●リプレイ本文
●愛の運び手
「いってらっしゃい!」
ジタニーの声に、6組の聖者たちが店を飛び出していった。一つ一つのドラマを抱え、西へ、東へ。
「‥‥あ、雪‥‥」
街は、聖夜祭の夜らしく静かな光をたたえていた。
●届けられた想い
「さて‥‥配達、か。ちょっとした聖ニコラウスだな。こういうのは初めてだが、頑張ろうか」
「はい!」
エルド・ヴァンシュタイン(ea1583)に、セルミィ・オーウェル(ea7866)は元気よく頷いた。
馬に乗ったエルドの両肩、そこにセルミィと依頼人であるシフールの少女ファムは居た。
「私、パリの聖夜祭は初めてなんです。何だかわくわくします」
同じシフールという事もあって、セルミィとファムは直ぐに仲良くなった。二人のお喋りは、エルドも聞いていて楽しいもので。
貴族の屋敷への道のりは、随分と和やかに進んでいた。
「キレイよね。‥‥うん、みんな幸せそうだし」
だから、その時のファムの顔と声とが微かに曇ったのに、セルミィもエルドも気付いた。けれど、それをセルミィが問おうか問うまいか迷う間に、ファムが小さな指先で行く先を示した。
「あ、その角を曲がって」
「わぁ、地図なんて要らないですね」
実際、ファムは優秀な案内人だった。
「私、普段は配達人として働いてるから。お届け先は常連さんなのよ」
「成る程、な。だから、証明書は必要ないと言ったのか」
頷くエルドだが、そうすると、違う疑問が出てくる。そう、ならばどうして自分で届けないのか‥‥いつものように。
「うん。その、一人じゃ行き辛くて‥‥」
二人の疑問を察したのかファムは答え。けれど、それは納得のいく説明ではなかった。
ただ、そう告げた顔はやはり、思い悩むような惑うようなものだった。
「こっちのプレゼントは、お菓子なんですよね? で、もう一つのプレゼント‥‥ファムさんが手に持っているのは、何なのですか?」
「ハンカチーフ、なの」
瞬間、贈り物を持つ手に僅かに力が込められ。この頃になると、エルドもセルミィも確信していた。目的地が近づくにつれ、ファムの緊張が高まっていく事を。
「‥‥もう直ぐ着くぞ。いいか?」
だから、見えてきた屋敷を前にエルドは問いかけ‥‥暫しの時間の後、ファムが頷くのを確認してから、二人はその門をくぐったのだった。
「聖ニコラウスからのプレゼントを、お届けにきました」
口調も丁寧に、件の貴族へ贈り物を渡すエルド。子供達へなのだろう、お菓子を。
「ありがとう。寒い中、ご苦労様」
貴族は優しくねぎらってくれけれど、、固まってしまったファムに小首を傾げた。
「あっ、あの! もう一つ、贈り物です」
耐え切れなくなったセルミィは思わず、ファムに手を添え、贈り物を差し出した。
「‥‥いつもご贔屓にしていただいてますから、そのお礼なんです」
それで金縛りが解けたように、ファムが真っ赤な顔で急いで言い足した。
細かく細かく、キレイに刺繍されたハンカチ。それはファムが想いの丈を込めて作ったプレゼントだった。
「ありがとう。またよろしく頼むよ」
「私‥‥」
それでも、ファムは飲み込んだようだった。『あなたの事が好きでした』という、言葉を。
エルドとセルミィはそんなファムを、ずっと見守っていた。
「種族も違うし、あちらには家族もいるし」
仕事が終わった後、ファムはそんな風に言って、エルドの服をキュッと握り締めた。
「‥‥ごめん、一人になりたくないの、もう少し付き合って‥‥」
そして、俯いたまま頼んだ。
「この夜が明けたら、いつものように元気に‥‥笑顔になるから‥‥だからお願い、もう少しだけ‥‥」
その肩が小刻みに震えていたのはきっと、寒さの為ではなく。
「‥‥私、実は今までドレスタットに住んでいたんです」
俯くファムにセルミィは優しく声を掛けた。
「親友を訪ねてパリへ来たのですけど‥‥会えたのはつかの間でした」
故郷のフランクの森から密売人に連れてこられたところをその親友と兄君に助けられたのが、始まりだった。
「生きていると別れとか辛い事もたくさんありますけど、でも、出会いとか嬉しい事もたくさんあります」
そっと、ファムの手を握って。
「ノルマンも良い所だと思います。エルドさんやファムさんにも出会えた事ですし」
この温もりがファムの心までも温めてくれたらいいのに、と願いながら。
そんな二人を優しく見つめ、エルドは言葉を紡いだ。
「それに、ファムはちゃんと届けたじゃないか‥‥想いを。好きだったという想いを込めた、プレゼントを」
よく頑張ったな、とファムの頭をそっと撫でるエルド。そのまま、エルドは二人のシフールを懐に抱え上げた‥‥包み込むように。
「‥‥二人が一緒にいてくれて良かった‥‥ありがとう」
恋の終わり。それでも、救いはあった‥‥この聖夜、一人ではなかったから。
●恋人達の聖夜
「はわー、聖ニコラウスさん気分ですね。付け髭くらい、しておくですか」
「一応突っ込んでおくが、似合ってないぞ」
結婚間近だというカップルに贈り物を届ける担当は、ラテリカ・ラートベル(ea1641)とエグゼ・クエーサー(ea7191)だった。
「分かってるです、でも、そういう気分なんですもの」
ニコニコ言うその手には、キレイにラッピングされた小箱がちょこんと乗っている。中身はさすがに想像が付く‥‥と、その動きがふと止まった。
「恋人さんが浮気な方でしたら、やっぱり、いつも不安なんじゃないかって思うです。なのに、これでこのプレゼントが届かなかったとしたら‥‥」
そこまで考えて、不吉な想像を追い払うように、ぷるぷると首を振るラテリカ。
「依頼だから勿論ですけど、ちゃんとお届けして、安心させてあげなきゃです!」
そして、ラテリカはぐっと拳を握り締めた。何といっても自分達の双肩には、恋人達の未来がかかっているのだ!
そのままの姿勢でもって見上げた先‥‥そう言えば、エグゼにも恋人がいたのではなかったか?
「はわ‥‥。恋人さんと一緒に過ごさなくて、良かったですか?」
「まぁ、聖夜を仕事で潰すのも冒険者らしい‥‥否、俺らしいかな、なんて」
おずおずとした問いかけへの答えは、至って穏やかだった。
「あいつには悪いけど、こういう日だからこそ、誰かの笑顔のために働きたいと思ってる」
その表情が声音が、ラテリカの胸にジンときた。幸せな誇らしげな、そんな。
「ラテリカにも、いつか恋人と過ごす聖夜が来るですかねぇ‥‥」
恋に恋するお年頃、うっとりと頬を染めたラテリカは次の瞬間ハッと我に返った。
「そうでした、今はとにかくコレを届けるです!」
「あっ、ごめんなさい‥‥?」
「ちょい、待ち」
ドン、小柄なラテリカにぶつかりかけた女性をエグゼは咄嗟に日本刀で牽制した。その動きが、思いっきり不自然だったから。
「それは私の物よ!」
途端、件の女性は激しい口調で二人に詰め寄ってきた。
「あ〜、コレはアレか」
「浮気相手さんです?」
「誰が浮気相手よ、誰が!?」
「そりゃアンタの事でしょ? 彼に相応しいのはあたしだもの」
「はんっ、顔見てから言いなさいよ」
新しい声たちに、ラテリカとエグゼは顔を見合わせた。二人を取り囲むようにジリジリ近づいてくる女性達。2人3人5人いっぱい‥‥って、どんどん増えてるぅ?!
「はわっ?! はわわわぁ〜!?」
押し寄せる女性達にラテリカは溺れた。
「浮気者って言ったって、限度があるだろう」
勿論、エグゼは素早くラテリカを救出したが‥‥当然の如く、小箱は奪われた(むしり取られた?)後だった。そして、当然の如く勃発する女同士の戦い。
「怖ぇ。アレを手に入れたからって、心が手に入るわけじゃないのになぁ」
それでも、好きな人が違う女のものになるのを指を咥えて見ているだけなのは嫌なのか。
「エグゼさん、今の内に‥‥」
白熱する、激しくも哀しいバトルに胸を痛めながら、ラテリカ達はその場から離れた。彼女達がカラッポな中身に気づく前に。
「プレゼント、お届けにあがりましたです」
「やぁ、待っていたよ。ありがとう、可愛いお嬢さん」
「はっ、はわっ‥‥」
届け先。甘いマスクの騎士に至近距離でニッコリ礼を言われ、思わずドキマギするラテリカ。ていうか、恋人さんが見てるんですけど?!
「ここに来る前に、妨害があったぞ。好きな相手がいるのに、何で浮気なんてするんだ?」
騎士が配達を頼んだのは、こういう事態を案じていたからだろう。でも、だったらそもそも浮気なんてしなければいいのに、とエグゼは思う。現に彼女、今にも泣きそうな不安げな顔してるし。
「浮気なんてしてないさ。でも、女性に優しくするのは男として当然だろう?」
「だけど、それで一番大切な人にあんな顔させたら‥‥男として失格じゃないのか?」
「ラテリカもそう思うです」
幸せになって欲しいから。笑顔になって欲しいから‥‥願いを込め、エグゼは続けた。
「もう結婚間近なんだし、男としてけじめをつけた方がいいと思うぞ」
「分かってる。だから、届けて貰ったんだ」
促され、ラテリカが手渡した『本物』。
「受け取って欲しい。嘘偽り無い、僕の気持ちだから」
中身は、二人が届けたのは、幸せの形。途端、彼女の顔が泣き顔に変わる‥‥だが、それは勿論、悲しみの涙ではなく。
「あ、ちなみにコレは私からの贈り物です」
帰り際、ラテリカが二人に手渡したのは、ジタニーのお店の広告だった。
「それ、『相手の浮気を知る』グッズなんだそうですよ?」
その中の一品を指し示したラテリカに、彼女はまだ少し赤いままの目を見開き‥‥騎士は整った顔を僅かに引きつらせた。
「では、またのご利用をお待ちしてるです」
「ありがとう、本当に」
ペコリと頭を下げたお届け人達に、彼女は今度こそ幸せそうに微笑んだ‥‥その薬指に、彼からの贈り物を宿らせて。
●あふれる想いを
届け先の地図を確認しながら進むフェネック・ローキドール(ea1605)の少し後ろを歩きながら、ウリエル・セグンド(ea1662)が彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「‥‥ついてきてるな」
「ふむ」
「呼んでみようか」
本当は自分で渡したいのかもしれない、とウリエルが振り向いた瞬間、依頼人の男性はその巨体に似合わず素早く建物の陰に隠れてしまった。
「フフフ、しょうのない人ですね」
フェネックが小さく笑う。
声をかけそこなったウリエルはわずかに肩を落とすと、何も言わずにプレゼントを積んだドンキーを促して再び歩を進めた。
「でも、もうじき着いてしまいますね。どうしましょう」
ウリエルはもう一度振り返った。
不意を突かれた依頼人は飛び上がってその身を隠そうとキョロキョロする。
ウリエルが小走りに彼に近づくと、隠れることを諦めた依頼人は背を向けて走り出してしまうではないか。
「俺はおいはぎか‥‥?」
しかし、ついてくることはわかっているので、会話を試みるチャンスはまた来ると思うことにして、今は諦めることにした。
そして歩き出した彼にフェネックの声がかかる。
「ウリエルさん、こちらですよ」
「ぬ‥‥危ない危ない」
自分でもどうしようもないひどい方向音痴のウリエル。一人でなくて良かったと思う瞬間である。
そして二人はとうとう目的の家へ着いてしまった。
依頼人に声をかけると逃げてしまうことはすでにわかっている。そこでフェネックはテレパシーで話し掛けてみることにした。
結果を見守っていたウリエルは、フェネックの表情が冴えないことから、話し合いはうまくいっていないのだなとわかった。
さらに待っていると、目の前の男装の麗人は静かに歌を口ずさみはじめた。
ほのかに勇気がわいてくる歌だ。
歌の効果か出たのか、逃げてばかりいた依頼人はやっと建物の陰から姿を見せた。
だが、それ以上こちらへ歩み寄ってくる気配はなく、仕方ないので二人は彼の元へ行った。
「本当は‥‥自分で渡したいと思ってる‥‥?」
ウリエルの問いかけに、依頼人は耳まで赤くなった。
「どうですか? やってみませんか?」
「そそそ、そんな‥‥! そんなこと、想像するだけで心臓が‥‥っ」
今にも倒れてしまいそうな依頼人に、フェネックは別の提案をしてみた。
「では、これにメッセージを書いてください。プレゼントと一緒に渡してきましょう」
差し出されたのは彼女が持っていたスクロールに、依頼人を思わせるように草花で彩ったメッセージカードだった。
彼は少し逡巡した後、フェネックからカードと筆記具を受け取ると、震える手をなだめつつ精一杯の想いを込めて文字を書き込んだ。
「では、行ってきますね」
依頼人は二人の冒険者を遠くから見つめていた。
二人が想いを寄せる彼女の家の扉を叩くと、出てきたのはその本人だった。こんなに遠くからなのに、心臓が暴れ出す。
彼女は、プレゼントを受け取るとパッと顔を輝かせた。そこだけ春が来たような笑顔。
彼女は何度も礼を言って冒険者を見送った。
そして依頼を終えた二人は帰っていってしまった。
プレゼントを喜んでくれたことの嬉しさと、少しの後悔。
走り出した彼の後ろ姿を、ウリエルとフェネックはあたたかく見送った。
ジタニーの店に戻るとフェネックはクレファの祖母へ草花で飾ったスクロールでラッピングしたベルモットを贈った。
驚く老婦人へフェネックは少し恥ずかしそうに、
「‥‥お婆さんのおかげで、今の自分を好きでいられる自信が持てました。ありがとうございます」
と、丁寧にお辞儀をする。
老婦人はにこにことして彼女を見ていた。愛しい幼子でも見るように、あたたかく。
「そっちも‥‥上手くいったようだな」
ジタニーの店に戻って来たラテリカを迎えたウリエルは、その顔を見て微かに口元をほころばせた。
「はい。ウリエルさん達も、ですよね?」
答える代わりに、ウリエルはラテリカに手にしていたモノを差し出した。
「いただいても良いのですか?」
それは、可愛らしい髪留めだった。ウリエルが報酬代わりに手に入れた、髪留め。勿論、ラテリカはそんな事は知らなかったけれど。
「ラテリカが‥‥この先素敵な女性に成長して‥‥共に聖夜祭を過ごす人ができますように‥‥」
ただ、ウリエルの気持ちが嬉しくて、ラテリカは微笑んだ。ずっとずっと先かもしれない、或いは、明日かもしれない‥‥いつか来るだろう、恋に落ちる日。
髪留めをそっと握り締める手の上、ひとひら白い雪が舞い降りた。
「道理で‥‥寒いわけだ」
「でも、とてもロマンティックです」
幸せな恋人達の上に、遠く離れた家族達の上に、そして、頑張って働いたクレファ達の上にも、雪が優しく落ちてきた。
●母となる日
がたん、と店のドアが開いた。営業時間も終わり後は皆の帰りを待っているだけのジタニーは、暖かい飲み物で満たされた鍋をくつくつとかき混ぜていたところで。
「おかえりー。ホットワインが出来」
「ばば様お借りしまーすっ!!」
「てるよ‥‥って、あれ?」
走り去る一陣の風。隣にいたはずのアトロポス老は、風と共に消え去りて。一人残されたジタニーはきょとんとするばかり。
「やれやれ‥‥年寄りはもっと大切に扱うもんだよ。何の準備もしないで引きずり出されちゃたまったもんじゃない」
老婆の愚痴に頭を下げながらも、ガレット・ヴィルルノワ(ea5804)は荷車を引く二匹の驢馬に檄を飛ばす。
「ご近所の薬屋さんは全部閉まってるし、産婆さんのところに行くよりジタニーさんの方が近くって」
ははぁ、なるほど。老婆はそれ以上、愚痴をこぼすのを止めた。二人の乗った荷車が止まると、ガレットは先程と同じように老婆を引っ張り家に飛び込む。
「ば‥‥ばば様‥‥来てもらったよ‥‥」
白い息弾ませ、聖ニコラウスを模した衣装のジェイラン・マルフィー(ea3000)に老婆の案内を頼む。ガレットが冷えた身体を温める時間もなく台所へ向かえば、そこには大きな鍋と格闘する利賀桐まくる(ea5297)の姿があった。
「お、お湯‥‥まだ‥‥欲しい、かな‥‥?」
時間は少し遡る。
店からごく近い地域の担当となった三人は、『安産のお守り』の配達を最後にしようと言う話になった。産み月を迎えたという妊婦にほんの少し興味があったからだ。時間があるならば身体に障りのない程度にお話を聞いてみたい、新しい生命宿るおなかに触れてみたい。少年少女の純粋な好奇心。それに目標を定める事によって仕事の効率は確実にアップする。事実この三人の仕事は大きな問題もなく進み、この荷物が最後の一軒、というところまで来ていた。
「ごめんくださーい、まじない屋からお届け物ですー」
モッレとハヤ、二頭の驢馬の頭を撫でて労うジェイラン。とその耳に、男の声が飛び込んできた。扉を開けたガレットとまくるに哀願するようなその声は。
「妻が‥‥妻が産気づいた!」
先に近隣を調べていたガレットのお陰で、アトポロスを迎えに行ってもそれほど時間はかかっていなかった。この家が最後の配達先だった事も幸いしている。お湯はいくらあっても構わない、と二人はかまどに薪を追加した。そのうちに台所へジェイランが戻ってくる。
「こういう事は男の仕事。二人とも、ばば様の手伝いは任せたじゃん。ささ、行ってきて行ってきて」
たらいにお湯を注ぎ鍋に新しい水を注ぎ、まくるにたらいを預けるとかまどに薪をくべるジェイラン。一瞬顔を見合わせた二人は、小走りで妊婦のうなる部屋へ向かった。
「ばば様、お湯持ってきました!」
部屋へ飛び込むと、妊婦はまだまだ苦しそうにうめいている。夫の顔は不安と涙でもうぐしゃぐしゃだ。
「そこ置いて。綺麗なタオルはこれで全部だね?」
てきぱきと指示を出す老婆。流石は年の功である。
「い‥‥いまから‥‥あかちゃん、う、うまれるんだ‥‥」
指示をこなしながらも生命の神秘に、二人の少女は興味しんしん。お湯を運び、老婆と妊婦の汗を拭き、出来る限りの手伝いをする。確かに男の子には少々衝撃のシーンだ。しかし、二人にとってはいつか来る日のためにしっかりと見据えておかねばならない現実。そして、ジーザスと同じ日に生まれるという輝かしい運命を背負った新しい命。
数刻の後。
必死になってお湯を沸かしていたジェイランの耳に、赤子の鳴き声が届いた。薪をくべる手を止め、皆がいる部屋へと向かう。
そこにはぐったりとしながらも満足そうな微笑をたたえた女‥‥否、『母』の顔。夫と握り合った手の中には、三人が運んだ『安産のお守り』があった。
四人で帰る道すがら。荷物にかけていた布で雪を避けながら、驢馬達の歩みにあわせて歩くまくるとジェイラン。
「へくしっ!!」
元気のいいくしゃみに、まくるは慌てて自分の荷物を取り出した。
「あの‥‥こ、これ‥‥」
広げてみればやたらに長い。所々穴の見える事もあって、どうやら自作の襟巻きであろうと予想がついた。「上手く出来なかった」と俯くまくるに、ジェイランは自分の巻いた片方、だいぶ余った襟巻きを回した。
「一本で二人分じゃん?」
‥‥あたしにはお馬さん達がいるもんねーというガレットの呟きに、アトロポス老が穏やかに笑った。前を歩く二人には気づかれなかったことだろうけれど。
●かけがえのない両親へ
根気良く一軒ずつ訪ねて配達していったプレゼントは笑顔で迎えられていった。
初めは三人のそれぞれの馬に分けて運ばれていたそれらも、レジエル・グラープソン(ea2731)が持つ分だけになった。
彼はライディングホースのアストリアに労わるように声をかける。
「これで最後です。がんばりましょう」
そして、いよいよ配達先の家がある村が見えてきた。
「すまないな‥‥俺は目つきが悪いと言われたことがあるので、後ろにいさせて貰うぞ」
レジエルが家の扉を叩く前、ヴィグ・カノス(ea0294)がそう言って一歩下がった。
「そんなこと言ったら、この人はどうなるんですか?」
と、小さく笑ってヴェリタス・ディエクエス(ea4817)を見やった。
筋肉質で大柄なヴェリタスと、体格は標準だが目つきが悪いと言われるヴィグ。一見した場合どちらがより怖いだろうか。
ヴィグがしっかりと最後尾を陣取ってしまったので、レジエルとヴェリタスが前に並んで扉を叩くことになった。
「こんにちは、お届け物でーす」
出てきたのは、髪に白いものが混じりはじめた女性だった。「なぜ冒険者が?」と言いたそうな彼女に、ヴェリタスがすかさず説明を入れた。
「あら、あの子から? こんな寒い日にこんな遠くまでありがとね。あのバカ息子、飛び出したっきり音沙汰ないと思ったら‥‥! 自分で届けに来ればいいのに。ねぇ、よかったら上がっていきませんか? あたたかいものでも出しましょう」
かなりおしゃべりな性格のようで、三人は返事をする前に家の中に招かれていた。
部屋には主が暖炉の側でワインを傾けていた。服の上からでもわかる、鍛えられた体の持ち主だ。
レジエルがプレゼントを渡すと、二人は非常に驚いた表情になり、次にどういうわけか大爆笑をした。
冒険者三人が顔を見合わせていると、いつの間にかプレゼントに添えられていた手紙を読み終えた夫婦の顔は、ほろ苦い微笑に変わっていた。
嬉しいことでも書いてあったのだろうか。
「優しい子供さんですね」
と、ヴェリタスがそっと声をかける。
夫人は恥ずかしそうに目を細くした。
「あなた達はみんな未婚者かしら。子供には隠し事できないわよ」
「隠し事‥‥ですか」
「私もこの人も、あなた達のように冒険者だったの。みなさんももしかしたら、こんな事なかったかしら。‥‥緊急の依頼を受けて駆けつけたけど、間に合わなかった‥‥なんて」
夫人の目は、苦い過去を見ていた。
「モンスターに脅かされていたのね。私達が着いた時には壊滅状態で、生きていたのはこの子だけだった」
開けられたプレゼントに目を落とした彼女の表情は、何とも複雑な年月を思わせるものだった。
「私とこの人はまだ赤子だったあの子を育てる決意をして、冒険者を辞めたのよ。このことは、話していないはずなのにねぇ」
夫人はちらりと主を見たが、彼も話してはいないらしく肩をすくめただけだった。
何も知らずに育ったはずの息子が「冒険者になりたい」と言った時、二人の内心は動揺の嵐だったという。
「俺の弟妹と甥っ子も冒険者なんですよ」
ヴェリタスがそう告げると、夫人は親しげな微笑を浮かべた。
「ところで、何かお手伝いできることはありませんか? 良かったら代わりにやりますよ」
レジエルが言うと、側でヴィグが同意するように頷く。
しかし夫人はゆっくりと首を振り、
「このプレゼントを届けてくれただけで充分よ。今日は本当に素敵な日だわ。ありがとう」
と、心からの感謝を込めて言ったのだった。
その後ヴェリタスの勧めで夫婦は息子宛てに手紙の返事を書いた。
そして運良くその手紙は直接手渡せる機会に恵まれた。
冒険者ギルトの一画で手紙を読み終えた息子は、三人に礼を言うとこんなことを言った。
「まったく。親に隠し事はできないなぁ」
どこかで聞いたようなセリフだ。
「ほら、ここ見てよ」
と、彼は手紙を指差す。
そこには、今まで本当のことを話さなかったことを恨んでいるのではないか、と心配混じりの文章が綴られていた。
「冒険者になって少しした頃に自分のことを知ったんだ。その時はちょっと恨みがましく思ったけどさ、それ以上に感謝してるんだよね。もし、拾ってくれなかったら俺はここにいないし。本当に、かけがえのない人達なんだよ」
大切な人を思う時、その人の目はとてもあたたかくなる。
「あんた達にもいるだろ?」
三人の脳裏に浮かんだかけがえのない人達とは‥‥。
たまには手紙くらい送ってもいいかもしれない。
そこからジタニーの店に戻ったのはすっかり日が暮れた頃だったが、ヴェリタスは一緒に聖夜祭を祝えなかった弟妹達と甥へのプレゼントを買い、手紙を添えて贈ったのだった。
●君幸せか
冬枯れた道を二頭の馬が歩く。
一頭には託されたプレゼントと冒険者が一人。もう一頭は冒険者が二人。
二人乗りの前の方に乗っている月読玲(ea1554)は、睨むように見ていた地図をとうとうくしゃくしゃにしてポケットに突っ込んだ。
「えっと‥‥遭難したのかなぁ、私達‥‥」
「そうなんですぅ」
一人芝居に同行の二人の冷めた視線が突き刺さる。気のせいか、馬の目も冷たい。
「なんちゃって‥‥ごめんなさいっ」
パンッと手を合わせる玲に、後ろからティズ・ティン(ea7694)が手を伸ばし、ポケットから丸められた地図を引き抜いた。
「誰か通りすがりの人でもいればなぁ」
小首を傾げて地図を眺める少女から、群雲蓮花(ea4485)がそれを取り上げた。
「逆さまですよ、ティズさん。えーと‥‥」
そう言うと彼女は地図と自分の体の向きを定め、位置を確認した。
しばらくの後、
「あちらではないでしょうか」
と、ある方向を指差す。
「よし、行きましょう!」
気合を入れ直した玲が馬の向きを変える。
「がんばれ! ハンペン! 今日の私達はトナカイだ!」
玲とライディングホースのハンペンには角と赤鼻が装着されている。また、ティズも聖ニコラウスの衣装を身につけていた。今までこれでプレゼントを配り回っていたのだから、やたらと目立っていたのだった。
「えっと、進化のニンジン〜。これをハンペンに食べさせるとパワーアップ! ハンペン! ヘルプ!」
ニンジンにかじりついたハンペンは、一声高くいななくと猛然と走り出したのだった。
「玲さん、待ってください! ちゃんと確かめながら‥‥!」
慌てて叫ぶ蓮花だったが、玲を乗せたハンペンの姿はすでに豆粒ほどの大きさになっていたのだった。
その後、蓮花が持てる能力の限りを尽くして玲達を探し出した頃には、はしゃいでいたのはティズだけで玲もハンペンもこころなしヨレていた。
しかし幸い方角は合っていたので、届け先へはあと一歩といったところまで来ることができた。
と、そこに寒そうに背を丸めながら歩く中年男性があった。
「すみませーん」
と、すかさずティズが声をかける。
ファンタジーな姿の少女に男性は一瞬怯えたようだが、相手が子供だとわかると「どうしたね」と立ち止まった。
「私達、ここに行きたいんです」
と、蓮花の持つ地図を示す。
「ああ、すぐそこだよ。道沿いに行けばすぐだ」
彼は自分が歩いて来た道を指差した。
ようやく目的地に着いたところで、玲は疾走の術で機動力を上げ、届け先の家を探しにかかった。そろそろ日が傾いてきている。
家を見つけると蓮花がドアを叩き、めいっぱい明るく呼びかけた。
「こんばんわ〜、群雲神社の巫女さんでーす」
巫女という単語が通じたのかはわからないが、中から子供はしゃぐ声とそれを叱る母親の声が近づいてきて、ドアは開けられた。
聖ニコラウスとトナカイ(?)を連れた蓮花に、夫人は言葉もなく立ち尽くす。
「お父さんからですよ」
にっこりしてプレゼントの入った大きな袋を見せる。
すると夫人は飛び上がりそうなほど驚き、三人を中に招き入れた。
大きな袋は、二人の子供達によってたちまち中身をさらけだされた。ジタニーの店の商品以外のものも混じっている。子供達はそれらを一つ手に取っては歓声を上げて、あれこれと感想を言い合っていた。
ティズはそんな子供達を少しうらやましそうに見ていた。
そのうち子供の一人が母親に何かを手渡した。彼女宛の贈り物のようだ。
愛しそうにそれを眺める夫人の姿に、ティズは我知らず切ない感情を覚えていた。
父親と二人暮しのティズ。もし母親がいたら聖夜はどんなふうだっただろう。
あたたかいミルクを差し出しながら、夫人はぽつぽつと父親のことを話し出した。思いがけないプレゼントで、気持ちが弱くなっていたのかもしれない。
主人は、誤って人を殺してしまったのだ。彼は今、その罪を償うため石切り場の労役に服しているという。いつ許されるのか、詳しくはわからないらしい。
「間違いなんて、誰にでもありますよ! 私だってここに来るまでに‥‥」
と、玲は励まそうと声に力を入れた。そのうちティズと蓮花の厳しいツッコミにあい、励ましているのか懺悔させられているのかわからなくなったが。
帰り道を歩きながらティズが妙に嬉しそうに言った。
「もらうのもいいけど、贈るのも笑顔が見られて嬉しいな」
離れていても、確かに感じられるつながり。それは、とてもあたたかくてやさしくて、人を強くしてくれる。
そんな家族をいつか自分も‥‥と、願うのだった。