●リプレイ本文
●開幕は華やかに
「歌‥‥ね。なんだか楽しそう。冬って寂しいイメージを持つ人が多いし、そんなイメージを吹き飛ばすような宴にしてみたいわね」
年が明けたばかりのドレスタッドの酒場でこの日、歌合戦が開かれる運びとなった。
「やっぱり場所が広場ではなくて酒場なのが良かったようね。お客さんの入りも上々だもの」
出演者の一人であるラクリマ・エルミータ(ea8249)の言う通り、客席は中々の‥‥というよりハッキリ言って盛況だ。
始まる前からこれなら、かなり期待できる‥‥勿論、途中で観客が帰ってしまう可能性もあるが。
「うわ〜!お客さんがいっぱいいますね。緊張します」
同じく客席を見て、エリーナ・ブラームス(ea9482)は胸をドキドキさせた。
「それで、順番はどうなっていますか?」
「はいはい、これが順番表よ。自分の番はしっかり覚えておいてね。エリーナさんはここね」
エリーナに答えたのは、胸にヒイラギを飾った老婆だった。見届け人だという。
「たくさんの人が楽しみにしているのね。勿論、私もとてもとても楽しみだわ」
「あぁ、期待していてくれ。もっともっと盛り上げてやるさ‥‥私達の歌で、な」
静かながら不敵に言い放つのは、サラサ・フローライト(ea3026)。
「あらあら、素敵だこと」
サラサを見た老婆はニコニコと、その笑みを深めた。
その言葉通り、桃山鳳太郎(ジャパン国出身であり、現在はドレスタットの領主の客分に迎えられている御仁だ)から借り受けた赤い着物が、目に鮮やかで何とも艶やかだ。
「ふむ‥‥これで良し、じゃ」
そんなサラサの着付けを請け負っていた龍宮殿真那(ea8106)も満足げだ。言って、仕上げとばかりに帯を整えた真那。
「おおっ、これはどこを見ても美しき花たちばかり‥‥ここは一つ、試しに俺に摘まれてみるってのは、どうだい?」
「あら、光栄だわ」
一方、リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)はいきなり口説いてきた白組の参加者に艶然と微笑み。
「でもね、出番を控えて緊張している子達もいるの‥‥オイタはダメよ?」
パン、と小さな音を立てて、相手の頬に愛の鞭を放った。
「あらあら、皆。盛り上がっているところ悪いけれど、そろそろ始まるわよ‥‥用意はいいかしら?」
そうして、老婆の確認に、全員がそれぞれ頷いたのだった。
ゆっくりと舞台に上がった黒ずくめの司会者‥‥フランソワと老婆の姿に、酒場はシンと静まり返る。
いよいよだ、という心地よい緊張感が場を包む。
一呼吸おいて一礼し、フランソワが口を開いた。
「お忙しい中、ようこそおいでくださいました。皆様の昨年はどんな一年だったでしょうか。そして今年はどんな一年にしたいですか? 新年への希望を込めて、今日はすばらしい歌い手達に集まっていただきました」
視線が舞台の袖に紅白に分かれて待機している冒険者達に注がれる。
「年初めの歌で皆様に幸運を呼び込みましょう。紅白歌合戦、いよいよ開幕です!」
舞台での歌合戦開始の言葉に、観客から歓声と拍手が上がった。
●紅組歌い始め
「この格好、おかしくないですか?」
舞台では白組の男性が何とも男くさい歌を歌っている。それはそれで力強いし、観客にも受けている。
聞くともなしに聞きながら、フィニィ・フォルテン(ea9114)は上擦った声で、色彩センスに優れているレミィ・エル(ea8991)に問うた。
レミィは一つ頷き、フィニィの頭のてっぺんからつま先までをチェックした。
瞳と同じ青いドレスを着たフィニィ。金色の髪を結ぶ赤いスカーフも曲がっていないし、薄ピンクの口紅を塗っただけの化粧もまた、とてもフィニィらしい。
「大丈夫だ、良く似合っている」
「うんうん。ただ、肩の力はもう少し抜いた方が良いと思うよ」
太鼓判を押すレミィの横からひょこ、と顔を覗かせたエリー・エル(ea5970)は言って、フィニィの背中をトン、と軽く押した。
「ド〜ンといっちゃってよ、紅組トップバッターさん!」
「有難う御座います、行って参ります」
二人に微笑み、フィニィは舞台に足を踏み出した。
「楽しんで歌ってきて頂戴ね」
そして、頑張って、というように優しく細められた老婆の瞳を背中に感じながら、フィニィはゆっくりと中央に進み出た。
「お待たせ致しました、可憐なる歌い手の登場です。どうか盛大な拍手でお迎え下さい。紅組のトップを飾るはこのお嬢さん、フィニィ・フォルテンさんです!」
司会者フランソワの紹介を受け、客席に一礼すると、フィニィは歌いだした。
伴奏はない。ただフィニィの歌声だけが、響く。直前まで騒いでいた観客達を、静かにする。
(「このどこかにあの方がいて下さったら‥‥」)
憧れの人に届けと、想いを込めて。
♪お陽様の様に 実りを運ぶ
輝きは無いけれど
夜空に光る あの月の様に
優しく力になりたい
お陽様の様に 全てを照らす
輝きは無いけれど
夜道を照らす あの月の様に
道行く力になりたい
闇夜を照らす 月の様に♪
歌い終わったと同時に、惜しみない拍手が贈られた。それを全身に浴びながら、フィニィはもう一度深々と一礼したのだった。
「‥‥本当にこの後に歌うのか、あたし達は」
微かに顔を引きつらせたレミィ。従妹という事で、此処にはエリーの付き添いで来ただけだったのだ、そもそもは。
それが何時の間に、二人で出る事になってしまったのだろうか?‥‥まぁいつもの事、かもしれないが。
「こうなったらぁん、歌なんてうまくない同士、インパクトで勝負よぉん!」
そんなレミィの内心の葛藤(?)にはトンと頓着しないままキッパリ言って、エリーは一度ぐっと拳を握り締めた。
ここまで来たらもう、やるっきゃないのだ!、と腹をくくる。
「まぁ、確かに‥‥」
そのやる気はレミィにも伝わる。確かにここまできたらやるしかないのだ。
「続いての登場は、二人組みユニットです。その愛らしさに目を心を奪われ過ぎないよう、皆さま十分お気をつけ下さいませ」
そして、舞台の端で紹介するフランソワの横を、すり抜ける二人。
両手を振りながら、満面の笑みで元気いっぱい舞台に飛び出したエリー‥‥と、ちょっと恥ずかしそうに申し訳なさそうに手を振りながら続くレミィ。
お揃いのピンクの衣装ながら、エリーは背中に白い羽のついた、フリフリの可愛らしいもの、対してレミィは背中に赤い羽根、そして、胸元の開いた大人っぽいものだ。
それぞれの魅力を十二分に引き出す、レミィ渾身の衣装と言えよう。
「はぁい、エリー17歳、こっちが従妹のレミィ17歳でぇす。二人合わせてぇ、『プリティ・エンジェル』でぇす」
わっと湧く観客。この波に乗るべく始まる音楽。エリーの身体が音楽に合わせて動く。
♪二人は二人はじゅうななさい
可愛い可愛いお年頃
とってもとっても可愛い恋をするぅん
可愛すぎて男の子はもうメロメロ
私達、皆のアイドル「プリティ・エンジェル」よぉん♪
最後のサビ「プリティ・エンジェル」だけ参加‥‥声をハモらせたレミィ。
と、ここでシヴァ・アル・アジットの協力を得て作った仕掛けが作動‥‥舞台の一部が上昇する!
「あ‥‥お〜っほほほほほほほっ、わたくし達の歌声に酔いしれなさいな!」
同時に緊張のあまりプッツン来たレミィが弾けまくって二番に突入した。
♪「「プリティ・エンジェル」」♪
今度は決めポーズもバッチリ決まった!
歌だけで見れば決して上手くない二人は、けれど、そのパフォーマンスと弾けっぷりで、観客に非常に受けてノリに乗りまくったのだった。
「レミィ、こうなったらぁ、吟遊詩人デビューよぉん」
受けてた受けてた!、出番の後、すっかりやる気になってしまったエリーに、
「いい年なんだから、いい加減普通に振舞え。いくら童顔だからって、17歳って‥‥いくつサバ読むのだ」
我に返ったレミィはぐったりと突っ込み。
「誰がいい年だよ、誰が!」
その後、エリーに延々と怒られたのは‥‥言うまでも無い。
●神楽舞と恋の歌
「さて、雰囲気を引き締めさせてもらおうぞ」
リン、清涼な鈴の音が空気を震わせた。シヴァに作ってもらった神楽鈴を手に現れたのは、真那だ。
「遠くジャパンよりこの地に舞い降りた、神秘の舞姫の登場です。神に捧げるというその踊りは滅多に見られるものではありません、是非ご堪能下さい」
真那がまとうは、サラサの紹介を得て、桃山の口利きで手に入れた衣装だ。
巫女装束に天冠、神楽鈴に草履、そして、懐に水鳥の扇子‥‥という見慣れぬいでたちは、異国情緒たっぷりで神秘的だ。
打ち鳴らす神楽鈴は、周囲を清浄にせんが為。静まった雰囲気の中、真那は舞い始めた。
それは、新年を迎える為の神楽舞。神聖な清廉な、神に捧げる舞。
途中、唱えられる祝詞は、異国の不可思議な詩。
(婿殿は何処じゃろう。この様な催しで故郷の舞いを披露すれば、何時か耳に届くかの)
その中で、真那が思うは、行方不明の良人の事。この神楽舞が、良人に届いて欲しいという願いと。
新年を迎える喜びとを願い、真那は神楽舞をつつがなく舞った。
「せっかく歌だけを楽しめる場ですもの、いつもは歌えないようなタイプの歌を歌うわね」
真那の神楽舞でシンと引き締まった空気の中、進み出たのはリュシエンヌだった。
薄い緑のドレスに赤いビーズ製のコサージュが映えている。
「続きましては、大人の魅力あふれる麗しの歌姫・リュシエンヌ・アルビレオさんです。はいはい、歌い手さんには手を触れないで下さいね、お願いしますよ」
舞台の中央で足を止めたリュシエンヌ。観客達が静かになるのを待ってから、合図する。
直後、その耳に届くのは、控え目な澄んだ音色。その伴奏に寄り添うようにして、リュシエンヌは歌い始めた。
♪凍えそうだった夜 あの人と並んで空を見上げた夜
音も無く舞い落ちる雪 美しさが怖くて身を竦めた
あの人は冷たい私の手を そっと自分の手で包んで 静かに笑った
『雪は希望の欠片 積もった雪は溶けて大地に染んで 豊穣をもたらす』
その欠片を私と こうして見たかった と
言葉はまるで雪のように 静かに心に降り積もった
雪が希望の欠片なら あの人の言葉は愛の欠片
私の心に積もって溶けて 心ごと温めた
果てしなく降る雪 愛しい人の温もり
きっと ずっと わすれない‥‥♪
魔法を使う、などという無粋な真似はしない。けれど、豊かな声で歌い上げられた歌は、静かでありながら聞く者全ての耳に届いた。
「たまには良いわね、恋歌も」
普段歌えない歌を存分に楽しんだリュシエンヌもまた、惜しみない拍手に満足げに微笑んだのだった。
●春を誘う
「歌もいいけど、あたしはやっぱり歌よりも踊りよね。宴をより華やかにしたいし‥‥」
本当は踊るのが大好きだから踊りたいんだけど、というのは内緒、とラクリマは小さく舌を出した。
とはいえ、こういう大舞台で踊れるのは嬉しいし、わくわくしていた。
「いいねぇ、やっぱ女の子は笑顔が一番だな」
そんなラクリマに話しかけてきたのは、やっぱり白組の参加者。
「アースハット・レッドペッパーさ〜ん、出番ですよー」
何か舞台から司会者に呼ばれてるが、お構いなしだ。
「あれ?、緊張してるのか? なら、俺が気持ちをほぐしてやる‥‥」
「えっ、ええぇぇぇぇっ?!」
手を取られそうになったエリーナは顔を真っ赤にして。
「キミ、懲りないわねぇ。それより出番よ、で・ば・ん」
やはりリュシエンヌにパチリとやられ、彼はすごすごと舞台に向かったのだった。
「やれやれ。まぁ楽しくて良いけど」
次は自分だ‥‥けれど、ラクリマに緊張は無かった。踊りたい、踊りたくて仕方がない。
「皆さん、落ち着いて下さい。ここで、雰囲気を変える為にも、この人に登場していただきましょう‥‥可憐さと妖艶さを兼ね備えた魅惑の舞姫、ラクリマ・エルミータさんの登場です!」
前の歌い手が歌い手だった為か、混沌としかけた舞台。
けれど、ラクリマが臆する事は無かった。
踊りたい気持ちに突き動かされるように、ラクリマはその背の、透き通った赤い羽根を羽ばたかせた。
薄暗い店内の中、その姿が灯りを受けキラキラと輝く。
ラクリマの衣装は、オレンジがかった赤。肩を出し、袖を膨らませた半袖の丈の短い服で、スカートはフレアだ。
不透明な布でスリットなしの赤い布を下地に、向こうが透けて見える薄布のオレンジ、同素材のピンク、青を重ねている。
そして、赤い薄布のストールと、ピンクの布で出来たコサージュを髪飾り代わりに使っている。
「冬の寒さを吹き飛ばすような、そんな踊りを踊ってみせるわ」
スカートの裾を揺らす激しいステップ。薄布に入ったスリット、フリル状で一枚ずつスリットが互いになっている部分がラクリマの動きに合わせて激しく揺れる。
それはさながら、燃え上がる炎に似て、情熱的に舞い踊る。
でありながら、その細い腕や手、指の仕草はひどく女性的で、あくまでしなやかだ。
その手が絶妙のタイミングで手拍子を叩き、また、そちらに見惚れると、ドンと床が踏み鳴らされ、激しいステップに目が奪われる。
情熱と優美さと、それは計算されつくした踊りであり、所作だ。
同時に、踊りが好きで好きで堪らない、そんな内心を窺わせる心地よいものでもあった。
自分の踊りを、全てを、見せ尽くしたラクリマ。
踊り終わった後、にっこりと嫣然と微笑みながら、スカートの裾を引いて一礼したのであった。
「さぁエリーナさん、出番よ」
「はっ、ははははいっ!?」
老婆にポン、と肩を叩かれたエリーナは、非常に緊張していた。顔はまだ赤いだろうし、自分は果たして力を発揮できるだろうか?。
それに皆、上手だし綺麗だし。何より、たくさんの観客が見ている。
「そういう時は、手の平にこう書いて飲み込むと良いのじゃ」
「はい。ありがとうございます」
ジャパン古来よりの(?)おまじないを伝授してくれた真那に礼を言って、早速試してみるエリーナ。
「あっ、何だか落ち着いた気がします」
何より、皆が気に掛けて励ましてくれるのが嬉しくて心強くて。
うっすらと紅を差した唇が、ふっと緩んだ。
雪が、温かな陽射しに溶けるように、緊張は消えた。
エリーナは、だから、軽い足取りで舞台に登った。
「紅組も残すところ後二人となりました。ここで登場しますは、エリーナ・ブラームス嬢です。この日の為に練習してきた歌、春の妖精と見まごう姿と共にお楽しみ下さい」
フランソワの言う通り、エリーナは両肩を出したワンショルダーのロングドレス姿。花が飾られたショルダーからウエストへ、ウエストから下に流れるようなドレープ、そして後ろへ流した裾。それがエリーナの所作に合わせてふわりと揺れる。
それは、何の飾りもなく、ただ後ろに流しただけの自慢の髪も同じ。
軽やかに愛らしく、僅かに紅潮した顔で進み出たエリーナは、一つ深呼吸して。
「エリーナ・ブラームスです。『春の歌』を歌います」
思いを込めて、歌った。
♪鳥の声が聞こえる
緑の木々の中から
柔らかなさえずりが聞こえる
緑の木々の中から
暖かな光に包まれて木漏れ日が揺れて
降りそそぐ光とのハーモニー
花びらが舞っている
風の透き間から
花びらが揺れている
揺れる葉陰の間から
春の香りが風に吹かれて
心地よい陽だまりの中
私も鳥になって空を飛びたい
春の風の中を飛んでみたい
暖かい光の中をどこまでも‥‥♪
「‥‥お、終わったんですか? 緊張して、何がなんだか‥‥お客さんの反応はどうなんでしょう?」
「それは自分の眼で確かめてみてよ」
耳元でラクリマに言われ、恐る恐る目をやったエリーナが見たのは、笑顔。
自分の歌を喜んでくれた、たくさんの笑顔たちであった。
「あ‥‥」
嬉しさとホッとした感と、エリーナの頬を知らず、一筋の涙が伝った。
●新しき年に
「やはりこうではなくては、な」
白組最後の歌い手は、素晴らしい歌を披露した。ドレスタットに住む人達を思って作った歌は、観客の心に響いたようだった。
けれど、サラサは楽しそうに笑った。こうでなくては面白くない、と。
「さぁ、お楽しみいただいた歌合戦も、とうとう最後の一曲を残すだけとなりました」
そうして、告げる司会フランソワに、サラサは満を持して舞台へと歩を進めた。
その顔には、エクセレントマスカレード。装飾であり、自分の名声ではなく自分自身の声で歌を判断して欲しい、という思いの表れでもあった。
「では、歌っていただきましょう‥‥謎の歌い手・ヘイズさん、どうぞ」
静かに姿を表したサラサに、客席がどよめく。着物姿というのがそもそも珍しい。
真那の神聖な巫女装束とはまた違った、華やかさ艶やかさをまとったその姿に、先ず目を心を奪われ。
サラサはその姿を充分に披露してから、歌い始めた‥‥その、最後の歌を。
♪今 銀色の月が昇る
この世の全てを 安らぎの眠りに誘う為に
地にも海にも大空にも 人にも獣にも魔物にも
安らぎの光は万物全てに降り注ぐ
この年の終わり 新たな時に思いを馳せて
静寂の光が満たす大地で 諸人よ皆歌い合おう
カメリアは祈る 今来たるその年に 高潔な心を忘れぬように
ヒイラギは歌う 今来たるその年に 皆に幸福が訪れるように
今 新しき日が昇る
この世の全てを 新たな希望で満たす為に
地にも海にも大空にも 人にも獣にも魔物にも
希望の光は万物全てに降り注ぐ
新たなる年の初め 古き確執を取り払い
慈愛の光が満たす大地で 諸人よ皆手を取り合おう
カメリアは祈る この地の全てに 純潔の愛を
ヒイラギは歌う この地の全てに 永遠の輝きを♪
それは、新しき年への願い。希望を愛を込めた、静謐な麗しき歌。
白と紅と、それは正にトリに相応しい歌であった。
歌い終えた後、余韻が消え去るのを充分に待ち、酒場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれたのだった。
少しの休憩を挟んだ後は、いよいよ勝敗の決定である。
判定は観客一人一人に渡されていた赤と白の小さな木片を、用意された投票箱に入れることで行なわれた。
また、感激した観客達がチップもねじこんだため、しまいには投票口から木片がはみ出している始末だった。
木片は舞台上に設置された卓の上で集計された。
皆が見守る中、フランソワと老婆が木片を数えていく。
作業が終わると、二人は顔を見合わせて口元を緩め頷き合った。
「それでは、結果を発表します」
辺りは咳一つなく静まる。
「集計の結果、紅組の勝利となりました!」
わっと湧き上がる観客達。
「やったぁ!」
「皆、頑張りましたものね」
「私、嬉しいです感激です!」
紅組の歌姫・舞姫達が口々に喜びを言い合い、白組の者達もその健闘を素直に褒め称えた。
「もう一度、類稀なる歌い手・踊り手達に大きな拍手を‥‥そして、これからは無礼講としましょうか」
老婆の言葉で、酒場はさらなる拍手と歓声で割れそうになった。
感極まった観客達が双方の歌い手達に握手を求めて殺到する。
もはや止める必要もない。
その後は自ら舞台に立って歌う者、酒飲みを競い合う者、興奮のあまりケンカを始める者と、仲裁に入ろうとしたが気が付けばケンカに参加していた者と‥‥。
悲しいことも辛いことも、この時だけは時の向こうに追いやって、眠りの精霊が訪れるまで騒いだのだった。