歌の宴〜白組

■ショートシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月01日〜01月08日

リプレイ公開日:2005年01月07日

●オープニング

 海風は、雪を横に送り降らせる。
 ちらつく程度だが、ドレスタットの雪はロマンチックというには少々遠い。
「やっぱり寒いわね。でもその分、街の灯りはきらきら光って‥‥以前遊びに来た時よりも綺麗」
「ドラゴンも何とかなったようですし、最近は冒険者達も増えているようです。まだまだ発展しますよ、この街は。北の辺境伯様もまもなくお戻りになるようですし」
 一人の老婆と黒尽くめの、一風変わった二人組が街を歩きながら話をしている。黒尽くめの方は、ゆったりとした服で喉元を隠し、異国風の仮面を付けていた。
「この季節、人が外に出なくなるからねえ。街の灯りが綺麗なのはいいけど、歌を聞いてくれる人が減ってしまうのは寂しいわ」
 老婆は小さく肩を竦めた。その姿がなんとも可愛らしく、黒尽くめの人物はぷっと噴出して微笑んだ。
「何を言ってるんですか、私達は吟遊詩人ですよ? 『聞いてもらう』んじゃなくて、『聞かせる』んです。そうですね、十組程も唄い手が集まれば、その物珍しさに人が寄ってくるでしょう」
「あら、それじゃただ集まるだけじゃ面白くないわねえ。‥‥そうね、それじゃその唄い手を二組に分けて。どっちがいい歌を作ったか、いい歌を唄ったか。歌で競い合うのは互いの腕前の向上にも繋がるし、皆が一番の自信の歌を持ち寄ればお客様も喜んでくれるわ」
 老婆の顔に一層の笑顔が浮かぶ。まるで少女のようなその微笑は、周囲の人間にも年齢を超えた『若さ』を感じさせた。
「それでは私が場所を探しましょうか。広場では寒いですから‥‥どこかの酒場を借りましょう。それならお客様もチップを出しやすいでしょうし」
「うふふ‥‥ではどうやって組み分けしましょう?」
 ふと横を見れば、布で作ったコサージュを売る店。聖夜の乙女達の胸を彩る花達だ。二人はついと店に入ると、互いの気に入ったコサージュを一つずつ購入し胸に飾った。
「それでは私はこのヒイラギの色、紅で」
「私はこのカメリアの白を。互いの組の人達に同じ色の何かを付けてもらって、それで組み分けとしましょう。もう聖夜祭も終わりますから、そうですね‥‥歌の宴で新年を迎えるというのは?」

 その夜。
「真っ黒な人に頼まれたんだ」と、子供達が一枚の羊皮紙を持ってギルドにやってきた。
 彼らの持つ羊皮紙には。
『唄い手求む』と、綺麗な文字で書いてあった。

●今回の参加者

 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6034 ベルカーム・グィネス(29歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea6586 瀬方 三四郎(67歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8076 ジョシュア・フォクトゥー(38歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●本番前
 この酒場が、この先これほどの賑わいを見せる日は、どれくらい未来の話になるだろうか。
 ここのマスターに話を持ち込み、子供達に依頼の文書をギルドへ持っていくよう頼んだ『真っ黒な人』‥‥フランソワは、酒場の盛況ぶりに満足していた。
 黒ずくめの礼服にカメリアの白いコサージュが目立っている。
 そもそもの企画の発案者である連れはなおのことだろう。
「おもしろいことになってきましたね」
 などと思っていると、もう歌合戦の開幕だ。
 観客達の拍手で隣の人の声も聞こえなくなった。

 ゆっくりと舞台に上がったフランソワと老婆の姿に、酒場はしんと静まり返る。
 いよいよだ、という心地よい緊張感が場を包む。
 一呼吸おいて一礼し、フランソワが口を開いた。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。皆様の昨年はどんな一年だったでしょうか。そして今年はどんな一年にしたいですか? 新年への希望を込めて、今日はすばらしい歌い手達に集まっていただきました」
 視線が舞台の袖に紅白に分かれて待機している冒険者達に注がれる。
「年初めの歌で皆様に幸運を呼び込みましょう。紅白歌合戦、いよいよ開幕です!」

●いきなりハイテンション
「人生は常に真剣勝負。この血と汗の染み付いた胴着がそれを物語っています。今日この日、誇りである黒帯をギュッと締めて歌います。白組の先陣を切るのは、はるばるジャパンからやって来た庇護の士・瀬方三四郎さん56歳、真剣に歌います。『修行数え歌〜柔術賛歌〜』!」
 舞台の端でフランソワが瀬方三四郎(ea6586)を紹介すると、身長185センチの筋肉質な大男が上がってきた。準備中の間は白組の仲間達と明るく談笑していたのが嘘のような、鬼気迫る表情だ。
 鍛え抜かれた肉体への感嘆と拍手がおさまると彼は大きく息を吸い込んで、
「とりゅああああっ!!」
 凄まじい掛け声を発した。
 驚いた観客達が椅子から転げ落ちたりグラスを落としたりと、そこここで物音がたつ。

♪一つとせ 一人で貫く柔の道に
 やると決めたら後には退かぬ
 嵐も風をも笑顔で越えて 目指す極みの心意気
 人が歩けば道ぞとなりて 水が通れば
 水が通れば 河になる

 二つとせ 振り向くなかれ試練の道に
 柔よく剛を制すの夢を
 雨も雪をも笑顔で受けて 黒帯濡らす心意気
 思う一念岩をも穿つ 水に成りたや
 水に成りたや 男なら♪

「敵に勝つより己に克つ それが私の柔の極意!」
 セリフを叫ぶ三四郎の背後には、七刻双武(ea3866)の出資で職人に作ってもらった舞台セットが活きていた。ジャパンをイメージした松や富士山である。
 さらに胴着に染み付いた血の跡が、三四郎の人生の辛苦を物語っていた。
 また双武は白組全員分の舞台セットを注文していた。
 三四郎の真剣さが伝染したのか、いつしか酒場にはピリピリした空気が流れていた。心拍数・脈拍共に上昇し、呼吸も早まり興奮して顔に血が巡り赤くなっていく。だがそれは凶暴なものではなく、気持ち良く熱い感覚だった。試合に臨む前の緊張感に似ているかもしれない。
「えぇぇぇぇーい! とぉぉぉぉー!」
 間奏の合間に、三四郎の気合いが入る。十字を組んで狙いを付ける必殺の、瀬方十字星の型が完成された舞踏家の舞の如く決まる。突き、投げ、払い、入り身の極意ここに有り。嗚呼! 正に舞は武に通ず。もしもこれが三四郎だけの舞台であったなら、観客達はここを出る頃には間違いなく全員が三四郎の顔をしていたことだろう。

♪三つとせ 未熟を悟る修行の道に
 柔一筋 無双の技を
 愛も情をも笑顔で辞して 背中で耐える心意気
 花を摘まずに男は進む 行かばどこかで
 行かばどこかで 解るだろう

 四つとせ 避けずに向かう勝負の道に
 己と敵とに虹を架け
 仁も義をも笑顔で込めて 信の花咲く心意気
 尽くす誠は道一筋に まかり通るぞ
 まかり通るぞ まっすぐに♪

 歌が終わり、三四郎が一礼して舞台を下りると、一瞬の間の後割れるような拍手喝采が起こった。
「欧州の方々に柔が理解されたのだろうか‥‥?」
「魂の力が伝わったんだと思うな」
 答えたのは待機中のジョシュア・フォクトゥー(ea8076)だった。青い瞳が楽しそうに輝いている。彼も三四郎の歌からパワーを受け取っていたようだ。
 三四郎はひとつ頷くと、二番手である双武の背を強く叩いた。
「七刻君、キミの番だ。真剣に応援しよう!」
「うむ、行ってくる」
 椅子から立った双武の姿は、毅然としていて美しかった。
 ジャパンの婚姻用の礼服をモチーフに、ノルマンの仕立て屋に舞台用にデザインし直した衣装を身にまとい、さらに肩に半分だけかかるようにマントをかけ、獅子の留め具で留めていた。
「さぁ、白組二番手の彼もジャパン出身です。しかし彼は私達西洋人とのハーフでもあります。歴戦の兵である七刻双武さんには思いを寄せる人がいるとか。いったいどんな方なのでしょう。七刻双武さん、彼女のために歌います。どうぞ、みなさんも大切な人を思いながらお聞きください」
 フランソワの紹介が終わり、舞台中央へ誘われた双武は、この日のために吟遊詩人の元で発声練習や歌詞の創作のレッスンを受けてきた。その成果を見せるべく、彼は思いの全てを込めて歌いだす。

♪ある日 夜空を見上げれば 思い起こすは遠き故郷
 旅立ちの日は 雪降る朝
 貴き方への力にならんと剣を取る
 15の年より戦場を 新たな故郷と定めしは 親しき笑顔を護る為
 貴き方の名の元に ただひたすらに戦を巡りしその果てに
 遠き国へと馳せ参じ 剣を振るいて守るべきは幼子よ♪

 場所は戦場でなくても、大切な誰かのためならどんな困難にも立ち向かおうという気持ちは、人間ならば誰しもわかる思いではないだろうか。ましてやここは港の街。この地に夢を求めた人達は、これまでの苦労を思い返し、グラスを持つ手に自然と力がこもった。

♪戦が終わりしこの地にて 人を守りし剣とならんと歩きし先に
 出会いし華は 炎の獅子よ
 炎の如きその姿は 愛しき者を護る為 正しき者を護る為
 慈愛の心を炎で包みて進む 麗しの獅子よ

 その身に惹かれし この思い
 獅子を守りし盾とならんと我が身を動かす

 我が生涯を麗しの獅子に捧げんと誓いしこの思い
 歌に乗せて 我が君に届けん♪

 観客達は、歌が終わってもまだ余韻から抜け出せずにいた。
 壮絶なまでの歌の主人公の思いに、婦人の中には目をうるませている者もいる。
 一人の拍手をきっかけに、次々と拍手が大きくなっていった。
 舞台から下りた双武を三四郎が真っ先に迎える。
 お互い年も近く出身地も同じであるせいか、話しやすいのだろう。
「素晴らしかったぞ七刻君。私の胸にもジンときたよ」
「いやはや、つい力が入ってしもた」
「舞台セットがまた良かったな。戦でボロボロになった大地に一輪の花とは」
「赤い花ってあたりが意味深だよな」
 惜しみない拍手を贈りながらジョシュアも会話に加わってきた。
「やはり花あっての俺達だよな」
 と言っては三人はわかりあったように頷き合っていた。
 ふと、三四郎は辺りを見回し不思議そうに訪ねた。
「はて。人数が足りないようだが?」
「ああ」
 と、応じたジョシュアがニヤリとして紅組を見やる。
「双武の歌に触発されたか生まれつきか‥‥本当に花を求めて向こうに行ってるのがいるな」
「いいじゃないか。こんな日は心が自由になる。‥‥ま、それでも節度は大事だけどな。あの人、歌合戦開始前にも食らってたよな。‥‥趣味か?」
 派手な平手打ちの音に痛そうに身をすくめ、オレノウ・タオキケー(ea4251)は小さく笑った。
「もしかしたら、これがきっかけで生涯の伴侶に出会うかもしれんしの」
 と、双武の言葉の後に、ニ発目の平手打ちの小気味良い音が聞こえてきたのだった。

●とことんハイテンション
 紅組も負けてはいなかった。
 高レベルなトップバッターの後に、いとこ同士での歌い手が上がる。
 仕掛けを施されたことで舞台の一部が上昇したり、いとこの片割れが突然高笑いをはじめたり、とかなりはじけていた。
 まるで雰囲気の違う二組だったが、どちらも観客には大いに喜ばれていた。
「最初の人はかなりの歌い手だな。後の二人組みは技術はともかく、勢いがある」
 オレノウの評価に頷く男性陣。
 歌は音楽は、こんなにも人の心を揺さぶるのだということを改めて目の当たりにしていた。

 そんな紅組女性陣のパワフルで愛らしい歌が終わり、再び白組の番になった。
「神聖ローマ帝国からやって来た熱きファイター、ジョシュア・フォクトゥー。胸の大きな傷跡がこれまでの戦いの凄まじさを物語っています。相手はクマだったのかトラだったのか」
「いや、あの‥‥違うから」
 周囲の熱気にあてられて次第に司会者のセリフもカッ飛んだものになってくる。やんわりと訂正するジョシュアの声も耳に届いていない様子だ。
「正義のために鍛え抜いた鋼の筋肉をたっぷりご堪能ください。あ、ご婦人、歌い手に触れないでください」
 大胆にも上半身裸で登場したジョシュアに、目をハートにした若い婦人がジョシュアに抱きつこうとしていた。フランソワがとっさに間に割り込み、それを阻止する。歌い手に万が一があっては大変である。
 婦人は家族らしき人に引っ張られて酒場の隅に消えていった。
 フランソワは気を取り直して司会を続けた。
「それでは皆様、戦士の魂の叫びを存分にお聞きください!」
 ジョシュアの意向で、舞台セットはない。
 上半身を抜いた彼の腕に巻かれた白いバンダナが唯一の効果であった。

♪この世界のど真ん中に たった一人でも
 男なら立ち上がれ 自分を信じて
 立ちはだかる悪い奴等も 自慢の技で吹っ飛ばす
 ア・ソ・ビの時間は終わりだぜ!♪

 三四郎、双武に続き男くさい世界を披露していたが、前二人から老練の奥深さがにじみ出ていたのに対し、まだ若いジョシュアからは一種の色気のようなものが出ていたのだろうか、婦人達の黄色い歓声が酒場に響き渡った。
 先ほどの女性も家族を引きずって再び前列に這い出してきている。
「ジョシュア様ーっ!」
 と、何やら大変な騒ぎになりつつあった。
 どうにかこうにか混乱を静め、フランソワは次の歌い手の紹介に入った。
 津波のように押し寄せる婦人達にもみくちゃにされ、パリッとしていた黒い礼服が少しヨレていた。

 次の紅組の舞台は芸術の域に達していた。
 巫女装束に天冠、神楽鈴に草履、そして懐には水鳥の扇子。
 ノルマンでは見ることのない衣装は、神秘的でミステリアスだった。観客の視線は彼女に釘付けになっている。
「ほぅ」
 三四郎が賞賛の息をもらすと隣の双武も懐かしそうに目を細める。
「これは美しいのぅ」
「新年にふさわしいナリだな。来て良かったというものだ。こういう戦いは死人も血も流れぬ。実にすがすがしい」
 神楽鈴を鳴らし、優雅に舞う姿は観客を引き付けてやまない。
 神に捧げる舞、とのことだったが彼らにしてみれば、その場に神が降りたような気持ちになったことだろう。
 続いて登場したのは薄い緑色のドレスをまとったエルフだった。
 舞台中央に静かにたたずんだ彼女は、澄んだ音色の伴奏に合わせて切ない恋歌を紡ぎだす。
「女神が二人‥‥だな。私達もがんばらないと、お客さん達を満足させられないな。‥‥で、まだ戻ってこないのか?」
 オレノウが言えば、年配二人はそろって紅組のほうを向いた。
 話題の人物はすっかり紅組に馴染んでいる。たまに痛そうなものをプレゼントされているようだが、彼にとってはスキンシップの一種なのかもしれない。
「いつか背中から刺されなければいいがな」
「案外参ってしまうおなごがおるやもしれんぞ」
 三四郎と双武は冗談とも本気ともつかない顔で言い合う。
 若い者から見れば、妬みの対象にもなり得ない状況だが、こういう余裕はやはり二人が大人である証なのだろう。
「でも、そろそろ出番では‥‥」
 と、オレノウが言いかけると、
「さて、白組は残すところあと二名となりました。次なる歌い手はこの方。‥‥あら?」
 舞台を指したフランソワの手が行き場を失う。
 視線もさまよい‥‥それは、紅組のところで止まった。
「アースハット・レッドペッパーさ〜ん、出番ですよー」
 フランソワは精一杯小声で呼ぶが、全員の視線が彼を追っていたので意味はなかった。
 アースハット・レッドペッパー(eb0131)はそんな注目も知らず、紅組の女性達と楽しそうに談笑していた。
「いっそ紅組で参加するか?」
「ちと、筋肉質すぎじゃろ」
「化粧をほどこせば‥‥」
「子供が泣くって」
 ジョシュア、双武、三四郎にオレノウが勝手なことを言い合っていた。放っておけば化粧の得意な女性を探しかねない勢いだ。
「こらこら。俺はあくまで白組参加だって。のけ者にしないでくれよ」
 ようやく戻ってきたアースハットの頬には、まだくっきりと平手打ちの跡が残っていた。
「見事にもらったもんだな」
 と言うオレノウへ、アースハットは余裕の笑みを見せた。
「これはファッションだよ。将来、男はコレが重要なオシャレとなるのさ」
「そ、そうかな‥‥」
 アースハットは自信たっぷりに大きく頷くと、ゆったりと舞台に上った。大柄な上、姿勢が良い彼の姿は舞台でよく映えた。銀のネックレスが照明に光り、白組の証として白い靴をはいている。しかし、一見したところ偉そうで粗暴に見えるため、妙な威圧感も覚えてしまう。
 彼と目が合ったフランソワは、ハッと我に返って司会を再開した。
「前衛的ファッションを携えて歌うはアースハット・レッドペッパーさん。101回恋をし、101回失恋した男が今日の悲しみを明日への糧として生きる歌です。ハンカチを用意してお聞きください」

♪あの日に出遭ったキミの笑顔に
 オレのハートビートが 熱く 猛々しく 駆け巡る♪

 続く歌詞は切なく情熱的だった。
 改めて見ると、頬の手形も確かにファッションなのだと納得させられてしまう。痛いファッションだが。
 歌はサビの部分に差し掛かった。
 どこか遠くを見るようなアースハットの目にかすかに光るものがあった。
 そして女性の名前を叫ぶ。
「シャーリー! グレイドル!」
 恐ろしいほど歌に感情移入していた。
 その間舞台の袖、白組ではこんな会話が交わされていた。
「まさかとは思うが、この歌実話か‥‥?」
「名前の叫びが切実だったな」
「101回か‥‥」
 真実はアースハットのみが知る。
 歌い終わると観客の男も女も泣いていた。
 そして、何度恋に破れても決してめげない愛の探求者に惜しみない拍手が送られたのだった。どちらかと言えば励ましの声のほうが大きかったかもしれない。
 ジョシュアの時とは違った意味で女性達が群がってきていた。強そうな男が見せる弱さに、女は弱いのだ。
 再び場はカオスとなるかと思われたが、冒険者達の協力によりどうにか最悪の事態は防がれた。

 興奮が冷めないうちに始まったのは、紅組のシフールの情熱的な踊りだった。
 オレンジを基調とした衣装を躍らせる彼女は、まるで炎だった。
 軽快に激しく、時に優雅に揺れる炎。
 見ているとこちらの体もリズムをとってしまいそうだ。
 きっと彼女自身、踊りが好きでたまらないのだろう。
 踊りが終わり、嫣然と微笑んで一礼し舞台を下りると、入れ替わり上がってきたのは清楚でたおやかな雰囲気の女性だった。
 黄金を割いたような髪は、薄暗い中でもその主張をやめない。
 わずかに紅潮した頬が愛らしい。
 春を歌う歌声も期待を裏切らず、耳に心地よかった。全てが芽吹くにおいさえしそうなほどに。

「さて、白組最後の歌い手はこの方。チーム唯一のバード、花殺しの歌い手オレノウ・タオキケーさん。素晴らしい歌を作ることに心血を注ぐ彼は、この日のために船の中で練り上げました」
 ついでに加えるなら、白組で一番華奢な人物でもある。
 他が皆大柄で筋肉質な者が多いのだ。別の大会も開けるかもしれない。
 オレノウは舞台に立つと、歌う前に観客達に挨拶をはじめた。
「降りつける雪はご当地を『白』一色に変えています。皆さんの判定の気持ちも『白』一色となっていることでしょう」
 少し冗談ぽくそう言って酒場を見渡すと、改まった顔になって続けた。
「ドラゴン襲撃という災害に見舞われたご当地の皆さん、復興がんばってください。それでは、聞いてください。『雪、萌えて』」

♪雪 深々と
 雪 降り積もる

 激しい暴風(あらし)も 今は収まり
 荒れたココロも 今や静まり

 鐘 錚々と
 街 響き渡る

 激しい暴風も 今は収まり
 荒れたココロも 今や静まり

 雪 深々と
 雪 降り積もる

 人に 屋根に 街に
 野に 森に 山に♪

 朗々と歌うオレノウのバックではアースハットがSCROLLofウォーターコントロールで水滴を雪に見せかけていた。決して明るいとは言えない照明が良い効果となり、幻想的な雰囲気を作り出していた。
 ドレスタットに住む人達を思って作った歌である。心に響かないわけがなかった。
 静かに歌い終わった彼への拍手は、しばらく鳴り止まなかった。

「さぁ、お楽しみいただいた歌合戦も、とうとう最後の一曲を残すだけとなりました」
 フランソワの紹介で登場した最後の歌い手は、銀の髪のエルフだった。
 静かに上がってきた彼女に観客がどよめく。それは、先程見た巫女装束とは違う、しかし似た雰囲気を持つ衣装の効果によった。
 ジャパンでは、それを着物と呼ぶ。
 たっぷりとそれを披露すると、彼女は歌いはじめた。
 オレノウの歌が傷ついたドレスタットを癒し、静める歌だとすれば、彼女の歌は新年への希望と愛を込めた歌だった。

「どちらもトリにふさわしい歌じゃな」
 しみじみと双武。
 三四郎も同意するように頷き、ジョシュアは楽しそうに口元をほころばせ、オレノウは味わうように歌に耳を傾け、アースハットは眩しそうに歌い手を見つめていた。
 この歌が終われば、歌の宴はひとまず終わる。
 紡がれた歌達は、集まってくれた人達の胸に何かを残しただろうか。
 悲しみを癒すことができただろうか。夢を見せることができただろうか。楽しさを増やすことができただろうか。
 今日の思い出が少しでも生きる糧になれば幸いである。

●朝までハイテンション
 少しの休憩を挟んだ後は、いよいよ勝敗の決定である。
 判定は観客一人一人に渡されていた赤と白の小さな木片を、用意された投票箱に入れることで行なわれた。また、感激した観客達がチップもねじこんだため、しまいには投票口から木片がはみ出している始末だった。
 木片は舞台上に設置された卓の上で集計された。
 皆が見守る中、フランソワと老婆が木片を数えていく。
 作業が終わると、二人は顔を見合わせて口元を緩め頷き合った。
「それでは、結果を発表します」
 辺りは咳一つなく静まる。
「集計の結果、紅組の勝利となりました!」
 わっと湧き上がる観客達。
 紅組では皆が手を取り合って喜び合っている。
 白組も彼女達に惜しみなく拍手を送っていた。
 お互い精一杯やった結果である。
 勝負があったにせよ、最後に残ったのは充足感だった。
「もう一度、類稀なる歌い手・踊り手達に大きな拍手を‥‥そして、これからは無礼講としましょうか」
 老婆の言葉で、酒場はさらなる拍手と歓声で割れそうになった。
 感極まった観客達が双方の歌い手達に握手を求めて殺到する。手がいくつあっても足りない状況だ。
 けれどもう、止める必要もない。
 その後は自ら舞台に立って歌う者、酒飲みを競い合う者、興奮のあまりケンカを始める者と、仲裁に入ろうとしたが気が付けばケンカに参加していた者と‥‥。
 いつの間にか冒険者も観客もない、ただ新年を慶びあう人達として酒を飲み笑顔を交わしていた。
 悲しいことも辛いことも、この時だけは時の向こうに追いやって、眠りの精霊が訪れるまで騒いだのだった。