●リプレイ本文
●悩める貴公子
「まず最初に言っておく。ボクは無実だからね!」
豪奢な邸が立ち並ぶ貴族街の中でも、一際目を引く豪邸。
その豪邸の敷地内にある館の中で。その館の主であり、今回の依頼人でもある少年は、集まった冒険者達を前に開口一番そうのたまった。
「偉大なる聖なる母と、ボクの母上と、天と地と精霊とえぇと‥‥とりあえず誓えるもの全てに誓って、ボクは無実! 潔白! 完全にシロ! そこのとこ、キミ達はよぅく理解しておいて欲しい」
「――と、申されましても。先方はそうは思ってはいらっしゃらない、のですよね?」
依頼人の少年・オスカーの一種鬼気迫る迫力に、ヒール・アンドン(ea1603)がおずおずと尋ねる。オスカーはそんな彼をじろりとねめつけ、しかしあっさりと頷いた。
「だろうねえ。だからこそ、こういう事態になっているわけだし」
「あるいは、オスカー殿にはそんなつもりはなくても、向こうがそう思い込んでしまった‥‥そういうこともありうるな。それらしい心当たりは?」
「身に覚えは無いとのことですが、以前お会いしたり折にでもミレーヌ嬢は何か気にかかるようなことを仰っておられなんだか?」
「さぁ。確かに一理ある意見だけど、そこまで責任はもてないなぁ。それにミレーヌの方から、それらしいことを言われたことも‥‥ない、と思う」」
円巴(ea3738)、フランク・マッカラン(ea1690)の問いかけに、オスカーが顔をしかめる。
結局のところ、ミレーヌ姫が何故今回のような発言をしたのか。さすがの箱入息子も思い当たるところがないらしい。
だが、ひとつだけ言えることがある。
出会い頭に言われたとおり、オスカーの言うことが真実であるとすれば。ミレーヌ姫の発言は、明らかな嘘である、ということだ。
「まあ何にしても、これはあまりよろしくない状況ですよ」
眉をひそめて、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が言う。
「オスカー殿の話が真実ならミレーヌ姫の発言が偽りになる。またクロード殿の立場を考えれば、こちらが勝利しても禍根を残す。決闘に負ければ最悪だが、勝っても無意味‥‥どちらにしろ、利はありません」
「‥‥何か下手に手を出すと余計面倒なことになりそうですね〜‥‥」
「だからって、ここに来た以上はそう簡単に『手を引く』なんて許さないからね」
むぅ、と呻いたヒールに、当事者であるオスカー本人がにやりと笑って釘を刺す。マリウスが苦笑して頷いた。
「わかっていますよ。ともかく話を聞く限りでは、元々は必要のない決闘、という気がしますし、それならばしないに越したことはありません。まあ状況が状況ですから、決闘の準備は滞りなく行ないましょう。その上で別の手も探ります。鍵は、ミレーヌ姫様の『真意』ですね。何故そんな発言をしたのか。それがわかれば、有効な手が打てる気がします」
集まった一同が、その意見に頷く。
「それと‥‥可能であれば、くろーどさん、とも連絡を取った方がいい、と思います。みれーぬさん、も、もちろんですが、発言の要因はもしかしたら、くろーどさん、の方にあるかもしれませんから」
そう言ったのは、利賀桐まくる(ea5297)。確かに、それも一理ある。
まずは、事の原因となったミレーヌの発言の真意を探ること。そしてオスカーとクロードが、それにどう関っているのかを探ること。
それにより、今後とるべき策が見えてくるはずだ。
テルシェン男爵家令嬢、ミレーヌ姫。
オスカーの言によると、『良くも悪くも深層の貴族の姫君』である、ということだった。世間一般の、良識ある貴族である両親の愛情に育まれ、礼儀作法や社交など、トップレディたるための英才教育を施され、然るべきときに然るべき相手のもとに嫁ぎ、そしてよき妻、よき母として生きていく‥‥そんな人生を歩むのがよく似合そうな姫だ、という。
「何回か茶会で話をした限りでは、決して頭が悪いとか、そういうことはないと思うよ。まぁ、歳相応の常識と知識は持ってるかな。容姿? ‥‥将来性はあるんじゃない? 華奢で可愛いコだと思うよ。もっともボクはスリムよりメリハリある方がスキだから、将来興味向くかどうかはお楽しみに! ってトコ」
「‥‥とりあえず。『スリム』のところで私を見て、『メリハリ』の方で巴嬢の方を見た理由について、あとでとっくり説明してくれるかな? オスカー君」
かすかに片眉を引き攣らせて呟くフレイハルト・ウィンダム(ea4668)に、オスカーがにんまり、と笑う。
相変わらず食えないお子様である。
●渦中の姫君
依頼人オスカーとの面談を果たした翌日。彼らは早速行動を開始した。
マリウス、ウィル・ウィム(ea1924)、そしてガゼルフ・ファーゴット(ea3285)らは、テルシェン男爵邸を訪れた。
この決闘騒ぎの要因ともいえるミレーヌ姫は、今や貴族達の社交の場では、ちょっとした話題の人物になっている。下手に公の場に出るとそれだけで嵐の目にされかねないため、この件が表沙汰になって以来、邸の外に姿を見せることは滅多になくなったらしい。おそらく、この騒ぎに何らかの形で決着がつき、ほとぼりが冷めるまでは邸で大人しくしているつもりなのではないか、と、依頼人オスカーは言う。
騎士と吟遊詩人、司祭と大道役者。この妙な取り合わせの訪問者達を男爵邸側は最初こそいぶかしんだものの。マリウスがオスカーに用意してもらった紹介状を見せると、即座に態度を軟化させた。なんと、テルシェン男爵夫人自らが現れ、冒険者たちを招き入れる。
「このところの騒ぎで、姫君もさぞ気鬱でありましょう。お心をお慰めするようにと、オスカー様から仰せつかりまして」
「まぁまぁそれは。お心遣い、どうもありがとうございます」
夫人は終始にこやかに冒険者達を歓待し、サロンと思しき場所に彼らを通す。芳しい茶と菓子が饗され、「それでは、ミレーヌを呼んで参りますわ」
と、自身は足取りも軽く部屋を出て行った。
「‥‥なんだか、えらい歓迎ぶりですね」
まさか、こんな賓客並みの扱いを受けるとは思わなかったらしいウィルが、少々恐縮したように言う。
「こんなモン、そうそう味わえるもんじゃねえよなあ。役得、って言っていいのか‥‥」
薫り高いカップを手に、あきれたようにガゼルフが呟いた。『茶』など庶民には高嶺の花である。飲んだことがない、とは言わないが、最後に飲んだのはいつだっけ‥‥。思わずそんなことを考える。
それぞれの反応に、マリウスは苦笑した。
「まあ、テルシェン家にしてみれば、これはある意味好機ですからね。うまく事が運べば、一気に上流貴族の仲間入りが出来るんですから」
姫君の婚約相手であるランフェルディ家は、決して『格下の家』というわけではない。言っては何だが、ここテルシェン家と比較すればそれなりに格上に当たる。しかし今回引っ張り出された『ヴォグリオール家』は、その更に上を行く。王家とも肩を並べられるほどの家柄なのだ。
ミレーヌ姫が何を思って今回の発言に及んだにしろ。テルシェン家にしてみれば、この事態は『突如降ってわいた最大最高の好機』である。何せどちらに転んでも、自分達には利になりこそすれ、不利にはならないのだから。
そう。この一件、この家には何の問題もないのだ。
問題なのは、面子を潰された状況におかれたランフェルディ家と、醜聞が発覚した形になっているヴォグリオール家だ。決闘を行なうことで事態は一応の結論を得るだろう。
――しかしどちらが勝利しても、禍根は残る。
わかっていたことだが、難しい問題だ。マリウスが思わずため息を落としたとき、サロンの扉が開いた。二人の侍女を従え、渦中の姫君――ミレーヌ姫が姿を見せる。
春を思わせる淡紅色のドレスが似合う、人形のように可愛らしい姫君だ。4人に向かい、どことなく儀礼的な微笑を浮かべ、優雅に一礼する。
「おいでくださり、ありがとうございます。ミレーヌと申します」
「お目にかかれて光栄です、姫君」
マリウスが騎士の儀礼に則り、一礼する。
「既にお聞き及びかとは存じますが、本日はオスカー様の言によりお訪ねいたしました。少しでも姫君のお心を慰めることが出来れば幸いです」
吟遊詩人の奏でる陽気な音楽に合わせ、喜劇役者であるガゼルフが一芸を披露する。芸としては単純なものだが、ミレーヌ姫がこういった庶民向けの演し物を見るのは初めてだったようで。最初はぎこちなかった雰囲気も、徐々に打ち解けてくる。頃合を見計らい、まず最初に切り出したのはガゼルフだった。
「なあ、ちょっと訊いていいかな? オスカーとクロード、あの2人は、どういう関係なんだい?」
「えっ‥‥?」
何でそんなことを訊くのか、というように、ミレーヌがきょとん、となる。が、すぐに何か思い至ったかのように目を伏せ、そして言った。
「オスカー様とクロード様は‥‥御友達ですわ」
「友達?」
「ええ。性格はもう正反対ですけど。とても仲がおよろしいように、あたくしには見えました」
「とすると。ちょっと言いにくいことなんだけどさ。キミは婚約者を裏切って、その友達と将来を約束しちゃった、と。そういうことなの?」
「‥‥‥‥」
「もし、キミの言うことが本当だとすると。オスカー様は、『とても仲の良い友達』の信頼を裏切って、キミと仲良くなったってことになる。でも俺には、オスカー様がそんなことを平気でするような子には見えないんだけどな」
「‥‥‥‥」
ガゼルフの言葉に、ミレーヌは答えない。ただ俯いて、口を噤んでしまっている。様子を見かねて、ウィルがそっとガゼルフに目配せした。こうなってしまっては、話を聞きだすのは難しい。勿論、強引にやるのが目的ではないから、ガゼルフも素直に引き下がった。
「ごめんな、ちょっと言い過ぎたかな?」
「いいえ‥‥そう思われても仕方がない‥‥ことなんですよね」
「あなたを慰めるようオスカー様に言われてきたのですが、大変失礼をいたしました。ただ御理解いただきたいのは、我々は決して、この事態を悪化させたいわけではない、ということです」
マリウスの言葉に、ウィルが頷く。
「今日はこれでお暇させていただきますが。今回の件でお悩みなのはオスカー様やクロード様だけでなく、あなたも同じだと思っています。全てを上手く解決するためにも、あなたがどうして『そんなことを言ったのか』、私達は知りたいんです」
「‥‥‥‥」
「また来ます。もしお悩みでしたら、いつでもそのその理由を聞かせてください。我等が母に誓って、秘密はお守りしますから」
ウィルの言葉に、ミレーヌ姫は俯いたまま、かすかに頷いた。
ひとまず男爵邸を後にし、今後のことを考える。
姫君の反応から『手ごたえはあった』とは思う。しかし、脈のある情報は、今日のところはまだ聞き出せなかった。
――決闘まで残された時間はそう多くない。‥‥告白時を誤らなければ良いのですが。
内心で呟くマリウス。とりあえず姫が『嘘をついている』確証は得られたと思うが、現状ではまだ打つべき手は見えない。
男爵邸の関係者から情報を集めると言っていたルイス・マリスカル(ea3063)、そしてクロードとの接触を試みているまくる。
彼らの方で、何か掴めていると良いのだが。
●もう一人の貴公子
決闘相手であるクロードに会うべく、ランフェルディ家を訪れたまくる。巴の要請を受けて協力してくれたウィザードを伴い、まずは使者として正面から訪ねてみたものの。結果はやはり予想通りで、あっさりとはねつけられた。まあムリもない。真相はどうあれ、現状ではこちらは、家の面子をそこねた『不届き者』に過ぎないのだから。
「さて‥‥どうしよう、か」
指輪の存在を意識するように左手を開けたり、閉めたりしながら一人ごちる。とりあえず、金を使っての情報収集も行なうつもりだが、状況から言って、やはり一度クロード本人からも話をちゃんと聞いておきたい。
――ここはやっぱり、手段を選んでられないか。
きゅ、と右手で左手の指輪を握り締め。目の前にそびえる塀を見上げる。これぐらいならば、何とか乗り越えられそうだ。
呼吸を整え、忍びならではの身のこなしで地を蹴る。壁を蹴り、手近な樹木に捕まり、勢いを上手くコントロールして。次にまくるが足を下ろした地面は、既にランフェルディ家の敷地内だった。
問題は、上手くクロードの居場所を突き止められるかということ。それと、突き止めた場合。クロードが上手くこちらに協力してくれるか、だが‥‥。
邸の構造は様々だが、造りには様式があり、それに則った法則がある。その法則に従い、子息がいるとおぼしき館を目指して広い庭園内を素早く移動しはじめたまくるは、その途中で聞きなれない声にいきなり呼び止められた。
「――誰?」
聞こえてきた声に敵意はない。しかしつい警戒に声が鋭くなる。だが相手側もそれを心得ているのか、落ち着いた声で言葉を続けてきた。
「失礼。オスカー様からの使者様でいらっしゃいますね?」
「だとしたら、何ですか?」
「わたくし、クロード様付きの侍従でございます。もしあなたがオスカー様直々の命を受けて動いてらっしゃる方なら、是非一度お話したいとあるじが申しております。御同行いただけますか」
言って、丁寧に一礼する。口調にも態度にも、嘘をついている様子はない。少しばかり逡巡し、頷くまくる。
「わかりました。お連れ、願えますか」
「かしこまりました」
●オトナとコドモ〜思惑の輪舞
決闘の日まであとわずか。
ひとまずこちらの代理騎士には、ほぼ全員の一致した意見でアレクシアス・フェザントが立つことになっている。対するクロード側の騎士に関しては、素性などは明らかになっていない。ただ、クロード本人と接触し情報を得たまくるによると、『クロード個人と懇意にしている騎士』が代理人として立つことになっている、とのことだった。
「くろーど、さま、お齢の割りにしっかり、した方でした。この件で、家の方から正式に依頼した騎士が代理人に立っては、今後障りがあるかもしれないから、って」
感心したように、まくるが言う。オスカーがそれに、満足そうに頷いた。
「くろーど、さまが仰るには。みれーぬさまが、最近他の方と特に親しくなさっていた、とか、また逆に、くろーどさまが、他の女の子と特に親しくなった、とか、そんなこともない‥‥と」
「――だろうねえ。言っちゃ何だけど、ボクもクロードも、まだ『他のオンナノコ』なんてのに興味持つような齢じゃないよ。だいたい、オンナノコよりもっと楽しくて面白いことが他にいっぱいあるんだからね!」
何とも珍妙で、しかし歳相応な科白に、『大人』であるフランクがヒールともども思わず苦笑した。案外この事態は、本当に『他愛もないこと』がきっかけで起こったのかもしれない。彼らが貴族の子息子女などではなく、ごく普通の少年少女であったなら。笑って済ませられるだけの騒動で済んだことなのかもしれないのだ。
――つまりは、貴族社会の歪み、ということじゃな。世知辛いことじゃ。
フランクがそっと嘆息する。彼らよりは少しばかり長く生きているから、『オトナ』がどれだけ理不尽で、奇妙な歪みを抱えているか、それはよく知っている。そしてそれが『歪み』だからといって即、切り捨てられるようなものではないということも。
だが、本来は関係のないはずの『コドモ』達が、その歪みに巻き込まれているのを見ると、多少の心苦しさを感じられずにはおれない。
テルシェン男爵家の関係者からの情報収集を行っていたルイスが、続けて口を開く。
「テルシェン家の御者や、侍女達からも話を聞いてみましたが。ミレーヌ姫の行動には、特に目立っておかしいことはないようです。まあ、貴族の姫君として極普通‥‥とでも言いますか。少なくとも、他に近くに男性が現れたとか、特定の相手を意識しているとか、そういうこともないと。ただ‥‥」
「ただ?」
「ミレーヌ姫は幼い頃から物語や詩吟がお好きで。自身で本をお読みになるのは勿論、吟遊詩人を招いて歌物語を聴くのを何より楽しみになさってたそうです。特に最近、恋愛物語がお気に入りだったようで」
「――なんだ。ならコトは単純じゃないか」
館の主を差し置いて、優雅に長椅子に寝そべっていたフレイハルトが、ひょこり、と身軽に身を起こして言う。
「いわゆる、恋に恋する乙女の類に当たれば。今回の一件、実に下らない戯言。そういうことなんじゃないの? 全く、下らない」
「‥‥まだ、そうと決まったわけではないと思うが?」
すっぱり、と断言したフレイハルトに、巴が眉をひそめる。
「恋愛物語に触発され、周囲を見ればアレク君やグラン君や、はたまたオスカーの兄上達やら、見目麗しくも頼もしい異性がそれこそいっぱいいる。けど自分には‥‥ってトコじゃないのかね」
「まぁ、その可能性も、なきにしもあらず‥‥なの、かな?」
まくるが呟く。フレイハルトの言葉に、クロードとの会見で交わした会話を思い出したのだ。
――姫君が、あんなことを言い出した、心当たりはおあり、ですか?
――さあ、僕にはわからないな。でも‥‥
――でも?
――多分ミレーヌは‥‥僕があまりに頼りないから‥‥嫌になったんじゃないのかなぁ‥‥。
確かに、まくるの会った少年は、現在目の前にいるオスカーよりも『覇気』という点では負けている。内気で大人しく、強い自己主張もなく。しかしこの騒ぎへの対応を見るに。状況を分析する力、そしてその対応の仕方は、かの『傭兵貴族』バルディエに「稀有なる奇将」と評されたオスカーに勝るとも劣らないのではないか。そんな気がする。
ふと、思いついたようにフランクが口を開いた。
「そういえば‥‥依頼とは関係ない私事で大変申し訳ないが、バルディエ卿のことはどうお考えか? 卿はかの地にて今の貴族方とは違う試みをいくつかしておられるようじゃが戦乱よりも復興に突入したこのときにあれだけの私兵を持つものを抱え込むということはいかがなものかと考えますが‥‥」
何でここでバルディエの名が出てくるのやら、とでも言いたげに、オスカーが軽く目を見開く。ちなみに、この少年の『第一の家臣にして忠臣』を称して憚らない『傭兵貴族』バルディエは、今回の決闘騒ぎについては完全に沈黙していた。おそらく、かつての異母兄弟との対決ほどの重要性を、この騒ぎには見い出していないということだろう。
フランクの問いかけに、オスカーはしばし考え込むように視線を彷徨わせ、そして言った。
「んー‥‥前にも言ったけど、ボクにとってあのオヤジは『好きじゃないけど、大嫌い、ってわけじゃない』って存在なの。そりゃ、周囲では色々言われてるらしいけどね。でも大局から見ても、このノルマンに害悪を与えてる、ってわけじゃないじゃん? 問題がないとは言わないけどね。それと、私兵のことだけど。フランクさん、大事なこと見落としてない?」
「と、申されると‥‥?」
「『私兵を抱え込む』って言うけどさ。じゃあ『戦乱じゃない』今、その抱え込まれた『私兵』が、抱え込まれることなく野に放されたら――どうなると思う?」
「‥‥‥‥」
「確かに今は戦乱じゃないよ。だけど戦乱だったのはそう遠い過去じゃないし、この『戦乱じゃない時代』がいつまで続くかの保障も実は、ない。‥‥フランクさんなら、復興戦争を知ってるんだし、わかるんじゃないかなあ?」
にっ、と笑ったその顔は、悪戯好きの悪童そのもので。
しかし、今彼が言ったことは‥‥。
押し黙り、フランクはゆっくりと、オスカーに一礼する。
「いや、今のは年寄りの戯言ゆえ‥‥聞き流していただきたい」
「――何にしても、後はミレーヌ姫に接触してるメンバーの対応次第だな。念のため、最悪の事態も想定して準備しておくか。オスカー殿、それについて相談が」
巴の申し出に、オスカーが頷く。
「わかった、向こうで聞く。‥‥で」
ちろ、と目線が、長椅子に侍るフレイハルトに向けられる。
「キミ今回、ホントに何もしない気?」
呆れたような口調に、フレイハルト本人は悪びれた様子もなく肩を竦める。
「だって現状、情報待ちだし。まあ問題の姫様の発言が予想の通りなら実に下らない戯言。全く、下らない。そんな『可愛い』鳥の中の籠の囀りに眉一つ動かす労力払いたくないね! 仮にそれが外れで『もし本当に』」
「もし?」
「はぁ、いや‥‥手ぐらいは先に動かす努力『己をツキ通すなら尼になりますとでも叫んで寺院に駆け込んでしまえ。あとはほとぼり冷めるまで待つ。君の友達がなんとかしてくれる』以上‥‥ってことで」
「――後でギルドに食費の請求書まわしとくね」
しれっ、と言い放ったフレイハルトに、冗談とも本気ともつかない口調でオスカーは言った。
●告解
「ごめんなさい、本当に‥‥」
テルシェン男爵家。邸内の庭園にある四阿(あずまや)。
ミレーヌ姫に乞われ、一人姫との会見に臨んだウィルは、泣きながら告解する少女に対し、優しく頷く。
「大丈夫。それより、よく話していただけました。貴女のその想いが真のものなら‥‥主は貴女の味方です」
男爵家から暇を告げ、急ぎヴォグリオール家に戻った後。まずは冒険者のみを集めて、ウィルは姫から聞いた事の次第を告げた。
「‥‥なるほど。やはりそうでしたか」
話を聞き、マリウスが納得したように頷く。
ウィルがミレーヌ姫から受けた告解の内容は次のようなものだ。
まず、自分とオスカーが『将来を契りあった仲』である、ということ。これはやはり、姫の作り話――身も蓋もない言い方をすれば『真っ赤な嘘』であった。
そもそも、世に流布されている恋愛物語の類では。姫は騎士に見初められ、あるいは想い人を見つけ、心通じ合わせた後は、互いに想い求めて結ばれる‥‥そんな美しい光景が展開されている。年頃になった姫君が、そんなロマンチックな状況に憧れるのは至極当然のことだろう。
しかし自身の立場を振り返ってみれば、自分には生まれたときから、自身の意志など関係なく決められた許婚者がいる。その許婚者に不満があるとか、どうしても嫌だ、とか、そういうわけではない。そういうわけではない、が‥‥。――でももしかしたら。
今はまだ出会えていないけれど、これから会えるかもしれない『運命の人』が、もしかしたら、いるのではないかしら。
そんな無知で純粋な乙女心が呟かせた、他愛のない嘘。
今回の件は、ただそれだけのことだったのだ。
「いやはや‥‥気持ちはわからんでもないけどさあ」
ある意味予想通り、といえることの真相に、ガゼルフが苦笑する。
「それにしたって、『別の婚約者がいてる』なんて嘘も良くないと思うんだがね。何でそんな嘘ついたんだか」
「そこはまあ‥‥物語の影響でしょう。よくあるでしょう、そういうの」
ウィルの返答に、マリウスが頷く。
「確かに、今回の姫君の発言は迂闊過ぎますね。ですが、本当に迂闊なのは周囲にいる大人達の方でしょう」
落ち着いて確かめれば、こんな大騒ぎにはならなかったものを。
姫君が相手を『オスカー・ヴォグリオール』としたのも、特に何か意図あってのことではない。ただ許婚者以外で、最も自分に歳が近くて、そして最も印象に残っていた――目立っていた『異性』が彼だった。ただ、それだけのことだったのだ。
ともあれ、事の真相は明らかになった。今回のこの決闘騒ぎは、正義はおろか意義すらもない。実行したところで、両者に何らかの禍根が残るだけだ。なら、取るべき道はひとつ。
決闘する両家の体面を保ち、その上でミレーヌ姫の本心を酌んだ調整を行ない、八方丸く治めることだ。
●オトナとコドモ〜事情の輪舞
「いやはや、呆れてモノも言えやしないね〜♪」
「モノ、言ってるじゃん。まあ‥‥それはさておいて、だ」
愉快そうに笑いながら、ごろりと手近な長椅子に寝転んだフレイハルトに冷静にツッコミつつ、オスカーが集まった面々を見回す。
ヴォグリオール邸内。オスカーの館のサロン。
有能で忠実な老侍従により、ぬかりなく人払いの行なわれたその場所に、この日、この少年の依頼で集った冒険者達と、今回の決闘の当事者のもう一方――ランフェルディ家のクロードが集った。彼との仲介は、まくるが行なった。
「事情の程は、今話した通りです。ひとまずミレーヌ姫様は、許婚者であるあなたが心底お嫌いであるとか、そういうわけではありません。これは、保証いたします」
「後日、姫君の方から何らかの謝罪があると思いますが、どうか許していただけるように、お願いします」
マリウス、そしてウィルがクロードに向かって言う。クロードは頷いた。
「で、問題は、今回の決闘の件について、だが」
巴の呟きに、ルイスが軽く片手を上げる。
「こういうのはいかがでしょう? ミレーヌ姫はクロードさんの愛を試すべく嘘をついた。オスカーさんはそれを知りつつ、「友人のため」と敢えて泥をかぶる役を引き受けた。しかしクロードさんの愛も本物で、オスカーさんも潔白。両者とも決闘に『真』を懸けていたため、天意にて勝負はつかず。後でクロードさんが事情を知り、和解‥‥と」
「確かにそういう流れが一番問題ない、かな」
うむむ、と唸りつつ、オスカーがちろり、とクロードを見る。クロードも
「それがいいと思うけど‥‥」
と小さく呟く。流れとしては問題ない。が‥‥。
「そういえば、そちらの代理人は誰なんだい? こうなると、決闘そのものは『茶番』になるから、そっちの代理人とも話をつけないと」
「そのこと、なんだけどさ、オスカー。いっそのことこの決闘、代理人じゃなくて、僕らでやらない? そうすれば模擬戦形式でやってもあやしまれないし、怪我しても『痛かった』で済むでしょ。どう?」
「――ナイスアイディア。それでいこう。‥‥アレクシアス、いい?」
自分の代理人に向かって、オスカーが訊ねる。依頼人の趣旨に否やはない。
その後の打ち合わせで、この代理人交代劇は現場で行なうことになった。今から変更の手続きなどしていては間に合わない。更にアイディアは膨らみ、その場でちょっとした『茶番劇』を加えることになった。ミレーヌ姫に反省を促し、かつ、自身の許婚者が『決して軟弱者ではない』ということを示す演出だ。その演目の内容に当のクロードは目を白黒させたが、そこはとりあえず『演技のプロ』であるガゼルフが、本番まで付きっ切りで演技指導を行なう、ということで無理矢理決着させる。
「‥‥ま、どういう経緯があれ‥‥結果がよければそれでよし、ということですかねぇ‥‥」
「そういうことだな」
着々と進む、どこか悪戯坊主の悪巧みめいた計画。それを眺めながら思わず呟いたヒールの言葉に。結果として『見せ場を無くした』アレクシアスが、苦笑と共に答えて、肩を竦めた。
●愛と決闘の狂想曲
「まったく、お前という奴は、何てことをしてくれたんだ!」
「‥‥大根」
決闘の場にて。
目の前で展開された『演目』に、フレイハルトは率直な感想を述べる。
ちなみに冒頭の科白を言ったのはクロード。言いながら、この場に姿を見せたミレーヌ姫の頬に、『可能な限り手加減するがしかし確かに殴っている』程度の強さで平手打ち。実際にはそんなに痛くは無いだろうが、『大人しい』と思っていた年下の少年に怒られ、あまつさえ『殴られた』という事実はミレーヌ姫にとっては大きいだろう。――演技力云々は別問題として。
「そう言わないでくれよ。あれでも随分マシになったんだから」
すっかり疲れた顔でガゼルフが言う。
「今回はすっかり、あのお姫様の戯言に振り回されましたねえ。ま、アレで少しは、自分の許婚者を見直したかな」
「だといいですね」
模擬刀で打ち合う2人の少年を眺め、ルイスとウィルがそっと苦笑しあう。
果たしてミレーヌ姫の『運命の人』がクロードなのか、それとも別人なのかはまだわからないが。それについてはもう、こちらが関与すべきことではない。
「――勝負あり! 勝者、オスカー・ヴォグリオール!」
立会人の声に、わぁっ、と歓声が起こる。
――かくして純潔は証明され
全ては 元の鞘に――