●リプレイ本文
●勇気に応える為に
「幸せに暮らしている親子を引き剥がし、なおかつ悪事の片棒を担がせようなんて‥‥ひど過ぎますわ」
「ええ。自らの欲望の為に人質を取り脅迫して善良な方を悪の道へ引き込もうとは許せませんね」
話を聞いたアイネイス・フルーレ(ea2262)とカノン・レイウイング(ea6284)は口々に憤慨を表した。
「このような方たちはしっかりと懲らしめねばなりませんね」
「その通りです。そんな方達には少し頭を冷していただかないと‥‥なんとしても、細工師のお嬢さんを助け出しましょう!」
カノンに同意するアイネイス、その決意は二人共に固い。
「それにしても、ギルドに来たのは賢い判断じゃの。過ちを犯す前に救いの手を差し伸べる事が出来て幸いじゃ」
その横ではヴェガ・キュアノス(ea7463)が、花売りの少女を労っていた。
「リズ、と申したか。安心せい、我らが二人を無事助け出してくれようぞ」
ヴェガがニコ、と優しく笑むと、青ざめていたその顔が僅かにほころんだ。
「その為にもリズさん、強盗団のアジトと、襲われる予定の商人宅の場所を教えて下さい」
けれど、アイネイスから頼まれ、リズは直ぐに表情を引き締めた。
「そうだな。とにかく明るいうちに、隠れる位置の確認など、軽くアジトの下見をしておくとしよう」
「では、こちらは商人宅を確認しておこう」
その意見にそれぞれ頷いた、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)とイルニアス・エルトファーム(ea1625)。
「うん、分かったわ。とにかく、アジトに案内するから」
リズはイルニアスに言葉を掛けてから、ゼファー達を案内する為、歩き出した。
「立派なお屋敷だな」
ゼファー達と別れたイルニアスは狙われた家の前、馬車の支度をしているらしき男性に、何気なさを装って話し掛けた。
「何やら慌しいようだが?」
「実はね、坊ちゃんの結婚が決まったんですよ」
話しかけられた男は嬉しそうに答えた。お祝い事、という事で口が軽くなっているらしい。
「成る程。それは目出度い事だ」
「今日はこれから、旦那様と坊ちゃんがお相手の家に挨拶に行かれるので、こっちも大忙しですよ」
イルニアスはそれから少し言葉を交わし、相手の家が少し遠い事、帰りが明日になる事などを引き出した。
「とすると、盗人共が仕事にかかるのは、やはり今夜か」
御者と別れて仲間達の元に向かいながら、イルニアスは一人、頷いた。
イルニアスが戻ってくるのと時同じくして、アジトの下見に行っていたゼファー達も戻って来た。
「それと‥‥これ、頼まれてた物よ」
「ああ、ありがとう」
その品を受け取るディアルト・ヘレス(ea2181)に、リズは小首を傾げた。
「それでおじさんを助けてくれるの? どうやって?」
「こういう類は単純にいった方が良いのだよ」
仔細な説明の代わりに、ディアルトは告げた。
「後は私達プロに任せ、依頼主殿は安心して待っているが良い」
「貴方のその勇気に答えましょう。わたくしもそういう輩は好みませんのでね」
「ええ。脅されている方を罪人には出来ません‥‥必ず助けますから」
補うようにキラ・ジェネシコフ(ea4100)と深螺藤咲(ea8218)は言葉を重ね、約束した。リズの勇気に、思いに、必ず報いる、と。
リズは暫し三人の顔を‥‥いや、集まってくれた者達を見回してから、その瞳に信頼を浮かべて頷いたのだった。
●夜空に響く歌
「では、救出作戦開始といこうか」
二手に別れた冒険者達。シフールの少女救出組で、先ず動いたのはオレノウ・タオキケー(ea4251)。三味線をかき鳴らしながら、盗賊団のアジト周辺を歩いた。
そして、家からの死角に立ち止まると意識を集中させるオレノウ。淡い銀色の光に包まれたその身体は、魔法発動の合図‥‥サウンドワードの魔法を使ったのだ。
「‥‥やはり見張りは二人で間違いないようだな。問題の少女は籠の中、大分暴れているらしいから、命に別状はなさそうだ‥‥一安心といったところか」
「じゃあ打ち合わせ通りね。とにかく、娘さんから引き離さなくちゃ」
オレノウに頷くカノンとアイネイス。
「では、皆様に幸運を‥‥」
ボルト・レイヴン(ea7906)はそんな三人にグッドラックをかけた。作戦の成功を祈って。
そして、ボルトから祝福を受けた三人はそれぞれ楽器を手にし、奏ながら歌を歌い始めた。
勿論、それはただの歌ではない‥‥メロディーの魔法なのだ。
「見上げてごらん 美しい夜空を
静けき女神が微笑む 青白き月の輝き
その姿を称え踊る 星達の煌き
この素晴らしき夜を 踊り明かそう」
アイネイス達が歌うは、夜空を讃える歌。そう、見張り達が夜空を見上げたくなるような‥‥外に出てきたくなるような、歌。
類稀なる歌い手達のそれは、或いは魔法がかかっていなくても効果があったかもしれない。
周囲の家から顔を覗かせ、外に出てくる人々。それは、見張り達も例外ではない。歌に惹かれるように引き寄せられるように、件の家の扉が開く。
「「‥‥スリープ」」
その瞬間、待ち構えていたカノンとアイネイスの魔法が炸裂した。それは問答無用でそれぞれの見張りを包み込み誘う‥‥深き眠りへと。
「人質をとるとは卑劣ですね‥‥悔い改めなさい」
眠りに落ちる直前、悪党二人が目にしたのは、何時になく厳しいボルトの顔であった。
「安心してくれ、助けに来たんだ」
素早くアジトに足を踏み入れたゼファーは鳥籠に近づくと、怯えた顔の少女に告げた。
「助けに‥‥っそれより、父さんを!?」
「大丈夫だから、落ち着いて欲しい」
宥めながら、ゼファーの指は忙しなく動く。鳥籠の鍵を開けているのだ。
「これでよし、っと」
程なくしてカチッという小さな音と共に、シフールの少女が飛び出てきた。正確には、飛び出そうと、した。
「あまり無理をしてはダメだ」
そのままフラリと傾いだ身体を、ゼファーに受け止められ。
「念のため、ファンタズム‥‥娘さんの姿を作っておきましょう」
後を追って入ってきたカノンは言って、鳥籠に向けて魔法を使った。勿論、イルニアス達の事は信じているけれど、万が一の事態が起こる可能性がゼロでないなら、打てる手は全て打っておくべきだろう。
「お身体は大丈夫ですか? もう少し、頑張れますか?」
一方。アイネイスに問われた少女はゼファーの手の中、疲れきった顔をしながらも、しっかりと頷いた。
「‥‥では、行きましょう。お父様を助けに」
「少しは楽になるかもしれません‥‥リカバー」
ボルトは少女にそっと触れると回復魔法をかけ。
「カノンさん、少し手伝っていただけますか? 何か証拠の品を探したいのです」
ゴミゴミとした室内を見回し、言った。
「これにてミニ演奏会は終了とさせていただきまする」
アジト外ではオレノウが、丁度一演奏を終えた所だった。メロディーの影響を受けた近所の皆様へのアフターサービスというヤツだ。
満足げに家に戻る住民達に目を細め、そうして、オレノウは楽器を収めるとアジトから飛び出してきたアイネイス達に続いたのだった。
●酔っ払い大作戦
「あー‥‥なんつーか、こう‥‥分かりやすーく人生どん底へまっしぐらって感じのおっさんだなぁ」
人気のなくなった通り。角に隠れて強盗団を待ち伏せていた里見夏沙(ea2700)が、その中の一人を見ての第一声が、それだった。
「こーゆーのって万国共通? そんなんじゃ、ぜってー幸せになんざなれっこねーんだがな」
やれやれ、と溜め息混じりに呟く夏沙に、周囲を警戒しているジャドウ・ロスト(ea2030)が囁いた。
「周囲に人気は無い‥‥ヤツラ、動くな」
「だな」
ジャドウの言葉通り、目的の屋敷に近づきつつ、強盗団も周囲を見回している。
「って事は‥‥よっし、行くかぁ」
「おいらも一口、っと」
ウィレム・サルサエル(ea2771)とジェンナーロ・ガットゥーゾ(ea6905)は、用意してもらった酒瓶をグイッと煽ると、立ち上がった。
そして、夏沙はサクラ・クランシィ(ea0728)にグイと自分の得物を押し付けた。
「持っとけ、サクラ。ヤツラを警戒させるわけいかねぇからな」
「全く‥‥見知らぬ土地だというのに夏沙は見事なマイペースっぷりだな」
押し付けられた武器を手に、サクラは苦笑をもらさずにはいられなかった。
それでも、夏沙らしいと思うし、何だか嬉しいのもまた、事実だ。
「ま、ジャパンで夏沙の帰りを待ってる連中の為にも、無事この仕事をやり終えないとな」
千鳥足で向かう夏沙達を、サクラは見送った‥‥決意と信頼の眼差しで。
「おっと、すまねぇなぁ」
千鳥足を装った夏沙は、ふらりとよろけて強盗団の一人にぶつかった‥‥勿論、わざとだ。
屋敷の前に立ち止まってさぁこれから、といった様子の盗賊達はギョッとした顔をした‥‥かなり動揺しているらしい。
「ん〜、こんな夜中に何やってンだよ。お仲間かよ、なら一緒に呑むかァ?」
更にウィレムが酒臭い息を吐きかけながら、肩を組もうと接触し。
「この酔っ払いが、さっさとあっちに行け」
いらただしげに舌打ちし、追い払おうとした、その手。
夏沙はその動きに合わせ、懐からそっと取り出した陶器の瓶を、さり気に落とした。
「‥‥あぁン?」
ガシャン、音を立てて砕け散る瓶。地面に広がる真紅の液体は‥‥ワインだ。
『せっかくの土産物、どーしてくれんだよ!』
一瞬の沈黙の後、夏沙は食って掛かった。しかもジャパン語‥‥相手の不安を煽る剣幕で。
「‥‥あ? お前ら何、人の酒落としてヤがんだよ」
調子を合わせ、ウィレムも凄む。
「イチャモンつけてんじゃねぇ!?」
「おい、止めろ」
売られたケンカは買うぜ、どばかりに意気込む仲間を、リーダーらしき男が止めた。
引くぞ、と顎で示され、問題の細工師がホッとした顔をしたのが、夏沙には分かった。とはいえ、このまま逃がすわけにはいかない。
「ちょっち待ちいや、おいら達の酒を台無しにしておいて逃げるってのは無いだろ?」
承知しているとばかりに、ジェンナーロがリーダーに追いすがる。
「‥‥何を騒いでいるんだ」
そこに、偶然通りがかった風を装った、ディアルトの声がかかった。
「やれやれ、こんな夜中に騒ぐ輩がいるとは、近所迷惑極まりないであろうが」
ディアルトはわざとらしく溜め息をつくと、手近な男の腕を強引に掴んだ。
「喧嘩両成敗、ちょっと一緒に来てもらおうか」
「こんなに酔ってしまって‥‥お話は詰め所で聞かせていただきましょう」
ウィレム達を介抱するふりをしながら、藤咲も畳み掛ける。
「ケンカなんてしてないっスよ。この酔っ払い共が一方的に絡んできたんス」
何とか誤魔化そうと、卑屈な笑みを張り付かせ弁明する強盗達。
と、ジャパン語で喚き続けていた夏沙に耳を傾け、「ふむふむ」と頷いていたサクラが困った風に眉根を寄せた。
「ジャパンの国主に献上する酒瓶をお前たちが割ってしまったと、彼は言っている。これは国際問題に発展するかもしれないぞ」
「国際問題っ?!」
通訳された事柄に、今度こそ仰天の悲鳴が上がった。規模がデカ過ぎて想像もつかない、というのが正直な感想だろう。
「貴方は動かず、大人しくしていなさい」
同じ様に顔面蒼白で絶句した細工師にスススっと近づき、キラはそっと囁いた。
「貴方を心配してくれる人もいるのですから」
その脳裏に浮かぶ、案じていたリズの姿。
「だが、このままでは娘が‥‥」
「その辺は大丈夫かと思いましてよ?」
声を潜め身を震わせた男に、キラは落ち着いた口調で言い置き、その場を離れた。
「とにかく、俺たちゃあ関係ねぇ。そんな言いがかりに付き合ってられるか」
一方、強盗団と夏沙達の間はどんどん険悪になっていた。
というか、強盗団としては後ろ暗いところがある以上、むざむざ連行されるわけにはいかない、というのが本音だろう。
「とにかく、一緒に来てもらおう」
「‥‥ずらかれっ!?」
有無を言わさぬディアルトの手を振り解き、逃げようとする盗賊たち。
「大人しく逃がすかよ」
とは言っても勿論、ジェンナーロ達が大人しく見送る筈もなく。酔っ払いトリオは盗賊の一人に襲い掛かり‥‥もとい、取り押さえた。
「峰打ちだ、ありがたいと思え」
また、刀で斬り付けたイルニアスは直前で返し、盗賊を気絶させ。
その最中。
(娘さんは無事だ)
駆けつけた救出班‥‥オレノウはテレパシーでおじさんに話しかけた。おじさんは反射的に顔を上げ。指し示された視線の先‥‥そこに愛する娘を認めた表情が安堵に満ちた。
「これ以上、貴方方の好きにはさせません。貴方方の命運もここで終わりです」
藤咲はその背におじさんを庇いながら、日本刀を構え。
「この先は行かせませんわよ?」
逃げようとした盗賊の目の前では、銀の輝きが振り下ろされた。
「もし行けるとしても、それは魂の再生の地。さぁ、どうします?」
淡々とした言葉と共に、キラのサイズの切っ先がゆっくりと、ノド元に迫る。
「卑怯な手口は美しくはありませんわ。己の望むものは己で勝ち取りなさい」
そして、生死の選択を迫る言葉も、また。
「ゆ、許して‥‥下さい」
ゴクリと一度ノドを鳴らした後、強盗はヘナヘナと地べたに座り込んだ。勿論、キラは合わせてサイズを引くのを忘れなかった。
「逃げられると思うなよ。楽して稼ごうなんざ、それこそ天罰が下るってもんだ」
そうして、サクラがミミクリーで伸ばした手がリーダーを捕縛し、深夜の大捕り物は呆気なく片がついたのだった。
●絆をもう一度
「あたしは物心ついた時には、一人だったわ」
「この子と出逢った頃、私は丁度妻と子を亡くして‥‥だから、だったのでしょうねぇ」
詳しく話を聞かせて欲しいというヴェガに、血の繋がらない親子はポツリポツリと語り始めた。
「寂しくて悲しくて‥‥あの子に出会っていなかったら、私は死んでいたかもしれない」
寂しくて淋しくて一人ではいられなくて。だから、二人は親子になった。淋しい者同士、寄り添って。
「私はこの子に出会って救われた。でも、日々を生きるだけで精一杯の貧乏暮らし‥‥この子には苦労ばかりかけてしまって」
反論しかけた少女を、ヴェガは視線で留めた。
「少し前だ、私が奴らに声を掛けられたのは。簡単な仕事を手伝ってくれるだけでいい、それだけでいい、と‥‥私はつい、頷いてしまった」
それが悪事に加担する事だとは、知らずに。
「それでも、知って私は断ったんだ‥‥だが」
「娘さんを人質に取られて強要された、というわけじゃな」
知らず、ヴェガは溜め息をついた。上手い話には裏がある、昔から言われている事だ。
「なぁ、おっさん」
夏沙もまた軽く溜め息をつくと、ガックリと落ちた肩をポンポンと叩いた。
「苦しくても真面目に生きなきゃ、結局虚しいだけだぜ」
「分かっている‥‥いや、分かっていた筈なんだが、な」
「ダメだぜ、そーゆーの。そんなんじゃ、ぜってー幸せになんざなれっこねーんだから」
だって今も、シフールの少女は泣き出しそうな顔をしている。
「神様は優しかねぇけど、正直者は救われる‥‥これはダメもとで信じとけ」
神様は決して優しくない。それでも、正直に生きていれば、一生懸命生きていたならば‥‥きっと良い事はあるのだ、と。
「とにかく、強盗団を詰め所に引き渡しましょう‥‥悪事の証拠も押さえましたし」
そして、証拠を手に追いついたボルトとカノンがそう言った。
「確かに俺たちは強盗だ。だが、それを言うならあいつも仲間だぜ」
「そうだそうだ」
アジトの見張りも含め、計六人の強盗団を自警団に突き出したジャドウ達。
意識を取り戻した盗賊達は一蓮托生とばかりに、盛大に喚いた。
「お前も無事だったし、私に思い残す事はないよ」
「父さ‥‥っ!?」
「あぁこのおじさんはねぇ、仲間なんだ」
覚悟の顔で踏み出そうとした細工師。その腕を、ジェンナーロがサッと引いた。
「強盗団を捕まえる為、以前から囮捜査として潜入してもらっていたんだよ」
で、サラッと嘘をつく。
「その通りです。盗人達を確実に捕らえる為、確たる証拠を手に入れる為、内部に潜入してもらう必要がありましたから」
フォローするのは藤咲だ。得意の話術を駆使し、時に論理的に時に誤魔化しながら、証言を積み重ねていく。
「盗賊が何と喚こうと、戯言に過ぎぬ」
ヴェガもまた、言葉を添えた。
「細工師が盗賊の元に居たのは奴らを捕らえる為に協力してもらっていたから、じゃ。彼と懇意のシフールの少女が囚われていた事もあり、どうしても協力させて欲しいと言われての」
視線を向けられ、シフールの少女が一呼吸遅れながらも必死に頷く。
「彼の善意と勇気に満ち溢れた行為が罪となるならば、わしらも裁きを受けねばならぬのぅ」
チラと意味ありげな眼差しを向けられ、朝早く起こされた自警団員は苦笑と共に頷いた。
「そういえば、海賊行為は最も憎むべき罪らしいな。極刑は免れぬそうだ。ならば盗賊も同じようなものか?」
更に、まだ喚こうとした盗賊たちに、イルニアスがサラリと釘を刺した。優しい口調ながら、「これ以上騒ぎ立てするとどうなるか分かってるな?」的な響きがあったりして。
盗賊たちは互いに顔を見合わせ、沈黙した。
ヴェガ達は、そして、幾ばくかの報奨金を手に、詰め所を後にしたのだった。
「罪とはいえ人質をとられてのことですし、今後しないというなら今回は見逃します」
一息つき、ボルトはうな垂れたままの細工師を優しく諭した。
「むしろ、あなたがもし娘さんを見殺しにしていたら‥‥その方が罪としては大きいですし」
但し、と付け加える顔はホンの少しだけ、厳しい。
「人を頼るとか、考えたほうがいいですよ。教会も私も、いつも悩める者の味方ですから」
「そうよ。父さん、あたしにちゃんと話してくれれば‥‥あたしは、だって、父さんがいてくれるだけで幸せなんだから!」
うわぁんと泣く娘をそっと抱きしめ、けれど、と細工師は顔を曇らせる。
「父さんが罪を犯したのは紛れもない事実なんだ」
「じゃが、捕まる事だけが罪の償いではなかろう。おぬしにはおぬしにしか出来ぬ、償い方があるのではないか?」
ヴェガは少し考え込む素振りをしてから、提案した。
「‥‥そうじゃのぅ。簡単な物で良いからリズが売り歩く品を作るのは如何かえ? 本物の花を仕入れられる時期まであと少し、それまで花をモチーフにした品を彼女に安く提供する‥‥とな」
澄んだ青い瞳が、サクラに連れられた花売り少女を指し示す。
「賛成よ、おじさん。それに、これから花がたくさん出てくるもの。籠とか入れ物とか作ってくれても嬉しいわ‥‥だから」
「‥‥お嬢ちゃん」
「だが、最終的に決めるのはこいつ自身だ」
黙って聞いていたジャドウは、そっけなく告げた。娘大事さに罪から逃れるも良い。ヴェガ達から要求される「償い」をして楽になるのも良い‥‥そう思うから。
「だが、これだけは言える。どの道を選んだとしても、罪の意識はこの先ずっとついてくるだろう」
「或いはそれが、あなたへの罰かもしれませんね。あなたはこの罪を、一生かけて償っていくのです」
「あたしも一緒に償うから‥‥だから、一人にしないで」
ボルトの諭しを、娘の訴えを十分に噛み締めてから‥‥細工師は頷いた。
もしかしたらそれは、公の場で裁かれるよりも辛い選択なのかもしれないけれど。
それでも、娘の温もりを確かめるように。
「これからは正直に生きて、精一杯償っていきます」
覚悟を決めた父に、娘は泣きながらもう一度抱きついた。
「ありがとうな。君のおかげで、心根の優しい人が誤った道へ踏み外さずにすんだよ」
少しだけ淋しそうに羨ましそうに親子を見つめていたリズの頭に、サクラはそっと手を乗せた。
「そんな‥‥あたしなんて結局何も出来なかった。助けてくれたのはサクラさん達だよ」
頭を撫でられ、顔を真っ赤にして口ごもるリズ。
「そんな事、ないさ」
「うん‥‥あたしにも、何か出来たのかな? 誰かの為に役立つ事が出来たのかな?」
「ああ、勿論だ」
言い切ると、淋しそうだった顔に嬉しそうな色が浮かんだ。
「‥‥良かった。おじさんも娘さんも無事で」
「本当に良かった」
それを見つめ、サクラも頬を緩めていた。
「悪人に囚われた少女を助けに行く冒険者達の物語、或いは、地の繋がらない親子の絆の物語‥‥どちらにしろ、いい歌が出来そうだわ」
娘を抱きしめる父‥‥二人の涙を見つめ、カノンもまた優しく微笑んでいた。
季節は春。暖かな優しい季節に新しい歌が響くのも、そう遠い事ではないだろう。