて動きを止めていた。
「ざっと、こんなもんよ」
「待て、そこから動くな」
ジンがエレアノールを制止し、先に一歩を踏み出す。途端、家の軒下に転がった樽の陰から、ポイゾントードが毒液を飛ばした。すかさずジンはダガーを抜き、マントで飛沫を避けながらミサイルパーリングを効かせて毒液を刃で受け止めるなり、ダガーを投げつけた。流れるような一連の動作。ほうっと味方からため息が漏れた。
見るとトードは、脳天にダガーをくらって絶命している。
「危ないところだったな」
「そうね。もっとアイスブリザードに気合い入れなきゃ」
歩きながら右へ左へ前方へアイスブリザードを吹き付けるエレアノール。ジンが杖を拾いあげて後を追う。
「おい、杖はいらないのか?」
「重くて邪魔になるから置いていくわ」
すると、クレリックのウィル・ウィム(ea1924)が声をかける。
「お待ちなさい。そろそろ魔法の効果が切れる頃合いです」
二人を呼び止めると、ウィルはその額に手を当てて呪文を詠唱。
「慈悲深きセーラ神の祝福を。グッドラック」
さらにその後から神聖騎士のヒール・アンドン(ea1603)とその馬、武道家のふぉれすとろーど ななん(ea1944)、ウィザードのサテラ・バッハ(ea3826)、そしてジプシーのシフール、チルニー・テルフェルが続く。
「蛙‥‥正直あまり好きではないので、戦いたくないのですけどね〜」
ヒールがそんなことをつぶやいていると、家の陰からジャイアントトードがぬぅ〜っと顔を出した。図体が大きいから、アイスブリザードも致命的なダメージは与えていない。
仲間をかばうように、ヒールは一歩を踏み出した。
「私が盾になりますので子供の救出は任せましたよ」
「無理すんなって! こういう仕事はあたしに任せな!」
ななんが飛び出した。ジャイアントトードの舌がにゅうっと伸びたが、ななんはそれを手で打ち返し、素早く踏み込んでトードの右目に抜き手の一撃を食らわせた。脳漿が目から引きづり出される。これにはさすがのデカ物もたまらない。ぐげぇ、とみっともない声をあげて倒れる。
「全く、いい加減におし! カエルならもうちょっと愛嬌よくしなヨ!」
もともと威勢のいい性格のうえに、今はオーラエリベイションで気力アップしているから、今のななんはモーレツに元気だ。
「さあ! 助けを待ってる子供たちを待たせちゃいけねぇよ!」
その一方で、サテラ・バッハは自分の歩いた歩数を数えつつ、何度も何度も魔法の詠唱を繰り返す。
「水の精霊よ、我に力を! フリーズフィールド!」
魔法で氷結の空間を発生させ、それを繋げて脱出のための回廊を作るのだ。これは奴らトードにとっては致命的な要素。近くに寄るだけでも、低い気温で体温を奪われるので動きが鈍くなるはずだ。
●カラス誘導班
レンジャーのユフィ・コーネリア(ea3974)を先頭に、カラス誘導班は森の中を進む。
「カラス、怖くない?」
シフールのレンジャー、アルフレッド・アーツ(ea2100)がシクル・ザーンに訊ねた。
「正直言うと、少し怖いです。でも神聖騎士の私が逃げるわけにはいきませんから」
そう答えるシクルは、まだ12歳の少年騎士だが、ジャイアントだけに体はでかい。
やがてカラス誘導班は、目指すジャイアントクロウの巣にたどり着いた。地面のそこかしこに散らばる動物の骨。木の枝からは、普通のカラスの2倍もの大きさのジャイアントクロウの群が見下ろしている。
バードのサラサ・フローライトがテレパシーでイメージを送り始めた。会話としては成立せずとも、情景ならば伝えられるかも知れない。
──あちらに喰いでのありそうな丸々としたカエルの大群がいる。
──あちらにいる人間は仲間、決してあなたに危害を加えない。美味しいカエルをあなたにくれる。
サラサに向かってジャイアントクロウが、一匹また一匹と舞い降りてくる。疑わしげな、しかし好奇心を刺激されたかの様子で、少しずつサラサに近づいてくる。その様子を傍で見守るアルフレッド。
「うまくいくのかな? うまくいかない時は、餌で村まで誘い出すしかないかな?」
サラサの周りのジャイアントクロウはついに10匹を越え、サラサの肩に止まって髪の毛を引っ張ったり、体をくちばしで突っついたりし始めた。見かねてユフィが弓矢に手をかける。それに気がついたサラサがかぶりを振った。敵意を敏感に感じ取った彼らには、エサの誘導も通じ難いからだ。
「もう少し待ってくれ」
そしてサラサはひたすらテレパシーに集中する。多少でも通じれば‥‥。
──私たちは敵じゃない。あちらにおいしいカエルがいる。
──私たちは敵じゃない。あちらにおいしいカエルがいる。
──私たちは敵じゃない‥‥。
丸々太ったトードを、彼らが美味そうについばむイメージを描いて。
●子供達の救出
救出班は教会にたどり着いた。
「陽の精霊よ! この目に透視の力を!」
エックスレイビジョンで教会の壁の向こう側を透視したチルニーの目に、3人の子供達の姿が映る。明らかに様子がおかしい。
「大変だ! 子供達がみんな床に倒れてるよ!」
扉を開こうとしたが、内側から閂がかかっている。
「ちょっと後ろに下がってて! 爆虎掌!!」
ふぉれすとろーどが扉に向かって爆虎掌を放つ。ぼきっ! 扉の向こうで閂の折れる音がした。
扉を開いて中に踏み込んだ一行は、床に倒れてうめく3人の子供達を見た。
「トードの毒にやられたのか!?」
「ギルドでもらった毒消しを使ってみましょう」
ウィル・ウィムが子供達の口に毒消しをふくませる。それでも子供達の様子に変化はなかった。
「おかしいですね。トードの毒ではないのでしょうか?」
ふと、ウィルの目が床に転がる空の瓶に止まる。教会の儀式で使う葡萄酒の瓶だった。ウィルは瓶を手に取ってその臭いを嗅ぎ、そして納得の表情になった。
「なるほど。どうやら閉じこもっている間に渇きの誘惑に負けて、古くなって痛んだ葡萄酒を飲んでしまったようですね」
そしてウィルは3人の子供たち一人一人の額に手を置き、アンチドートの呪文を唱える。
「慈愛に満ちたるセーラ神よ、この子の体より腐りし葡萄酒の毒を取り除きたまえ」
やがて、子供達の顔に精気が戻った。
「あたしたち‥‥助かったの‥‥?」
「ほぅら、もう大丈夫だよ〜。お姉さん達が助けに来たからね〜!」
子供達ににっこり微笑むチルニー。
そして、ふぉれすとろーどは教会の窓から空に向かってオーラショットを放つ。子供達を救出したという、クロウ誘導班への合図だ。
●村からの脱出
ファイター、リュオン・リグナート(ea2203)は周囲の様子を観察しながら、教会へ向かって慎重に歩を進めていた。
「それにしても、寒い。まるで真冬だな」
サテラ・バッハの作った氷結回廊は、外側の外気にも影響を及ぼしていた。立ちこめる霧の中を、風が沼のほうに運んでいく。
足下の温度はかなり低い。体が比較的小さなポイゾントードは地面を伝う冷気の中に埋もれてしまい、冬眠に入ったかのように動きを止めていた。動いているのは体の大きなジャイアントトードだけだが、その動きもかなり鈍くなっている。
「カエルの目をあざむくにはゆっくり動け、か。だがこの様子なら、そうする必要もなさそうだな」
教会にたどり着くと、リュオンは仲間たちに告げた。
「どうも、カラスの誘導がうまく行っていない。誘導班の力を借りずに脱出するしかなさそうだ」
「外の様子はどうだ?」
訊ねたのはサテラ。
「冷気の回廊のおかげで、ポイゾントードははほとんど冬眠状態。ジャイアントトードもだいぶ動きが鈍っている」
「では、行こう。冷気の回廊は素早く通り抜けないと危険だ」
出発をうながすサテラにチルニーが言う。
「この子供達は飲み食いせずにいたから体力がなくて、自分達で歩けそうにないよ。馬に乗せるのも危なそうだし。誰かが抱いたり負ぶったりして運ばないとね」
結局、子供達はリュオン、ヒール、ウィルの3人で運ぶことになった。
用意した防寒着を子供達に着せて外に出ると、空からジャイアントクロウの騒々しい鳴き声が聞こえてきた。
「やっと来てくれたか」
こちらに駆けてくる誘導班の姿が見えた。トードの群れに向けて、誘導班が血の滴る内臓肉を括り付けたロープを放った。それに向かって急降下する頼もしき援軍。
「今だ!」
よろよろと這いずるジャイアントトードに向かって、ユフィ・コーネリアが矢を放つ。矢を受けて倒れたトードにジャイアントクロウがわっと群がり、その肉をついばむ。動かなくなったポイゾントードがあちこちでジャイアントクロウに突っつき回されている。カラスのくちばしは毒腺のあるカエルの頭部を避け、おいしい内蔵のある腹だけを狙う。
「さあ! 村の出口まで全力疾走だ!」
カエルに群がるカラスを尻目に一行は冷気の回廊の中を走り抜け、無事に村から脱出した。こうして、冒険者たちに与えられた子供救出のミッションは成功した。
●報酬
ギルドの事務員はニコニコ顔で冒険者たちを迎えた。
「いやー、お見事! 子供達を救出したのみならず、カエルまでカラスの餌食にして退治してくれるとはね! おかげで村人たちも大喜びだ!」
なんといっても、チルニー・テルフェルの偵察行動、サラサ・フローライトのカラス誘導、サテラ・バッハの冷気の回廊が功を奏したのだろう。
「次の依頼もこの調子で頼むよ!」
報酬を渡しながらこう言い添える。
「君達の顔と名前は覚えておく。‥‥頼むな」