●リプレイ本文
●出発
冒険者ギルドは、朝から喧騒に包まれている。そこは、単に冒険者達が集まる場所というだけでなく、様々な情報が集まる場所でもある。冒険者達は出発に先立ち、情報収集の為にギルドへと立ち寄った。
「赤ん坊がさらわれたという類の依頼で、未解決のものですか? そういうものは無かった様に思いますが‥‥」
対応に当たった職員は、首を捻り考え込む。
「噂話でもいいんだ。何か知らないかな」
職員の返答に、ユノーナ・ジョケル(eb1107)が食い下がった。
「赤ちゃんが自然発生するわけ無いのですから、ご両親がいらっしゃるはずですよね。子供がいなくなれば、当然探している筈だと思うのですけど‥‥」
アムルタート・マルファス(ea7893)の言い分は尤もだ。調べてみましょう、と職員は綴られた記録の束を幾つも持ち出し、確認を始めた。ユノーナはギルドを訪れていた大勢の冒険者達にも声をかけ、情報を募り出す。
「赤子の様子からして、身分ある者の子供かとも思うのですが」
丁寧に説明を加えるスポーク・ヴァルカーヌ(ea9091)。だが結局、有力な情報は得られなかった。
「全ての事件がギルドに持ち込まれないる訳では無いからな。身分ある者ともなれば尚更、庶民には計り知れない事情というものがあるだろう」
龍宮悠闇(eb0886)が溜息交じりに呟いた。その言葉に、ユノーナが少し、嫌な顔をする。近隣の村を歩いて回るしか無いか、と覚悟を決める悠闇。
「各地のギルドにも照会しておきましょう」
職員の申し出に、一同は助かります、と頭を下げた。
村は依頼の情報にあった通り、ゴブリン達によって包囲されていた。
「数は‥‥12ってところかな。上手く隠れているからもう少しは居るかも知れないけど」
ユノーナの空からの偵察でゴブリンの配置を探り、竜胆零(eb0953)とウォルター・バイエルライン(ea9344)の先導で慎重に包囲を抜ける。不意の接触からなし崩しに戦闘になったのでは目も当てられない。
(「風景に紛れて微動だにしない。戦い慣れていると思えるのに、敢えて分散し町を見張るのはよほど腕に自信があるのか、討たれる危険を冒してでも村から誰も出したくないのか」)
零は後者と見た。相手はゴブリンとはいえ、その士気は高いと見ねばならないだろう。侮れば思わぬ遅れを取る事になるかも知れないと、彼女は冷静に判断を下す。
「今のところは、あまり深入りするのは避けましょう」
ウォルターの言葉に、頷いて見せる零。彼女は疾走の術を用い、可能な限りの隠密行動で監視の目を潜り抜け、時にその目を引き付けて仲間を無事村に送り込んだのだった。
●赤ん坊と村人
現れた冒険者達に、村人は小躍りせんばかりに喜んだ。ゴブリン達が恐ろしくて村を出る事すら出来ずにいたのだから、その姿はさぞかし頼もしく見えたに違いない。
「で、では早速‥‥」
切り出した村長だったが、
「赤子は無事であろうか? 是非とも見ておきたいのだが」
キーヨルク・ブラン(ea4928)に被せられ、ああ、はいはい、こちらへ、と冒険者達を導く羽目に。村人達の非難の視線が哀れな老人に集中しているが、ここは一先ず気付かぬフリの冒険者達。赤ん坊は村の女性に預けられ、貰い乳をしていた。しかし村人が赤ん坊を扱う様子を見ていれば、それはどちらかといえば、ゴブリン達に関わるかも知れないものをうっかり損ねでもしては大変だという意識から来ているものと見て取れた。
「なるほど、確かに人間の子だ」
女性から赤ん坊を手渡され、ぎこちなく抱くメフィスト・ダテ(eb1079)。こうして見る限り赤ん坊は健康な様子で、冒険者達はほっと胸を撫で下ろした。顔の化粧はそのままに残されていたが、さすがに数日が経つので、擦れて剥げかけている。キーヨルク・ブラン(ea4928)がその頬から化粧を少量、拭い取った。
「これは、ある種の植物から作られるものだ。薬草としての効果もあるので魔よけに使われたこともあった。おお、この子は男の子だったか」
実に興味深い、と呟きながら、あちらを広げたりこちらを覗いたり。キーヨルクの好奇心は尽きそうにない。
「取替え子のようなものでしょうか? でも、そんな話は聞いたことがありません」
化粧の模様を書き写していたアムルタートは、それが一通り終わると、早くも腕がプルプルし始めたメフィストにかわって赤ん坊を引き受けた。赤ん坊は抱いてみると意外と重いし、慣れないと恐くて妙な力が入り、大の男でもすぐに疲れてしまう。綺麗にしましょうね、と片腕で赤ん坊を支え、器用に顔を拭うアムルタート。メフィストは形無しだ。
「このお化粧は、呪術的なものなのでしょうか? 朱色の化粧は魔よけを意味することが多いと聞きますが‥‥ まさか生贄とかそういうことはありませんよね?」
村人から聞いた話も加味して再現された化粧の絵。それは、なんとも鮮やかで不可思議なものだった。
「加護を得る為に化粧を施す風習は、オーガに限らず人間にも見られるものだな。これは嫡子の誕生に際して施されるものと見るが、さて‥‥」
キーヨルの見立ては深いオーガ知識に根ざしたものだ。考え込む冒険者達に、村の女性があの‥‥と言い難そうに口を開いた。
「あの、私はいつまでこの子にお乳をあげていればいいんでしょうか? なんだかその、気持ち悪くて‥‥」
酷い言い草ではある。だが、ゴブリンの化粧を施され、ゴブリンに連れられて現れた子供なのだ。その気持ちも分からないではない。
「とにかく、この状況を一刻も早く解消して欲しいのです。子供の素性がどうとか、そういう話は後でいいのではないですか」
村長の言葉に、村人達が賛同の声を上げる。
「ゴブリンどもの内情は分かりかねるが、この子に関してはこの身形だ。あるいは貴人の御落胤かもしれんぞ」
少し意地悪く言ったメフィストは、村人の反応を待たず話を切り替えた。
「さて、どうゴブリンに対するか、だが。俺は戦いを避けるべきと考える。村人とこの子の安全が第一だ」
「そうだね。とりあえず争いごとは無しで、赤ちゃんも渡さない方向で行きたいな」
フィリーネ・クライン(eb1256)もこれに同意する。冒険者達は皆、同じ意見だった。村人達は、ゴブリン如き冒険者達がすぐにでも蹴散らしてくれるだろうと期待していたのか、その顔には若干、落胆の色が伺える。
「あの、それでどうやってあの連中を追い返すんですか?」
村人の声に、悠闇が答える。
「ゴブリン達も遠征して来たのだとすれば、食物にも事欠いている筈。保存食などを提供して警戒心を薄め、交渉にあたります」
ゴブリンと交渉、という話に半信半疑の村人達。しかし、冒険者達しか頼る者が無いのもまた事実。村からも幾許かのものを出して欲しいと言われ、渋る村人。
「命と金、どちらが大事かという事です。よく考えて下さい」
ウォルターの指摘に、彼らも折れた。
「分かりました。村からも幾許かのものを出しましょう。ただ、この赤ん坊と一緒に心中するのは御免被る。いざとなれば、その子を渡してでもゴブリン達には帰ってもらうようにして欲しい」
「そんな、幼子を差し出して助かろうというんですか!?」
信じられない、といった面持ちのアムルタート。だが、村長には村人を守る責務がある。冒険者達も、その意思を無視する事は出来なかった。
民家の外で話の推移に耳を傾けながら、スポークは周囲の様子を警戒していた。ハーフエルフの彼は無論、正体を隠す努力を怠っていないが、もしもの場合を考え、極力人と接触する事を避けている。
「キーヨルクさんの見立てが正しいなら、ゴブリン達はあの子を同族として扱っていた事になりますね。ただ、今ひとつ分からないのが産着の金なんです。明らかに装飾とは違う、粒を縫い込めているというのが‥‥」
村人に煩わされない分、考察に励んでいるという訳だ。
「こうして見ると、ゴブリン達の方がずっとあの子を大切にしている様に見えるな」
零の言葉は、真実を突いていた。
「でも、ゴブリン達にあの子を託す訳には‥‥ 村の人達が乗り気でないというなら、預け先を考えなくてはいけません」
孤児を預けるならば、まずは教会だろうか。アムルタートと零は時を見つけては教会を巡り、赤ん坊の引き取り先を探したのである。
「ゴブリン達には人間の子を育ててくれた事への感謝の気持ちを表し、鬼達の間で育てるよりは、人の元で育てた方が良い事をきちんと説明して欲しい」
零は交渉役のフィリーネに、そんな事を頼んでいる。
町にギルドからのシフール便が届いたのは、この時だった。東部の町で、照会と該当すると思われる件あり、との事。悠闇は詳しい情報を得る為に町を離れ、ひとり現地へと向かった。
●仮の住処を求めて
パリの街に、大小数え上げると教会は多い。また、導きの家を初めとした有志の運営する孤児院もある。アムルタートはその一軒一軒を回って受け入れ先を探して行く。
「少なくとも。厄介がったり気味悪がったりしないだけ、まだゴブリン達の方がましです。でも、あの子は人間です。洗礼を受け救われる権利が有るんです」
包み隠さず責任者に告げる。
「赤ん坊と言うのが困る。うちでは乳を確保出来ないからね」
「‥‥そうですか」
「だいいち、お嬢ちゃんじゃ話にならないね。誰か大人の人を連れて来なさい」
何処も彼処も、財政難他の理由もあって二つ返事で受け入れてはくれない。あるいは、ゴブリン達と関わり合いになる事を危惧して返事を渋る。あるものは、彼女の年若さを問題にした。
まだ肌寒い3月の風。心の内と外から寒さが浸み通って行くのが感じられた。
そろそろ日も暮れかかった頃。ばさ!
「きゃぁ!」
不意にアムルタートの法衣の裾をめくり上げる者が居た。粗末ながら清潔な服を着た男の子だ。
「ふっふーん。見えたっ! 見〜ちゃったよ〜」
「こらぁ。おませさん10年早いわよ」
めくられた高さと角度的に見える訳がない。それでも真っ赤になるアムルタートの頬。
「あ痛っ」
いたずらっ子の首根っこを押さえつけ。
「またお前か。早くこのレディにお詫びしなさい」
「え? レディ?」
以前年相応に見られたのは何時だったであろうか? 童顔故か、いつも歳より幼く見られる彼女をレディと呼んだのは、一人の神父であった。
「人は上辺を見ると言いますが、あなたの落ち着いた物腰で判りますよ」
「あのう‥‥」
駄目元で聞いてみる。
「深い訳が有りそうですね。こんな所ではなんですから、どうぞ教会の方へ」
神父は教会で寄辺無き子や事情のある子供を預かっていた。このいたずらっ子もその一人。実は、と本日何度目かの説明を繰り返す。自分が受けた依頼の話から始まって、出来事を事細かに。その間ずっと神父は黙って聞いていたが。
「赤ちゃんを預かったことはありませんが。なんとか為るでしょう。早く親が見つかると良いですね」
「私にはこれくらいしかできませんから‥‥」
言って財産の半分を捧げようとした手を留め、神父は言祝いだ。
「それにしても幸運な子だ。このような大変な目にあって無事で居られる子は、きっと神さまがお護り下さっている。ヨセフはエジプトに奴隷に売られ宰相となり、モーセはナイルに流されて王女の息子となりました。真に主のご計画は深く、人知の及ぶ所ではありません。アムルタートさん。あなたは主の器として用いられたのです。主の栄光があなたと共にありますように」
こうして、なんとか当面の預かり手は与えられた。
●東部の町で
真昼と言うのに重い雨空。陽が薄い早春の道を進む。手懸かりを求め聞き込みに回る悠闇が訪れたのは、とある墓地だった。貴族の立派な墓が並ぶ一角に、掘り返された土の跡と、引きちぎられた花束の残骸が生々しい。
傍らに、墓守にしては陽気すぎる男が妙ににやにやしながら立っている。何か事件があったにしては様子が可笑しい。
「墓守殿。何があったんだ?」
すると、機嫌良く墓守の口は開かれた。
「さる貴族のご夫人がほんの数日前に埋葬されたんだがね。身重で腹の子供ごとっていうんだから哀れなもんさ。それがまあ、見ての通り。見事に荒らされちまって。この辺りのタチの悪いゴブリンどもの仕業だろうって話なんだが、一緒に埋めた宝石、貴金属の類から果ては赤ん坊の為にって入れておいた産着まで根こそぎやりやがった」
この墓守がまあ、ぺらぺらとよく喋る。あまりの無駄話の多さに、さすがの悠闇も少し苛立って来た。
「だから? それが何故『赤ん坊がさらわれたという類の話』なのだ?」
墓守、待ってましたとばかりに、ニヤリと笑う。
「いなくなっちまったんですよぉ、ご夫人の腹の中から、赤ん坊がね。大方丸焼きにして喰っちまったんじゃねぇかと。専らの噂ですよ。死人を喰ったとは言え、人の味を覚えたゴブリン共を捨てて置けねぇって、大層な剣幕で。近々大規模な駆除を催す予定さ。冒険者の護衛付きで勢子の役を果たせば、俺等もたんまりと褒美が貰えるって寸法ですよ。旦那も一杯どうです?」
ぷーんと酒の匂い。
(「饒舌の原因はこれか。褒美を当て込んで酒を買ったな? 取らぬ狸のなんとやらに為らなければ良いが」)
悠闇は大して分別もなさそうな墓守に、別れを告げた。
●接触
村人達は家に篭り、じっと事の成り行きを見守っている。村の入り口には、ウォルターの姿があった。のんびりと時間を潰している様で、その実、ゴブリン達の動きに目を光らせている。ゴブリン達の陣容の何処が薄いかは、零、ユノーナと共に探った結果、かなり正確に掴んでいた。もしも事があれば、最悪でも村人達だけは逃がせるように、算段を立てている。その有用性は、既に実証されていた。赤ん坊を連れたユノーナとメフィストがその経路を通り、この子を快く受け入れてくれた教会へと辿り着いていたのだから。
「確実な証拠があるといいんだけど。紋章か何か刺繍されてないかなぁ」
もう何度目か、産着を確認するユノーナ。と、目を覚ました赤ん坊が彼を見てニコッと笑った。
「ううう、可愛いっ!」
ユノーナ、大感激。飛び跳ねたり羽ばたいたりして、赤ん坊を笑わせる。
「僕は伝説のシフールナイトになるのが夢なんだ。将来、君も誰かを護れる男になれよっ!」
格好付けて言う彼に。メフィストがふっと笑った。なんだよー、とむくれるユノーナだが、メフィストは決して嘲笑った訳では無い。微笑ましく眺めていたのだ。
「一日も早く、親元に帰してあげたいなぁ」
ユノーナがしみじみ呟く。頷いたメフィストは、だが、と続けた。
「勿論、親兄弟と一緒に暮らすのが一番いいに決まっている。‥‥望まれるなら、だ。この子がそうである事を祈るばかりだな」
不器用な手つきで赤ん坊をあやすメフィスト。ユノーナはじっと赤ん坊を見詰め、そうだね、と呟いた。
ゴブリン達のもとに出向くのは、オーガに対し深い知識を持つキーヨルクと、テレパシーの使えるフィリーネ・クライン(eb1256)の2人に絞られた。大勢で押しかけても相手を警戒させるだけ、という配慮からだ。オーガの言語を直接人間が話す事は出来ない。実際は、フィリーネのテレパシーだけが交渉の手段だった。
ウォルターに見送られながら村を出て、ゆっくりと歩いて行く彼らに、ゴブリンの頭目らしき者が立ち上がった。掻き集めた大量の携帯食を差し出し、敵意は無いのだとジェスチャーで相手に伝える。丸腰にして来たこともあって、幸いにも通じた様だ。頭目は剣を部下に預け、彼らの前に立った。ゴブリン流の挨拶をして見せる。と、キーヨルクはその場に座り込み、酒と杯を取り出した。これもある意味、ゴブリン流だ。警戒の色を露骨に示しながら、杯を取った頭目が、ぶっきらぼうに杯を突き出す。キーヨルクが、なみなみと惜しげもなくベルモットを注ぎいれた。
「いまだっ!」
この時、フィリーネが用いたチャームはかなりの賭けだった。しくじれば一発触発。周囲に他のゴブリン達が居ても魔法など使わせてもらえなかっただろう。だが、幸いにも敵は分散しており、その場にいた2匹のゴブリンを誰にも見咎められる事なく、チャームにかける事が出来たのだ。頭目のぶっきらぼうぶりは変わらなかったが、明らかに警戒は緩んだ。杯を手にし、ぐっと呷る彼。実に美味そうに酒を飲む。
(「何故、村を囲むの?」)
(「‥‥あの赤子、天からの授かりモノ、俺達のモノ。すぐに返せ」)
フィリーネのテレパシーに、頭目は応えた。
(「俺達たくさん死んだ。人間に負けた。人間の力欲しい願った。人間の姿した子が土から生まれた。天が授けた精霊の生まれ変わり。共に生き、その力得る。いつか人間に勝つ」)
少し酔いが進んだが、頭目は饒舌になって来た。
「話してくれないか、キミの氏族の事。同じゴブリン同士で戦っていたようだが?」
キーヨルクの言葉をフィリーネが伝えると、頭目は笑い出した。
(「俺達は騎士の大軍とも戦った偉大な部族。奴らは惨めな墓荒らし。土から生まれた子供イケニエにするというから、もったいないよこせと言ったら連れて逃げた。だから追ってシメシをつけた」)
「人間に返すつもりは無いのか?」
(「俺達のだ!」)
鼻息の荒い頭目に、キーヨルクは聞く。
「その見事な化粧には、当然、何か意味があるんだろうね?」
(「共に力を分け合う同胞の証だ!」)
「でも、その為に争いを起こしてしまったね。子供の乳は、どうしてたんだい?」
(「山羊の乳をやった。ゴブリン女の乳はあまり飲まない。時々ハラをこわした」)
「口に合わないんだな。もしもあの子がキミの言う様な特別な子なら、それを死なせたりしたら、どんな天罰が下るのだろうね」
ギギ、と唸って、黙り込んでしまった頭目。一転、返せ、返せと騒ぎ始めた。
「残念だけど、あの子はもうここにはいない」
愕然とする頭目。あるいは、ここで一戦せねばならぬやも、と2人は覚悟していたが、2人の様子から嘘ではないと確信したのだろう。頭目はがっくりとその場に座り込み、頭を掻き毟り始めた。
(「人の子を育ててくれて、本当にありがとう。でも、やっぱり人は人、ゴブリンはゴブリンの世界で生きていくのがいいんだと思う。あなたの事は、赤ん坊の命を救った人として報告しておきますから」)
フィリーネの言葉が届いていたかどうか、怪しいものだ。それほど、頭目の落胆ぶりは大変なもので、見ている方が身につまされる程だった。少なくとも、彼はあの子を心から求めていたのだ。それだけは間違い無い。
その日も暮れぬ内に、ゴブリン達は与えられた金と食料を抱え、姿を消した。村人達の喜びようは、改めて説明する間でもないだろう。
「達者でな‥‥」
キーヨルクがその後姿を見送る。こんな別れ方になってしまった事を、彼は心から残念に思っていた。
一方、事の顛末を知らせた筈の貴族も、なかなか姿を現さなかった。
「悪戯だと思われたのかな。それともやっぱり、墓場から生まれてゴブリンに連れまわされたような子供は、いらないのかな」
無邪気に笑う赤ん坊を、ユノーナは直視する事が出来なかった。依頼最後の日となり、後ろ髪を引かれつつも冒険者達が教会を去ろうとした時、悠闇に伴われ現れた紳士は、赤ん坊を見るなりわなわなと震えだした。
「本当に、この子がそうなのか‥‥」
恐る恐る近付き、そして、壊れ物でも触る様に抱きしめる。
「し、信じられない、そんなことがある筈が!」
そう言いながらも紳士は涙を流し続けていた。
「信じられないのも無理はありません。今、事の次第をお話致しましょう」
キーヨルクは紳士が落ち着くのをじっと待ち、事の始まりから順を追って話し始めた。