豆まきじゃー☆

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 31 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月25日〜01月28日

リプレイ公開日:2005年02月01日

●オープニング

 ドレスタットに屋敷を構える桃山鳳太郎といえば、職人としてジャパン国からノルマン国へと渡り、復興戦争での功労あって士分に取り立てられ、ノルマン人の妻を得て一女一男をもうけ、今はこのドレスタットの領主の客分に迎えられたという立志伝の人物である。
 その屋敷から、今日も威勢のいい打ち合いの声が聞こえてくる。
「ぬあああああああっ!!」
「あいやーっ!!」
 手にする刀は模擬刀なれど真剣勝負の気迫で打ち込んでくる鳳太郎に対し、、やはり実戦そのままの真剣さで受けては返す対戦相手は鳳太郎の戦友、傭兵フリガンである。

「腕をあげたな、フリガン」
「ホウタロウ、お前もな」
 試合を終え、互いの剣の技量を褒め称える二人。二人のいる道場は屋敷を新築するついでにこしらえたものだが、この道場を下町の民衆のために開放する道場開きの日も、間近に迫っている。
「しかし毎回、試合をするたびに痣だらけに生傷だらけになるのは、いただけないかもな。怪我人が出て教会に運び込む羽目になった日にゃ、財布がすっからかんになっちまう」
 フリガンがそんなことを言っていると、家老の鷹岡龍平が見慣れない武具を携えてやってきた。
「そういうこともあろうかと、この龍平が工夫を凝らして作り上げました模擬刀でございます」
 細く柔らかい柳の枝を束ね、海綿を縫いつけた布で幾重にも巻き、それを皮袋に詰めたものだ。切っ先は特に小袋の詰めた海綿を玉にして押し込んでいる。ヒキガエルの肌にも似た色合いで、当たると痛いが、これで打ち合いで大怪我をすることはない。先ずは上々と思った矢先。
 桃山家に縁起でもないことが立て続けに起きた。まず、娘のアンジュが鼻緒の切れた草履をぶら下げてやってきた。
「父上、おかしなこともあるものじゃ。何もしてないのに、私の草履の鼻緒がぶちっと切れたのじゃ」
「そういえば、復興戦争で共に戦いし戦友がローマ騎士の槍に倒れた日も、わしの草鞋の緒が切れおったな」
 と、鳳太郎。
 続いて、息子のライアンが頭にこぶを作り、泣きながらやってきた。
「ちちうえ〜! やねのじゅうじかがおちてきて、ライアンのあたまにあたったのだぁ〜!」
「そういえば、ドレスタットにドラゴンどもが押し寄せた時も、町の教会の十字架が何の前触れもなく屋根から落ちてきたって、噂に聞いてるぜ」
 と、フリガン。尤もこれは定かではない。
 妻のカトリーヌが心配して言う。
「これって何か悪いことが起きる前兆じゃないの? ドレスタットにまたドラゴンがやってきて、火を吐いて屋敷を燃やしちゃうとか、私たち全員、燃え落ちた屋敷の下敷きになって焼け死んじゃうとか‥‥」
「これ、カトリーヌ! 縁起でもないことを申すな!」
 思わず叱りつける鳳太郎。その言葉にカトリーヌは不思議な顔をする。
「エンギって、何なの?」
「うむ。縁起とは、物事の先触れのことだ。草履の鼻緒が切れるとか、軍旗が風で折れるとか、真新しいコップが割れるとか、十字架が倒れるとか、何かよからぬ兆しが起こった時に、ジャパンでは『縁起が悪い』と言うのだが‥‥これは厄払いが必要かもしれぬな」
「ヤクバライ?」
 カトリーヌはオウム返し。
「不幸を呼び寄せる邪気を払う清めの儀式のことだ。よし、カトリーヌに龍平よ。豆を用意いたせ。ジャパン古式の伝統に倣い、道場開きの日に合わせ、豆まきで厄払いをするといたそう。ああ、それからメザシの頭とヒイラギの葉も忘れるでないぞ」
「メザシ? ヒイラギ?」
 訊ね返すカトリーヌ。龍平が言う。
「鳳太郎様、ここはノルマンでごさいます。ジャパンで使われるような魔除けの品が手に入るかどうか‥‥」
「では、代わりの物で代用するといたそう。所変われば品変わるとも言うからな」
 ところがカトリーヌが町の魚市場やら田舎の茂みやらを回って用意してきたのは、サメの頭をトゲトゲの茨の枝にグサリと突き刺したもの。それを見て一瞬、唖然とした鳳太郎だったが、すぐに豪快に笑い出す。
「はっはっは! これはまた豪勢な魔除けであるな!」
「では、腕自慢を募って奉納試合を行いながら、豆まきを致そうぞ」

 かくて、ギルドに依頼が舞い込んだ。
『桃山家の豆まきに来たれ。厄払いの儀礼試合に参加する武芸者。並びに料理自慢を求む。試合は屋内にて素面素足にて執り行う』

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1598 秋山 主水(57歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3102 アッシュ・クライン(33歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●頼もう!
「頼もう!」
 道場の玄関口で、威勢の良い声が響く。やって来たのはジャパン独特の武士装束をまとった侍である。
「新陰流・秋山主水(ea1598)と申す。今は「書」を持って生計を立てておる。
故郷の懐かしき空気に誘われてまいった。節分の豆まき、存分に楽しませていただこう」
 続いてやって来たのがナイトのアレクシアス・フェザント(ea1565)。その携える剣は日本刀だが、復興戦争ではノルマンの騎士とジャパンの侍が肩を並べて戦ったお国柄、日本刀を愛用するナイトも当地ではさほど珍しいものではない。
「よくぞ、おいで下さった」
 屋敷の主人の鳳太郎は二人の武人を奥の客間へと招き、茶を振る舞った。ジャパンではありふれた飲み物である茶も、ここノルマンでは月道経由で取り寄せねばならない高級品だ。
「おお、懐かしい香りであるな」
 茶の香りは、主水にとっては慣れ親しんだ故郷の香りだ。すがすがしい新緑を思わせる茶の香りは遠い記憶を呼び覚ます。
「まるではるかな時を超え、故郷にいた昔に戻ったかのようだ」
 もう一人の客、ノルマン生まれのアレクシアスにとって、これまで茶を飲む機会など滅多になかった。
「変わった味だな。‥‥だが、悪くはない」
 落ち着いた客間の雰囲気に茶の香りは、奇妙に心を落ち着かせる。
「桃山鳳太郎の名は予てより耳にしていた。武具師としての腕前も然ることながら、その剣技も見事な物、と」
 アレクシアスはそう前置きし、ここに来た理由を告げる。
「俺は先の依頼にて、みすみす相手の手の内に嵌った。己のその迂闊さの悔いから、僅かながらの迷いが心の内に生じている。その己を見返し、迷いを振り切り、初心に戻り気持ちを新たに立ち上がる。桃山家の儀礼試合はその良い機会と見て、参加を決めた」
「わしは今だかつて、戦場で刀を振るったことはない」
 鳳太郎がきっぱりと言う。
「ノルマンの復興戦争にはせ参じた当時、わしはまだ一介の武具職人に過ぎなかった。毎日がむしゃらになって働き、その働きの甲斐あって晴れて帯刀を許されてからはその刀に恥じぬよう、毎日を剣術修行に打ち込んだ。戦場にて鍛えた剣には非ねど、それがアレクシアス殿のお役に立てるなら、かくも嬉しきことはない」
 その言葉にアレクシアスは一礼をもって応える。
「この度の儀礼試合に参加出来て光栄だ」
 主水はふと、手近にあった模擬刀を取り上げて興味深げに検分した。
「ふむ、これは『ひき肌竹刀』であるな」
「ひき肌竹刀、でございますか?」
 その言葉に龍平が、初めて聞いたような顔をする。
「うむ。新陰流の祖である剣聖が考案したものと伝え聞いておる」
「いや、そうでありましたか。この龍平、柳の枝を束ねた刀のことを人づてで聞き、色々と工夫を凝らしながら実際に作ってみたのがこの刀でありましたが‥‥。ここは剣聖様に敬意を表し、この刀を『ひき肌竹刀』と呼ぶことに致しましょう」

●買い出し
 奉納試合に集った総勢10名の冒険者の一人、ジャパン出身の円巴(ea3738)が玄関口に飾られた魔除けを見て言う。
「鮫か、良い代用かな? 鮫殺しはカーチャス・ディアブロすなわち悪魔殺しと呼ばれるらしいが‥‥」
 が、主水はジャパンの流儀にかなった魔除けでなければ気がすまない。
「メザシとは鰯の干物、ヒイラギとはこの地で言うリースのことなのだ」
 市場などを回って仕入れた材料でこじんまりした魔除けを作ってやった。
「こんなちっぽけな魔除けでいいのかしら?」
 カトリーヌがそんなことを言う。
「一種のホーリーシンボルであるからな。見かけの大小よりも、魔を払う決意を込めることが大事ということだ」

 厄払いの儀式に使う豆に、道場開きのお祝い料理。食材の買い出し担当はキウイ・クレープ(ea2031)、ジェイラン・マルフィー(ea3000)、利賀桐まくる(ea5297)の3人だ。
「撒くらしいからね、風に飛ばされるような軽いのじゃダメだろうな」
 握っては重さを確かめ、投げやすそうな様々な種類の豆を纏めて購入した。
 料理の主役は魚とチーズ。ドレスタットは港町だけに、新鮮な魚は近場で手に入った。野菜や香草などの食材も入手できたが、チーズについてはイリア・アドミナル(ea2564)がおいしいチーズを産する農場を知っていたので、イリアと共に出向いて仕入れることにした。この農場、イリアが過去の依頼を通じて伝が出来たのだとか。
「年の数だけ‥‥お豆さんを‥‥食べるものなんだ」
 ジェイランの貸してくれた馬に二人乗りして、まくるは馬を操りながら後ろのジェラインに厄よけの作法や言い伝えを聞かせてやる。
「豆まき‥‥な、懐かしいな‥‥」
 ごろた道が上り坂になり、馬の背が傾いてずり落ちそうになるジェライン。
「あっ‥‥!」
 目の前のまくるの背中にしがみつく。
「だ‥‥だいじょうぶ?」
「うん。平気、平気」
 まくるの背中を後ろからぎゅっと抱いていると、暖かい温もりが伝わってきて幸せな気分。
「しばらくこうしていて、大丈夫かな?」
「うん‥‥大丈夫‥‥だよ」

●奉納試合
 どーんどーんどーんと来いと、腹に響く太鼓の音。見物人も集まった道場に8名のつわものが並び立った。何れ劣らぬ腕自慢。見物人は風変わりな儀式的武闘試合を固唾を飲んで見守る。
「魔よ去れ! 幸よ来よ!」
 桝一杯の豆は、堅く粒ぞろいで知られるカラット豆。重さも揃っているため、香辛料や黄金、宝石を計るための分銅にも用いられる。奥方が公平と信義とを象徴して、大豆の代わりに選んだ豆だ。それが木の床の道場に、ばらまかれて行く。
「さ、始めようかの?」
 鳳太郎が進み出て開会を宣言。
「えー。掃除しないのかよ」
 驚いたのはキウイ。素足でこれじゃ物凄く痛い。フリガン始めジャパン人以外の者は顔色を変えた。
「直ぐにリカバーで回復してやるぞえ。安心して己が力を出しきるが良い」
 柔らかき模擬剣なれども、万一に備えてヴェガ・キュアノス(ea7463)が待機する。どうふんでも、この剣では大怪我のしようがない。とは言え、めでたい奉納試合に不吉は禁物。幾重にも安全措置が採られるべきであろう。
 そよ風に、良き香りが流れる。白い鉢巻き白い道着の男立てに、紺の袴を履いて進み行くは、夢想流の遣い手の巴。
「我が名は両儀斎。四方切り八方斬り迷う(魔妖)払いの九字をきる。臨兵闘者開陣裂前行!」
 手刀で裂帛の気合いと共に邪を祓う。
「お手柔らかに」
 進むフリガンも相当の剛の者。一礼後取るは八双の構え。
(「出来る‥‥。奴は戦場往来の剣だ」)
 巴の額に汗が流れる。双方の剣はピタリとも動かず、互いに隙を狙う。
「魔よ去れ! 幸よ来よ!」
 周囲から邪気払いの豆が撒かれ、木の床に弾けた。
「むん!」
 先に動いたのはフリガンである。気合いと共に間合いを一足に詰め、片手打ちに首横を薙ぐ一閃。後先に動いた巴の剣がやや遅い。そのままフリガンの勝ちかと、誰もが思ったとき。
「痛ぅ!」
 正に腰砕け。巴の一撃が脇の下を強かに打った。
「それまで! 勝者巴殿」
「これがジャパンのトーナメントかよ! こいつぁキョーレツだぜ!」
 思わぬ敗北に苦笑いするフリガンは、一礼後席に戻るとしきりに足の裏を揉んでいる。食い込んだカラット豆が落ちると、少し血が滲んでいた。強敵は、相手よりも床の豆であった。

 どどーんと開始の太鼓の音。紺の道着に黒袴。丈が合わず足が丸見えのアレクシアスに対するは、下働きの普段着姿のキウイ。
 キウイの構えは、威風堂々大上段。僅かの揺れも歪みも無く、ただ一直線に振り下ろす構えである。兜が有れば兜ごと、頭蓋骨を砕き割る気概のコナン流。剣で切れぬ物に怖い物など何もない。ただ、必殺の一撃を送り込むのみ。
(「ふむ。新当流の一の太刀にも通じる物があるな。腕はアレクシアス殿が上。しかし‥‥」)
 巴は威儀を正して試合を見守る。
「たぁぁぁぁ!」
 じりじりと詰まる間合いが指呼の間に入った。アレクシアスの脳天めがけ、一気に踏み込み防御を一切省みない全てを込めて剣を振り下ろす。床を踏み破る程に強烈な踏み込み。だが‥‥。アレクシアスの姿が揺らぎ、キウイの剣は床に叩きつけられた。へし折れて宙に舞う模擬剣。勢い余って前方に転がるキウイの身体。いや、交わして斬りつけるアレクシアスの剣を、身体を投げ出して辛くも防いだ。
 道場の壁に激突したキウイは、その反動で立っていた。どちらが業を決めた訳でも無いため、当然試合は続けられる。と、思ったとき。
「あたいの負け、初撃に全部を込めたからね、あれを防がれたら終わりだよ。それに、剣も折れちゃったしね」
 キウイはあっさりと負けを認めた。全身全霊の一撃。この言葉に偽りは無い。キウイが踏み込んだ道場の床。砕け散ったカラット豆の残骸が彼女の攻撃のすさまじさを物語っていた。

 奥伝にはほど遠いが、アッシュ・クライン(ea3102)とてカールスの剣士。模擬刀の重さを確かめ。剣のしなりを試して見る。
「バランスは悪くない。軽すぎるのが玉に瑕だが、剣の走りは上々だ。問題は、床の豆だな」
 苦笑しながらごちる彼に、対するは桃山殿。
「それが当流の例しなれば。北辰流・桃山鳳太郎。参る」
「ほう、これが北辰流名物の豆試合か」
 主水は思わず口にした。本来は、すり足を身体に叩き込むための鍛錬法。すり足が出来ねば豆を踏んで足が痛み、試合どころではない。この勝負、ジャバンの流派に有利である。
 二人の一礼。どどーん。太鼓の音と共に試合が始まった。
 剣先が常に動く鳳太郎。豆のために動き自由を制され、いつもの動きが出来ないアッシュに引き替え、鳳太郎の動きは実になめらか。足を隠す袴の効果で、なお動きが読みにくい。
(「攻撃の起こりだ。‥‥そこか!」)
 諸手で大上段から振り下ろされる剣の下を潜って、片手でカウンター気味に胴を払う。が、突然変化した鳳太郎の剣が、それを切り落とした。
(「突いてくる!」)
 咄嗟に飛び込んで交わす形が、足下へのタックルのようになった。もつれるように転がる二人。勝負は組み討ちの形にもつれ込み、
「参った」
 気が付くと、アッシュの首に鳳太郎の扇子が添えられていた。同時に彼も同じ事を試みていたが、模擬剣の長さが災いし、一歩及ばなかった。扇子が脇差しだったら首を掻かれている。
「魔よ去れ! 幸よ来よ!」
 その瞬間も、道場にカラット豆が舞い落ちる。

 さて4組目は、
「てぇぇぃ!」
 素振りをしながら気合いを入れるのは、新陰流の主水。対するはノルドの達人イルニアス・エルトファーム(ea1625)。技こそ少ないが、その鍛錬は余人の及ぶところではない。髪を後に束ね、小さな針穴が無数に空いた眼帯を着用。借り受けた狩衣風のジャパンの装束を付けている。
「ほほう。常時戦場の心掛、お見事である」
 眼帯は咄嗟の返し日や、砂塵を防ぐための物。主水はそう見て取った。そして、その地力を悟った主水は、オーラ・ボディをその身に纏う。
「不徳未熟の者故、堪忍されよ。戦場の如く力(つと)めねば、無礼に当たる御器量とお見受け致したればな」
「それは武人として光栄の至り。感謝する」
 イルニアスは、攻撃こそ最大の防御と心得る。無造作に突き出す剣の中に、腕の立つ者が見ればはっきりと、全身を隠した。そして、試合は‥‥。

 両手で竹刀を持ち、大上段に構えて胴を開ける主水。間合いを計りギリギリの位置に立つイルニアス。身を沈め、剣は地に伏せ、全身バネの如く蹲っている。かれこれ1時間は過ぎたであろう。二人とも構えたまま彫像のように動かない。見物人の野次にも構わず、二人は互いに呼吸を計っていた。
 実は、既に二人は何度も剣を交えている。しかし、イルニアスは主水の相打ちの構えを崩せず、主水はイルニアスの起こりを見いだせない。やがて西日がイルニアスの顔に差したが、用意の眼帯が些かも利を失わせず、主水が攻める機が満ちないのだ。張りつめた緊張が見物人達をも凍らせ、時だけが過ぎて行く。だが。
 動いたのはイルニアスであった。僅かの息の乱れを読んで取り、脛を払うように突っ込んで行く。その剣先は加速し、見物人の視界から消え失せた。
 ぱあぁぁぁん!
 澄んだ音が道場に響く。
「それまで! イルニアス殿」
 主水のカウンターは、一寸の差で外された。床の豆を薙ぎ払いつつ、下から摺り上げる斬激が、主水を宙に浮かせていたのだ。
「‥‥今の勝利は、私の若さ故。きわどい勝負だった」
 イルニアスは深い息を吐きながら、好敵手を誉めた。
「なんの、お見苦しい物をお見せい致し申した。真剣なればわしの胴は切り離されておりました。老骨の意地にござれば、なにとぞご容赦のほどを」
 奉納試合故、勝負自体に拘らぬ。時間もかなり過ぎた故に、ここで締めと相成った。

●打ち上げの宴
 奉納試合が終わると道場に食卓が並べられ、打ち上げの宴となった。ヴェガが手ずから焼いた魚の香草焼きに、野菜出汁を生かしたパイ、野菜のプティング、屋台の箸巻き風の焼き物。食材はノルマン当地の物ながら、巴とまくるが助勢して盛りつけた料理にはどこかジャパンの趣が漂う。イリアが農場主から教えてもらった、溶かしたチーズにパンや野菜を浸して食べる鍋料理もある。
「食事前の神への感謝の祈りも忘れずにな」
 ヴェガが食前の祈りをおごそかに唱え、それが終わると和気あいあいの宴が始まった。
「これ‥‥贈り物だよ」
 頃合いを見て、まくるがアンジュとライアンに差し出したのは、水晶のペンダントと玩具の木彫りの舟。
「きれいじゃな。これを私にくれるのか?」
「うん」
「じゃが、ただで貰うのはつまらん。私と勝負いたせ。私が勝ったら、これは私の物じゃ」
 いきなりアンジュに勝負を挑まれたまくる。最初は手加減するつもりだったが、アンジュがあまりにも激しく打ちかかるもので、思わず本気を出してしまった。模擬刀をはじかれ、尻餅をつくアンジュ。
「あねうえのまけじゃ!」
 言われたアンジュはキッと弟をにらんで言う。
「ライアン! おまえも勝負するのじゃ!」
 姉の手前、しぶしぶライアンも勝負に出たが、対戦相手のキウイにあっさり敗北。
「ライアンは、おふねがほしかったのに‥‥」
 べそをかき始めたライアンを、ヴェガが抱きしめて慰める。
「男の子はそう簡単に泣いては駄目じゃぞ? 欲しい物は自分の力で勝ち取るのが一番いいのじゃ。もっともっと強い子になれ」
「うん。ライアンはつよい子になるのだ」
 ライアンの顔に笑顔が戻った。

●ピンナップ

アレクシアス・フェザント(ea1565


PCシングルピンナップ
Illusted by 朱鱶マサムネ